完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~ 70~ 80~ 90~ 100~ 110~ 120~ 130~ 140~ 150~ 160~ 170~
*150*
それからの時間はすごく長く感じた。冷えたご飯を温めるのを忘れて、逢坂くんのことを思い出しながら食べてたり、お風呂に入る時でも逢坂くんのことを思い浮かべてたり……。しまいには、勉強机に向かった時に逢坂くんに告白されたいなあ、なんてことを思ってしまったり。
「あ〜!!私、かなりの重症!」
私は椅子の上で足をバタつかせながら、シャーペンを放り投げた。まだ解きかけの問題が私のことを寂しそうに見上げてる気がした。……どうしてこんな時に亮さんのあの寂しそうな笑顔が浮かんでくるの?いつもそれを思い出す度に胸の奥が締め付けられて、何かを暗示するみたいにあの約束のことが蘇るの。でも、あの男の子の溌剌とした笑顔は、亮さんみたいに……どこか陰のある笑顔じゃなかったし。だけど、私があの子の顔をあまりはっきり覚えてない所為か、亮さんがあの男の子かもしれないと思い始めた。
「こんなの亮さんにとって迷惑なだけじゃない……」
そうは思うのだけれど、なんだか女の勘というのだろうか。そんなものがうずうずするような、胸が騒ぐようなそんな感覚が体中を駆け巡る。も、もし亮さんがあの子だったとしたら……あれから10年だから、亮さんに告白されるかもしれないってことだよね?そうなったら私、どうすればいいの?亮さんのことは1回しか会ったことがないけれど好きだし、逢坂く、徹くんのことはそれ以上に大好きなの。……もしそんなことになったら私はどちらを選ぶのだろう。過去の気持ちか現在の気持ちか。はたまた未来の想像によって創造された私の気持ちなのか。
――今はまだ、決められない。
「って、亮さんがあの男の子って決まったわけじゃないし、根拠もないんだし、今悩む必要はないよ!」
私は自分に言い聞かせるようにそう言うと、先程から解きかけのままで止まっていた問題を解き始めた。
――翌日(水曜日)
「真奈、いい加減起きなさい」
珍しく私は母に起こされた。どうやら昨日問題を解くのがあまりにも楽しくて、12時を過ぎても解き続けていたらしい。いつの間にか問題集が終わってしまっていた。
「うーん、今行く」
私は軽くそう返事を返すと、パジャマを脱ぎ捨て、寝ぼけ眼をこすりながら制服に着替えた。制服を着替えているうちにだんだんと目が覚めてきたのか、ぼんやりしていた視界もだんだんとクリアになって行った。
「よし」
私は今日も一日がんばるぞ、と自分に活を入れて、部屋を出た。
――通学路にて。
「真奈〜!おっはよ〜!」
相変わらずのハイテンションさで私に話しかけてくるのは――美樹だ。
「おはよう、美樹。今日は随分と早いんだね」
「まあね〜。このあたしに不可能の2文字はな……」
「優那おはよう!」
「あ!真奈!おはよう」
「ちょ、ちょっと真奈!?親友のボケをスルーするってどういうことかしら!?」
優那は石島くんと幸せそうに談笑しながら桜並木を歩いていく。すっかり桜は青々と茂っている。そして美樹の頬は怒って真っ赤になっている。
「もう、真奈ったら知らないんだから」
「つ、ツンデレ……」
「ツンデレなんかじゃ、な、な、ないんだからね!?」
「ツンデレ確定だね」
私が最上級の笑顔を浮かべてそう言うと、美樹は悔しそうに顔を歪ませて「負けた……」と呟いている。一体何に対して負けたのかはわからないが。
「あ、そうだ!」
この美樹の切り替えようの速さにはいつも驚かされる。
「今日って朝礼だよね〜」
「あ〜校長先生の長い話ね」
「真奈ってそういう認識してるんだ……」
「え?なに?」
「ううん、何でもない。でもさ、朝礼の時やけに真奈上級生に絡まれるよね〜」
なぜか美樹がニヤニヤしながら言う。別にやましいことでも何でもないと思うのだが。
「確かに。メーアドとかよく聞かれるかな〜」
「そういう時ってどうするの?」
「……」
「なぜ無言!?」
美樹が驚いたような仕草をした後に、鞄の中をごそごそとあさり始めた。
「どうしたの?」
「いや、情報あったかなって」
「どうして親友のことを嗅ぎまわってるのさ」
私が拗ねたように言うと、美樹は「ごめんごめん。情報やだから」と軽い感じで躱された。でもやっぱり…自分の情報を勝手に振り撒かれるのはいい気がしない。
「あった」
そう言って美樹は鞄の中から明らかに怪しげな黒い手帳を取り出した。巷(ちまた)では、”ブラックノート”と呼称されている。
「えーっと、綾川だから結構前に……あった。んーと、メーアドを聞くと全部断る……。そうだったの」
「うん」
本当にブラックノートは気味が悪い。私の知らない私がそのまま映し出されたような、鏡のようだ。鏡はまだ自分の都合の良い所しか見なくて済むが、ブラックノートの鏡は違う。
「あの、美樹……?」
「どうした?」
美樹は鞄の中にブラックノートをしまいながら言う。
「その、美樹が情報屋なのは知ってるけど……私の情報もやっぱり売られてるんだよね?」
「……まあ需要は多いけど、親友の情報を売るのは気分が悪いしね。ここ最近は超好条件じゃない限り、売らないようにしてる」
「好条件なら売るんだ……」
「だいじょーぶ!あたしの設定した超好条件は並大抵の人間では満たせないから!」
「一体どんな条件を設定したの?」
「ふふふ。ここからは企業秘密ですわ、真奈さん」
美樹はそう言って怪しげな笑みを浮かべる。
「本当一体何してるんだか」
私はやれやれとでも言うように、肩を竦めて首を振って見せた。
「あ、ちょっと馬鹿にしたでしょ!?」
「ば、馬鹿にしてなんかないよ!」
「じゃあ、なぜ詰まったんだ!?」
「そ、それはですねえ……」
私達は互いに笑いを堪えながらそんな会話を続けた。そして暫く歩き続けると、桜田高校の校門が見えてきた。初めてこの校門を潜ったのは受験の時が初めてだ。この学校に行くと既に中学1年生の時から決めていたので、わざわざ学校説明会に行く必要もなかった。そして迎えた合格発表日。一度受験して落ちただけにすこしのトラウマがありつつも今回こそはいける――そんな自信があった。そして見事合格した私は有頂天になりながら残りの2週間を有意義に過ごした。
「真奈?足、止まってるよ?」
「え?あ、ごめん」
私は思い出を振り返っているうちに、門前で足を止めていたようだ。
「私の思い出が詰まってる」
「え?何か言った?」
「ううん、何でもない」
「そっか!あ、それでね昨日入ったばかりの情報なんだけど真奈には特別に話すね。実は……」
こんな風に私の日常は始まっていく。入学してから暫く経って、これが当たり前のようになっていた。だけど、本当は当たり前じゃないんだ。私は……今、すごく幸せなんだ。そう実感した8月末のことだった。