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*149*
「お、終わった〜」
私がペンキを床に置いて、伸びをすると、時刻はすでに19時を回っていた。
「こんなに学校に長居しちゃった」
私はおどけた様子でいうと、逢坂くんもくすくすと笑った。
「本当、大分日が短くなってきたね」
そう言って彼は日の落ちた、少し赤みがかった藍色の空を見た。
「本当だね〜。って、あ!私お母さんにこのこと言ってなかったんだった!」
私はそう言いながら、鞄からスマホを取出し、メールを確認する。すると1件メールを受信していた。
「やっぱりメール来てる……」
私は怒ってるのかな?と心配になりつつもゆっくりと開いた。しかし、母のメールの内容はそんなものではなかった。
”今日は会社の人の歓迎会で、23時頃になるの”
”夕ご飯は作ってあるので、チンして食べてね☆”
「よかった〜。ていうか、お母さん歓迎会なんだ」
私はスマホを鞄にしまいながら呟くと、逢坂くんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ご両親、怒ってなかった?」
「うん!大丈夫!お母さん、今日は遅いみたいだし……」
私はそう言いながら笑顔で応えると、「よかった」とほほ笑んでくれた。うん、やっぱり逢坂くんがモテる理由がわかる気がするよ。本当、私ってばなんでこんなにライバルの多い人を好きになっちゃったんだろう。あれ?でも、凜のこと好きな子も相当多いよね?……凜、あれから普通に接してくれてるけど、傷、癒えたかな?私がそんな心配ごとをしているうちに、逢坂くんが全部の後始末をやってくれていたようだ。
「ご、ごめんね!私、片付け放りっぱなしで……!」
私は泣きそうになりながら、逢坂くんの袖口を掴むと、逢坂くんはゆっくりとその手を払いのけた。ああ、やっぱり私なんかに握られるの嫌だよね……。そう思って、落ち込みかけたところに、逢坂くんがなぜか私のその手を今度は包み込むようにした。
「え?」
「ごめん。嫌、だった?」
逢坂くんが慌てて手を引っ込めようとするので、私はもう片方の手で、その手を抑えた。逢坂くんの目が大きく見開かれる。
「ううん、嫌、じゃない」
「……ありがとう」
そう言ってほほ笑んだ逢坂くんは、そのまま言葉をつづけた。
「俺はね、ただ綾川さんと何か一緒に作業できるだけで、楽しいし嬉しいよ?だから、そんなに謝らないで?明日は一緒に片付ければいいから。ね?」
どこか諭されるような言い方に私は首を縦に振った。それを笑顔で見届けた彼は私の手をぱっと放して、鞄に手を伸ばした。
「さあ、帰ろう。もう遅いしね。家まで送るよ」
「ううん、そんな遠いわけじゃないし、時間もったいないから送ってくれなくても大丈夫だよ?」
「いいの。俺がやりたいだけだから。ボランティアだと思ってよ」
彼は無邪気に笑いながらそう言うと、扉のほうへと歩き始めた。私は慌ててその影を追って、教室を後にし、電気を消して昇降口へと向かった。
「うわー、まだ部活してるんだね」
「でも、もう片付けてるっぽいけど?」
私達は校門へ向かう途中に見えるグラウンドを眺めながら言う。
「サッカー部ってすっごい練習ハードって聞くよ?」
「らしいねー。まあ、ずっと走りっぱなしだし」
「逢坂くんは凜と同じく、バスケ部だよね?」
「そうだよ?」
「バスケ部も大変そう」
「レギュラー争いは厳しいかな」
彼は何かを思い出すように笑った。
「何か思い出でもあるの?」
「男の秘密ってやつさ」
「よ、余計気になる……!」
私は目を輝かせながら逢坂くんに一歩詰め寄る。しかし、逢坂くんはひるまずに、笑顔を浮かべて私の言葉を綺麗に躱し続けるだけだった。
――楽しい時間はあっという間に過ぎる。
まさにその言葉通り、20分は掛かる道のりがなんだか凄く短く感じた。気が付けば私の家の前だった。
「わざわざ送ってくれて、ありがとう!」
「いいえ〜。それじゃあ、また明日!」
そう言って去ろうとした逢坂くんをなぜか私は引き留めてしまった。
「あ、あの!逢坂くん!」
「ん?」
逢坂くんはゆっくりとこちらを振り返る。次にかける言葉を考えていなかった私はトギマギしてしまう。「えーっと、あのぉ」と口籠っていると、そういえば逢坂くんとメーアド交換をしていなかったことに気付く。
「メーアド交換しない?まだしてないし……」
「そういえばそうだね。交換しよっか」
そう言って逢坂くんは鞄の中からスマホを取り出した。そして互いにバーコードを読み込み合った後、逢坂くんは帰って行った。
「はあ」
思わず漏れる溜息。先程までの光景を思い出す度にあの時間がずっと続いたらよかったのに、と願ってしまう。
「過去なんか振り返ってどうするのよ、私」
私は自嘲的な笑みを浮かべると、くるりと方向転換をして玄関の扉へと手を掛けた。