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6人の役者
作者: 紫桜  (総ページ数: 86ページ)
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*83*

「今まで、ずっと涙を見せなかったんですか?」

「見せちゃったでしょ、今日」

「でも、涙を隠すってのは、想像以上に辛い事・・・。
 それに、気づいてくれる、一番身近な人は・・・」

雫は、そうっと空を見上げた。
まだまだ、日は沈まない。

でも、青空じゃなくて曇り空。


「私も、母と父が死んでしまったんです。小さい頃に。
 そんなとき、いつもいつも歌っていた歌があります」


静かに、雫は歌いだす。


♪ふけゆく 秋の夜 旅の空の

♪わびしき 思いに 一人悩む

♪恋しや 故郷 なつかし 父母

♪夢路に たどるは 里の家路


(旅愁  実際にある歌です)



「この歌を歌うと、母と父に届いたら私のこと、忘れないでいてくれるかなー、なんて思ったりして・・・」

雫の目線は、空からオレに移った。

「でも、私。悲劇のヒロインとかにはなりたくなかったから・・・。だって」

今度は、このあたりでは大きくて、高いビルを見る。
なんかの、会社だと思う。

「勝手に自分のこと、かわいそうだと思って。
 そんな自分に酔い浸って。
 世界で自分だけが辛いだなんて思い込んで。
 そうじゃなくても、周りが悪いとか、こうなったら仕方が無いとか。
 何の努力もしないで、悲劇のヒロイン気取りな人は、多いから」

オレは、何も言うことなく黙って、聞いていた。

「それなら・・・。
 喜劇のヒロインのほうが良いなと思って・・・。
 そんな言葉無いけど。
 だから、あの歌を歌うのは、止めたんです」

黙って聞く、と言うよりは何もいえない、の方が正しい。

分かるから。
こういうときの気持ちが、痛いほど、分かるから。

「その代わりに、私は敬語を使います」


最後の雫の言葉だけは、意味が分からなかった。

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