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*5*
〈師匠の家〉
へとへとになりながら先生の家に着いたとき、時刻は既に夜。
とにかく体中が痛くてたまらない。
心もとうに疲弊しており、本当のことを言えばだれとも話したくない。
睦彦「…………ただいま……」
先生「おや、おかえり睦彦。生きて帰れたようで何よりじゃ」
睦彦「…………あざっす」
先生に検索されないように、努めて明るい声を出したつもり。
それでも、二年も一緒に過ごした弟子の様子がいつもと違うことくらい、先生は分かっていた。
睦彦「あ、ああ、今日は浩平は来てないんですね。良かったですアイツどうにも苦手で」
先生「睦彦」
睦彦「ああ、ほら、いっつも俺に引っ付いてきてムカつくって言うか、子供ってどうにも」
先生「睦彦」
大丈夫だ、俺は普通に選別に行って、普通に帰ってきただけ。
だから何も思うことなんてない。
そう、普通に、笑っていればいいんだ。
泣くことなんて、ない。
先生「なんかあったのか。元気がないぞ」
睦彦「そ、そんなこと」
先生「……まあいい。お前、おでんとすき焼きどっちがいい?」
睦彦「………どっちでもいいです」
先生「…………疲れているようだから、先に風呂に入っておいで」
睦彦「分かりました」
結局、俺は逃げるようにその場を後にしてしまった。
俺の肩に止まった鎹鴉—封仙(ふうぜん)と名付けた—が不思議そうにこっちを見る。
睦彦「何見てんだよ、バカガラス」
封仙「…………」
ダメだ。ダメだダメだ。ダメだ。
涙をこらえるのに必死になってしまった。
先生の優しさに甘えたくなってしまった。
思わず奥歯をぎゅっと噛む。
誰にも言えない。先生を困らせたくない。だから相談はしない。
……胡桃沢に、心配をかけてしまったことも後悔している。
本当のことを言えば、今すぐ彼女に会いに行きたい。
また、「むっくんってどうしようもないなぁ」とか、呆れて笑ってほしい。
湯船につかりながら、俺の頭の中は亜門のことばっかり浮かんでは消えた。
あんなに殴られ蹴られたのに、やり返してやろうとか思わないのは、なんでだろう。
睦彦「(なぁ胡桃沢、お前ならどうした?)」
誰とも仲良く接することができるお前なら、上手くやれるのだろうか。
今、無性にお前の声が聞きたい。
『お前なんか大っ嫌いだ!!』
『世の中には、才能に恵まれない人もいるんだよ! それなのにお前は!!』
お風呂から上がり、部屋着に着替えて俺は足早に自分の部屋に駆け込んだ。
選択され、ノリがパリッと利いた布団にもぐりこみ、小さく呟く。
睦彦「………仲良くできると、思ったんだけどな……」
どうしよう兄ちゃん。
はじめっから上手くいかなかった。カッコよく目立てなかった。嫌いって言われた。
どうしよう父ちゃん。
俺、失敗してしまったみたい。
死んだ父ちゃんの分まで、しっかりしなきゃって思ってたのに、無能でごめん。
どうしたらいいんだろう。どうすれば正解なんだろう。どうするのが優しいんだろう。
何で俺はこんなにあいつのことを考えているんだ?
嫌いなのに。大嫌いになったのに、俺は何がしたい?
仲良くなりたい。一緒に仕事をしたり、趣味を共有したり、美味しいものを食べたりしたい。
たった3人の同期なんだから。
でも、果たして俺にはそれが出来るだろうか?
もしかしたら「こんにちは」さえ言えないかもしれない。ずっとこのままかもしれない。
友達になんて、なれないのかも、しれない。
睦彦「……………ふっ。うああ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ……!!」
なにもなくことなんてないのに、両目から涙がこぼれて来た。
泣くのは今日で二回目。
こんなのカッコ悪い。慌てて服の袖で目元を拭おうとして。
隣に、温かい感触がした。
恐る恐る横を見ると、封仙が横にもぐりこんでいた。
封仙「泣キ虫ダカラ、一緒ニ寝テヤルヨ」
睦彦「うっせー。バカガラス!!」
そう言いながら、俺はまた泣いた。
・・・・・・・・・・・・・・・
有為「……………空気、重っっっっ!!」
睦彦「言ったろ、楽しくない話だから覚悟しとけって」
有為「それで、その亜門さんとはその後どうなったんですか?」
睦彦「待て待て話を急かすな」
有為「急かしてない!!」
睦彦「あの後、お互い任務で各地へ散って、二人とは一年ずっと会えなかったんだ」
有為「そうなんですか」
睦彦「でも、胡桃沢はその一年の間に亜門に会ったみたいで、ここから先は聞いた話になる」
睦彦「胡桃沢は、この話を俺にして、こう言ったよ」
仁乃『………瀬戸山くんと仲良くならなくてもいい。だけど、ちゃんと知ってあげて』
睦彦『……?』
仁乃『瀬戸山くんは、むっくんが大好きだよ』
有為「好き? だって、その方は睦彦くんのことを嫌ってたんでしょう?」
睦彦「俺もおかしいと思ったんだけどな。亜門の本当の気持ちは、よく分からない。だけど」
有為「だけど?」
睦彦「秘密」
有為「なんだそれ」
睦彦「そう怒るなよ。ここから先話すのは、胡桃沢に聞いたこと。それを聞いて考えればいい」
有為「仕方ないですね。分かりました」
睦彦「お前らしいぜ。じゃあ、話そうか。このあと、何が起こったのか」
ネクスト→次回は、仁乃sideでお送りします。次回もお楽しみに。