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*80*
〈仁乃side〉
二年くらい前のことなんだけどね。
この写真を撮ったのは三人での合同任務で。
飴屋の人間に扮装していた鬼を倒す任務だったんだけど、
任務の後瀬戸山くんの調子がおかしくなって。
もともと瀬戸山くんは体が弱くて、運動もほどほどにって止められてたみたい。
それでも人の役に立ちたいからって、無理やり入隊したって聞いた。
瀬戸山くんはむっくんとあんまりうまく言ってなかった。
会うたびにケンカをしだして、お互いそっぽ向いて。
でも本当は、むっくんも彼も、素直になれないだけだった。
私は傍から見ているだけだった。
ケンカと言っても口喧嘩なんだけどね、ケンカしている時の二人、不思議と楽しそうで。
ここで自分が輪に入ったら、二人が話すきっかけが無くなっちゃうなって思って。
だからかな。
彼から言われた言葉が、今でも胸に残ってるの。
亜門『胡桃沢さんが好きだ』
ってね、お見舞いに言ったらいきなり告白されたの。
私はすっかり驚いて、何回もホッペをつねって、そしてどうすればいいか分かんなくて。
ちょっと泣いたりもしたっけ。
仁乃『……なんで私なの?』
亜門『……さあ、気づいたら好きになってた』
そんなこと聞いてないよって、私はまた泣いた。
もっともっともっと、話さなきゃいけないことがあるはずなのに。
身体のこととか、むっくんとのこととか。
なんでそんな話、いきなり。
気づいたらって…そんなこと、いきなり言われてもわかんないよってその時は思った。
仁乃『……ごめん。好きな人がいるから』
亜門『……ずっと前から知ってた』
なにそれ。
私が誰を好きなのかも知ってるのに、叶わないと分かってるのに、なんでそんなこと言うの。
瀬戸山くんにとってのメリットがないじゃん。
そんなの……ごめんって言った私の方がいたたまれないよ。
亜門『……胡桃沢さんは、いつ死ぬかって考えたことある?』
仁乃『え?』
僕はあるよと、そう言って笑う瀬戸山くん。
その姿が、なんだかとっても眩しかった。
亜門『……今日医者に言われたんだけどさ。僕の人生って、あと13時間なんだって』
仁乃『―――え?』
亜門『だから、早めに伝えようと思って』
……なんなの。
なんですぐに言ってくれないの。
頼ってって、前にそう言ったのに、どうして今まで黙ってたの。
仁乃『………本当なの?』
亜門『……うん』
仁乃『……そっか』
嫌だよ、そんなの、あんまりだよ。
何でなの、どうにかして延命とかできないの?
私、彼に何かしてあげれないの?
だって任務に言ったの、つい一昨日なんだよ。
初めての三人の合同任務で、初めてむっくんと瀬戸山くんが楽しそうにしてたんだよ。
一緒に写真も撮ったし、一緒に道中で揚げ餅も食べたのに。
あの写真、遺影写真になってしまうの?
なんで?
なんで瀬戸山くんは、笑っていられるのか分からない。
辛くないのかな。悲しくないのかな。
それとも、辛くても、必死に笑ってるのかな。
仁乃『うっ ひっく …………っ』
亜門『………泣くなよ』
仁乃『無理言わないで! だって、だって………っ』
自分の体質に気づいてから、ずっと暴言を言われ続けていた。
助けた人たちからも、人間と見てもらえずに石を投げられた。
鬼殺隊は、そんな私のたった一つの居場所だったのに。
その仲間がいなくなるなんて、嫌だよ。
仁乃『無理言うなよ! そんな、いきなり言われて、どうしろってんだよ!』
亜門『……』
仁乃『なんでなんだよ、なんで……私ができること、もっとあったはずなのに……っ』
感情の制御ができなくなると、私は口調が乱暴になる癖があった。
あの時も同じ。
瀬戸山くんが羽織っていた布団を力任せに叩き、泣き喚き、叫んだ。喉がかれるまで。
亜門『もう沢山もらったよ』
仁乃『……私、瀬戸山くんに何もしてあげられない……』
亜門『ううん。僕はいっぱいもらったよ』
胡桃沢さんと刻羽が横にいたこと、それだけで僕は充分だった。
そんな当たり前のことに、ずっとぐちぐち言って来たけどさ。
本当にうれしかった。
瀬戸山くんは、涙を流す私の頭をなでて、ポツリと呟く。
亜門『だからさ……刻羽のこと、よろしくね』
仁乃『………っ』
亜門『幸せになって、のろけ話とか、天国にいる僕に嫌というほど聞かせて。
子供が出来て、仲間も増えて、楽しい話をして、時に泣いたり……』
きっと、瀬戸山くんもずっと、寂しかったんだと思う。
つらつらと言葉を並べながら、次第に彼の目の端に涙が溜まっていった。
亜門『…………僕も、……………何十年後まで生きたい…………』
仁乃『………っ』
仁乃『……むっくんが、きっと叶えてくれるよ』
亜門『……アイツが?』
仁乃『むっくんは、凄いから。きっと驚くよ。………きっと、何とかしてくれるよ』
それを聞いた瀬戸山くんは、「そっか」って満面の笑みを向けて。
「なら心配いらないね」って、安心したように言った。
その言葉に私はまた泣いた。
仁乃『むっくんと生きていけたら、私の人生、きっと楽しくなるよ』
亜門『まあな』
仁乃『……でもそこに、君がいたら、もっと幸せ』
死なないでほしい。
生きててほしい。
そんな願いすら、叶えられないような世界だけど。
この心からの想いは本物で。
いつかは叶ったらいいなって、無理だといいながらずっと願ってた。
瀬戸山くんは、また「そっか」って笑った。
****
その翌日、あの言葉通り瀬戸山くんは空へ行った。
むっくんは真っ先になくと思ったんだけどね。素直だから。
なんだかなかなか泣けないみたいで、でも口元はずっと震えていて。
瀬戸山くんの育手との話が終わって、よくやく泣いてた。
それで、涙をいっぱいにためた目で、私を見て、はっきりと叫んだんだ。
睦彦『お前の人生、めんどくさくなるぞ!』
ってね。
めんどくさい人が、めんどくさい言葉を、めんどくさい表情で言い放ったんだよ。
でも私はそんなむっくんの気持ちがほんの少しわかったんだ。
睦彦『亜門がいなくなってしみったれたまま過ごそうと思うなよ胡桃沢!
あんな奴より、俺の方が何倍も強いんだからな!
だから絶対に死ぬんじゃねぇぞ! 命令だかんな!!』
仁乃『……バカ。私、五人姉妹だったんだよ。これくらいで泣くわけないじゃん』
睦彦『嘘つくな! 葬儀中ずっと泣いてたくせに! 自分の気持ちに逃げんなアホ!』
彼のまっすぐな言葉が、、私の心の中の黒い靄がすうっと溶かしていく。
むっくんは思わず目を見開いた私の手首を、半ば強引に掴んで私を手元に引き寄せる。
睦彦『これからは二人で生きてくんだぞ! 俺から逃げられると思うなよ!!』
仁乃『……………』
その言葉に私の頬は初めて紅潮し、火照り始めた。
いや、そういう意味で言ったんじゃないんだろうけど。
でも私はすっごく嬉しかったんだ。
仁乃『愛の告白?』
睦彦『………………バッ、ちげーし! 俺はそ、そんなこと……思って……ないし……(小声)』
仁乃『…………なんだ(ボソッ)』
だから焦らなくていいんだよ、有為ちゃん。
有為ちゃんにどんな過去があって、どんな思いをしてきたのか私は知らないけど。
でも、その過去があるからこそ、『現在(いま)』が楽しく思えるなら、万々歳でしょ。
だからさ、そんなに固い表情をしないで、笑ってよ。
有為ちゃん、笑ったらきっとどんな男の子もイチコロだから。
悩み事があれば私たちに聞けばいいし、どんなに辛い日でも空は晴れるんだよ。
私の話なんて面白くもなんともなかったと思うけど。
少しでも有為ちゃんにヒントを上げることが出来たなら、私は嬉しいよ。
失くしたものは大きいけど、しっかり生きて行かなきゃ瀬戸山くんが怒っちゃうからね。
だから一緒に頑張ろう。
大丈夫、有為ちゃんは出来る子だから。
ちゃんと、力持ってるから。
私が保証する。
ほら、いい匂いがしてきた。
もうすぐ夕ご飯かな。