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*62*
〈仁乃side〉
つかさ「あーあ。……ここで時間切れか」
シリアスな展開のさなか、この場にふさわしくない、のんびりとした口調でつかさくんが呟く。
つかさくんは花子くんとそっくりの表情で怪し気に微笑んだ。
思わず私は俯いて唇を噛む。
幸い私の姿は、焦燥感を抱いているむっくんには視界に入らなかったようだ。
睦彦「お前、………………亜門に何をしやがった!!」
むっくんが今までに見せたことのない、激しい怒りを含ませた表情でつかさくんを睨んだ。
その勢いに押されることなく、あくまでものんびりとつかさくんは首をかしげる。
その様子を、残りの面々は一言も発さず、まるで置物のように茫然と眺めていた。
亜門「…………刻羽、離して」
むっくんの腕の中で気を失っていた瀬戸山くんが、苦しげにもがいた。
両手両足をじたばたさせる彼に、放心状態だったむっくんが我に返り、慌てて彼を自由にさせる。
服に着いた埃を払って、瀬戸山くんは苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
つかさ「俺は怪異さ。何か一つを代償に、呼び出したモノの願いを叶える」
睦彦「………願い」
つかさ「あまねが叶えるのは、生きている此岸(しがん)の願い事」
花子「………」
つかさ「俺が叶えるのは、死んだ彼岸(ひがん)の願い事。あもんは願って、俺は応えた」
睦彦「死んだ……」
花子「………分かるでしょ刻羽。もう、その子は死んでるんだ」
低い低い温度で花子くんがそう言い、わずかに笑って見せる。
私は両手の握りしめたこぶしにぎゅっと力を入れ、また唇を噛む。
睦彦「………え、な、なんで、……」
つかさ「あもんはもう死んじゃったんだよねー。だから俺に願った。あもんの願いはこうだ」
つかさ「――――『もう一度刻羽に会いたい』『一緒に運動会を楽しみたい』」
つかさ「『きっとこれが最後だから』」
つかさくんの口ぶりからは、死という恐怖が感じられない。
ひたすら純粋に、楽しそうに、無邪気に言葉をつむいでいく。
その様子はこの状況に似つかわしくなくて、返ってそれが逆に、彼の存在を浮き上がらせていた。
睦彦「な、なあ亜門、嘘だよな? お、お前がもう死んでるとか、だって、なぁ!?」
亜門「嘘だと思う?」
にっこりと、そう、瀬戸山くんはにっこりと笑った。
その純の笑顔の裏には、憎しみとか、怒りとか、そういうものは一切なくて。
瀬戸山くんが、むっくんにそっと手を伸ばす。
その手をむっくんは掴もうとして、彼の指に自分の手を絡めた………だけど。
スイッとむっくんの手は宙を切り、何も掴まなかった。
睦彦「…………え」
亜門「……………分かった?」
瀬戸山くんはまたにっこりと笑った。
透けたその身体の奥には、秋の晴れやかな空が映り込んでいた。
つかさ「あもんの願いの代償は、『刻羽の、亜門の死に関する記憶』」
睦彦「………は?」
つかさ「俺はその記憶を、グシャ―ッってつぶした! だから刻羽は知らなくて済んだでしょ?」
簡単なことだ。
この世に未練を残し、幽霊となりさまよっていた瀬戸山くん。
行く場所がない、このまま消えてしまう運命だった。
そんなとき、キメツ学園で運動会があること、そしてそこにむっくんがいることを知った。
会いたいと、強く願った。
むっくんや私たちに、花子くんや七不思議が見えているのは、光くんや有為ちゃんと言った霊力がある人がすぐそばにいるからだ。
じゃあ、むっくん一人だったら?
『刻羽! ……ごめん、色々と迷惑かけて! 僕は――』
霊感のないむっくんに、瀬戸山くんの声は届かなかった。
目の前を駆けていく、楽しそうなむっくんの笑い声を聞いたとき、瀬戸山くんは強く願った。
刻羽に会いたい。
現世から消えてしまうその前に、しっかりとお別れを言いたい。
せめて、一緒に最後に運動会を楽しめることが出来れば……。
―――君の願いを叶えてあげるね!
つかさ『じゃあ、叶えよっか』
亜門『だ、だれだ!?』
つかさ『俺はつかさ! 君が心から望むなら、俺は願いを叶える。刻羽に合わせてあげるよ!』
亜門『………ほ、ほんと? できるの?』
つかさ『うん、できるよ』
その結果が……まさか、こんな残酷な代償の上で、成り立っているだなんて……。
瀬戸山くんの死に関する記憶を失ったむっくんは、隣の席へ座る瀬戸山くんを疑うことなく、今までずっと、生きているってそう思い込んで……。
睦彦「………て、テメエ何をっ! そ、そんなことっ……」
つかさ「じゃあ、こんなことしないほうが良かった?」
その質問は、あまりにも残酷で、怒鳴ろうと口を開きかけた私は結局、何も言い出せなかった。
むっくんもまた、開きかけた口をとっさにつぐみ、ただ両手の拳を震わせる。
つかさ「ねえ刻羽。俺だけじゃないんだよ、あもんに協力したの」
睦彦「………は?」
つかさ「ここにいる全員、俺とあもんの協力者! すっごいでしょ!」
むっくんは思わず目を見開いた。
何か言いかけたけど、それは言葉にならず、胸の中に蓄積されて行く。
ギリッと歯ぎしりをする音が響き、険しい顔をしたむっくんが、チラリと私を見た。
そこからは、一瞬のことだった。
むっくんの姿が消えたと思ったら、彼は私の目と鼻の先に現れて、私の手首を力任せに掴む。
痛いくらいにしめつけられ、私は声にならない悲鳴を上げた。
仁乃「む、むっくん………!?」
睦彦「……なんでなんだ、胡桃沢!! なんで、お前がこんな………っ」
仁乃「………っ。じゃあ、どうすれば良かったの!?」
思わず声を荒げた私を見て、むっくんが驚いて手を放す。
あのとき、私はむっくんと瀬戸山くんを陰から見守ってた。
二人ならきっとうまくやっていけるって、そう信じていた。だけど。
仁乃「むっくんは瀬戸山くんともう一生会えないかもしれない!! このままお別れするの!?」
亜門「………」
仁乃「花子くんだって、私も、みんなも、むっくんのためを思って、必死に……!!」
仁乃「確かに、つかさくんが奪った代償はおっきいけど、でも……瀬戸山くんの気持ちも……」
亜門「やめてよ!!」
突如、話に割って入った瀬戸山くんの叫び声。
苦し気に上下する彼の背中。今にも泣き出しそうに、歪んだ表情で瀬戸山くんは叫んだ。
伊之助「お前……どうし」
亜門「無理に同情しないでよ!! 僕の気持ちなんか、分からないくせに!!」
その言葉に、一同の心の導火線に、火がついた。
一同は揃って怒りを押し殺した表情で、瀬戸山くんを睨んだ。
実弥「おいテメエ、何を言いやがる!」
亜門「もうすぐ死にますって、余命宣告されたこと、お前らはあんのかよっ」
一瞬だけ、寧々ちゃんの瞳がふっと曇った。
そんな寧々ちゃんの手を、光くんと花子くんがそっと握る。
亜門「いつ死ぬかって指折り数えたことは? それでも精一杯作り笑いしたことは?」
寧々「…………」
亜門「いいじゃんか、少しくらい夢を見たって!」
感情があふれ出す。
亜門「もうすぐ死ぬかもしれない奴の運命はもしかしたら変えられるかもしれない。だけど」
花子「……………」
亜門「―――もう死んだ人間が、運命なんて変えられるわけないだろ」
いつだったか、有為ちゃんが言ってた。
『一度死んだ人間は、生き帰らない。それが自然の摂理(せつり)。破ってはいけない決まりです』
亜門「―――ーだから、少しくらい、夢を見せてくれてもいいじゃんか………」
心の底から絞り出した、瀬戸山くんの本音。
昔の同期の少年の、心の痛み。
失ったものは戻らない。分かっているはずなのに、なぜか人間は、それでも希望を追い求める。
そんな彼に、私はまた、何も言えなかった。