コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 ー旧版- 【完結】※2スレ目
日時: 2020/05/18 19:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=17253

  
 ※※ご注意※※

 本スレは、ただいま執筆中の『最強次元師!!《第一幕》【完全版】』の【旧版】です。
 記念に残しているだけのスレッドになりますので、『最強次元師!!』をはじめてお読みになる方はぜひ、【完全版】のほうをお読みいただけたらなと思います!
 何卒、よろしくお願いいたします。


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 運命に抗う、義兄妹の戦記

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 完結致しました。
 読んでくださったすべての皆様へ、本当にありがとうございました!


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 本スレは【完全版】のネタバレを多く含みます。ご注意ください。
 本スレは【旧版】の2スレ目です。第001次元~第300次元までは旧スレのほうに掲載しています。上記のURLから飛べます。


 ■ご挨拶

 どうもこんにちは、瑚雲こぐもと申します。
 旧コメライ版から移動して参りました。
 長年書き続けております当作ではございますが、どうかお付き合い下さいませ。

 Twitterのアカウントはこちら⇒@shiroito04
 御用のある方はお気軽にどうぞ。イラストや宣伝などを掲載しています。


 ※最近更新頻度ががっくり落ち気味なので、不定期更新になります。


 ■目次

 あらすじ >>001
 第301次元 >>002 
 第302次元 >>003 
 第303次元 >>004 
 第304次元 >>007 
 第305次元 >>008 
 第306次元 >>009 
 第307次元 >>010 
 第308次元 >>011 
 第309次元 >>012 
 第310次元 >>013 

 第311次元 >>014
 第312次元 >>015
 第313次元 >>016
 第314次元 >>017
 第315次元 >>018
 第316次元 >>019
 第317次元 >>020
 第318次元 >>021
 第319次元 >>022
 第320次元 >>023

 第321次元 >>024
 第322次元 >>027
 第323次元 >>028
 第324次元 >>029
 第325次元 >>030
 第326次元 >>031
 第327次元 >>032
 第328次元 >>033
 第329次元 >>034
 第330次元 >>035

 第331次元 >>036
 第332次元 >>037
 第333次元 >>038
 第334次元 >>039
 第335次元 >>040
 第336次元 >>041
 第337次元 >>042
 第338次元 >>043
 第339次元 >>044
 第340次元 >>045

 第341次元 >>046
 第342次元 >>047
 第343次元 >>048
 第344次元(最終) >>049

 epilogue >>050
 あとがき >>051


 ■お知らせ

 2015 03/18 新スレ始動開始
 2017 11/13 完結

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.27 )
日時: 2017/07/20 18:43
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: jBO/Sofe)


 第322次元 鏡たち

 ――用意した二つの鏡は、前方に一つと、背後に一つ。しかしそれは欠陥品、とでもいうべきであろう。
 なぜなら、そこに映し出された虚像たちは、まったく忠実には“あるじ”の姿をしていなかったからである。

 せめぎ合い、推し量る――銀槍を挟んで両者は、ある箇所を除けばいたく似つかわしい。
 金色の月に暗夜を挿すのは少女の片瞳。対峙する主は、金に輝く両の瞳で憎々しげにそれを睨んだ。

 「キールア・シーホリー。光栄だよ、あの二人に続いてキミまでボクの遊び相手になってくれるなんて」
 「……なん、ですって?」
 「あの二人は最高だよ! 最高の運命を背負っている。ボクは運命の神様だから、なんでも視えるんだ」
 「……」
 「――――『神が勝利の杯を仰ぐのだ』……ってね」
 「!」

 二つに結い上げた金の髪が、大きく揺れた。キールアは銀槍――“百槍”こと己の次元の力を振るう。キールアの形をした運命の神【DESNY】の白い頬が切れる。
 一筋赤い雫が垂れると、キールアの顔立ちで、舌で、頬の液体を舐めとった。

 「はは。思ったより短気なんだ」

 そのとき、デスニーの切れた頬に、泡のような光が射した。泡が傷のあたりを包み込むと、瞬く間に傷口がふさがってしまった。
 “彼”が次元技を唱えたようには見えなかった。上位の次元師ともなると、“次元唱”と呼ばれる『第〇次元の扉、発動』――との前置きの詠唱を省いても次元技を発動させる力を持つが、次元技そのものの詠唱を省くことには前例がない。
 キールアは、偽物の頬の傷が瞬時に治ったその現象を、『慰楽』の次元技『傷消止血』によるものだと確信していた。
 そして次元技の詠唱もせずにそれを可能としてしまったのが、――“キールア”のせいであることも。

 「……っ」
 「ごくろーサマ♪ ちっちゃくって可愛い――もう一人の“キールアちゃん”」

 キールアの背後にはもう一人、彼女がいる。それは今の自分より少しばかり背丈も低く、手足も棒のように細い――齢12、3歳の女の子。
 その姿は、次元の力『慰楽』を発動させたばかりの頃の自分に間違いない。白衣に着せられているところも懐かしいが、なによりその姿が実に弱弱しく頼りないものに思えて視線を逸らした。

 「おや? そっちのキールアちゃんは、昔とはいってもほんの3、4年ほど前のキミにまちがいないよね?」
 「……」
 「カヨワい自分の姿は見たくない、かあ」
 「第七次元発動――戯旋風!!」

 両手で掴んだ百槍をすばやく旋回させると、生まれた旋風がデスニーを捉えた。激しい風力にデスニーは地面の上を転がっていく。
 彼が起き上がろうとしたときには、既に『傷消止血』の力によって擦り傷がすっかり消えていた。

 「いてて……キミってば、意外と乱暴なんだねえ」
 「ここは戦場でしょう? 早く立ちなさい、デスニー」
 「あは。初めて呼んでくれたね、名前」
 「……」
 「もっとも、今のボクは――“キールア・シーホリー”そのものなんだけどね?」
 「黙りなさい!」

 槍を握る指に、手足に、電流が走る。土を蹴り上げる速さは上昇していく。キールアは槍の穂先を後方へぐっと下げた。

 「第八次元発動――、一閃!!」

 ガキン!! ――金属と金属とが、激しく衝突する。
 いまだ腰を下ろしたまま、デスニーは自身の銀槍を地面と垂直に突き刺した。それを真横から突くキールアの百槍とが、ふたたび力の拮抗を繰り広げる。

 「あなた、は……っ私じゃない!」
 「どうして? こんなに似てるのに」
 「――っ!」
 「それとも、認めたくないとか? ――“この姿”が、本当の自分じゃないって」
 「だ、まりなさいって……言ってるでしょう!!」

 穂先に血が流れる。キールアは元力の端々までも百槍に注ぎ込んで、一層強く、デスニーを睨みつけた。
 心の中で、銀槍は凛と囁く。

 (キールア! 逆上してはだめよ。向こうの思うつぼだわ!)

 「……ッ!」

 (――気持ちは……わかるわキールア……でも落ち着いて。目の前にいる“あなた”は、あなたじゃない。だってあなたはまだ、どちらのも、決して染まっていないもの)

 「ミリア……」

 (なんのためにここまできたの? 血の滲むような努力を呑んで、ここまで戦ってきたのはなんのため? ――あなたが今ここで、運命に負けるなんてらしくないわ!)

 「……っ――」

 穂先はまだ銀槍をまっすぐ突き刺している。目の前にいるキールアは、涼しい顔で力のバランスを保っているようにも伺えた。
 ――そうね。キールアは、そう呟いた。

 そのとき。デスニーの掴んでいた銀槍が、空に舞い上がった。

 「……!」
 「ミリアの言う通りだわ。私、まだ何一つ果たせていない。今はまず――この神様に制裁を下す時間だものね」

 弾き飛ばした銀槍が、デスニーの手元に戻ってくるまでの猶予など与えない。
 キールアは闇夜に百槍を振り翳した。

 「第八次元発動――衝砕!!」

 大地――と同時に、キールアが砕いてみせたのは、デスニーの腹部だった。
 ぽっかりと大きく穴を開けたそれを見ると、瞬間キールア自身の体が貫かれたかのような錯覚を覚えて吐き気を催した。
 彼女はキールアとよく似たデスニーの、含み笑いを見下ろす。

 「……!」
 「ざんねーんハズレ。ボクの心臓コアは、ここじゃあないよ?」
 「あら。本当に残念ね? ――こんなんでやられるくらいなら、あなたに苦戦したあの二人が浮かばれないわ」
 「……おっと、言うねえ」
 「お互いさまでしょう」

 キールアがデスニーから距離を取ると、空の上にあった銀槍が、デスニーの手元に帰ってきた。
 常闇に融ける髪飾りが、同時に揺れた。

 「「第七次元発動――!」」

 キールアは、両の手で柄をとった。横に倒すと、息を吸う。

 「戯旋風――!!」

 旋風が大地の上を駆けた。速度を増して地上を滑るそれを目前に、デスニーが嗤う。

 「――衝砕」

 ひとひら躱して、デスニーが飛び上がる。『衝砕』の力を利用してのことだが、目的はそこではなかった。
 跳ねた彼は、キールアの頭上から、銀槍の穂先を鋭く輝かせた。

 「――真突」

 キールアの左肩に、突き刺す銀色。血飛沫は勢いよく上がった。

 「――あああッ!」
 「ああ、やっと苦しんだ顔を見せてくれたね。だいぶ余裕ぶった顔をするから不安だったよ……キミもちゃあんと、人間なんだ」
 「なん、です……って……!」
 「“悪魔”みたいに怖い顔するから……てっきり、そうなのかと思ってた」
 「――ッ!」

 刹那、キールアは細い脚でデスニーを蹴り上げた。おっと声を上げるデスニーは難なく地面に着地する。彼女は左手で百槍を掴み、右手で左肩を抑えて、立ち上がった。
 止めどなく溢れる血液が、彼女の腕を伝って大地に吸いこまれていく。

 「あちゃ、ごめんね? 禁句だったみたい」
 「どいつもこいつも性格悪いのね、神様って」
 「それは裏切り者のキミの友人も含めて?」
 「いいえ、ロクはちがうわ」
 「……」
 「ロクとあなたたちを一緒にしないで――――あの子は、私の親友よ」
 「へえ……ステキな友情だこと」

 キールアは不慣れな手で百槍を大地に突き刺した。同時に、キールアの中に残っていた『慰楽』の『傷消止血』が発動し、肩の傷が塞がっていく。
 鋭い視線を交わし合う両者の瞳の色には若干の異なりが生じている。
 どちらが本当の姿を映し出しているのかと問われれば――それは、彼女にとって命題であることは明らかであり。
 突きつけられた現実への、自問自答の形をしているのだった。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.28 )
日時: 2017/08/16 12:32
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)

 第323次元 拒絶

 「第七次元発動――、一閃!!」
 「おっと! ――第六次元発動、衝砕!」
 「ああっ!」
 「「第七次元発動――傷消止血!」」

 大人びた叫びと、怯えながらに必死に紡ぐそれとはこうして交じり合う。
 消耗戦だ。両者互いに技を繰り出し刃を交えては、キールアは自身の抱える『慰楽』で傷を修復し、デスニーは自身が作り上げた“鏡のキールア”の『慰楽』によって同じく傷口を塞ぐ。
 この一連の流れが繰り返されてきた時間は、かれこれ数十分にも及ぶ。
 ただし、両者の体力の消耗度合いは、キールアの方が圧倒的に著しく顕れていた。
 金の長い髪が、汗でべっとりと頬にまとわりつく。あまりの気持ちの悪さに爪で払った。その際頬をわずかに引っ掻いた。

 「人間の弱点はそこだよ。神族とは、圧倒的に体力に差がある。それもそうさ。ボクら神族は余計な器官を一切持たない。そして筋力も統一さ。ああ、でもボクは肉弾戦はそんなに得意じゃない」
 「……まだそんなにしゃべれる余裕があるのね」
 「まーね。それに楽しくなっちゃって。キミはちがうの? ねえ、まだまだやれそ?」
 「――ええ!」

 銀槍、『百槍』の切っ先が空を裂く。切り裂いていく。疲れの生じを匂わせないキールアの足元が、強く大地を踏みつけた。
 跳び上がると、デスニーの頭を目がけて急降下する。

 「はは。受けて立つよ――戯旋風!」

 激しい旋回が、生み出す風が眼前に迫る。空中で槍を構えるキールアの眉間にしわが寄り合う。

 「く……っ――戯旋風!!」

 風の塊が衝突する。地上の砂をはがしていく。天上に泳ぐ暗雲が掻き消えた。
 ――刹那、拮抗していた風力は相殺し合い、キールアの持つ百槍が穂先を輝かせた。

 「はああ――!」

 眼下を睨む。――しかし、晴れた視界に、標的の姿はなかった。

 「――!」
 「猪突猛進、視界も狭い。――キミはもっと、冷静で穏便な子だと思ってたよ」

 キールアの、頭上から声が降ってきた。
 ――デスニーは百槍を模した銀槍を振り翳す。荒廃した大地は目前だった。

 「うああ――ッ!」

 白銀の穂先がキールアの背中を突き抜け、地面に深く深く、血液を挿す。
 抉り抜かれた腹部が振動する。新調した隊服が、血液を呑んで重たくなっていくのを実感するには――自分の身体が、相対的に重くなりすぎていた。
 重圧。信頼。英雄としての名を、栄華を得る以前に授かったその責任がこんなにも近くで息衝いているのに。
 左の手で覆っていた百槍の柄を、掴みとる。

 「おや? まだやる気あるみたいだねえ。感心感心」
 「……ッ」
 「でもこの傷じゃあ……傷消止血を使ったところで回復が間に合わない。君はまだ不完全だ」
 「……わ、私、……は……まだ……っ!」
 「……ねえ、キミたしか――“第二覚醒”、使えるんじゃないの?」
 「!」
 「どうして使わないの? 次元の力の強化でしょ? ボクに勝てるかもしれないのに?」

 神族の棲むもう一つの別世界――人呼んで“有次元の世界”で、キールアが手にした力の名は“第二覚醒”。
 通常の次元の力の、その先にある力。史上初、第二覚醒を成功させたその人物はキールアの幼馴染でもある、レトヴェールだった。
 彼を追うようにキールアは同等の扉を開くことをに成功した。しかし、彼女は初めて第二覚醒を成功させた有次元での戦闘を最後に、以来一度もその扉を開いていない。
 彼女の体内に蔓延る――“理由”が、力の扉をがんじがらめに封じこんで、開かぬようにとしてきた証拠だ。

 「……」
 「ボクはべつにいーけど。キミがそれを使わなくてもなんでも。――でも」

 銀槍に、宿る元力。元力という不思議な力の源をその身に宿した者は――次元師のみに留まらない。
 デスニーは虚偽そのもので構成された百槍に、血を通わせる。

 「――――衝砕」

 背中を突き貫いたままの、銀槍が――大地に激しく震動を齎す。
 隕石が落ちたあとみたいな円形が、古の大地を抉り広げた。
 キールアの腹部から、溢れてやまない鮮血が彼女の口からも放り出される。

 「ぐあぁッ!」
 「ほらほら英雄! これじゃ出血多量で死んじゃうよ? ……人間の血じゃあ、ないけど」
 「ぐ……ァッ……」

 (キールア! 第二覚醒を使いなさい! キールア!!)

 「み、リア……っ……で、も……わた、し……私は……!」

 (――っキールア……! このままだとあなたが!!)

 「私は――――“悪魔”にはならない!!」

 百槍を掴んだ。全身が大地の底に突っ伏したまま体勢を変えることなく――背に乗るデスニーの、視界を突いた。

 「――!」
 「一閃――ッ!!」

 次の瞬間――デスニーの左肩を、銀の刃が喰らう。
 彼はキールアから身を離し、彼女と距離をとったのち肩にかかる重さの元凶を引き抜いた。
 キールアもデスニーに倣って、腹部に奔る痛みを取り除かんとした。

 「ぐ、ぅッ――……っ傷消止血!」
 「はは……やられちゃった。ほんと、医者志望?」
 「……なに、よ」
 「……なるほどね、わかったよ。キミが第二覚醒を使わない理由」
 「……」
 「――正式名称は“魔血嚇”。人間はみなその力を恐れ“悪魔の血”と称するのだそうだね。してその力は、元力を消耗すればするほど色濃く、瞳に顕れ、元力の使用値の許容を超えると――――“悪魔”になる」
 「――ッ!」

 悪魔の血――それは、人類の中でもアディダス・シーホリーの血を継ぐ者たちの体内にだけ宿り、千年間他人類を脅かしてきた、神族とは別の脅威。
 魔血嚇という正式名称があるが、人はその力を恐れるあまり“悪魔の血”と呼ぶことが多くなってきている。

 元力に強く反応するという性質を持つ魔血嚇は、血液の性質そのものであり、血管に同時に流れている元力粒子とは相容れないものだ。
 それ故に魔血嚇と元力とは完全に引き離され、魔血嚇の数値が元力量を上回れば、シーホリーの人間の眼球が紫色に保たれる。
 ――そして、逆に元力量が魔血嚇の数値を上回っている場合、シーホリーの人間の瞳は“金色”に変色した状態になる。

 つまり、元力量がまだ魔血嚇の数値を下回っていない今、キールアは悪魔に――人類が恐怖する存在になりえない、ということになる。

 「“第二覚醒”の使用を避けるのは、もしかして元力の消費量が大きいからじゃない? だからキミは使いたくないんだ。ちがう?」
 「……だ、まって……!」
 「“化学反応”、だね。魔血嚇と元力は不結合対象。――その理由、知ってる?」
 「――!」
 「魔血嚇は元力を使用すれば使用するほど、その回数に応じて――――元力を殺していくからだよ」
 「だまってってば!」
 「少しずつ、キミが次元師であり続ける限り。少しずつ――キミは、悪魔に近づいていくんだ」
 「――ちがう!! ……私は……っ悪魔になんかならない!!」
 
 地上を滑る。血の雫を置き去りにして、月下に月が瞬く。
 銀槍を地面に突き刺した衝撃で跳ね伸びた。

 「攻撃が単調だよキールアちゃ――、っ!」
 「これ――返すわ!」

 (――! そうか今ボクらの百槍は入れ替わって)

 デスニーは百槍を頭上に掲げ、防衛の姿勢に入るも――キールアの握る銀槍が、その柄を天上へやった。
 百槍が宙を掻く。キールアは――デスニーの喉元を銀槍で貫いた。

 「ぐあっ!」
 「――借りるわよ!」

 土踏まずが穂先を踏み台にして跳び上がる。手元にようやく帰ってきた百槍を――英雄ミリアの矛先を、運命へと導く。

 「堕陣――――必撃ィッ!!」

 衝撃波があたり一帯を覆う。広がる波に砂が巻き起こされた。
 ――切っ先は、わずか遠く。嗤うデスニーはキールアを視界に掴んだ。

 「ザンネンでしたー! もっと冷静になりなよ、キールアちゃん!」

 脳裏で描く【鏡謳】が、幼いキールアの大脳に指示を捧ぐ。彼はふたたび、喉元にぽっかり空いた穴を間髪入れずに塞ごうとした。

 ――が、しかし。
 それは、彼の視た運命が――叶うことを許さなかった。

 「残念でした」

 脳天。球状の肉塊を、穂先が抉り抜く。
 運命の眼に映る彼女のはまだ、己が人間であると叫んでいた。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.29 )
日時: 2017/08/27 02:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)

 第324次元 霧中

 医務室でたった一人、彼女は擦り切れた藁半紙をめくる。
 表紙に走る『DEVIL BLOOD』の文字を伏せて、今は亡き両親の言葉を思い返していた。


 『キールア。この本はほかの誰にも読ませてはいけないよ』
 『中に書いてあることを伝えたりもしないって、約束してくれ』
 『シーホリーだけの、紫色の目をしてる家族にだけ。私たちだけが知っていればいい』
 『――きみの大切な人を悲しませないために、約束してくれ……キールア』


 自分が次元師であることを自覚してから、この本が読めることを知った。
 元力と呼ばれるもので封をされていたものを、つい昨年ひも解いてから何度も、何度も読み返している。

 『キールア、また読んでいるの?』
 『! 百そ――……ミリア。どうかしたの?』
 『……キールア。あなたは……本当に戦うの?』
 『……』
 『あなたが私を振るうたび、私の名を叫ぶたびに、あなたはあなた自身の身体を蝕んでいく。貪っていくの』
 『うん』
 『あなたが次元師であり続ける限り、――あなたは悪魔に近づいていく。人間から遠ざかっていく。わかっているんでしょう?』
 『……うん。わかるよ。わかってる』
 『……それでも、いくのね』

 英雄の眼差しは、かつての冷然たる光を失っていた。目の前で屈める主の背を力強く叩いて送り出すことが、今の彼女にはとても叶えられない話だった。

 『大切な人を悲しませたくない。だからだれにも伝えないよ。死んだっていいとは思ってない。あの二人と……レトとロクと一緒にまた笑い合える、平和な世界が来たらなって……思うもの』


 ――――でもね。
 声色が堕ちる。窓のふちをなでた。触れる指先をじっと見つめて、青いだけの空のずっと向こうを夢見た。


 『わたしには、やることがある』


 ――――会わなきゃいけない人がいる。どうしても、どうしようもなく。

 空の上。小鳥が羽を広げて小さくなっていく。二匹並んだそれらは、仲睦まじげにいつまでも、遠くへ遠くへ飛んでいった。





 腕を勢いよく引くと同時に、百槍の柄には黒い血液がこびりついて帰ってくる。すぐに振るい払ったものの、気味の悪さが払拭されることはなかった。
 足取りを崩した運命が、額の空隙に手を添える。腕で見え隠れする程度だが、その口角はたしかに釣りあがっているように見えた。

 「……なる、ほどね。さすが、油断大敵ってカンジ」
 「……」
 「――まさかキミがキミ自身を殺すとは、思いもしなかったよ」

 空いた額のふちに痒みが生じた。治癒を施す算段を――失ったデスニーは、キールアの足元に転がる“幼い彼女”が割れて崩れる最期を看取った。

 「あの子の次元技によってボクが回復するのを、事前に殺すことで防いだってことか。意外にも残虐的な面をお持ちなよーで」
 「あれはあなたの“鏡”によって創り出された虚像でしょう? 私じゃないし、人間じゃない」
 「でもザンネンだったね。ボクの核はここでもないみたいだ」
 「……」
 「さて、どこでしょう?」
 「その身体、粉々に砕いちゃえばわかるかしらね」

 (――もう一度“鏡のキールアちゃん”を生成するには少し時間が……)

 「――っ!」

 百槍と名を与えられた英雄は、その穂先の輝かしさにも似た栄誉を振り翳される。腕に血が通った。独特の金属音が、いやに鼓膜を挿す。

 「す、きを……与える、とでも……っ?」
 「く……っ!」

 歯を噛んでまで、抑えんとする上からの力に抵抗した。足元に伸びたキールアの足を、見えたと同時に跳べば躱すのは容易だった。
 着地点には彼女が矛先を満天の空へ捧げていた。脇腹を掠めると、伸びた傷跡から鮮やかな黒い滴を吐く。大きく銀槍を薙ぐ。衝撃で、地面の上を転がっていく彼女はすかさず槍を手にした。
 旋回させては、運命の手の内から再び放り出される銀槍。彼女が振り切ると今度は――今まで手を出さなかったデスニーの脚が、空を切る。
 しかし、百槍は盾と化す。鋼鉄製の刃と正面から衝突したというのに、彼は脚の勢いを自ら殺すと、脚はまったく損傷を浴びずに引き下がる。

 (――次元技を使ってこない……ということは、そろそろ使用可能な元力量が底をつくか)

 彼女の元力量が“最少の許容量”を迎えるのも時間の問題だ。次元の力のさらなる開放――“第二覚醒”の使用を避けている現状では、これ以上の元力消費は可能性が低い。
 そしてキールア・シーホリーは、悪魔の血を除けば体の構造は普通の人間と同等だ。
 ――体力の限界、というのもとうに超えているだろう。元力を酷使することでわざと覆い隠していた限界値が、肉弾戦の披露によって露見している。

 「キールアちゃん。――キミは、本当にすごい次元師さ」
 「! ……な、にを……」
 「次元の力『百槍』が発動してから経た月日は浅い。だって半年前だよ? 『慰楽』を使っていたキミは前線ではなく後衛だった。この短期間で、“ミリア”っていう英雄に、相当しごいてもらったんだろうねえ」
 「……何が、言いたいのよ」
 「ただーし! そんなキミだからこそ大きな欠陥がある。――それは、“身体能力”さ」

 ――脹脛の内側で、血液は空気を運んでいる。どくどく、運んでいく。その都度、痙攣しているのを態々見逃している。
 痺れに抗う指先が、それでもと掴んでいる百槍に幾度と誓ってこの日を迎えた身体が、運命と対峙するにはあまりにも脆いと訴えている。

 「今まさにその苦汁を味わっているところだろうねえ。そうだよね? そんな未完成な器であんまりムリしちゃうと、キミら人間の命なんかぽろっと落っこちちゃうのにさ」
 「……さ、っき……から」
 「ん?」
 「無駄口が……っ――多いわね!」

 振り上げる。踏み抜けていく地上の泥が、キールアの脚に跳ねる。
 ――幾度も、幾度も重なっては、空想の装甲が剥がれ落ちるまで距離を詰める。金色の前髪から覗く彩りはたがう。
 先に槍を退いたのは、デスニーだった。

 「次元技を使わない次元師なんて――ただの人間だよ!」

 穂先が背中の向こうにいく。露になる石突が、彼女の癒えた傷口を強打した。
 殺した息にまじる呻き。口形を濁す。――キールアは、嘲笑った。

 「誰が――――次元技を、使わないって言った?」

 穂先が発光した。キールアは両の手で柄を握り締め――猶予なく下す。

 「第八次元発動――――、一閃!!」

 迫る鋭牙にデスニーは――背を反らせた。至近距離での一突きが、容赦を知らず神を襲う。
 空いた喉に、別の角度から柄が横断する。デスニーの体内を満たす黒い血液が、キールアの隊服に点々とはねる。

 「う、ぐぇ……っあくしゅ、いあね」
 「よく回るその舌……こわせば、口が減ると思っ、たけど……!」

 (キールア・シーホリー――元力の消費抑制を諦めたのか)

 ――悪魔にはならないと。鮮やかな眼光が告げた決意はその程度のものだったのか。目を疑った。
 次元級も決して低くはない。八次元の扉を開放するのに、使用する元力量はわずかでないはずだ。
 しかし彼女の瞳は未だ、黄金を欠いてなどいない。

 そのとき。舌と首とを貫かれたデスニーの視界には見慣れないものが転がっていた。

 (……! あれは――、もしかして)

 それは、やっとの思いでただ一滴、大地に染みこんだ。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.30 )
日時: 2017/08/19 01:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)
参照: ※修正しました(17.8.19)

 
 第325次元 宴の片隅で

 アルミ製の平たい水筒を模していた。開いた口からは水滴が、規則的に垂れ落ちている。
 口元をぐいと拭うキールアの仕草とそれとを見比べて、デスニーは尚早に理解した。

 (そうか、あれは――“人工元力”)

 人工元力――蛇梅隊に所属する科学部班を中心に研究が進められている、近代に大きな発展を齎した発明品の一つ。起源は戦中の次元師が元力不足で困らぬようにと開発された所以に至るが、近年ではそれを悪質な目的で利用している研究者も多い。ミル・アシュラン含む15歳未満の子どもが300人以上犠牲になった『十一次元解放プロジェクト』での事件が一つの例である。
 人工元力の開発に尽力してきたフィードラス・エポールがレトヴェールやロクアンズの父親であることから、縁の深いキールアはこの神人世界大戦を迎える前に彼から人工元力を手渡されていた。

 “悪魔”にならぬようにするには、元力量が“魔血嚇”の粒子量を下回らなければいい。
 元力を体外的に補給することでその事態を避けたいと懇願したのは、キールア本人だった。

 「……こえは、想定外だ」
 「――!」

 キールアがデスニーの口内へと突き刺した百槍を、彼自らが引き抜く。石突との衝突を避けたい彼女は咄嗟に身体を反らし、後方へ足が躍った。
 
 「――第七次元発動」
 「!」
 「真突――!」

 矢継ぎ早に繰り出される。その切っ先とそれに宿る異質な力。捉えたとの自惚れを、運命がひとひら躱した。
 ――神の一族といえど、彼らが抱える元力量にも限界というものがある。“キールア”として消費した元力量はさほど多くないが、彼が【鏡謳】の発動中であることを忘れてはいけない。
 肉体の生成。自分以外の泥人形キールアを動かすのも容易ではなかったが、自分の身を厚く塗り固めて造りあげたこの身体キールアこそ、彼のポーカーフェイスがやっとの思いで突き動かしている命だ。
 しかし、舌を打つ暇もなく――運命に迫る脅威。

 「く――っ!」
 「――はああ!!」

 (何が、そこまで彼女を……っ――本当に命を落とすぞ!)

 刹那。
 大きく円を描いた柄が――デスニーの右腕を払い飛ばした。
 と同時に銀槍が空を仰ぐ。

 (しまった――ッ!)

 キールアはもう地上にいない。空高く、高く跳躍する彼女は、百槍に酷似している抜け殻を、左の手に収めた。
 心のどこにも隙はない。真に迫る顔色が――より強く引き締まる。

 「二度も――――取り上げられてんじゃないわよ!」

 ――放り投げる。左腕を絞める筋肉の悲鳴など、聞こえない。
 もっとも鋭利な部分が、デスニーの足と大地を縫いつける。大きく傾く身体は銀槍に絡まって、地を這う。
 時のどこにも隙はない。――彼女の振り上げる、譲れない誓いが光り輝く。

 「――――第九次元発動!!」
 「――ッ!!」

 闇を赦さない、深い金色。嗤う満月を背景に彼女が謳う。
 ――否定しろ。悪魔を。呪いを。どこからともなく聞こえてくるそれらは、祈りにも似ていた。


 「滅紫――――烈衝!!!!」


 血管がぶつんと切れていく――錯覚が襲う。古の大地を割って沸く、鮮やかな紫色の光が天へ伸びる。
 運命の左胸を突き破った。元魔を彷彿とさせる雄叫びに、ああ彼は誠に――神様だったのだと思い知らされる。
 光の柱が輝きを失っていく。だんだん常闇へ呑まれていく。
 百槍を引き抜くより先にキールアの指先は緩んで、槍を杖に彼に跨る。

 「……」
 「……――は、ははっ……バケモノ」
 「あ、なた……ほど……じゃ、ないわ」

 伸縮を繰り返してきた筋肉は緩み、震えだす。指一本まともに動かすことを禁じられた。
 デスニーの、暗黒じみた液体とキールアの血液とが交じり合う。彼女がいくら説こうとも、その赤は人間のものではないことを示していた。


 「――――はずれだ」


 ドスの利いた低音。彼を男児と称するには可愛らしさが拭いきれない、中性的な外観からは想像できない声が漏れた。
 キールアは、背筋をはじめとして迅速に――全身が冷気で覆われていくのを実感した。

 「――ッ!」
 「ボクの心臓はここじゃない」
 「……ぁ……な……っ」
 「――残念だよ、キールア・シーホリー」

 剥がれ落ちた肌が伸びる。崩れかけた指先が大地に触れた。
 凍った身体は融けず、呆然と見送る。運命の流れを。
 彼の口内からこぼれる、深い闇が告げる。



 「鑑宴カガミウタ



 謳え、踊れ。生まれろ、産まれろ、――――数多の産声が、四方から耳に届く。
 血の通った泥たちは這い上がる。形成されていく。誰とも知らぬ少女のかたちに。
 数えれきれないほどの少女たちが、瞳に闇を孕んで、穂先を向ける。

 ――それは神より下す、断罪を意味していた。

 「最期にキミの運命を語ろうか」

 息衝く心臓の奥、奥深くから英雄が叫んでいる。
 逃げろ。逃げてくれ――と。声帯もないのに枯れていた。
 キールアは、自分を舐める視線たちが、眼差しがすべて、自分であることに口を噤んだ。

 「キミはどうやら、死ぬらしい」

 ――せーので持ち上がる。槍、槍、銀の槍、鋼の穂先。
 次の瞬間。


 「ゲームオーバーだ、キールア・シーホリー」


 主である少女の身体に、投じられた粛清が罪を問う。


 (キールア――――ッ!!)

 右肩を抉る。左肩を新たに刺した。脇腹の傷口が開き抜かれる。女性にしては細い太腿を、二つの槍が貫いた。
 足首と大地を縫う。腕と大地とが繋がる。
 どうぞと差し出された全身から、まだ血液が流れていくのかと、目で追った。

 (キール、ア……! お願い! 返事をして、キールア!!)

 「……」

 (あ、なた……っこれじゃ、これじゃあ……!! ――あんまりよ……キールア……っ!)

 人形と化した主の首が、ぐったりと垂れ下がる。起き上がらんともしないそれに腕を伸ばすことも禁じられた声だけの英雄が咽び泣くのを、聞いて、聴こえたら。
 美しく深い、湖が脳裏に蘇った。

 「ゲームオーバーは、あなたよ運命」

 黄金色は鈍く煌いて、笑う。

 「第二覚醒」

 感覚を失った指先が、百槍を握っていると過信した。
 ――石突が、大地をとんと鳴らす。


 「――――百樂槍」


 途端、それが合図となって泥人形たちは融け失せ――戦線から離脱した。
 姿を新たにした英雄は二手となって、彼女の両の手の上で大人しく、息衝く。

 「第七次元の扉、発動」

 月光を浴びるその瞳は、どちらともつかない色彩を、揺らしては紛れて。
 身体の不自由を悟った運命は、自嘲を禁じ得なかった。

 それは、呪いだったのだ。


 「――――、一華閃!!!!」


 解放した力を切っ先に捧げ――胸部を裂くと、天地が震えた。それが遠く、遠くで同じ大地を踏みしめる仲間たちの足元にまで轟く。
 破れ、崩れていくデスニーの殻の中には、亀裂を生んだ心臓が顔を出した。
 指先から砂と化していくのを、さて何百ぶりに眺めたことだろうと考えると、笑みがこぼれた。

 「よくわかったね」
 「……」
 「ボクの心臓が、ここだって」
 「……ねえ、聞いてもいい?」

 キールアの身体から自由を奪っていた虚像の槍たちが、砂のように溶けていく。闇とともに流れていった。
 母なる神により生み出された、千年も昔に失くしたはずの情を挿した眼から目が、離せなかった。
 

 「どうして、殺さなかったの」


 最期に問うたそれを、運命も、運命を背負う少女も忘れることはないだろう。
 この世のものとはとても思えない。闇色の片瞳は美しかった。それは運命が被っていた彼女ではなく、紛うことなきキールア・シーホリーだった。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.31 )
日時: 2017/08/27 14:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: kkPVc8iM)

 第326次元 再逢

 天上を貫く、紫苑の光。それは細い柱となっていくつも視界に入ってきた。
 ――次いで、追い打ちをかけるかのように足元を襲う激しい地震に、驚きを隠せなかった。揺れは一度きりだったが、心音はまだ強く脈打っている。

 (レト……今のは)

 「……」

 彼は開戦当初から一つの不安を拭いきれずにいる。幼馴染のキールア・シーホリーを、神族との戦場に送り出してしまったことだ。やむをえない状況での決断ではあったものの、指揮官としてではなく一人の友人としてそれが心に閊えていた。
 そして今しがた視界に飛びこんできた紫色の光が、『百槍』の次元技“滅紫烈衝”によって齎されたものだろうと推測もつく。

 (――キールア……どうか無事でいてくれ)

 暇さえあれば、耳元の通信機に指を添えてしまう。無意識にも待ち焦がれているのだ。勝利の知らせを、歓びの声を。

 そんなときだった。
 耳元が騒がしくなる。通信音が、レトヴェールの鼓膜を刺激した。

 『こちら特攻部班。――ただいま元魔を討伐した。残りは、0体』
 「――!」
 『ただいまの時刻をもって、全元魔の――――討伐に成功した』

 戦火は上がらない。深い闇の奥、古の国エルフヴィアの大地に――神を残して敵は、消え去った。
 時計塔の針は告げる。英雄の足跡を砂が呑む。

 ――カウントダウンは、始まっていた。





 砂と彼とが混ざって、そよぐ風が連れていこうとする。運命の神――【DESNY】の核を破壊することに成功したキールアだったが、彼女が彼に向ける眼差しに憎しみや怒りなどといった色は差さずにいた。
 キールアの問いかけに、デスニーは薄ら笑みを返す。

 「……それをいうならキミだって」
 「……」
 「あれほど、拒んでた第二覚醒を……どうして使ったの?」

 キールアの片目が、彼女の持つ元力量が魔血嚇の数値を下回っていることを物語っていた。
 第二覚醒という力の開放を行えば元力の消費量は飛躍的に上がる。それが故に拒絶していたというのに、彼女は両手それぞれに百槍を掴んでいた。

 「それは……あなたが、私を殺さなかったから」
 「答えになってないよ」
 「あなたは……私と、ここで初めて会ったときから……――最初、から。私を殺す気なんて……なかったんでしょう……?」
 「……どうして?」
 「――最後。さっき……あなたはわざと、私の心臓を……“避けた”」

 泥人形――造り物の“鑑”たちはキールアを模して、キールア本体を目がけて無数の銀槍を投げた。
 その際、キールアの四肢を貫いた痛撃は優しいものではなかったが、そのどれもが、彼女の心の臓を避けて放たれたものだった。

 キールアの命を奪うことを目的としているのであれば、それは極めて信じがたい行為だった。
 それだけに留まらず、デスニーは度重なるチャンスにキールアの胸部への攻撃を避けてきた。悪魔の血を継いでいるとはいえ、体の構造は普通の人間と遜色ない。神族でもない限り、心臓が胸部以外に位置しているなんてこともない。――デスニーは十分に理解しているはずだ。

 しかし最後の一撃を機に、デスニーの行動を疑い始めたキールアは、ある答えに辿り着いた。

 「あな、たの目的は……私を、殺すことじゃ……なくて」
 「……」
 「きっと……――別の」
 「キミと話がしたかった。そのできいてくれ」
 「……」
 「――今日のこと、どうか戒めにしてほしい」

 シーホリーの血を継ぐ者にはすべて、悪魔の血と呼ばれる魔血嚇が体内に潜んでいる。その存在を恐れた人間たちは、悪魔の血を根絶やしにせよと、キールアを含むシーホリーの人間すべてを殲滅対象とした。
 シーホリー以外の人間のみが畏怖しているのではない。その血を抱えて生きているキールア本人こそ、もっとも恐れ、遠ざけ、悪魔に呑まれぬようにと闘っているのに。

 デスニーは、悪魔の血を遠ざけるあまり自分の身をも滅ぼしかねないキールアを目の当たりにした。気持ちはわからないではないが、結局彼女の元力は魔血嚇の値を下回り、現在に至っている。

 「キミはこれからも変わらずに次元師でいるだろう。でも、どうしたって逃れられやしない。悪魔の血を抱えながら、喰われないように、悪夢は見せないでくれ」
 「……どう、して……」
 「――さっき言ったことは、嘘じゃないんだ」

 夜空へ還る、デスニーの半分。つま先から、指の先から、粒子がキールアの頬を撫ぜる。



 「キミは、近いうちに命を落とすよ」



 ――ざあっと砂が舞う。砂上に踊る風たちは楽しげにこちらを見ている。
 誰より愉しげだった軽口が、なくなりながら告げた運命は、続ける。

 「ボクにはね、未来は視えないんだ。でも運命が視える」
 「……」
 「キミの死が、この戦いによるものか、ちがうのか。――何秒後で、何日後で、何年後かは視えないけれど、そんなに先の話じゃない。キミは死ぬ」
 「……そう」

 そのとき、彼女の耳たぶにかけた通信機が振動した。
 受信したのは、特攻部班のエン・ターケルドからの連絡だった。しかし冷静沈着で、機械的な彼の声は、遠ざかっていった。

 『こちら特攻部班。ただいま元魔を討伐した。残りは』
 「……そしてきっと、キミにももう視えてるんだろう」
 「……」
 「後悔は、するなよ」

 ――いよいよ、目玉と歯と、崩れかけた核を残して、死を悟った。

 「……さよならだ、キールア・シーホリー」
 「……――、デスニ―」
 「キミの運命に、幸あらんことを」

 血肉のようだった核は心臓だったのだ。運命の神の胸にはめこまれたそれが、役目を終えると神様はいなくなっていた。まるで、人間のようだった。
 『ただいまの時刻をもって、全元魔の討伐に成功した』――――聞こえなかった。しかし、残酷にも脳は理解していた。
 神様がいたところへ指を伸ばした。砂を掬うと、指の隙間から落ちていった。ちっとも掬えなくて、いなくて、涙すると、泥となった。

 そのとき。



 ――――午前0時を告げる鐘の報せ。古代の時計塔が、啼いた。



 メルギース歴1032年。12月25日。
 第二次神人世界大戦が夜を跨ぐと、代表者たちは足を止めた。





 ――淡い緑の髪が靡く。踵までの長い髪が、高く結い上げられていた。
 右目に奔る傷。片方は碧々と瞬き、細い体躯も若者のそれだった。


 「……」


 ――金の髪は一つに結われている。胸までのそれは大人しくしていた。
 同様に黄金を思わせる瞳。精悍な顔つきで、あくまで冷淡に呼びかける。


 「よう、久しぶりだなロク」


 一年も昔のことなど覚えもないといったように。
 酷い雨に紛れて消えた。夢幻のような逢世を繰り返してきた。
 ――しかし今、彼の目の前で息をする彼女はきっと、もう夢ではなくなった。

 「久しぶりだね、レト」

 よく耳にした、幼くて甘い声。不覚にも胸が躍った。
 そこに温度のないこと以外には、まったく、彼女に間違いなかった。

 「神族に寝返るなんていい度胸じゃねえか」
 「寝返る? あたしは生まれたときから神様だよ」
 「どうだか」
 「……」
 「さてと。おしゃべりはこの辺にしようぜ」
 「そうだね」


 遥か、遠く彼方。背を預けて共に闘いあった日々は、一年前の今日に置いてきた。
 視線を交わし合う両者は、待ち焦がれた今日に生きる。


 「――――さっさとバカな義妹いもうとを更生させないとな」
 「――――愚かな義兄あにには、警告が甘すぎたみたい」


 兄が笑うと、妹も嗤った。
 ――エポール義兄妹を取り巻く空気が片鱗を遂げる。空と大地が、風と砂とが――月と星とが、義兄妹に空間の支配を許していく。
 開戦の狼煙は、とうに焚かれている。



 こうして。
 ――――レトヴェールとロクアンズは、再逢であう。


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