コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 ー旧版- 【完結】※2スレ目
日時: 2020/05/18 19:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=17253

  
 ※※ご注意※※

 本スレは、ただいま執筆中の『最強次元師!!《第一幕》【完全版】』の【旧版】です。
 記念に残しているだけのスレッドになりますので、『最強次元師!!』をはじめてお読みになる方はぜひ、【完全版】のほうをお読みいただけたらなと思います!
 何卒、よろしくお願いいたします。


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 運命に抗う、義兄妹の戦記

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 完結致しました。
 読んでくださったすべての皆様へ、本当にありがとうございました!


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 本スレは【完全版】のネタバレを多く含みます。ご注意ください。
 本スレは【旧版】の2スレ目です。第001次元~第300次元までは旧スレのほうに掲載しています。上記のURLから飛べます。


 ■ご挨拶

 どうもこんにちは、瑚雲こぐもと申します。
 旧コメライ版から移動して参りました。
 長年書き続けております当作ではございますが、どうかお付き合い下さいませ。

 Twitterのアカウントはこちら⇒@shiroito04
 御用のある方はお気軽にどうぞ。イラストや宣伝などを掲載しています。


 ※最近更新頻度ががっくり落ち気味なので、不定期更新になります。


 ■目次

 あらすじ >>001
 第301次元 >>002 
 第302次元 >>003 
 第303次元 >>004 
 第304次元 >>007 
 第305次元 >>008 
 第306次元 >>009 
 第307次元 >>010 
 第308次元 >>011 
 第309次元 >>012 
 第310次元 >>013 

 第311次元 >>014
 第312次元 >>015
 第313次元 >>016
 第314次元 >>017
 第315次元 >>018
 第316次元 >>019
 第317次元 >>020
 第318次元 >>021
 第319次元 >>022
 第320次元 >>023

 第321次元 >>024
 第322次元 >>027
 第323次元 >>028
 第324次元 >>029
 第325次元 >>030
 第326次元 >>031
 第327次元 >>032
 第328次元 >>033
 第329次元 >>034
 第330次元 >>035

 第331次元 >>036
 第332次元 >>037
 第333次元 >>038
 第334次元 >>039
 第335次元 >>040
 第336次元 >>041
 第337次元 >>042
 第338次元 >>043
 第339次元 >>044
 第340次元 >>045

 第341次元 >>046
 第342次元 >>047
 第343次元 >>048
 第344次元(最終) >>049

 epilogue >>050
 あとがき >>051


 ■お知らせ

 2015 03/18 新スレ始動開始
 2017 11/13 完結

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.17 )
日時: 2016/08/04 00:24
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Wb.RzuHp)

 第314次元 もう一つの幼馴染

 「――ギィィイアアアァアアア!!!!」

 一瞬の隙は最大の機会となる。クルディアに向けて放たれた筈の巨大なエネルギー体は大きく角度を反らして、空へ跳んだ。
 地面へ到着すると、クルディアの目には、幼い少女の姿があった。両腕を突き出し、紐に付いた鈴を震わせ、空を悠々と超える巨大な元魔の動きを封じた、少女の。
 鈴と空気が振動する。その様子を――ミラルは、ただ茫然と見つめていた。

 「リリ、アン……エール」

 幼い頃。ミラルはとある少年少女の幼馴染だった。言うなれば、レトヴェールやロクアンズ、そしてキールアを加えたあの3人のように。幼い時間を共にしてきた仲間が、彼女にはいた。
 名前はセブン・コールと、フィラ・クリストン。2人は兄妹ではなかったが、お互いに強く想い合っている間柄なのは確かである。ミラルは、セブンやフィラの良き友であり、相談役であった。
 だからこそ、セブンとフィラがこよなく愛した、朱色の大蛇の話を知っている。

 大蛇、蛇梅が次元の力であると知らなかった、青い双子がいる。
 そうして蛇梅を大地に埋め、何年も、フィラと朱梅を引き離した――次元師がいると。

 「俺もいるぜ? オッドアイのお姉さん」
 「!」
 「リリエン・エールだ。……あいつは妹のリリアン。あんた、あの蛇梅隊の班長と副班の、友達なんだろ?」
 「……どうして、それを」
 「俺らはもっと幼かったが……両目の色が違う種族は多くない。あの2人の傍にいたのも、うっすらだが覚えてる。お姉さんも、俺らを覚えてるだろ?」
 「……」
 「今でも、憎まれてるのは分かってる。だけど今は、今だけは……!」

 違う色の瞳の奥では、フェンスを掴んでいるフィラの泣き顔と、傍で立ち尽くすセブンの姿が鮮明に映し出されている。その先に、幼い双子が並んでいる様も。
 ミラルは息を吸って、吐くと、何も言わずにリリエンの横を過ぎた。

 「……!」
 「何突っ立ってんのよ。あの技、そんなにもたないでしょ。核の破壊はうちのリーダーに任せて、私達は援護を――」
 「――許す、のか……?」
 「……」
 「ああ、いや! 確かにその、許して欲しいのは、そう……なん、だけ――」
 「ここは戦場よ。敵か味方しかいないの。あんた達が人間で、次元師であるなら――――仲間でしょ」

 許す、許さないは後にして――それにもう。
 蒸し返して欲しくない。蛇梅隊の本部では、蛇梅が、嬉しそうにフィラの肩に乗せられている。幸せそうな彼女と、その蛇の姿が在るだけで、今は良い。
 遠くでは、クルディアがリルダに向けて指示を出している。鈴の力が尽きようとしているのを確認して、呼吸を整える。

 「とにかく今は元魔よ! リリアンが頑張ってくれてるけど、あれじゃもうもたないわ。元魔があの姿勢から立ち上がる前に、動きを封じるの! あんた達と私が今やるべき事は――それぐらいよ!!」
 「……――おう!!」

 ――リリアンの鈴の音が途切れる。途端、元魔は長い手足をその場でばたつかせた。行動こそ駄々を捏ねる幼子のようで、齎す被害は震災のそれと遜色がない。吹き飛ばされる一同は揺れる大地の上で派手に転がり回る。
 元魔は、すかさず――大口から、雄叫びを上げる。

 「ギイイイィアアアア――!!!!」

 同時に塞がれる耳。綺麗だった顔立ちは歪められ、宙を舞うクルディアは、扇を大きく広げた。
 技を解かれ地面に着陸をするリリアン。ミラルと2人並んで、クルディアを見上げているリリエン。
 双子を一瞥した、彼女の眉は吊り上がる。

 「決勝まで駒を進めた次元師であるなら――――その力、お見せなさい!!」

 身の丈を超える扇が瞬く間に翻ると、繰り出された風の軍隊は元魔を襲う。

 「――――戯旋風!!」

 巻き起こる竜巻が大地を滑る。激しい風に一同が目を伏せていると――あっという間に、白い元魔の身体を封じてしまった。元魔を囲うようにして台風が躍る。
 小さな都市一つの天候を変えてしまいそうな規模。総班代理という立場は名ばかりでないと――感心している余裕はなかった。
 時間を無駄にするなと感じさせるクルディアの一撃の次に、躍り出たのはミラルだった。

 「リルダ! ありったけの爆弾を――私の前にたくさん頂戴!!」
 「はっはい!! 第七次元発動――――時限弾!!」

 リルダの指示通り、ミラルの目先の空中から、ドドドッと溢れ現る無数の爆弾。地面に転がると、ミラルは片色で振り返る。

 「許してほしいんでしょ?」
 「「!」」
 「私が繋いであげるから……あの2人の目に届くように――――しっかりド派手に決めてよね!!」

 今度こそ終わらせてやる――深く深く、息を吸い込め。ここにある空気の全部――私が頂く、と。
 剥がれかけた口紅の奥から、放つ。

 「第九次元発動――――言乃把ッ!!」

 ぐんと浮く爆弾。ミラルの怒号に応えたそれらは一斉に竜巻の中へ抛り飛んだ。放たれた爆弾たちは次々に、台風の旋回に飲み込まれながら爆発を繰り返していく。

 「グアアアアッ!! グアッアアァッアアア――ッ!!!!」

 ――言乃把。物体を自分の口から発せられる言葉によって操る技であるが、この技の安全な発動には大きな条件が伴っている。
 それは、対象の物体についての詳細な情報理解。そのパーセンテージの高さ、俊敏性。物質の構成、進化の過程に至るまで知れば知っているほど操作の難易度が変動するのだが、理解に欠けていると逆に対象の暴走が予測される――使用危険度は極めて高い技にあたる。
 リルダとは別の班で行動をしてきたミラルだったが、リルダ他と共同戦線を張ると通達された時点で、この技の行使は頭に入れていたのであった。大戦当日まで残り少ない期間ではあったが、リルダの元力量・濃度、基礎体力、血圧と、主に次元の力に関する情報を中心に、リルダとの手合わせの回数を重ねながら着々と情報収集の準備を進めていた。
 やれ化粧だのやれオシャレだの男だの。普段は浮いた話に目がないミラルの視界には今、色めいた景色など広がっていない。

 蒼い2つの影は同じくらいの高さで肩を並べて。
 心の底から後悔した。もっと前から、目の前で道を拡げてくれるこの人が――最も信頼する2人に。深く頭を下げ、拭い切れぬとも罪滅ぼしをするべきであった、と。
 犯した罪の重たさが、この戦場で今負わされている“責任”の重たさだと気づく。
 双子は同時に息を呑む。

 「「第九次元――――発動ッ!!」」

 兄の手元から広がる縄が、台風の動きに乗ってぐるぐると果てしなく元魔の身体に巻き付いていく。
 反る背中。妹の眼前に小さく見ゆる血の色。核の居場所を再認識すると、目を閉じた。鼓膜に全ての音が届かなくなってから、がらんと一つ――鈴が鳴いた。

 「――――真鳴」

 鳴り響いた軽い音は、心臓を目指して空気を渡る――“双斬”の『真斬』や“光節”の『真閃』に続く、一点に狙いを定めた必中の次元技、『真鳴』。
 集中が途切れると定めた一点が“反転”し、全て自分に返ってくる。そして発動の直前、術師の鼓膜に一切の音が届くのも許さない――これもミラルの『言乃把』に同じく、ハイリスクを伴う次元技だと知っていた。
 妹、リリアンに従順に、音色は真っ直ぐ――――赤い心の臓を、叩く。

 「ンギアアアアア――――ッ!!!!」

 ――パキンッ! 宝石を模した核に、ひびが入った。
 後援C部班一同と、他2名の口元が緩みを見せた――――が、然し。


 間もなく内部爆発が起こると想定していた。だからクルディアは早急に元魔と距離を取っていたのに。
 爆発が起きる気配が、しなかった。


 「え、う……っそ――――」
 「――ッ!? みっミラルさん!! 一時撤退を、動きますわ!!」
 「副班長さん――っ!!」

 声が届かない。脚が動かない。心臓に刃を突き立てただけの事実は――奴の破壊を意味しなかった。
 竜巻が消え、繰り出した爆弾はとうの昔に破裂しきっている。喉に力が入らないのに、元魔はしっかりと――ミラルの上空に、太く白い腕を、翳していた。


 次の瞬間。


 「――――――“免罪”だな。ま、懲役は10年ってとこだったかな」


 零れた軽口が“引き金”を引いた。瞬間、怪物の巨体の、ほんの小さな心臓が。
 遥か上空で、静かに砕け散った。

 瞬く間に元魔が内部爆発を引き起こすと、辺りは分厚い土埃に覆われる。幸い誰一人として爆発に巻き込まれることはなかったが――問題はそこではなかった。
 扇、声、爆弾に加わった、縄と音。どれも決して“飛び道具”ではない。元魔の心臓を通過して、空を駆け抜けた――小さな一撃。
 ミラルは一人。声のした方へ、地平線へ、視線を変えた。

 「……有難う」

 (――……セブン、君)

 それはとても青くて懐かしい。班長になる、ずっと前の幼い響きだった。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.18 )
日時: 2016/09/13 23:20
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: WwoM88bd)

 第315次元 強く幼い涙

 遥か遠くで、白い巨体が弾け飛ぶまでの一連の流れを確認した。スコープから目を離すと、彼はひゅうと口笛を鳴らす。
 すぐ隣で佇んでいたもう一人の男性は感嘆の声を漏らした。

 「ほう。君は良くもまあ、あれほど遠くまで見えるものだ、セブン班長」
 「いやあまあ……次元の力によるものが大きいけどね。久々だから、ちょっとひやっとしたよ」
 「流石、の一言に尽きるな」
 「光栄です、ラットール総隊長殿」

 セブン・コールは蛇梅隊戦闘部班の班長を務める男の名前。仕事の手際は良しと言い難い、と彼直属の部下達は常々零しているものの、人望と愛嬌に関しては人一倍秀でている人物である。
 そんな彼は今日の今日まで、自身が次元師である事を周囲に伏せてきたわけだが、久方ぶりに開く別次元の扉は、容赦なく化け物の心臓に杭を打ちつけた。

 「さて……我々も手は抜けぬな。フィードラス班長」
 「ええ、勿論です。……家族の為にも、ね」
 「ほう。それは、“どっち”なのかな?」
 「はは。どっちでしょうね」

 細めた視界の先は地平線。延々と続く砂の地。吹き荒れる砂嵐に歪みそうになる景色の向こう側と、ずっとずっと後ろには。
 向かい合うように立っているのだろう。瞳で捉えずともお互いを意識してる。
 幼い頃の面影が強いばかりに、父フィードラスはどうしても願ってしまう。

 「……本当に、運命の悪戯ってのは、あるんだな」

 それだけ呟いて顔を上げた。総隊長と各班班長が二人。特別防衛部班に配属された以上三名の遥か頭上には、満ちた月と星々で夜空の上を飾っている。



 少女は内心に怯えを隠しながら、怪物とにらめっこをするのがやっとらしく細い身を強張らせていた。黒と灰に紅色のラインという配色の――改訂・新調された“新隊服”のジャケットを着用しているのは、この戦場で蛇梅隊戦闘部班の一員だけ。
 白い帽子に施された可愛らしいピンク色のウサギも、同じく震えている。
 して彼女の実態は、一国を背負う王室の一人。第二王女ルイル・ショートスだった。

 「第八次元発動――」

 引き金に指をかけた少年は、伸ばした腕二つに飛び道具を構えて、ルイルの前へ躍り出る。

 「――連弾!!」

 打ち出された無数の弾丸は――――“毒”に苦しむ元魔の身体目がけて、放たれた。

 「ひゅ~っ。可愛い顔してやるねぇ、ガネスト君」
 「ちょ……っ僕の事を冷やかす暇があるのでしたら、元魔の様子を見ておいて下さいよメッセル副班長」
 「分かってますよーい。オレの次元技“毒皇”をナメてもらっちゃ困るねぇ。あと数分は身動きを封じれる。その隙にルイルちゃんの“悲飴”の念力技で追い打ちかけたいとこだけど――……ルイルちゃん、だいじょぶそ?」
 「ひゃいっ!? うっ、が、がんばる……よ!」
 「……ルイル……」
 「こりゃ参ったねぇ」

 細目の上でわざとらしく曲げられた眉が、やれやれと云う。
 ルイルは基より王女という立場であり、それ以前に今年12歳の幼い女の子で間違いない。パートナー兼専属執事のガネスト・ピックに守られながら幾年過ごしてきたせいか、とても本人を戦闘向きとは言えない。
 年も近く仲の良いティリナサ・ヴィヴィオとは別格であり、彼女は次元師としての実力も高く幼いながらに聡明で、そんなティリとの差も薄々感じていただろう。

 メッセル副班長はその場から忽然と姿を消していた。
 身を屈ませたガネストは片膝をつくと、ルイルの幼い顔を見上げて、笑った。

 「ルイル“王女”を戦場ここへ連れてくるのも忍ばれました。ただ存命している次元師は全て強制的に参加というこのシステムです。科学部班の班長様も、『次元師の命を第一に』と仰られていたので……ルイルは戦わなくても良いんですよ」
 「……っでも」
 「大丈夫です。どうか安心して下さい。僕が必ず守りますから」
 「……ちがう、の。聞いて、ガネスト――ルイ……あ、あたし!」
 「――!」

 ――鋭い殺気。感知したガネストはルイルを軽々抱き上げて、迫り来る元魔の白い腕を回避した。
 宙に浮いてから地面へ着陸する流れは慣れたものだった。腹半分から上は夜空に埋まっている元魔を仰ぎ見る首の角度は大きい。

 「ルイルはここにいて下さい。あとは僕達が――、っ!」
 「――っ、ガネスト……聞いて。あのね……ルイルも、ルイルも戦いたいよ!」
 「!?」

 ジャケットを少し摘むその指は細くて、頼りない。可愛らしい大きな瞳も伏せてしまっていた。
 ルイルは今にも泣きだしそうで、それでも泣かずにいた。

 「……レトちゃんたちを見て、思ったの……。レトちゃんは、大事なロクちゃんを失っても、がんばって英雄になって、キールアちゃんも次元師になってどんどん強くなって……エンちゃんやサボコロちゃんだってそう! みんな、みんなみんながんばってる、のに……っ」
 「……ルイル、聞いて下さい。僕にはルイルの命が一番――」
 「命とかそういうのじゃない! がんばりたいの――ルイルだ、って、みんなと同じ蛇梅隊の仲間だもん!!」

 もうあの頃には戻れないのかな――――たった一人の神様が、己を神だと自覚してしまう前の。
 それは健気で一途な願いだった。少女の願いは蛇梅隊戦闘部班全体の願いでもあった。
 涙が零れて、零れて止まらなくて、指先はそっと目元に添えられた。

 「すみません……ルイルの気持ち、分かっていなくて」
 「……ご、めんなさい……ガネストは、悪くないよ」
 「ルイルは優しいですね……いつもいつも。皆さんの事、ちゃんと良く見ている。……ルイルの事しか考えてない、僕とは大違いです」
 「ガネスト……」
 「そうでした。僕達はずっと昔から王女と執事で、でも今は――“次元師”としてのパートナーですよね」

 差し出された掌に、重ねられたのは一回りも二回りも小さな手。王女と執事はどこにもいなくて、地上を駆ける二つの影は正しく次元師のパートナーだった。
 ドレスや燕尾服を脱ぎ捨てた二人は今、蛇梅隊の次元師として、手を繋いでいる。

 「それではメッセル副班長からの指示を申し上げます。副班長の毒皇で今元魔はひるんでいます。ルイルは今から悲飴で更に術を重ねて下さい。毒が消える前に僕が蒼銃で攻撃を仕掛けますので、その間身動きの取れない僕達のサポートを悲飴の念力術でお願いしたいのです」
 「……」
 「――大丈夫、ですね? ルイル」
 「……うん――全然だいじょうぶだよ、ガネスト!」

 全く子供は、いつまでも子供ではない。大きな者の背中を見上げて、そこへ憧れて背伸びしていつの間にか――見ている景色は同じものになっているのだから。

 心を開け。心で叫べ。
 次元師たる者達こそ目に見え得るが、それはどの人間にも過去日常未来に溢れている。

 嘗て閉ざした心を開いたのはある少女の声だった。
 嘗て隠した叫びを聞いたのはある少女の心だった。


 ――――王女と執事だった者達の心を変えたのは、神になる前の神様だった。


 「「――――次元の扉、発動!!」」


Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.19 )
日時: 2017/01/24 22:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fnyLTl/6)

 第316次元 師

 ぼこぼこ沸いているそれは湯ではない。厚く大地を覆い尽し、嫌に白い、太い柱みたいな足元を囲んでいる。
 紫色に爛れる、泥色の毒は確かに――改良された“新元魔”の動きを封じつつあった。

 (メッセル副班長の“毒皇”が効いている……今のうちに、僕とルイルで)

 ――装填音は、広大な大地を誇る、千年前はエルフヴィアと呼ばれていたこの土地に吸い込まれた。
 その全長は従来の元魔の2倍以上。次元師達の想像を遥かに超えてきた神族を穿つには。
 白く、不気味で、長い手足と、視界の端々まで覆われたこの巨なる怪物を――まずは自分達の手で倒さなければならないのだろうと。
 英雄達を想いながら、ガネストは引き金に指を掛ける。

 「ルイル――お願いします!」
 「――わかった!」

 小さな両手で杖を握って、少女は力強く応えてみせた。
 扉を開く瞳から、無邪気さが失せる。

 「第六次元発動――念尽!!」

 杖の先端は“丸く平たい飴”を模している。不思議なマーブル模様で色づけられたそれが光り出すと、元魔の動きに鈍さが増した。

 「いけ――ガネスト!」
 「――はい!」

 長距離用の銃ではない。単なる短銃二つから繰り出される弾丸が、果たしてかの怪物の持つ赤い核を、撃ち抜けるか否や。
 戦場というステージ上では、ふと不安を抱く時間さえ死に間となる。
 
 「第八次元発動――真弾!!」

 ――“武真技”。技の頭に“真”と名の付くものは全て、その命中力・必中力に秀でている。レトヴェールの『真斬』、エンの『真閃』が例である。
 ただしそれと引き換えに集中力と体力、そして体内に貯蓄された元力を大幅に消費するという条件を持つため、そう数を打てるかと問われれば怪しい。

 吐き出された弾丸は、空を奔る。

 「――あ……っ!」

 無情――にも、元魔の心臓をわずか掠めた弾丸は、白い肌に弾かれたかと思うと、落ちた。
 “真弾”は、必中力に長けている、と述べたが、ガネストは己の下唇とつめの甘さを噛みしめた。


 レトヴェールやロクアンズ。
 キールアやエンやサボコロ。そして蛇梅隊の戦闘部班、皆を含めて。

 自分よりも年の幼い子が、プロに交じって体を張っている。
 自分と同じ年の女の子が、神と戦うと首を縦に振ったのも。
 前を向きながらいつも思っていたのは、そんな羨む世界に自分も足を踏み出してみたいという望み。
 そして。
 自分と同じ時を歩んできた、まもるべき人を守りたい。
 そんな気持ち一つだった。


 「……」


 息を吸うんだ。そして深く吐くんだ。ゆっくり。体にある空気の全て、変えてしまうように。
 緊張しいのガネストに出会い初め、戦闘部班第三部隊、副班長のメッセル・トーンが、口元に相変わらずの細い草を揺らしてそう言ったのを思い出した。
 彼は常に飄々としていて、仕事もバリバリこなすタイプでなければ、時間にもルーズ。遅起きで楽天家で実家も森奥の村にある農家だとか。
 でもその口から発せられる緩んだ声色がいつも、ガネストとルイルに齎していたのは。
 何といっても、安心感だった。


 (やっぱり僕の“蒼銃”では、元魔の心臓を撃ち抜くまでに至らない……でも、この3人で倒さなければ、後ろに控えているとはいえ、上層部の御三方に迷惑をかけてしまう。レト君からの指示は、3人もしくは6人で倒すこと……ここは、前線A部班に連絡を入れる? いや、でも今は……)

 前線A部班――そのチーム編成はチェシア・ボキシスを筆頭にミル・アシュラン、セルナ・マリーヌの3名。ただセルナが負傷して回復待ちであると先刻メッセルに連絡が入ったことを思い返すと、とても応援を頼めそうにない。
 レトに連絡を入れるか。きっとどこの部班も手一杯であるのに。
 
 「ガネスト」
 「!」
 「息、吸ってるか?」

 聞き慣れた、優しくて、低い声。メッセルは、とんとんとガネストの背中を叩くと、すぐに駆けだそうとした。
 ガネストは小さく息を吸う。

 「……メッセル副班長!」
 「うぉっ!?」
 「元魔は今、メッセル副班長の毒で動きが鈍っておりますが、またすぐに動き出すと思います。ルイルの元力はそんなにもたないでしょうし……それで、提案なのですが」
 「……おう、言いなさいよ」
 「――メッセル副班長、跳べますか?」
 「はい?」

 6名いる副班長の中で最もがっしりした体つきを持つメッセルはその大柄を屈めて、ガネストの口元に耳を傾ける。
 メッセルと目が合うと、頷いた。彼の太い腕がガネストへ延びると、それは青い髪をくしゃくしゃに掻き回して、今度こそ駆けた。
 ――『安心しろ』と、言われているようだった。

 「準備できたぞ! ガネスト!」
 「はい! じゃあ――お願いします!」
 「おうよ!」

 元魔の足元を見ると、すでに紫色が地面と滲んでしまっていた。大地に吸い込まれていったのだろうか。元魔は巨大な足を、動かさんとしている。
 
 ルイルとメッセルの間に交わされる、合図。
 幼い手のひらが、ぎゅうと柄に力を入れた。

 (ルイルだって――役に立ちたい!)

 「第七次元発動――掌力!!」

 柄の先、巻かれた飴の発光は、メッセルの全身に同じ色を齎した。
 頭のずっと後ろまで振り上げた杖を、ルイルは――額の先へ指すように振り下ろす。

 「いっちゃえ――っ!!」

 メッセルの踵が、浮いて弾けた。
 空へ抛られたのは弾丸でも毒でもなくて。大きな身体と、強く風に靡く、葉の一つ。
 口元から不意に、笑みと葉がこぼれ落ちた。

 白い、簡易なつくりの顔。浮かぶ大きな口が、開かれようとしたそのとき。

 「いくぜおめえら――――毒撃!!」

 血のように赤い、赤い口内の奥深くまで。宙に浮かぶ鮮やかな紫色が放りこまれる。
 それが喉を越したのか、元魔の小さな黒眼が、動いた。

 「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」
 「――――ッ!!」

 耳を塞ぐも、薄い掌など無意味だと言わんばかりの、轟音。
 地上で待機するルイルの許へ、真っ逆さまに落ちる、それまでが作戦の全て。
 だったのに。

 気の触れた元魔の、白く大きな頭が――メッセルの視界を陰らせた。

 (――――あ、やべ)

 酷い衝撃で我を失った。隕石かと疑うほど、目にも止まらぬ速さを纏った体一つ、地球に落ちてくる。
 土埃で顔を覆う、ガネストとルイル。頭蓋骨を割らんとする元魔の雄叫びに膝を折ると、続いて何メートルか先で衝撃音が生まれた。

 落ちてきたものが、何とも覚えずに。

 「「――――っ!!?」」

 ガネストは腕を振り下ろして、覚束ない足元で地面を蹴り上げた。
 地面に座り込み、じっと何かが落ちた方を見るばかりのルイル。
 ガネストが、駆け寄ると、おかしく腕を曲げた師が、そこにいた。

 「っ、め……め、ッセル副班長!!」

 うまく声が出ないのか、開いた唇から漏れ損なう息。顔の半分を覆う赤い液体が、どんどん地面に流れ込んでいく。

 「大丈夫ですか!? うっ、ふく、副班長……っ腕が!」
 「あ、ぁ……ッ、が……!」
 「……っ」

 思考が終わる音。元魔の叫びはかけらも耳に差さずにいる。
 いつも緩んでいる頬が、苦しそうに痙攣しているのと。いつも口元で揺れる草もなく、うまく吸えぬ息を耳にするのも。
 優しく細められたまま目が、いつもよりずっと、ぎゅっと閉じられているのに、心が冷めきっていくのを感じた。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.20 )
日時: 2017/01/27 17:00
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: TW1Zh9zP)

 第317次元 きみを守る

 ――心音は正直だった。ガネスト・ピックの脈が今、何ゆえ忙しないのか。彼の持つ青い瞳が、自身の体を凍りつかせてしまってから、何秒経っただろうか。
 メッセル・コールのことを、副班長と叫ぶガネストの声は届かないはずなのに、ルイル・ショートスは小さくなったガネストの背中を見つめたまま、ぺたりと地面に座り込んでいる。

 メッセルは、元魔の重い頭を、いわば頭突きをその身に受けた。
 その瞬間、咄嗟に頭を腕で覆ったと思われるのは、メッセルの左腕がいやに曲がってしまっているのが火を見るよりも明らかであるため。

 「め、メッ、セル……っ、副、班長……!」

 涙が流れる血を溶かして、その塩気が痛みを和らげるわけでもないのに。
 溢れてやまないのは、悔しさと悲しみとが、ガネストの脳から信号を奪ってしまったから。

 「……っが、……ね……」
 「! メッセル副班長! 話せますか!? い、今すぐ遠くに――っ!」
 「……」

 無事に折り曲げた右腕で、伸ばしたらガネストの髪へ持っていっていた。
 青い髪の上を滑る、一筆の赤色が、彼の涙と滲んで落ちた。

 「いき、吸、てる、か?」

 掠れていても、拭いきれない温かみが、ガネストの体へ温度を捧げていく。

 「息、吐け」

 メッセルは瞼を持ち上げる。久方ぶりに見る彼の瞳は薄茶色で、泥より遥かに澄んでいるのに。
 泥みたいに重くて、涙で重たい自分の身体が、嘘みたいに軽さを取り戻していく。

 「……っ、……」

 小さく吸った。そして小さく吐いた。
 次には大きく吸ってみた。
 そしたら深く吐きだせた。



 メッセルの体を抱えて、ガネストは走る。遠くへ、遠くへ。ルイルも連れて彼は、千年も昔の、崩れた建物の瓦礫の壁に、メッセルの背を預けた。
 静かに息をするメッセルを見下ろして、足先を変えた。

 「……いくの?」
 「……」
 「ガネスト、ルイルと、ふたりじゃ――」

 作戦の要であった、年長者で、上級次元師のメッセルは戦闘不能。戦闘部班班員の中でもトップを走るレトヴェール・エポールたちとは肩も並べぬと自覚はある。当然彼らに追いつきたいと思ってもいる。
 そして、決して危険に晒してはいけない人を後ろで震えさせている。
 ルイルを傷つけることも、彼女に無理をさせることもいけないと、執事でなくとも男として、ガネストはとうの昔に心に決めている。
 無茶をしたがるルイルをいなすように、ガネストは振り向いた。

 「ルイル。さっき約束をしましたね。僕らはパートナーです。だから一緒に戦う、と」
 「う、うん……! ……でも」
 「2人では、いけません。ただ新元魔の生態的にどうかは分かりかねますが、僕たちを追ってくるようなことがあれば、時間に余裕がありません」
 「……じゃあ、どうするの?」
 「ルイル」
 「う、うん」
 「ここに、残ってもらえますか」

 ガネストは膝を折って、ルイルの、分かりやすく驚いた顔を見上げる。

 「い、やだ! だってさっき約束したもん! それじゃあ、それじゃあガネストうそつきだよ!」
 「一緒に戦うことは、何も近くで戦うことだけではありません。メッセル副班長を、ここで一人にできますか?」
 「……っ、で、も」
 「僕なら大丈夫です。レト君に連絡を入れてみます。――それに」
 「……?」
 「やっぱり僕は、あなたを守りたいんですよ、ルイル」

 ほほ笑みが思った以上に、やわらかくて。ルイルが我に返ったときには、ガネストの背中はどんどん小さくなっていっていた。
 新しい隊服の裾を握る。手先が震えるのに、ルイルは胸の前で静かに指を組んだ。

 (ガネスト……)

 祈るのは、無力だろうか。
 それでも祈らずにはいられない。



 ガネストは景色の揺れる様子ばかりを見ている。司令塔のレトヴェールに連絡を入れる気配はない。
 どうやら嘘をついたようだった。その証拠に、耳元に装着した通信機に添えるはずの右手が、銃の片方を握っている。
 しかしガネストの心中は、至って冷静に脈打っている。

 (正直、僕一人で何とかできるかと問われれば……かなり怪しい。むしろできないと思っているくらいだ……でも。元魔の身体は大きく動き自体は鈍い。メッセル副班長が、元魔の体内に毒を入れてくれたおかげで幾分か戦いやすいはず。大丈夫。今度こそ“真弾”は命中する。元力を、圧縮して……攻撃力を)

 考えれば考えるほど呑まれていくようで、心気持ちの悪いまま。見え始めた大きな輪郭に、吸いこんだ息を喉奥に流す。
 眼前に控える元魔は、口元から、紫の混じる煙を吐き出しながらいた。

 「……」

 蒼銃を構える。狙いはたった一つ。元魔の下腹部。そこに赤い心臓がある。
 ――胸の中で、何度も唱えた“大丈夫”が、今更になって揺れだした。
 そのとき。

 「――!」

 元魔の白い腕。太くて長い、都会の街を代表するタワー一つ分はありそうな規模のそれが、迫ってきていた。

 「くっ――!!」

 跳んで避けるほかない。宙に舞う我が身。伸ばした脚に、わずか数ミリ空けて腕が大地を叩くと、振動と風圧にがガネストの軽い体をいともたやすく吹き飛ばしてしまった。

 「うわああ!」

 大地を転げ回る。どこまでも止まらず、視界がぐるぐるぐるぐる巡った。ようやく止まったかと思って、仰いだ空に、見えていた星は何かに遮られていた。

 (! また!)

 跳んでいたら間に合わない。ガネストは銃を構えて、大地に向けて――声と放つ。

 「第六次元発動――、衝弾!!」

 ひとひら躱すと、今度は遠く、銃弾が大地に刺さる衝撃に身を任せ後方へ跳んだ。後転していくガネストは最中、ぐんと脚を伸ばし立ち上がるもそのつま先が絡まって、よろめいた。

 「っは、……はあっ、は……っ」

 元魔は今、ガネストを狙った右の掌と大地をべったりくっつけている。胴体がドーム状になり、目と鼻の先に心臓がある今を――好機を、息を乱した程度で逃すほど、甘くはなれない。

 息を吸った。そして深く吐いた。
 中にあるもの全部を真っ白にしたら、足が自然と浮いていた。

 (今だ――!)

 翳りで覆われたドームの中へ駆け入る。転がった拍子に切れた肌から、こぼれた血が細く跳んだ。
 ――ゆっくり持ち上がる、化け物の左腕に、彼は気づけずにいた。

 それが思考に飛び込んできたときには、殺気に振り向いて、眼前。
 青い瞳に映える、白い塊は――――突然動きを止めた。

 「……え――っ?」
 「――――ばかばか、ばかっ! ルイル、だって……あたしだって……っ!」

 なき声が、鼓膜を突いた。
 ぽろぽろ流るる雫と彼女はガネストを睨むように――祈るように、飴状の杖を震わせている。

 「ル、イル……――っ」
 「ガネストのうそつき! だから、だからルイルも……うそついて、きちゃった。ガネストと、いっしょにいるよ……戦うよ! だって、――ふたりで、ひとつだもん……っ!」

 離れるなんて言わないで。
 傍にいて。
 傍で守って――だからずっと一緒にいてよって。
 幼い願いだ。子どもじみた叫びが聞こえる。せっかく突き放しても、きっと彼女は自分が王女であることも、自分の国も蛇梅隊も、師一人でさえ。
 おいてけぼりにして、ガネストのもとへ駆けてくるのだろう。
 彼は泥と汗とを拭う。

 「――――はい、ルイル」

 笑っただけでそれ以外に言葉もなく。ガネストはルイルに背を向けて行ってしまった。
 拒絶と呼ぶには優しすぎる、ガネストの背をルイルが見つめていられる間は。
 ――『任せる』と声が聞こえてくるようだった。

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.21 )
日時: 2017/02/04 11:18
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: FvJ38Rf9)

 第318次元 呼吸を合わせて

 縮まっていく距離。心臓と自分とを繋ぐ糸を手繰り寄せるのと比例して、心音が大きくなっていくのを感じた。

 (たえ、なきゃ……! ルイル、は、ガネストの……ために! ガネストの、みんなの、役に立つの……っ!)

 細い腕の二つでできるのは、元魔の片手の動きを暫し封じる程度のもの。
 片手といっても、手首から上の部位だけでもその重量は計り知れない。術は今すぐにでも破られてしまうだろうと、ルイル自身にも推測は容易だった。

 浮かぶ血管。震わせた腕に汗が這う。
 巨大な拳の痙攣が大きく、大きく振れていく。次第に我を取り戻していく左手に絶望を覚えながら、幼い少女は杖の柄を離せずにいた。
 迫る、脅威。

 (……っ、う、も……もうっ――だめ……っ!)

 ――と、次の瞬間。
 細い背中に、添える大きな手のひら。


 「酷いよなあ。こんな小さな子まで、戦場に連れていけ――なんて」


 知らない温度だったけれど、温かいのは確かだった。

 気が緩んだ矢先、術に抑えつけられた反動もあってか素早い鉄槌が下された。
 逞しい腕でルイルを抱きかかえると、青年は至って落ち着いた顔つきで跳び躱す。
 焦りの見えない表情に、呆気に尽きるルイル。
 しなやかな着地にも目を見張るものがあり、驚いたままのルイルを地面へ降ろすと。
 青年は爽やかに笑みを返して、ルイルの背中をぽんぽん叩く。

 「よく頑張ったな、お嬢ちゃん。とても一国の王女様とは思えない。すごく立派だ」
 「え……っあ、の……あなたは……っ――?」
 「あとは任せてくれ。大丈夫。俺は――――レトヴェールの、友人だ」



 ガネストは首を回していた。衝撃音が轟くのを耳にした。
 ルイルを信じて飛び出したが、途端に、心拍数が跳ね上がる心地。
 踵を回す。つま先が返る。後ろ髪を引かれると、すぐに。


 白い天井がひらけて、月光が強く差した。


 「――――え」


 胴体が、ひっくり返っていた。続いて地震が引き起った。
 遠くの方では、傾いた肩と――――ぽっくり隙間を空けた白い柱が、大地を叩く。

 巨なる元魔の肩から。ボトボト落つる黒い、泥。
 人間で例えるところの、血によく似ていた。

 「な、何が……――――」
 「よう、執事君」
 「!!」
 「――“助っ人”、しに来た。とりあえず腕を斬り落としてきたけど――他には、何をすればいい?」

 (こ、この人は……!)

 長剣を振り上げて、肩で担ぐ。高身長。精悍な顔つきで爽やかに微笑む彼の声色は、優しくて力強い――騎士と形容するのが相応しい身なりだった。

 「シェル・デルトールさん……っ!」
 「あはは。名前、知っててくれていたのか。光栄だな」
 「何故、あなたが……」
 「そりゃあ、次元師だからな。同じ戦場にいるさ。シャラルも、リリエンもリリアンも……もちろん、他の次元師も、ここにはみんないる」
 「……」
 「蛇梅隊だけじゃないさ。どうか俺たちのことも――頼ってくれよな」

 人族代表決定戦。決勝戦でレトヴェールのチームと剣を交えたのが、このシェル率いるデルトールチームだった。
 憧れるのはレトたち英雄大四天だけに留まらない。彼らと死闘を繰り広げたシェルだからこそ、新元魔の腕一つ斬り落とすのは造作もないのだろう。
 ――ああ、それと。シェルはそう続ける。

 「レトから指示を受けたんだ。『後援A部班のもとへ向かってくれないか』ってな。どこにいるのか、レトの方から追跡してくれて……」
 「え、ま、待って下さい! 指示とは、どうやって……!」
 「ああ、ちょっとな……さっき蛇梅隊と思われる次元師に会ったんだ。通信機ってのを貸してもらって、レトに連絡を飛ばしてみたら、あいつすぐに指示をくれたよ。『ちょうどよかった。後援A部班が今大変だろうから、頼む』……ってな」
 「……レト君……」
 「というわけで、よろしく頼むぜ……えっと」
 「……ガネストです。ガネスト・ピックと申します」
 「よし。ガネスト君だな――俺はシェル・デルトール。よろしくな」

 軽く握手を交わすと、僅か足元に揺れが生じた。横倒れになった元魔の胴体が動き始めるのだろう。
 ガネストとシェルはその場から距離を広げていく。

 「どうしようか、ガネスト君? 正直俺のは飛び道具じゃないから、心臓の破壊は君に任せたいけど……」
 「……そう、ですね。ルイルの元力も尽きそうなので、彼女に無理はさせられませんし。……あ、このチームのリーダーを担って下さったメッセル・トーン副班長の“毒皇”で、元魔の体は今毒に侵されている状態です」
 「! そうか、いい仕事するんだな、副班長格っていうのは……――それじゃあ」
 「はい」
 「ガネスト君、ひとまず君はルイルちゃんを安全なところへ。その間に俺が――奴の右脚をぶった斬っておくよ」
 「っ!」
 「そうしたら全身のバランスが崩れて、立てなくなるはず。でもまだ奴の咆哮が怖いから、喉も潰したい。その衝撃で暴れだすと、奴の態勢が変わってしまうから……」
 「――喉を斬った直後に、僕が元魔の核を破壊する……ですね。あ、でもすぐに内部爆発が、」
 「大丈夫。喉をやるのは遠距離系の斬り技だから。倒れた奴の首元を狙うくらいは造作もないよ」
 「……お願い、できますか?」
 「ああ。俺たちは、そのための戦士だろ」

 元魔から離れていく。どんどん、脚は縺れても止めてはいけない。しゃがみこむルイルを抱き上げて、ガネストは走り続けた。
 今度こそメッセルを頼むと告げると、ルイルは曇りない瞳で大きく頷いた。メッセルは目を覚ます気配こそさせないが、息は整ってきている。空気が正しく循環している証拠だ。
 息つく間もなくまた、ガネストは駆け出す。前のめり。全身が辛いと叫んでも、今はまだ、それを口にするべきではない。



 「――――っす……す、ごい」

 感嘆の息を漏らさずにはいられない。ガネストが戦場に戻り来ると、既に元魔の右脚は健在でなかった。脚の根元からバッサリ斬り落とされているのを目の当たりにすると、唾を飲み干してしまう。
 胴体から斬り離された脚が、役目を終えたようにさらさら粒子化していく。闇夜に消えていくのを、悠長に眺めている――暇などないのに。
 立ち尽くしていたガネストは、シェルのもとへ駆け寄る。

 「遅くなりました! 元魔は」
 「見ての通りだ。ほら、倒れた下腹部がこっちを向いてる。――準備は、いいか?」
 「……はい。頼みます」
 「おう。ガネスト君もな!」

 毒にもがいているのか、はたまた手足を失って駄々をこねているのか。
 装填すると、心の中は空っぽになった。――そのとき。

 「ギャアアアアアア――――!!!!」
 「「――!!?」」

 ――鼓膜を突き破られそうな、雄叫び。思ったよりも、元魔は瀕死に近づいているのかもしれないと、そう思わせる絶叫に。足が止まる。
 ガネストの脳裏に、喉元へ向かったシェルの姿が浮かぶ。

 (ぐっ……! こんな化け物と、みんな戦ってるってか……っ! 正気の沙汰じゃねえなあ!)

 適当な石を耳に詰める。シェルの次元技――“光剣”は、鞘もないのにどこからか引き抜かれたみたく、強く光を放つ。

 「第八次元発動――――烈衝波!!」

 振り上げた剣の切っ先は弧を描いて、大地に突き刺さる。生まれた衝撃波は真っ直ぐ、元魔の喉元へ走る。
 間髪を入れず、シェルの腹奥は振動した。
 
 「――――ガネストォッ!!」

 名を呼ばれた彼の世界にはもう、音はない。


 時は僅かに戻る。
 手元が震えていた、指を引っかけるとすぐに。
 元魔の核はもうすぐそこにある。視界の中央で静かに息をしている。
 当たるだろうか。
 
 (……いや、当てるんじゃない)

 ――執事だった頃の自分はもっと、従順に、シンプルに。
 下された仕事は何一つ滞りなく、遂行していたのに。


 「第八次元発動」


 答えは――明白だった。


 「――――真弾!!!!」


 (――――壊すんだ!!)


 白い喉が裂け飛んだ。黒い液体がいくらか飛び散ると、瞬間、上を向いたままの元魔の顔が――動きを止めた。
 刹那、何かが破裂した。
 連れて高い音、赤いガラスが宙を舞うと、次第に元魔の白い肌が膨張していく。
 ぶくぶく太っていくそれは、あっという間に大きく膨れ上がり――。

 「「――!!」」

 ――――轟音を齎し、大爆発を引き起こした。
 比較的元魔から離れていた二人は爆発に巻き込まれることもなく、安堵の息を漏らす。元魔は元来通り、核を破壊されたらその身が粉と化すように作られているため、不意に視線を持っていけば、もうそこに元魔は跡形もなくなった。
 その一連の流れを見つめていたガネストが、自身の両腕に視線を落とすと、声が届く。

 「一丁上がり、ってところかな。お疲れ様、ガネスト君」
 「シェルさん……ありがとうございます。あなたがいなかったら、今頃……」
 「よしてくれよ。そういうのは、戦場ここではなしだ」
 「……はい」
 「メッセル副班長さん? だっけ。彼の容態も気になるし、とりあえず戻りがてら、ガネスト君はレトヴェールに一報入れたほうがいいかもね」
 「はい。そうします」

 先に歩みだしたシェルの、広い背中を眼が追う。

 (……かっこいいな)

 そこに剣を提げているでもなく、ただしゃんと立つだけの背についていく。
 ――――道のりは果てしなく遠い。追わねばならぬ背中は、たった一つではないのだから。


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