コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 ー旧版- 【完結】※2スレ目
- 日時: 2020/05/18 19:58
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=17253
※※ご注意※※
本スレは、ただいま執筆中の『最強次元師!!《第一幕》【完全版】』の【旧版】です。
記念に残しているだけのスレッドになりますので、『最強次元師!!』をはじめてお読みになる方はぜひ、【完全版】のほうをお読みいただけたらなと思います!
何卒、よろしくお願いいたします。
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運命に抗う、義兄妹の戦記
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完結致しました。
読んでくださったすべての皆様へ、本当にありがとうございました!
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本スレは【完全版】のネタバレを多く含みます。ご注意ください。
本スレは【旧版】の2スレ目です。第001次元~第300次元までは旧スレのほうに掲載しています。上記のURLから飛べます。
■ご挨拶
どうもこんにちは、瑚雲と申します。
旧コメライ版から移動して参りました。
長年書き続けております当作ではございますが、どうかお付き合い下さいませ。
Twitterのアカウントはこちら⇒@shiroito04
御用のある方はお気軽にどうぞ。イラストや宣伝などを掲載しています。
※最近更新頻度ががっくり落ち気味なので、不定期更新になります。
■目次
あらすじ >>001
第301次元 >>002
第302次元 >>003
第303次元 >>004
第304次元 >>007
第305次元 >>008
第306次元 >>009
第307次元 >>010
第308次元 >>011
第309次元 >>012
第310次元 >>013
第311次元 >>014
第312次元 >>015
第313次元 >>016
第314次元 >>017
第315次元 >>018
第316次元 >>019
第317次元 >>020
第318次元 >>021
第319次元 >>022
第320次元 >>023
第321次元 >>024
第322次元 >>027
第323次元 >>028
第324次元 >>029
第325次元 >>030
第326次元 >>031
第327次元 >>032
第328次元 >>033
第329次元 >>034
第330次元 >>035
第331次元 >>036
第332次元 >>037
第333次元 >>038
第334次元 >>039
第335次元 >>040
第336次元 >>041
第337次元 >>042
第338次元 >>043
第339次元 >>044
第340次元 >>045
第341次元 >>046
第342次元 >>047
第343次元 >>048
第344次元(最終) >>049
epilogue >>050
あとがき >>051
■お知らせ
2015 03/18 新スレ始動開始
2017 11/13 完結
- Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.7 )
- 日時: 2015/05/24 01:10
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)
第304次元 生きる為の武器
初めの十分は良かった。まだ彼女も、ゆるゆるとそれを振り回していた。
もう一人の彼女はそれでも精一杯だった。間もなく反転する世界。一瞬一秒移り変わる景色。初めて、自分と同じ武器を持つ自分と同じ位置に立つ人間と向き合ってみたが、話にならない。
美しい銀の髪はまるで胡蝶だ。綺麗なばかりではない、凄まじい闘争心に、押し潰されそうになった。
「く……ぅう――ッ」
「――ッ!」
彼女の、銀髪の――千年前に手に入れた百槍という名が、力を入れた。
弾かれた金色の髪に紛れて、切っ先は何より悍ましく少女を、襲った。
「はあ……はっ……」
「……ったく、まだまだね――キールア」
小さい精霊の時とはまた違う、大人びた声色に乗せて百槍は吐いた。
キールアより少しだけ背丈が低い。然し幼いにしては、可愛いというより綺麗といった言葉の方が似つかわしい。お人形さんのようだとは良くいったものだ。
腰まで真っ直ぐ伸びた銀の髪を左右に揺らして、キールアと同じ槍を片手に歩み寄る。
銀槍はキールアの背丈より高いというのに、百槍はより小さな体で同じものを握っていた。幼い少女が持つにはあまりに重たすぎるそれを握りしめた彼女を、キールアは初めてその目にした。
戦争を経験し、英雄の名を手に入れた少女、今の名は百槍。
駆け出した彼女はぐんと槍を振り回して、キールアのそれと衝突した。
「……ッ!」
「バカね。槍はその柄で身を守るだけの武器じゃないわ。振り回し過ぎるのも好ましくない。貴方の腕が疲れてしまうだけだと、何故気付かないの?」
「く……っ」
「良い? 良く覚えておきなさい。槍の最大の武器は、この――――」
百槍は器用に槍を回して、柄でキールアの槍の矛先を下へ弾き飛ばした。
下がる切っ先。力を入れる事に夢中だったキールアのバランスが崩れた時。
百槍は既に、その槍を“横”に倒し――――真っ直ぐ、キールアに突き刺した。
「え……――っ?」
何が起こったのが分からなかった。速すぎた。気が付けば、脇腹に冷たいものを感じていた。
力が抜けて握った槍を落としそうになる。緩く指に引っ掛かったままの柄が、カタカタ震えて。
落ち着いてから見下ろした自分の、淡い紫のシャツに――――じわじわと広がる“何か”。
「う、そ……――百、そ……!?」
「この――――絶対的な“貫通力”よ」
無常だった。卑劣だった。百槍は言い放ってから、銀槍を勢い良く引き抜いた。
同時に飛び出した赤につられて、キールアが前のめりになる。ガクンと落とした、膝をついて蹲った。
止まらない、感触を取り戻しながら、漸く――痛いと、思い始めた。
「う、ぐ……ぁ……!」
「剣は長い刃を持ち、敵を切り裂き目立った傷を残す事に長けている。矢も貫通力を持つけれど、どちらかというと“命中力”、ね。遠距離からの攻撃に向いているの。じゃあキールア、槍はどうかしら?」
「……や、槍……?」
「そう。貴方が持つ、私が持つ。この槍は、敵を傷つける事、遠くから狙う事、どちらも他の武器に劣ってしまう。さっきも言ったでしょう。槍が唯一他の武器より勝る点は、一体何?」
「か……貫通、力……」
「傷をつける、遠くから狙うなんて“生ぬるい”わ――――槍は、“必殺”の武器よ」
そう、槍にはじわじわ敵を痛めつける力がない。
その尖った切っ先で全てを貫き、痛覚も覚えぬうちに、命を奪う武器。
百槍は言った。
槍は、戦場に置いて最も残酷な武器であると。
「派手に傷つける事は出来ないの。手加減が、きかないの。狙う事はイコール、“殺す”事。槍をその手にした時、貴方に許されるのは、敵が降伏を乞うまで苦痛を味わわせる事じゃない。殺す事よ」
「――!」
「槍はね、その手に残るのよ、“感触”が。矢は腕と、殺した相手が繋がっていないでしょう? 斬って捨てる剣とも違うわ。棍棒も貫く武器じゃない。銃もそう。短剣も、一撃では致命傷を負わせられない。……もう、分かるわよね? 最も死んだ相手と、繋がっていられるのは何?」
「……」
「嫌でも残酷になるわ。貴方もいずれ知ってしまうでしょう――槍がどれだけ、非道なものであるかをね」
敵の身体を貫いた時、また命を奪った瞬間、柄を掴んだ槍は、人の、死ぬ瞬間に立ち会ってしまう。
嫌でも見えてしまう。腕に残ってしまう。百槍の言葉を聞いたキールアが、遂に言葉を失った。
人の命を救ってきた人間に、託された唯一の武器は。
人の命を奪っていく瞬間に、立ち会うが為の武器で。
「じゃ、あ……百、槍は……」
「他の英雄達も言われているでしょうね、“甘さを棄てろ”、と。キールア・シーホリー、貴方には最も辛い選択だと分かってる。でも貴方が生きる為に、貴方が神に、打ち勝つ為には……これ以外の、これ以上の言葉はないわ」
「……」
「貴方が槍に、なれたら良かったのにね。生かすか殺すかしかない。単純で良いわ、槍っていうのは。貴方みたいに、優しさを持った人間が、持つ冪武器ではないもの」
痛みも忘れて百槍の話を聞いていたキールアの手から、だんだん力が遠ざかっていく。
優しさを持った人間が手にする武器ではない。まして医者に、他人を傷つける為の武器を与える冪ではない。
百槍はほんの少し前の、千年前の。景色を思い出して目の前の、キールアと“彼女”とを重ねて、首を振るった。
「私が……私が、生きる為に、必要な選択?」
「? ……ええ、そうよ」
「その選択を選べば私は――生きられるの?」
ドクン――百槍の、冷たい心臓が嫌に跳ねた。
この感覚を彼女は知っている。
過去に、二回。同じようなものを、極最近、味わった覚えがある。
キールアが、顔を上げた。
「――!」
「答えて百槍……百槍の言う、選択を選べば私は――強く、なれるの……?」
(っ……まずい、このままじゃ……そんなつもりじゃ――!)
「だったら選ぶよ百槍――――だって、私」
その先の言葉を、うっかり聞いてしまった百槍の耳に。
突き刺さったのは、音と――尖った切っ先だった。
しまったと思い直して、自分から身を離した。噴き出した血液は僅かだった。
足の裏に力を入れたキールアの腕と槍が伸びてくる。槍を縦に起こして、百槍は間一髪、その刃先を止めた。
まだ力が足りない。然し不意を突かれた事に、少なからず感心し、恐怖する。
ああ、“二度目”だ。百槍は思い出して――――恐ろしくて、槍を離した。
「捨てろと言うなら、棄てるよ。生かすか殺すかしかないなら……従うよ。……私は、戦争で命を落とす訳には、いかないもの」
「……キールア、やっぱり貴方……」
「分かってるんでしょ、百槍? 私が一体何を――――望んでいるのか」
突き刺した筈の、脇腹から痛みが引いた。いや、それが気にならない程、今のキールアにとって考える冪ものが、変わった。
その眼を百槍は知っている。槍を手にした人間の、辿ってはならない末路を。
その目にしたから嫌だった。槍を手にした女性が、辿ってはならない結末を。
「ええ、分かっているわ。だからこそ今この状況が“絶好”なんじゃない。此処には私達以外、いないのだから」
「じゃあ、教えてくれるよね? ――百槍、貴方の“使い方”を、今此処で」
なんて好戦的な瞳だ。誠につい最近まで、メスや注射器を持っていた、その手に槍を握らせて。
彼女はただ、強くなりたいだけなのに。
誰にも心配を掛けないように、誰にも劣らぬようにただ。
「……良いわ、キールア。かかってきなさい。貴方がどれ程、未熟であるかをその全身で――感じなさい!!」
百夜の槍術師。千年前の肩書きは、決して肩書きだけで終わらない。
メルギースの裏切り者。軍隊一つ、兵隊云千人の胸をたった一人で貫き倒した。
友の命を奪った英雄の名など嫌っていた。がその名に、憧れる者がいるというのなら。
(戦ってあげるわキールア……貴方が望むのなら、何度でも――――だって)
――私にもあったもの。より強くなりたいと、ただ望んでいただけの頃が。
- Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.8 )
- 日時: 2015/07/12 21:32
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)
第305次元 傷だらけの英雄達の想い
「「――――第二覚醒!!」」
ほぼ同時刻。全く違う次元の力を胸に二人の少年は心のまま叫ぶ。
目の前には千年前、戦乱の地で数多の兵を連れその前線を駆けていた若き英雄。
サボコロは燃えるような紅い髪、激しく揺らして拳を振り落とした。
「炎神撃ィ――!!」
「――!」
対するは古代の英雄炎皇。第二覚醒を得た現代の英雄へ、同じようにして向ける掌。
「第八次元発動――――炎撃ィ!!」
ぶつかり合う、炎と炎。熱気が辺りを覆うのと、全く離れた部屋で――“弓の矢”が飛び交うのとはまたしても同時だった。金色の瞳を細めて、エンは強く矢を引き絞る。
荒れ狂う炎を押す、押し返す。第一覚醒と第二覚醒の壁が遂にここで――立ちはだかる。
「なっ――!?」
「いっけェ――!!」
強さを増したサボコロの炎が完全に炎皇の炎を呑み込んだ。同時に炎皇へ振り掛かる炎の塊。強い衝撃に弾き飛ばされた炎皇が、派手に床を転がる。汗と火傷の痕に塗れた、炎皇の顔から、すっと熱が冷めた。
「うっしゃオラァ!! 見たか炎皇!!」
「……はっ……はぁ……っ」
「でもお前を完全に倒すまで俺は――!」
「――いや、降参だ、サボコロ」
立ち上がって、サボコロより少し低い彼は、自身の額にしていたハチマキをするりと落としてしまう。幼い顔つき。何度も仲間の亡骸を抱きかかえてきた腕はぶらんと力を失った。
「……! はあ!?」
「正直、俺とあいつは……サボコロ、エン。お前ら二人とやりあう意味がなかったんだよ」
「ちょ、い、意味分かんねーよ!! だってお前まだ全然戦えそうじゃんよ!」
「このまま長期戦に持ち込んで、体力バカのお前に敵うと思うか? 悔しいけど勝てる気がしねえ。第二覚醒を会得した時点でお前達は、俺達二人を超えてたんだよ――とっくにな」
「違え!!」
「!」
「全力でかかってこいよ、炎皇! お前まだまだやれるんだろ!? お前と戦う事で、俺は強くなれるんだろ!? だったら――!」
「――全力だ……サボコロ」
有次元の世界で世界の神、【WOLD】と対峙する事になったサボコロとエンは、努力と葛藤の末に新しい力、第二覚醒を手に入れた。
その時点で既に、二人の力は嘗ての炎皇と光節を超えていたのだと、炎皇は言う。
恥ずかしいよ、と小さく笑って。炎皇は顔を上げた。
「千年前、英雄っていう名を担いでた。でも今悔しくて、でも、嬉しくもある自分が何だか可笑しいんだ。サボコロに超えて欲しいのかそうじゃないのか、悩みながらお前と戦ってた。でも今、気付いた」
「炎皇……」
「サボコロ、俺を超えてくれて――ありがとな」
一体何年お前と一緒にいたと思ってんだ。炎皇はにっと笑って、今まで武器として戦っていた、主人に白い歯を見せた。
千年前なら、誰かに打ち負かされた事で明らかな悔しさがあった。でも今は誰かと肩を並べて戦場を駆けるのではなくて、誰かの力となって支える事に馴染んでしまって、そこがあまりに居心地が良くて、それが使命なのだと理解した。
サボコロの為にサボコロと戦った。サボコロが、千年前の炎皇より強いと分からせる為に。次元師にとって大事な――“自信”をつけさせる為、だけに。
「炎皇……っ、お、俺……! 神族に勝ちたい、お前らを殺した神族を……今度は俺らが必ず倒すんだって……だから、だっから……!」
「おいおい、今から泣いてどうすんだよ……その涙は、神族ぶっ倒した時に、取っとけ……って……――」
「最後まで、俺と……っ“俺達”と、一緒に――――戦ってくれ……!!」
初め、現代で目覚めた時。まさか人間の心の中に住む事になるとは思っていなかった。極悪非道な人間もいる。無慈悲な人間も、狂った人間も。それなのに。
どうしてここまで真っ直ぐ、正直で無鉄砲で――暖かい、人間に巡り会えたのだろう。
力を貸したい。支えてやりたい。自分達がいつか味わった屈辱を、晴らしてくれると言ったこの人と。
一緒に戦いたいから――炎皇は強く頷いた。
エンと光節も、そうして戦いを終えた。全てを託して欲しい。必ず勝ってみせると強い意思を見せたエンに、光節も炎皇と同様に言葉を交わした。共に最後まで戦う、と。
右も左も下も、ずっと上に見える天井もただただ真っ白い。仰向けになって倒れている二人は、息を吸って零すタイミングもまちまちながら、額から流れる冷たい汗の感触だけを覚えている。
一言の会話のないままにレトヴェールは、切り刻まれ痣も増えた四肢がべったりと地面に張り付いてもう動かない事を知っていた。
何時間、何十時間という時間がこの時既に過ぎていた。もう片方の僅かに小さな英雄も、同じ事を思っていただろう。
「はぁ……はっ……あー、もう動けねえや」
「そう? まあ僕も大体……そんな感じだよ」
「……どのくらい、やってたんだろうな……俺達」
「さあ……ね。恐らく……一日は、経ってるんじゃないかな」
「起きたら再開するか? 決着つけようぜ、双斬」
「まさか。もう体力の限界だよ。大分この身体には慣れてきたけどもうくったくただ」
「情けねえな。英雄だったのに」
「……そうだよ。“英雄だった”んだ」
無限に広がる空みたいな白を仰ぎ見た。そうだ。千年前の神人世界大戦は、もっとどんよりした、果てしない曇天だった。
来月に迫った第二次の大戦では一体どうなるだろうか。レト率いる英雄達は皆優秀で申し分ない事は分かっている。それでも心配で仕方がないから、こうして過去の自分と今のレトを比べるなんて事をしているんじゃないか。
双斬は腕を上げて、ぽすっと目を覆った。広がる闇の中で、静かに喉を鳴らした。
「レト……バカな事を聞いても良い?」
「……良いよ。何だよ」
「神族に、勝てるかな」
神の力を侮っていた訳でもないのに。負けてしまったのには。
他の何でもない心の弱さがあったからだろうと気付かされた。千年も経った今になって。
次元技とは心の鏡だ。全く忠実に現れてしまう。そしてその次元技の中に、少年の心の中に今――居座って約十年。
心の鏡とは良く言ったものだ。
「勿論、僕は勝って欲しいと思うし。最大限に力を貸すよ。今ここで君が僕に神と戦う権利を譲るというのなら、手は抜かない。全力で戦う。でもね」
「……また負けたら、どうしようってか」
「そうだよ。結局僕は千年前負けたんだ。臆した。怖かったんだ……どうしても、勝てる気がしなくなって――――」
ザクッ!! ――――と、影に覆われた双斬はその視界にいっぱいのレトを見た。
「だから“今”俺が――――此処にいるんだろ?」
顔の真横に短剣の銀。ギラリと光って、暫し驚いて――双斬はにやっとした。
腰に力を入れた彼はそのまま、レトの腹を蹴り上げた。レトが弧を描いて後方へと跳んだその下を滑って軽やかに、彼は立ち上がった。
ボロボロの衣服をはたいた。いてて、と頭を摩って体を起こすレト。
「『くったくた』じゃあなかったのか? 嘘つき」
「……全く君って人は。体が壊れるまで戦うつもり?」
「ああ、そうだよ――神と戦う覚悟ってのは、そういう事だろ?」
幾つも、生々しく切り傷を負った右腕を持ち上げる。力を入れるだけで細い傷痕から血が噴き出し、脚もガタガタと震えているのに彼という人間は。双斬は呆れながらに、同じように同じ武器を構えた。
「レト、どっちが強いか――そろそろ決着つけよう」
「何だよ、やっぱり決着つけるんじゃねえか。――良いよ、やってやる」
睨み合う両者の目が本気を物語る。元力は残り僅か。ここ数ヶ月、いつだってギリギリ生と死の境界線上で戦ってきたレトは、それが心地良いとさえ思えるようになっていた。
ロクと背中を合わせていた頃には味わえなかった、たった一人で戦うという感覚。
ロクに頼ってばかりでは決して体感し得なかった、その背に負う責任の重たさが。
この瞬間。その両腕に込めて――願う。
「「第九次元の扉――――発動!!!!」」
右の手には、自分の正直な心を乗せて。
左の手には、大切なものへの誓いを、乗せて。
- Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.9 )
- 日時: 2015/07/19 00:50
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)
第306次元 手と手を
「「――!?」」
激しい轟音に、端と端の部屋にいたエンもサボコロも酷く驚いた。一体何事かと扉をこじ開ける。
開くと同時、立ち込める煙が二人の顔をすぐに覆った。咳込んで何とか薄く目を開くと。そこには僅かにレトヴェールの金髪と、短く明るい茶髪が見えた。
「な……っ!」
「まさか……レトと双斬か?」
白くて綺麗だった広い空間が跡形もない。床を打ち壊して瓦礫と岩と土がその白さを汚して、遠くの壁すらもひびが入りボロボロ崩れ始めて。
煙が淡くなっていく。灰色がだんだん晴れていく。
剣を両手に立っていた英雄二人は――――“片方”、崩れ落ちた。
「――完敗だよ、レトヴェール……」
途端、体中から細い閃のように血が真っ直ぐ噴き出した。傷を重ねた双斬が体を床に叩きつけたのは、真っ直ぐサボコロの正面での事だった。
何もここまでしなくとも。サボコロは喉まで差し掛かった言葉を――次の瞬間、呑み込んだ。
「……やっぱり、敵わない……な。――有難う、レト」
双斬の小さな小さな、呟きを耳にした。丁度瓦礫の影に隠れられるスペースを見つけ身を隠す。同じように傷を負ったレトがゆっくり歩み寄る。
「どうだ、諦めて俺に譲ってくれるか? 双斬」
「……ああ、完敗だよ。大完敗だよ。ったく悔しいなあ」
「――……あー、疲れた!」
少し前と同じように、今度はごろんと床に転がった。さっきよりも近い。隣には互いの顔がある。然し清々しい表情で、しっかり目を開いて、また真っ白な空を仰いだ。
「双斬、バカな事を聞いても良いか?」
「今度は君が? 良いよ、言ってご覧」
「――――最後まで俺と一緒に、戦ってくれるか?」
サボコロとエンが、炎皇と光節に聞いたのと同じような事を。
レトは双斬に問う。その答えが何となく分かっていたとしても。
確かめたい。もう一度。初めて「双斬」だと口にした幼いあの日から。
どれ程時間が経って、どれ程あの日より、変われたのか。
「……うん。戦うよ。君と最後まで」
「随分弱弱しい返事だな」
「僕は疲れてるんだよっ、君のせいでもう立つ力もないんだって!」
「ははっ。そら悪い事したな」
「――……戦うよ。君と、最後の最後まで」
「ん……――それなら良かった」
ひょいっと立ち上がったレトが、寝転がる双斬に、手を伸ばした。
その手は少し赤く滲んでいて、擦れていて痛々しくて。でも、誇らしくて。
「寝てる時間はねえ。さっさと休んで、また再開するぞ」
「はははっ、何それ! レト鬼畜!」
「うるせえな。ほら起きろ――――――“レイレス”」
はっとして、レトの清々しい顔を見た。大事な人を自分の手で守れなった、その名前は。
千年後の未来にもう一度響きを取り戻した。新しく生まれ変わったような気さえして、彼は。
レイレスは、今までで一番無邪気に、笑って――手を取って立ち上がった。
「レイレス、かあ……悪くないね!」
「だろ? 何か“双斬”だと本当に武器扱いしてるみたいじゃん」
「うん。有難う……――ねえ、レト」
「ん?」
「君は、失くしちゃだめだよ」
レイレスの真剣な瞳が突き刺さる。嘗て失くした、愛も伝える事の出来なかった大事な人を思い出して。
幼いながらも純粋で賢明だった。恥ずかしくて、なかなか伝えられなくて、後悔する事になるなんて思ってもいなかった。
「目の前で、大事な人を失くす痛みを、君が知る必要はない。あまりに無力で、僕は自分の非力さを思い知った。立ち直れなくなって、仲間に迷惑を掛けてこの様さ。……何となく、僕と君が似ているような気がして」
「“風を使う次元師”ってだけか? それとも、一番大事に思ってる相手……だからか?」
「どっちもだよ。君の先祖のポプラ・エポールも……目の前で恋人を、妖精フェアリー・ロックを失ったから。全部重なって見えちゃうんだよ」
「……安心しろ。失ったりしねえよ――――“千年”、経ったんだろ?」
レトはレイレスの頭に手を乗せた。泣きそうな彼は、目を伏せる。
「……それもそうだね。あれから千年も、経ったんだ」
「だから気合入れていこうぜ。兎に角あと一ヶ月。死ぬ気で強くならなきゃな」
「最後の悪足掻きってとこだね。しょうがないから付き合うよ、どこまでも」
「ああ、頼むぜレイレス――――最後まで、“運命”ってやつに抗う為にもな」
レトがもう一度手を伸ばす。気が付いたレイレスがそこに自分の掌を持っていく。
――パンッ、と、お互いに手を弾いた。
「おーおー、やっと終わったかー? レト、レイレス」
「! サボコロ、見てたのか?」
「ああ、序にほれ、エンもいるみたいだぜ?」
「ふん。全くクサい奴らだ。その様子だと傷も絆も深まったようだな」
「エンお前上手いな……」
「キールアんとこはまだなんかなー」
「ん。さあ……音は全く聞こえてこねえけど」
六人が和気藹々と話す光景を、壁に寄りかかってレトの父、フィードラスが眺めていた。
成長した息子が戦う姿を初めてその目にして後悔をする。きっと人族代表決定戦では、その緊張下でより強く輝かしい戦いぶりを見せてくれていただろうに。
それだけではない。それ以前も乗り越えてきた困難、絶望、数多の感情渦巻く彼の成長の変化を見る機会がなかった事、仕事を言い訳に子供から身を離していた事が全く惜しい。
レトの戦う様子を見る事が出来ただけでも、レイレスの話に乗った甲斐があった。と、同時に、良くもまあここまで派手に壊してくれたなと、元の姿かたちもない会場に涙した。
彼はわざと派手に手を鳴らして、壁から背を離しレト達の許へ近寄った。
「いやあ、良かった良かった。強いじゃないかレトヴェール」
「……親父」
「お前が実際に戦うのを見たのは初めてでね。感動したよ。流石は人類の代表だな」
「親父がいなくなってから随分経ったからな。そりゃ良くも悪くも変わる」
「素直じゃないな。きっとロクアンズも強いんだろうな、お前と同じで」
「……強いよ。自慢の義妹だからな」
「そうか。それじゃ一旦地上に戻ろう。今後この施設を使うかどうかは君達に任せる。自由に使ってくれて構わないよ。私は少し残って、壊れた箇所の修繕と強度の改善をしようと思うから、先に上がっておいてくれ。整備が完了し次第レトヴェールの通信機に連絡を入れよう」
「ああ」
「よっしゃ! 飯食って休んだらすぐ再開だぜ!!」
「俺も少し休む。時間が無いとは言え、体を壊したら元も子もないからな」
擦り切れた隊服を翻し、出入り口へ向かう。扉を開けたところでひょっこりと、見慣れた顔と金髪が目の前に現れた。
「! キールア、やっぱりもう外にいたのか」
「うん、先に戻ってもあれだから待ってたの。三人ともどうだった?」
「自分と同じ次元技を使うヤツと戦えるってスゲーよ! 戦い方っつうか何つうか学べるしよ!」
「千年前英雄だった者と一戦交える事が出来たのだ。かなりの報酬ではあったな」
「ははっ、そうだね。私もかなり“ミリア”にしごかれちゃった」
「ミリア? ってまさか……」
「うん! 勝った時教えてもらったの! 百槍ね、ミリアっていうのが本名なんだって!」
「ほ~、んじゃ俺も後で炎皇の名前、教えてもらおっと!」
「光節の名前も気になるところだな」
「……? レト、どうかした?」
「え? ああ、いや。それよりお前大丈夫か? かなり傷があるみたいだけど」
「うん。平気だよ。確かに戦闘中はちょっときつかったけど、さっき慰楽を使ったから」
「ん……そうか」
扉の奥から聞こえてくるレト達の楽しそうな話し声を背に、フィードラスは歩き出した。
レトが崩した会場を、首を回しながら真っ直ぐ前へ進んでいく。止まる事なく進んで進んで、突当り。
キールア・シーホリーが、百槍のミリアと戦った部屋の前。
彼は扉を押し開け、表情を歪めた。
「――――やはり、か……」
どの部屋にも辛うじて残っている白さが、ない。
高い位置に設置していた筈の電灯が跡形もないせいだろう。闇に包まれた空間。完全に破壊された景色。大きな建物が派手に崩れ落ちたのを、想像してみると良く似ている。岩と大きく砕けた瓦礫と、飛び散った血痕が真新しい。爛れた土が地面を支配していた。
これは時間の問題かもしれない。フィードラスは眼鏡をくいと上げてから、踵を返した。
- Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.10 )
- 日時: 2015/07/26 13:11
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)
第307次元 作戦会議
「ではこれより、目前に控えた“第二次神人世界大戦”に於いての戦闘配置及び作戦提示を行う。あくまで我々上層部が独断で決めた事項であるが故に、君達戦闘部班には賛成反対の意を明確に示して欲しい。異論がなければ話を進めるが、心の準備は出来ているな?」
戦闘部班班長、セブン・コールの堂々として良く響く声掛けによって始まった、大戦に向けての作戦事項会議。第一講堂に集められた戦闘部班の次元師達に加えて、科学部班の班長フィードラス・エポールもまた中央に立つセブンに並んでこの会に出席していた。
「まず戦闘部班の四人の優秀な代表達、“英雄大四天”の動きから説明したい。知っての通り大戦の形式上、両軍の大将である人族代表と神族代表は、規定の時刻になるまで戦闘への介入を禁止されている。故にレトヴェールはその時刻になるまで身動きが取れない為、彼には全隊員への指令通達を任せようと思っている。言わば戦場に於ける指揮官を彼が担う訳だ」
「総員はレトヴェールからの連絡を受け取れるよう、通信機の破損には気を付けて欲しい。が、もしもの時は壊れてしまっても構わない。その場合近くにいる蛇梅隊の隊員と行動を共にする事を約束して欲しい。レトヴェールはどうだ」
「異論はねえ。進めてくれ」
「次に他の代表達だが、上層部で議論に議論を重ね結論を打ち出した。次元師代表の三人は他の神族と戦う権利を持つ。つまり向こう側の神族二体と戦う事になるのだが、フィードラス班長の助言によれば『ゴッドは12月25日の間、つまり24時間の中でしか能力を使えない』との事らしい。大戦開始はその少し前であるから、もしゴッドが代表であってもなくても、彼は0時を過ぎるまで無い者として考える事とした」
続けて、運命の神【DESNEY】が代表である可能性は低いだろうと結論付けた。彼は前線に上がってくるタイプではない上に、蛇梅隊の次元師を動揺させる為に心の神【FERRY】、つまりロクアンズを代表にしてくる可能性と、12月25日の間でしか戦えない神族の司令塔【GOD】を持ってくる可能性を考えた。両軍の代表は、丁度12月25日の0時より、一騎打ちでの戦闘を開始する規定となっている。先に大将を討った方が勝ちというルール上、ここで勝敗が決まってしまうのではないかと疑問の声も上がっているが、所詮“一騎打ち”というのは大戦中の一興でしかない。どちらかが軍を動かしてしまえばもう片方がそれに対峙して軍を動かす。よって再び全面戦争に陥るという形の想像は容易だろう。
セブンは『ゴッドとフェリーはどちらも可能性がある為、揺動の為にどちらも動かないのではないか』という仮説を立てた上で、英雄側の動きを次のように示した。
「間違いなくデスニーは序盤から仕掛けてくる事になる。そこで我々は、キールア・シーホリー単体で彼と戦う事を提案する」
「――!」
「はあ!? き、キールア一人でか!!?」
「待て。一人というのも大分問題だが、次元師として経歴のないキールアにいきなり神族と一人で戦えなどと、無謀すぎる提案では?」
「……納得のいく説明を要求する。一体どういう事だよ班長」
「これは俺からの提案だ、レトヴェール。サボコロ・ミクシーとエン・ターケルドという多大な戦力を、神族との戦闘ではなく向こうの兵器、元魔の討伐に充てたいと言っているんだ」
「親父……だったらキールアじゃなくて、サボコロかエンのどっちかをデスニーに充てれば良いだろ? 何だってキールアなんだよ」
「サボコロとエンを離すというのは、“両次元”の発動が出来なくなるという事。デスニーにそれだけ戦力を継ぎ込めば、瞬く間に他の次元師を犠牲にする事にもなりかねない。デスニーを侮っているんじゃない。寧ろキールアの実力を見込んだ上でもあるんだ」
「……でも、それじゃあ」
「――異論はありません」
「!」
聞き慣れた、芯の通った声が響く。いつにも増して真剣で、覚悟を決めたような声に震えはなかった。キールアの顔にも特に困った様子は見えず、真っ直ぐフィードラスを見つめて返す。
「キールア……」
「本人の承諾を得た。このまま作戦事項を伝える。良いな、レトヴェール」
「……勝手にしろ」
「さっきもちらっと言ったが、他の次元師の犠牲、つまり死亡は避けたいと思っている。戦争を行うにあたって犠牲はつきものだと思っているだろうが、今回はこの事項を第一に考えてくれ」
「ええと、つまり……誰も死なせずに、戦争に勝つって事? そんな事出来るの?」
「ああ。元魔は次元師にしか倒せないが、多いと厄介だ。蛇梅隊の次元師は元魔の討伐に慣れている為、率先して元魔の討伐にあたって欲しい。君達が死亡する確率は極めて低いが他の次元師はそうではない者もいる。普段の班を大戦用に再編成し、他の次元師を守りつつ元魔を討伐して欲しいという訳だ」
「ではチーム編成と、そのチームの行動範囲を伝えよう。基本三人一組で組んでもらおうと思っている。英雄大四天の四人を抜いて、隊員と副班長を足して十三人。そしてそこに――新たに二人加える」
「? それは、サボコロ君とエン君ですか?」
「いいや。それに彼らは二人一組で組んでもらうつもりだ」
「じゃあ一体……――」
カツン――、と。響いた靴の音に誰もが振り返った。
長い黒髪を一つに縛り上げた綺麗な顔立ち。横から顔を出して微笑む金髪ウェーブは畳まれ、女性は口元に扇子を携えてにこにこしていた。
レトヴェール達は嘗て、凛とした黒髪の女性に――『次会うのは戦場』だと言われ、英雄の名を授かった。
今正に、その女性が目の前にまで歩み寄ってきている。
「あー!? あ、あん時の!!」
「確か……刀を使う次元師、だったか?」
「チェシア・ボキシス――だろ? まさか蛇梅隊の次元師だったとはな……」
「覚えていたか、英雄レトヴェールよ」
「君達は見かけた事がないだろうが、彼女は一応蛇梅隊の“副隊長”だよ」
「ええー!? ふ、ふふ副隊長!?」
「だから苗字がボキシス、なのか! もしかして隊長の親戚とか?」
「ラットール・ボキシス総隊長の姪だ。叔父にはお世話になっている」
「なるほどな」
ラットール・ボキシス。彼は蛇梅隊の隊長であり、そして副隊長であるチェシアの叔父にあたるという。特別コネを使ったという訳ではなく、純粋に実力を認めて副隊長に任命したとか。可愛い姪の為を思ってもあるだろうが、チェシアの性格からして叔父にべったり甘えて裏口入隊、なんて事は一切なく、堅気で真面目な彼女が副隊長である事に異議を唱える者もいない。信頼された次元師だという。
「……流石に私の事は存じ上げていませんわよね。初めまして皆様、クルディア・イルバーナと申します。人族代表決定戦では運営委員として皆様のご活躍を拝見させて頂きましたわ。蛇梅隊隊員としては“総班代理”という役職についていますの」
「総班代理って……確か、全班長の代理人で重役会議にも参加出来るっていう役職だよな?」
「ええ。そうですわ。まあどの部班の班長様も大変優秀で堅実でいらっしゃいますから、私は殆ど“科学部班班長”の代理としてしか動いた事がありませんけれどね? 無責任で放浪男のフィードラス様」
「何の事だかさっぱりだよ、クルディア代理」
「まあ。全く不真面目なところはお変わりありませんのね。ご子息であられるレトヴェール様が貴方様に似なくて大変喜ばしい事ですわ」
「はは。お褒めに預かり光栄だよ」
「……」
「こらこら君達喧嘩しないの」
静かに言い争う不穏な空気を打開すべく、セブンは話題を切り替えた。チェシアは勿論の事クルディアも次元師だという事で、元いる戦闘部班十三人と合わせて十五人。これで三人一組が成立する。
「それじゃあ早速チーム編成に移る。大戦では常に行動を共にする事になるだろう。信頼関係を大事にし、より多くの元魔をそのチームで討伐してくれ。――では、発表しよう」
力強いセブンの声が、再び講堂を支配する。
新しいメンバーを加えてのチーム。二人一組だった今までとは違う。
不安を胸に、それでも自信を持って、次元師達は静かに耳を傾ける。
- Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.11 )
- 日時: 2015/08/02 12:49
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)
第308次元 響け英雄の心
第二次神人世界大戦に向けての会議では、大戦の開始は24日の午後6時からだと伝えられた。それは神族側の意思であり、数週間前にそうするようにとの要求が、セブン宛に手紙で届いたのだという。
封筒には神章が刻まれていた。神章は人間の手で描くと、その呪いで描いた本人を殺してしまう程威力がある為悪ふざけで人間の描けるものではない事から、ゴッド張本人からの手紙だという事が分かった。
灰色の冬空に、もくもくと雲だけが浮かんでいる。これから戦争が始まるなんて知る由もないのだろう。敷き詰められたそれはゆっくりと流れていく。
戦場は未開拓地、というより千年前戦争で滅んだエルフヴィアという国だった土地。昔のまま、瓦礫や岩や砂で覆われ、荒んだ大地がただ地平線のように広がっていると聞いた。メルギースから酷く遠くにあるその国にはもう蟻一匹立ち寄らない程生気もなく、無駄に広い土地で周りに人間もいない事から戦場に選んだとされている。
レトヴェールは、誰もいない本部の廊下で、窓を広げて空を見ていた。彼はこうしていつも空を仰いでは、何となく時間を過ごしている事が多かった。
時間は11時前後。12時前には本部を出て、戦場に赴くらしい。一通りの準備はしてある上時間にもまだ余裕があるが、それでも彼はそこから動けずにいた。
今日、一年前に。
目の前から姿を消した義妹に、会う日が漸くやってきた。
「ロクの事、考えてるの?」
「! ――キールアか……あれ、そんなリボン持ってたか?」
「ああ、これ? ――うん。お父さんとお母さんから、誕生日プレゼントだ、って。おじさんに渡されたの。千年前にアディダスが使ってた物なんだって」
「ふーん……」
普段は髪ゴムで二つに縛っているキールアの金色の髪には、良く映える菫色のリボンが施されていた。
千年前、メルドルギース戦争の最中、アディダスが同じように髪にしていた物だが、どうやら敵の攻撃で綺麗に二本に斬り分けられてしまったらしい。
先祖代々密かに受け継がれていたそれを、家族の死後何年も後になって、16歳の誕生日プレゼントとしてキールアの手に渡った。キールアの両親は自分達が剣闘族に命を狙われている事を当然知っていて、運良く金の瞳を持って生まれたキールアに生きる可能性を見出しこうした形で彼女の生を祝ったのだった。
「いよいよだね。何だか嘘みたい。今から神族と、戦いに行くなんて」
「怖いか? キールア」
「……どうだろう。でも、当然だけど、次元師になる前まで、考えてもみなかった事だもんね」
「代表にならなきゃお前は、神族と戦う事もなかったのにな」
「ふふ。そうだね。でも私、こうしてレトと肩を並べて、同じ事を、同じ恐怖を、語り合えるんだって。変かもしれないけど、嬉しく思うんだ」
「……」
「ロクに、会えるね」
この一年。夢みたいな出会いを繰り返してきた。心の中で、空の上で、目の前で。彼女は神になる前の、神だと自覚する前の無垢な笑顔でレトに微笑みかけてきた。
一年経ってしまったけれど、今彼女は何を思って、何をしているだろうか。こんな風に、レトやキールアを思い出した事が一度でも、あっただろうか。
窓から伸ばしていた両腕。右手をくっと持ち上げて、握っては、ぱっと開いた。その中には何もないのに。もう一度、を繰り返す。
「ああ。そうだな」
「……あ、そろそろ降りよう? もう時間みたい」
「――キールア」
「……?」
「今回のその、大戦の形式上、お前にもし何かあっても助けに入る事が難しい。酷な事を言うようであれだけど、一人にしても心配ないって、思い始めてるんだ」
「レト……」
「だけど忘れるなよ。お前は俺が守ってやる。絶対、守ってやるから――――安心して、暴れてこい」
キールアを守り続けてきたレトにとって、残酷な戦場に一人彼女を置いてしまう事の辛さは想像以上のものだった。
然し。次元師になって、同じ戦場に赴いて、暫くして次元の力を失い直後、新しい次元の力を手にした彼女は瞬く間にその力で第二覚醒を成功させてしまった。駆け足で強くなる彼女を目の前で見てきた。
優しかっただけの少女は変わった。その選択が正しかったのかどうかは定かでなくとも、今正に同じ意思を掲げて共に神に抗おうとしている。その現状を夢にも思わなかった幼い頃に比べたら、随分と変わったのだと実感させられる。
「……ふ、ふふっ……あはは! 何それー! それが女の子を戦場に送る時の台詞!?」
「うるせえな。信用して言ってんだよ」
「有難う、レト。忘れないよ。貴方が守ってくれる事も、その信頼も。だからレトも忘れないで?」
「?」
「私はいつでもレトの……ううん――――“エポール義兄妹”の味方だからっ!」
ロクを神と知って尚、臆さずに、彼女の傍にいた。遠い昔、自分に冷たかったレトはその面影を殺して、自分の前に立ってくれている。向き合って守ってくれている。
守り守られ、支えて支えられて。泣いて笑ってを繰り返して今日に至る、義兄妹とその幼馴染は。
もう一度、出会う。ただ無邪気で幼かったあの頃へ戻りたい一心で。
会える。会いたい。笑いたい。笑い合って今度こそ――――その手を、取りたい。
「そうだな……俺も――――――信じてる」
強い語尾で言い放った。レトもキールアも僅かに微笑んで、もう行かなくちゃと、忙しなく階段を下りた。
もしかしたら二度と下る事が出来なくなるかもしれない。当然のように毎日広がっていた景色を見るのがこれで最後になるのかもしれない。
それでも。足早に駆け下りる。何百何千何万何億――踏みしめてきた居場所から。
外へ出た。一年前に義妹が姿を消したその場所へ集まる戦士達が、清々しく立っている。
「おっせーよレト!! 待ちくたびれたぜ!」
「悪い悪い」
「貴様は人を待たせる事に長けているな。駆け落ちの話でもしていたか」
「あのなあ……」
「ごめんね待たせちゃって。もう皆集まってるよね?」
「みたいだな……って、あれ?」
「どうした、レト」
戦闘部班の班員副班、つまり見慣れた面子と総班代理に副隊長。
昨日の話ではその人員でメンバー構成をし、且つ当然の事ながら今大戦は次元師しか参加出来ない筈であるのに。
蛇梅隊総隊長ラットール・ボキシス。
戦闘部班班長セブン・コール。
科学部班班長――――フィードラス・エポールが、次元師達の輪の中にいた。
「――はあ!? な、何でいんの!!?」
「あー……やっぱレトもそういう反応すると思ったぜ……」
「俺達もつい先程聞かされたばかりだ。……どうやら彼らも――――“次元師”らしい」
「――!!?」
今日の今日まで黙っていた、と。中庭に集合と聞かされ着いてみれば、待っていたのは今まで次元師である事を隠していた上層部の顔ぶれだった。当然驚いたが、メンバーの大半は「なんかちょっと安心した」と口々に零していた。
「親父……っ、てめえ今まで隠してたのかよ!!」
「ははは! 次元師でないとは言っていないからな。いやあ、お前の驚いた顔は新鮮だよ。ハイ、チーズ」
「調子乗んな」
「セブン班長まで……どうして隠してたんですか?」
「んー? それはね、キールア――単純に君達を驚かせたかったのさ~!」
「くそ! その顔腹立つからやめろ!!」
「元気があって宜しい。だがなレトヴェール君、嘘ではないのだよ」
「た、隊長……ってまさか」
「気付いたかね? そう。君達は今まで我々の事を、“上司”として信頼してきた。全く知らない他人の次元師より、普段から共に同じ飯を食らい、信頼してきた人間が傍で戦ってくれるという事に“安心感”を覚えただろう? 今日まで君達に黙ってきたのは、君達を更に安心させ、戦争に対してのモチベーションもより向上させる為だったのだ」
「次元の力は心の力。安心という言葉は心安らぐと書くだろう? 運良く我々三人は皆後方支援型の次元の力でね。君達の背中は必ず我々が守るから――――振り返らずに突っ走って欲しい訳だよ」
蛇梅隊の総隊長に戦闘部班の班長。加えて科学者として名高い実の父親が。
同じ目標を掲げて背中を守ってくれると言った。広い背中に逞しい顔つき。戦闘部班の若者達の顔が、更に晴れ上がっていくのが分かった。
憎たらしいけど、格好良い。
同じ戦場に立てる嬉しさに身震いして、レトは真っ直ぐ前を向いた。
「皆――――聞いてくれるか?」
若い英雄は声を出した。彼が英雄となった瞬間を、この場にいる者皆目にし、耳にした。
人類の代表は彼しかいないと決めていた他の三人の英雄達も、少年に向く。
「俺達は有次元の世界へ行って、神族を生み出した張本人【MOTHER】に会った。彼女は別れ際、俺達に――“ある言葉”を残してくれたんだ」
≪貴方達が、胸に抱くのは……“無限の可能性”……信じて、貫いて……――生きて≫
『神を救って』――――その言葉が焼き付いて離れない。消えない。
マザーの言葉はまたしても、此処にいる次元師全員の心に強く響いた。
「……俺は、“人族代表”なんていうド偉い名前を受け継いだ。正直本当に俺で良かったんだろうかと思ってた。結局は“エポール義兄妹の片割れ”でしかないんじゃないかって、思ってたんだ」
義妹と共に戦っていた頃とは変わってしまった。背中の冷たさを知って、失って、ここまで立ち直れたのは。
決して自分だけの力ではない。当たり前かもしれないけど聞いてほしい。英雄は言葉を繋いでいく。
「義理の妹に、神族のロクアンズに堂々と会う為になろうとして――でも今はそれだけじゃない! 全ての次元師と、世界中に溢れる全人類の為に誓う!! ――――俺は!!」
ロクアンズに救われた人間達の目が、優しげな瞳がじっと彼の言葉を聞いている。
もし、彼女が人間だったなら。間違いなく人族代表だった。
でも、彼女が神様だったから。仕方がなく自分が選ばれた。
そんな気がしていた。
「俺は、人類の代表として必ず――――――必ず神の首を獲ってみせる!!!!」
――――今になるまで、ずっと。
英雄の言葉が強く心臓を叩いた。重なり合っているような気がした。この場にいる全員の心と心が。
震えもしないで真っ直ぐ前だけ見据えるレトに、皆が頷き交わす。
今から始まる。千年に亘る永い因縁の終着点。
神と人が織り成す最終決戦の――――――――火蓋は切って落とされた。
「全力でいくぞ――――――――――絶対勝つ!!!!」