ダーク・ファンタジー小説
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- 【感想随時受付】罪、償い。 【第二章第四話part7up】
- 日時: 2013/08/07 17:03
- 名前: 鬨 (ID: UIQja7kt)
初めまして、鬨(とき)と申します。
此度私が投稿させて頂く物は、小学生高学年から中学生まで設定をしていたり、書き込んでいたものを実に六年ほどの年数を経て改善したものです。【小説家になろう】より移転したものであり、また当人であることをここに確認させて頂きます。
注意事項は特にございません。お目汚しになるやもしれませんが、精一杯書いていく所存ですので、皆様、どうか最後までお付き合い頂ければと思います。
追伸:コメントを頂ければそれだけで励みになります。飛び上がって喜びます。
第一章 紅の炎 >>36
第二章 二重の狩場 >>44
キャラ紹介
神無木来人 >>66
桜井明 >>67
焔 >>68
コメントを頂いた方々
鈴月音久様【DISTANCE WORLD】
花様
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→@Ry_ipsf
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.16 )
- 日時: 2013/02/01 20:34
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「いただきます」
「いただきます」
二人揃って手を合わせ、行儀良く食事を開始する。カチカチと箸が小気味良く音を立て、食事をしているという実感が胸を落ち着けた。
桜井は必要最低限のことしか話そうとはしない性格のようだ。それとも食事中は一切話さないようにしているのかもしれない。俺もまた、食事中に面白い話題を提供できるほど多芸ではないので、自然、食事中は静かで落ち着いた時間となる。
ちら、とテレビを見てみれば、先程聞こえてきたものとは別の話題に移ったニュースだった。脂ぎって禿げかけた、白髪のベテラン司会者が周囲のアナウンサーや政治家と意見交換をしながら次々と情報を視聴者に提供するというもの。
今の話題は低迷した日本経済を憂いるようなもの。一人暮らしをしている以上、これは他人事ではない。……が、何日も似たような内容で野次を飛ばしているだけな気もしてきて、ここのところこのニュースは見ないようにしていた。桜井が見ていなければ、さっさと別のチャンネルに切り替えたはずだ。
「ねぇ。この家、あなたしかいないみたいだけど」
「……」
食事を先に終えていた桜井は、とろろを食べていた最中の俺にいきなり質問を投げ掛けてきた。内容は、この家に俺しかいないということについてだった。
一度だけ頷いて、一気に料理を腹の中に叩き入れ、ティッシュで口を拭いた。
「……兄貴と父さんは行方不明。妹は事故死、母さんは病死した」
「……そう。ごめんなさい」
「いいや。お前がここにいる以上、そのうち話しただろうからな」
これは心底からの本音だ。今回ばかりはどうしようもない。俺ぐらいの年齢で一人だなどと、どう考えても普通ではないのだ。いつかは聞かれていたことなのだろう。それが、早いか遅いかの違いだ。
俺の言葉を聴いて安堵したらしい桜井は、ほっと胸を撫で下ろした。本当に気を遣っていたのだろう——こいつ、もしかして良い奴なのかもしれない。
「気にすることねえよ。せっかく休んだんだ、少しぐらいゆっくりしようぜ」
「あ、そのことなんだけど……いいかしら」
「?」
なんだか、急に大人しくなった桜井を見て、つい首をかしげたくなる。
腕を組んで右手を顎に当てて、言うのがとても忍びないことをこれから言わなければならない——そんな目だ。こちらをじっと見ながら、今にも唸りそうな……。
言葉を急かすのはあまりよくないことだ。俺は桜井が口を開くのを待ち続ける。
「……その」
意を決したように、こちらを見て、
「街を案内して欲しいんだけど、いい? ここにきたばかりで地理が把握できていないのよ」
なんて。
そんなことだったのか。世間知らずを知られるのがどうやらとても怖いと見える。くつくつと苦笑がこみ上げ、ついこいつをからかいたい衝動に駆られる。成る程、成る程、今朝からしおらしいのは俺の機嫌を取るためだったか。ようやく納得がいった。
意地悪をしてみたい気持ちもあるが————そうまでして頼まれては断るに断れない。
「いいぜ。けどなるべく十時頃からにしてくれ。学校に遅刻していくようなヤツもその時間にはもういないだろうし、かといって夕方だと学校を休んだから、他の連中と顔を合わせづらいしな」
「分かった」
俺とやり取りを終えた後、桜井はまたもじもじし始めた。本当に昨日とは別人のようだ。俺は腹底から這い上がってくる笑みを奥底へとけり落としてなんとか理性を留め、緩んだ口元を隠しきれず、仕方なくそのまま質問をした。
「どうした」
「……服」
一言だけ。
そうして彼女は、自身の格好を示した。——そういえば、気づかなかったが今日のあいつはまるで漫画に出てくるようなボロマントそっくりの毛布で身を包んでいた。あまりにも自然だったので、スルーしてしまっていたが。
思えば昨日、桜井はあの異形と闘っている間に何本か服に傷を入れられていたっけ。刃や弓で華麗に捌いてはいたが、どうしても掠りはしてしまうだろう。よって、服は引き裂かれ危ない格好になるわけだ。
確かにその格好で外を出歩くのはよろしくない。……けれど家に女物の服なんて、————あった。
「母親の遺品で良ければ使え」
「……————、」
そうなのである。
我が家には時計が止まったが如く、他の家族の衣服や私物が大量に残っているのだ。普通に始末するのが勿体無いので、放置されている。いつか帰ってくるのでは、なんていう淡い期待を抱いているのではなく、単純に面倒くさかったから。
いや、それはちょっと違うか。本音を言えば、俺以外にもこの家には、誰かのぬくもりがあったのだという証明が欲しかったのかもしれない。
俺の心を悟ったか否か。じと目で俺を見つめた後、物悲しげな表情に変わった彼女は、そんな表情とは裏腹にずかずかと二階にある母親の部屋だった場所へと向かっている。昨夜のうちに家の見取りだけは教えておいて良かった、余計な手間が省けて助かる。
「……」
話し相手がいなくなった途端に、緊張の糸が解けたのだろう。俺の中にどっと気だるい感覚が流れ込んでくる。
朝から食事を作って、食べて、片付けて。普通の主婦が平然とこなしている雑務だが、今日は同居人になるであろう少女に振舞うということで、知らないうちに気を張りすぎていたらしい。
ぐったりとして、ソファに座り込む。人間の体は楽な姿勢を取るだけで、みるみるうちに体力がマシにはなっていくようだ。それとも若さ故か。襲い掛かってきた疲労感は、次第に解けていく。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.17 )
- 日時: 2013/02/01 20:38
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「さ、てと————」
今日の予定を整理するとしよう。
現在時刻は九時四十六分。十時には出かけるとして、帰宅部連中のことを考慮し、会わないようにするためにはどうしても三時までに家に到着していなければならない。
食事時間のことを考慮すると……十二時から一時までの間はどうしても外食の時間になりそうだ。都合四時間……狭い町とはいえ、今回の目的は地理を把握することだ。本当に四時間で足りるのか否か、些か以上に疑問だ。
「……アンタの母親、若作りし過ぎ」
不意に扉の外側から聞こえる声。間違いなく桜井の声だが、わなわなと声が震えている。
いや、若作りとは失礼な。俺の母親が死んだのは三十ちょっとなのだ、小学二年生だったからな、俺が。だからある程度若そうな服を持っていてもおかしくはないだろうし、娘のお下がりに取っておくということも考えられるだろうに。特に二十台頃に着用していた服とかは。
開けてはいけない扉を、開けてしまったらしい。
「いや、いいから見せに来いよ」
俺の突っ込みが扉の向こうにいる少女を突き刺した。何故か「うっ……」なんて声が聞こえてきて、嗜虐心に更なる灯火が。
観念した桜井が居間の扉をゆっくり開く。最初に出てきたのは、印象的な藍色の髪と瞳だった。——頭からひょっこりと部屋に入ってくるとは、よほど恥ずかしい組み合わせなのだろうか。
「ってどこが若作りだよ」
赤いロングスカートに、白いティーシャツ。ところどころ水色のラインが縦に入った服装は、別に二十やそこらの人が着ていてもおかしくはないだろう。ついでに言えば、桜井の髪色とマッチして良く似合っている。無論、口に出して言ってはやらないのである。
「……ぐ。……む、むむ」
飛び掛りたいけどその大義名分がなくて仕方なく引き下がっている、狂犬になりきれない小動物じみた声を出す桜井。
さて、服が決まったのならさっさと行くとしよう。桜井の横を素通りして、玄関へと歩く。
鍵と携帯電話、財布は既に持っている。一人暮らしの身の上であるため、常にこうした必需品は携帯しておかねば色々と不都合なのだ。
後は特に会話もなく、俺と桜井は外へ出た。玄関の鍵をしっかりと閉めると、外の景色を見つめた少女がぽつり、と感想を漏らした。
「——なんていうか。夜に見るのと、昼に見るのは違うものね。わたしはこの町にきて、まだ三日目。とにかく能力者達を探そうとしていたから、まともに景色も見てなんかいなかったけど、なかなか良い物なのね」
まだまだ、こんなのは序の口だというのに。
広がるのはどこにでもありがちな住宅街だ。ここ最近の吸血事件と失踪事件のせいで、活気がなくなっているぐらい。だというのに、広がる世界はどことなく平和ぼけていて、心を和ませてしまう。
認める。だけど、まだまだ上はある。なのにまるで至上であると言わんばかりの彼女の声に、俺はつい、
「っ……はははっ」
笑い声をあげてしまうのだ。
世間知らずな彼女にこれから連れ回されるのだから、一体どうなることやら。そんな自虐じみた意味も込めて笑ってしまったわけだが————次の瞬間、後悔することとなる。
体がふわり、と浮かび、視界も上下反転したかと思えば、遅れて後頭部に鈍痛が走る。熱くなった金属を押し当てられるかのように鈍い痛みに毒され、さらにしばらくすれば、どしゃり、なんていう音と共に俺は地面に付していた。
ちらりと空を見上げる形で少女のいる方向へと視線を這わせれば、——拳を抜刀術のように振りぬいていた。つまり綺麗に半月を描いた裏拳が、俺の後頭部を捉え、地面へと放り出したわけだ。
口はホントに、災いの元なのである。どうやら本気で怒り狂ったらしい暴走魔獣と化したあいつは、俺の目の前にあった砂利を靴で踏み砕き、次はお前だと言わんばかりに粉々となったソレを見せびらかしてきた。
「ちょ、ちょっとタンマ! それは本気で死ぬぞ、おい!」
能力者の拳、一発一発は銃弾に相当するのではあるまいか。昨日の明らかに鮮烈な戦闘を見るだけで、視認出来るか否かはすれすれのところだった。あんな速さで拳を振り払えば、とんでもない威力になるのは当たり前というかなんというか。
能力者同士でならばある程度は緩和されるのやもしれないが。俺は素質があるだけの一般人であり、そんな乱暴なことをされては死んでしまう。冗談抜きで。
————朝っぱらから、同い年ぐらいの少女に命乞いをするずる休みの男子高校生の姿が、そこにはあった。というか俺だった。
「……」
むすっとした表情で足をどける桜井を見て、全身が総毛だった。小動物的危機感知能力が、このままではお前の人生はバッドエンド、ゴートゥーヘルだと囁いている。
ぞくぞくと悪寒もして、冷や汗が地面に垂れる。恐ろしい。
————朝っぱらから、同い年ぐらいの少女に全力で震えて冷や汗を流し恐怖に戦く男子高校生の姿が、そこにはあった。というかそれも俺だった。
「わかればいいのよ」
「………………はい」
厳正な彼女の脳内裁判の結果、どうやら俺は情状酌量の余地ありとして死刑だけは免れたらしい。こんなところで死んでしまうとは情けない、という結果は回避できて、嬉しい限り。いや、本当に助かった。 ————なんて、情けないことを考えて未だに震えが止まらない男子高校生の姿があった。こればかりは俺ではないと信じたかったが、事実なので認めざるを得なかった。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.18 )
- 日時: 2013/02/01 20:41
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
————数時間後。
太陽は頭上に燦々と輝き、俺の黒髪に熱すら持たせるほど途轍もなく光輝を放っていた。時刻は十一時五十三分。本日は晴天也、本日は晴天也。忌々しいほどに俺の体力を根こそぎ奪う悪しき真紅の惑星が、頭上で俺を嘲笑うかのように紫外線を振りまいている。
あれから俺は、二時間でなんと町の正反対を行ったりきたりさせられていた。
この町には寺、神社、教会。全てが相容れぬ宗教の大型の建築物が三つ存在しているということを教えたら、なんとソレを最初に見たいと言った桜井は走って俺を連れまわしたのだ。
数時間前に述べた通り、俺はまだ飽くまで一般人だし、学校の体育の成績も中の上である。桜井達のような能力者や、昨夜の化物のように魔法じみたことはできないし、体力お化けなわけではない。
これが冬ならばまだしも、よりにもよって真夏の炎天下に晒されて、俺は瀕死だ。これは比喩ではなく、空腹感と喉の渇きに苛まれて、本当に死にそうだ。熱中症ではあるまいか。
「死ぬ…………本当に、死ぬ……」
「あら。あなたはもう音を上げるのかしら、あれだけ人を笑っておいて。いざわたしが希望の場所を言って付き添ってもらっただけで死ぬなんて、失礼にも程があるわ」
————だめだ。こいつ、さっきのことまだ怒ってやがる。
振り返りながら死刑宣告をした後の裁判官のように。無表情でありながらトンデモなことを言い放ちやがる藍色女。
「いや、……………………もう無理」
「……はあ」
————ひどいよこいつ、おれはほんきでしにそうなのにためいきはいたヨ。
駄目だ、思考も本当にまとまらなくなってきている。
「仕方ない。じゃあこれで罰はお終い。あそこの店でいいかしら」
これは本当に熱中症か脱水症状にかりかけている。朦朧とする意識と瞳で、必死に助けを請う俺を見て、ようやく桜井も折れてくれたようだ。
ゼェゼェと息を切らしながら、俺は頷いた。
無言で少女は、指差した先のハンバーガーショップへ入っていく。よく確認していなかった……あれが高級レストランだったら、たぶん俺の財布の中身はすっからかんになっていたことだろう。
「いらっしゃいませ! ご注文がお決まりになりましたら、どうぞ!」
元気の良い大学生ほどのお兄さんがこちらに向けて笑顔を向けようとして……、桜井と俺の二人連れだと分かった瞬間に笑顔が引きつり始めた。
ああ、やっぱりそう見えるわけか冗談じゃない。悪いがこいつを持っていきたければご自由にテイクアウトを……そうしたらやっぱり昨日の悪魔とかに殺されるから却下。ごめんよあんちゃん。
「レタストマトバーガー」
「……同じでいいッス」
ずいぶんと桜井はヘルシーなものを注文したものだ。あいつは遠慮なく、もっとガッツリと行くと思っていたものだが。
そして俺は、金額もお手ごろだったし、こんな疲労困憊した状態で肉の味が凄いものを食べれば多分吐くので、同じものを注文させてもらった。
顰めた顔とは関係なしに手馴れて速い手つきで店員は、一気に注文された商品をこちらによこした。お会計は……こいつが金を持ってるわけねえもんなあ。俺しかないよなあ、うわあ……。
「はい」
————と思ってたら、持ってた。
財布の中には何人か諭吉様のお姿が見受けられる。意外と経済力はあったらしい。というかそのお金、どこで手に入れたのだろう。こいつが履歴書なしの日雇いバイトをするとも思えないし。まさかカツアゲではないだろうか。
……なんて邪推している間に、桜井は自分だけでなく俺の分の食事代まで会計を済ませていた。
俺の中で昨日の夜から、こいつの株は下落が激しい。どれぐらいかというと、出来立ての小規模会社から一度大手のゲーム企業ぐらい上がって、先ほどの暴力沙汰で一度大暴落したが、今は安定して中企業ぐらいの株価はありそうだ。
顔を背けて、俺にハンバーガーを包み紙ごと手渡ししたかと思えば、あいつはそそくさとテーブル席へと移動した。後を追って、向かい合うように席へ座り、その後は無言の昼食が開始されることとなった。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.19 )
- 日時: 2013/02/01 20:42
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
食後、現在時刻は一時二十九分。
ようやく陽が傾き始めて、これから陽が沈むのだろうということを思わせる。けれどアスファルトに染み付いた熱は、逆にこれから放射されることとなり、太陽の光とアスファルトのかげろうによって板ばさみになり、俺たちは屋内にいなければ過酷な熱の中に晒されることとなるだろう。
無論、今日は町を案内する理由で出歩いているために、俺はこの熱に晒される。ハッキリ言えば、日付を間違えた。
「概ね、場所は回ったと思うぜ?」
「ええ。後は……どこがあるのかしら」
そろそろ帰宅に向けて動き出さないと、帰宅部のうちの学校の生徒が、本日の俺はずる休みであるということを暴いてしまう。特に実害はないが、体裁としてよろしくない。
他にめぼしい場所といえば、この街のおかしなところである宗教に関係する建物以外には……。
「確か海岸と、雑木林に隣町に行く橋があったぐらい」
「なら橋に連れて行ってちょうだい。なるべく街の全景を見渡せる場所がいいから」
「それなら、駅前がいいだろ。そこなら大型デパートの屋上から、街が一望できるからな」
「そう。じゃあ、お願い。よく考えれば、駅も行ってなかったわね」
歩きながらのやり取りの結果、駅へ行くことになった。俺は彼女の言葉に一度だけ頷いて、先導するように駅へ目掛けて歩き出した。
踏みしめるアスファルトは、まるで鉄板のよう。この暑さに人間以外もやられているのか、普段はうるさい蝉や、空を駆ける鳥の泣き声も皆無であった。
朝から昼まで、結局ほとんど人と外では会わない。記録的とはいかずとも、猛暑は猛暑。利便性に憑り付かれた文明の人々は、屋外に出ることを拒み、人口的な海を凝縮した水槽のように、快適な屋内へと身を隠してしまっている。
————否、原因は別にもあった。
昨日に俺が八神や坂上と会話をしていた、連続失踪事件の再来の件や、吸血事件がやはり大きな原因と思われる。
確かに。俺もこの件に無関係だったとしたら、多分、いやきっと家の中でゲームや読書に明け暮れていたことだろう。——忠告しておくが、ここ最近に流行りのライトノベルなるものではなく、国語の教科書に乗るような小説家に措ける偉人達が遺した名作を読んでいるのである。
「……」
それにしても、やはり熱い。暑いのではなく、熱いのだ。
体中が火に覆われるかのようで、体の内側からバーナーで焼却されているよう。体の内外問わず凄まじい熱気に晒されて——真夏の空はきっと大量殺戮兵器と、誇張さえすれば呼ぶことができるはずだ。
いや、わざわざ誇張する必要はないが。
横をちらと見てみれば、自動販売機が存在していた。こうした文明社会の中では、暑苦しいコンクリートの砂漠でのオアシスでさえ有料なのだ。考えてみなくとも、人間とはあざとい。
「飲み物でも要るか? ハンバーガーショップじゃ単品だっただろ」
「お願いするわ」
俺が奢る気満々だったのか分かっている様子。ああ、その通り。俺は借りは返さないと気が済まないのだ。先ほどは金を出してもらったから、ジュース代ぐらいはどうにかしたい。
了解の意味で首を縦に振り、俺は自動販売機に小銭を六枚投入する。銅色のものを四枚、銀色のものを二枚。缶ジュースでも、この猛暑はきっと切り抜けられる。なにしろ、デパートと駅はすぐそこ。恐らく飲み終わるまでには屋内という名の水槽へと入れるはずだ。
「……なあ、桜井」
「なに」
「お前って、この街に来る前はどこにいたんだ?」
自動販売機の中から転がり出てきた、赤が印象的な缶に込められた赤黒い炭酸飲料を桜井へと投げ渡しながら、問いかける。
「県外ね。北のほう」
「随分遠いところから来たんだな」
片手でナイスキャッチを披露した少女は、そのままの手でプルタブを開いて炭酸飲料を口に含んでから歩みを再開する。
俺もそれに倣って、視界の中へと入ってきた駅へと一歩ずつ進み始めた。
「俺ってこれから、どうなるんだ?」
「能力を使えるようにならなきゃ死ぬわ。いえ、使えるようになって、生きていけるかどうかもあなた次第」
前へ進み続ける。あと数十メートルというところまでやってきた。
途中でいくつか車が横を通り過ぎていく。この夏の昼にしては珍しい、久しぶりに動いた車を見た。
「そりゃそうだよなあ。あの怪物だって、物凄く弱いってわけでもねえんだろ?」
「弱いわ。わたしが本気を出さなかっただけ」
「あれで弱い方なのかよ。強いのってどれぐらいなんだ……」
「一日でこの街が日本地図から消えるぐらいには」
そりゃとんでもないものだ。戦闘機ぐらいあるのではないだろうか。
いや、戦闘機ですら途中で供給が必要なのだから、下手したらもっとなのかもしれない。核弾頭一発には満たない威力だろうが、対象を選べるという点からしても、能力者というものは恐ろしいもののようだ。
そういえば、気になっていた。昨日のアレは能力者というより、本当に怪物だった。アレも能力者と呼ぶのだろうか。
「なあ、昨日の怪物も能力者なのか」
「いいえ。あなたには信じられないだろうけど、異界の住人よ。
“黒”(クロノス)って言われてる。——人が好きなものもいるから、全部が全部悪いってわけじゃない。むしろそのことを知った上で、恋仲になる人もいるぐらいよ」
「…………」
昨日の化物と恋仲とは、如何に。そう考えると女子が可哀想になってきた。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.20 )
- 日時: 2013/02/01 20:46
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「勘違いしないことね。“黒”は弱いやつがああいう怪物みたいな格好をしているのよ。強ければ強い、それか強くなる可能性がある者が普通の動物みたいな姿をしていて、人間の姿に変身することだってできる。というかまんま人間の格好をしているヤツだっているわ。——そういう意味でも、昨日のヤツは三流以下」
なるほど、そういうことか。
化物同士は化物同士でイチャついているだろうし、愛情に見た目は……関係ないとも言い切れないが、まだ、うん。情状酌量というか……それは違うか。
「そういうことか。ところで能力って、どういう仕組みになってるんだ。昨日のお前はだいぶ疲れてただろ」
「能力は原則として一人につき一つ。色々な応用ができるから、相手の能力が割れたからと油断は禁物よ。中には二つの能力を持つ、“二重能力”(ダブルスキル)っていうのもいる。これはまあ、例外ね。本題だけど、能力にも分別があってね。自然現象……たとえば雷とか、水とか、火とか。そういうものは自然系能力って言われて、精神に関するものとか、そういう直接的じゃないものを不定系能力って言うの。わたしは氷使いで、自然系の能力者ってことね」
だいぶ話が複雑になってきた。能力というものにも分別があって、漫画やゲームで聞く五大要素とかそういうものが主に自然系能力ということになっていて、ラスボスとかが平然と使ってくる小難しい能力が不定系、ということだろうか。
頭の中で情報を租借し、応用として思いついたことを聞いてみる。
「その五大要素みたいなものの中で、たとえば風なら摩擦を起こして電撃が使えるし、火なら熱を使ってプラズマが操れる————みたいなもんか?」
「そういうことね。熱でプラズマ云々はそうなのかはわたしは知らないけど。そして疲れに関してだけど、能力は肉体エネルギーと精神エネルギーの両方を源にしている。そして自然系と不定系で扱う力の割合が変わるの」
人差し指を立てて、まるで説明することが本当に自分の仕事、と言わんばかりに。横を歩いている俺を見つめて、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「自然系は肉体エネルギーが七割、精神エネルギーが三割。不定系はその逆。自然系は地味な代わりに能力をある程度限界を越えて使っても、結局はただ疲れて気絶するだけ。それは戦闘に措いて致命的だけど、仲間がいるなら別よ。けれど不定系能力は、たとえば神話の登場人物を自分に憑依させて闘うなんて滅茶苦茶な能力だとする。それは十分強いでしょ? なにしろ信仰のある人々の願いの結晶を自分と同化させてるんだもの。だけど精神エネルギーが多く喰い散らかされる。それはつまり、自分が精神崩壊へ近づいていくことと同じ。不定系能力は、言ってみれば自爆スイッチをぶら下げてるようなものよ」
……つまり。
不定系能力のほうが基本的には凄まじい力を誇っている。だが、使えば使うほど生命体として再起不能に陥りやすい、ということか。
確かに桜井の例え話は分かりやすい。たとえば桜井が氷の能力を何発も何発も打ち続けたとする。けれど不定系のそいつの能力は神話から色々なものを引っ張り出せて、自分は火の悪魔とかと同化してしまえば、————相手の弱点を選んで突ける。
だが良いことばかりではない。なにしろ不定系の能力は精神エネルギーを多く用いる。肉体エネルギーを用いる自然系の能力者はバテが速いが、能力使用のデメリットは大きいものではない。ある程度無理するだけなら、凄く疲れた、程度で済むのだから。
しかし不定系はどうだ。無理をして使えば使うほど、自分の精神は焼き切れ、人格が崩壊し、完全な廃人となってしまう。強い代わりに、自身を棄てるということと、同義なのだろう。
「それ、随分危険だな。お前は自然系で良かったな……」
「わたしは不定系のほうが良かったわ。……だって、単純に強いから。
自分がどうしようもない三流だとか卑下にするつもりはないけど、強いわけでもない。わたしにはやりたいことがあるから、力が必要なのよ」
「……なにがあったんだ?」
「いずれ話すわ。あなたが力を使えるようになって、自分のそれと向き合えるようになったらね」
なんとなく、頑張ろうと思った。
無償とは言わないが、こいつは狙われている俺の命を保証してくれているヤツなのだ。ならばこいつの役に立ちたいと、俺は切に願う。
力が目覚めたのなら。——俺は、どんなことを心の底から望むようになるのだろう。この気持ちを忘れて、自分のやりたいように使うつもりなのだろうか。
……そんな冷たいヤツには、なりたくない。
「分かった。約束だぞ」
「安心しなさい。誤魔化しはするけれど、嘘は吐かないし約束は守るから」
その一言が皮切りになったかのように、目の前にはいつの間にかデパートがあった。桜井はさすがに人が多い場所で非日常のことを説明するのは危険だと分かっているのだろう。自動ドアを、話を切り上げて無言で潜り抜けた。
俺も後をついて、そこへあがる。
「お前、自分の服はどうするんだ」
「わたしの服は、昨日のあれともう一着に、冬服が二着しかなかったのよ。下着はさすがにいくつかあるけど……」
「なら先に服屋に行くぞ。用事はさっさと済まそう」
「え、ちょっと……っ、もう……」
あいつはデパートの内装もどうなっているかは分からない。見取り図のボートを見つければなんとかなるだろうが、良い年をして迷子になるのは嫌だろうと踏んでの行動だ。譲るところは譲るが、こいつはプライドが高いのを昨日と今日で知ってしまった。これは、良い弱みを握ったものだ。
案の定、桜井は仕方がないと言いたげな表情でこちらに走ってきている。しばらく悩んだ末に、こちらへついてきたのだ。
「やっぱり飯に対してジュース一本っていうのは気が引ける。金は出す、お前はこの前まで宿無しだっただろう」
「……そうね。なら、借りにしておくわ」
「最初からそう言っておけばいいんだ」
ふっ、と優越の笑みを横に並んだ少女へと向けて、やがて洋服売り場へと到着。
桜井は俺に「少し待ってて」と声をかけると、足早に服の群れの中へと消えていった。
「どんな服を持ってくるつもりだ?」
さすがに万単位の服は購入できない。千円単位のものをバラバラ持ってきてくれたほうが正直に言うと家計にも俺にも優しいので助かる。
腕を組んで待つこと数分、二着。同じ色で同じガラのものを持ってきて、俺へ差し出した。
「これにするわ。着て帰るから」
「……」
特にガラを注視することなく、ちらりと値段をチェック。合計で一万千六百円と消費税。……まあ、良しとしよう。
その後に桜井は、試着室を使って服を着替えてきた。これは五分ほどの時間で済ませてきたため、それほど待ったという感覚はない。
出てきた桜井の姿を一言で表すならば。凄く似合っている。先ほどの親のお下がり以上にしっかりしていると言えよう。
水色の水玉模様の装飾が裾に施された、半袖のワンピースだ。長いスカート丈は決して歩きづらいものではなく、しっかりと下へ伸びるにつれてスカートが広くなっている。
「じゃ、上に行くか」
一頻り様子を見た後で、ようやく本来の目的を果たそうとしていた。
現在の時刻は二時過ぎだ。今日の散策はこのビルの上での一望で全てが終わるだろう。俺は今日一日を感慨深く思い、エレベーターを使わず、自然と二人で屋上への階段を一段一段踏みしめて登っていく。
今日はそれなりに有意義だったと思う。思えばここ数年、誰かと出かけたことすらなかった。稀に友人と遊ぶことはあったが、こうして当てもなく歩き回ったのは、本当に久しぶりだ。
俺は、どことなく楽しんでいたのかもしれない。ここにきて今日、これから帰るのは少し名残惜しい。
「今日はありがとう」
不意に、あいつから聞こえた言葉だった。
初めて会った時に見せた冷たい雰囲気でもなければ、今朝から見せた厭に神妙な口調でもなく。本当に素で彼女は、そう言っていた。
俺は一つだけ頷いて、
「ああ。また今度、俺が生きていたら俺の友達も誘ってどこかへ行こう」
そうして約束を、取り付けた。
そしてたった今、俺が抱えている最大の問題を提示した。能力者、“黒”、二種の異端者の存在。俺は改めて、自身が吐いた言葉によって実感する。——とんでもないことに巻き込まれてしまったのだ、と。 階段を登り続けていくこと早十数段。屋上の休憩場へと訪れた俺は、先に屋上へと飛び出していた桜井を見つめる。
「ようやく見られたわ、この街の全景」
「……そうか」
目的を果たし終えた。今日の為すべきことは、全て終えた。
——つまり。これから本格的に、俺は異常に巻き込まれていくのだろう。言ってみれば今日が、最後の平穏だと言える。否、昨日出会ったアレのせいで、俺の平穏は打ち砕かれた、というべきだろうか。
「意外といいところね、ここ」
「そういうもんか? 俺は長いことここに住んでいたから、良くわかんねえな」
素晴らしい環境でも、長い間そこにいれば。それは当たり前の環境なのだと、頭では感謝しようとしても体が勝手に順応してしまう。人間なんてそういうものなのだ。
だから彼女が“素晴らしい”と表現したこの街は、きっと俺にとっては当たり前でも、本当に良い環境なのだろう。生活にこそ恵まれなかったが、住んでいる場所は良かった、ということか。
何はともあれ。本当に、目前のことをどうにかしなければならない。
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