ダーク・ファンタジー小説

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【感想随時受付】罪、償い。 【第二章第四話part7up】
日時: 2013/08/07 17:03
名前: 鬨 (ID: UIQja7kt)

初めまして、鬨(とき)と申します。
此度私が投稿させて頂く物は、小学生高学年から中学生まで設定をしていたり、書き込んでいたものを実に六年ほどの年数を経て改善したものです。【小説家になろう】より移転したものであり、また当人であることをここに確認させて頂きます。
注意事項は特にございません。お目汚しになるやもしれませんが、精一杯書いていく所存ですので、皆様、どうか最後までお付き合い頂ければと思います。

追伸:コメントを頂ければそれだけで励みになります。飛び上がって喜びます。

第一章 紅の炎 >>36
第二章 二重の狩場 >>44

キャラ紹介
神無木来人 >>66
桜井明 >>67
>>68

コメントを頂いた方々
鈴月音久様【DISTANCE WORLD】
花様

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→@Ry_ipsf

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.11 )
日時: 2013/02/01 20:05
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

「————間に合うといいけど」
 地面を蹴り跳躍する。
 再び力を込めて、建築物の屋根に白い空気の波紋が広がる。気に入ってはいるこの藍色の長髪も、今となっては少し邪魔くさい。
「よし」
 もうすぐで追いつく。いつの間にか空も月が出かけている。あいつも随分と無理をして走り続けている。もしかしたらわたしに対して感覚が働いていて、余計に逃げているのかもしれない。だとしたら面倒だ。——少し、力を遮断して普通に追いかけてみようか。
「……ふっ」
 地面目掛けて四十五度、鋭く角を描いて飛び、自分でも賞賛したくなるほど軽やかな着地に成功する。
 なんというか、今まで能力に頼っていた分、ああして普通に走っているやつに追いつける自信がない。だけど確実性を求めるのなら、多少のリスクは必要だろう。そう、渋々と自分に言い聞かせて後を追い走る。

 ————気配は、更に近づいていく。

 どう過大評価しても、アレはわたしには及ばない。そもそも気配を移動しているときから思い切り漏らすような“黒”は三流、何度も言うが普通はしない。能力者ですらある程度力を抑えれば、身体能力に補正をかけても気配は消せるというのに……。
 わたしは念のためとしてこの方法を取っているが、本来なら必要のないぐらいだ。飽くまでも、あいつが感知系統の能力を目覚めさせかけているのだとしたらという仮定の上。わたしなら、身体能力だけに補正をかけながら気配を消すなんていうことは、普通にできる。
「それにしても、速いわね……」
 能力を完全に切った途端にこれだ。あいつはかなりの前方で息を切らしながらとはいえ、わたしよりだいぶ上な速度で走っている。
 死に物狂いとはこういうことだろう。後先はもうどうしようもなく、ただ全力で走るしかない。そうすることを強いられているあいつ。……けれど、すぐに詰む。“黒”が相手ともなれば、きっとあいつは殺される。
「……?」
 路地裏に走っていったかと思えば、あいつは突然動きを止めた。
 くつくつと何か笑い始めて、正直言うと気味が悪い。なにか自嘲じみたことを呟いているが、ここからでは上手く聞き取れない。——距離にして、およそ三十メートル。
 あいつの背中をじっと見つめ続けていたら————、それは現れた。
「————あれが、犯人……」
 まるで悪魔のような形だった。
 本来動物が妖怪じみた姿をしているか、人間の姿をしているものなのだ、“黒”とは。だというのに目の前のアレはなんだ。大した力もないくせして、残虐的な形状(フォルム)といい、ぼろ布のマントといい、真っ黒な肌といい、鋭利な爪、極めつけに禿げた額から伸びる赤い角。
 聖書に出てくる魔物に酷似したそいつは、あの少年を危険と表現して襲い掛かった。
「っ————!」
 咄嗟に後退したあいつの判断は正しい。日本刀を用いた戦闘方法ではあるが、如何せん距離が遠すぎた。漆黒色の日本刀は少年の胸だけを裂くに留まり、……第二撃。
 それもまた、偶然か実力かは知らない。だが転がって回避をするどころか、あいつは眼前の敵目掛けて鉄パイプで斬りかかるように反撃に出た。
「へぇ……」


 ————気に入った。

 無謀。蛮勇。勇気とは程遠い、どちらかといえば負の念に強いものではあるが、あいつは絶対に勝てないと自覚している相手であっても、自らの命を守るためならばと決死の覚悟で相手に挑んだ。
 絶対に諦めない、その姿勢。——あそこで諦めるならばそのまま殺されても仕方がないか、とどこか冷ややかな目線も送っていたが、十分だ。あれならば助けてやっても、いずれわたしにも見返りがあるかもしれない。
 まあ、元々新入りの能力者殺しという愚行も気に入らなかったし。余計に助けてやろうという気になった。
 再び少年へと迫る刃。——視認すると同時に、わたしは足に全ての力を込め一気に駆ける。
 やつは完全に遊びが入っている。今のあいつの太刀筋と比べれば、わたしがこの距離を埋めきるという行為のほうがよほど速い。
 あいつは目を閉じ、次に来るであろう痛みを堪えようとしていた。いいだろう、ならばその痛みも与えないことにしてやる。

 ————ギンッ!!

 奏でられる凄絶な金属音。わたしの耳にもキーン、と響く高音は、されど少年が未だ存命していることを立証した。
 わたしの手には、……わたしの能力である、氷。それを用いて形成した刃を持つ、普段は柄しかない短刀が握られている。今、行ったのは心臓へと迫った刃を、単純に弾き上げただけのこと。
 悪魔じみた“黒”は驚き、数歩退いた。今の切り上げで、一緒に腕の腱でも逝ったのか、耳障りな悲鳴をあげている。
「呆れた……」
 髪をかきあげ、ただ一言。
 完全に近づいた、今だからこそ分かる。本当に、——なんで今日、わたしがあいつを付回すまで何も起こらずに済んだのだろう。まったくもって不可解だ。
「運が無かったわね。今まで何もなかったのが不思議なぐらいよ、こんなに匂わせてれば消しに来るのが普通」
 まったく、本当に運がなかった。
 こんなに巨大で目立つ兆しを見せていれば、こうして異能の世界へと足を踏み入れざるを得なくなってしまう。そして目の前の怪物も、運がない。
 なにしろわたしが目をつけた相手に、危害を加えたのだから。——然るべき罰は受けてもらおう。
「なん、——……」
 背後ではこの、一般人から見れば奇妙奇天烈極まる状況に驚愕する少年の声。
 ……それも、当然か。なにしろこんな、自分とは今まで何の縁もない騒動に巻き込まれているのだから。
「お前は、一体……」
 ああ、まったく予想通りの言葉。納得もいく。
 何故わたしが自分を助けたのか。あんな見た目が化物なやつの攻撃を受け止めて、初撃で絶叫させた。そして感じたであろう冷気。聞きたいことは、山ほどあるだろう。
 だけど今は、そんな暇ではない。答えられる質問にだけ、簡潔に答えさせてもらうとしよう。

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.12 )
日時: 2013/02/01 20:08
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

「————能力者。あなたの同類よ」
「…………!?」
 “能力者”と自身や俺を呼称した少女は、幽鬼のようにゆらりと……しかし確実に、俺を殺そうとしていた異形へと向き直った。
 悪魔は舌打ちをすると大きく後ろへと飛び退き、しかし少女はそれを赦さず悪魔が退く以上の速度で倒すべき相手へと向かう。悪魔が突風ならば、少女は神風。悪魔もまた俺を殺そうとしていた時は、かなり遊びが入っていたと見える。野球選手の投球以上の瞬間速度で逃げる悪魔。
 同時に。瞠目すべきは、俺と同い年ほどの少女が、目の前であんな怪物を相手にして速度勝ちしているということ。
「ッ————マサカ、コンナトコロデ……!」
「さっきから聞いてれば、お喋りが過ぎるわ。呂律も回ってないし、聞き取るのが大変。だからいい加減、黙っていてもらえるかしら?」
 怪物の言葉を遮るように、徒手空拳で挑みかかる藍色。今になってようやく服装が分かった——あんな恐ろしい力を持っていながら、年齢相応。黒のロングスカートに、薄地の赤い上着。全身像が見えたのはこれが初めてだ。
 つまり、それだけ奴らは一瞬で距離を開けたということになる。人間技とは思えない……否、事実人間技ではないことを平然とやってのけるこいつらは、一体何者なのか。
 眼前の少女(あいつ)と同類と呼ばれた俺は、一体なんだというのか。
「はっ……!」
「コノ……!」
 状況は圧倒的に少女が有利だった。俺にはもはや何がなんだか目すら追いついていないが……どうやら刀を振り回しているらしい悪魔の攻撃を、全て紙一重で避けながら、一切の傷を負わず、じりじりと距離を詰めていく。
 時折硝子が割れるような音がして、二人の周囲には透明の結晶が散っていた。
「————なんだよ、これ……」
 理解が及ばない。なんだ、この状況は。
 常識では考えられないような場所に放り込まれてしまったというのか、俺は。確かに吸血事件だなんて、失踪事件だなんて常識では元々考えられるようなものではないが。——まさか、ここまで常軌を逸していたなんて。

 ————ガンッ、キンッ!

 目の前では……ようやく、目が馴染んできた。
 時折あいつは、柄しかない短剣
スチレット
の先に、信じ難いことだが透明の刃をつけて日本刀の攻撃を軽々と受け流している。しかも大半は、ただの身のこなしだけで、平然と。
 だから周囲に、透明の結晶——この冷気からして、氷が飛び散っているのか。俺はようやくこの状況に理解を示し、しかし同時に更なる疑問を呼んだ。

 ————本当にこいつらは、一体なにものなんだ。

 日本刀を街中で平然と振り回す悪魔。それを圧倒して余りある、短刀を持ち、冷気を操る少女。
 超常現象……不意に俺の頭を、陳腐な言葉が支配した。が、すぐさま脳内から追い払う。
 バカな。そんなことがあるはずがない。あってたまるものか。今まででそんなことは片鱗すら見てこなかったというのに。
「っ……」
 ここでようやく少女が苦悶の声を漏らした。いや、苛立ちか。
 見てみれば、どちらも傷らしい傷を負っていない。悪魔は攻撃範囲の広さ、少女は自慢の身軽さを駆使して、相手の攻撃を一切許さないでいる。悪魔の場所へは攻撃が届かず、少女には剣戟が一切掠ることすらない。
 実力は遥かに少女が上。だが、如何せん武器が悪すぎた。
「ヒャハハッ……ッ!!」
 悪魔の狂笑と同時に、少女の短剣が中空を舞う。俺が視認すらできないその一瞬の間に、短剣を弾き飛ばしたようだ。
 絶対的な隙——、武器を失ったあいつに、日本刀に対応する手段があるはずがない。いくら回避できるとはいえ、こんな異常者同士の戦いだ。秒単位の隙ですら致命的なタイムラグとして処理されてしまう。常識外の戦いの中、武器を拾いに行くという行動すらまともにできるはずがない。
「死ネェ……!」
 乱暴に振り回す、一縷の漆黒の光。
 されど————、
「はぁッ!」
 漆黒を受け止める、一対の光があった————!
「ギッ……?! ……弓使イ————ッ!」
 俺が、もうだめだ、と。情けなく目を閉じた次の瞬間だった。
 少女の左手には氷だけで出来たツララじみた刃が握られ、もう片方の手には冷気を纏った、西洋風の弓が握られていた。
 柄も、先まで、全て。こんなときに表し方が間抜けだが、まるで氷菓子のように鮮やかな水色をした弓。唯一黒い色を持つ弦からは、純白の冷気が立ち込めている。
 少女はこともあろうか、その一対の装備で刀による一閃を軽々と受け止めたのだ。
「舐めていルのか……弓使イのくせに、今までナイフを使っていただと……!」
「————……、」
 少女は答えず、弾丸のように疾駆する。
 再び交差する二人。俺の目の前で当然の如く繰り広げられる人智を越えた戦闘。
 闘いとは、互いに互いを殺し得る能力を持つ者同士の争いのことを言う。俺はさっき、ただ狩られる側だっただけで、アレを狩猟、若しくは殺戮という。そういった意味合いでも、目の前で行われている争いは、闘いと呼ぶに相応しかった。
 悪魔は実力が劣っている分、武器の範囲という利点を用いて少女を近づけさせなかった。対する少女は、完全に自身の力で押し続けている。悪魔からは、牽制以外の反撃を一切赦さず、ただ一歩一歩、死神が獲物へ迫るが如く相手へ近づいていく。
 何十合と打ち付けられた武器に、俺は見蕩れてしまっていたことに気づく。頭を左右に一度振り、今、自分がどのような状況に置かれているのかを思い出した。
 ……が、だとしても。アレは凄まじいの一言に尽きる。
 まるでよく出来た舞踊と音楽を同時に見せつけられているようだった。両者の動きはここにきて一切ブレることはなく、打ち付けられる武器達が奏でる高音は止むことがなく、むしろ更にテンポをあげていく。
「くっ……やりヅらい……!」
 達人と呼ぶべきだろう。
 両者は一歩も譲ることなく、ただ相手を絶命させることに重きを置いてひたすら“撃”を飛ばす。
「飛びなさい、鳥のように」
 ついに、戦局が動いた。
 少女は大振りな刀の一閃を、体を斜めにずらすだけで回避をして見せ、体をずらした遠心力を無駄にせず、手に握った氷の刃を手裏剣のように投擲する。
 悪魔は舌打ちをしながら刀でやってきた刃を叩き切る——が、下策だった。自分の一つしかない武器を、あんな用途に使うのは失敗だ。こちらにとっては有難いミスだが、俺がああいった身体能力を持ったのならば、あんな動きはしないだろう。
「————ごっ!?」
 無論、それを見逃す藍色の少女ではなかった。
 長髪が地面に擦れる程に体の上下を反転させ、宙返りをしながら顎へと見事にハイキックを決めていたのだ。飛べ、とはそういうことか。まるで翼が生えたかのように、弧を描いて高く空を舞う悪魔。やがては地面目掛けて、垂直に落下していくイメージが、俺の脳裏に浮かんだ。
「終わりよ」
 少女の右手には、再び冷気が収束していた。しかも今度は、地面から拾い上げた石を握っていたのだ。アレの周囲に氷の結晶を纏わせ、打ち出し、推進力や中に込められた石の分も追加した損傷を狙っているのだろう。
 地面目掛けて自由落下する悪魔の、着地予想地点。つまり、彼女の前方数メートルの地点目掛けて、照準を合わせる。片目を閉じ狙いを定める彼女は、弓射八節を一気に行っているかのような無駄のない上で、理に適った動きを以って、その刻
とき
を待つ。

 ————射撃。

 速すぎた“点”は、空中に蒼白い軌跡を描いて光線じみたものへと変化する。
 氷で形成された矢は、真っ直ぐ悪魔の体目掛けて走って行く。——ただ正確無比に、その先に存在する壁へと縫い付けるが如く。
「ぐっ、ぎゃぁああああ!?」
 二度目の絶叫。結果は語るまでもなかった。
 黒い布ごと悪魔の右肩を貫き、壁へと見事張り付けることに成功していた。どれほどの冷たさなのだろう、穿たれた右肩も一気に凍結し、突き刺さった壁も凍りつき、もはや一体と化していた。
「……!」
 だが。
 ———— 一気に、寒気が走った。
 こんな異常な状態を見慣れていない俺でも分かるほどの殺気。悪魔はじっと少女を見据え、未だに自由な左手に漆黒色をした光を集めていた。
 漆黒の、光。まるで白と黒、本来は有り得ぬ対極の存在。ソレが両立した背反、相克する矛盾。のど元までせり上がる胃液を、無理やり俺は胸を抑えて押しとどめた。
 ……アレが撃たれたら、少女は死ぬ。耐える、避ける、そんな問題ではない。水であるかのように周囲のありとあらゆる存在を吸収していくソレは、ある意味最初は芸術的な流れだった。だが、まるでソレは貪るかのよう。如何なる物も度が過ぎれば醜悪で、あの光も例に漏れることはなかった。
「————、……」

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.13 )
日時: 2013/02/01 20:13
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

 怪物がマントの懐からなにかを取り出すのと、少女が再び弓から矢を打ち出すのは同時のことだった。
 貫かれ、切断された左手は無残にも地面に転がり、緑色の血液を辺りに散らす。出来の悪いスプラッタシーンのようにも見える惨状を、再び何の反応もなく少女は見つめている。
 本当に手馴れているようだ。弓に再び矢を番えると、今度は心臓を狙っているのが見て取れた。
 転がった左手へと俺はすかさず視線を向けた。——何やら、蒼白い槍を握った手が、そこにはある。
「あんた自身は下っ端みたいだけど、随分な物を持たせてるじゃない。レプリカとはいえ、光神ルーの槍なんてね。自分の力を囮にして、わたしとそいつを始末しようって算段だったわけか。……それにしても、いくつか理解できない動きがあったけれど、あんたの後ろ————誰がいるのか吐いてもらうわ」
「ぎ、ぐぎぎ……ッ、キキキキ————!」
 もはや両腕を失った悪魔は、理性を失った暴徒と化し少女へ疾走する。
 既に会話を行うことすら出来なくなった相手を見つめ、溜息を吐く彼女は——向けていた矢を、一気に眉間へと照準を変えて解き放つ。
 断末魔はない。頭を砕かれては叫ぶという行為すら出来ないのだから。頭を穿たれ、眉間に黒穴を開けた怪物の即死した骸は、少女へ届くことなく地面へと転がった。それと同時に、突如としてその体は発火し、蒼白い炎に包まれて消えていく。
 ——光神ルーの槍、と呼ばれた槍もまた、その悪魔が消えると同時に姿を消す。本当に、消えた。存在そのものがなかったかのように、黒い粒子となって天へと昇った。
「……」
 なんだろう、この出来の悪い漫画じみた展開は。
 つい苦笑がこみ上げてくる。……本当に、なんだというのだ、これは。
 光神ルー? 始末? ……誰を? 俺と、あいつを?
 現実とは思えないような出来事が目の前で起こっている。だがこれも、現実——でなければ俺の体が、こんな痛みを訴えてくるはずがない。今朝からの行動全てが否定されてしまうだろう。
 俺の違和感というものは、間違ってはいなかった。今朝から感じていたざわざわとした感覚は、きっと目の前にいる少女や、あいつに殺された悪魔に対するものだったのだろう。そうだとしたら、全て辻褄が合う。
「お前……」
「ねえ、あなた。自分が今、どういう状況にあるか知りたくない?」

 ————願ってもないことだ。
 言葉を遮られたが、俺が聞こうとしていたことはそれだ。今、俺はどういうものに巻き込まれたのか。それが是非知りたい。
 一度だけ、静かに頷いた。
 俺の返答を見て満足げな表情を浮かべた彼女は、いつの間にか尻餅をついてへたり込んでいる俺の右手を掴み、やや強引に立たせた。
「単刀直入に言うけど。もうすぐあなたにも、さっきわたしやアイツがやって見せたようなことができるようになる。
 アンタが狙われたのはそれが原因。新しい同業者が増えるのを良しとしない連中に、アンタは始末されそうになってたわけ。わたしはそういうのが気に食わないから、割って入った。以上」
「————は?」
 ツマリドウイウコトナノ?
 俺が……あんな、ことが出来る、とは。どういうことなのだ。
 確かに少女は氷を顕現させ、悪魔も腕に光を集めていた。——ああいうことが、俺にも出来ると、言ったのか。
「待てよ。目の前で起きたコトだ、お前らがそういうコトができるっていうのは信用する。
 けどな、俺にそんなことが出来るだとか、出来そうだから殺されそうになったってのはどういう了見だ? もっと分かるように言え」
 俺の心の底からの問いを受け、少女は退屈そうに溜息を吐く。やっぱりか、という表情は、どこか苛立たせるものがあった。
「今までの統計よ。この辺りで最近、人がバタバタ死んでるでしょ? あれも何人かはそういう連中を狩ってるの。子供がいなくなっていることに関しては、何も分からないけどね」
「————……、」
 微かな違和感。
 子供が失踪しているような場所の近くに、偶然目覚めかけている能力者がいた? ……それが、何度も?
 だけど嘘を吐いているようにも見えない。そもそもこいつが、俺を騙して得られるメリットというのが現状にある判断材料の中にはない。……本当にそうだと言うのか。

 ————本当ニ認メルノカ。
 声が頭の中に木霊する。
 ここでこいつの言っていることを認めたら、それ即ち俺がこういった異常者と同類であるということも認めなくてはならない。——否定したい。
 だが、否定したところでまた逆に疑問が沸いてくる。今朝からあいつらに感じていた感覚はなんだったんだ。俺が“そういうもの”だと認めた場合、一気に謎が解けてくる。
 ……なら、きっと……そうなのだろう。
「俺は……、どうすればいいんだ」
 口を突いて、言葉が出た。
 そうだ。俺はどうやって生きていけばいいんだ。俺を殺そうとしてくる連中は、きっとこれからも出てくるだろう。だけど俺はまだ、あんな魔法みたいなことはできない。魔法みたいなことができるヤツと戦うには、同じ条件に立つか、核弾頭でも所持するしかないだろう。けど、後者は物理的にも経済的にも不可能だ。前者もどうやって力を得るかは、分からない。
「仕方ないから、しばらくはわたしが守っていてあげるわ。今回みたいな例は初めてだもの……強情よね、あなたの能力。たいてい命の危機に瀕すれば出てくるっていうのに、あんな土壇場でもわたしが出ないと死んでたんだから。
 む……乗りかかった船だから、アンタが自分で身を守れるようになるまではどうにかしてあげるって言ってるの。その代わり、ビシバシ鍛えてもやるからそのつもりでね……」
 言葉を聴いて吟味するごとに俺の顔は呆けたものになっていたのだろう。本当にわけがわからなくて、口をあんぐり開けていたら、不満そうな表情を浮かべてそいつはそんなことをヌかしていた。
 ————ああ、要するに。俺は自分で身を守れるようになるまで、女子に守られないといけない、どうしようもなくだっさい男に成り下がったままっていうわけだ。
 つい、溜息を漏らしてしまった。
「なあに、嫌なの」
「とんでもない。——その、能力? ……それが使えるようになりゃいいんだろ、要するに。だったらいいぜ、使えるようになってやるよ。
 俺もこんな、十六、七でくたばるなんざご免だ」
「……決まりね。じゃあ、わたしは失礼するわ」
 俺が意を決して相手へ思い切り言葉を投げかけると、再び満足げな笑みを浮かべた少女は踵を返す。
 ふと、俺は疑問に思ったことをその背中に放り投げる。
「どこへ行くんだ?」
 という問いに対してそいつは、
「気になる?」
 と、問いで返してきた。
「ふん。まさか」
「ふふ……なら、聞かないことね」
 なんとなく苛立って、不躾な言葉を投げ返してやった。
 するとあいつは、意味深な笑みを浮かべてそのままどこかへと歩いていき、夜の闇へと消えていった。……さて、なんとなーく嫌な予感がするのは、きっと俺だけではないはずだ。うん、文章を読んでいるお前もなんとなく読めただろ、おい。

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.14 )
日時: 2013/02/01 20:15
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

「……はぁ」
 あれからなんとか家に帰ってこれた。散々走らされて、体はぼろ雑巾みたいにくたびれている。疲れているし、ぼろぼろだ。二つの意味で……本当に、くたびれた。
 俺はもう、このパターンとなるとなんとなく読めている。——玄関の扉に鍵を差し込んで、回し、ゆっくりと戸を開けた。
 ………………ああ、やっぱり居間から電気の灯りが漏れてやがる。そういうパターンかよやっぱり。
「やっぱりいたか、お前。どっから入ってきやがった」
 扉を開けるなり、本当にいて、しかも食卓の座布団に座ってくつろいでいる藍色目掛けて声をかける。
 こちらを振り向くなり、「あ、バレてた? アンタの部屋の窓が開いてたからそこから入ってきた」なんてヌかすから余計に頭にきた。——親がいない家で良かったよ。居候フラグですね、本当にありがとうございました。そしてこれから俺が能力使えるようになるまで散々コキ使われるんですね、分かります。
 ————じゃねえよ、くそ。どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。
「なあ、まさかとは思うけどさ。…………」
「ええ。しばらくお邪魔させてもらうわ」
 ……だめだ、凄く死にたくなってきた。やっぱりあのとき殺されておけば良かったかな、なんて言うときっとこの藍色にアイツ以上に痛い方法で殺されるから絶対言ってはいけないな、うん。
 仕方がない。もう時計を見ると八時ぐらいだし、飯でも作ってやるか。
「あ、食事は冷蔵庫にあった材料、勝手に使ったけど作っておいたから。電子レンジで温めてどうぞ召し上がれ」
 ————ナンデスト。
 驚きと共にキッチン目掛けてダッシュ。家の中で走ると危ない、なんて言葉があいつから言われたけどここは俺の家だから知ったこっちゃない故スルーである。
 見てみると……八宝菜と、小さい鍋の中にはワンタンスープがあった。八宝菜は皿に盛り付けられて、しっかりとラップまでご丁寧に。
「……やるな」
 俺が呟くと、聞こえていたのだろうか。あいつは張るほどもない胸を偉そうにふんぞり返ってまで張っていた。
 なんか褒めてやるべきじゃなかった。なんとなく、本当になんとなくイライラする。
 ついでとばかりに、あいつは次に、とんでもないことを言ってくれた。
「この家、部屋が結構余ってるわね。二階のベッド以外何も置いてなかった部屋を使わせてもらうけど、いいでしょう? っていうかもう使わせてもらってるけど。この部屋からクッションと、和室にあった布団だけ借りさせてもらったから」
 家具の物色をしっかりしてくれちゃってるあいつは、挙句見事客間を引き当てている。頭が痛くなりそうだ。
「……分かった」
 だがそこまでやられたらもう、否定するにできないだろう。
 俺は深い溜息を吐いて、電子レンジにあいつが作ってくれた食事を放り込んで完成を待つ。

 ————チンッ。

 ささっと作ってもらった食事を元の温い状態に戻して、白米を盛り付け。
 そのままあいつの向かいに座る。
「……あ、そういえば名前」
 何かおかしいと思ったら、こいつの名前を聞いていなかった。こいつだとか、藍色だとか、アレだとかそれだとか色々言っていたが、なんて呼べばいいのかまったくもって検討がついていなかった。
 食事を始める前に、これだけははっきりさせておいたほうがいいだろう。
「神無木来人。お前は?」

「桜井明。ようやく名前を聞いてきたわね、あんた」

 ……ああ、面目ない。それは俺に非があったことを認めよう。
 気まずくなってそのままワンタンスープをスプーンですくって口に含み、一気に飲み込む。……旨い。独特なしょっぱさと辛さの入り混じった味が舌を包み、味は文句がない。多分、金を出してもいいぐらいだとは思う。出さないけど。
「明日から訓練は始めるわ。今日はわたしも疲れたから、これで失礼させてもらうわね」
「ああ。おやすみ」
 自分が作った食事の感想すら聞こうとせず、もうあいつの部屋と認めてしまった部屋へと向かっていった。……よほど疲れていたのだろう。能力とやらも、良いこと尽くめではないらしい。
 俺も今日は、ゆっくりと眠らせてもらおう。
 ————食後。恙無く風呂や明日の学校の準備、その他済ませなくてはならないこと諸々を済ませ、布団へと潜り込んだ。
 色々とあいつ——桜井に聞きたいことはあるが、あいつもあんなに疲れているのだ。ここで追い討ちをかけるように質問攻めにしても良くないだろう。
 ……そのまま、意識を闇の中に沈めていく。

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.15 )
日時: 2013/02/01 20:21
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

 其処はきっと、薄明時——最も昏いと言われる夜明け前の空よりも真っ黒だっただろう。俺は昨日とは対照的に、意識がありながらも何もない、放心的な目覚めをした。夢は……見なかった。
 起きた長後の眠気は何故かなかった。二度寝の誘惑も皆無で、焦点すら定まっていなかったはずの昨日とは、なにもかも正反対。時計を見れば、目覚まし時計が鳴る六分前。騒がしくなるのは嫌いなので、今日は前以てタイマーを切る。
「起きるっきゃないか……」
 そういえば昨日は、桜井に飯を作らせてしまった。今朝ぐらいは昼も作り置きしてから学校に行くとしようか。
 決めたとすれば話は早い。無造作に布団を蹴飛ばし、夏の陽射しが未だ当たらずやや冷え込む朝の空気を吸うために窓を開いた。
 鳥の囀ずりが、本音をいうと喧(やかま)しい。これもまた平和の象徴なのだろうなと、昨日の一件を思い返す。——本当に、外れた世界へと踏み込んでしまったらしい。有無を言わさず引きずり込まれた異端の世界とこちらを仕切る境界線の向こう。……尤も、女子が居候してるだけで十分異常だから、何を言っても今更無駄か。
「これだけ時間があれば軽い仕込みは余裕だな」
 俺は時計を見ながら一人で呟く。
 朝食はどうしたものかと思考する。せっかく時間が多くとも、材料が少ないか思考時間を増やしてしまうかしてしまうと、結局お粗末なトースト一枚になりかねない。
 ……和食でいいか。
 自分の得意分野は和食だ。他にネタもなさそうだし、今朝はそうするとしよう。
 階段をゆったり歩いて降りて居間へといけば、もうあいつも起きていた。食卓から離れたソファーにふんぞり反って、眠気に負けて重そうな瞼を擦る姿は、年相応らしい仕草だ。
 つい口元を緩めていると、俺に気付いた桜井は無愛想にムッとした表情で声をかけてきた。
「おはよう」
 表情の割には、声が柔らかい。眠気で苛立っているのか、昨日は気づかなかったけれど元々目付きが悪いのか。どちらにせよ俺にお怒りではない様子。
「おう、おはよう。すぐ飯の仕込み始めるから、少し待っててくれ」
「……ん。大丈夫、手伝うから」
「いや気にすんなよ。昨日はお前に作らせちまったからな」
 借りは借りだし、これからこいつはしばらく同居人。桜井ばかりに仕事を押し付けるのは良くないし、今まで独り暮らしをしてきたのだ。家事全般はそこらの学生より上手い自信があった。
 対する桜井も落ち着かないようで、唇に人差し指を当ててまだ回らない頭を必死に回転させて返す言葉を考えている。返事を急かすようなことをせず、次に桜井が口を開くのを待った。
「いえ。あなたを守ったり鍛えたりするとはいえ、それだけで宿を得られるなんて思うほど図々しくないつもりよ。昨日は強引にしてしまったけど、家事ぐらい任せてもらえないかしら」
 ——意外に良識人だったようだ。昨日の人を喰ったような飄々とした態度や、家具を物色していたある意味窃盗じみたことをした犯人と同一人物とは思えない言葉だった。ていうかお前、料理以外にも家事が出来るのだろうか。
 いくつか突っ込んだら良識人が昨日の能力者に早変わりしかねないため、言葉を飲み込んでおくのが正しいだろう。
「確かに飯は旨かったけどよ……なら分担にしないか。交代でなら俺も文句はない。
 あー……洗濯は互いに自分のもんだけでいいだろ。終わったら言ってくれればいい」
「……そう。それならわたしも遠慮せず、今日は楽をさせてもらうとするわ」
 これにて微笑ましい言い合いは終了。一度だけ頷いて、ようやくキッチンへと。
 さて……、とろろ芋にわかめと玉ねぎ、豆腐や油揚げを入れた味噌汁。鯖の塩焼き。冷蔵庫を見た中ではこれぐらいしかまともな食事になりそうなものはない。
 材料を前以てまな板の上へ広げてみる。……お湯を沸かして豆腐を切り、お湯が沸く前に魚を焼き始め……手順としてはこんなところだろう。慣れてはいるが我流なので、どれが正しい手順なのかは知ったことではない。味、見た目、衛生が保証されるなら問題はない。
「意外と手慣れてるわね」
 ひょっこりとキッチンに顔を出した桜井。俺はついニヤッと笑いながら今日の献立を告げた。俺の言葉を聞くなり、桜井は目を丸くして言った。
「あんた、前世は女だったんじゃないの」
 ——おいおい。
 何故和食を作ると宣言しただけで元は女子、などというレッテルを張られなければならないのか。いや女子が悪いということではなく、何を根拠にしたのか是非とも問いたい。
「まあいいわ。あなた、今日は学校を休みなさい。色々と言わないといけないことがあるし、あなたは狙われているんだから学校の人が巻き添えになりかねないから」
 ——言われてみれば、尤もな意見だ。
 昨日のように相手が一匹とは限らない。俺だけを狙うとも限らない。学校にいるであろう坂上や八神も巻き添えになったとしたら、間違いなく俺の責任。下手人はやつらだが、間接的とはいえ、俺があいつらを殺したといっても過言ではないだろう。
 そんなことは、嫌だ。俺という人間の人格が、思い切り否定している。なんとしてでも回避せねばならぬ最悪の事象なのだ、と。
「分かった。なら昼は……」
「昼はわたしが用意するわ。……それはそれとして、お魚が焼けたようだけど?」
 俺が考え込んでいる間に、随分と焼けてしまったようだ。桜井が言ってくれなければ今頃丸こげだったかもしれない。危ないところだった。
 桜井に右手だけあげて会釈をすると、再び黙り込んで調理を再開。いつもは少し雑な料理で済ませてしまうのだが、今日という日は俺の料理を初披露する日だ。どうしても少しは手を入れておきたかった。
 手早く芋や味噌汁も処理をして、あっという間に完成。桜井は調理をしている間に居間に戻ってしまったようだ。向こう側からテレビの音が聞こえる。
『——被害者はこれで六名となっており……』
『六年前の再来とまで……』
 盛り付けをしていた手が震えているのに気付いた。恐ろしいのではなく、……言葉に言い表せない混沌とした気持ち。許せないという気持ちもあるし、なにもできない無力さ、…俺が奴らに殺されれば少しはこの街も平穏になるのだろうか?
 頭の中を支配しかけた馬鹿馬鹿しい考えを、首を振って弾き出す。もし俺が死んだら、もっと生きたかっただろう家族達が浮かばれない。桜井が助けてくれた行為も無駄になる。
 神無木来人という一個の人間の命は、もはや俺だけのものではないのだ。
「できたぞ」
 一人で配膳も済ませるつもりだったのだが、声をかけたらわざわざ皿を取りに来た。本当に昨日のあいつと同一人物なのか疑いたくなるほど親切だ。
 調子が狂うというのが本音。
 桜井と俺でそれぞれ自分の分を食卓に並べた。
 ほかほかと湯気をあげる味噌汁や、脂の滴る魚が食欲をそそる。我ながらそれなりの出来だ。


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