ダーク・ファンタジー小説

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【感想随時受付】罪、償い。 【第二章第四話part7up】
日時: 2013/08/07 17:03
名前: 鬨 (ID: UIQja7kt)

初めまして、鬨(とき)と申します。
此度私が投稿させて頂く物は、小学生高学年から中学生まで設定をしていたり、書き込んでいたものを実に六年ほどの年数を経て改善したものです。【小説家になろう】より移転したものであり、また当人であることをここに確認させて頂きます。
注意事項は特にございません。お目汚しになるやもしれませんが、精一杯書いていく所存ですので、皆様、どうか最後までお付き合い頂ければと思います。

追伸:コメントを頂ければそれだけで励みになります。飛び上がって喜びます。

第一章 紅の炎 >>36
第二章 二重の狩場 >>44

キャラ紹介
神無木来人 >>66
桜井明 >>67
>>68

コメントを頂いた方々
鈴月音久様【DISTANCE WORLD】
花様

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→@Ry_ipsf

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.36 )
日時: 2013/02/05 22:34
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

第一章 紅の炎

初夏。吸血鬼事件が騒がれている赤井町で、家族を全員喪った以外は平凡な少年神無木来人は悪魔の姿をした化け物に突如襲われる。それを倒した桜井明と名乗る少女は、自分と来人は裏の世界の住人、『能力者』、即ち同類であることを告げる。

第一話 −月下の邂逅− >>1-4 >>6-7
第二話 −異形と少女と槍と弓− >>9-14
第三話 −紅の炎− >>15-21
第四話 −呼び声− >>22-24
第五話 −前夜− >>25-28
第六話 −目覚め− >>29-34
第一章 エピローグ >>35

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.37 )
日時: 2013/02/05 22:53
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

 大きな液晶画面が、にぎやかな朝に次々とニュースを告げる。例の吸血鬼の仕業ではと告げられる連続猟奇殺人は後を絶たず、必然的に以前は疑いの目を掛けられていた焔(ほむら)とその配下の異形の仕業ではなかったということが確定した。またその事実は自然、俺こと神無木来人に警戒を促した。
 今日の日付は七月六日金曜日。ほんのちょっと前まで俺は、こうした外れた世界とは無関係だった。
 無論“だった”、というからには過去形だ。二週間前のある日、俺は吸血鬼事件の犯人と思われていた怪物、違う世界の住人“黒(クロノス)”に襲われ、そこを桜井明(さくらいあかり)なる少女に救出された。その少女に言わせれば、自分たちは人間が能力を得た存在、即ち『能力者』であると告げた。
 その二日後だったか三日後だったか。兎に角それほど長くない時間の後、より強い能力を持った“黒”が俺達を襲撃した。それが先述した焔だった。
 危機的状況で俺が本当に異能に目覚め、焔と一騎打ちに末に辛勝を果たす。もちろん実力の差は歴然で本来ならば俺のような力を得たばかりの子供が勝てるような相手ではなく、精神的に動揺をしていたという理由があったのは俺も承知していることだ。
 なにしろ彼女も殺人を自分から犯していたのではない。彼女は弟を半ば人質に取られており、嫌々ながらだった、という。
 俺はこれで二つの約束を交わしたことになる。ひとつはその弟を一緒に探すということ。そしてもうひとつは、自身の記憶をほとんど無くした桜井の出自の手がかりを探すということだ。
「おはよう、来人」
「ん、おはよう」
 朝食の準備を台所でしていると、リビングから台所へ繋がる通路から藍色の少女桜井が左目を擦りながら姿を現した。一歩近づいてくるたびにふわりと甘い匂いがする……。シャンプーは同じ物を使っているはずだが、よもやここまで人の匂いとは変わるものなのか。いや、俺は自分の匂いに慣れていて気づかないだけだろうか。
 黄地に白色をした花柄のパジャマに包まれた体を窮屈そうに伸ばし、桜井は俺の作る朝食を覗き込んだ。今朝の食事はトースト、目玉焼き、ベーコン、サラダである。俺と焔は和食派なのだが、昨日の朝食が和風だったため今日は桜井のためにもと洋食を用意したのだ。
 輝くような黄色と白色をした目玉焼きを見るなり、花が開くように桜井は顔を綻ばせた。この表情から察するに、もしや卵が好物なのだろうか。
 そのようにためしすがめつというべきか、疑問的な俺の視線に気づいたらしく桜井はすぐに仏頂面へ顔を張り替えて、そっぽを向いて別の言葉を吐く。
「能力、調子はどう?」
「いまのところ、剣は自由に出せるようになった。けど、あの日使った炎の能力はまだ自由にとはいかないな」
 あの日。
 焔との闘いの最中に力を解放した俺の中から現れた武器は、剣だった。何の変哲もない、黒い鍔と柄に白銀の刃を持った無骨な騎士剣。自分の能力すらわからず立ち向かい、なんとかギリギリの勝負を繰り広げ——途中で、炎の能力を発現させた。
 『能力者』は基本的に普段は一般人となんら変わらない。身体能力も人それぞれだし、視力が悪いヤツや耳が遠いヤツだっている。能力を扱う者は、常に精神力と肉体エネルギーを消費することになるが、肉体の基礎スペックを任意の幅で向上させることができるという。事実として、俺もあの日はとんでもないスピードで剣を振り回したり、数メートルの高さまで飛び上がったりはした。その程度ならば能力を持つ者なら誰だってできる。問題はその先、固有の能力の駆使、である。
 例の一日に自分や桜井のピンチに、それでも諦めない、そう決意したと同時に現れた炎の能力は、なかなか自由に扱われることを善しとしない。あれから何度か桜井や焔と模擬戦を修行として行わせてもらったが、一度として炎の力が表に出てくることはなかった。他にも俺は自覚がないのだが、一度だけ意識がトんだ状態で焔と闘ったことがあり、その際には青白い光を剣から放出したという。……正直、俄かには信じがたい。
「次の課題は、ソレを自由に扱えるようになることね。あと焔の“焔来(えんらい)”を簡単に引き裂いた、例のビームよ」
「……」
 それだけ言い終えると桜井は居間(リビング)へと戻って行った。まるで言いたいコトはもうこれだけだ、最初から料理になんて興味もなかったのだ、と言わんばかりに。
 まったく、素直じゃないやつだ。
 俺はつい微笑を漏らす。いまになってもあいつが俺をこんな外れた世界へ引き込んだとはとても信じられないぐらい、年相応の少女なのだと思った。
 時間にもまだだいぶ余裕がある。せっかくだし喜んでくれるのなら、もう少し付け合せを作ってみるのもいいだろう。
「来人くん、おはようございますー」
「おう、おはよ」
 桜井とは対象的だ。にっこりと笑顔を浮かべ、焔は一声だけ俺にかけてそそくさと居間へと戻っていってしまった。
 最近、どういうわけか連中は深夜アニメを録画して、翌日の朝に見るのが習慣になっている。特にはまっているのが、MSBCというもの。たぶん二人してそれを視聴しにいったのだろう。
 内容としては随分と珍しいものだ。元々女子のような特技を持つ少年が、朝起きたら少女になっていた。学校に行けば、ネットの知り合い達がそれぞれその作中で存在する架空のアニメキャラそっくりの容姿でありながら、性格がそのままの状態で屯していたり、魔法を駆使して世界の異常を突き止めて解決していったりする……というものらしい。
 らしい、というのにはもちろん理由があり、俺は興味も時間もなく、毎朝こうして食事を作っているのだが、俺が食事を運び終えると大抵Bパートまで話は進んでおり、Aパートの内容を俺に切々と焔が語ってくる。……つまり人、正確には“黒”から聞いた内容なので、正しいかどうかは不明瞭なのである。
 Bパートは一緒に偶然見ることがあるのだが、Bパートと説明の中のAパートは辻褄が合うため、恐らく全て本当だが。
 しかし女のようなことをできる少年が少女になり、外れた世界に挑む……というのはなかなか話を聞いていてゾッとしない。女のようなことをできる、そして外れた世界に挑む、なんていう二つの出来事が俺の人生と共通しているからだ。有り得ないとは思うが、性転換の能力なんていうふざけたものを俺に吹っかけるヤツがそのうち出てくるのではなかろうか。
「……うっげ」
 不意に気持ち悪くなって、俺は首を左右に振った。集中、集中。雑念がこもってしまっては飯(めし)もまずくなる。料理人はしっかりと料理に打ち込むべきだ。
 それに随分と理不尽な話ではあるが、俺の予想は後々に本当に実現しかねないということが判明した。以前の名前すら知らない頃の桜井が当然のような顔をして居候を始めたこと然り、焔が住み着いたこと然り。俺はもう先々のことを予想しないことがベストだ。故に思考停止、料理に専念。
 絶対に。何がっても。どんなことがあっても。性転換能力を持ったたわけが俺の前に現れることはない。あってたまるか。
 じゅうじゅうと音を立てて最後の一品が完成する頃、リビングでは二人して感嘆の声が聞こえてきた。今朝も、やっぱり騒がしい。
 ピンポーン。
 そんな“いつも通りの朝”を粉々に粉砕していったのは、我が家で聞きなれたインターホンだった。料理中にタイミングが悪い、と軽く舌打ちしながら俺はリビングにあるモニタへと視線を移した。

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.38 )
日時: 2013/02/05 22:57
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

 このモニタ、電話の受話器のような機械がぶらさがっており、ここから外の来訪者と軽いビデオ通話ができるのだ。補足すると、相手の顔が見えるのは中にいてモニタを確認できるこちら側のみである。
 映り込んだのは、……眼鏡をかけた俺と同じ、しかし逆立ってはおらず、むしろ自由に伸ばされた高身長の少年。俺の級友にして旧友、八神光一の姿だった。服装は……何の変哲もない、ツメ入り黒学ランだ。
「らーいーとくん、あーそーぼー」
 その少年の顔を押しのけ——ぐげっ、という奇怪な悲鳴を俺は聞き逃さなかった——強引にモニタの投影範囲に入り込んだ茶髪天然パーマの少女、坂上鏡花がにっこりと笑みを浮かべながら声を出してきた。ちなみにこちらも我が校の指定制服。ブレザーにスカートというオーソドックスな格好。
 ちらり。
 時計を見ると、まだ学校へ出る時間ではない。断じて、そのような時間帯ではない。が、彼ら二人は学校でもそれなりに名の通る“真面目クン”どもだ。……で、長年の付き合いの勘から言わせてもらうと、きっとこいつらは待っているのだ。誰が遊ぶか、という典型的な突っ込みを。
 だから俺は静観どころか無視することにした。この、数年友人を続けていてようやく把握できたようなできないような性格の友人を。にこりという笑顔を——連中には見えないだろうが——モニターに向けて、即座に受話器もどきをモニターの横に叩き付けて収納した。
「ほら、桜井、焔、食うぞ」
「ええ。それはいいけど……いいのかしら、お客さんでしょう?」
「気にするな。いいな、無視しろ」
「おーい来人くーん!!」
 バンバンバンバンッ。バンバンバンバンッ。
 あいつらは本当に生徒会役員の一員なのだろうか。非常識にも鬼気迫るというべき勢いで玄関の扉を何度も何度も叩き始めたのだ。力加減に若干の遠慮があるあたり、俺を呼んでいるのが坂上で、扉をたたいているのは八神だ。
 しばらく無視を続けていたら諦めたのだろうか。扉を叩く音は次第に止み始め、それに同調するように桜井と焔はすまし顔で食事を続けている。いずれにせよ、俺にとってこの状況は気が気ではない。
 次第に、今度はカチャリ、カチャリ、という数日前から何度も聞く剣の鍔鳴りにも似た音が玄関から聞こえるようになってきた。少しずつそれはペースを速めている。俺の予想からすると、あれは何か——この場合は扉——の鍵を開けようとしている音。
 不意に俺の脳内で、もうこの数週間で何度目かわからない警報が鳴り始めた。
 待て、あいつらはいまなにをしている? この奇妙な音はなんだ。予想はしてはいるが、やはり何なのかは真偽不明。
 記憶の中でモノクロに染まった光景。数年前に妹や兄と見ていたドラマで、鉄の小さな棒を突っ込んで、鍵を無理やり開けようとしているシーンがあった気がする。確かあれは、ぴ……、……ぴっきん、……そうだ、ピッキングだ。まさかあいつらはそれを実際にやろうとしているのではないか?
 だとしたらマズい。マズすぎる。何がマズいって、この状況だ。
 鬼神のような勢いで俺は首ごと目線を焔と桜井に向ける。両者ともそれぞれが違った反応をし、桜井は「な、なによ……」と口を尖らせ、焔は「そんなに熱く見つめないで下さいよぉ」と笑みを深めている。ええい、こいつらは馬鹿か、馬鹿なのか。特に焔はうざったいので殴り倒したくなってきた。もちろんそんなことをするほど俺も野蛮ではないが。
 ——意は、決した。
「隠れろ、桜井、焔! いますぐにだ!」
 ガチャガチャンッ。
 いまもなお続けられているであろうピッキングは音からしてすでに八割がた終了していると見るべきだ。俺の人生でこれほどに急いだことはあるだろうか、能力に目覚めた“あの夜”に勝るとも劣らない勢いで二人の赤と蒼を急き立てて、それでも遅いと判断した俺は後ろから焔の腹部を抱きかかえ、どこにそんな力があったのかもう片方の手で桜井も掴み上げた。
「ちょっ、馬鹿、離しなさい!」
「いま幸せです」
「あぁぁあッ、うるさい! おまえら少しは静かにしろ! 押入れにでもいってろ!」
 押入れを足で開き、焔を下の押入れに、桜井はさらに抱きあげて上の押入れに放り込んでやった。前者は名残惜しそうにこちらに何度も目配せをし、後者はもう自棄になったか顔を真っ赤にして黙り込み、押入れの中では膝を折り腕に抱えて座り始めた。
 そうだ。……そこでおとなしくしていろ。
 珍しく自覚できるほど邪悪な笑みを浮かべながら、俺はついぞピッキングが成功し開かれてしまった玄関の扉。この際、パンドラの箱の蓋とも称すべき重々しい鉄の塊の方向へと視線を移す。
 笑顔が、怖い。
 俺が抱いた印象はそんなものだ。満面の笑みを浮かべている坂上と、その横で引きつった顔をしている八神はきっと、内心の状況もきっと対照的だ。そして自分の表情とは矛盾した感情を、坂上は抱いていると俺は確信した。……心なしか坂上の笑顔の周りには黒い光が漂っている気がする。おそらく、いやきっと、絶対に、坂上鏡花という少女の琴線に触れてしまった。
 このままではマズい。下手を打てば……いや、もう十分下手を打っているのだが、これ以上彼女になにか無礼を働けば、その瞬間に俺という存在が社会から抹殺されかねない気がした。
 俺は二週間ぶりに死を予感した。それも肉体的死ではなく、突然の理不尽なる社会的な死を。これは嘗ての俺の人生では決して経験し得ない危機感であり、おそらく肉体的な死と生、危ういバランスの上を綱渡りさせられている俺達能力者にとっても、社会的な死とは非常にレアな経験ではないのだろうか。
 無論、そのような死を経験するつもりはない。できれば回避したいところだ。否、絶対に回避してみせる。そのようなギャグ補正がかかった運命など、絶対に覆してやる。
「来人くーん?」
「あ、はい……」
 鬼だ。魔女だ。
 とにかくそういった表現がぴたしと当てはまる。漆黒の笑みを浮かべる少女は靴を脱いで、一歩、また一歩、和室からリビングの食卓に一人でついているように高速で演出した俺の下へ、ずかずかと近づいてくる。この際、勝手に人の家へあがりこんだとか、人の家の玄関をピッキングしたとかいう倫理的突込みはしないでおく。これ以上口答えをすると、百パーセント殺されるという確信が俺にはあったのだ。
 むんず、と。俺の襟を掴み、冷徹な笑みを更に坂上は深める。時を同じくして、俺のこめかみから一滴の冷や汗が頬へ、顎へと伝っていく。
「どうして友達を無視して締め出すようなことをするのかなあ。傷ついたよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、まあ坂上さん、そう怒らないで。来人くんも反省をし——」
「八神くんちょっと静かにしててね?」
「……はい」
 助け舟を出そうとした八神も、即座に魔神坂上に笑顔で封殺される。
 ————笑顔で脅迫しながら襟元を掴む人を、一般的には友達とは呼びません。
 一瞬、ほんの一瞬だけ。俺の心中でそんな呟きが聞こえた気がした。もちろんキャラクターボイスとしてあてられるのは俺自身の声だ。
 そんなしっちゃかめっちゃかな俺の思考を知ってか知らずか、坂上は眉を潜めさらに心臓へ刺さった剣をズブズブと深く差し込んでくる。——無論、比喩だ。この状況下で坂上はそれぐらいのことをしそうだ、という諸君らから与えられるであろう友人への、せめてもの名誉の保護である。
「おかしいなあ。この部屋、来人くんとは違う人の匂いがするよ?」
 ……然り。貴女様の鼻は決して狂っていませんよ、確かにわたくしめの部屋にはここのところ常に二人の、認めるのは少し業腹だが、美少女と美人が一人ずつ揃っています。決して間違いを犯さないのは、俺が健全な理性を持っている証拠だ。誰か褒めて欲しい。
 これにはさしもの八神も苦笑をし、“そうなのかい?”と視線で語ってくる。その眼は俺を信じてくれている者の眼だが、すまない、八神。俺はいまからお前たちに嘘を吐く。
「へ、へえ。でもそりゃお前らがいるからじゃねえのか?」
「ううん。違うの。……だって、女の子みたいな甘い匂いが、二つ」
「……こええよおまえ」
 ヤンデレの素質でもあるのだろうか、この幼馴染は。だがこいつのルートを開拓した覚えはない。俺の人生にそのようなラプソディーなど存在し得ない。確かに俺は先ほどまで女子二人と戯れてはいたが、だからといってこいつにとやかく言われる筋合いはない。
 だから、俺は飽くまでも反抗をするのだ。
「ほら、それで今日は何の用事だよ」
「ああ、そうだった。この前は置いて行ってしまったからね、迎えにきたんだけど来人が無視するし……いや、僕はやめようっていったんだけど」
「……えへ」
「えへじゃねえよなにピッキングしてんだ」
 軽く拳骨を作って小突きながら坂上に突っ込みを入れる。
 しかしそういうことなら締め出すのは悪かったかもしれない。いや、でもまだ朝食を摂っていないのだが。とりあえず外で待っててもらうのも悪いし、かといってあいつらと一緒に食べていた朝食を放置するのも忍びない。さて、どうするべきだろうか。

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.39 )
日時: 2013/02/05 22:57
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)


「それでさ。良かったら今日、一緒に学校行かないかな?」
「急かすのはよくないよ坂上さん。ほら、まだ来人は食事を摂る前だったみたいじゃないか。……あれ、でもおかしいな。なんで三人分も食事が用意してあるんだい?」
 ふざけるな八神。
 フォローを入れたと思ったらむしろ逆に痛い所をついてどん底にまで叩き落してくれたこの委員長を、俺は許さない。絶対にだ。
 しかし、坂上は目を輝かせ、両腕を組みながら顔を近づけてくる。想像していたものとは違う、やや斜め上な質問が俺へと投げかけられる。
「ほんとだ! もしかして来人くん、あたしたち来るの気づいてた?」
「え!? あ、ああ、そうなんだよ。はははは」
 ————その言葉を言った途端。押入れのほうから二つドカンッ、ドカンッと床か壁を殴るような音が聞こえてきた。
「ん? なんだい、いまの音」
「もしかして来人くん、女の子を家に連れ込んでたりしてー」
 おかげさまで要らぬ疑いをかけられてしまったではないか。坂上の指摘は的中しているだけあって、途轍もなく押入れに突っ込んでおいた二人がいまは憎たらしい。……しかし、気持ちはわかる。すまない桜井、焔。お前たちの食事は犠牲となったのだ……。ちゃんとこいつらを家から放り出した後、しっかり食わせてやるから待っていて欲しい。
「まさかそんなわけねえだろ。はははっ」
 驚くほどに渇いた笑いをしてしまった。坂上は怪訝そうな瞳で俺を見つめてくる。
 やばい。これは誤魔化しきれないかもしれない。ここまでの展開からしてもだいぶ無理がある。誤魔化しに誤魔化しを重ねていつ話に矛盾ができてもおかしくはなく、成績だけでなく本当の意味で頭の良い二人だ。いつ核心を突いてきてもいいように、更なる誤魔化しを二十通りは用意しておかなければならない。
「そうだよ。来人はへたれだからね、そんなことできっこないよ」
 と思いきや、今度は八神がまた助け舟を出してくれた。心なしか凄まじく馬鹿にされた気がするが、それはこの際不問としておく。
「いや、でも僕達は食事を終えてしまったんだ。気持ちは嬉しいけど、遠慮しておくよ」
「うん。後でお昼ご飯をご一緒させてもらうから、そのときにちょっともらえるかな?」
 良かったな、焔、桜井。お前たちの食事は無事だ。
「了解。じゃあ俺はまだ飯食ってねえから、また後で学校でってことで」
 出来る限り不自然のない笑みを作って、手をひらひらと振って軽い挨拶をする。
「わかった。ごめんねー、なんか押しかけちゃって」
「まったくだよ坂上さん。何もピッキングすることなんてなかったじゃないか」
 二人揃って笑いながら笑えない掛け合いをしているが、まったくもって俺にとっては笑い事ではない。ピッキングをすると、確か中の鍵穴が少し傷ついて馬鹿になるという話を聞いた覚えがある。間違いかもしれないが、そういった可能性がある以上、次は遠慮してもらいたいものだ。安全神話崩壊、犯罪大国日本。
「じゃあ来人、お邪魔しました」
「お邪魔しましたー! じゃあまた学校でねーっ!」
 そう言うなり居間から出て行く坂上、そしてやや遅れた八神。……一瞬、冷たい目を壁越しにどこかへ向けた気がする——いや、……気のせいなのだろうか。
「ここのところ物騒だから、気をつけてね」
 しかし、八神はいつもの笑顔を浮かべて俺へ注意を促した。
 手を振って立ち去る八神を見つめて、俺は考えすぎか見間違いだ、と思うことにして手を振った。玄関の扉が重々しく、ガチャン、という音を立てて閉まるのは、ほんの数秒後のことだった。——と、次の瞬間。
「あの女の子とはどういう関係ですか、来人くん?」
「え」
 後ろから声を掛けられた。
 振り返ると坂上もかくや。にこにこと眼が一切笑っていない微笑みを浮かべながら焔は俺へ質問をしてきたのだ。もしかして、腹黒というのは伝染する病気なのではないか、と数瞬だけだが俺は疑った。しかし焔の背景にはかつて俺を丸焼きにして切り刻んでこの世から消滅させようとした前科があるので、よくよく考えればこれは然しておかしいことでもなんでもなかった。いや、いままで俺にべたべたとくっついてきたことのほうこそが、おかしいことなのだと理解せざるを得ない。
「小学生の頃からの友達だよ。ていうかたぶん俺よりあいつ……さっきの男子のほう、八神とのほうが俺もあいつも仲いいぞ」
「……あんた、まさか……」
 今度は桜井が俺のことを不安げな瞳で見つめている。痛々しいまでに“信じてるからね……?”と告げるその藍色の瞳に——しかし、僅かなる疑念。即ち、俺が男の方が好きなのではという疑いを抱いているのは一目瞭然だった。
 その日。
 赤と藍。女性と少女は揃って朝食を抜かれることになった。

「……くっ」
「調子に乗りすぎました……」
 ——というのはさすがに可哀相なので、色々と“説教”をさせてもらった。簡略化させてもらうと、あんまり調子に乗ると飯も食材も全部隠すからな、とか、いっそのことおまえらの部屋を屋根裏の狭い部屋に変えるぞ、とか、まあその程度のものだ。あとトドメとして使わせてもらったのが、テレビのコンセントを抜いて隠すぞ、というもの。前者二つは誰だろうと嫌だろうし、残りの最後のひとつは、テレビを事実上禁止してしまうと、彼女らが楽しみに録画しているアニメが見れなくなるということになる。
 予想以上に反省したと見える二人に再度改めて食事を与えると、俺はようやくワイシャツに粗い布の夏服。衣替えも始まったため学生服はだいぶ様変わりする。これから数日の間は、夏服を着た生徒と冬服を着た生徒が入り乱れた通学路になるだろう。ここのところ気温も暖かいため、しばらくすれば寒がりなヤツも夏服に移行すると思われるが。
 玄関にまで歩いて靴を履きながら、俺は居間でくつろぐ二人へ声を投げる。
「じゃあいってくるぜ。出かけてもいいけど、鍵はしっかり閉めろよ」
「はーい、いってらっしゃいませー!」
「……いってらっしゃい」
 焔は玄関まで出てきて、桜井は廊下の奥からこっそりと顔だけ出してというこれもまた反対というか、なんというか……と、そのような観察はさておいて、それぞれの方法での見送りを背に受けて、俺は学校へと歩き出した。二週間前と同じく、朝ですら通勤通学を行う人々以外は外出を控えている、朝の雑踏という“当たり前”はそこにはない。それが始まったであろう時期の、更に一週間前ほどであれば、犬の散歩をしている名前も知らない老夫婦とよく挨拶をしながらすれ違った覚えがある。いつの日からか、その老夫婦の姿も見かけなくなってしまった。
 そして——、“あの夜”に感じた危険から遠ざかることを促すような、粘つくような。好奇心と警戒が入り乱れたようなその気配も、あれから一度として感じることはなかった。

Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.40 )
日時: 2013/02/05 23:05
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)



  *  *  *  *


 人間とは慣れる生き物だ。
 神無木来人……——つまり俺はふとそんなことを思った。
 空は透き通るような、という使い古された言葉が相応しいほどに雲ひとつない晴天、よって遮るものなどなにひとつない朝日を受けながら、ひとりいつも通りの通学路を歩いている。もうすぐ夏真っ盛りの時期に差し掛かる時期で、朝日ですら肌を刺すように錯覚するほどの気温にややうんざりしながら通学路である歩道のアスファルトに視線を落とし、ほう、と小さく息を吐く。
 二週間。
 それほどの時間を俺は彼女らと過ごして、はたして俺の人生は大きく変わった。自分が知らない、マフィアだとかギャングだとかそういったものとは違った、本当の意味での“世界の裏側”へ序盤こそ勢いよく、中盤である鍛錬を始めてしり込みはじめ、しかし自分を救ってくれた少女の窮地に飛び込んで、ついぞ俺もまた“裏側の住人”と化したのだ。毎日激流のように父の——現在は桜井と焔の兼用として貸し出されている——パソコンへ保存されていく焔の弟に関する情報を読んで分析したり、桜井に能力の運用方法と基本的体捌きを叩き込まれたり、焔に刀剣類の扱いを教え込まれたりすることは、以前の俺であれば決してありえないことだった。そして俺は、二週間という短い時間で慣れ、それが当然のことにかりかけていることに、我ながら驚かざるを得ない。
 二週間以前の俺であれば有り得ない、と断じてきたような事が、現実として存在している。友達と胸を張って言える八神と坂上がいてなんとか表面上は普通の高校生として生きてきた俺だが、妙にところどころ歪んだ性格をしているのは俺も自覚している。だが、その歪みが、凍りついたような気持ちが、あいつらといると少しずつ元の俺のそれへと戻っていくような気がするのだ。
 こうしていると、未来も明るい日々が続いていくのだろうか、という期待が募る一方で、それもまた簡単に消えてしまうのではないかという不安を覚え、少し前までの俺がずっと味わっていながらやせ我慢を続けていた孤独もまた思い返される。
 当時、神無木来人はごく一般的な家庭で二人目の男子として生まれその下に妹を持つ三人兄弟、両親を含め五人家族として生活していた。最初に俺の前から姿を消したのは父親で、俺が小学一年生の時だ。名は神無木嶺(かんなぎれい)。俺と比べるととても真っ直ぐな人で、何かで怒鳴るようなことはせず、理不尽なことも言わず温厚で、だけどところどころヌけている節があったと記憶している。母である神無木仁美(ひとみ)はそんな父とぴったりで、はきはきとしながら同じくのんびりした性格、だがどちらかというと突っ込み役に回ることが多かった。なるほどこうしてみると、焔達と接している俺のことを考えるに母親に似たのだろう。しかし俺達兄弟の前から二人が永遠に姿を消すと、それまでやんちゃ盛りだった当時小学三年生の兄、蓮(れん)は一気に子供とは思えないほどしっかりとした性格を形成し、四年間俺達家族を守り通し——また、姿を消した。最後に残された俺と妹の奈央(なお)はそれでも懸命に生き、しかしいままでの順番に従うことなく、三年前に俺を残して交通事故で奈央が死んだ。
 なにがいけなかったのだろう? 去年まで何度も考え、しかし答えは一度として出ることのなかった自問自答。いつしか俺は考えることをやめ、退屈で孤独な日常を歩んできた。そう、それもまたひとつの“慣れ”の形だ。
 そして——、俺のお世辞にも悲劇ではないと擁護することのできない数年間によって得た“慣れ”を、この二週間の“慣れ”はあっさり覆してみせたのだ。俺を残して人生を全(まっと)うできなかった家族の分まで生き抜くと、気持ちを更に強くして再スタートを切った。
 表面的にはいつもあいつらを常識はずれだと注意しているが、内心俺はとても感謝していた。そして羨望と憧れを抱いてすらいる。——これほどまでに鮮明(クリア)に、自分の生という漠然とした命題に挑む彼女らを。かつてはどこかに自分だけが残ってしまった、どうにかして守ることは、せめて代わることはできなかったのかと胸中に渦巻いていた罪悪感に押し潰されるばかりであった俺とは違い、自分なりのやり方で焔は弟を救おうとしていた。——そのやり方が間違っていると止めたのは、紛れもない俺自身だったが。きっとあの“弟のためだ”という言葉を聴いたとき、俺はこう思ったのだろう。
 ————“こいつには、失敗して欲しくないんだ”、と。
 無論それは桜井に対しても同じだ。自分の名前と能力に関することしか覚えていないという記憶皆無の少女が、それでも自分を見失わずに過去の自分を探し出そうと必死にもがいている。その断固として自分を見失わない真っ直ぐな在り方は、包み隠す必要もないのではっきり言おう、美しいとすら思う。いままで自分がなにをすればいいのか、それ以外は後悔ばかりの、薄汚れた自分とはまるで違ったのだから。
 まったく。
 俺はつい笑みを零した。繰り返すことになるが、十年弱の時間がたった二週間の輝くような日々で簡単に覆されるなんて、思ってもみなかった。俺は連中との生活を、間違いなく楽しんでいるのだろう。
 故に、俺は思った。再び焔と同じ、もしくはそれ以上の力を持った障壁が立ちはだかろうと、あいつらとの約束を守りきってみせるんだと。
 刹那。
 雨の日、電柱に近づくと稀に聞こえる電気が漏れるようなビリビリという音。限りなくそれに近い……というか、そのものといっても過言ではないほどに“弾ける”ような音が背後から聞こえた。俺は咄嗟に腕を一振りし、自らの精神世界より——以前、焔と闘った時に用いた漆黒と白銀の色をした騎士剣をどこからともなく引きずり出す。それにやや遅れて凄まじい殺気が背を襲い、俺は振り返りざまに直感とあてずっぽうで剣を片手で斜めに切下ろす。もちろん、人が近くにいないということは確認済みだ。

 ゴ——ン。

 除夜の鐘にも似た鈍い鉄音が俺と“そいつ”のいる空間を支配する。
 最初に目に入ったのは、砂金のように透き通り、輝く黄金の頭髪だった。遅れて釣り気味の目に収められた碧眼、薄い青地の上着に赤いショートパンツ——女だ。またか、という気持ちもあったが、それはすぐにヤツが握る電撃の如く鋭利に湾曲した青白い大槍に目を奪われ、即座に理解した。
 ————こいつも俺達と同じだ。
 俺は槍を弾きながら大きく後退し、周囲に人がいないかもう一度確認してから、親指で路地裏の方を指す。闘(や)るなら人目のつかないところでやるべきだ。こんな白昼堂々どころか、朝っぱらから血生臭い戦闘を行うなど、思いもしなかった。


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