ダーク・ファンタジー小説

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【感想随時受付】罪、償い。 【第二章第四話part7up】
日時: 2013/08/07 17:03
名前: 鬨 (ID: UIQja7kt)

初めまして、鬨(とき)と申します。
此度私が投稿させて頂く物は、小学生高学年から中学生まで設定をしていたり、書き込んでいたものを実に六年ほどの年数を経て改善したものです。【小説家になろう】より移転したものであり、また当人であることをここに確認させて頂きます。
注意事項は特にございません。お目汚しになるやもしれませんが、精一杯書いていく所存ですので、皆様、どうか最後までお付き合い頂ければと思います。

追伸:コメントを頂ければそれだけで励みになります。飛び上がって喜びます。

第一章 紅の炎 >>36
第二章 二重の狩場 >>44

キャラ紹介
神無木来人 >>66
桜井明 >>67
>>68

コメントを頂いた方々
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第一話−月下の邂逅− ( No.1 )
日時: 2013/01/31 23:06
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

 ————じりりりり。じりりりりりっ、じりりりりりりりりりりりっ。

 騒がしい金属音が、連続して打ち鳴らされている。
 今日は久々に夢を見ていたが、さて、どんな夢だったか。こうして夢の内容を忘れるということは寝起きにはよくあることで、後々思い出すようなこともよくあることだ。それが他愛のないものなのならばこのままでもいいが——たったいま見ていた夢は俺にとって、とても大切な物だった気がする。
 この時ばかりは、俺の鼓膜を叩いていつも無理やり起こしてくれる騒音の持ち主を恨んだ。——まったく、もうちょっと夢の続きを見せてくれていれば、こんなもやもやとした目覚めにはならなかっただろうに。
「……何曜日だったっけな、今日は」

 ————じりりりりりりりりっ。じりりりりりりっ。じりりりりりっ。

 ええい、やかましい。俺はもう起きている。というかお前のせいで気になることが増えてしまっただろうが。
 自分でも分かる程恨みがましい視線を、寝ぼけてまだ焦点のはっきりしない目から送りつける。行き先は勿論、俺が力強く右手で握り締めた赤い目覚まし時計。
 言葉すら通用しない相手に対しての、胸中での暴言だ。そんなものは意思ある生物にすら通じるわけもなく、機械なら尚更。相も変わらず騒がしい目覚まし時計を乱暴にストップさせ、俺は渋々ベッドから這い出る。
 なんとなくカレンダーへと視線を向けると、今日は金曜日。明日は休みだそうだ。
 寝ぼけた頭であと一日頑張れば休日だ、と自分を奮い立たせながら、夏とは思えないほど冷え切った板張りの廊下から同じく木で出来た床の上に、洋風なカーペットを引いた居間へと向かう。
 ちょっとした事情で、俺は一人暮らしで————ああ、自分しかいないのだから、気遣う必要はないか。
 家族はみんな死んだり行方不明になったりしていて、今は父方と母方両方の祖父母から経済援助を受け、両親の遺した家と遺産、そして自分でバイトもして、なんとか一人で生きている。
 いや、一人というのには語弊があるか。なにしろ経済援助を受けている以上、誰かのお世話になっているのは変わりがないのだから。
 ——そう。
 俺こと神無木来人は一般的な学生ではあるが、また一般的とは言えない生活を送っていた。
 漫画の中みたいに日常や非日常を行ったり来たりするわけではない。ただ、高校一年生としては異例な、一人暮らしを平然と行っているということが異常だった。
 父は俺が小学二年生だったか、一年生だったかの頃に行方不明になった。母親はその一週間後には病気になって、そのまま入院して死んだ。兄貴もふらっとどこかに出かけて行方不明になるし、妹なんてそれから数年後、通学路で車にはねられたのだ。
 なんとも異常な。自分だけが助かったかのような、そして自分が周りを不幸にしているかのような錯覚を受ける。俺はそうした迷信やら呪いやらを信じない性質なのだが、ここまでくるといくらなんでも気味が悪い。
 残された俺自身に特に危険な出来事はない。内面的なコトといえば、確かに身内が全員いなくなってしまって、単純に哀しい気持ちはあったけれど、それはこれからどうすればいいのだろうという、途方に暮れる気持ち——喪失感に近いものによって掻き消されてしまったのだ。
 前以って購入しておいたメロンパンを朝食として早急に食事を終えて、どちらかといえば和風な一軒家である、我が家の一室を見渡す。
 ……なにか、違和感がある。この部屋だけではなく、家中、もしかしたら外ですらもいつもの日常とは似て非なる空気が漂っている。
 じっと中空を睨みつけて、……——電撃が走るように脳裏に今朝の夢がフラッシュバックした。
 ……ああ、思い出した。今朝の夢は、家族が皆健在だった頃の、幸せな思い出だったのだと。やはりあの時計には、もうしばらく黙っていて欲しかったものだ。
「考えすぎ、だよな」
 思い出したかったコトは思い出したし、きっと違和感も気のせいというヤツだろう。
 俺はそう自分に言い聞かせて、リビングの掛け時計を見る。——時刻は七時半。歩きで学校までは三十分程度、始業は八時四十分。ならば後三十分は、朝の準備をする時間ということになる。
 いつも通りの習慣として、黒髪にブラウンの瞳をした男を映し出す鏡の前に立ち、その鏡に映る男の寝癖のある頭や、寝ぼけた顔を温水の中に叩き入れて自分の頭を覚醒させる。
 夏場の蒸し暑さとは違い、やはり温水というものは心地の良いものだ。数十分前に感じられていた気分の悪さは、あっという間に掻き消えた。
 洗面所の横にある棚の中から適当に一枚タオルを引っ張り出し、無造作に頭を掻き回す。どちらかと言えば短い方である逆立ったいつもの黒髪にセットし、——といっても、ワックスとかを使っているわけではないが——洒落や着飾りに興味もない、まったくいつも通りの自分となる。
 一人暮らしはどこをどうしたって一人。こうした時に、挨拶をしながら寝室から出てくる家族や朝の雑談。そういった騒がしさは一切なく、俺は機械的に黒い学ランの袖に手を通す。
 夏服なためにズボンはやや薄い生地の物だが、上着を着るかどうかは自由だ。今日は夏にしては涼しいぐらいだったから、上着を着ることにしたのだ。
 教科書なども鞄に突っ込んでから、再び時計を見る。……七時五十二分。たまには早く出てみるのも一興かもしれない。この家はどうも、退屈さが拭えない。
 とはいっても、学校に行っても同じことの繰り返し。今日もまた、どこにいても退屈な一日の始まりだ。
 朝のニュースを見ることもなく、俺は自分のやることだけを済ませて玄関から外の世界へ繰り出す。玄関から出たと同時に、夏場の蒸し暑さと、今日限定の涼しい風が胸一杯に吸い込まれて、より一層俺の意識を目覚めさせていく。
「————?」
 普段は朝から外に出て遊ぶ、幼稚園へ入る前の近所の子供達。それを見守ることを口実に集まってぺちゃくちゃと喋るいい歳のオバサン達。自分の会社や学校へ急ぐ、会社員や学生。
 いつもはそうした者達によってこの街は朝から騒がしいというのに、ある意味目覚まし時計よりもやかましいその連中が今日に限っていない。俺が早く家を出たために学生がいないのは仕方がないかもしれないが————今日に限って、一切人の姿がない。
 静かで、朝の喧騒が皆無。八時前後と言えば、先述の通りの手合い達の姿が見えるのが普通なのだというのに。繰り返すことになるが、それが一切ないのである。
「珍しいな。……どうなってんだ?」
 携帯電話を取り出し、時間は間違っていないかどうかを確認する。やはり、玄関でこうしている時間を考えても、おかしいことはない。七時五十七分、本来ならば人通りが多い頃合だ。
「……こういう日も、あるっちゃあるけどな……」
 小さな違和感が、どうしても拭えない。それは家にいた時とまったく同じものを思わせる。とどのつまり、誘発的に今朝の違和感は夢のせいではないという結論にも至る。
 ……せっかく早く出たのだ。こうして悩んでも仕方がない……そうして俺の思考を無理やり自分で終わらせ、朝の学校へと足を運ぶ。

Re: 罪、償い。 ( No.2 )
日時: 2013/02/01 20:14
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

「————……、ああ。やっぱりか」
 さすがに学校にきてみれば、普段より早い時間とはいえ、俺のように気まぐれを起こした生徒や、朝早い優等生や部活動に勤しむ生徒達が溢れていた。
 学校に来る途中でも、車の通りはいつもより少ないとはいえあったのだから。あの違和感は、俺の思い違いだった。
 一応説明しておくと。ここは、赤井町と呼ばれる俺達の住む町にある数少ない私立校。小中高一貫教育なため、中学生と高校生が部活動を合同で行うことも珍しくはない。施設がキチンとしている割には、学費もそれなりに現実的ということで評判も良い。茶髪に染めるような輩もいるといえばいるが、それは若気の至り。ここ数年は不祥事もなく、本当に一般的どころか良好な環境を持つ私立高校だ。題して赤井学園……、町の名前をそのまま取っただけだ。ここの創設者のネーミングセンスが疑われる。
 初等部の学生もいる分、交通に関してはやや口うるさい。校門前には初等部と高等部の教師達が集まり、登校する学生達を出迎えている。
 初等部といえば放置すると危ない年頃の子供達で、高等部の連中はいい加減不良達が増える。あまり初等部生徒のお手本にしたくない者もいるのだから、このメンバーは当然だろう。 本当に、いつも通りの光景だ。
「……やっぱり思い違いだったな」
 今朝の自分の過敏さを笑いながら校門を潜る。教師達にはおざなりに挨拶を返していると、
「何が思い違いだったんだい?」
「今日は暗いねーっ!」
 騒がしい幼馴染と出くわした。
 振り返ると、眼鏡をかけた高身長。ボタンを上から下までびっしりと留めた、明らかな優等生少年、八神がいた。思い違い、という言葉に食いついてきたのがこいつ。
 その隣には、やや天然パーマ気味で、地毛の茶髪。坂上といつも俺が呼んでいる女生徒であり、確かこいつらは学校でなにか仕事を請け負っていた気がする。——学校の様々なことに無関心過ぎるのも考え物だ、今後は改めるべきだろうか。
「いや、ちょっと今朝は違和感があってな。こっちに来る途中も、いつもより人通りが少ない気がしただけだ」

 俺は正直にそう答えた。
 ————こいつらとは小学生時代からの付き合いだ。俺もこいつらも、高校からこの学校に編入したのだが、ぶっちゃけてしまうとこの二人は俺より頭が良い。偏差値はこの学校は六十ちょうど。そこにいる俺もお高く止まってるように見えるだろうが、八神に至っては同学年の間では、生徒会長有力候補と呼ばれているぐらいには真面目だ。杓子定規で几帳面な性格、明確な数字は知らないが、学年トップクラスの成績。運動に関しても、確かに下から数えた方が早くはあるが、決して駄目というわけではない。言ってみれば、中の下か。
 対する坂上も成績に関しては同じ。人受けも良く、のほほんとした雰囲気が周りを落ち着かせるという評判だ。小学生時代から仲良くやっているが、何故この優等生コンビの間に、俺が割って入ってトリオになっているのかは、ここの学園高等部七不思議に、新たな一員として加えられて八不思議と改名されてもおかしくないと囁かれている。
 というのも、俺は成績も運動も中の上ぐらい。決して悪くはないし、良くもない。なんとも微妙な立ち位置で、こういう優等生グループに名を連ねるわけでも、不良グループに名を連ねるわけでもない。本当に“中盤連中”とレッテルを貼られるべき人間だからである。
「えーと、聞いてる? もう一度聞くけど……あー……来人。君、テレビは見ないのかい?」
 考え込んでいる間に一度質問をしていたらしい八神は、言葉を繰り返しながら眉を吊り上げる。
 確かに俺はテレビはあまり見ない。今朝も見ていない。だが、何か不思議なことでも言ったのだろうか。まずいものを見るような目線で二人は俺を見つめ続けている。
「ここのところ、ちょっと物騒なんだよねぇ。人がこの街で行方不明になってるっていうかね。 六年前と、わたし達が生まれて少ししたぐらいに子供が行方不明になる事件があったでしょ? それがまた起きてるかもしれない、っていう話なんだよ」
 坂上が俺の胸中を悟ったかのように、八神の言葉を引き受けた。

Re: 罪、償い。 ( No.3 )
日時: 2013/02/01 18:10
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)


 ——連続失踪事件。
 
 この名称はあまり世間を気にしない俺でも、知っていた。
 六年前と、更にその五、六年ほど前のことだ。この事件は二度起きたことで有名で、しかもこの街で起きたのだから物騒なことこの上ない。
 読んで字の如く。少年少女が連続で姿を消す事件があった。しかもその現場近くでは、稀にその少年少女とは一切関係のない人の死体が転がっていたという話だ。
 連れ去られたような痕跡はない。だというのに、邪魔者や目撃者を排除するかのように、近くにいた人間を殺していく。仮にこれが同一犯によるものなのだとしたら、誘拐と殺人を快楽的に、同時に行うかのような奇行だった。
 ここまで話を進めてしまったが、訂正しよう。先ほど“この街で”と述べたが、それにはやや誤りがある。“この街でも”、と。言葉を改めることにする。
 理由は至って簡単だ。この街では確かに多発したが、それは他の街でも、ほぼ同時期に行われていたから。しかもそこでも、ほぼ確実に死亡した人の影があったという。——無論、この街ほど集中していたわけではないが。
 そんな事件が再来したというのだから。確かに俺の世間知らずもいい加減直すべきかもしれない。
「そいつは物騒だな。だからどいつもこいつも、用のないやつは家にいる、ってわけか」
「そうなんだよ。今朝、君も用心した方が良いだろうと思って。一緒に行こうとして、誘いの電話をかけたんだけど……気づかなかったかい?」
「それ、何時ごろの話だ?」
「六時ぐらいだけど」
「……寝てたな、その時間」
「……そっか、ごめん」
「あたしも連絡すれば良かったね」
 バッサリと切り返した俺の言葉に、二人は苦笑している。
 六時とは、さすがに早すぎではないだろうか。——そんな時間に起きている学生など、部活に入って朝練に出かける連中ぐらいのものだろうに。
 こいつの几帳面さには少し呆れるものがある。……いや、それとも抜けているのか。寝ていることも考慮して、もう一度ぐらいかけなおしてくれても良かっただろうに。
「まあ、寝てたなら仕方ないよね。……あ、僕はこれから先生に頼まれている用事を片付けにいくから、坂上さんと先に教室へ行っててくれ」
「了解。いくら早く学校にきてても、ホームルームまでに着席してねえと遅刻だからな。気をつけろよ……って、お前には言う必要ないか」
「ははは。気遣いどうもありがとう。一応、肝に命じておくことにするよ。ではこれにて失敬」
 明朗活発に手を振って俺達の前から、その大人しそうな外見とは対照的に嵐の如き速度で走り去っていく八神を見送ること数秒。途中で角を曲がって、職員室に外から用を告げるつもりらしかった。
 ちなみに、俺達のクラスは揃って一年D組。クラスがGまであるのだが、ちょうどD組は階段をあがってすぐそこ。運が良いといえば、運が良い。——三年生のクラスが二階、二年が三階、一年が四階。きつそうに見えるが、エレベーターも学年別にある。ひいこらと階段を駆け上がる必要もなく、結局のところ階段前の教室という利点は、意味を為さないわけだ。
「じゃあいこっか」
「ああ。……お前ら、今日の飯は?」
 坂上の言葉に頷いて歩き出すと同時に、俺は別の話題を持ちかけた。
 俺から会話を切り出すことなど、ここ最近は本当に珍しかったのだろう。驚いたような表情をして、大げさに眼を白黒させた後に坂上は、
「うん。今日はお弁当持ってきてるんだ。良かったら少し食べる?」
「有難いけど、俺も自分で作ってきたからな。お前の減らすわけにはいかねえだろ」
「遠慮しなくっていいんだよ?」
「……じゃあ、交換。後で俺の中から好きなの選びな」
 屈託のない言葉と、相変わらずの優しい気遣いに押し負けて、俺はお手上げと言わんばかりに肩を竦めてから言葉を返した。
 のほほんとした空気を漂わせた、本当に普通の女子高生。——やや清楚な感じもある彼女は、昨今の女性を見てみれば生きる化石なのかもしれない。
 その生きる化石は、俺の言葉を聞くと心の底から笑みを浮かべてくれていた。嫌いではないが……少し調子が狂うのが本音だ。
「うん。遠慮なく。八神君にも食事のことは後でちゃんと報告しておくからね」
「ああ」
 会話をしている間に、高等部の俺の教室へと到着し、扉を開ける。
 教室の中にはいつも通りの顔ぶれプラスアルファ。学校でわざわざ化粧をしているような輩もいる。予想としては、今日の気温は心地よく寝過ごしたというところだろう。繰り返す、学校にきてから化粧をしている。……まったく、女性としての品格が疑われるというものだ。
 隣にいる坂上もそのサマを見ると苦笑を隠せないようで、そのまま無言で自分の席へとついた。
「……」
 時計を見れば——、始業まであと十分。知らない間に早歩きでもしてしまったのだろう。想像してたより、だいぶ早い到着だった。
 始業五分前からは、激流のように生徒達が教室になだれ込んでくるのが常だ。五分程度ではあるが、話し相手もいない今は自習に使うのが賢明だろう。
 仕方なしに俺は自分から珍しく学習を始める。無作為に鞄から取り出した教科書は数学。やたらめったら面倒くさい方程式が並んでいるが、特に難しいというわけでもない。まずはすらすらとノートの横に分かりやすく覚えている公式を書き込み、それと照らし合わせながら問題を解いていく。
 十問ほど正答を出した頃だろうか。教室は慌しい本来有るべき朝の喧騒に飲み込まれていった————、

Re: 罪、償い。 ( No.4 )
日時: 2013/02/01 18:35
名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)

 時刻は十二時半過ぎ。四時限目が終了し、八神や坂上と約束を取り付けた昼食の時間だ。
 教室を見渡せば、……今日は場所を移すらしい。俺に手招きをしている優等生コンビを発見。誘われるがままにして、俺は廊下へと歩いていく。
「……」
「……」
 無言。
 歩いている時すら気まずい空気にならないように、と俺以上に他人のことを気にする優等生コンビにしては珍しい。こいつらが移動中であっても一切喋らないなんていうコトは、俺は今まで恐らく体験したことのなかったことだろう。重々しい空気が、正直言うと居心地悪い。
 歩いて、歩いて、歩いて、ひたすら歩く。そのまま食堂へと向かう。
 食堂に到着するまで、結局会話らしい会話はなかった。
 思えば八神のほうは少し無駄のない性格でもあったから、しゃべらないというのはおかしいとまでは言わない。……けれど、坂上に関してはどうだろう。あれだけ今朝はほんわかした空気を漂わせていたのに、こいつまで黙り込んでいるというのはどう楽観してみても異常だった。
 手近な席に三人で腰掛ける。俺が一人で、坂上と八神に向かい合う形で席は出来た。
「まず、本題に入る」
 俺が疑問を言う前に、八神は切り出した。穏やかな口調ではあるが、異を赦さぬ絶対的な響きすら感じられる。俺としてもこいつらが黙っている理由に関しては聞きたいのだから、そもそもそうするつもりは毛頭ない。
 促すように視線を二人へ送ると、今朝と同じく坂上が言葉を引き受けた。
「わたし達一応学級委員長と副委員長だから……ほら、三時限目の休み時間に呼ばれたでしょ?」
「そういえばそうだな」
 あまりにも身近にいてほとんど忘れていたが、八神が委員長、坂上が副委員長。大抵は男女が逆の構図なのだが、お堅い八神にはやはり委員長がお似合いで……、と。自分の評価を改めながら、話を聞いている。
 俺には関係もなかったし、二人が学級委員であったことも忘れていて気にも留めなかったが。確かに三時限目の休み時間という中途半端な時間に、学級委員が呼び出されたことを俺も知っていた。
 この調子から察するに、どうやら話題の種はそこにあるようだ。
「初等部の子が、行方不明になっちゃったの。だからその旨を先生と高等部、中等部の学級委員や高等部生徒会の子が呼び出されて、その話を聞いたんだけど……」
 まだ続きがあるのか。
 坂上の言葉はいまいちはっきりしない。初等部のヤツが行方不明になった……それは、六年前や十数年前の事件の再来を意味している。確かに重要だが、それ以上に重要なことがあるというのか。
 だが俺は、この次の言葉で身が凍ることになるとは、知る由もなかった。
「あのね。……最後にその子が目撃された場所の近くで、全身から血を抜かれた、人の死体があったんだって……しかも、三人も」
「な……、」
 常軌を逸脱した結果に、俺はつい声をあげてしまった。八神の「しっ……」という静止がなければ、きっと更に大きな声を出していたことだろう。

 ————全身の血液を抜く。重ねて、連続幼児失踪事件の再来。

 これだけ悪いことが重なれば、確かに危険を知らせるために、早急に事実を生徒達へも告げることだろう。しかもついでとして話されたことのほうは、人間のやることとは思えない残虐性だ。
 全身の血液を、三人分も抜く。まるで吸血鬼のような行動は、俺の想像を遥かに絶している。自分の口から出た言葉があまりにもおぞましいのだろう。坂上に至っては涙を目尻に溜めてすらいた。
「済まない。食事時にする話ではなかっただろうけれど、来人にはなるべく早く耳に入れておきたかったんだ」
「……なんでまた」
「君は父親や兄貴のこともあるだろう。しかも父親に至っては、六年前の事件にやや遅れて行方不明になているんだ。
 ……友達に、警戒をしておいてもらいたかったんだよ。悪いことを思い出させてしまったのなら、謝る」
「いや、いい。そういうことなら、確かに納得する。ありがとよ。
 それでその、血を抜かれたヤツらに共通点ってのはあったのかよ?」
 ありがたい気遣いを受け取りながらも、気になっていたことへと質問をする。
 八神はそれに対して、お手上げ、と。
「いいや、まるでないよ。ただ偶然その場に居合わせただけだったのかもしれない。
 明らかに初等部の子がいなくなったのと関係があるからね。警察も細かい話を学校にしてくれたみたいで、僕にも伝わっている。
 けれど———— 一人は女子大生、残り二人は普通のサラリーマン。昨日の夜から帰ってこないっていう話を、今朝初等部の子の親も含めて、被害者達の身内が警察に届け出たらこの有様さ」
 こういうのは、警察の役目とは分かってはいる。それは坂上や八神にしてもそうだろう。けれどこれは、確かに俺も一切無関係というわけではなさそうだ。
 親父、兄貴ときて——今度は名前も知らない、同じ学校の生徒。離れたり寄ったりではあるが、いずれにしても俺に関係がない、というわけでは、ない。こればかりは断言したっていい。
 そう考えれば、この二人からの忠告はやはり有り難いものだ。出来る限り家の戸締りをして、明日からは早く家を出て早く家に帰ったほうが良さそうだ。
「……忠告してくれてサンキューな。よく分かった、自分の身ぐらい自分で守ってみせる」
 面と向かって友達とまで言ってくれた幼馴染達の好意を、無駄にはしない。そのうち俺も、何か巻き込まれる気がしてならない。
 俺の結論を聞くとそれで満足したようだ。二人揃って行儀良く頷いた後、ようやく弁当箱を取り出して食事を始める。
 さすがにあれだけグロッキーだったり、残虐だったりした話の後だ。どう取り繕っても気まずくはなるようで、会話は一切なく食事を進める。
 弁当箱の蓋を開けると、魔法瓶に似た材質の箱に収められた白米から、濛々と湯気が立ち込めた。今日の中身は時間がなく、冷凍ものが多い。前以て前日に用意しておいたのが幸いしたのだろう。質素すぎる、ということもなかった。
 ハンバーグ、玉子焼き、キャベツとトマトのサラダ、白ゴマつきごぼうなどなど。急ごしらえにしては上等だろう。
「……?」
 ふと、視線を感じた。
 気配の方向へこちらも視線を這わせると、……どうやら窓の外だ。
 藍色の髪と、同じぐらい深い蒼をした瞳。射抜くような視線が俺へと向けられている。一階とはいえ窓が高い位置にあるため、そいつの低身長も相俟ってちょうど首と肩ぐらいまでしか見えない。
 はて。あんなやつはこの学校にいただろうか。見る限りでは、中等部三年生か同学年ぐらい。……ともすれば接点はなくとも、一度ぐらい顔を見たことがあってもおかしくはないはずだ。
 しかし、一度も見た覚えはない。——というところから導き出される答えは、彼女はこの学校の生徒ではないかもしれない、ということ。
「なあ。お前ら、あいつを見たことあるか?」
 食事を開始していた二人へ向き直ってから、窓の外を指差しながら言う。
 釣られて優等生達は揃って指先の更に向こうへと目を向けるが——、
「なにを言っているんだ。誰もいないじゃないか」
「うん。……ちょっと雰囲気を和ませるにしては、下手な冗談だったかなー」
「な……っ」
 二人のリアクションに驚いて、横へと視線を流す。
 そんな馬鹿なことがあるものか。確かにたった今、そこに人がいたのだ。綺麗な海に突き落とされるような錯覚を生ませる、藍色の瞳と髪をした少女が。
 だが。
 現実として、そこには誰もいなかったのだ。
「……!?」
 驚きと共に、窓へ駆け寄る。幸い今日は人が少なく、奇異の視線が集まることもなかった。
 さてはあの女、俺と目が合って窓の下へ隠れたな。……などと楽観的な誤魔化しを自分にして、自分は間違っていないのだと確かめるために、窓の下を見下ろした。
 あるのは虫達が食い荒らした後がありながらも、青々と茂る観葉植物が植えられた花壇だけ。中庭を見ることもできる、景色を見る場所としても上等な食堂だということを、俺は今、この学園にきて三ヶ月目にして知ることになった、が。所詮はそれだけ。結局、二人からは俺の見間違いか妄想と取られることになる。
 それでも、確かに。あの少女はここにいたのだ。あの現実味を帯びた確かな在り方。あれが幻想だったとしたなら、この世にある物はほとんどが虚構になる。
 何度も何度も結果を否定しながら、諦め悪く中庭を見回す。……やはり、いない。
 仕方なくぐったりした歩調で席へ戻ると、俺が本気でそう思っていたことを察した八神が言う。
「突然こんなことを言われて、動揺したんだろう。ここのところ疲れてそうだったし、今日は早く帰るんだろう? しっかり睡眠を取ることを奨める」
「……ああ。わりぃな」
 ……そう言われると、確かに体だけじゃなくて気分も疲れている気がしてきた。
 だが納得はいかず、つい唸ってしまう。……このままにしていては時間も勿体無いので、食事を再開することにする。
 その後、坂上との約束としてこちらは玉子焼きを提供し、向こうは俺に大トロを寄越してきた。弁当に大トロとは……こいつの家は、どうなっているのだろう。

Re: 罪、償い。 ( No.5 )
日時: 2013/02/01 18:25
名前: 鈴月音久 (ID: w1UoqX1L)

とっきー転載お疲れ様! ねっくんです。

とっきーがこっちに転載するとは……ライバルが増えていく一方ですな(汗 個人的にこの作品の文章はとても惹かれるというか、続きがすごく気になるような、それでいてwkwkするような感じがしてすごく好きです。

自分も負けていられないなって気持ちが湧いている次第←

次回の更新を楽しみにしています! ではではー


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