ダーク・ファンタジー小説
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- 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 @4位入賞&挿絵感謝! ※完結
- 日時: 2015/09/12 01:09
- 名前: 三井雄貴 (ID: 4mXaqJWJ)
- 参照: http://twitter.com/satanrising
その日、俺は有限(いのち)を失った————
文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。
それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔は、古より人知れず災いを生み出してきた。
時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ退魔師・妖屠の物語である。
どうも、長編2作目の投稿となります。
ギャルゲーサークル“ConquistadoR”でライターをやっている者です。
他にも俳優としての仕事もしており、去秋にはTBS主催・有村架純/東山紀之主演“ジャンヌダルク”に出演していたので、どこかの公演で見かけたという方もいるかもしれません(本文中にURLを貼るのは規約違反のようなので、活動の詳細は上記のURL欄に記載したツ○イッターにて)
今回は、人生初の一人称視点に挑戦しました。
悪魔などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”等、やはりキリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ!w
※)小説家になろう様のほうでも、同タイトルで連載させていただいております。
白狼識さんにいただいたイラストを挿絵として加えているのですが、サイトの仕様上こちらは掲載できないようでしたので、上記ツイッ○ターのほうにも上げているので、そちらも良かったらご覧いただけると幸いです!
↓ 以下の要素にピンと来た方は、是非ご一読ください!
タイトル:“昏き黎蔭の鉐眼叛徒(くらきれいんのグラディアートル)”
「昏」は夕暮れ後の暗さを意味していますが、たとえ望みが薄くとも来るべき朝を目指してゆく内容から、一見すると矛盾している言葉をあえて選びました。
「黎蔭」で「れいいん」の「い」を重ねて「れいん」と発音します。
「黎」と「蔭」によって夜明けを示しつつ、後者は他者の助けである「かげ」とも読めるため、ダブルミーニングにしました。
そして、主人公がデスペルタルという刀の使い手なので、ラテン語で剣士「グラディアートル」です。彼の瞳は金色で、片目を眼帯で封印していることから「鉐色」と「隻眼」もかけています。
用語
† 怪魔(マレフィクス)
憎悪の念を燃料とする、エネルギー体のような霊的存在。人間に憑依して操り、凶行にはしらせることで新たな負の感情を発生させ、それを糧として半永久的に活動する。怪魔に襲われた経験のある人間にしか視認できないが、圧力をかけている場合や、闇に惹かれやすい者には陽炎のように見えることも。人々が病んでいるほど活発となるため、近年は被害が増える一方である。
† 妖屠(ようと)
怪魔に襲われ、彼らの残滓が濃く残っている被害者の中でも、特に強く復讐心を抱く人間は、発作反応を起こすことがある。この狂気じみた精神汚染を乗り越え、なおも怪魔を憎む想いが余りあると、彼らに触れられる体質へと変化。その呪詛を逆手に、寿命を消費することで人間離れした戦闘力を手に入れ、怪魔を討つ戦士たちに“妖屠”という呼称が付いた。
魔力の活用法ごとに騎士型、魔術型、バランス型の3種のスタイルが定義されており、本人との相性や、妖屠になることへの原動力によって馴染みやすいものに決まる。怪魔の思念が内側で生き続けているため、妖屠は伸びしろが無限大で、経験の吸収力も桁違いではるものの、闇の力に惹かれやすくなる危険も。
悪魔との契約は厳禁だが、その力に縋って掟を破る者が後を絶たない。悪魔は契約者の魂を餌とし、大抵は心身が耐えられず、悲惨な末路を辿る。悪魔が成立と見なすと、肌の一部が痣のように変色。悪魔の活動に比例して疼き、浸蝕も広がってゆくとされる。全身が覆い尽くされる頃には、精神も飲み干されてしまい、後悔することさえ叶わない。
† アダマース
神の子たる人間が得体の知れぬ怪魔などに弄ばれることを良しとしない宗教勢力、欧米財閥の後押しにより2017年に設立された妖屠を育成・運用する組織。本部はローマで、世界中に支部がある。組織名はラテン語でダイヤモンドを意味し、硬いが砕けてしまい易く、活躍する時はキラキラと輝きはするが、運命に翻弄されて散りゆく妖屠たちの精強さと儚さを込めたもの。各人ごとに適した得物・デスペルタルを授け、任務に従事させている。
前身に数多の組織を経てきたようで、歴史の裏で暗躍してきた、という噂も絶えない。古くは、妖討ちの達人として平安時代に名を残す“童子斬り”こと源頼光を裏で動かしていた説まである。日本支部の拠点は都心の地下。東京メトロに沿った通路を張り巡らせており、青梅の山中にも基地を有するなど、人知れず展開している。
† デスペルタル
対怪魔の武器は多くの組織で開発されてきたが、最も有効であるとしてアダマースが導入している支給品。妖屠が怪魔への想いを込めることで、全長30cm程度の棒状から変化し、性質と魔力に応じ最適な形態を形作る。
† 断罪(ネメシス)の七騎士
アダマースは、活躍や模擬戦の結果から妖屠の上位33人をランク付けし、中でも「人の身にあって人をやめた」と畏怖される別格の7名に“断罪の七騎士”という称号を与えている。全員が騎士型の妖屠で、それぞれ長斧、槍、双剣、大鎌、戦輪、鍵爪、縄鞭の名手。
† 行政省
生天目鼎蔵元総理大臣による内閣制度の廃止後、日本の新体制を象徴する機関。明治政府の太政官制における内務省に類似しており、筆頭執政官が内務卿の役割を担う。保守勢力の影響が大きい。“あるべき日本の追求”、“抑止力によって護られる安心と国民”を掲げ、中央集権体制の元、宗教勢力の政界追放、軍事力の増強などを断行。その急激かつ強硬な手法は、今日に至るまで賛否を招いている。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.76 )
- 日時: 2015/02/03 22:53
- 名前: 三井雄貴 (ID: pqfEfqdv)
† 十二の罪——存在(たましい)滅(ころ)す刃(やいば)(漆)
† † † † † † †
「寝たか?」
実弾のチェックでもしているのか、黙々と作業をしていた林原が、背中越しに声をかけてくる。
「ああ。世話になったな」
「てめェんために手ェ貸したんじゃねェ」
「知ってる。だから、俺もあんたのために一緒に行くわけじゃねーからな」
彼は手を止め、小さく息をついた。
「あいにくだが、それには及ばねェ」
「なんでだよ? 俺がちゃんと魔王の力を使いこなせるようになってきてんの見ただろが」
「てめェが足手まといなんは事実だが、今ァあの女の傍にいてやれ。強がっちゃいても、支えが必要だ。俺様は先ん行くがよ。一位(やろう)との決着も残ってんでなァ」
言うだけ言うと、立ち上がる林原。
「そ、そうかもしれねーけど……バラバラに行ったとこで各個撃破されんのが関の山だぜ」
「しつけェ男ァ嫌われっぞ。てめェの物差しで測んな。俺様を誰だと思ってやがる。とっとと戻れ、クソガキが」
「……そうか。あいつが回復したらチャンスを見て俺らも乗り込む。次に会うときはお互い古巣に反逆者として帰ってきた同士か」
去り際に彼が、横目でこちらを一瞥する。
「次が、あればな——死んでたら叩き起こしてやらァ」
ぶっきらぼうに吐き捨てると、大股で夕焼けの中に武人は溶けていった。
† † † † † † †
「かたづけないのー? それ」
多聞であった傍らのそれを見下ろして、茅原が尋ねる。
「いや、それには及ばん」
「あれれ……キミとしたことが瀕死の彼を見て、情でもわいた? どうせもう時間の問題だったし、あの爆発をさえぎってあげたとこで——ああ、そうか……とんでもない情がわいちゃったみたいだね。ふふっ。まったく、キミといて退屈したためしがないよ」
象山も変わり果てた亡骸に目を落とし、口元を淫靡に歪めた。
「残念だったな、喜多村多聞。その命を賭してでも守ろうとした弟子は、地獄を見ることになるであろう。あれのことだ、自ら死地に飛び込んでくるやもしれぬぞ。まあこれが運命だとすれば、俺と雌雄を決するのは必然の結末か」
「……ふーん。なんだか確証があるような言いぶりだね」
「まあ——信雄(かれ)は甘ちゃんだからな」
「へぇ。ま、そっちは任せるよ。ボクが用のあるのは彼の中身のほうなんでね。っと、その前に。この隠そうともしない闘気——彼もしつこいねぇ……ボクが見てる相手は、もう人間なんかじゃないってのにさー」
呆れたように呟いて、彼は煙管をしまう。
「ま、本命との決戦のウォーミングアップも兼ねて、ちょっと行ってくるよー。腐っても元五位だし、ボクが出ない限り止まらないだろうからね。どうせヘルシャフトの雑魚たちはもう消しちゃったんでしょ? 彼も部下のとこに葬(おく)ってあげなきゃね」
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.77 )
- 日時: 2015/02/05 21:49
- 名前: 三井雄貴 (ID: NTjRWWeg)
† 十三の罪——崩壊への序曲(弌)
† † † † † † †
小学何年の頃だろうか。兄貴がいきなり墓参りに行こうなんて言い出したことがあった。夏も終わりだというのに、猛烈に暑かったことは覚えている。
「大陸での戦争に日本も加わるってホントなのかなー? ひいじいちゃんが生きてたら、なんて言ったんだろ。戦争、行ったんでしょ」
「駆逐艦の乗組員だったからね。南方の最前線で戦っていたらしいよ。味方を守るために、無我夢中で敵を殺したんだって。でも、戦闘が終われば敵味方なんて問わず生存者を救助した。人種など関係なしに、一人でも多く守りたかったそうだよ」
汗を拭いて、兄貴は答えた。
「爺さんが言っていた。彼は戦争をなくすために、戦争へ行ったんだと——願わくは、この戦争を最後に、二度と戦争が起きない世の中になりますようにと」
「ふーん。でも人殺しはいけないことだよね。ダメなものはダメって、先生いつも言うよ」
「……力以外で平和をもたらすのは難しい。兄ちゃんだって信雄ぐらいの頃は、人を護れる大人になろうと思っていたさ。けど今の世界では、力ってお金のことだと知った。そして、力なき者が生き残るためには、他の人と上手く付き合うしかないってことも。だから兄ちゃんは十代の頃から色んな会社を経営して勉強しながら、世界の動きも調べたよ。ちなみに、日本が戦争に向かっているのは本当だ。生天目さんはイギリスと組む道を選んだからね。それが正しかったのかどうかは、ずっと後の人間が判断することだ。ただ、話し合いで解決するための外交なのに、やり方によっては殴り合いに近づくこともあるということを知っておいて損はないよ。ちょっと難しかったかな?」
照りつける太陽も味方にしたかのような爽やかさで、彼ははにかむ。
「だから——兄ちゃんは外交官、になるの?」
ニュースで聞いたばかりの単語を使って、俺は質問した。
「……あ、父さんにお土産買ってってあげよう! ほら信雄、試食は得意分野だろ?」
教えてくれずに、店内へ入っていってしまったが、兄貴が一瞬、寂しそうな表情をしていた気がする。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.78 )
- 日時: 2015/02/10 16:30
- 名前: 三井雄貴 (ID: IDW9gInK)
† 十三の罪——崩壊の序曲(弐)
† † † † † † †
「多聞さん、どうしているかな?」
九死に一生を得たというのに、三条の顔は晴れない。
「さあな。戻るときの並々ならぬ覚悟はあの人も戦うつもりに見えたけど。そういうあんたは大丈夫なのか?」
「もう平気だって言ったでしょ。だからきみは人のことより——」
「自分の心配も、おまえの心配もする。それじゃダメか?」
「だめじゃ……ない、けど…………」
目を伏せて、小さくしぼむ彼女。
「……コホン————」
咳ばらいに振り返ると、ばつの悪そうにベルゼブブが俺たちを凝視していた。
「たもんまるの去った方角から、大規模な魔術行使の波動があった。厳重な障壁で閉ざしておったみたいじゃが、悪魔の勘は誤魔化せぬ」
「勘かよ」
「ベリアル、なの?」
「あれほどの出力——ご主人さまと吾輩がここにおる以上、おそらくはあやつのしわざじゃろう。波長からして、攻撃だな。よほどしぶとい相手だったようじゃが、ある時を境にすっかりとぎれた」
「戦闘が終わったっつーことか」
「……あやつが敵を倒しきったのか、もしくは信じがたいが、敗れたのか——あの公爵にこれほどの魔力を使わせる相手とあらば、その両方もありうるやもしれぬな」
「ベリアルが相手じゃさすがの多聞さんでも…………」
「もう朝焼けっつーことは、遅めに見積もっても多聞さんが到着してから半日は経って————」
そこまで口にして、目を瞠る。
「朝焼けなんかじゃ————」
林原が日没と共に出て行ってから、まだ数時間だろうか。時計はとっくにやられちまったし、居場所を特定されないよう通信機も捨てたので、細かい時間は分からないが、夜明けには早いはずだ。
「東京が、燃えてる…………」
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.79 )
- 日時: 2015/02/12 22:09
- 名前: 三井雄貴 (ID: h/hwr32G)
† 十三の罪——崩壊への序曲(参)
「東京が、燃えてる…………」
受け止めきれない現実を、三条が代弁する。
「……まさか包帯のヤツ、もう動きやがったか!? いや、林原は茅原と決着つけに行くような口ぶりだった——林原のおっさん、やられたのか? 茅原の手が空いたんなら、打って出てもおかしくねぇ!」
朱くにじんだ空は、東京湾のときと違い、完全に市街地がある方向だ。
(……また、なのか————)
また俺は、罪のない人間が理不尽な目にあうのを見過ごすのか。
あのときは弱すぎた。あまりに無力で、何もできずに終わってしまった。
だから、俺は奇跡に手を伸ばしたんだ。
届かない奇跡をつかむために————
(そのために俺は、人間の有限(あかし)を捨てたんだ……!)
今は妖屠になった上に、最強の悪魔が味方してくれている。迷う余地はないし、許されない。
「桜花! 考えごとは後だ。敵の現状確認と市民の安全確保が急務と提案する」
「あちらの手の内も知らぬのにか?」
眉をひそめるベルゼブブ。
「明日になったからって弱るような相手でもねーだろ。ここで悩んでる間にも、犠牲者が出るかもしんねーんだ……俺たちにやれることを全力でやる。理由なんて、後付けでいいだろが」
三条桜花は静かに、しかし、力強く拳を握る。
「……そうだよね。逃げてちゃ進めないもんね——これより、現場に急行する!」
その瞳には、確固とした意志が宿っていた。
† † † † † † †
「どうしてそんなに強いの?」
年端もいかぬ少女は、純朴なまなざしで彼を見上げる。
「どうしてそんなに——かなしい目をしてるの?」
その問いに、自嘲するかのような笑みを浮かべる大男。
「……平和のために戦っている身でありながら、平和になったら存在する価値を失ってしまう。僕たちは自分で自分の首を絞める囚人だ。裁かれることなく生き続ける、なんていう裁きを下され、この手で奪ってきた命を悔みながら過ごす、脱殻(いつわり)の勝者」
「じゃあにげようよ。たもんまるが戦わなくたって——」
「逃げた先にあるのは楽園なんかじゃない。そこもまた、地獄に変わるだけだ。こんな空っぽの人間に拾われて君も生き地獄かもしれないけど、僕はもう逃げない。君を守るために、前を向いて生きると決めたんだ。もう桜花に、二度とあんな怖い想いはさせないよ」
(多聞さん……ぼくも生きる意味を見つけました。せっかく助けていただいたのに、無下にしてすみません。でも、ぼくの進む道は——前にしかないんです)
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.80 )
- 日時: 2015/02/14 21:18
- 名前: 三井雄貴 (ID: /0GdI51y)
† 十三の罪——崩壊への序曲(肆)
二人の駆ける街は、眼に映る存在すべてが紅焔(あか)に染められていた。
そう——そこはまさに、この世の煉獄。
そこからは、生が消えていた。ただ、ひたすらに死が覆い尽くしていた。
虚空(そら)を覆うは、太陽をも灼き尽くさんとす終焉の業火。あまねく生きとし生ける者に、最期を告げる狼煙。
それは、滅びなどという言葉では表せない、概念すら滅し果たした破壊であった。
「おかしい……明け方の二十三区内なのに、こんなめちゃくちゃになってだれも騒いでないなんて」
死体すら見当たらない廃墟と化した住宅街に、彼らは困惑を隠せない。
「……かと言って無機質な破壊でもねえ。人が出て来ないっつーより、すでに人の命が意図的につみ取られてやがる。それに、このどす黒い残滓——やっぱ連中が絡んでんな」
悪魔も怪魔も、人間を喰らい、その精神を糧とする。その本質を極めた魔王剣を借り受けた信雄が見逃すはずない。
「ご明察」
悪意の塊とも言うべき粘着質の囁きが、静まりかえった街頭に響く。
「!? おま……ッ!」
振り向きざまに飛び退いて、距離をとる二人。
「待て。こういうヤツは喋らせたほうがいい。どうせ本人は別のとこにいんだろ」
デスペルタルを構える桜花を、信雄が制した。
「怪魔を用いたダミーと視抜くとは……さすがは魔王を宿せし男」
「ほら、案の定もう引っかかっただろ? ま、お見通しなのはお互い様ってわけか。で、んな回りくどい真似して本題はなんだ」
「アダマース日本支部は、この象山紀章の預かりとなった。これより我等は、その武力をもって国家を一新。全世界を掌握し、真なる平和をもたらす一大計画の実行に着手する」
象山の姿をしたそれは、本物と違わぬ淫靡さで応じる。
「そんなことをして、本部が黙っていると——」
「怪魔を討つ任務も、人間の繁栄を脅かす邪魔者を滅するが為。戦争を終わらせるための戦争はその意に反さぬ。景気回復の最も手早い手段も戦争であると、この十年で実証されたではないか。既に政府関係者も大半が是認した。クローバーは若葉の時にできた傷から四つ葉に成長する、と聞いたことはあるかね? その先にある幸福(みらい)と安定(へいわ)を掴む為には、私は持てる力の凡てを用い、蹂躙するまで」
彼女を嘲るように、言い放つ虚像。
「そうかい。で、俺らに用があるから来たんだろ? まさかただの嫌がらせでもねーよな。こちとら最上級の悪魔との契約を乗り越えてきてんだ。悪いが、絶望した顔が見られると思ったら大間違いだぜ」
「沢城、喜多村、林原。いずれも死んだ。今や貴殿らの勝機は無きに等しい。我が麾下、無限の軍勢が直に凡てを呑み込む。怪魔を統べし存在がいかに手に負えぬか、理解らぬ頭ではあるまい。人間の最多死因は何か存じているだろう?」
信雄は眉間にしわを寄せ、睥睨する。
「中絶、とか……? 何が言いてーんだ?」
「溺死だよ。なれど、冷静に考えてみろ。二十一世紀に入って四半世紀、いまだに溺れ死ぬ者がそこまでいると思うか? いい顔だ。そう——自由に行動していた頃でさえ、あれほどの被害を彼等は齎し続けてきた。貴殿らも体感した筈だが?」
「……六本木でのあれも、すべてあんたが仕組んでたっつーことか」
「人聞きが悪いな。六本木も東京湾も、試運転に過ぎない。秘密兵器(いとしご)の出来も、支配者層の反応も上々だ。さあ、緑川信雄よ。師の後を追い、ここで無駄死にするか? 人並の判断をなせる理性が残っているのであれば、我等の元に降(くだ)れ。貴殿の望む、誰も理不尽に奪われぬ、殺されぬ世界が待っているぞ——屍の山の先にな。フフフ……一滴の血も流れることなく、何人も血を流さぬ世を築く等——」
「……悪かった、三条」
現身が嗤い終わるより早く、信雄は一刀両断に斬り捨てた。
「こいつと交わすのは——刃だけで十分だ」
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