ダーク・ファンタジー小説
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- 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 @4位入賞&挿絵感謝! ※完結
- 日時: 2015/09/12 01:09
- 名前: 三井雄貴 (ID: 4mXaqJWJ)
- 参照: http://twitter.com/satanrising
その日、俺は有限(いのち)を失った————
文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。
それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔は、古より人知れず災いを生み出してきた。
時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ退魔師・妖屠の物語である。
どうも、長編2作目の投稿となります。
ギャルゲーサークル“ConquistadoR”でライターをやっている者です。
他にも俳優としての仕事もしており、去秋にはTBS主催・有村架純/東山紀之主演“ジャンヌダルク”に出演していたので、どこかの公演で見かけたという方もいるかもしれません(本文中にURLを貼るのは規約違反のようなので、活動の詳細は上記のURL欄に記載したツ○イッターにて)
今回は、人生初の一人称視点に挑戦しました。
悪魔などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”等、やはりキリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ!w
※)小説家になろう様のほうでも、同タイトルで連載させていただいております。
白狼識さんにいただいたイラストを挿絵として加えているのですが、サイトの仕様上こちらは掲載できないようでしたので、上記ツイッ○ターのほうにも上げているので、そちらも良かったらご覧いただけると幸いです!
↓ 以下の要素にピンと来た方は、是非ご一読ください!
タイトル:“昏き黎蔭の鉐眼叛徒(くらきれいんのグラディアートル)”
「昏」は夕暮れ後の暗さを意味していますが、たとえ望みが薄くとも来るべき朝を目指してゆく内容から、一見すると矛盾している言葉をあえて選びました。
「黎蔭」で「れいいん」の「い」を重ねて「れいん」と発音します。
「黎」と「蔭」によって夜明けを示しつつ、後者は他者の助けである「かげ」とも読めるため、ダブルミーニングにしました。
そして、主人公がデスペルタルという刀の使い手なので、ラテン語で剣士「グラディアートル」です。彼の瞳は金色で、片目を眼帯で封印していることから「鉐色」と「隻眼」もかけています。
用語
† 怪魔(マレフィクス)
憎悪の念を燃料とする、エネルギー体のような霊的存在。人間に憑依して操り、凶行にはしらせることで新たな負の感情を発生させ、それを糧として半永久的に活動する。怪魔に襲われた経験のある人間にしか視認できないが、圧力をかけている場合や、闇に惹かれやすい者には陽炎のように見えることも。人々が病んでいるほど活発となるため、近年は被害が増える一方である。
† 妖屠(ようと)
怪魔に襲われ、彼らの残滓が濃く残っている被害者の中でも、特に強く復讐心を抱く人間は、発作反応を起こすことがある。この狂気じみた精神汚染を乗り越え、なおも怪魔を憎む想いが余りあると、彼らに触れられる体質へと変化。その呪詛を逆手に、寿命を消費することで人間離れした戦闘力を手に入れ、怪魔を討つ戦士たちに“妖屠”という呼称が付いた。
魔力の活用法ごとに騎士型、魔術型、バランス型の3種のスタイルが定義されており、本人との相性や、妖屠になることへの原動力によって馴染みやすいものに決まる。怪魔の思念が内側で生き続けているため、妖屠は伸びしろが無限大で、経験の吸収力も桁違いではるものの、闇の力に惹かれやすくなる危険も。
悪魔との契約は厳禁だが、その力に縋って掟を破る者が後を絶たない。悪魔は契約者の魂を餌とし、大抵は心身が耐えられず、悲惨な末路を辿る。悪魔が成立と見なすと、肌の一部が痣のように変色。悪魔の活動に比例して疼き、浸蝕も広がってゆくとされる。全身が覆い尽くされる頃には、精神も飲み干されてしまい、後悔することさえ叶わない。
† アダマース
神の子たる人間が得体の知れぬ怪魔などに弄ばれることを良しとしない宗教勢力、欧米財閥の後押しにより2017年に設立された妖屠を育成・運用する組織。本部はローマで、世界中に支部がある。組織名はラテン語でダイヤモンドを意味し、硬いが砕けてしまい易く、活躍する時はキラキラと輝きはするが、運命に翻弄されて散りゆく妖屠たちの精強さと儚さを込めたもの。各人ごとに適した得物・デスペルタルを授け、任務に従事させている。
前身に数多の組織を経てきたようで、歴史の裏で暗躍してきた、という噂も絶えない。古くは、妖討ちの達人として平安時代に名を残す“童子斬り”こと源頼光を裏で動かしていた説まである。日本支部の拠点は都心の地下。東京メトロに沿った通路を張り巡らせており、青梅の山中にも基地を有するなど、人知れず展開している。
† デスペルタル
対怪魔の武器は多くの組織で開発されてきたが、最も有効であるとしてアダマースが導入している支給品。妖屠が怪魔への想いを込めることで、全長30cm程度の棒状から変化し、性質と魔力に応じ最適な形態を形作る。
† 断罪(ネメシス)の七騎士
アダマースは、活躍や模擬戦の結果から妖屠の上位33人をランク付けし、中でも「人の身にあって人をやめた」と畏怖される別格の7名に“断罪の七騎士”という称号を与えている。全員が騎士型の妖屠で、それぞれ長斧、槍、双剣、大鎌、戦輪、鍵爪、縄鞭の名手。
† 行政省
生天目鼎蔵元総理大臣による内閣制度の廃止後、日本の新体制を象徴する機関。明治政府の太政官制における内務省に類似しており、筆頭執政官が内務卿の役割を担う。保守勢力の影響が大きい。“あるべき日本の追求”、“抑止力によって護られる安心と国民”を掲げ、中央集権体制の元、宗教勢力の政界追放、軍事力の増強などを断行。その急激かつ強硬な手法は、今日に至るまで賛否を招いている。
- Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.36 )
- 日時: 2015/01/04 01:47
- 名前: 三井雄貴 (ID: U7zErvcm)
† 三の罪——死神と演武(ワルツ)を(下)
「こんな所でまた会うとはな。今も奴が表に出ているんだろう?」
静寂に佇む銀髪の少年に、問いを投げかける茅原知盛。
「……一つ教えよ。貴様、人間ではないな」
「さあ、確かめてみるか?」
鋭い目を見返すが、彼の手はいまだ煙管に添えられたまま、微動だにしない。
「人間の世では目上の者に逆らわぬ方が往生出来るそうであるが」
一瞬、一帯の空気に閃電が奔った。しかし、間を置かずして茅原は、不敵な笑みを浮かべる。
「来るべき時が来たら、どちらが上か決めるのも悪くないだろう?」
「ほう。其れもまた一興」
悠然と去ってゆく武人を見送り、影のない彼は呟いた。
† † † † † † †
「緑川くん、ずいぶんとトイレ戻ってこないからまた倒れてるんじゃないかと思ったけど、大丈夫かい?」
「気持ち悪さはすっかり落ち着きましたわ。ま、いいとこなしでボコられたのは今でも悔しいすけどねー」
結果的に十四位へなりはしたが、あいつのアシストあってのランクだし、何よりトップ層との差を思い知らされた。
「ありゃ相手が悪かったね。彼女、アルビノになっちゃうぐらい高負荷の実験を耐えて鎌一本で三位になった化け物だし」
「今日参加した怪物たちの中でも彼女は別格でしたね……妖屠の強化された眼でも視えないなんて」
「ま、茅原くん抜きだからねー。そう言う新十位の桜花くんもすごかったよ。十一位はともかく、八位も倒すなんて立派立派! もうおじさんより上の人に勝っちゃうとはねー」
「そもそも隊長が七騎士に入っていないのがおかしいんですよ」
盛り上がる二人をよそに、俺は手の湿布に目を落とす。
「……確かに、北畠みつきの動きは異常だった。でもいくら人間をやめてようが、元々が同じ人間な以上、なんらかの対処法はあるはず……!」
「おっ、だんだん名前以外も稲目くんみたいになってきたねー」
「さすがにそれは言いすぎですよ。彼が十四位のころはもっと完成されてました」
「ん、俺の前にいたっていう——つーか名前だけ似てても意味ねーじゃないすか」
この名は親父が付けてくれた。さすがに信長はあまりにアレなんで、信雄にしたらしい。せめて信秀にしてくれれば、と何度も思っていたが、歴史オタクであった亡き彼とのつながりを感じることができるので、この平凡な響きも親父の死後、少しは愛着が湧くようになってきた。
「惜しい方をなくしましたね。展男さんほどの実力者がまさか倒れるとは」
「まさか、あの戦闘が彼との別れになるなんて……最後に見た、少し疲れましたって言う彼の後ろ姿、今でも忘れられないよ」
「……激しい戦いだったんですね。やっぱプロでも怪魔の前じゃいつ死ぬかわかったもんじゃねーな」
追憶の扉も程々で閉ざし、俺も会話に戻る。
「いや、死んでないよ。植物状態だけどね」
言葉づかいこそ柔和なままの隊長だが、仲間を慈しむようなまなざしが、戦闘の壮絶さや、助けられなかった無念を物語っていた。
「誰もあのときの彼に近づける状況ではなくてね」
やはり、彼らでも余裕がないほどの死闘だったのか。
「あの現場、むごかったですね。頭が派手に割れて……」
「真っ赤に染まったタイル、痛々しかったなあ」
「タイル……?」
「ああ————」
俺の疑問に、遠くにいる彼を見つめるかのように顔を上げる隊長。
「戦闘後、シャワーを浴びに行って二度と目覚めぬことになるとは思わなんだ」
「えっ、シャワー? タイル…………」
ようやく理解した。つまり、俺は風呂場で足を滑らせて再起不能になった人より下らしい。何はともあれ、まだまだ修行が足りないということを痛感させられた一日だった。
† † † † † † †
(また、信雄が強くなってる…………)
口ではああ言ったものの、新人の頃より見てきた桜花は、彼の成長を最も実感していた。
「ぼくも早く強くならないと、チーム多聞丸の初期メンバーで残っているのは、もうぼくだけ……このままじゃ、次はぼくが————」
独り言をこぼしながら、夜の回廊をゆく。日本支部の最下層、地下五階の奥にある倉庫の隠し扉を開け、彼女はまだ進んだ。
(……緊急用の裏通路——よし、だれも来てないみたい)
さらに細工された床面をずらし、僅かな隙間から滑り込む。内部は意外に開けており、儀式の痕跡を消した痕跡と、霊脈上に位置しているゆえか、ほのかに、しかし黒々と澱んだ魔力が漂っていた。
日本支部の開設が二〇一七年。最初から何らかの意図でこれを仕組んだか、あるいは九年の間に何者かが改造して活用したのか。いずれにせよ、過去に使われたのは年単位の昔であり、組織(アダマース)の関係者、それも高等な魔術に通じ、本部の構造を知り尽くしている地位の人間だ。桜花が魔術型の妖屠でなければ見逃してしまっただろうが、この異様な空気に足を踏み入れれば専門家でなくとも、あまり気持ちの良いことが行われたのではない、と直感するに違いない。
そして、悪魔の召喚は「名目上」厳禁。このような場所を把握している立場の者が表だって破ることはできないというのも、予測を裏づける。
(……少なくとも一柱や二柱じゃない……悪魔の大量召喚。つまり、この部屋は————)
一度、地獄とつながった。
(ともかく、ルシファー並の悪魔を召喚するには——ここしかない……!)
- Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.37 )
- 日時: 2015/01/04 12:39
- 名前: 三井雄貴 (ID: B3O778cF)
† 四の罪——現世(うつしよ)の邂逅(上)
† † † † † † †
「多聞さん、象山紀章殿がお見えになられましたけど」
風呂あがり、こたつにみかんの皮を多聞さんと積み上げていると、柚ねえのコールが入った。日本支部の宿舎は円形で、彼女が呼び出しに来たエントランスホールから、放射状に各隊の居住スペースへとつながっている。そして内部は、俺たちの今くつろぐ居間チックな共用空間を中心に、それぞれ周囲に私室を持っているというシェアハウス風、と寝起きに関しては裏組織の名から想像されるほど、ガチガチな管理下というわけではない。三条の部屋を見遣ると、もう寝たのか、ドアの小窓から闇がのぞいていた。
「こんな夜更けに珍客ですなー」
「明朝より国内各地の視察に赴くゆえ、東京を発つ前に筆頭顧問として一言、挨拶をば」
ホールで目に飛び込んできたのは、帽子に包帯。あの男だ。しかし、何をしに来たのだろう。
(……まさかルシファーの件がばれた……!?)
「喜多村さんの隊は殉職者が多く、人外と戦う自覚に欠ける、と先だっての幹部会議にて見当違いの失言を致した非礼をお詫び申し上げたく出向いたまで。模擬戦においても先刻証明された通り、現在のチーム多聞丸は実に精強だ」
「へへっ、そりゃどうも」
苦笑いして、軽く頭を下げる多聞さん。しかし、
「……で、本題は?」
彼が顔を上げたとき、その目はすでに、包帯の隙間でわざとらしく微笑む隻眼を射抜くように見定めていた。
「なに、戦場で“荒野の狩人”と名を馳せた国防陸軍元少佐殿の活躍には期待している反面、案じてもいる己もあるもので」
経歴、年齢、実力の割に多聞さんの出世が三条も言うように滞っているのは、こいつら幹部の警戒や嫉妬と無縁でもないだろう。
「我々(アダマース)が行っているは、戦にも狩りにも非ず。ましてや贖罪でも——貴殿は何が為に戦うのか? 生き急いでおられると見受けるが。人外に挑む中で彼等に近づいてゆく一方では、いずれは自らも破滅する日が訪れる定めというもの。眼前の敵を討つことで我を失っては、繋いだ命も天寿を全うできぬこと、努々お忘れなきよう」
「ニーチェ風の忠告、この軍人らしい胸板に受け止めました」
「ふふ、ものの喩えゆえ、気を悪くなさるな。ローマへ戻る前にでも、また語らうとしようではないか。して、次は何の話を……そうだな————」
隊長に背を向け、歩き出した彼は一言。
「悪魔について等、如何だろう」
この底知れぬ曲者に、動揺を悟られてはいけない。幸い、濃くなってきた左面の紋様を眼帯で隠していたこともあってか、彼は振り返りもせずに悠々とお帰りなさった。その余裕綽々な感じがまた、ムカつくわけだが。それ以上に、勿体ぶった物言いよりも、その声質がなぜか癇に障った。
「……鎌かけられたんすかね」
こたつに戻りながら、小声で聞いてみる。
「ポエマーのことだからねー。ま、一言だの少し話をだのって切り出す人間は、結局ベラベラしゃべるもんだ。ただ、彼に注意するに越したことはないよ。桜花くんもね」
「————!」
眠っているものだと思っていた三条の部屋に、突如として空気の乱れが生じた。
「夜歩きには目をつぶるとして、上司と同僚にあいさつもしないとは、感心できないなあ」
「んだよ、素通りしてやがったのかよ」
疲れているとはいえ、急な来訪者に気を取られて見逃していたなんて、これが御用改めだったら、俺は呆気なく斬り捨てられていたことだろう。
「素通り、じゃないよね。帰宅するのに気配を消すなんて、ちょっと早めのクリスマスプレゼントでもくれる気かい、サンタさん。ま、自分はともかく、あまりに濃すぎる連れの気配までは誤魔化せてなかったね」
「なんだ、男でも連れ込んでんのか」
「そ、そういうのじゃ……!」
「じゃ、どういうのかな? この数分間で、こたつの上にあったおじさんのおやつがなくなったんだけどー」
「ああ、あのちっさい空薬莢みたいなチョコか」
「ぼ、ぼくじゃないもん!」
「じゃあ誰かがやった、と。まあやましいことがねーなら開けてもいいっしょ」
「疑わしきは罰す、それがチーム多聞丸の掟。ま、信雄くんも言ってることだし、着替え中だったとしてもおじさんはいっさいの責任を負いません」
それを言うなら掟じゃなくて風潮では、と是正させる暇も与えずに、今ふと思いついた設定を適用するこの百八十センチ超えの中年男性は、軽やかにスキップして、ドアノブに手をかけた。
「いやいや、エロ関連の問題何でも俺のせいにすんのマジやめ——って……え?」
昼間ボコボコにされ過ぎて、座敷童でも視えるようになったのだろうか。少女らしさの欠片もない最低限の家具が整然と並ぶだけの寝室に、三条に抱きかかえられて眠る、小さな女の子のような何者かが増えていた。
「ああ、男をお持ち帰りした結果その子が産ま——」
「だまれ元二十六位」
こわい。
「それにしてもかわいい子だねー。どこで誘拐してきたのかな」
「ちょっと、ドスドスしないでください。ってか、デカい。チョコ食べてやっと眠ったんだから」
最近おかしいと思ったが、今日の彼女は特にキャラが不安定だ。生理だろうか?
「体格はしょうがないでしょー。って、やっぱおじさんのチョコは食べられちゃってたのね。にしても、最近のこういうの、よく出来てるねー」
謎の幼女をまじまじと見つめ、頭に被っている触角のような飾り物をツンツンといじくる、百八十センチ超えの中年男性。
「あ、ちょっと……!」
三条が制止したが、時すでに遅し。丸々とした目がゆっくりと開く。その、あまりに愛らしい顔立ちに、一同が思わず息を呑んだ瞬間————
- Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.38 )
- 日時: 2015/01/04 16:29
- 名前: 三井雄貴 (ID: KpEq4Y5k)
† 四の罪——現世(うつしよ)の邂逅(中)
「なんじゃそちはーッ!? ぶ、無礼者め……吾輩は地獄元帥だぞ」
飛び起きた彼女が隊長の手を振り払い、甲高い罵声を浴びせた。
「えっとー、地獄元帥でハエっつーと、ベルゼなんとか?」
「そこまでわかるなら言ってあげなよ。あと、この子ハエっていうといじけちゃうんだ」
困り笑いを浮かべる三条。
「ま、けっこーブラックな仕事だし、ちっちゃい生き物でも飼いたくなるのもわからんでもないなあ」
「動物禁止っすよー」
「えー、そうだっけー? まあ犬とか役に立ったりするじゃん」
「警察じゃねーんで」
「そっかー。猫も?」
「アレルギーで戦闘に支障が出そうだから、とか? そういうのじゃねーすかね」
「ベルゼブブは?」
「まあ虫ぐらいなら」
「虫ではないわ! なにゆえここには吾輩も知らぬ阿呆しかおらんのだ。まさか、ご主人さまも存ぜぬというのならば、たっ……ただじゃおかぬぞッ!」
まくし立てて、顔を近づけてくる。小学生ほどの体格だが、羽を小刻みに動かして、目線を合わせているようだ。語勢に反して、高度を維持するのに精一杯なのか、必死にプルプルしている様子が申し訳ないけど滑稽だった。
「ああ、あいつなら俺ん中だ」
「なっ——そち、喰ったのか……ご主人さまを喰いおったのかー!」
さらに顔を赤くするベルゼブブ。
「いや、どっちかっつーと、あいつの方から侵入してきた」
「フン、そちごときにご主人さまが敗れるなど有り得ぬものな」
彼女は一変して、鼻を鳴らす。忙しいヤツだ。
「……なんであんたが偉そうなんだよ」
恐ろしい悪魔と有名だが、残念ながら威厳は皆無である。しかし、三条のばつの悪そうな表情と、室内の空気がこの僅かな間で腐敗するかのように濁ったことから、本物に相違なかった。
「偉そう? 当然だ。吾輩はバアル、ベリアル、アスモデウス、アシュタロトとともに魔界四天王としていふされ、その中でも筆頭として——」
「四天王なのに五人いんのかよ」
「まあ今さら名を変えるのもな……」
「って、ホントにベルゼブブかいー! 最強クラスの悪魔が二体も……中間管理職の胃袋をこれ以上痛めつけないでー。ってなわけで、成仏してもらうのってだめ?」
「こっくりさんじゃねーんだし、戻し方なんてわからんすよ。ほら、アドラー先生だっけ? 隊長のお気に入りの学者さんも未来志向がうんたらっつーノリじゃないすか」
「ええっと、霊とちがって式神みたいに、地獄にいる悪魔のコピーが契約者の魂を燃料に維持されてるんだっけ?」
「うむ、そうじゃぞ」
胸を張って、本人が回答する。
「だからなんで自慢げなんだよ」
「……たしかに、召喚しちゃったものは仕方ない。よし、その代わり、条件が一つある!」
やはり頼れる上司。多聞さんに視線が集まる。なんだかんだで、この人は解決策を考えてくれるから、俺たちはついて来られた。
「僕のこと、お父さんって呼ぶこと。そしたらチーム多聞丸で面倒見てもいいです」
本能的な危険を察知したのか、壁際までベルゼブブが飛び退く。
「……いや、だってお父さんって呼ばれたいじゃん」
「まだ何も言ってないっすよ」
「ほら、この前さ、同級生を見かけたら親子連れで……やっぱ憧れるよねー。いや、まあ僕だってこの仕事じゃなかったら、選り取りみどりでとっくに美女とゴールインしてるけどね」
「ま、こいつよりは望みあるんじゃないすかね」
口を閉ざしたまま隊長を凝視している三条の肩に手を乗せた。
「き……きみだって似たようなものでしょ! って、勝手にさわらないで。今の犯罪だよ」
「軽くポンってしただけじゃねーか。くっそ、どうせ犯罪になんなら胸にしとけばよかった……」
「やっぱり下心あるじゃん。法廷で会おう!」
「あんた法廷がどんだけ大変か知ってんのかよ」
「そういうそっちこそ知ってるの?」
繰り広げられる不毛な攻防を、ベルゼブブは楽しげに眺めている。
「おお、なんだかとても愉快なのだ。そちらは仲が良いのだな」
「……これ見てそう思えんなら、愉快なのはあんたの脳内だと思うぜ」
夜も更け、三条の部屋で輪になって腰を下ろしている三人と一匹。
「つまり、桜花くんは力を欲するあまり、魂を対価にベルゼブブを召喚した、と。いちおう成功はしたみたいだけど、さすがに一から自分でやったわけじゃなく、アジトの最深部に高位の悪魔を召喚したと思われる術式の痕が隠されてて、霊脈にも沿っていたから流用したんだね」
灯台下暗し、か。信じ難いことだが、初の悪魔召喚で地獄トップツーがこうもポンポンと出てきてくれる、なんて方が考えにくい。
「現場の状況が気になるところだけど、この件に深入りするのは危なそうだから、しばらくは見なかったことにしたほうがいい。で、これからは彼女?をパートナーとするつもりかな? 正式に契約していないとはいえ、この部屋の汚染されっぷりは見ての通りだ。これほどの大物と、呑み込まれることなくやってゆけるのかい?」
「なっ……にゃにを申すか! 魔軍の長たる吾輩がこのような小娘ふぜいに仕えるとでも?」
うとうとしていたベルゼブブが、たどたどしい呂律で割り込む。
「きみのほうが子どもっぽく見えるじゃん」
眉尻を下げて呆れる三条が言いたいのは、主に胸のボリューム的な意味だろうか。
「たわけが! 吾輩に命じることができるのはご主人さま、ただ一人! 召喚に応じてやったのも、ご主人さまがこちらに来ておるがゆえ。この者の魂なぞいらん! さあ、はよご主人さまを出すのだ」
出し入れする方法があるのなら、俺も知りたいぐらいだ。
「そーいや多聞さん、さっきこの仕事じゃなかったらって……軍隊にいたときはどうだったんすか?」
話題を変えたかったのと、ふとした疑問から、俺は悪気もなく口にしてしまった。
「そ、その話は——」
「うん、いたよ」
三条の顔色と、彼の用意したような微笑みから、今はいない、それも別れたからというわけではない、という推測が俺を後悔の淵へと叩き落とす。こういう渇いた作り笑顔をどれほど、この人はしてきたのだろうか。
「ごめんなさい、何も知らずに……」
「いや、いいんだ。ほら、これから先の建設的な話をしよう」
「そっ、そうですね……ぼくのせいでこんなことになっちゃったんだし」
「さっきの報告を聞いた感じだと他の悪魔も来ちゃってるみたいだし、今まで以上に鍛錬が必要だろうね。ゼブブっちが乗り気になってくれたとしても、桜花くんの身心が耐えられなければ————」
当の本人は、騒ぐだけ騒いだら眠ってしまっている。本当に子どものような寝顔だ。
「つらいのは覚悟の上です。かならずや乗りきってみせます!」
「俺も稽古よろしくお願いします!」
俺たちを確かめるように交互に見比べると、隊長ははじめて、嬉しそうな顔で笑った。
「今日は二人とも模擬戦で疲れたろうから早く寝なさい。明日は朝からしごきまくるよー」
† † † † † † †
ただでさえ、重苦しい空気に満ちている地下室。空間そのもの以上に、そこにいる人間がその禍々しさを増幅させているかのようだ。
「やはり彼女はここに来ましたか。ククッ……あれほどの大物も小娘が呼び出してしまえるとは、相も変わらず悪魔と相性がよろしい場で」
栗毛の美青年が嘲笑を響かせる。中性的な面立ちをしていながら、そのオーラは暗い天井に負けじと、どす黒い。
「あれをただの小娘とぬかすのなら、お前の目に失望だ」
闇の中より、決して低くはないが、その漆黒でも塗り潰せぬ鋼の如き芯を持った声が加わる。
「これはこれは、失礼いたしました……ところで、元帥殿はわたくしの存在に気づいておられるのでしょうかね。どう思われますか——最強の妖屠様は」
道化は目を細め、暗がりに問いかけた。
- Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.39 )
- 日時: 2015/01/04 21:40
- 名前: 三井雄貴 (ID: KpEq4Y5k)
† 四の罪——現世(うつしよ)の邂逅(下)
† † † † † † †
「ラッシュが甘い! 隙を与えるな!」
叱咤激励を受けながら、隊長に挑む俺たち。徒手格闘はチーム多聞丸に入った当初から習っているが、いつもの脱力っぷりが嘘のような彼には、いまだ気圧されてばかりだ。高速でワンツーを繰り出し、流れるようなローキックにつなげる。時折スイッチして変化をつけるものの、教わったことだけをしていても師には勝てない。
(……やっぱ三条はシュートボクシングやってただけあって安定してんな。接近戦じゃ並んだと思ったけど、こいつも日々強くなってる——くそっ、こいつは魔術型の妖屠なんだぞ……この距離で後れをとってどうする!?)
一人称がこうなのは、両親が怪魔にやられたとき守ってくれた男に育てられたから、と言っていたが、男も顔負けの格闘術もその人物に伝授されたのだろう。彼女の攻撃には、格闘技経験者ならではの無駄がない型と、実戦向けの稽古を数こなしてきた勢いが共存していた。しかし、その三条と二人がかりでも崩せないのが、眼前の上司だ。防衛大、陸自、国防陸軍、と戦いに人生を捧げてきた男——年齢と巨躯に見合わぬ身のこなし、鋭いジャブをはじめとするボクテク、何より、戦場で敵兵を屠ってきた気迫。
俺とて、アダマースに入る前から蛍光灯の紐シャドーを欠かさず、川沿いをランニングしながら迫り来るアブラムシをかわして鍛えた動体視力には、自信を持っていた。平和の使者たる外交官だからこそ強くなきゃいけない、と言っていたキックボクシング経験者の兄から習った格闘技の知識も多少ある。しかし————
(単発のローなんて実戦じゃ……これはムエタイの崩しか!?)
軽々と叩きつけられ、壁の厚さを思い知らされた。俺が倒れている間に、三条もミドルキックの連打を浴びて、ペースを握られてゆく。ついに、口の開いた彼女に一突き。
「か……は……ッ!」
どんな人間でも鍛えられない親知らずを狙う、多聞さんの得意技が炸裂した。悶絶する三条に、右ストレートを寸止め。今日も、あっさりと決着がついてしまった。
「……さすが多聞さん! 親知らず打ち、効きました」
涙目で苦笑する三条。
「いや、ミドル連打から殴るだけでいいじゃん。口に手を突っ込めるぐらい怯ませたらストレート決まんだろ……俺には通用しませんよ」
息を整え、俺は起き上がった。
「いい目だ。何も考えずに転がっていたというわけじゃなさそうだな!」
打ち合いが再開する。
(この体格差の上、こうも守りが堅いんじゃストレートで崩しきれねーな……ならば)
ガードの脇から、フックを————
- Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.40 )
- 日時: 2015/01/05 10:58
- 名前: 三井雄貴 (ID: 5Zruy792)
† 五の罪——運命(さだめ)との対峙(上)
「ッ……!」
左でブロックされた直後に、その腕でフックを返されてしまった。やはり、ボクテクでも差があり過ぎる。
(焦んな、焦ったら三条の二の舞だ……!)
実戦に判定はないが、ヒット・アンド・アウェイを常にアウェイで終われるように繰り返せれば、いつかは勝つ——そう語ったのは、他でもない多聞さんだ。
(……それをあんた自身を相手に、証明させてもらう!)
当然、彼も烈火のように撃ち込んでくる。
(そうやってローを蓄積させてハイキックを狙うのはバレバレだ——こ、これは……!?)
多聞さんの脚が曲がった。ガードした上から、蹴り降ろされる。
(……極真空手の、ブラジリアンハイ!?)
「オァズボォ……ンッ!」
人体からしちゃいけない類いの音が出た。それを知覚したときには、膝から崩れ、俺の視界に天井が広がる。意識がはっきりしない。だが————
「——いつまで寝ている、緑川信雄。忘れたか、戦うと決めた日の自分を。お前の足は、なぜついている?」
多聞さんの声が耳朶を打った。
「誰よりも……速く駆けるためです」
横たわったまま、朦朧とする頭で答える。
「お前の腕は、なぜついている?」
「誰よりも多くの怪魔を討ち果たすためです」
「お前の心の火は、燃えているか?」
もはや、言葉にするまでもなかった。
「異能に溺れる者は二流だよ。もともと僕らの力じゃないんだ。なんかの拍子に使えなくなるかもしれない。最後に頼れるのは己の身体と技術だけ。魔力も武器も失ったら戦えませんじゃ困るよね」
この半年以上。思えば多聞さんは、妖屠を育成・運用する組織だというのに、対人の実戦を意識したようなことを何かと言っていた。
「……人間相手に戦う日が来る、っつーことすか?」
「どういう事情であれ、人間を殺した者はもう人間と呼べない。人生に失敗は付き物。多少転んでも、また歩き出す権利はある。けれどね……どんな理由があれ、人であることを捨ててしまったら——もう二度と、人には戻れないんだ」
多聞さんは撃ち抜くような双眸で、俺を見据える。
「覚悟は、できているかい?」
————覚悟もなしに、ここに立ってはいない。
「戻る気なんてねーよ。人以上になんなきゃ人は救えねーだろがああああ!」
そう、俺は立ち上がっていた。大地を踏みしめ、渾身の右フックを放つ。
一閃。
(ちくしょー。まぶしい。今の俺には、まぶし……すぎ……る……ぜ————)
クロスカウンターを喰らったからか、空が青すぎるからか。いや、その両方だろう。目が眩んだと思いきや、俺の感覚は、雲の彼方へと消え去っていった。
「君は反応もいいし、身体だって強い。持ち前の剣技に加え、教えたことを片っ端から身につけてる。だがそれゆえ、技に頼り過ぎなのも事実。日々の演習でいまだ僕に有効打を与えられていないのが、なによりの証拠だ。君は戦争を経験らない。極限の攻防はいかに僅かであれ、その差が命を左右する。既存の攻撃を勢い任せにかますだけじゃ、いずれ通用しない場面が訪れる。もっと俯瞰的に見ろ。視野が狭い奴は乱戦で死ぬぞ」
宿舎に戻って、多聞さんからのダメ出しを聞く。
「ってなわけで、次は大事な大事な栄養の補給だ」
なぜこの人たちは、俺を当たり前のように見つめてくるのか。
「つまりアレっすね、作れと。ちぇっ……十位以内は幹部食堂が使えんじゃないすか」
俺の不平に、多聞さんは大袈裟に口を尖らせる。
「えー、仕事じゃないときぐらいお偉方の顔色うかがわずに過ごしたいよー」
彼はチーム多聞丸の構成員でなくなった今でも、こうして俺たちと同じ宿舎に寝泊まりしていることが多かった。若者だけでは自己管理が不安なのか、上層部も黙認しているようだ。
「……おなか減った」
「はよ用意せい」
視線がつらい。女性陣も弱り果てているようだった。
「しゃーない。余ってる食材まとめてカレーだ。ただし、カレーと言っても俺が作んのは日本人らしくカレーライス! ナンとかいうシャレたもんはねーけど、大人しく食うんだぞー?」
「はよ」
こいつに至っては稽古したわけでもないのに、腹が減っては戦はできぬ、と言いたげな面持ちである。
「……まだか?」
いやいや、まだ食材を切り終ってもいないのだが。
「文句ばかりだね。ほんとーにルシファーに次ぐ実力あるの? だいたい、ベルゼブブって言ったら普通男だよね。あー、イケメンの悪魔がよかったなあ……」
「なんと無礼な……わ、吾輩の力をうたがうのか! まあそちのために使うことなど有りえぬがな」
まったく、先が思いやられるコンビだ。
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