ダーク・ファンタジー小説

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昏き黎蔭の鉐眼叛徒 @4位入賞&挿絵感謝! ※完結
日時: 2015/09/12 01:09
名前: 三井雄貴 (ID: 4mXaqJWJ)
参照: http://twitter.com/satanrising


            その日、俺は有限(いのち)を失った————


 文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。
 それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔は、古より人知れず災いを生み出してきた。

 時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ退魔師・妖屠の物語である。



 どうも、長編2作目の投稿となります。
 ギャルゲーサークル“ConquistadoR”でライターをやっている者です。
 他にも俳優としての仕事もしており、去秋にはTBS主催・有村架純/東山紀之主演“ジャンヌダルク”に出演していたので、どこかの公演で見かけたという方もいるかもしれません(本文中にURLを貼るのは規約違反のようなので、活動の詳細は上記のURL欄に記載したツ○イッターにて)

 今回は、人生初の一人称視点に挑戦しました。
 悪魔などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”等、やはりキリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ!w


※)小説家になろう様のほうでも、同タイトルで連載させていただいております。
 白狼識さんにいただいたイラストを挿絵として加えているのですが、サイトの仕様上こちらは掲載できないようでしたので、上記ツイッ○ターのほうにも上げているので、そちらも良かったらご覧いただけると幸いです!



↓ 以下の要素にピンと来た方は、是非ご一読ください!

タイトル:“昏き黎蔭の鉐眼叛徒(くらきれいんのグラディアートル)”
 「昏」は夕暮れ後の暗さを意味していますが、たとえ望みが薄くとも来るべき朝を目指してゆく内容から、一見すると矛盾している言葉をあえて選びました。
 「黎蔭」で「れいいん」の「い」を重ねて「れいん」と発音します。
 「黎」と「蔭」によって夜明けを示しつつ、後者は他者の助けである「かげ」とも読めるため、ダブルミーニングにしました。
 そして、主人公がデスペルタルという刀の使い手なので、ラテン語で剣士「グラディアートル」です。彼の瞳は金色で、片目を眼帯で封印していることから「鉐色」と「隻眼」もかけています。


用語

† 怪魔(マレフィクス)
 憎悪の念を燃料とする、エネルギー体のような霊的存在。人間に憑依して操り、凶行にはしらせることで新たな負の感情を発生させ、それを糧として半永久的に活動する。怪魔に襲われた経験のある人間にしか視認できないが、圧力をかけている場合や、闇に惹かれやすい者には陽炎のように見えることも。人々が病んでいるほど活発となるため、近年は被害が増える一方である。

† 妖屠(ようと)
 怪魔に襲われ、彼らの残滓が濃く残っている被害者の中でも、特に強く復讐心を抱く人間は、発作反応を起こすことがある。この狂気じみた精神汚染を乗り越え、なおも怪魔を憎む想いが余りあると、彼らに触れられる体質へと変化。その呪詛を逆手に、寿命を消費することで人間離れした戦闘力を手に入れ、怪魔を討つ戦士たちに“妖屠”という呼称が付いた。
 魔力の活用法ごとに騎士型、魔術型、バランス型の3種のスタイルが定義されており、本人との相性や、妖屠になることへの原動力によって馴染みやすいものに決まる。怪魔の思念が内側で生き続けているため、妖屠は伸びしろが無限大で、経験の吸収力も桁違いではるものの、闇の力に惹かれやすくなる危険も。
 悪魔との契約は厳禁だが、その力に縋って掟を破る者が後を絶たない。悪魔は契約者の魂を餌とし、大抵は心身が耐えられず、悲惨な末路を辿る。悪魔が成立と見なすと、肌の一部が痣のように変色。悪魔の活動に比例して疼き、浸蝕も広がってゆくとされる。全身が覆い尽くされる頃には、精神も飲み干されてしまい、後悔することさえ叶わない。

† アダマース
 神の子たる人間が得体の知れぬ怪魔などに弄ばれることを良しとしない宗教勢力、欧米財閥の後押しにより2017年に設立された妖屠を育成・運用する組織。本部はローマで、世界中に支部がある。組織名はラテン語でダイヤモンドを意味し、硬いが砕けてしまい易く、活躍する時はキラキラと輝きはするが、運命に翻弄されて散りゆく妖屠たちの精強さと儚さを込めたもの。各人ごとに適した得物・デスペルタルを授け、任務に従事させている。
 前身に数多の組織を経てきたようで、歴史の裏で暗躍してきた、という噂も絶えない。古くは、妖討ちの達人として平安時代に名を残す“童子斬り”こと源頼光を裏で動かしていた説まである。日本支部の拠点は都心の地下。東京メトロに沿った通路を張り巡らせており、青梅の山中にも基地を有するなど、人知れず展開している。

† デスペルタル
 対怪魔の武器は多くの組織で開発されてきたが、最も有効であるとしてアダマースが導入している支給品。妖屠が怪魔への想いを込めることで、全長30cm程度の棒状から変化し、性質と魔力に応じ最適な形態を形作る。

† 断罪(ネメシス)の七騎士
 アダマースは、活躍や模擬戦の結果から妖屠の上位33人をランク付けし、中でも「人の身にあって人をやめた」と畏怖される別格の7名に“断罪ネメシスの七騎士”という称号を与えている。全員が騎士型の妖屠で、それぞれ長斧、槍、双剣、大鎌、戦輪、鍵爪、縄鞭の名手。

† 行政省
 生天目鼎蔵元総理大臣による内閣制度の廃止後、日本の新体制を象徴する機関。明治政府の太政官制における内務省に類似しており、筆頭執政官が内務卿の役割を担う。保守勢力の影響が大きい。“あるべき日本の追求”、“抑止力によって護られる安心と国民”を掲げ、中央集権体制の元、宗教勢力の政界追放、軍事力の増強などを断行。その急激かつ強硬な手法は、今日に至るまで賛否を招いている。


Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.41 )
日時: 2015/01/05 12:22
名前: 三井雄貴 (ID: M22.tfSC)

               † 五の罪——運命(さだめ)との対峙(中)

「魔王の右腕にこのような物を出すとは、おそれ知らずめ……!」
「……フッ。真なる王者とは、何時如何なる場とて存分に愉しむものよ。人間共の文化を試す良き機会ではないか、と魔王さんが申してます」
 我ながら雑な出任せだったが、ベルゼブブは恐る恐るカレーを口に運んだ。
「あッ! あぅううう……うぬぬ」
 辛さと温度に驚いたのか、彼女は大きな瞳に涙を滲ませて身悶えする。
「大丈夫か!?」
「だれも熱いなぞ言っておらんわー! 吾輩にかかれば、こここ……こんなもの……!」
 いや、俺も熱さに関して口に出してはいないのだが。しかめっ面でかっ込み始めた地獄元帥様は、むきになりやすいお年頃のようだ。
「……ふむ、わるくないのう。人間どもの文化とやら、光栄に思うがよい」
「うん。似合ってるぜ、そのウサちゃんスリッパ」
 女の子が来た時のために用意していたはずが……いや、間違ってはいないんだけど。さすがに、この外見年齢では、文字通りの女の子になってしまう。
「だが思い上がるなよ、料理ぐらい吾輩もできるぞ! ご主人さまはいつもうまいと言ってくれるのだ」
「ほんとーに……?」
 訪問販売をどう追い返そうか、時間を稼ぎつつ考える主婦のような疑り深い目で流し見る三条。
「うむ。あまりのうまさに震えながら食べておるのだからな」
 それは果たして、美味しくて震えているのだろうか。
「ゼブブっち、ご飯粒ついてるよー」
「えっ、ア……アクセサリーだ!」
 多聞さんを睨みつけ、アクセサリーを外すと、彼女は腰を上げる。
「んな程度でいちいち家出してたらキリねーぞ」
「放尿だ」
 あまりに唐突かつ直球な物言いに、三条が溜息をついた。
「男がいるとこでそういうこと言わないの」
「男がいなくてもカミングアウトすんな。そーいや、風呂も自由に使っていいぞ。ただし、俺が入ってるときラッキースケベでもしたらエクソシスト呼ぶが」
「案ずるな。此の者は胸が一定以上に突出した人間しか異性として認識できぬ故、と魔王さまが」
 多聞さんの冗談は的外れでもないのが、またタチ悪い。
「あんたも勝手に誤解を招くようなこと言ってんじゃねー!」

 多聞さんが野暮用だかで出かけ、満腹になったベルゼブブはおねむのようだ。
「きみ……変わったね。ここに来たときは、もっと片意地なかんじだった。正義はなにか見出せなくとも、自分の納得いかないことには挑まずにいられないような」
 一緒に食器を片づけていると、三条が話を振ってきた。
「今でも大して変わんねーよ。そもそも、正義の味方ってよく言うけど、その正義って誰のことなんだろな」
 彼女は掴んだままの皿に目を落とす。
「わからない……ただ、ぼくは恩人に救われたとき、ぼくが彼みたいに強ければ他の人たちも助かったんだって思って、戦いを教えてもらうことにしたよ」
「親代わりだったっつー人か。俺もあんたらと出会った日、似たようなこと考えて一緒にいくって決めた。こんな世界があるなんて思ってもなかったし、いきなりのことで驚いたが、意味があんなら進むしかねーって。これが運命なら、俺は剣で切り開いてやるって。そう、誓ったんだ」
「きみのそういうとこは最初からすごかったね。ぼくはいまだにわからない……あの人の目には、なにが映っているのか。その目指す先にはなにがあるのか————」
 俯く三条のまなざしは、手元に注がれているようで、視ているのは遥か彼方だった。

                    † † † † † † †

「……美味い。酒が美味い日は、いい風が吹く」
 闇夜にコートを靡かせ、これまで世界に存在した千数百名の妖屠で史上最強と呼ばれる男が、ブーツの音と共に、凍てつく外階段を上ってゆく。
「これまでは眼前の脅威を排除することに身を捧げてきたが、それでは救える者も救いきれん。排除するべき敵が巨大すぎて見えなかったのだな」
 人々はこの漆黒に包まれた世界を見て、その暗さに怯えるばかり。誰が太陽を隠しているか、については向き合おうとしない。
「お前はかつて、なぜ強くあり続けるのかと言ったが、単純だ。理想を実現するには、現実を変えねばならないが、それに必要なのは力。創るのも壊すのも、強者にのみ許された権利だ。その為に、俺は——誰よりも強くなってみせよう」
 ビルの屋上へと到った彼は、一面に控える者たちを一瞥し、紫煙を吐き出した。次に、眼下に広がる夜明けの来ない世界を見渡すと、おもむろに告げる。
「バスティーユ監獄の襲撃が革命への第一歩だった。確かに、バカと犯罪者は使いようだ」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.42 )
日時: 2015/01/05 14:31
名前: 三井雄貴 (ID: mQwVxhmC)

              † 五の罪——運命(さだめ)との対峙(下)

                   † † † † † † †

 ドアが開ききるより早く、隊長が駆け込んできた。
「みんな、起きてるか!?」
「おっ、たもんまる!」
 こたつから上体を起こした拍子に、ベルゼブブがせんべいのカゴをぶちまける。
「まったく、どこに行っておったのだー」
 召喚者よりも先になついたのか、惨状に構わず歓喜の声を上げていたが、迎えに這い出ようとして落ちたせんべいに気づいたようだ。
「多聞さん、今日は戻らないんじゃなかったんすか?」
 食べようとする彼女を片手で押さえつけながら、犠牲者たちを拾い集めつつ質問する。
「茅原くんが……武力クーデターをやらかした」
 愕然と立ち尽くす三条。
「あの首席妖屠が…………」
「ま、とりあえず支部行こうぜ」
「いや、集まる時間も惜しいから現地で合流だってさ。くわしくは車の中で話すよ」
 隊長にうながされるまま、固まったままの三条を引っ張って乗り込む。

「優秀な軍人だった茅原くんがたった数十人で挙兵なんて、なにかしら考えてのことだろうし、東京湾に多くの怪魔の反応があるとも聞いた。まあ陸路は陸軍とヘルシャフトが構えてるから、僕らはお台場に展開して沿岸で迎え撃つ」
 南へとひた走る車で、銃のチェックを行いながら隊長の説明に耳を傾けるが、こんな事態なのに対応の早さが気になった。政府の指揮下にある軍や林原正俊なんかと、各国の承認と協力を得てるとはいえ、俺たち民間組織が連携して動いているのも違和感がある。あたかも、乱が発生することを知っていたかのような————
「しっかし、連中が陸(おか)を北上しねーでも、勝手に殺し合いが始まりそうな組み合わせだな」
「林原くんもこういうときぐらいは大人になれる子だよ、たぶん。んで、こっちは中央に沢城所長。左翼にオネエ系最強の鞭使い、世界五位の赤崎真備。右翼にかつての首席妖屠で、現四位のクロムウェル卿の七騎士コンビが布陣。そして、我々チーム多聞丸は栄えある先鋒を任せられたよ」
「そいつはわかったけど、政府(うえ)は何してるんすか」
「対話による平和的な解決を模索してるんだって。おこがましいことこの上ないねー。戦争を知らずに平和を語るなんて、見苦しくて腹立たしい」
「革命側の言い分に耳を貸そうなんて笑わせてくれますね。正しい戦争も間違っている戦争もねーのに。罪なき人々を巻き込んだことは許されない。どんな理由があっても、戦争は人殺しだ。で、今さらだけどヤツは何歳なんすか?」
「えー、いくつだったっけなー。ああ見えて三十はいってたような」
 信じ難いが、こんなときにまで冗談を言うような人ではない。多聞さんも真顔でハンドルを握っていたが、ふとバックミラー越しに三条を一瞥する。
「桜花くん、大丈夫かい? 契約について、まだ結んだわけじゃないんだろう」
「生身でもやれます! 対人戦闘の特訓をしてきたかいがありました。ぼくも戦います……!」
 彼女は、意思(ねつ)と緊張(ねつ)のせめぎ合うような表情(かお)で口にした。

「おお、来たか多聞丸」
 割れる人だかり。妖屠数十人の中心で座っていた沢城是清が、俺たちの姿を認めて歩み寄って来た。
「彼に呼応して武力蜂起した軍関係者たちと、大量の怪魔による二段構えじゃ。総勢は百に満たぬというから、本命は後者だろう。こちらもかき集められるだけの妖屠とエージェントを召集しているよ。さらに、陸海空軍に海兵隊が計九万五千。情報の漏洩を防ぐため、警察は使わない。叛乱鎮圧の総指揮を執るのは、君もよく知る陸軍の日笠時宗中将であられる」
「ここへの道中でいくらか目にしましたが、そこまで多いとは……これほどの大規模な混成布陣を即座に整えるなんて、いくら日笠さんでも——」
「ああ、都内のあいさつ回りを済ませて仙台ゆきの便を待っていた象山さんが一報を受けて、空港から飛んで来てくれたんじゃ。彼のアドバイスに基づいて、中将が編成をされたのがこれだ。どうだ、隙のない配置だろう?」
 所長の言葉に、背後で控える妖屠たちが口々にうなずく。
「いやー、それにしても、筆頭顧問が東京を出る前で良かったな」
「……ホントによかったのかな」
 多聞さんはふと、自問するように呟いた。
「ん、どういう意味じゃ?」
「あ、いえなにも……それより、人外嫌いの彼が怪魔を主役に持ってくるとは引っかかります。むしろ派手に暴れる彼らを捨て駒に、裏の裏をかくぐらいやりそうな男だ。実際、彼がどこにいるか、つかめていないのでしょう?」
 一握りの手勢で、二十一世紀のキューバ革命でもやるつもりだろうか。見つかれば終わりの少人数だが、目立たなさ過ぎれば心配も無用。自分たちが陽動と思わせ、あえてマークを緩めさせる一周回った戦法——考え過ぎのようで、彼は自らの手で的を一直線に射抜く者だと、あの日見かけただけに過ぎない相手の記憶が警鐘を鳴らしている。いや、俺が茅原と一度しか会ったことがない、と思い込んでいるだけではないだろうか……?
「まあ用心するに越したことはない。本人の居場所を引き続き捜索させる」
「では、持ち場につきますゆえ」
 所長に頭を下げ、後に続く。

「——とは言ったものの、もうふところに入られちゃってるみたいだね」
 埋立処分場のある小島へと渡る橋に差しかかろうとした直前、隊長が急ハンドルをきって、車は茂みへと滑り込んだ。
「きゃ……っ!」
 存外に女の子らしい三条の悲鳴をかき消すようにして、銃弾が俺たちのいた路面を抉る。
「くっそ、先回りされてやがったか!」
 気配は二十ほど。全員が軍人のようだが、この人数で防衛網に穴を開けたなんて信じられない。
(……まさか、穴は最初から開いていて————)
 そんなことが脳裏をよぎるも、殺気を感じて、ドアから飛び出すことに意識を切り替えた。脱出から秒を待たずに、蜂の巣となる車。
「国の癌は殺処分する」
「ほぁ。そうなんすねー」
 クレーマーに詰め寄られたやる気のないバイトのように、樹上の多聞さんが幹に寄りかかっている。
「いや、殺すのはやめとけよ。犯罪だし」
「うん、人殺しは良くないよ。そもそもアレだ。革命が国家転覆罪じゃん。ま、熱い想いがあるならキャバクラで語りな。悪いけどおじさんも暇じゃないんだ」
「な……っ!? 我々愛国者の血と涙を侮辱するか!」
「……どうします?」
 激昂する、茅原と愉快な仲間たちの後半のほうを尻目に、三条が指示を仰いだ。
「あ、うん。もう突破するわ。なんか飽きてきたし」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.43 )
日時: 2015/01/05 22:21
名前: 三井雄貴 (ID: o12S0lxa)

                    † 六の罪——第三の悪魔(前)

「っつーことだから、おっさんたち、悪いけど血と涙はここで流しきってもらうぜ」
 左右の足下に、高速移動用の魔法陣を顕現させる。
「いや、君たちは魔力を温存しておきな」
孔だらけになったトランクから、鉄の塊を軽々と取り出す多聞さん。
「馬鹿な! 三十キロはあるはず——」
 刺客が言い終わらないうちに、一発ずつを聞き分けられないほどの連射音が轟いた。断末魔を上げる間もなく、彼らは肉片と化して四散してゆく。
周囲の敵意が皆無になるまで、無機質なミニガンの咆哮だけが聴覚を支配した。この名は当社比で付けられた愛称らしいが、ネーミングに違和感を覚えなかったのだろうか。
「五百発は使っちゃったかなー。あの世で待っててくれたら、いいお店いつか教えてあげるよ」
「もう聞こえてないと思いますよー。つか、ずいぶんと用意がいいみてーだけど、それぐらいは聞いといたほうが良かったんじゃないすか?」
「生け捕りにする時間が惜しい。それに魔術の気配がした。ね、桜花くん?」
「ええ……これは口を物理的に割ってでも出てこないやつです」

 人工島の突端部に達した俺たちを迎えたのは、水平線を埋め尽くす黒々とした影だった。
「なんつー数だ……!」
「これだけの怪魔が群れで行動する以上、おそらく親玉がいる。この数を統率するほどだから、生半可な相手じゃないだろうね」
「どうします? 柚ねえには連絡つかないし、軍も動きが見られませんね。隊長として、まずはチームのみんなと合流するのが先決と思いますが」
 横須賀から今すぐ動かせるだけ持ってきたのか、沖合を護衛艦が数ノットの低速で行き交っており、上空のヘリはせわしなく旋回しているが、様子見しているだけのようだ。
「二一式戦車にながと型護衛艦、あれはあかぎ型かな……彼らも本気みたいだけど、通常兵器じゃ打つ手なしだろうし、うちらで切り抜けるしかなさそうだねー。緑川くんは彼らを率いて茅原くんを見つけに回ってくれ」
 そう伝えると、多聞さんは橋を渡っている国防陸軍の一個小隊にジェスチャーを送った。
「二人だけで大丈夫なんすか?」
「いざってときはゼブブっちもいるさ。ま、彼女に暴れてもらうなら人目を遠ざけないとね」
「そーいや、あいつ今どこに……まさか! さっきの奇襲で——」
「結界で周りの世界ごと塗り替えてもらってるから見えないけど、その辺にいるはず。きみは人の心配より一人前に仕事をこなしてきなさい」
 三条が言うには、どうやら俺が思ってたよりも、遥かにスゴい悪魔らしい。
「アダマースの何代も前身が退治にかかわったっていう千年前のおっかない鬼だって、首を斬られたら死んだ。茅原くんがとろうとしているのは日本の頭。同僚が怪魔を見逃せないことを知る彼が、ここにアダマース(うちら)を釘付けにして狙うのは——」
「筆頭執政官のいる、行政省……?」
 政治はさっぱりな俺でも、内閣制度が廃止されてから日本の舵取りをしている機関ぐらいは答えられた。
「千代田区で茅原知盛と思わしき人物が目撃されたようです!」
 飛び込んできた無線に、顔を見合わせる。
「やっぱ怪魔は囮だったかー。たのんだよ。所長にも応援を派遣するよう言ってみる」
 曇ってもいなかった空が泣き出した。それどころではないのに、じっと三条が手の平を眺めている。
「この雨……」
「んだよ、雨ぐらいで気を取られてる場——え、赤……い……?」
 ぞっとして多聞さんに目を移すと、彼は大海原の果てにいる何かを睨むように見つめていた。
「悪魔の現れる前兆だよ。血の洗礼、だったかな。たしか地獄大公——」
「夏でもないのに陽炎が……!」
 続きを遮るようにして、口々に騒ぎ始める後方の兵士たち。多聞さんは溜息をつき、煙草を手に取る。
「行きな。もうすぐここは、地獄になる」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.44 )
日時: 2015/01/06 11:05
名前: 三井雄貴 (ID: epn654T8)

                    † 六の罪——第三の悪魔(中)

 大穴と火災で変わり果てた路上。十数人の兵士が倒れ、苦悶の呻きを上げている。
(今ので全員やられたか——なんて腕だ……!)
 辛うじて生き残った俺は、ビルの影に転がり込み、息を整えていた。行政省の屋上に、僅かな手勢と立つ茅原を発見し、先手を取ることに成功。開幕一斉射撃で茅原以外を全滅させたが、それからの数十秒は、誰一人として一撃も与えられなかった。
「って、うおァッ! ちょ、跳弾!? こっちの位置は見えねーハズ……やはり使い魔のサポートか」
 何発かの銃弾が意思を持っているかのように、頬を掠めてゆく。
(……止んだ、のか……?)
 再び訪れた静寂。まるで空気までもが彼の殺意の的になることを恐れ、息を潜めているようだった。
「——ッ!? いきなり風が……!」
 風に乗って、茅原の足音が聞こえてきそうなほどの威圧感に、身震いする。
「あらゆる要素から瞬時に判断し、最適な動作を最短で行う。研ぎ澄まされた直感と磨き上げられた予見。武の頂に至らずして達せない極地。お前に見破れるか」
 近づいてくる声は、落ち着いていながら、心の奥底にまで刺さるようだった。方向を見極め、両脇のビルを壁蹴りで駆け上って、彼の頭上から銃撃を放つ。が、
「不意討ち以外に芸はないのか」
 呆れたように目を瞑った茅原に、真後ろに滑り退いて易々と躱された。
「うそ……だろ……?」
 着地してからも、すかさず追撃を浴びせ続けるが、波にでも乗っているかのように身体を揺らして避けられるばかりだ。
「……この距離なら剣の方が速い。抜け」
 具現化した双剣のデスペルタルを片方のみ構えて告げる、史上最強の妖屠。その左手は依然として煙管に添えられ、もう一振りの剣を背中から抜く気配もなかった。

                 † † † † † † †

「隊長、あれは……!?」
 波間に佇む栗毛の青年を指して、叫ぶ三条桜花。
「————ああ、実に嘆かわしい。無力な人間がもがく姿はいつの世も醜いものです。貴方がたが一度でも、わたくし共より強かった例がありますか」
 悪魔と言うには神々し過ぎ、幻と断じることを許さない存在感が、二人の感覚を塗り潰してゆく。そこに、あまりにも耽美で、それでいて邪悪さを孕んだ狂気が、実体(かたち)を成して舞い降りていた。
「やっぱベリアルかー。大昔の先輩方は酒呑童子殺しにも関わってたらしいけど、こりゃー鬼の比じゃない相手が来ちゃったなあ」
 多聞は苦笑しつつ、煙草を消す。
「なんだあいつは!? 海面にどうやって立ってるんだ?」
 衝撃の奔る陸軍陣地を一望できる、沿岸で一際高いスカイデッキに、男は降り立った。
「死にゆく者へ答えはいらない」
 海風に外套を靡かせ、眼下に展開した大部隊を見下ろす。
「代わりに、わたくしの技をご覧にいれましょう。そう……冥土の土産にね」
 塔上の彼が三日月のように双唇を歪めると、一同の瞳に焦燥と緊張の色が灯った。今回の防衛戦に際して、クーデターを鎮圧するにしては、大袈裟なまでに超法規的戦力が投入された理由。それを、空気に混じる魔力が広がる重油の如く重圧を増してゆくにつれ、戦士たちは秒刻みに押し寄せる絶望の傍らで、実感してゆくのであった。沢城是清に緊急時指揮権を与えているとはいえ、国際組織の末端であるアダマース日本支部が、日本政府に従うという異常事態。生天目執政官が有事大権を発動したのか、軍が圧力をかけたのか、はたまた何者かが裏で動いたのか。真相はどうあれ、官民問わず、これほどの戦力が召集されたという現状が、眼前の地獄大公(ベリアル)は本物だということを、心身に染み渡る害意の急増と共に証明してゆく。
 ————そして、夜(くろ)が熱(あか)に染まった。
「結界……奥義が来るぞ!」
 この場で唯一、かの技を知るベルゼブブの呼びかけが、その威力に対する警鐘。しかし、誰が契約したのかはさておき、ソロモンの指環なしでは使役できたところで、全力を引き出すには程遠いだろう。奥義まで使うのであれば、守りは手薄になるのが必定。
「くっ、化け物め。やられる前にやるぞ……!」
 戦車隊の中央で、指揮官が逞しい右腕を掲げる。
「撃ち方始め(てぇッ)!」
 響き渡る轟音。国防陸軍の誇る二一式戦車の主砲が火を噴いた。耳朶を打つ砲声は、一撃必殺のシグナル。世界最強の五十二口径百三十ミリ滑空砲で、足場ごと彼を吹き飛ばそうというようだ。が、
「フン、愚かな」
 着弾を待つことなく、致死の砲弾は崩れ去った。高熱を帯びる前提につくられた存在が、瞬く間に跡形もない。溶けたと言うより、亜空間に呑まれた、とでも表すべきだろう。ベリアルは悪徳の堕天使。敵意を伴った攻撃に対して、最高の迎撃力を発揮する。
「ふっふっふ……もっと足掻きなさい。その醜態、実に人間らしい」
 言葉を失った兵士たちの代わりに、両手を広げて天を仰ぐ彼の哄笑が木霊した。
「ちょっと、なんとかして! きみの愉快な仲間たち的なアレでしょ。ほら、実はいい人そうだし」
 ベルゼブブのいるであろう空間に、問い詰める桜花。
「桜花くん、無理を言っちゃ迷惑でしょう。それに、ああいう笑い方をするのは例外なく悪役っていうじゃん」
 そうこうしている間にも、空気中に在る負の波動がベリアルの元へと集ってゆく。
「————其は民惑わす偽りの楽園 狂い咲くは穢れの薔薇
泡沫の戯れに終幕を 今こそ裁きの烈火を受けよ」
 無力な有象無象を嘲るようにして、ベリアルが紡いでゆく破滅の呪言。決して声を張っているわけではないが、その詠唱は一帯を包んでゆく。
「むうう、今の吾輩ではあれに抗しえぬか……かくなる上は——」
「そもそもソドムとゴモラって、同性愛で滅ぼされたんじゃなかったっけー。おじさんホモじゃないし納得いかないんすけど」
「うむ。沿岸のどこかに、いるということだろう……彼ら彼女らが」
「やっぱり東京湾のど真ん中なんかできみたちが同窓会おっぱじめたのが悪いんじゃん! 魔界でやれ! てかホモのせいで悪魔祭に巻き込まれて死にたくない。うーっ……ベルゼブブ、ぼくの魔力を使って!」
「たわごとを! そちと契約など——」
「それしかないんだ! 早く!」
 桜花の悲痛な嘆願に、幼い顔を曇らせるベルゼブブだったが、意を決したように凛としたまなざしを返した。
「いいのだな……ほんとうに」
「桜花くん、時間が……!」
 おぞましいまでの殺気が莫大な熱量を生じさせ、ベリアルの痩躯が陽炎に揺らぎ始める。
「此の身は紅蓮の具現 咎人を灼き尽くす焔を我が手に!
咲き乱れよ、業火の花弁 断末魔と共に灰燼と化せ」
 迸る閃光。瞠目する群衆。
 そして——ここに、二つ目の太陽が昇った。
「————灼熱狂騒曲・廃都終焉ソドムフレイム……!!」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.45 )
日時: 2015/01/06 15:26
名前: 三井雄貴 (ID: TeXDu9yk)

 ソドムフレイムの途中ですが、皆様、あけましておめでとうございます!
作者の三井雄貴です。

 小説大会2014で投票して下さった方々、ありがとうございます!
4位に入賞することが出来ました。
肝心の年末に更新もできずにいたのに思いがけない結果で驚きつつも、モチベーション上がっています!
ちなみに現時点で公開できているのは完結までの約3割にしか満たないボリュームです...

 今年も“くらぐら”頑張って書いてゆくので、よろしくお願いします!
ご意見・ご感想がございましたらツィッ○ターかFBにいただけると幸いです。


P.S.
 作者プロフィール、追記しました ノシ


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