ダーク・ファンタジー小説

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昏き黎蔭の鉐眼叛徒 @4位入賞&挿絵感謝! ※完結
日時: 2015/09/12 01:09
名前: 三井雄貴 (ID: 4mXaqJWJ)
参照: http://twitter.com/satanrising


            その日、俺は有限(いのち)を失った————


 文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。
 それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔は、古より人知れず災いを生み出してきた。

 時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ退魔師・妖屠の物語である。



 どうも、長編2作目の投稿となります。
 ギャルゲーサークル“ConquistadoR”でライターをやっている者です。
 他にも俳優としての仕事もしており、去秋にはTBS主催・有村架純/東山紀之主演“ジャンヌダルク”に出演していたので、どこかの公演で見かけたという方もいるかもしれません(本文中にURLを貼るのは規約違反のようなので、活動の詳細は上記のURL欄に記載したツ○イッターにて)

 今回は、人生初の一人称視点に挑戦しました。
 悪魔などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”等、やはりキリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ!w


※)小説家になろう様のほうでも、同タイトルで連載させていただいております。
 白狼識さんにいただいたイラストを挿絵として加えているのですが、サイトの仕様上こちらは掲載できないようでしたので、上記ツイッ○ターのほうにも上げているので、そちらも良かったらご覧いただけると幸いです!



↓ 以下の要素にピンと来た方は、是非ご一読ください!

タイトル:“昏き黎蔭の鉐眼叛徒(くらきれいんのグラディアートル)”
 「昏」は夕暮れ後の暗さを意味していますが、たとえ望みが薄くとも来るべき朝を目指してゆく内容から、一見すると矛盾している言葉をあえて選びました。
 「黎蔭」で「れいいん」の「い」を重ねて「れいん」と発音します。
 「黎」と「蔭」によって夜明けを示しつつ、後者は他者の助けである「かげ」とも読めるため、ダブルミーニングにしました。
 そして、主人公がデスペルタルという刀の使い手なので、ラテン語で剣士「グラディアートル」です。彼の瞳は金色で、片目を眼帯で封印していることから「鉐色」と「隻眼」もかけています。


用語

† 怪魔(マレフィクス)
 憎悪の念を燃料とする、エネルギー体のような霊的存在。人間に憑依して操り、凶行にはしらせることで新たな負の感情を発生させ、それを糧として半永久的に活動する。怪魔に襲われた経験のある人間にしか視認できないが、圧力をかけている場合や、闇に惹かれやすい者には陽炎のように見えることも。人々が病んでいるほど活発となるため、近年は被害が増える一方である。

† 妖屠(ようと)
 怪魔に襲われ、彼らの残滓が濃く残っている被害者の中でも、特に強く復讐心を抱く人間は、発作反応を起こすことがある。この狂気じみた精神汚染を乗り越え、なおも怪魔を憎む想いが余りあると、彼らに触れられる体質へと変化。その呪詛を逆手に、寿命を消費することで人間離れした戦闘力を手に入れ、怪魔を討つ戦士たちに“妖屠”という呼称が付いた。
 魔力の活用法ごとに騎士型、魔術型、バランス型の3種のスタイルが定義されており、本人との相性や、妖屠になることへの原動力によって馴染みやすいものに決まる。怪魔の思念が内側で生き続けているため、妖屠は伸びしろが無限大で、経験の吸収力も桁違いではるものの、闇の力に惹かれやすくなる危険も。
 悪魔との契約は厳禁だが、その力に縋って掟を破る者が後を絶たない。悪魔は契約者の魂を餌とし、大抵は心身が耐えられず、悲惨な末路を辿る。悪魔が成立と見なすと、肌の一部が痣のように変色。悪魔の活動に比例して疼き、浸蝕も広がってゆくとされる。全身が覆い尽くされる頃には、精神も飲み干されてしまい、後悔することさえ叶わない。

† アダマース
 神の子たる人間が得体の知れぬ怪魔などに弄ばれることを良しとしない宗教勢力、欧米財閥の後押しにより2017年に設立された妖屠を育成・運用する組織。本部はローマで、世界中に支部がある。組織名はラテン語でダイヤモンドを意味し、硬いが砕けてしまい易く、活躍する時はキラキラと輝きはするが、運命に翻弄されて散りゆく妖屠たちの精強さと儚さを込めたもの。各人ごとに適した得物・デスペルタルを授け、任務に従事させている。
 前身に数多の組織を経てきたようで、歴史の裏で暗躍してきた、という噂も絶えない。古くは、妖討ちの達人として平安時代に名を残す“童子斬り”こと源頼光を裏で動かしていた説まである。日本支部の拠点は都心の地下。東京メトロに沿った通路を張り巡らせており、青梅の山中にも基地を有するなど、人知れず展開している。

† デスペルタル
 対怪魔の武器は多くの組織で開発されてきたが、最も有効であるとしてアダマースが導入している支給品。妖屠が怪魔への想いを込めることで、全長30cm程度の棒状から変化し、性質と魔力に応じ最適な形態を形作る。

† 断罪(ネメシス)の七騎士
 アダマースは、活躍や模擬戦の結果から妖屠の上位33人をランク付けし、中でも「人の身にあって人をやめた」と畏怖される別格の7名に“断罪ネメシスの七騎士”という称号を与えている。全員が騎士型の妖屠で、それぞれ長斧、槍、双剣、大鎌、戦輪、鍵爪、縄鞭の名手。

† 行政省
 生天目鼎蔵元総理大臣による内閣制度の廃止後、日本の新体制を象徴する機関。明治政府の太政官制における内務省に類似しており、筆頭執政官が内務卿の役割を担う。保守勢力の影響が大きい。“あるべき日本の追求”、“抑止力によって護られる安心と国民”を掲げ、中央集権体制の元、宗教勢力の政界追放、軍事力の増強などを断行。その急激かつ強硬な手法は、今日に至るまで賛否を招いている。


Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.31 )
日時: 2014/12/26 23:45
名前: 三井雄貴 (ID: TQfzOaw7)

         † 二の罪——我が背負うは罪に染まりし十字架(上)

「え、いや……言いましたっけ?」
 俺を正視する藍色の瞳は、すべてを見透かすかのようだ。
「……今後、力を貸してくれんなら何でも差し出す。でも一つだけ、そっちも誓ってくれ。俺以外のヤツには手を出さない、と」
 穴でも開けられそうな目力で覗き込むように前身してくると、俺の目前で止まるルシファー。思いのほか身長差は小さいのが、せめてもの救いだ。
「ほう、地獄をも制した此の身に命じるか——何たる暴挙! 何たる傲慢! 重畳。貴様、名を何と云う?」
「えっと……緑川、だけど」
 ツボに入ったのか不敵な笑みを浮かべる魔王に、困惑しつつも名乗る。
「緑川信雄よ。命が対価と云えど、此の場で貴様を殺める無粋な真似には及ばぬ」
「ああ、どうも……あれ? フルネームまだ言ってないけど」
「疾うに存じている。己が名を好かぬ様であった故、如何様に名乗るか興が乗ったまで」
 もしかして、ドエスな魔王なのか? タチが悪いものを召喚してしまったようだが、悪魔との契約にクーリングオフは絶望的だ。
「して貴様。余と契約をなせば、同族(ひと)を殺める迷いも一段と薄れゆくは必定——此の身を叩き起こすとは狂人とみたが、尚も正気の心算か?」
「どんな極悪人だろうと殺せば同罪だ。この血濡れた手は、いくら綺麗事を重ねようが綺麗にはならねえ。俺はより多くの人間を護るため、人間だった者たちを犠牲にすることを選んだ。戻れねー道に足を踏み入れちまったんだ。覚悟は、とっくにできてる」
 無言で聞き届けていたルシファーだが、僅かに苦笑を挟むと、再び俺を見定めた。
「流石は余が応じた者よ。実に愚かで無謀で身の程知らずで救えぬ——故、我が力を以て一片の希望と極大の絶望を与えん。変わりゆく世界を不変の身で生きる咎、背負い続けるが良い」
 彼の双眸が紫に輝いたと思うや否や、耳元を舐めるように小ぶりな口が迫る。
「飲み干してみよ————」
 駆け抜けるような悪寒と共に、囁きが脳裏に響いた。魔王を形づくっていたそれは、溶けるように崩れ、四散してゆく。
「ッあぃ……っ!」
 高熱に侵されるかの如く、吹雪に凍えるかの如く、全身を蝕む未知の感覚。熱いような、寒いような、苦しくて、痺れて……しかし、それでいて苦痛と言うよりは——それは、なぜか快感にも似ていた。まるで、ながらく自分がこうなることを望み続けていたかのように陶酔する。
「大丈夫か、緑川くん!」
 真っ暗な部屋に通行車のライトが差し込むように、どこからともなく多聞さんの呼びかけが飛び込んできた。
「……ああ、案ずるに及ばぬ。良き夜だ。斯様な日を時空の彼方より待ち望んでいたかの如き心持ちよ」
 自分の口から出ているとは思えない答えが紡がれてゆく。
「まあ夜じゃないんだけどねー」
「……信雄、しっかり……!」
 冷静な上司の傍ら、あの女は取り乱しているようだ。何故か目が開けられないが、三条が俺を名前で呼ぶのは珍しい。
「きみ……こんなところで飲み干されちゃ——」
「っせーな、飲み干すのは俺だ」
 霧が晴れるかのように、むしろ上から塗り潰すようにして、混乱を抑え込んで俺は言い放っていた。
「上等だ……毒を喰らわば皿まで、皿どころか黒幕ごと喰らい尽くしてやるよ。この運命の交差点に導いたヤツが何を考えてっかは知らねーが、俺がまとめて飲み干してやる! 俺が全部——背負ってみせる」
 回復してきた視界に、銀色が混じっている。
「聞いてっか、悪魔! 罪を犯した者は俺が殺す。それも罪なら、俺は背負い続ける。それでも殺し続ける。罪を背負いながら、犠牲になった人の分まで戦い続ける。その過程の罪も全て背負ってゆく……! それが——俺の背負う、罪という名の十字架だ」
「ヒュー。いけてるじゃん。見た目のインパクトに負けてないよー」
 多聞さんが差し出してきたガラス片に映っている自分(かれ)に、言葉を失った。
 銀に変色した髪は伸び、右眼も彼と同じく深い蒼を湛えている。あたかも俺がルシファーになってしまったかのようだが、その左眼は金色に明滅し、周囲の皮膚には孔雀の羽を思わせる紋様が焼き付いていた。
「どういう理屈なの……」
「なんでもかんでも理屈で説明できたら、科学は宗教よりも多くの人から信仰されてるんじゃないかな。こんなにイメチェンして帰ったらみんな驚くだろうから、ヴィジュアル系バンドでも始めたってことにでもしてみればどうだい?」
「いやいや携帯も禁じられてるのにありえないでしょ」
「んなことより、とっとと立てよ。ちびったか?」
「へ……?」
 俺の顔と差し伸べた手を、交互に凝視する三条。
「そ、そんなわけないもん……! 言われなくても立ちますーっ!」
 そう言いつつも、口調とは裏腹にそっと握り返してきた。
「はは、若いっていいねー。ほら、後処理はなんとかしとくから、君はこの場を離れたほうがいい。幸い、彼はご丁寧に結界まで強化してくれてたみたいで、今のところバレてないと思うけどねー」
 結界が解かれると、破壊された建物は元々なかった存在ものとなる。外側に被害が皆無だったという事実を思い返して、これほどの大惨事を引き起こしてなお、彼が全力には遥か遠かったのだと実感させられた。
「お上には誤魔化しとくから二人は先に戻ってな。夜には傾向と対策を話し合おう。もちろん、お説教の後でね」
 言われるとほどなく、ハッとしたように手を振りほどき、早足に歩き出す三条。苦笑いする上司に軽く挨拶し、俺も慌てて後を追った。

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.32 )
日時: 2014/12/27 02:27
名前: 三井雄貴 (ID: LwOm547C)

         † 二の罪——我が背負うは罪に染まりし十字架(中)

                † † † † † † †

 彼らが二手に分かれた後も、主役を奪われて久しい巨大電波塔から、並んで現場を眺望する二つの影。さすがに数キロも離れていては、多聞も気づかないようだ。
「ククク……いかがでしょうか? 地球の裏側よりいらしてみて」
 鉄骨に腰かけて両足を揺らしつつ、粘着質の笑みを含ませて、群青色の外套を纏った優男が問いかける。
「フン。道化の悪趣味な遊戯だと思ってはいたが、少しは手応えがありそうじゃないか」
 隣の威風堂々と佇立しながらも、子供のように軽やかな声の人物は紫煙を吐き出し、さらり、と——しかし、決して眼下から目を離すことなく述べた。
「それは何より。彼以外に、極東の地へわざわざお出でなさった理由ができたのなら——」
 栗色の長髪を靡かせて、座したまま男が続けた途端、稲妻のように殺気が奔る。
「……その減らず口、閉じられんなら手を貸すが」
 煙管を口元より離し、横目で見遣る眼光は、刃物の如く鋭かった。
「おお怖い。命がいくつあっても足りなそうだ」

(……そういえば隊長、人外の力に頼ること、嫌ってたなあ————)
 降り始めた雨を、三条桜花は呆然と見つめている。
「彼が生還したことは喜ばしいが、同時に、遠い存在になってしまったことに対して複雑な気持ち、みたいな感じで合ってるかな」
「……隊長は、いいんですか?」
 背中越しに、彼女は尋ね返した。
「過去の事実は変えられない。だが、その意味なら未来で変えようがある——生きてりゃ絶望ぐらいするよ。そこで、そこから、そういうときこそ、この先どう動くかなんじゃないかな」
「またアドラー心理学ですか。変えたくても……その動くための力が、ぼくには——」
「強者ほど力に頼ってはいけない。暴力はさらなる暴力を生むだけだし」
「だから……頼る力もないんですよ、ぼくは! 隊長に近づこうとがんばってきたけど、隊長にとどくどころか、彼にすら追い抜かれようとしている……!」
 俯いて少女は喚く。桜花は妖屠の殉職と補充に伴う各班再編で、指揮・育成のためと実働部隊から退かされた世界ランク九位の多聞に代わり、史上最年少の隊長となった。二代目隊長の十八位・桜花と副隊長の二十六位・信雄以外は、ランク外の新人妖屠五人に、仕事を回されていないエージェントたちを取ってつけただけの戦力。かつて多くのランカーたちを擁し、日本支部の中核をなしていたチーム多聞丸は、もはや過去のものだった。
「弱くちゃいけないのかい? 虫や草花だって懸命に生きてるんだ。弱くても生きようと最善を尽くす彼らに失礼だろう」
 紫煙を吐き出すと、多聞は続ける。
「この世がオオバコ相撲だとしよう。いくら腕力があっても、拾ったオオバコがもろけりゃ切れちゃうよね。逆に非力なら非力なりのやり口があるんじゃないかな」
 そう語る上司を、鉛色の横顔で流し見る彼女。
「ぼくに、卑怯者になれと……言うんですか————」
 煙草をくわえ直し、多聞は黙したまま場を後にした。

「……不味い——酒が不味い日はろくなことが起きん」
 ミリタリーカラーのテーラードジャケットを羽織り、カウンターに身を預けて呟く男が一人。小柄で少年のように見える容貌ながら、落ち着いた組み合わせを着こなしている。
「隣に宜しいか」
 是非に先んじて腰かけた相手もまだ十代のようだが、バーにいても違和感のないほどに大人びていた。正確には、浮世離れしている、と表したほうが適切だろう。
「……お前、ずいぶんと殺しているな」
 向き直りもせず、煙管に手を添えると、男は問い返した。
「それも百や千なんて半端な数じゃない。わかるさ。職業柄、人殺しの匂いは見逃さない。だが、お前は殺し屋なんてものじゃないようだ……たとえば——人間とは異なる理に存在する者」
 そう言って彼は、横に座った少年の影ができるはずであろう位置に目を落とす。
「そういえば今日、とある男により魔王とやらが召喚されたんだとよ」
 煙管男は続けながら、揚げスパゲティの一本を手に取ると、くるくると回して差し出した。
「……悪魔は嫌いか?」
「ああ。いや、好きか嫌いかで言えば——戦ってみたい」
 無口な後客からの質問に、今までの気だるげな声へ僅かに色を乗せて返答する。
「ほう。なれば貴様が出会えば——」
「この俺様とどちらが強いか、試してみたいもんだね」
 言い残して歩き出すと、いつの間にか煙管と持ち替えたらしいダーツを軽く投げ、彼は消えた。
「……いい腕だ」
 見事なまでにブルへと刺さった矢。残された若者は、銀色に輝く前髪の切れ間よりそれを一瞥して嗤うと、スパゲティの先端を噛み折った。

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.33 )
日時: 2014/12/27 12:52
名前: 三井雄貴 (ID: ASdidvAt)

            † 二の罪——我が背負うは罪に染まりし十字架(下)

                 † † † † † † †

「深夜に外出なんて珍しいね。思春期こじらせた?」
 認証を完了してゲートをくぐるや否や、エントランスに佇む後ろ姿が呼びかけてくる。振り向きもしない三条だが、その声色はどことなく曇っていた。
「雨でも、見てたのか?」
「……空が泣いてるみたいだね」
(なんだ、このロマンチストは)
 溜息を漏らしつつ、追い越しざまに缶コーヒーを握らせる。
「泣いてたのは空じゃなくて、あんたのほうじゃねーのか」
「……なにそれ。急にポエマーみたいになっちゃって。早速ペース握られちゃってるみたいだけど、きみが言っても似合ってないから」
「いやいや、日米同盟並に固い結束だし」
「どう考えてもあっちがアメリカだね」
 背中合わせで悪態をついてくるのは、いつもと変わらぬ彼女だ。
「すっかり元気になったみたいじゃねーか。単純で何より」
「だーかーら、最初から泣いてないもん! あと単純でもないし」
「……太った、とか?」
「うるさい。出生時から50キロ近く増えたけどなにか?」
 これは逃げじゃない。仮に逃げだとしても、戦略的撤退だ。そう言い聞かせ、俺は再び歩き出す。
「……嫌いなんだよ、涙は。泣いたとこで何かが変わるわけでもねーだろ」
 それだけ吐き捨てて、足早に去ろうとした俺の肩を、小さな手が掴んでいた。鍛えているだけあって、すごい力だ。いくら何でも強すぎだろ、そう思ったとき、
「待って————」
 ふと飛び込んできた言葉は、意外にもやわらかい響きに包まれていた。
「もっと、話してって……いつもみたいなくだらない話でいいから」
 掠れた喉で囁く三条。
「んだよ、俺の話が安定してつまんねーみたいな言い方しやがって。つーか、寂しがるなんて三条らしくねーな。女じゃあるまいし」
「いや女だから」
 前言撤回。掠れ声ではなく、いつも以上に低くドスの効いた三条桜花がそこにはいた。
「人間やめても女はやめないもん!」
 向き直ると、笑いながら怒鳴る不思議な生き物が約一体。この珍妙な生物は、俺がこんなことになっても、恐れることはなく接してくるということも変わっている。そんなことを考えているうちに、長いようで短かった運命の一日が終わっていった。

「んー、えー、本日、諸君に集まってもらったおかげで、模擬戦が開催できることになった。まずは感謝をさせていただきたい。ローマ本部と日本支部での開催が多く、他国の妖屠たちには申し訳ない限りじゃ。えー、しかし! これは諸君らのためでもある。んと……日々の努力を活かし、戦友と切磋琢磨! 勝てばランクも上がる。越えてきた死地の数を証明せよ。その……つまり! 諸君の奮闘に期待しておる」
 温厚な所長・沢城是清のいつになく気合いの入った挨拶が終わり、第一試合に抜擢された俺は、ロジェストヴェンスキーとかいうウラジオストク支部の妖屠と対峙していた。このアダマース名物・模擬戦は、火器が得物の妖屠にはペイント弾、近接戦闘派なら各自のデスペルタルに近い形状の擬似武器が支給され、対魔仕様の防護服を着せられて、お偉いさんたちの選んだ相手と戦わされるという、愉快な不定期イベントだ。でもって、今回の相手は“閃電の兇刃”と名高い、世界十二位。俺どころか、三条より格上だ。早速もう双剣を持って、俺の周りを目にも止まらぬ速度でグルグルしていらっしゃる。
「は、はやい……!」
 観戦席からは、驚嘆の声が上がっていた。
「……ああいう相手って、どうすればいいんでしょうかね」
 七騎士と多聞さん以外はなんとかなる相手、と豪語していた三条も、途方に暮れているようだ。
「僕なら帰るかなー。うそうそ、飛び道具でペース崩して突きか、目が回るの待つね」
 日本で唯一の世界ランク一桁代だけあって、隊長にとっては未知の動きではないらしい。かく言う俺も————
「速いねー。楽しそうで何よりだわ。けどよ、自然界じゃ弱い方が周りを回るんだぜ」
 あいつ(ルシファー)の力か、自分でも驚くほど早く、この俊足に慣れてきているようだった。そうと来れば、向こうが錯乱に勤しんでくれているうちに仕留める。
「まさか……自分から仕掛けるのか!?」
 姿勢を前傾させた俺に驚きの視線が浴びせられたが、カウンター狙いではおそらく相手の思うつぼだ。こういうタイプはさらなる加速を残しているだろうから、優速にある彼がここまで様子見した上で、迎撃できるような甘い斬り込みを繰り出すとは考えられない。
「これで——どうだぁああああッ!」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.34 )
日時: 2014/12/28 01:58
名前: 三井雄貴 (ID: 3L6xwiot)

             † 三の罪——死神と演武(ワルツ)を(前)

 最高速で直進。それでもスピードに生きる彼は、当然の如く身構える。まあここまでは予想通りだ。勢いを利用して、頭上を跳び越える。
「残念、こっちでしたー」
 ロジェの右腕と共に片方の剣は空を斬り、もう一振りは、上体を回転させた反動で勢い余って後ろに流れた。この刀身に着地し、強引な体重移動に魔力推進も加えて、空中から後回し蹴りを見舞う。
「そこまで」
 後頭部に渾身の一発を振り下ろされた彼が倒れ込む音より早く、所長による決着の合図が響いた。
「お見事。勝者、日本支部・緑川信雄!」
 所長のコールに続いて、拍手が起こる。が————
「久々に帰国してみれば、今の十二位があの程度とはね」
 オリーヴドラブのシャツに、カーキ色のジャケット。そのファッション同様に無愛想な少年の登場によって、一帯は瞬く間に静まりかえった。
「これは茅原さん。遥々ご足労いただき恐縮です」
 立ち上がって礼をすると、上座を譲る所長。
「フン、白々しい。まあ俺にも相手がいるのなら受けるが」
 茅原と呼ばれた人物は当然のように座り、煙管を取り出した。茅原知盛——妖屠の頂点に君臨する七騎士の中でも、異次元の実力を誇ると聞く。初代一位の所長がこんなにも気をつかうとは、史上最強の妖屠という呼び声も的外れではないみたいだ。
(……しっかしこのガキ、どこかで会ったような————)
 いや、そんなわけはない。第一、七騎士は基本的にローマ本部を守っている。俺みたいな入って一年もしない下っ端が見かける機会はないはずだ。そもそも、七騎士の大半は強すぎて模擬戦にも参加しない。なんで今回は顔を出したんだろうか。
「貴殿では何人がかりでもご満足いただけぬだろうよ。妖屠が減ってばかりの昨今。話相手は喜んで務めるゆえ、ご観戦で勘弁されたし」
 所長の横で沈黙を貫いていた見慣れぬ男が微笑みかける。帽子を被り、左目を除いて包帯に覆われているのだが、嗤っているということは滲み出るように感じられた。
「不要だ。遥々こんなところまで来てお前なんかと喋るなんて、つまらん戦いがさらにつまらなくなる」
「珍しく馬が合うと思ったのだが、至極残念。若さゆえの勢い等に貴殿が興味を抱かれるとはな。まったく、無茶はできる内にしておくものだ」
 そう言い終わると、こちらを射抜くように見据えてくる。風貌はともかく、その不気味なオーラに悪寒がして、俺は目を逸らした。
「いやー、ロジェヴェンに当てるとはたいしたもんだ」
 隊長に肩を叩かれ、平常心を取り戻す。
「知覚が強化されてるから視えた感じー? 彼の完全上位互換みたいなのがいるんだけど、そういうのには通用しないかもねー」
 確かに、あの攻略法を思いついたとしても、今までの俺には、コンマ数秒の合間にやってのけるだけの身体能力がなかった。やはり、あいつの————
「あなたが対戦相手の二十六位くん……楽そうな相手でよかった」
「らぶりェッ!?」
 か細い声と小さな身体。普通なら怒るような言葉をいきなり投げかけられたが、振り返った先の少女があまりに可憐すぎて、俺の唇は硬直してしまった。そう、たとえるなら雪の精。長い髪と肌はいずれも純白で、人体から生まれたとは思えないほど、完成された美しさだった。
「おやおや、みつきくん。相変わらずなに考えてるのかわかんない顔してるねー。しっかし、さっきの試合できっちり勝ったのに、楽な相手呼ばわりとは厳しいものだ」
「……ほんとのこと言っただけ」
 彼女は隊長には目もくれず、生気のない瞳と共に、また無神経な発言を浴びせてくる。
「今グサッって音した! 絶対グサッっていった!」
「どうせ後で一方的にグサッってするし」
「……初対面だよね。僕たち初対面なんですよね? いきなりなんなんすか! 訴訟も辞さない」
「……断罪の七騎士、“大鎌”のみつき——三位と二十六位とは、ずいぶんと実力差マッチだね。なんならぼくが戦いたかったなあ」
 割り込んできた三条にも、反応を見せない少女。それどころか、その無機質な目は明らかに、その控え目な鼻の頭に止まった虫を見つめている。虚無——色で表すなら、無色透明。本当にこの子が隊長よりも上なんだろうか。
「え、もしかしてぼく無視されてる……?」
「これは必要な時にしか喋らん」
 いつ間合いに入ったのか、煙管小僧が数歩横に立っていた。
「ちっ、茅原さん……!」
 呆気にとられるがままに不思議ちゃんを眺めていた三条が、途端に姿勢を正す。
「おお、久しぶりだねー、茅原くん。たしかローマ本部にいたはずじゃ」
「お前たちがあまりに不甲斐ないんでな。あと、これが試合で呼び出されてるからおもりだ」
 そう告げると、みつきという少女を煙管で指した。人形のような子どもと、ふてぶてしい子ども。パッと見、とても組織のトップスリーのうちの二人がいる光景とは思えない。
「では、次の二人。三位、北畠みつき。二十六位、緑川信雄の両名はスタンバイお願いします」
 アナウンスを行うのは、日頃の澱んだ声が嘘のような柚ねえ。この人は、いやらしいほどのよそ行きっぷりだ。そんなことを思案しているうちに、模擬戦用の刀を再び渡された。確かめるように、握り締める。
そうだ。今はただ、眼前の相手を——叩きのめす……!

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.35 )
日時: 2014/12/29 15:52
名前: 三井雄貴 (ID: QUK6VU.N)

              † 三の罪——死神と演武(ワルツ)を(中)

(おいおい……マジかよ)
 当初はこんな華奢な子が全世界の妖屠でも三本の指に入るなんて想像もできなかったが、構えたときの佇まいで、称号に足る実力者だと実感した。相変わらずボーっとしているように見えて、鎌を手にした彼女は“無貌の死神”という異名に相応しく、一切の隙がない。
 俺たちを隔てる距離は、およそ十メートル。生唾を飲み込み、呼吸のタイミングを見計らうのだが————
「ああ、戦士というより処刑人か」
 いや、むしろ大鎌を携えた姿と底知れぬ恐ろしさは、文字通り死神のようでもある。それぐらい、この相手には起伏というものが存在しなかった。これでは、みつきがいつ動くかも————
「ッ……お!?」
 鎌鼬が起こるように、何かが真横を駆け抜けていった。そう知覚したときには、俺の襟は裂け、正対していた少女は消えている。
(なんだ今の!? 速さも尋常じゃねーが、地面を蹴るそぶりが全くなかった…………)
 背後に向き直ると、今まで通り、無機質な表情のみつきがいた。着衣の一つに至るまで乱れがないことから確信する。やはり、彼女は俺の側を通過しただけだ。魔力で得物を補強して、スピード任せに当てるだけ。それだけのシンプルな戦い方ながら、ここまで速いと常に相手を守勢へ回らせられるわけか。風圧だけでダメージとなり得る俊足は驚異的だが、逆にあの勢いで接触すれば、自身もただでは済まないはず————
(つまり、当てれば勝てる……!)
 しかし一撃離脱戦法のみつきだけに、彼女が近づくのは瞬時のみ。
(……ならば————)
 突っ込むと見せかけ、剣を投げつけた刹那に、銃を構えつつ横滑りして回り込む。魔力の出し惜しみはしない。こちらが全力である以上、彼女ほどの達人が見逃すことはないはずだ。
「く……ッ!」
 銃を払い飛ばされる。それでいい。どうせ見切れないのなら、的を絞らせるまで——速度は凄まじいが、単発の攻撃を逆手にとってやろう。通り抜けてゆく後頭部に、裏拳でも入れ————
「な……!?」
 まさに絶速。みつきは銃を弾いて弧を描く鎌の柄で、俺の左に合わせてきた。上位三人とそれ以外の妖屠、と言われるだけあって、さっきのロジェストヴェンなんとかとは次元が違う。空になった右手で咄嗟に二発目を叩き込むも、すでに彼女はいなかった。
(この至近距離でも喰らわねーって、動体視力とかそういう話じゃねーぞ……筋肉の状態か、それとも未来でもあいつには見えてるってのか)
 この肉眼では捉えきれぬ応酬で、その場にとどまることは死を意味する。なるべく変則的に駆け回りながら全力で次なる手段を思索するが、みつきにとっては、止まっているも同然だ。リズムの乱れた俺は、疾風のような斬撃を堪える一方だった。真剣なら何度か解体されているだろう。
「のっ、信雄! 隊長、このままじゃ……」
「桜花くん。妖屠にも魔力のパターンに応じて三つのスタイルがあるのは知ってるよね」
「え、まあ……って、今はそんなこと言っている場合じゃ——」
「軍人なんかがなりがちな、完成された戦士になりたいという望みを反映して、身体能力を激増させる騎士タイプ。人知を逸した脅威に対処できるようにと魔術を扱いやすくなる魔術タイプ。そして、緑川くんのように、何もかも護りたいという想いに対応しようとして器用貧乏になる万能タイプに別れ、相性がある」
「そうですけど、彼にできる打開策を考えましょうよ……」
「考えてるよ。つぶしが効くから同じタイプを選んだ先輩としてね。そりゃ純粋なかけっこじゃ騎士タイプでも頂点たる七騎士に勝ち目なんかないさ……ほら」
 不意討ちすら通用しないとあっては、素手で戦い続けるのは無謀だ。魔力弾を斉射しながら俺は疾駆し、強引に曲がって剣の元へ————
「そこまで」
 柄に指がかかろうか、というところで所長の一声によって、賭けの結末が示された。俺の喉元には鎌が突きつけられている。六、七発は受けて、彼女に対する有効打はなし。判定を聞くまでもない、そう溜息をついた直後。
「くっ、う……ッ!」
 過大な力に身を任せた反動か、身体の奥底から込み上げるような痺れに膝をついた。頭も混濁している。
(副作用も魔王級ってか……ったく、こんだけ無理して負けんなんてダサ過ぎんだろ。ああ、うっせーよあんたは。ただでさえ耳鳴りがやまねーんだ)
 薄れゆく意識の中、三条の叫びが木霊し続けた。


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