ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 @4位入賞&挿絵感謝! ※完結
- 日時: 2015/09/12 01:09
- 名前: 三井雄貴 (ID: 4mXaqJWJ)
- 参照: http://twitter.com/satanrising
その日、俺は有限(いのち)を失った————
文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。
それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔は、古より人知れず災いを生み出してきた。
時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ退魔師・妖屠の物語である。
どうも、長編2作目の投稿となります。
ギャルゲーサークル“ConquistadoR”でライターをやっている者です。
他にも俳優としての仕事もしており、去秋にはTBS主催・有村架純/東山紀之主演“ジャンヌダルク”に出演していたので、どこかの公演で見かけたという方もいるかもしれません(本文中にURLを貼るのは規約違反のようなので、活動の詳細は上記のURL欄に記載したツ○イッターにて)
今回は、人生初の一人称視点に挑戦しました。
悪魔などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”等、やはりキリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ!w
※)小説家になろう様のほうでも、同タイトルで連載させていただいております。
白狼識さんにいただいたイラストを挿絵として加えているのですが、サイトの仕様上こちらは掲載できないようでしたので、上記ツイッ○ターのほうにも上げているので、そちらも良かったらご覧いただけると幸いです!
↓ 以下の要素にピンと来た方は、是非ご一読ください!
タイトル:“昏き黎蔭の鉐眼叛徒(くらきれいんのグラディアートル)”
「昏」は夕暮れ後の暗さを意味していますが、たとえ望みが薄くとも来るべき朝を目指してゆく内容から、一見すると矛盾している言葉をあえて選びました。
「黎蔭」で「れいいん」の「い」を重ねて「れいん」と発音します。
「黎」と「蔭」によって夜明けを示しつつ、後者は他者の助けである「かげ」とも読めるため、ダブルミーニングにしました。
そして、主人公がデスペルタルという刀の使い手なので、ラテン語で剣士「グラディアートル」です。彼の瞳は金色で、片目を眼帯で封印していることから「鉐色」と「隻眼」もかけています。
用語
† 怪魔(マレフィクス)
憎悪の念を燃料とする、エネルギー体のような霊的存在。人間に憑依して操り、凶行にはしらせることで新たな負の感情を発生させ、それを糧として半永久的に活動する。怪魔に襲われた経験のある人間にしか視認できないが、圧力をかけている場合や、闇に惹かれやすい者には陽炎のように見えることも。人々が病んでいるほど活発となるため、近年は被害が増える一方である。
† 妖屠(ようと)
怪魔に襲われ、彼らの残滓が濃く残っている被害者の中でも、特に強く復讐心を抱く人間は、発作反応を起こすことがある。この狂気じみた精神汚染を乗り越え、なおも怪魔を憎む想いが余りあると、彼らに触れられる体質へと変化。その呪詛を逆手に、寿命を消費することで人間離れした戦闘力を手に入れ、怪魔を討つ戦士たちに“妖屠”という呼称が付いた。
魔力の活用法ごとに騎士型、魔術型、バランス型の3種のスタイルが定義されており、本人との相性や、妖屠になることへの原動力によって馴染みやすいものに決まる。怪魔の思念が内側で生き続けているため、妖屠は伸びしろが無限大で、経験の吸収力も桁違いではるものの、闇の力に惹かれやすくなる危険も。
悪魔との契約は厳禁だが、その力に縋って掟を破る者が後を絶たない。悪魔は契約者の魂を餌とし、大抵は心身が耐えられず、悲惨な末路を辿る。悪魔が成立と見なすと、肌の一部が痣のように変色。悪魔の活動に比例して疼き、浸蝕も広がってゆくとされる。全身が覆い尽くされる頃には、精神も飲み干されてしまい、後悔することさえ叶わない。
† アダマース
神の子たる人間が得体の知れぬ怪魔などに弄ばれることを良しとしない宗教勢力、欧米財閥の後押しにより2017年に設立された妖屠を育成・運用する組織。本部はローマで、世界中に支部がある。組織名はラテン語でダイヤモンドを意味し、硬いが砕けてしまい易く、活躍する時はキラキラと輝きはするが、運命に翻弄されて散りゆく妖屠たちの精強さと儚さを込めたもの。各人ごとに適した得物・デスペルタルを授け、任務に従事させている。
前身に数多の組織を経てきたようで、歴史の裏で暗躍してきた、という噂も絶えない。古くは、妖討ちの達人として平安時代に名を残す“童子斬り”こと源頼光を裏で動かしていた説まである。日本支部の拠点は都心の地下。東京メトロに沿った通路を張り巡らせており、青梅の山中にも基地を有するなど、人知れず展開している。
† デスペルタル
対怪魔の武器は多くの組織で開発されてきたが、最も有効であるとしてアダマースが導入している支給品。妖屠が怪魔への想いを込めることで、全長30cm程度の棒状から変化し、性質と魔力に応じ最適な形態を形作る。
† 断罪(ネメシス)の七騎士
アダマースは、活躍や模擬戦の結果から妖屠の上位33人をランク付けし、中でも「人の身にあって人をやめた」と畏怖される別格の7名に“断罪の七騎士”という称号を与えている。全員が騎士型の妖屠で、それぞれ長斧、槍、双剣、大鎌、戦輪、鍵爪、縄鞭の名手。
† 行政省
生天目鼎蔵元総理大臣による内閣制度の廃止後、日本の新体制を象徴する機関。明治政府の太政官制における内務省に類似しており、筆頭執政官が内務卿の役割を担う。保守勢力の影響が大きい。“あるべき日本の追求”、“抑止力によって護られる安心と国民”を掲げ、中央集権体制の元、宗教勢力の政界追放、軍事力の増強などを断行。その急激かつ強硬な手法は、今日に至るまで賛否を招いている。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.51 )
- 日時: 2015/01/08 17:01
- 名前: 三井雄貴 (ID: hDs6F9Z9)
† 八の罪——剣戟の果てに(中)
「君たちの動きに気づかないとでも思ったのかな?」
「く……ッ!」
多聞さんが口を開くと同時に、俺たち二人は身構える。
「ほっ!」
間を置かず、彼も跳び下がった矢先。
「……え?」
突如として、耳朶を打つエンジン音。
「乗りな。急ぐんでしょ」
恐る恐る表へと歩み出た俺たちを、高機動三輪に跨った多聞さんが迎えた。
「……止めないんすか?」
「止めても君は行くと、おじさんは思うけどなー。ほら、餞別もあるよ」
笑顔で弾薬を見せてくる。
「腐るほどあるから安心しな。腐ってたらごめんねー」
「多聞さんは……どうするんすか?」
「おじさんは田舎に帰って農作業でもしながら両親の面倒見るかな。ここに入ってから長らく顔も見られなかったけど、もうボケてるかもねえ」
俺たちが乗り込んだことを確認すると、彼は哀愁を帯びた面持ちでハンドルを握った。
「多聞さん…………」
その後ろ背に、三条が複雑な顔色で見入っている。
そして——九十九里浜沿いにある公園に差しかかった頃、
「ちゃんと生き延びるんだよー。そしたら飯でも食わせてやるからさ。うまいよ、うちの米は」
俺たちは降ろされた。戸惑いのうちに三条を一瞥したが、彼女も踏み出せないでいる。
「……信雄————」
静かに、だが、しっかり通る声で呼び止められた。多聞さんが半面を向け、優しさの中に強さを秘めた瞳で、こちらを見つめている。
「お前は二度と、アダマースの一員として認めない。これからは組織の人間でなく、ひとりの男として生きろ。生き続けて、生き続けて、その先にあるお前だけの未来を掴め。お前のその手で……!」
背後に感じるひと気が迫ってきていた。隊長の背中が、早く行けと言っている。
† † † † † † †
「ったく、つくづく呆れさせられる問題児だなあ。まあ言ってわからんバカはしゃーない。最後まで付き合ってやるかー。そんな世界一バカな弟子を育てちゃったからねえ」
ターンを決め、道を塞ぐように横向きで停車する多聞。
「……さーて、皆さんおそろいのとこ申し訳ないんだけどさ————」
路面に降り立つと、押し寄せる数十人の追手に、飄々と呼びかけた。しかし、その瞳は氷のように冷たい。
「たった今、ここ通行止めになったんだわ」
そして、いつになく威圧感に満ちた声色で、彼は告げた。
「まことに申し訳ございません! 茅原知盛は依然として行方知れず、空港には手を回しましたが、一向に情報がつかめずにいます」
若者が深々と頭を下げているのは、豪奢な赤絨毯の一室。
「魔術で足取りを隠したか……まあ此方がその気になればいつでも見つけ出せる。捨て置け。それより、あれはいかがした?」
手元の書物より軽く目線を上げ、男は目深に被った帽子越しに訊いた。
「案の定、喜多村氏が囮のほうに釣られました。今の二人があのお方を突破できる可能性は極めて低く、彼らの命運は決したかと」
「奴のことだ。土壇場で何をしでかすか知れたものではない。逐次、報告せよ」
部下が退出すると、象山は本を閉じて苦笑する。
「所長殿も人がお悪い。あの男を放っておけば、彼らの元へゆくのは目に視えていたものを」
彼の独白が吸い込まれてゆく部屋に、どす黒い気配が生じた。
「もう人ですらなくなってしまったようですがねえ」
血塗れた老人の屍をつまみ上げて、栗毛の美青年が大げさに嘆息をつく。
「フッ、やはり人間とは儚いものよ。初代の一位にして日本支部の所長ともあろうお方とて、こうも呆気なく命を落とすとは」
薄暗い空間に浮かび上がる、包帯の隙間から覗く双眸は、言葉とは裏腹に悲しんでいる様子がない。
「春は、雨で見られぬ日こそ桜のことを考えてしまう。年に一度の僅かな間だけ脚光を浴びるが、散る時は誰も気に留めない……英雄の最期も、花に似た虚しさか。しかし、嘆いてばかりもいられぬゆえな。やむを得ん、ここは悲しき事故で急逝された彼に代わって、この象山紀章が日本支部を預かる他ないか」
変わり果てた沢城是清を見下ろし、朗々と象山は語った。
「所長亡き今、十位の三条桜花が出奔し、九位の喜多村多聞も加担。今や幹部は筆頭顧問たる御身のみ。本部からの代理を待つ猶予もない以上、自ずと答えは出ております」
道化師もまた、恭しく同調する。窓の外が荒れ始めていた。
「いずれにせよ、信雄(かれ)は必ず戻って来る。そういう者よ。もっとも————」
嘲け嗤うようにして、包帯男は続ける。
「奴を倒せたら、の話だが」
閃く稲妻が、醜く歪んだ横顔を照らし出した。
「人間みんな平等? 多数派こそ正義? 笑わせる。民主主義で代表者が選ばれた結果がこれか……愛と平和を掲げて異教徒を殺戮する信者と、まるで変わらない。目的と手段が逆転した虚栄の大国には、逆臣による世直しが必要だ。斃すべき相手は敵兵ではなかった。彼らとの戦争に導いた生天目筆頭執政官こそが、倒されるべき悪の根源なんだ。日本が生まれ変わるため、繰り返される愚行を断ち切るため、すべてを失った僕が謀叛人の烙印を一身に受けよう」
行政省に侵入した国防陸軍きってのエリートは、息もつかせぬ内にガードマンを一蹴。執政官が不在であったため、部隊より持ち出した最新の小型地対地ミサイルで執政官官邸をロックした。生天目鼎蔵が利害のためなら人命も平然と犠牲にし得ると知る人質の職員や政府関係者は、絶望ですっかり青ざめている。しかし、ただ一人、このような状況にも関わらず、むしろ愉しんでいるかのように、苦笑いをこぼす若者がいた。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.52 )
- 日時: 2015/01/08 21:35
- 名前: 三井雄貴 (ID: KHOJpGst)
† 八の罪——剣戟の果てに(下)
「それ程の武勇を有しながら、こうも愚かしい凶行に奔るとは。貴殿はこのようなところで死すには惜しい方よ」
「そりゃ覚悟の上さ。日本が生まれ変われるなら本望だよ」
襲撃者は銃を突きつけたまま、自嘲するように微笑む。
「貴殿が死のうと、世界は何も変わりはしない。しかし、貴殿がいれば変えられることもある」
「我が武勇は日本のためにこそ! 他に手がないのなら……こうでもしなきゃ救えないのなら、喜んで行使しよう」
その口上を受けて、さも残念そうに美青年は切れ長の目を伏せた。
「そう自らに言い聞かせて、死に急いでいるのであろう? 大陸より帰還するも、戻るべき場を失い、存在理由と生きる希望を見出せず自暴自棄になった挙句、護るべき筈の国に責任転嫁して散り際を飾り付ける気か。本末転倒なのは貴殿のほうと見受けるが?」
ハッとしたように、この男に見入る犯人。
「勘違いなさらぬよう。私は貴殿の行いそのものを非難している訳ではない。ただ、貴殿程の力があれば成功させることもできたがゆえに、憂いでいるだけのこと」
「……君なら勝算があると……?」
「そうさな——貴殿程の味方がいれば、の話になるが」
「お前……何者だ?」
「しがない外交官だ————」
そう返すと、彼は声を落とし、付け加える。
「……アダマースという組織に顔がきく、というだけのな」
「ア、アダマース……!?」
満足気に首肯して、おもむろに歩み寄る青年。
「そこなら政府も手が出せない。これ程の大事をしでかして揉み消せるような社会ではないことぐらい、お分かりであろう? 駆け込み寺も選ばねばな。世間を欺いて生きるとあらば、裏組織以上に適した隠れ蓑は無い。なにせ、とある軍人が戦地に赴く折、自らが敵兵になすであろう所業が耳に入らぬよう、保護していた少女の預け先に選んだのだとかな。確か、三条桜花といったか。アダマース入りすれば、彼女との再会も果たせよう」
あれほど緊張感に包まれていた人質たちが、彼ら二人を残して、眠りに落ちてゆく。
「次は共に変えてやろうではないか。貴殿が与して下さるというのであれば、今回の件、上手く収拾をつけよう」
若き外交官は、銃を押し退けると、不敵な笑みと共に右手を差し出した。
「……やっとわかったよ、あの日の外交官さん」
屍の山を背に、返り血で染まった高機動三輪に乗り込む中年男。
「真に倒すべき敵は、近すぎて見えていなかったんだねえ————」
そう呟いて愛機を始動させると、彼は来た道を遡って疾走(はし)り出した。
† † † † † † †
気づかれるようでは、刺客として二流。つまり、隊長が足止めした連中とは別に、本命が————
「お出ましか」
小高い丘の上に、大鎌を携えた少女を頂点とし、十数人の人影が並んでいた。
「北畠みつき……」
緊張が混じっている三条の息。
「きみは彼女と戦ったことがあるよね。雑魚は引き受けるから、みつきをなんとかして」
とんでもないことを勝手に言ってくれる。俺は深呼吸をすると駆け出し、
「いや、その必要はねーよ」
天高く跳躍した。
「まとめて突破する」
剣に竜巻を纏わせ、上空から一薙ぎで大半を吹き飛ばす。茅原がやっていた技だが、ルシファーと一体化しているからか、見真似でそれっぽいのは出せたようだ。
「寝過ぎちゃったみたいだわ。ちょっとウォーミングアップに付き合ってくれよ」
着地すると間髪入れず、生き延びた数人が襲いかかってきた。残らず蹴散らす。みつきとの攻防にこいつらが割り込めるとは思えないが、彼女に挑むからには、どんなに小さな懸念でも取り除いておきたかった。
「どうした? 俺らを殺しにきたんじゃなかったか?」
遅い。茅原の後だと、止まって見える。みつきは一歩も動くことなく眺めていたが、同僚が全滅したのを見届けると、デスペルタルを起動させ、大鎌を成した。
「よう。また踊ってくれるとは照れるぜ」
模擬戦のときと同じように、約十メートルを挟んで相対する二人。ただ、あの日と違うのは——どちらかが死なねばならないということだった。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.53 )
- 日時: 2015/01/08 22:24
- 名前: 三井雄貴 (ID: KHOJpGst)
† 九の罪——殺し屋殺し(前)
「別に俺は変わる気なんてねーし、人に押しつけだのなんの、おこがましいことしようとも思いませんよ」
いつの日にか、多聞さんに生き方について説かれた俺は、こう反発したことを覚えている。
「さも正論かのように偉そうに語るけどさ、どっちも歩み寄らないってことは君の居場所なんて生まれないよ」
「そうすか、社会じゃ通用しないすか。なんで多数派の機嫌とるためなんかに俺が自分を捨てなきゃなんねーんだよ。社会様がんな偉いっつーなら、人類なんかロボットにでもしちまえ」
この発言を聞いた彼は、哀しげに遠い空を仰いだ。
「うちらの仲間も、そういうことを突き詰めて都合いい駒を生み出したよ。利用されたのは幼い女の子……実験は成功した。罪悪感をおぼえないんだ。心がないから。躊躇しないんだ。殺すことしか考えないから。たしかに、戦士としては完成されてるかもしれない————」
多聞さんは一口、煙草をくわえると、静かに吐き出す。
「けど、そうなった彼女は人間と呼べるのかな」
風に流れる紫煙が、悲しげに消えていった。
(——っぶねぇ……呼吸のタイミングちょっとミスったら死ぬな、これ)
みつきの速さは、依然として人間離れしている。けど俺だって、前にやり合ったときよりは人間から遠ざかった。ルシファーとの同化が進みつつあるのか、完全に見切れてはいなくとも、感覚的に直撃を避けられてはいる。とはいえ、このままではジリ貧だ。こっちは悪魔とシンクロしている反動で、心身が消耗してゆく。長年あのスピードと共に生きてきた彼女より、粘れる確証はない。
「ちょ、あぶ……ッ! 速い! 速すぎて危ないってー!」
やはり、あれでも手加減してくれていた部類みたいだ。あのときと違い、みつきは得物だけでなく、全身を魔力で覆っている。いかに強化された肉体といえど、これほどの超高速では動いているだけで、分解、発火……詳しい理論は知らないが、人間が原型を保っていられるような領域ではないぐらいは察せられた——そう、言うなれば戦闘機。人体の適応限度のその先にある機動力を、本人が耐えられる限界まで出すという勝負でもある以上、彼女にとって本気の戦いとは、全力であって全力ではない。つまり、彼女の実質的な速度には天井がある。ならばこちらは、天井を破ろう。
必然的に自慢のスペックを出しきれないみつき。一方の俺は悔しいながら、自壊にはほど遠い安全運転だ。安全ゆえに、まだ飛ばせるだけの伸びしろがある。どこまで限界に近づけるか、と、どこまで限界を突破できるかの対決。
————ゆえに、
(お互い命がけ——速力差が最も縮まる今こそ、番狂わせのチャンスが訪れる……!)
辛うじて突進をいなし、方向転換中のみつきに、魔力弾を撃ちかける。魔力光の色が紫ががり、出力も上がってはいるが、さすがに易々とは被弾を許してくれない。鎌から風を放って反撃してきた。こちらも刀身を包む空気を刃にして、続々と打ち消してゆく。目にも止まらぬ応酬が繰り広げる中、俺は一つの確信を得た。
こいつが“無貌の死神”と呼ばれるのは、速すぎて顔が見えないゆえではない。機械のように冷静に、正確に、標的を斬り刻むからだ。
そう、無表情で————
「……三条(こいつ)に初めて人を殺したとき、罪悪感はなかったのかって聞かれたことがあったんだけどよ」
どちらも一歩も譲らず、互いに様子見に入ったか、間合いの開いたまま睨み合う。
「あるに決まってんだろ。生きてる相手だぜ。ターゲットにだって人生がある。夢があって家族がある。あんたのそういうの関係なく殺してくスタイル……合理的じゃねーか。天職だよ、たぶん。でもな————」
デスペルタルを解除し、俺は魔力を手の平に集束させた。
「気に入らねーんだわ。あんたも、あんたを生み出したお偉いさんたちもよ」
溢れ出る勢いで、波打つ紫炎。
(……ルシファー、あれを使う)
彼の得物は、俺の意識がない内に解放されたみたいだが、脳裏に刻み込まれているかの如く、ありありと見出せる。
「だからあんたは……死体も残さない。存在のすべてを消してやる。出でよ、魔王剣——カルタグラ……!」
呼応するように、禍々しい瘴気を伴い、虚空を斬り裂いて闇色の剣が威容を現した。
「……あなたがなにを言おうと、みつきには勝てない」
これほどの不気味なオーラを湛えた魔王剣を目の当たりにしても、世界三位の妖屠は微動だにしない。
「————Ad augusta per angusta.(狭き道によって高みへ)」
彼女の姿が掠れた、と思いきや、
「幻影の処刑人————」
数十人の分身、みつきと同じ姿かたちの少女が視界を埋め尽くした。そっくりさんなどではなく、服装から表情まで、本人と完全に一致していて見分けようがない。
「の、信雄ッ!」
三条が珍しく下の名前を叫んだ気がするが、当の俺は顔が引きつって、声も上げられないでいる。
(……あ、これ終わったかも)
人生どうしようもなくなったとき、なぜ人は笑ってしまうのだろう。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.54 )
- 日時: 2015/01/08 23:41
- 名前: 三井雄貴 (ID: KHOJpGst)
† 九の罪——殺し屋殺し(中)
† † † † † † †
多聞と柚木は、訪れた一室の異様な主を無言で見つめていた。
「いやー、喜多村さん。此度はまことに嘆かわしいことに相成ってしまった」
座したまま、口火を切る筆頭顧問。
「茅原の愚行に引き続き、これでは私も都内を離れるに離れられぬというもの」
来客は、いずれも沈黙を貫いている。象山は溜息を挟み、続けた。
「と、いえど……飼い犬に手を噛まれてばかりともゆかなくてね————」
多聞の横に控えていた柚木が、おもむろに下がってゆく。
「悪魔と契約した者は必ずや裁くのが掟。彼等二人も例外でない」
「いや——三人だと、おじさんは思うなー」
一閃。薄暗い室内に火花が奔ると、暗器が床に転がった。
「ふむ」
象山の呟きは、得物を叩き落されるや否や、宙吊りのまま天井を滑って退いた柚木ではなく、ガンブレードへ瞬時に変成したデスペルタルを構え、自身を狙う多聞への感嘆である。
「なっ、なぜ正体が……!? 暗示までかけていたのに……」
クモさながらに壁を捉え、柚木が喚いた。
「腐れ縁、ってやつかね。地獄大公さん」
多聞がウインクを飛ばすと、翡翠色の魔力縄が彼女を拘束する。
「大切な部下を乗っとってくれたことは追々おしおきするとして、悪魔ばらいの前にまずは君ほどの魔界的有名人が象山くんに肩入れしているわけを教えてくれるかな」
ベリアルは肩を震わせ、高笑いを響かせた。
「ふふ……人間って意外と死なねーんだな」
咄嗟に魔法陣を張っていなければ、信雄は細切れになっていただろう。いや、障壁が破られた以上、次こそ即死は免れない。
「強がっとる場合か! ここは吾輩が——」
「いや、まだ終わっちゃいない。剣(こころ)が折れない限りは負けじゃねーよ。人間の相手は————」
カルタグラを持ち直し、
「人間がするさ」
彼は言い放った。
「ベルゼブブ、ここは彼を信じよう。ぼくたちの相手はあっちだ」
桜花がガンランスと化したデスペルタルで指した先には、またも十は下らない新手。
「むぅ、人づかいが荒いのう」
愚痴をこぼしつつも、自分から彼女に憑依する。
「まったく————」
深緑の燐光を発しながら、桜花は苦笑いを浮かべた。
「きみ、人じゃないでしょ……ッ!」
翼を得たかの如く、華麗に天へと舞い上がる。
「な……ッ!?」
三次元を自在に飛び回る桜花と、平面にとらわれたエージェントたちでは勝負は見えていた。一方的に頭上から呪詛を浴びせられ、成す術もなく腐り落ちてゆく一同。
「これが腐蝕の力……すごい、け……ど————」
一掃し終えた頃には、桜花は苦痛に身悶えし、バランスを崩していた。人の身に余る権能を行使した負荷が、容赦なく彼女を襲う。大地へと墜ちゆく身体より、ベルゼブブが抜け出て、彼女を抱えて降り立った。
「あんたは強い。でも、本当にそれだけでいいのか? その奥義だって自我がうっすいから使えんだろ。せっかくかけがえのない一人として生まれたのに、身代わりいっぱい生み出して自分を見つけてもらえねーなんて虚しいもんだぜ」
視抜こうとしても、いずれも虚無——信雄の瞳に映るのは、すべて他ならぬ北畠みつきであった。ルシファーの力はいまだ健在なようではあるものの、暗示や幻に惑わされないはずが、この有り様とは、契約者が引き出しきれていないことになる。
(……やっぱルシファーの器として、俺じゃ素体が弱すぎるのか…………)
意を決したように、彼はカルタグラの魔力を増幅させた。
「本物がわからねーもんはしゃーない、力技で全て迎撃し尽くしてやるよ!」
波動だけで人の生命力を奪うほどの代物。刹那の機微が次の瞬間の首のありかを左右する瀬戸際で制御など、人間の域を超えた離れ業だ。そうしている間にも、再び多数のみつきが殺到する。
「——ざんねん、無理だよ」
同じように小さな唇を動かし、同じような声質で四方八方から囁く分身たち。
(集中だ。ここで匙加減を見誤れば腕がちぎれる……暴れさせ過ぎちゃ自爆。おとなし過ぎても墜としきれねぇ。抑え込めるだけの量で解放し続けろ————)
紫の業火がカルタグラの全周を駆け巡り、螺旋を成した。
「……だから嫌いなんだよ」
目前の敵影から、斬り捨ててゆく。
「そういう計算上は、とか————」
反す刃で一つ、また一つ。
「可能性が、みてーなヤツはよぉ」
必滅の焔に触れた虚像が、ことごとく霧散する。
(……くっそ、なんつー活きの良さだ。抑えても抑えても暴れやがって……! それでも————)
それでも、腕を苛む重圧に耐え、猛る魔剣を振るう狂乱の剣士。
「まだまだーッ!」
息もつかせぬ連撃は、幻影の接近を阻み続けているが、蛇の如くうねる魔力で無数の剣閃を描く信雄も、限界が近い。そして、残る一人が間近に肉迫していた。
「無理できんのも……人間だからだろうがァああああ!」
すれ違うのは、他ならぬ北畠みつき本人。対して、信雄の繰り出した胴払いもまた一筋。
「————っ!」
交錯は、一瞬だった。
- Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.55 )
- 日時: 2015/01/09 15:39
- 名前: 三井雄貴 (ID: UQ9rgOft)
† 九の罪——殺し屋殺し(下)
「え、みつき——きられた、の……?」
一人に返った処刑人が、緩やかに仰向けで倒れ込む。
「ああ、お空……きれい。そういえば、お空もろくに見上げることない人生だったな……こんなにきれいなのに見納めだなんて——なんだかくやしいなあ」
カルタグラの斬り口に沿って、その身はすでに透け始めていたが、横たわる彼女は取り乱しもしない。
「ふしぎ……負け、すなわち死って聞かされてたのに、殺すばかりだったから死ぬなんて考えたことなかった」
相も変わらず、抑揚のない喋りで独白する。
「こんなに、くやしいんだね。くやしい——おかしいな。こころなんて……なくしていた、はずなのに————」
くやしい——それは、彼女が怪魔に屈した被害者として妖屠になった日、得物に込めた想いだった。
「あげる。あなたがみつきにかんじょうをよみがえらせた、あかし…………」
もともと白い肌が露と散りゆく間際、彼女は消え入りそうな声で、警棒大に還(もど)ってゆく鎌を差し出す。
「そのかわり、まけたら……ゆるさない……から————」
信雄が見つめ返した無に還る直前の死神は、僅かにはにかんでいるようにも見えた。
「終わった、の……?」
みつきの遺したデスペルタルを握り締めたまま、彼女のいた地面にじっと見入っている少年に、桜花が声をかける。
「あいつ、今までずっと人形みたいだったけど、最後は悔しがりながら逝ったよ……けど、負けたことを悔しがるだけ。死ぬ間際になるまで、そんなことも思えないぐらい心を壊しやがった組織を恨みもせず、静かに消えてった。俺らより若い女の子がそんな組織のために殉職したんだ。死ぬまで尽くしてきた組織様は、あいつのこともデータの処理ぐらいで忘れるだろう。だったら、あいつは何のために生まれてきたんだ…………」
うなだれる信雄の声もまた、沈んでいた。
「こんなにボロボロになって、それでも人のことばかり……妖屠になってこわれたのは、あの子だけじゃなくて——」
「っはー! たまげたたまげた。使いこなすにはほど遠いが、カルタグラを目にしてなお、おくさぬとはな。さすがはご主人さまの見こんだ狂人! まさに、こやつこそバカと天才は紙一重の紙じゃのう」
桜花の嘆きを遮るように、腕組みしてベルゼブブがうなる。
「紙でいい。薄っぺらでも、光の差すだけの隙間をこじ開けてやる————北畠みつき、悪いがあんたのために泣いてる暇なんてねーんだ。殺した俺自身の罪がその程度で減るなんて思えるほど、おめでたい頭でもないんでね。何より、涙は生きてる人間のために流すもんだろ。俺を殺して生きるつもりだったあんたの代わりに生きるんだ。俺がその悔しさ、背負って勝ち続ける。連中があんたのこと忘れても、あんたの無念、俺はずっと覚えとく。忘れねーよ、北畠みつき」
自らに言い聞かせるようにして、デスペルタルをしまうと、信雄は立ち上がった。
「いくぞ。あいつみたいな子を増やさないためにも、俺たちは立ち止まるわけにはいかねーよ」
桜花は微笑んで小さく頷き、後に続く。が、
「まったく、ほんっと無茶するんだか……ら——」
そのまま、前のめりに倒れ伏した。
「お、おい……!」
「待て! これは————」
信雄が駆け寄るも、彼女から放射された、どす黒い渦にはね飛ばされる。言葉にならない悲鳴と共に、頭を覆って身をよじらせる桜花。掻きむしる胸には、毒々しい刻印が浮き上がっている。叫喚響き渡る寒空の下、降り出した冷たい雨が、彼らの業を責めるかの如く、激しさを増していった。
「くく、くっくっくっ……ふはははははは!」
捕縛されたベリアルは、高らかに哄笑する。
「人間は動植物を殺し、食べるために管理しますねえ。さらに動物園、水族館などと見世物とする。自分たちも獣の一員に過ぎないということを忘れ、正しいと信じてやまない。人間こそが魔王」
その言辞に、黙したまま多聞を眺めていた象山も口を開いた。
「他のあらゆる生物はバランスを保っているが、人間だけが生態系を崩す。結果どれ程の種を絶滅に追いやってきたか。この空をご覧あれ。これ程の星があるのに唯一、地球にのみ生物は存在を許された。地球によって生み出された人間が、母なる地球を滅ぼそうとしている等、理不尽な話と思われぬか? 理不尽は理不尽な力によって正されるものよ。自滅する愚かな人間をに裁きを下し、他の生物を救う——それが、人間という罪深き存在に生まれた私にできる罪滅ぼし」
「わたくしに言わせれば、そもそも人間だって動物と大差ありませんよ。男は女のことしか考えず、女が見ているのは金。強いオスについていかないとエサをいっぱい取って来てもらえませんからね。それを恋だの夢だのと飾り立てて高尚なものであるかのように語る猿の分際で虫や家畜を罪悪感もなしに殺す。では、その人間を殺していけないと誰が言えるのでしょうか。悪魔(われら)なき世と調子づいたようですが、どれだけ奇麗ごとを並べようが世界は弱肉強食に変わりない————」
悪魔は多聞を覗き込み、威圧的な低音で付け加える。
「しょせん肉なんだよ、お前たちは」
象山は、満足気に包帯をほどき始めた。
「そして、死の前では如何なる人間とて平等。喜多村さん、貴殿は大陸で何を見てこられた。力が全て、これは揺るがぬ理だ」
その風体を一瞥し、多聞は磔られたもう一人に告げる。
「……柚木くん、残念だ」
「私もです」
柚木であったそれは、そう一言のみ返すと、栗毛の青年へと見る見るうちに姿を変え、束術式を四散させた。
「だからついて来るなって言ったんだけどね」
「部下にとり憑いた私への怒りを抑え、あくまで標的を仕留めるため一対一に持ち込む冷静で合理的な判断。さすがです」
急激に室温が上昇してゆく。
「……少佐、貴方のそういうところ——大嫌いでした」
言い放つとベリアルは、指先に灯った火を槍状に尖らせ、多聞に投擲した。薄暗い部屋は赤々と照らし出され、着弾した箇所から、さらに発火。瞬く間に、多聞は猛炎に呑まれた。紅蓮に染まる視界。
「こんなところで炎術か。こりゃー消火しないといけないなあ」
火の海から呟きが発せられた直後、
「あ。火、借りたよ」
一面の紅焔は途端に立ち消え、平然と煙草を手に、無傷の多聞が佇んでいた。
「おやおや、困りましたね。彼を焼却処分するまでに建物がなくなりかねない」
驚いた様子もなく、ベリアルは無数の魔法陣を現出させる。
「我が結界を侮るな。地獄大公のもてる総てを解き放つこと、許可しよう」
親指と人差し指で摘んだ怪しげに輝く指環を翳し、象山が宣言した。
「男子に二言なし。信じますよ」
不敵な笑みを浮かべ、夥しい瘴気を立ち上らせる烈火の支配者。
「いやー、激しい運動は久々なんで喫煙者にはこたえそうだ」
多聞は一息つくと、煙草を携帯灰皿へと押し込み、ガンブレードに持ち替えた。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31