ダーク・ファンタジー小説

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昏き黎蔭の鉐眼叛徒 @4位入賞&挿絵感謝! ※完結
日時: 2015/09/12 01:09
名前: 三井雄貴 (ID: 4mXaqJWJ)
参照: http://twitter.com/satanrising


            その日、俺は有限(いのち)を失った————


 文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。
 それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔は、古より人知れず災いを生み出してきた。

 時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ退魔師・妖屠の物語である。



 どうも、長編2作目の投稿となります。
 ギャルゲーサークル“ConquistadoR”でライターをやっている者です。
 他にも俳優としての仕事もしており、去秋にはTBS主催・有村架純/東山紀之主演“ジャンヌダルク”に出演していたので、どこかの公演で見かけたという方もいるかもしれません(本文中にURLを貼るのは規約違反のようなので、活動の詳細は上記のURL欄に記載したツ○イッターにて)

 今回は、人生初の一人称視点に挑戦しました。
 悪魔などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”等、やはりキリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ!w


※)小説家になろう様のほうでも、同タイトルで連載させていただいております。
 白狼識さんにいただいたイラストを挿絵として加えているのですが、サイトの仕様上こちらは掲載できないようでしたので、上記ツイッ○ターのほうにも上げているので、そちらも良かったらご覧いただけると幸いです!



↓ 以下の要素にピンと来た方は、是非ご一読ください!

タイトル:“昏き黎蔭の鉐眼叛徒(くらきれいんのグラディアートル)”
 「昏」は夕暮れ後の暗さを意味していますが、たとえ望みが薄くとも来るべき朝を目指してゆく内容から、一見すると矛盾している言葉をあえて選びました。
 「黎蔭」で「れいいん」の「い」を重ねて「れいん」と発音します。
 「黎」と「蔭」によって夜明けを示しつつ、後者は他者の助けである「かげ」とも読めるため、ダブルミーニングにしました。
 そして、主人公がデスペルタルという刀の使い手なので、ラテン語で剣士「グラディアートル」です。彼の瞳は金色で、片目を眼帯で封印していることから「鉐色」と「隻眼」もかけています。


用語

† 怪魔(マレフィクス)
 憎悪の念を燃料とする、エネルギー体のような霊的存在。人間に憑依して操り、凶行にはしらせることで新たな負の感情を発生させ、それを糧として半永久的に活動する。怪魔に襲われた経験のある人間にしか視認できないが、圧力をかけている場合や、闇に惹かれやすい者には陽炎のように見えることも。人々が病んでいるほど活発となるため、近年は被害が増える一方である。

† 妖屠(ようと)
 怪魔に襲われ、彼らの残滓が濃く残っている被害者の中でも、特に強く復讐心を抱く人間は、発作反応を起こすことがある。この狂気じみた精神汚染を乗り越え、なおも怪魔を憎む想いが余りあると、彼らに触れられる体質へと変化。その呪詛を逆手に、寿命を消費することで人間離れした戦闘力を手に入れ、怪魔を討つ戦士たちに“妖屠”という呼称が付いた。
 魔力の活用法ごとに騎士型、魔術型、バランス型の3種のスタイルが定義されており、本人との相性や、妖屠になることへの原動力によって馴染みやすいものに決まる。怪魔の思念が内側で生き続けているため、妖屠は伸びしろが無限大で、経験の吸収力も桁違いではるものの、闇の力に惹かれやすくなる危険も。
 悪魔との契約は厳禁だが、その力に縋って掟を破る者が後を絶たない。悪魔は契約者の魂を餌とし、大抵は心身が耐えられず、悲惨な末路を辿る。悪魔が成立と見なすと、肌の一部が痣のように変色。悪魔の活動に比例して疼き、浸蝕も広がってゆくとされる。全身が覆い尽くされる頃には、精神も飲み干されてしまい、後悔することさえ叶わない。

† アダマース
 神の子たる人間が得体の知れぬ怪魔などに弄ばれることを良しとしない宗教勢力、欧米財閥の後押しにより2017年に設立された妖屠を育成・運用する組織。本部はローマで、世界中に支部がある。組織名はラテン語でダイヤモンドを意味し、硬いが砕けてしまい易く、活躍する時はキラキラと輝きはするが、運命に翻弄されて散りゆく妖屠たちの精強さと儚さを込めたもの。各人ごとに適した得物・デスペルタルを授け、任務に従事させている。
 前身に数多の組織を経てきたようで、歴史の裏で暗躍してきた、という噂も絶えない。古くは、妖討ちの達人として平安時代に名を残す“童子斬り”こと源頼光を裏で動かしていた説まである。日本支部の拠点は都心の地下。東京メトロに沿った通路を張り巡らせており、青梅の山中にも基地を有するなど、人知れず展開している。

† デスペルタル
 対怪魔の武器は多くの組織で開発されてきたが、最も有効であるとしてアダマースが導入している支給品。妖屠が怪魔への想いを込めることで、全長30cm程度の棒状から変化し、性質と魔力に応じ最適な形態を形作る。

† 断罪(ネメシス)の七騎士
 アダマースは、活躍や模擬戦の結果から妖屠の上位33人をランク付けし、中でも「人の身にあって人をやめた」と畏怖される別格の7名に“断罪ネメシスの七騎士”という称号を与えている。全員が騎士型の妖屠で、それぞれ長斧、槍、双剣、大鎌、戦輪、鍵爪、縄鞭の名手。

† 行政省
 生天目鼎蔵元総理大臣による内閣制度の廃止後、日本の新体制を象徴する機関。明治政府の太政官制における内務省に類似しており、筆頭執政官が内務卿の役割を担う。保守勢力の影響が大きい。“あるべき日本の追求”、“抑止力によって護られる安心と国民”を掲げ、中央集権体制の元、宗教勢力の政界追放、軍事力の増強などを断行。その急激かつ強硬な手法は、今日に至るまで賛否を招いている。


Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.46 )
日時: 2015/01/06 15:25
名前: 三井雄貴 (ID: TeXDu9yk)

                    † 六の罪——第三の悪魔(下)

 荒れ狂う熱風に、海面が逆巻く。極大の火柱が続々と天を衝いた。あまりの火勢で、遠巻きに包囲していた海兵隊も後退する。
「くっ、来るぞ……!!」
 駆け抜ける猛炎と衝撃波。その刹那、東京湾は文字通り、火の海と化した————

「おのれぇ……次はないぞ公爵ぅうううう!」
 紅焔で満ちた視界の中、熱風を切り裂いて急降下するベルゼブブ。
「おやおや。貴方が肉弾戦とは、よほど魔力が不足していると見える」
 ゆらめく炎に悠々と溶け、霧散を繰り返すベリアルが嘲笑した。
「わたくしの結界内では、およそ人に害なす存在すべてを自在に降り注がせられる。雑魚を庇いながらでは防ぎきれませんよ」
 彼が左手をかざすと、海上の護衛艦が浮き上がってゆく。
「————天罰の逆落とし……!」
 自重で空中分解し、地上を襲う無数の鉄塊。
「ぬぅ、あいも変わらず誇りのかけらもない輩よな……ッ!」
 蜘蛛の巣さながらに頭上に張り巡らせた魔力光の網で、ベルゼブブはことごとく受け止める。
「人間よ。邪魔になる。ゆけ!」
 接触した箇所から腐食するように崩れ去ってゆく破片を見届けながら彼女は、人外の攻防に絶句している桜花を促した。
「……えっ?」
「結界についやす魔力も惜しい。そちも吾輩の姿を見られては困るのじゃろう」
 戸惑いに足を取られたままの部下を小脇に抱えて多聞が脱出すると、翼を現出させて舞い上がった堕天使と、同高度にまで急上昇する地獄元帥。
「よもや空で吾輩に勝てるとは思っていまいな」
「強がりとは幼いですよ。やはり魔力が弱々しい……主に負担をかけぬよう、気遣っているつもりとでも? だが——出し惜しみをしていてはわたくしには勝てない!」
 ベリアルの周囲を旋回する炎の渦が、いっそう火勢を強めた。
「あれとはかりそめの契約をしたに過ぎない。戦うのは我が意思だ! 吾輩の主は幾世をへても、地獄の王その方のみ!」
「フッ、大好きな地獄に送り返してさしあげますよ」
 相対する二柱の大悪魔。燃え盛る港湾が、闇夜に浮かぶ彼らの影を煌々と照らし出した。

                    † † † † † † †

 高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない——そう聞いたことがある。確かに、磨き上げられた武術は時として、魔法以上に信じ難き妙技をなすものだと実感したまま、横に九十度反転した世界を俺は眺めていた。
「その力、敵として出会っていなければ、我が軍に欲しかったものだが……さらばだ」
 近づいてくる茅原の剣が、夜明け前の群青に光っている。
「お断りだ。あんたの掲げる理想がいかに立派だろうと、そのために誰かを巻き込んでいい理由にはならねーよ」
 こう答えるのを知っていたかのように、茅原の白刃が振り上げられた。
「フン、負の感情を糧とする怪魔(やつら)は失政の続く限り増え続ける。印象でしか判断できん分際で綺麗ごとをほざく若造が——来世では見抜ける目をもって生まれられると良いな。最後に、名を教えろ」
「……緑川信雄」
「そうか。緑川信雄——お前の剣技は若くして大したものだった。しかし、我が境地には及ばない。悪く思え、俺を。恨みと共にまた挑んで来い。その度に、憎しみごと成仏させてやる。」
 本物の戦地で殺し合いに勝ち残り続けてきた彼の言い分には一理ある。ならば、
(——差など埋めればいい。届かぬ境地たかみにいる相手なら、無理をしてでも背伸びしてやる……!)
 砂利を掴むこの手の力みが、俺の内なる生命の火がまだ燃えたぎっていると、静かに、それでいて、強く物語っていた。
「まだ動けるとはな。弱者とはいえ、やはり殺すには惜しい男だ」
 突きつけられた切先を跳ね上げて飛び起きると、物言いに反して期待していたとばかりに、茅原は紫煙を吐き出す。
「だろ? あいにく、諦めの悪さには定評があるんでね」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.47 )
日時: 2015/01/06 19:17
名前: 三井雄貴 (ID: cmzh4jIc)

              † 七の罪——劫火、日輪をも灼き尽くし(上)

                   † † † † † † †

 異次元の戦場を離れた二人は、同僚を追って行政省へと急行していた。
「隊長、あれは……!」
 いまだ信雄は二本足で茅原と正対していたが、その様子は遠目でも何らかの異常が彼に起きつつあると伝えている。
「んな近くて高い壁ぐらい……とっくに見えてるわ」
 彼がふらついているのが、ダメージによるものだけではないことは、痙攣のような震えと、見開かれて紫に変色してゆく瞳から一目瞭然だった。
「だがな——それぐらいで……止まる……よう……なら……」
 息も絶え絶えに、膝を突く信雄。
「最初から……挑戦なんて、しね……よ…………」
 ついに這いつくばったが、今なお闘志は溢れ出している。
「寄るな! まだ、終わっていない」
 茅原は倒れ伏した彼から目を離さぬまま、駆け寄ろうとする桜花を一喝した。
(極みを目指す武人同士の激突——だれにも邪魔できないことはわかってる……でもこのままじゃ、もっとたいへんなことに……!)
 多聞に制止された彼女が食い入るように見守っている最中、信雄が上体を仰け反らせて、悶え苦しみだす。
「うおおあうわああぅおおおおッ!」
 一際その絶叫が大きくなると同時に、
「なっ……!?」
 網膜を焼かんばかりの紫電が奔った。
「——此の者は弱者に非ず。無知の知とはよく云ったものよ。弱者とは、弱きを自認している者でない。己が弱さより目を背ける者だ」
 明滅の中より、常闇を纏った痩躯が浮かび上がる。
「斯様な形で再び相見えるとはな」
 意識を失った信雄の上に佇立する、黒衣に赤ローブの美青年は呟いた。
「やはり出てきやがったか」
声のトーンを落とし、茅原ははじめて煙管から手を離す。
「悪魔は嫌いか?」
 溢れかえる魔力で波打つ銀髪の合間から、射抜くような双眸で問うルシファー。
「ああ。人外はいけ好かんタチでね。今から大物を一匹狩るとこだ」
 依然としてベリアルは健在なのか、血のように赤々とした雨が、両雄を隔てるかの如く降りしきる。
「然れば重畳。心置き無く貴様を返り討ちに出来ると云うものよ」
 ルシファーの周囲数十メートルに及ぶ地面が、紫の魔法陣で覆われた。
「……いつかの質問にも答えるが、察しの通り、人間とは呼べん身になってしまってな。もう人間に敵はいない」
 茅原は不敵に嗤い、続ける。
「一度、戦ってみたかったんだ。本当の人外と。化け物なら——悪魔の一匹や二匹、ぶっ殺してみせんとなあ!」
 そう言って、彼は二本目の剣も抜くと、左のみ逆手に構えた。
「さて、命のやりとりといこうか……!」
 次の瞬間、茅原は一足で間合いを詰める。
「温いな」
 右半身に迫る上下二段同時の回転胴を、氷壁を生み出して、食い止める魔王。飛散した破片が意思を持っているかのように、茅原へと上下左右より殺到する。しかし、
「……それは——お前が、か?」
 数十はあった氷の刃を残らず叩き落とした茅原が、間髪入れずに追撃を撃ち込んだ。
「退屈せぬな。バアルの矛を思い出す」
 ルシファーは舞い上がって避けると、上空から魔力弾の乱射を浴びせる。
「悪魔に悪魔と比べられてもなあ……ッ!」
 次から次へと躱し、弾き、逆に短矢を投擲して反撃。
「並の悪魔と同列に語るでない。我等悪魔は二つに分けられる——地獄の覇者たる此の俺と、其れ以外だ」
 危うげなく掴み取った矢を握り潰す。
「ならば地獄の王様とやらに、この世の地獄を見せてやろう」
 指の股に挟んだ数本の矢を、続々と投擲する茅原。ルシファーは槍を生成し、これを涼しい顔で防いでゆく。ついに槍が砕けたのを史上最強の妖屠が見逃すはずなく、無数の矢と魔力弾が一斉に放たれた。が、
「……我が得物(カルタグラ)を使わせるとは」
 ルシファーが黒々とした剣で薙ぎ払うと、刀身に触れるや否や消滅してゆく。
「やっと魔王らしい武器を出したか。なら教えてやろう。俺がなぜ“双剣の茅原”と呼ばれているのかをな!」
 熾烈極まりない未知の斬り合いに、多聞ですら息を呑んでいた。
「なんて応酬なんだ! しかも二人とも、あれで余力を残している——って、桜花くん……!?」
 信雄だけでなく、もう一人の部下までもが身を屈めて呻いている。
「ぅうっ、あの子が……暴れている……みたいです」
「ゼブブっち、たのむよ————」
 止まない緋雨の彼方を、静かに多聞は見つめた。

「十数年で此の高みに到ったとは、稀有な強者であるな。然れど無謀。余に火を点けた以上、帰趨は決した」
 突風の如く放出された魔力の渦が、双剣の片方を放り飛ばす。それでも、
「無茶もできないような男で終わる気なら、最初からこんな化け物に挑まんさ」
 動じもせずに空いた手で裏拳を繰り出し、回りながら懐へと肉迫する茅原。
「実力で負けてれば百二十パーの実力で挑む!」
 手数を増やして攻め続けるも、華麗に虚空を滑る堕天使は直撃を許さない。
「なおも届かん相手なら、百五十パー引き出すまで……!」
 大きく弧を描き、後ろ宙返りでルシファーが離れた。だが、茅原は一転して、距離を縮めようとしない。
「そういう訳だ。こちらも奥の手もご覧に入れよう」

Re: 昏き黎蔭(れいん)の鉐眼叛徒(グラディアートル) ( No.48 )
日時: 2015/01/06 22:05
名前: 三井雄貴 (ID: ELO8Nxwi)

                † 七の罪——劫火、日輪をも灼き尽くし(中)

 彼が表情をより険しくしたのを皮切りに、覇気が周辺の空気を強張らせてゆく。
「この身は常勝不敗なれど、己が手に真なる勝利(こたえ)を掴む日まで、我が渇望は修羅の先に在り
如何なる屍山血河とて我が歩み止めるに及ばず 立ちはだかる者を幾度となく討ち果たすだろう」
 茅原が紡ぎ終わると時を同じくして、
「————推参。
“狂気の人間凶器(ディメント・インクルシオ)”……!」
 猛り狂う大波にも似た、武骨で膨大な魔力が一帯を揺るがした。
(此の者……一分の隙も無い)
 ルシファーは黙したまま、様相の一変した敵を正視している。
(……退けば一息に攻めきられる。踏み込めば一太刀に斬り捨てられる。待っていては気を読まれる。視認した後(のち)動いたのでは防げない。並の技等通じない————)
 薄い双唇が満足気に歪んだ。
「やはり貴様は興じさせて呉れる。並の技が効かぬとあらば、並ならざる技を以て挑むとしよう」
 ルシファーが右腕を伸ばすと、その面前に紫の魔力弾が七発、十字状に姿を現す。
「罪には罰を。其の身を捧げ償え。
紫炎よ、奔れ——“贖いの闇十字(オブスクリアス・メテオ)”……!」
 視界を染める七つの流星。これらが追尾してくる類だと悟った茅原は、自ら射線上を突き進む。
「まだまだァあああーっ!」
 熱線に全身を灼かれながらも、茅原は一直線に射手へと疾駆し、
「ほう」
 走り抜けざまに、白い細首めがけて斬り払った。
「各々が獲物の内包せし七つの大罪に応じ仇成す一撃——其の何れも凌ぐとは、存外に業の深い生き様ではなかったか。如何にもあれ、此の身に傷を負わせたのは数多の戦地を経て四人目よ。誇るが良い」
 押しきられたのが予想外だったのか、回避が遅れたルシファーの襟元が裂けている。茅原知盛はもともと、武芸者だ。一対一が基本。そして、強者との果し合いという願望が人間を捨てた際に、より完成された対人殺法を彼に与えた。
「今の俺は一騎討ちに特化した戦士でよ。傷だけで済むと思われてるなら心外だ!」
 数段スピードの増した彼が、目にも止まらぬ連撃を仕掛ける。二人の帯びる波動だけで、遠巻きに観戦する多聞たちを吹き飛ばしてしまいそうな圧力。風の如く駆け、大地を穿つ、神話さながらの光景が展開されていた。
「エデンの蛇」
 ルシファーは眼前に投影した大蛇で、息もつかせぬ猛攻を逸らしてゆく。
「蛇が邪魔で狙いが……! くそっ、幻術で惑わすとは姑息な」
「然れば派手にゆくか」
 茅原の足元から、大小無数の土杭が飛び出した。
「確かに、今度は大盤振る舞いだな」
縫うように駆け抜けつつ、行く手を阻む棘を双剣で粉砕して接近する。
「マグナ・カーデス」
 天へ浮上し、焔の鞭で茅原ごと地上を焼き払う魔王。
「ったく、切り札がいったいいくつあるのだか」
 火の海を斬り裂いて、溜息と共に茅原は顔を上げる。
「切り札? 斯様な物等、使っておらぬ。云うなれば余自身だ」
「くくく、ハハッ……ハハハハハ!」
 割れるような哄笑。
「そうだよなあ。そうこなくっちゃなあ! 人間のままでは怪物なんか超えられない。しかし、こうして人間をやめてまでしても勝てないとは……! 堪らんな。自身が嫌ってやまない技を使わねばならん程に追い詰められること等、いまだかつて無かった。そして、そんな異常な相手が今、目の前にいる——俺自らが倒さずしてこの興奮、冷めやらんわ! 化け物退治は古来より英雄様の仕事。俺は英雄の資格など無いが、これ程の化け物を見て直々に狩らずにいられるか!」
 構え直す茅原を無言で見下ろしていたルシファーだったが、意を決したように舞い降りてくる。
「……宜しい、お前程の強敵であれば此の刃に値する。現世の武技等手緩い。地獄の一撃を以て其の命——討ち果たす……!」

Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.49 )
日時: 2015/01/07 10:50
名前: 三井雄貴 (ID: 0L8qbQbH)

              † 七の罪——劫火、日輪をも灼き尽くし(下)

 主の言葉に呼応して、魔王剣カルタグラが紫の燐光を発し始めた。
「此奴もお前の魂を欲しているようだ」
 禍々しい愛剣を一瞥して、ルシファーは囁く。
「さっきの矢を溶かした能力といい、ただの剣じゃないみたいだな」
 十八世紀プロイセンの哲学者イマヌエル・カントは、物体を消し去っても物体が占めていた空間を消し去ることは不可能である、とした。つまり、この武器は最初から————
「対象が存在した、という事実ごと斬る刃に相違無い」
 刀身越しに茅原を見定め、かの王は告げる。
「なんて規格外の権能——鬼に金棒、どころ……じゃ…………」
 黒灰の魔王剣が纏う、妖炎の美しさに魅入るようにして、消耗しきった桜花は、眠りへと堕ちていった。
「ベルゼブブ……? 契約者の魔力を吸い尽くして幕を引いたか」
 ルシファーが増幅させていた殺気を打ち切る。
「気色悪い雨が止みやがったか。この勝負、預けた。結界がなくなった今、大軍に邪魔されて興醒めは勘弁だからな。お前も連中に姿を晒すわけにはいかんだろう」
「如何にも。我等が覇を競うは、相応しき舞台のみ」
 最強の悪魔と最強の人間は、どちらからともなく背を向けた。
「……あんなに盛り上がってたのに、切り替え早いなー」
 部下を抱きかかえながら、独白する多聞。
「昔っから茅原さんはそーゆー人じゃないですか」
 いつの間にか脇に立っていた柚木が呆れたように口を挟む。
「おお、柚木くん。応答しないから大変なことになっちゃってるのかと思ったよ」
「すみません。立て込んでいたもので」
 軽く頭を下げると、彼女は腰を沈めた。
「追います。多聞さんは二人を」
 言い残し、まだ薄暗い街へと瞬く間に消える。多聞は煙草に火をつけ、部下の走り去った方角を眺めていた。

「————そうか、承知した」
 電話を切って、男は歩き出す。口元よりほのかにこぼれる笑み。
「この滞在は、長引くことになりそうだ」
 明け方の微風に、包帯の先端が揺れていた。

「……もう追いつくとは、流石だな」
 流れるようにビルの屋上を跳びながら、背後の気配に茅原が呼びかける。
「お戯れを。名残惜しさがその走りを遅めているのではなくて?」
 横につき、妖艶に微笑んで顔を覗き込む柚木。
「もっとも——お前がその気になっていれば、どのみち既に鬼遊びは終わっていたさ」
「……お試しになりますか?」
「フン、人生で会えるとも思っていなかった化け物とやり合った後だ。体を労わるとするわ」
 並走する彼女を気にも留めない。
「まだまだ余裕があるように見受けられましたけど?」
「それは奴も同じだろう。それとも、俺の暴れっぷりに文句があるとでも?」
「滅相もない。十分な戦いをなさりましたよ。そう……十分すぎるぐらいに、ね」
 淫靡な目つきで革命者を流し見ると、柚木は正面に広がる地平線へと視線を移した。

                   † † † † † † †

「しっかし不思議だな。こんだけの力を持った連中を何百人も使ってたら、誰かしら反乱を起こしてもおかしくねーと思うが……さすがに上も妖屠の弱点ぐらいご存知なんすかね」
 いつだろう。こんなことを多聞さんに聞いたっけ。
「さあねー。ま、対策してないってなら、たとえ盾つかれても潰せるだけの力をお上も持ってるってことだろうさ」
 彼は気怠そうに、ライターを取り出した。
「誰も勝てなかったか、それとも、挑まなかったのか————」
「すくなくとも、僕の知る限りそんなバカげたことする人はいなかったなー」
 咥えかけた煙草を遠ざけ、おもむろに多聞さんは続ける。
「……信雄。お前は死に急ぐなよ」
そう口にした彼の背中は相変わらず大きく、それでいて、どことなく哀しさを湛えているようだった。
「心配ご無用。奪ってきた命の分まで生きるなんて殊勝な心がけはしてねーけど、俺しぶといんで! そうそうくたばりゃしませんって」
 俺の返事を聞いた多聞さんが、どう言ったかは思い出せない。ただ、ほっとしたような顔をしていた気がする。
(——そうだ。俺は……生き続けてやるよ)

Re: 昏き黎蔭の鉐眼叛徒 ——小説大会4位入賞 感謝! ( No.50 )
日時: 2015/01/07 21:27
名前: 三井雄貴 (ID: Ayie/5bK)

                    † 八の罪——剣戟の果てに(上)

 俺が瞼を開けると、サンタの格好をしたルシファーと目が合った。もう少し寝ていたほうが良かったかもしれない。
「メリクリ」
 こんなに涼しい声のメリクリを耳にしたのは初めてだ。
「……なんで悪魔がイエスの生誕を祝ってんだよ。あんたサンタっつーかサタンだろ」
「地獄に於いてもやっていたぞ。娘がプレゼントを心待ちにしておる故な」
「既婚者でその性格かよ。つーか、あんた外に出てこられるようになったんだ」
「きみが力尽きたあと、ルシファーさんが代わりに戦ってくれてたんだよ」
 上体を起こすと、ベッドに腰かけている三条が目に入ってきた。
「そいつは有り難い。で、今ここにいるっつーことは勝ったんだよな!?」
「如何に——」
「好意的に見ても、判定勝ちかな。ルシファーさんが奥義を発動しようってところで横槍が入りそうになって中断したけど、おたがいダメージは少なかったし、茅原さんは余力をまだ残している感じだった」
 ルシファーの返答を遮り、三条が説明してしまう。
「まあ悔しいけど、俺との対決はボーナスゲームだったんだろ。ウォーミングアップ代わりにボコボコに叩き潰されるとは、我ながら情けねーなあ」
「いや、味方が全員やられた時点でいったん退いて待つべきだったんだよ。人間が戦える相手じゃないことぐらいわかってるでしょ!」
 真っ赤な顔で向き直って、喚き散らす彼女。
「……ごめん、けが人に怒鳴ったりして。ほんとーにきみが無茶して怪我するのは昔から変わらないね。そして、そうなったらだれにも止められないことも……」
「ん? 昔って、俺ここに入って一年もたってねーだろ」
 今度は急にしゅんとしてみたり、今日の三条は何かおかしい。
「そっ……それはともかく! いちおう乱は明け方までに鎮圧されたよ。関係者はほとんどが死亡、または逮捕されてる。かんじんの茅原さんは行方不明だけど、怪魔も指揮者がおとなしくなったから落ちついたって。あの群れを操っていたのは、前にベルゼブブの言ってたなんとか四天王のベリアルって悪魔だったんだ。たいへんだったんだから」
「ああ、あの気味悪い結界はそいつのせいだったっつーわけね。まーた厄介なのが出てきやがったな。ルシファーの本体は地獄で氷づけになってんだろ? そいつも何らかの召喚者がいて、現世(こっち)にコピーが呼び出されてるっつーことか」
「いや、魔力をたくわえたあやつの結界内とはいえ、吾輩と渡り合うまねはまがい物なぞにはふきゃのうじゃ」
 不慣れな長文で噛みそうになりながらも、ベルゼブブが太ももに乗っかりつつ教えてくれる。身を乗り出しただけのつもりなのだろうけど、うちの隊長が黙ったまま横目で睨んで来たので、早めに降りていただきたい。
「そっちも痛み分けかー。あ、そうそう! ベリアルって、俺でも聞いたことぐらいあるぜ。ソロモン七十二柱の代表格だっけか……確か、壺と指環があれば存在を留めとける、みたいな感じじゃなかったっけ? にしても、いったい誰が用意したんだ……? 上の目を盗んで最強クラス二匹も飼ってる俺らが言うのもアレだが」
「それについてなんだけど————」
 気まずそうに三条が切り出した。
「悪魔契約の禁を犯した日本支部三条班の妖屠二名は、デスペルタル不携行の上、喜多村多聞と合流し、ただちに本部へ出頭せよって……」
「やっぱバレちまったか。しっかし、なんでまたいきなりローマ? あの戦いを目撃したのは多聞さんと柚ねえだけなんだろ。あの人たちが密告するとは思えないし——」
「茅原さんもこそくなやり方するような人ではなさそう」
「確かに、んなもん材料として利用するようなタイプには見えなかったし、戦いを楽しんでるってぐらいだったから、再戦を望むんなら俺らの自由奪うようなことはしねーだろ。つまり、考えられるなら一つ。ベリアルの契約者が組織内にいるっつーわけか」
「ぼくの見つけた古い儀式のあと……あれをベリアルに使ったのなら、つじつまが合うんだけど」
「こいつは直感だが、あの煙管小僧は違うと思うわ。力なんか借りなくても十分なぐらい強いし、悪魔とは戦いたい派っぽいな」
「ぼくも茅原さんは悪魔と契約するような人じゃないと思う。でも、そうなると心当たりがまったく——」
「……くせぇな。組織の裏でなんかあった臭いだ」
 俺は軽く息を吐いて、ベルゼブブをベッドから下ろすと、付け加える。
「組織に道具として扱われ、輝く時は英雄と讃えられるが、人知れず力尽きて死に、忘れ去られる。ダイヤモンドみたいに硬いけど、儚く砕け散る戦士たち……アダマースの名付け親はずいぶんと素敵な皮肉のセンスをしていらっしゃったようだ。で、どうする? お上は話し合いする気なんかね。律儀に丸腰で行って処刑されちゃかなわねーが」
「交渉とは覚悟と備えが有って舞台に臨めるもの。其れを満たさずして行うは、弱者の命乞いに過ぎぬ」
 ふかふか帽子の下から、鋭いまなざしでルシファーが一言。
「多聞さんと本部にいったら脱出は絶望的だね。なんだかんだで責任感の強いお方だから、部下が抵抗しそうなら容赦せず取り押さえると思う」
「……寝覚めに隊長と戦っても結果は見えてんな。仮に情けをかけてくれても、七騎士のお膝元。残ってる六人を相手に悪あがきしたって結局は公開処刑みたいなもんか。この先どうなるかも今んとこ予想つかねーし、とりあえず組織から隠れて様子見がベストだろ……逃げるぞ」
「に、逃げるってどこに……? ぼくと新世界のアダムとイヴにでもなってくれるの?」
「少なくとも、旧世界に俺らの居場所はねーってことだ」
「……隊長のぼくが逃亡したら、みんなに迷惑かかっちゃうよ」
「じゃああいつらも連れてくってか? 全員を説得する前に誰か一人がしかけてこねーって保障あんのかよ。どのみち事が露見した時点で、もう部下への迷惑は必至なんだよ。俺らに皆殺しにされるよりはマシだろ」
「賢明な判断よ。ふん、余を応じさせただけの程は有る」
 赤装束の魔王が満足気に頷く。
「サンキューサンタ。プレゼント代わりに、これからも協力してくれるか?」
「努々違えるな。貴様を主とした訳ではない。神をも狙う余を御せる者等、如何なる世にも存在せぬ」
「じゃ、なんで俺に力を貸してくれるんだ?」
「幾度も云わせるでない。貴様が滑稽極まりなかった故、其の結末に興が乗った迄のこと。契約如きで余は縛れぬ。見当違いとあらば、何時とて見放すであろうよ。まあ弱者なりにもがくとせよ。暇潰しに力添えして遣ろう」
「ありがてーけどよ、俺はあんたが飽きても一人だろうとやり抜くつもりだ。生き抜けるかどうかなんて気にしても仕方ねえ。少なくとも、戦ってる間は生きてんだろ」
 ルシファーはふと俺を横目で見遣ると、ご機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……弱者でなく道化であったか。実(まこと)に、つくづく珍妙な者よ」
 こいつ、基本的にノリで生きてるな。
「……ベルゼブブは?」
 腕組みして壁を向いている蝿っ子に、三条が尋ねた。
「まあ、ご主人さまがゆくというのなら…………」
 僅かに振り返り、小声でベルゼブブが答える。
「まとまって早速だが、お出迎えのようだぜ」
 布団から出て、伸びをひとつ。
「さ、ここは逃げて体勢を整えんぞ」
 ドアノブに手をかけようとした刹那、板越しに伝わってきた圧力に、本能的な悪寒が込み上げて後退りする。
「やあ。チーム多聞丸のみんな。お急ぎみたいだけど、おじさんを仲間はずれにどこへゆくんだい?」
 向こう側からドアが開くと、よく見知った、それでいて口調に反し、今までになく重々しい顔の大男が立っていた。


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