ダーク・ファンタジー小説
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- 【々・貴方の為の俺の呟き】
- 日時: 2023/03/18 15:12
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: VNx.OVCe)
【目次】
《設定まとめ、説明》>>5
読んでも読まなくても大丈夫です。
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。
けれど、こんな設定だということをサラッとでも知っていては欲しいです。
エピローグ【々】 >>1
【第一節 縹の狼】 >>2
【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】
◇◇◇◆◇◇◇
《注意》
○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
物語構成に荒が多いです。
○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。
○死ネタが含まれます
◇◇◇◆◇◇◇
この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
──クソッタレたこの世界の
素晴らしい産物だ──
これは、満足する”最期”を目指す者のお話
また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
全て、”貴方の為だけの”お話
◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.20 )
- 日時: 2023/03/26 19:01
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: k8mjuVMN)
5
「危機感を持ったヒラギセッチューカは思い出しました。
妖怪に遭遇した時は、隠れて陰陽師の助けを待つべきだということを。
あと、学院都市には何かあった時の避難場所があるということを」
ヒラギセッチューカは、陰陽師コースの体験授業で習った事を、真面目とは思えない態度で言う。
ヒラギセッチューカに自身の言葉が全然響かず、ユウキは「ふざけるな……」と微かな抵抗しかできなかった。
それと共に、彼も体験授業の記憶を必死に掘り起こす。
「確か、妖怪は出現時に結界を張るんだったか」
「あぁ、だから同じ道が繰り返されるの」
ヒラギセッチューカは妖怪から逃げていた時の事を思い出す。
ユウキはその事を知らなかったのか「逃げ道ねぇじゃん」と苦い顔をした。
「そう言う時の為の避難場所でしょ!」
ヒラギセッチューカは笑顔でパチンと指鳴らす。しかし、ユウキの顔は晴れない。
「お前、どこに避難場所あるのか覚えてるのか?」
「覚えられる訳無いじゃん。学院都市どんだけ広いと思ってんの?
あっ……」
「そういうことだ」
ユウキもヒラギセッチューカも学院都市に来たばかり。一回の授業程度で避難場所を覚えられる訳が無かった。
それを理解したヒラギセッチューカは先程の明るい顔は何処へやら、神妙な容貌になる。
「ヒラギ、どうする?」
「もう陰陽師が来るまでひたすらに待つしか無いでしょ」
「妖怪に触れると魔素逆流を起こして、最悪廃人と化すんだぞ?」
ユウキの言葉に、ヒラギセッチューカは片手を口に当てる。そして、初めて真剣な声色で言った。
「本気でヤバくなってきたな」
「気付くのが遅せぇよ」
ヒラギセッチューカはムッとした顔をするが、考えることを辞めない。
(このまま路地裏にいても良いけど、妖怪に見つかるリスクは高いし、もっと安全な場所に移りたいんだよね。けど、そんな場所思いつかないし──)
ユウキもヒラギセッチューカと似たような事を考えていた。
しかし、幾ら考えを巡らせても良い案は思い付かない。
「一周回ってここで隠れ続ける方が良いかも」
ヒラギセッチューカは良い案が思い付かず、そう呟く。ユウキもそうだった様で「それしかないな」と、その案に乗った。
そして、二人は路地裏の壁に背中を着けて黙り始める。
激痛故に廃人と化し、軽いものでもトラウマになると言われる〈魔素逆流〉
妖怪に触れただけでそれを経験すると思うと、ユウキに悪寒が走った。
死ぬことは無いだろうが、最悪、死よりも恐ろしい経験をするかもしれない。
(考えるな。考えるな俺!)
そんなこと考えても、恐怖を膨らませる事にしかならない。ユウキは必死で自己暗示をした。
「〈魔素逆流〉かぁ。結界から出た頃には二人仲良く廃人になって、まともな考え出来なかったりして!」
ヒラギセッチューカはユウキのように恐れていないのか、それともバカなのか。能天気に笑って言った。
(なんで今その話をするんだよっ!)
ユウキは泣きたくなるが、そんな情けない事は出来ないと必死で抑える。
「お前、怖くないのかよ」
「めっちゃ怖いよ?」
「全然そうには見えねぇ」
恐怖でヒラギセッチューカのテンションに付いて行けなくなったユウキは、萎れた花のように呟いた。
それを見たヒラギセッチューカは苦笑いする。
「ごめんからかいすぎた」
「こんな状況で……。性格悪いぞヒラギ」
「否定はしないよ」
悪びれも無いヒラギセッチューカに、ユウキは何を言っても無駄だと理解する。
そして、三角座りをして膝に顔を埋めた。
相手を怒らせて楽しむ悪趣味があるヒラギセッチューカ。彼女は怒らず、自身を嫌う様子も見せないユウキに驚いていた。
(ユウキは懐が広いな。何かの主人公みたい)
そんなどうでも良い事を思いながら、ヒラギセッチューカも黙り始める。
妖怪の足音はあれっきり聞こえていない。
何処かしらに留まっているのか、消えたのか、陰陽師と交戦中なのか。
考えても仕方がないが、緊張感が走る空間で二人は何かしら考えずにはいられなかった。
視界には向かい側の建物の壁しか映っていないが、不満に思わず見つめ続ける。
すると、不意に自分とユウキ以外の物体が空を切り、近づいてくる感覚がヒラギセッチューカにした。
肌を芋虫が這いずり回るような悪寒が走る。
(何かいる?! 妖怪? 嫌、そんな訳ない! あんな巨体が路地裏に入り込めるわけ無いし)
先程まで熱湯のような熱さだった汗が冷水に早変わりする。彼女はその冷水を浴びながらゆっくりと顔を横に向けた。
『シ ロ だ』
ヒラギセッチューカの体温が無くなる。
「うわあぁっ!!」
ユウキの絶叫が木霊した。
路地裏の隙間から首だけを伸ばし近づいてきた妖怪。そして、二人を見つめる巨大な目玉。それが、ヒラギセッチューカの至近距離にあった。
彼女は、言葉と呼吸の中間のような音を口から出す。
「ぁっ、はっ……」
なんでここに? 死ぬのかもしれない。逃げなきゃ。ここで終わりだ。何故見つかった? ちょっと騒ぎすぎたかな。怖い。逃げるのめんどくさい。ユウキだけは。嫌だ逃げたい。面白! 痛いのは嫌だ。首だけ伸ばすとか頭良いなコイツ。体動かない。
ヒラギセッチューカの頭に、矛盾した感情と想いが溢れ出す。そして、何に従えば良いのかと混乱した体はそこでショートしてしまった。
「逃げるぞっ!!」
入学前は冒険者だったユウキは、判断が早かった。
自分の頭に溢れかえる沢山の指示よりも、外からの指示を信用したヒラギセッチューカの体はすぐさま立ち上がり、駆けた。
それに続きユウキも走り出す。
『シィィィロオォォ!!!』
不気味な金切り声を背に、二人は妖怪がいる方向と反対側の出口を目指す。そして、土産屋が並ぶ通りに出た。
「おいおいどーするこの状況!」
ヒラギセッチューカの後ろを一生懸命走るユウキが叫んだ。
「逃げる以外無いでしょ!」
「じゃあ、お前だけ逃げろ!」
迷いない、弓矢のように真っ直ぐな言葉がヒラギセッチューカを射抜く。
それに嫌な予感を覚えながらも、ふざけながら彼女は言った。
「は、図りかねる言葉が聞こえたんですが」
ヒラギセッチューカは後ろを振り向く。
いつの間にか、ユウキは自身の後ろの後ろを千鳥足で走っていた。
そして、そのすぐ後ろにいるのは先程の”謎の物体”──妖怪。
「俺は、ちょっと休んどくよ」
ユウキは「走るのが苦手だ」とは言わなかった。ヒラギセッチューカを不安にさせないようにしているのだ。
しかし、誰でもその青白い恐怖の顔を見るだけで、彼の心情は手に取るように分かる。
(めちゃくちゃ怖がってんじゃん)
そう思うと、ヒラギセッチューカは少し笑い声が出てしまった。そして言った。
「ゆっくり休んで!」
彼女は、クズと言われても仕方ない言葉を元気よく放った。
6.>>21
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.21 )
- 日時: 2023/03/26 19:01
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
6
「お前って奴は……」
ヒラギセッチューカに見放された筈なのにユウキは失望しなかった。
それどころか、無邪気な子を見る祖父のような優しい目で彼女を見る。
ユウキは疲れ果て、その場で立ち止まった。
迫る黒い手。不気味な五本指がゆっくりと開いて、ユウキの革ブーツを掴む。
「いっ……」
ユウキは恐怖で声をもらす。
しかし、痛みは襲ってこなかった。
彼はそれを不思議に思うと同時に、安心して体の緊張が解れる。
また別の手がユウキの胴体を鷲掴みにした。
その時。
「ぐあぁっ!!」
肉を、骨を。
いや、もっと繊維な部分。
血管一つ一つに人喰い蛆虫が這い回る様な激痛が、彼を襲った。
「いぁっ! あ゙あ゙ぁっ!」
痛みの原因はユウキを掴む黒い腕。それは彼も簡単に分かった。
ユウキは痛みを消したいがために必死でもがく。
声を枯らし、足裏で煉瓦を擦り、黒い腕を引っ掻く。
「だぁっ! だずげてぇっ!!」
しかし、藻掻く為に妖怪に触れると、魔素を吸われ、痛みは増える。
逃げたくても逃げられない。
逃げる術は無いと分かっていながらもユウキは暴れた。そして、暴れる力が徐々に減っていく。
遂には痛みに抵抗する精神力が無くなり、ユウキは脱力してしまった。
「あっ、あぁ……」
それでも激痛は無くならない。
脳を「痛い」という言葉が支配し、ユウキはもう何も考えられなくなっていた。
手足がピクピクと痙攣して目は充血する。
彼の肺から放出される空気は、嗚咽という名の音を出し続けた。
妖怪はユウキを持ち上げる。力無く宙にブラブラと揺れる両足。
ユウキは思考が停止し、自身の口から漏れ出す唾液をどうにかしようとも思えなかった。
もう終わりだとか、死ぬ実感だとか、絶望だとか。
そんな感情すらも与えてくれない激痛が遅う。
それが、〈魔素逆流〉であった。
「かっ、カァッ……」
ユウキが放つ言葉は最早ただの音だ。
それを妖怪は興味深そうに見つめて言う。
『シロダケド、チガウ?』
“妖怪”が探しているシロ。
“妖怪”が求めなければならないシロ。
それとは、全く違ったシロだった。
「──白って200色あるらしい、ねっ!!」
その声と共に何かがユウキを掴む腕に飛ぶ。
それは薄茶で、光を反射する程に綺麗に削られた木刀だった。
木刀は回転しながら一直線に飛び、黒い手首に刺さる。それでも木刀は勢いを止めず、遂には貫通して手首を斬った。
斬っても尚木刀は回り、弧を描いて元の場所へブーメランのように戻る。
「ぁ──」
手首が斬られた事により落ちるユウキ。
痛みから解放されたはずなのに、全身が麻痺したように体は動かない。
まず、状況が理解出来るほどの余裕もなかった。
(あぁ、落ちてる)
そう思った頃には遅く、地面は間近にまで迫っていた。
宙に突き出す自身の掌。何かに縋るように、それは揺れていた。しかし、何かを掴める気配もしない。
今出来ることは無い。
彼はそう悟った。
ユウキは腰から墜落する。
「ぐふっ!」
──と、誰かの汚い唸り声がユウキの世界に割って入った。
地面に落ちたとは思えない柔らかな痛みと、平らな道とは思えない凸凹した地面。
ユウキを迎えたのは歓迎下手の地面ではなく、ヒラギセッチューカだった。
「腰、腰がぁ……」
ヒラギセッチューカは喉から絞り出した様な掠れ声を出す。
ユウキは男性の中でも長身な方で、その分体重も重い。対してヒラギセッチューカは女性の平均的な身長だがガリガリにやせ細っている。
そのため彼女のダメージは測り知れなかった。
(痛いのは、嫌だ。痛かった。もう痛いのは──!)
解放されたと言うのにユウキは未だ恐怖で震えていて、意識が飛びかけていた。
痛がるヒラギセッチューカを見ても尚、ユウキは状況が理解できない。
それでも考えることを諦めはしない。
「らぁん、で……」
ユウキは『何故ここに居るのか』という疑問を投げかけたが、呂律が上手く回らない。
7.>>22
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.22 )
- 日時: 2023/03/26 19:01
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
7
それでも、ヒラギセッチューカはユウキの言いたいことを察していた。
「あのまま逃げてもユウキと同じ轍を踏むだろうし。戦う準備してきた」
ヒラギセッチューカは先程投げた木刀を見せながら、ゆっくりと起き上がる。
ユウキを見放しても自分が捕まるのは時間の問題。ならば戦うしかない。あの時、ヒラギセッチューカはそう即決した。だからユウキを囮にして武器を探しに行ったのだ。
その決断に躊躇いが無い点は、彼女の性根の腐り具合が窺える。
(まさか、買ったら後悔する土産トップ3に入るであろう、木刀があるとは思わなかったけどね)
ヒラギセッチューカはユウキの上半身を起こし、数回肩を叩く。
「というか、青年大丈夫? おーい」
焦点が合わず、口を開いて唾液を垂れ流すユウキ。脱力してヒラギセッチューカに全体重をかけて「あ゙あ゙あ゙」と唸っている。
それを見て流石のヒラギセッチューカも動揺し、おちゃらけた言葉に焦りが見えた。
『シロォ……?』
そんな二人を妖怪は興味深そうに見下げる。
そして、虫取りする子供のように、ゆっくりと二人に腕を伸ばした。
ヒラギセッチューカは危機感を覚え、必死で頭を回す。
(どうしよう。またユウキを見放す? けどこれ以上苦しまれると、流石に気分が悪い。
かと言って守りながら戦えるほど私も強くないし……)
刻一刻と迫る巨大な黒い掌。
ヒラギセッチューカの胸の音が決断を急かすように早鐘を鳴らす。
それを鳴り止ませたいがために、ヒラギセッチューカは自身の胸を鷲掴みにした。
『ヤット、シロ……』
妖怪の呟きに近い言葉が、その意味が、微かにヒラギセッチューカの脳裏を掠めた。
出会ってからずっと『白』を連呼するのに、ユウキを『チガウ』と妖怪は言う。
(相手の狙いは十中八九私だ。ということは、ユウキには興味無い?)
妖怪の掌の影が二人を覆う程までに近づくが、ヒラギセッチューカはもう次にやることを決めていた。
「こっち……。ほらほらこっちこっち!」
ヒラギセッチューカはユウキを寝かし、挑発しながら木刀を持って走り出した。
またもやユウキは置いてきぼりにされる。しかしユウキは置いてきぼりにされたことすら理解出来ていない。
ただ、ヒラギセッチューカが危険だと言うことは何となく分かった。
「あ、ぁっ」
ユウキが嗚咽を漏らしたと同時に、視線がヒラギセッチューカに釘付けの妖怪も動き出す。
長く太く多い腕を器用に動かし、妖怪は走り出した。
彼女の予想通り、妖怪の狙いはヒラギセッチューカだったようだ。
『シイィィッロォッ!』
妖怪の金切り声を背に受けて、ヒラギセッチューカの体に電流が走って震える。けど走ることは辞めない。
それどころかヒラギセッチューカは生意気に、威勢よく言った。
「妖怪さぁん! 正々堂々の一騎打ちしましょうよ!」
『マッテエェェッッ!』
妖怪は、まるではしゃぐ幼子のように叫び、スピードを上げた。
ダダダッと、リズム良く地面を叩く妖怪の腕々に焦燥感を煽られる。
それがもどかしくて、ヒラギセッチューカは落ち着つこうと胸を摩った。
ある程度ユウキと距離が開いたと判断すると、急ブレーキかけてその場で止まる。
止まらない妖怪。止まらない心音。
恐怖を、苛立ちを、興奮を、不安を。
右足をタンタンと鳴らし外に出す。
(妖怪ってなんの攻撃が効くんだろう。というか倒せるのかな。私の攻撃が全て無効になるかも──)
それでも彼女の不安は止まらない。しかし、これ以上感情を発散させる方法も余裕もない。
ヒラギセッチューカは想いの全てを自身の内側に押しこんだ。
勢いよく木刀を振り上げ、妖怪に向ける。
「“怖い”ってこういうことだったね。もう経験したくないな」
木刀を持つ彼女の手が、微かに震える。
体や脳の奥の奥。核に近い部分が叫び暴れる。逃げたい、怖い、行きたくないと。
しかし、逃げた方が苦しい目に合うだろう。
(どっちも嫌だな──)
ヒラギセッチューカは、妖怪に向かって走り出した。
8.>>23
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.23 )
- 日時: 2023/03/27 21:49
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: rOrGMTNP)
8
『シロッ! ヨコセエエエ!』
妖怪が体から幾つもの黒い腕を生やしてヒラギセッチューカに掴みかかる。
ヒラギセッチューカは簡単にかわした。
(あの勇者の剣術の方がよっぽど速いから躱すのはカンタン。
けど、油断して触れたら不味いし余裕はこけない──)
腕を躱すのは簡単だ。しかし、連続する単純な動きほど起こりやすいミスは無い。
ヒラギセッチューカは手に汗を握りながら慎重に、黒い手に触れないよう心がける。
だが、いつまでも避け続ける訳にも行かない。そう考えたヒラギセッチューカは一旦動きを止めた。
(なにかしら反撃しないと)
「〈参・氷塊〉」
初級である氷魔法の詠唱。
ヒラギセッチューカが唱えると、宙に手のひらサイズの氷が数多現れる。
それらは一直線に妖怪へ飛んだ。
危機を感じたのか妖怪は、体からまた何本も腕を生やして胴体をガード。
氷が妖怪に命中したのは同時だった。
「あれっ、効いてない?」
鳴った音はパリンでも無ければガシャンでも無い。ボトンッ。片栗粉水に落とした様な音だ。
黒い霧の集合体の様な腕に氷がゆっくりと飲み込まれて、消えた。
「まさかっ……」
──妖怪は触れた物の〈魔素〉を吸収する特性があるのです。
ヒラギセッチューカは陰陽師コースの体験授業を思い出す。
そう。妖怪は魔法を魔素として吸収している。
魔法が効かない上に魔素を吸収して強化もするのだ。
それに気付いたヒラギセッチューカは、絶望をため息として吐き出して呟いた。
「ファンタジーにそれアリ?」
”魔法”という攻撃手段を全て奪われた。ヒラギセッチューカを無力感が襲った。
(いや、悲観しても絶望しても、状況は変わらない)
ヒラギセッチューカは、手元にある木刀を力いっぱい握って自身を鼓舞する。木刀が落ちない程度の軽い力で握り直す。
と共に、向かってくる黒い手を睨んだ。
「ふんっ!」
掛け声を漏らして腕を振り上げる。
木刀は空気抵抗をほぼ受けず空を切り、妖怪の腕を叩いた。
「当たった?!」
ユウキを持ち上げられる程の強度があることは分かっていた。
けれど、物理攻撃がまともに効くとは思わなかった。
妖怪の正体が不明すぎるが故に警戒を強めていたヒラギセッチューカは驚く。
感触はあるが、人の肉ほど固く無い。
軽く木刀を振り上げて妖怪の腕に食い込ませる。と、紙粘土を切る様な感覚がした。
(もしかしてこれ、斬れるんじゃ?)
ヒラギセッチューカは更に力を加える。とても簡単とは言えないが斬れた。
黒く半透明な霧の塊。それが木刀の軌道に沿って、綺麗に散ってく。
斬られた腕は放物線を描いて地面にベチャッと落ちた。
形が崩れ溶けて魔素となり、蒸発するように消えて行く。
「……」
ヒラギセッチューカはその様子を憂い顔で眺める。
しかしそんな事をしてる暇など無い。隙をついて、また腕がやってくる。
ウゾウゾとしなる不気味な腕に、ヒラギセッチューカは背筋をゾッとさせた。
「うわっ!」
と驚きながら、反射神経が腕を斬る。
妖怪の体は紙粘土のようで、感覚的には斬ると言うよりちぎるという方が正しいかもしれない。
奇妙な肉体を斬り続けるヒラギセッチューカは、その感覚を噛み締めながら考える。
(学院長と体の作りは同じ? ますます”妖怪”の正体が分からない)
『シロ……シロヨコセ!』
妖怪に感情があるのか、痛覚があるのかは分からない。ただ妖怪は怒るように叫んだ。
ヒラギセッチューカは怯え、身構える。
雄叫びを上げた妖怪は、間髪容れず複数の腕をヒラギセッチューカに伸ばした。
遠心力で動かない体を力任せに動かして、またヒラギセッチューカはかわし始める。
「はぁ、はぁっ……」
呼吸が荒く、動きが鈍くなり、動く度に汗が地面に落ちる。
別にヒラギセッチューカは物理戦闘が苦手という訳では無い。
むしろ体質上、今の彼女には魔法より物理の方が得意まであるだろう。
しかしヒラギセッチューカの視界は元々悪く、その上結界内に漂う白い霧のせいで、視界情報が0と言っても過言で無いのだ。
(更に魔法無効とお触りNGって。キッツ……)
絞ったスポンジの様に汗が湧き出てくる。
狐面も蒸れて呼吸もし辛い。物理的に視界も塞いでるから邪魔だ。ただ狐面を外せる余裕がない。
9.>>24
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.24 )
- 日時: 2023/03/28 17:10
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: jfR2biar)
9
「打開策、何か打開策──」
追い詰められた余り、心の声を漏らしてヒラギセッチューカは考える。
妖怪の体を構成するのは恐らく魔素だ。
魔素というのは、存在の“核”から自然生成もされる。
生物ならばその“核”は魂。しかし、妖怪はとても生物とは思えない。
何かしら魂以外の核があるはずだ。
「目玉──。こういうのは目玉が弱点って、相場が決まってなかったっけ?」
それは、ただの仕様も無い勘である。くだらない、ヒラギセッチューカの。
しかし黒い胴体と比べて、白く大きく一番目立つ目玉に目をつけるのも、間違いではなかった。
“目玉が核”とヒラギセッチューカは自身の直感を信じきる。
そして、先程と同じように四方八方の腕をかわし続ける。全ての腕の根源である妖怪の胴体へと歩を進めながら。
ヒラギセッチューカの前方から腕が伸びてくる。
それは今までの様にしなっていなかった。
弓矢のように真っ直ぐと、ヒラギセッチューカの足元に伸びてくる。
(急に動きが単調になったな。疲れたのかもしれないし、好都合!)
その慢心が、命取りであった。
ヒラギセッチューカはその腕を軽くジャンプしてかわすも、着地点に先回りして別の腕が伸びる。
しかし目が悪いヒラギセッチューカは気付いて居ない。
「あ゙あ゙っ!!」
ヒラギセッチューカの足首に激痛が走る。
単純な動きの腕は、ヒラギセッチューカの気を逸らす囮だった。
妖怪が掴む足元から、蛆虫が肌を這い回る様な痛みが襲う。
魔素という体内のエネルギーを吸われているのに、溶岩が肉を裂き、骨に異物が入る様な激痛。
それが木の根のように足首からふくらはぎ、腰へと徐々に侵食していく。
「頭ぁいいねぇ! 魔素の塊のくせにっ!」
ヒラギセッチューカは自身の足を掴む腕を蹴りながら、皮肉を叫んだ。
魔素の塊で、正体不明で、生きているかどうかも分からない妖怪に、恐怖を越えて怒りが湧き出てくる。
痛みを吐き出すようにヒラギセッチューカはもがく。
しかし、腕は一向に離れる気配がしなかった。
ふと、学院指定のブーツを履いている箇所だけは痛くないことにヒラギセッチューカは気付く。
(このブーツは、魔素を通さない?)
魔素逆流の激痛に襲われるヒラギセッチューカにとっては今更な事だったが。
「こっの、ぐっぞ! 離して!」
ヒラギセッチューカは足首を掴む妖怪の腕を斬るために木刀を振り上げる。
しかし、それを阻止するように別の腕がヒラギセッチューカの腕を掴む。
「ひあ゙ぁっ!」
別の痛みの源が生まれてヒラギセッチューカは叫ぶ。
それが合図になった。妖怪から伸びる腕の全てがヒラギセッチューカに集まる。
電柱ぐらい太く、黒く、ウゾウゾと動く腕が白皙を隠す。
ヒラギセッチューカの胴体を絞める様に腕がまとわりついて、白が見えなくなっても尚、上から腕が重なり続ける。
「うぁっ、あ゙あ゙っ……」
ついにはヒラギセッチューカより一回り大きい黒い繭が作られた。
それは地面から浮いて、妖怪の胴体がある高さへ持ち上げられる。
(痛い痛い熱い熱い──何も感じない)
溶岩に焦がされ続けて神経が燃え尽きてしまったのか、ヒラギセッチューカは感覚が無くなっていた。
勿論、激痛も、紙粘土の様な黒い腕に包まれていることもヒラギセッチューカは感じている。
ただ、脳みそが麻痺してしまって何も感じていないと錯覚してるだけ。
(あぁ、地獄だ──)
ヒラギセッチューカはその感覚に覚えがあった。
死にたくとも死ねない。ただ痛みに身を焦がされ続け、絶叫し続け、何も考えられなくなるこの状況に。
(死ねたら楽になるのに、一向に死なない──)
ヒラギセッチューカは徐々に弱っていて、このままだと命が尽きる。
しかし、感覚が麻痺して身の危機を知らせる“痛み”という機能が働いてないヒラギセッチューカは、自身が死なないことに疑問を覚えていた。
(永遠に感じる痛み──)
恐怖の感情が脳から溢れ出てくる。
この痛みから、恐怖から離れたい。その気持ちだけがヒラギセッチューカの脳を這い回り理性を奪ってゆく。
頭の液体が物凄い勢いで蒸発していくような感覚と共に、ヒラギセッチューカの意識が薄れていく。
──ヒラギセッチューカの体が溶けてゆく
10.>>25