ダーク・ファンタジー小説
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- 君がいたから、ようやく笑えた。【大切なお知らせ】
- 日時: 2024/09/10 17:56
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
-序章-
『何もかも、私を苦しませるもの全てがなくなってしまえばいいのに。』
いつからこんなことを思い始めてしまったのだろう。小学生の頃、友達と喧嘩した時から?中学生の頃、親に対して反抗期が始まった時から?
いいや、違う。私の運命は生まれた瞬間から決められていたようなものだから。
親が今まで敷いてきたレールの上をただひたすら、操り人形のように歩くだけ。
そんな私の人生なんて、価値がない。色なんてない、白黒だけでできた世界なのだ。
でも、そんな私に君は手を差し伸べてくれた。白黒だけの私の世界に、色を塗ってくれた。
そうだ、そうなんだ。
-君がいたから、私はようやく心から…笑うことができたんだ。
【 読者のみなさまに大切なお知らせ 】 >>010
❴ 目次 ❵ >>01-
1.春風 >>01
2.裏の顔 >>02
3.出会い >>03
4.限界 >>04
5.不思議な夢 >>05
6.居場所 >>06
7.不思議な感情 >>07
8.隠された愛 >>08
9.当たり前の幸せ >>09
1から全部見たい人は >>01-をタップしてください
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.1 )
- 日時: 2024/09/10 17:09
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 1.春風 -
「……いってきます」
私は小さな声でそう言い、真新しい黒色のローファーに足を通した。そして、胸まで伸びた長い髪を1つにまとめる。
今日は入学式。この春から、晴れて私は高校1年生になった。
「いってらっしゃい。また後で、入学式行くわ」
これから入学式だというのに、そんなシュチュエーションには全く合わない母の無感情な声が背中を突き刺した。
別に来なくていい。というか、”あの人たち”になんて来て欲しくない。
私は母の言葉に返事もせずに、そのまま家を出た。
「はぁ…」
扉を閉めた後、私は深いため息をついた。さっきまで少しは意気揚々としていた気分だったのに、両親が来ると知った今では、完全に気分が下がっていた。
でも、そんな私の気持ちを振り払ってくれるように心地よい春風が髪を揺らす。
こんなことで落ち込むのも無駄だ。そう思った私は家を出て、学校に向かった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
学校の最寄り駅から目的地まで、思ったより時間はかからなかった。そして気がつけば目の前には、青空を背景に古い校舎と大きな門が堂々とそびえ立っていた。
ここは、全国でも有数の芸術学校。また、この学校は入試試験がとにかく難しいことで有名だ。なので、ここの生徒は推薦で来た人が多数なんだそうだ。ちなみに私もその内の1人である。
両親の母校でもあるこの学校は、父が絶対に入れと無理やり入れさせられた。私の両親はこの学校で初めて出会ったらしい。まぁ、そんなこと全く興味などないのだけれど。
私はそんなくだらないことを考えながら、足を踏み出して門をくぐった。
自分のクラスを確認した後、私は清掃された綺麗な廊下を歩きながら教室へ向かった。
いざ教室の前に立つと、急に変な緊張感と不安が押し寄せてきた。私は心の中で深呼吸をした後、教室の扉を静かに開けた。
-ガラガラ。
扉を開けた瞬間、教室の中にいた生徒みんなの視線が私に集まった。
「ねぇねぇ、あの子ってもしかして…」
「えっ嘘でしょ」
「あんな美人だったの?初めて見た…」
周りから聞こえる囁き声を無視して、自分の席に座る。すると、私が席に座るや否や、数人の女子生徒が私の席に集まってきて、目を輝かせながら、その中にいた1人の女の子が話しかけてきた。
「……あの、あなたってもしかして…」
そして、恐る恐るこんな質問をしてきた。
「水瀬 怜愛さん、ですか…?」
「………はい」
短くそう返事をすると、周りにいた女子生徒が一気に騒ぎ出した。
「ほら、やっぱり!」
「すごい、怜愛様と同じ学校なんて夢みたい…」
「なんで?怜愛様はこの学校にいて当然でしょ」
「めっちゃ尊敬してます。あとでサイン下さい!」
「は、はぁ…」
何故私はこんなに周りに知られているのか、読者も疑問に思ったことだろう。自分自身が有名な誰かなのか、はたまた親が有名人なのか。
答えはを………その両方である。
「今度ピアノ聴かせて下さい!」
そう、私は有名なピアノ奏者なのだ。そして私の父は、海外にソロコンサートを開くほどの有名なピアニスト。母は芸能界を中心に活動する、偉大な作曲家だ。
そんな私たちはよく『天才音楽1家』と、メディアに取り上げられている。この人達は、それを見て私を知ったのだろう。有名な両親を持って生まれたら、誰だって自慢したがるのは当然だろう。
「お父さんとお母さん、入学式来るよね?」
「うわぁ、楽しみ!」
「いいな、自慢できる両親がいて」
しかし、私は違った。親を自慢したいと思ったことがないし、思いたくもなかった。
この人達は、私の気持ちなんて何も知らない。
両親の…………裏の顔すらも。
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.2 )
- 日時: 2024/09/10 17:13
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 2.裏の顔 -
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「新入生の入場です。大きな拍手でお迎え下さい」
盛大な拍手と共に、入学式が幕を開けた。ステージから見て真ん中らへんに保護者の席、後ろに在校生の席がある。
私はその保護者席の端で、まるで関心がないとでも言うかのように、相変わらず無表情のまま手を叩いている両親を見つけてしまった。目が合わないよう、咄嗟に前を向く。
『お前は俺の娘なんだから、常に上品でいなさい。不格好な姿など、絶対に見せるな』
小さい頃からずっと言われてきた言葉が、脳裏をよぎる。
別に私は、好きでこの家に生まれた訳じゃない。やりたくてピアノをやっている訳じゃない。
なのに、私の想いなんか気にも止めないで、”親”なんてものを気取っている両親が嫌いだ。大嫌いだ。
憎い、憎い。全部、全部、消えてしまえ。
そんなことを思っていると”あの日”のことを思い出してしまった。
やだ、やだ。今は入学式の途中なのに。最近はやっと”あの日”のことを思い出さずに済んでいたのに。
”あの日”の父の姿がフラッシュバックする。
『嫌だ?何が嫌なんだ。もう1度言ってみろ』
こっち来ないでよ。嫌だ、もうやめて。
お願いだから…もう、嫌…だっ……
私はそこで、意識を手放した。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
私が初めてピアノに触れたのは、2歳の時だった。音楽家である両親が、何か私にやらせたかったのだろう。
「これがドで、これがレって言うんだよ」
あの時はまだ、両親の手は温かかった。だから私は、調子に乗ってピアノを始めた。
「へぇ、これ楽しいねっ」
始めた当初は、もちろんピアノが楽しくて楽しくて仕方がなかった。毎日毎日、父にピアノを教わっては、弾いていた。
両親はピアノを弾く私を見守りながら、嬉しそうに笑っていた。多分この時の笑顔が、私にとって最後に見た両親の笑顔だろう。
そこから、私のピアノ漬けの日々が始まった。6歳の時に本格的にピアノを習い始め、小学校を卒業する頃には、ピアノコンクールの賞をたくさん取っていた。
世間から見たら『音楽家の子供なんだから、才能があるのは当然だ』と思われるだろうが、私は私なりに、血の滲むような努力をしてきたつもりだ。一日たりともピアノの練習を欠かすことはなかったし、父の期待には全て応えてきた。
しかし両親は段々、成長していく私に対して冷たくなっていった。笑顔を見せることもなくなったし、私が何かを成し遂げても、褒めてさえくれなくなった。
『コンクールで最優秀賞を取った?なんだ、そんなことか。そんなのできて当たり前だ』
『それより、早くピアノの練習をしなさい。1個賞を取ったくらいでそんなに騒がないでくれる?』
なんで、何も言ってくれないの?私は2人に喜んでもらいたくて、褒めてもらいたくて頑張ったのに。
いつしか私は優しかった両親を嫌い、大好きだったピアノも何のために弾いているのかすら、分からなくなっていった。
だから私は、あることを決心した。父にピアノをやめたいと、もっと色んなことをしてみたいと相談してみることにした。
「…私ね、ピアノをやめたいの。もう嫌、だから。もっと違うことをしてみたい」
父の仕事部屋に通してもらい、楽譜を読んでいる父に勇気を振り絞って、そう言った。
「……は?お前は何を言っているんだ」
ようやく顔を上げてくれた、と喜んだのも束の間、気付いたら鬼のような形相をした父の顔がすぐ傍にあった。
「嫌だ?何が嫌なんだ。もう1度言ってみろ」
あんなに怒り狂った父を、1回も見たことがない。そう思うほど、恐ろしい目だった。
「だっ、だから、ピアノをやめた……」
声を出した次の瞬間、派手な音と共に頬に大きな痛みを感じた。
「…っ」
あまりの痛さに、思わず頬を手で抑える。
「いいよ。もう1度言ってごらん?さぁ」
また殴られる。そう思った時には、もう遅かった。
-ガッ。
一体、どのくらいの時間私は殴られていたのだろう。気付いたら父の部屋に1人で倒れ込んでいた。体にはたくさんの痣が浮き上がっていて、唇は切れて血が出ていた。
あの日味わった血の味が、今でも忘れられない。気持ち悪かった。吐きたかった。あの日は、とにかくもう2度とピアノをやめたいだなんて言わない、と心に決めた日だった。
そこから何もなかったかのように、ピアノ漬けの日々が再開した。
ただ、あの日から1つだけ変わったことがある。それは、私が何か失敗をしたり、コンクールで賞を取らなかったりしたら必ず、ご飯を食べさせてもらえなくなったことだ。
どんなに才能がある人間にだって、どんなに完璧な人間にだって、必ず失敗はある。それを乗り越えて成長するのが、本来の人間という生き物だ。
なのに…私の両親はそれを許してくれなかった。失敗したら、口も聞いてもらえなくなるのが怖くて、また殴られてしまうかもしれないのが怖くてたまらなかった。
だから私は、ずっとピアノを続けている。失敗するのが怖いから、両親が怖いからピアノを弾いているだなんて、笑える話だ。────────
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
目を覚ますと、私は保健室にいた。保健室独特のツンとした匂いが、鼻を掠める。
いつの間にか私は泣いていたらしい。頬を大粒の涙が伝っていた。こんなことで泣くだなんて、くだらない。あほらしい。
頬の涙を拭いながら辺りを見回すが、誰もいない。恐らく養護教諭は、まだ入学式に出席しているのだろう。
私はベッドから体を起こすと、音を立てないように、裏庭に繋がる出口から保健室を出た。
今から入学式に参加しても、変な目でこちらを見られるだけだろう。それならいっそのこと、裏庭でひっそり隠れていればいい。
そう思って裏庭にあるベンチに腰を下ろした。
すると、花壇の傍に…何やら人影が見えた気がした。咄嗟にばれないように息を潜め、人影の方に目をやった。
───そこには…息を飲むほど綺麗な青年がいた。
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.3 )
- 日時: 2024/09/10 17:16
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 3.出会い -
どこか虚ろな瞳で花壇の花たちを見つめる彼の横顔はまるで絵画に描かれたようで、同じ人間とは思えないくらい美しかった。
形の良い、涼し気なアイスブルー色の大きな目と薄い唇。透き通るような白い肌には、ほくろひとつない。まさに”綺麗”という言葉が似合う人だ。
「……さっきから何じろじろ見てるの」
あまりの美しさに思わず見惚れていると、いつの間にか彼がこちらを怪しげに見つめていた。
「…あっ、ごめんなさい」
私は彼に話しかけられて、ハッとした。思わず謝ると、彼が急に笑いだした。
「ははっ。何か君、面白い」
「へっ…?」
口を開けば何を言うかと思ったら、おかしなことを言われたので、迷わずきょとんとしてしまった。初対面で赤の他人に、面白いなんて初めて言われたので、驚いた。
「で、君も入学式サボったの?」
そんな私を差し置いて、どんどん話を進めていく彼。あまりの会話の速さに、頭が中々ついていけない。
「…あ、えっと…別にサボった訳じゃなくて」
「じゃあ何で保健室になんかいたの?」
「……ちょっと、具合が悪くなっちゃったので」
具合が悪くなったのは本当のことだが、彼にはあまり深いところまでは話さなかった。
「………ていうか、私いたの気付いてたの!?」
「まぁね。最初から気付いてたけど」
「最初からって…」
平然と話す彼を見て、私は心の中でため息をついた。というか…。
「まさか、私のことを知らない…?」
私はそう口に出して、すぐに後悔した。これじゃあ、ただの自意識過剰野郎ではないか。
「んー…君と会ったことなんかあるっけ?」
私は首を傾げる彼の様子から、すぐに察した。やはり、この人は私のことを知らないのだ。
「こんな人、初めて見たかも…」
自意識過剰だとは分かっているが、私は全国で知らない人は殆どいないと言えるくらい、知名度は高いはずだ。街を歩いていても、必ず数回は声を掛けられていた。
「えっ何、その目は。本当に君は誰なの?」
今度は彼の方がぽかん、としている。何だかその様子がおかしくて、少し笑ってしまった。
「…ふふっ。私は誰かって?」
では、今度は私が驚かす番。そう思って私は、その場でくるりと回った。その勢いで、春風に乗せられながらスカートがひらりと翻る。
「そう!私の名前は、世にも有名な天才ピアニスト 水瀬怜愛なのである!」
私は自分の方に指をさしながらそう言った。案の定、彼は呆気に取られてぽかん、としている。
「……初めて聞いた名前だなぁ。あと、そのキャラ付けなんなの」
「……さぁ」
驚いてくれたと思ったら急に冷たい目で見てくる彼の掴み所は、未だに理解できないみたいだ。
「てか、もう入学式終わったかなぁ」
花壇に再び視線を戻して、彼はそう言った。
「それより、あなたの方こそ入学式サボってたんじゃないの?」
ずっと疑問に思っていたことを聞くと、彼は図星とでも言うかのように肩をビクッと震わせた。
「…まぁ、そうかもしれないね。………嫌だったし」
「人のこと言えないじゃん」
「確かに」
そう言って彼はまた笑いだした。それにつられて、私も思わず吹き出す。
「まぁ、お互い様ということで」
私は手を叩くと、彼の手を引っ張って立ち上がった。
「私も本当は帰りたくないけど…一緒に戻ろう」
そう伝えると、彼の瞳が少し揺らいだ気がした。そりゃあ、今頃戻ったって嫌かもしれないけど、戻らないと色々面倒くさいだろうから。
「大丈夫。2人なら今更戻ったって、恥ずかしくないでしょ?」
私は無理やり彼の腕を引っ張りながら、教室へ向かった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
偶然と、彼も私と同じクラスだったみたいだった。だから2人で一緒に教室に入った。それからはもう大惨事で。
クラスメイトには質問攻めされるし、先生には遅いと注意されるし、それはもう大変だった。
でも、それは彼も同じだったみたいで、丁度私の斜め後ろの彼の席にも、生徒がたくさん集まっていた。
「怜愛様、大丈夫だった!?」
「突然倒れて保健室連れて行かれてたから、すごく心配したんだよ!」
「てか”王子”とは一体どういう関係!?」
王子…?って誰のことだ。私は首を傾げた。
「あの…”王子”って、誰のことですか…?」
そう言った瞬間、その場の空気が固まった。私は急な状況に、1人困惑する。
「……まさか”王子”を知らない…?」
「多分…?」
私の返事に、周りにいた生徒たちは顔を青ざめた。
「…知らない人、初めて見たかも」
何かボソッと小さな声で呟かれたものなので、私はその言葉を聞き取ることができなかった。
「で、”王子”は結局誰のこと?」
私が改めてそう聞くと、その場にいた1人の女の子が代表して説明してくれた。
「”王子”っていうのは、さっき怜愛様が一緒にいた彼のことだよ。名前は蓮水陽向で、別名”蓮王子”。怜愛様と同じ、いわゆる有名人で、高校生で現役の画家をやってるの。それも、海外のベテランの画家が認めるくらいの画力で、絵の世界では知らない人なんていない、今1番注目されてる画家みたいだよ」
呪文のようにペラペラと言葉を流していくその人の口調は、まるでアナウンサーのようだった。
「へぇ、初めて聞いたかも…蓮水、陽向…」
1人でそう呟いた。すると先生に
「…いつまでお喋りをしているのかしら」
と、また注意されてしまったのだった。
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.4 )
- 日時: 2024/09/10 17:19
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 4.限界 -
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「…ただいま」
3人分の靴が並んだ狭い玄関は、相変わらず居心地が悪い。私はローファーを脱ぎ、黙って廊下に出ようとした。
するとその時、父が大きな足音を立てて私の前にやって来た。
あぁ。今日は相当父の機嫌が悪い。顔を真っ赤にした父の様子を見て、一瞬で悟った。
「なぁ、今日はどうして入学式で倒れたんだ?」
胸ぐらを掴まれそうな勢いで、父が突っかかってきた。
「いつも言っているだろう?俺の娘なんだから恥じるような行動はするな、と。なのに何だ、あの情けない姿は。俺は見ていて、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかったんだぞ」
「…」
呆れた。何だその理由は。というか大体、この人のせいで倒れたって言うのに、なぜ私が怒られないといけないのだろうか。
「…おい、何か言ったらどうなんだ?」
「……具合が悪くなっただけなのに、どうしてそんなに怒られないといけないの?」
私は俯きながらそう呟いた。握りしめた拳が、わなわなと震えている。
「あ?そんなの決まっているじゃないか。お前は俺の娘なんだ。俺の威厳を守るためにも、お前にはしっかりしてもらわないといけないんだよ!」
父の怒り狂ったその声は、段々と大きくなっていき、終いには髪の毛を引っ張られる羽目になった。
「大体なぁ、お前はいつから俺に口答えをするようになったんだ!誰のおかげで、こんなに有名になったと思ってる!」
痛い、痛い。髪の毛を引っ張られているせいで、頭の皮膚に強い痛みを感じた。ブチブチ、と髪の毛がたくさん抜ける音がする。
やめて、と言っても父は絶対にやめてくれない。むしろ、父の怒りを更に煽るだけだ。過去の経験から、私はそう確信していた。
「あぁ、お前も落ちたものだな。ピアノもできない、人の気持ちも分からない、言葉も通じない」
父は乱暴に髪を掴んでいた手を、急に離した。その反動で、私は尻もちをつく。
「醜いやつだ。”父親”として情けない」
父は私を思い切り睨みながらそう言い、そのまま去っていった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「ご飯を食べたら、早くピアノの続きをしなさい」
何1つとして会話のない食卓。父の怒りはもう収まったのか、何かを叫び散らしてくることはなかった。そんな食器の音だけが鳴り響く沈黙の中で、母がそう言い放った。
「…」
私は母の言葉を無視し、味噌汁を飲み切る。黙ったまま食べ終わった食器を片付け、自分の部屋に戻った。
-ガチャッ。
自分の部屋に入り、速攻でドアの鍵を閉めた。私はその場でうずくまり、気付けば1人泣いていた。今朝流した涙よりも、もっと大粒の涙が頬を伝う。
「…っ」
あぁ、もう限界だ。こんな薄汚れた空気が流れている家なんて、1秒もいたくない。
”あの日”の父の姿をもう1度見てしまうだなんて、私はなんて不幸なのだろうか。
『”父親”として情けない』
別に私のことなんて自分の子供とも思っていないだろうに、何で”父親だ”なんて言って、矛盾した怒りを私にぶつけてくるのか。
意味が分からない。醜いのはどっちなんだ。
気持ち悪い、気持ち悪い。あの人の顔を思い出すだけで、恐ろしいくらいの吐き気がする。
あんな人なんて…早く死んでしまえばいいのに。
───あの時は、まだ知らなかった。
まさか私のそんな願いが…もうすぐ現実になるだなんて。
まだ何も知らなかった私は、その後1度もピアノを触ることはなく、ずっと1人で泣いていた。
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.5 )
- 日時: 2024/09/10 17:23
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 5.不思議な夢 -
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
夢を、見ていた。とても幸せな夢だった。
いや、もしかしたらこれは………昔の私の記憶かもしれない。
「春が来た、春が来た。どこに来た。山に来た、里に来た。野にも来た」
懐かしいメロディーを、小さい頃の私が歌っている。その傍らには母親がいて、笑いながら私の手を繋いでくれていた。
「花が咲く、花が咲く。どこに咲く」
私が歌っているのを見て、母も一緒に歌い出した。
「山に咲く、里に咲く。野にも咲く」
すると母が、私の目を覗きながら続けて歌った。
「鳥がなく、鳥がなく。どこでなく。夢でなく、笑ってなく。一緒になく」
「……あれっ?お母さん、歌詞違うよ」
歌の歌詞に違和感を覚えた私は、お母さんにそう言った。するとお母さんは、目を細めて優しく微笑んだ。
「ふふっ、そうだね。でもね、この歌はお母さんのお母さんが、よくこうやって歌ってたんだよ」
そう言って、お母さんは遠い何かを見つめるように、視線を前に向けた。
確か私が丁度このくらいの歳の時に、祖母が癌で亡くなったのだ。母は、悲しそうな目をしていた。
「『笑ってなく』って、何だか変だねっ」
子供だった私は空気が読めなかったのか、母のことなんて気にせずに、思ったことをすぐ口にしてしまっていた。
「…そうだね。でもね、鳥さんだって笑ったり涙を流したりするのよ」
「鳥さんが?」
「そう。誰だって、悲しかったり嬉しかったりする時は泣くでしょう?だからね、鳥さんも私たちと同じように泣くんだよ」
そう言った後、母は目線を私の方へ戻して、こう続けた。
「怜愛も、これから生きていく中で、笑ったり泣いたり怒ったり、色々な感情を体験していくの。そんな中でもね、あなたは楽しいことだけじゃなくて、辛いこともたくさん経験していくと思う」
母は言葉を口にしながら、私の前でかがんで真っ直ぐに私の目を見つめてきた。その瞳はすごく透明で、まるでビー玉のように綺麗な目だった。
「そんな中でも、あなたはたくさんのことを学んで、成長していく。そして辛い時は必ず、怜愛のことを支えてくれる人がきっと現れるから。鳥さんの仲間みたいに、一緒に笑って、泣いて、一緒に幸せを共にしていく人が、必ず現れるから。その時に、例えお母さんやお父さんが隣にいなくとも……」
そこで突然、母の声が聞こえなくなった。言葉の続きが気になる一方、目の前は真っ暗になり、夢に映る私は中学生になっていた。
「お母さん、お父さん…!」
目の前にいる私は、暗闇の中で1人泣きながら必死に叫んでいた。まるでその姿は、親鳥に置いてかれ、1人ぼっちになった雛のようだった。
「…っ」
座り込んでずっと泣きぐしゃる、中学生の私。
もう、あの頃の幸せは戻ってこないんだよ。夢の中にいる自分に、そう伝えてあげたかった。
そんな色のない世界に、急に光が差し込んだ。私は顔を上げ、光が差す方へ視線を移す。
「1人じゃない。大丈夫だよ」
光の中に急に誰かが現れ、その人は私に手を差し伸べた。
「色がないなら、自分で作って塗ってみればいい。1人で寂しいなら、誰かに寄りかかってみればいい」
眩しすぎる光で顔は見えなかったが、その人は確かに、私に救いの言葉をかけてくれた。
「だから、一緒に行こう」
「………うんっ…!」
私は誰かも分からないその人の手を取って立ち上がり、光の中へ消えていった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
-チュンチュン。
朝の訪れを伝える小鳥の囀りが窓の外から聞こえてきて、私は目を覚ました。ベッドから起こした体はなぜか制服を纏っている。おまけに変な夢を見たせいか、頬には涙が固まった跡があった。
一瞬、なぜ制服を着ているのか疑問に思ったが、すぐに昨日のことを思い出して、1人で納得した。
昨日は部屋でずっと泣いていて、そのままお風呂も入らずに、泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
私は布団を剥がして、ぐしゃぐしゃになった髪をくしでとかしながら頬の涙を拭った。
「色がないなら、自分で作って塗ってみればいい、か…」
髪をゴムで結んで、鏡に映る自分を見つめながら、1人でそう呟いた。夢の中で出会った、あの人の言葉が今もなぜか心に残っている。
あの人は誰なのか。そして母はあの時、なんて言おうとしていたのか。私は夢のことを考えながら、朝食を食べようと階段を降りた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
今朝はいつもより早く起きて、学校にも早めに来てしまったこともあってか、校舎には生徒が殆どいなかった。
私は誰もいない教室に荷物を置き、暇だしせっかくなので学校内を散歩してみることにした。
静まり返った廊下に出て、とりあえずこの階を散策してみようと、そこら辺を歩いた。しばらく廊下を真っ直ぐ歩いていると『第二音楽室』と書かれた教室が見えた。
私は何となく、そこで足を止めた。この教室の扉は一部が透明なガラスでできているため、中を覗けるようになっている。興味本位で教室の中を覗くと、そこには綺麗に手入れされた大きなピアノがあった。
私は無性にあのピアノを弾いてみたい、という衝動に駆られた。気付けば私の手足は動いていて、音楽室の扉を開けてしまっていた。
-ガラガラッ。
なぜか鍵は閉まっていなくて、スライドした扉はすぐに開いた。
当然、中には誰もいない。まぁ、いるはずもないのだけれど。
私はほぼ無意識に、あのピアノに近づいた。
そっとピアノの椅子に腰を掛ける。念の為、もう1度周囲に誰もいないかを確認し、私は鍵盤蓋を開けた。
そして、鍵盤の上に指を構える。何を弾くかは何も決めていなかったけれど、今頭に浮かんだ曲を何となく弾いてみた。
曲名は『春が来た』。あの時夢に出てきた、母と一緒に歌った曲だ。
ソミファソラ、ソミファソド。ラソミドレ。
幼い頃の感覚だけを頼りに、 旋律を奏でていく。
「……夢でなく、笑ってなく。一緒になく」
気付けば、そう口にして歌っていた。
そして、夢の中で歌っていた母を思い出す。段々、幼い頃の記憶が蘇ってきた。
そういえばこの曲は、ピアノを初めて触ってから1番最初に弾いた曲だった。
そんなことを思いながら、私はピアノを弾き終えた。まるで、幼かった子供の頃に戻ったような気分だった。
幸せだった日々。でももう、あの頃には戻れないのだ。ある日突然現れた、枝分かれの道。そこで、私と両親は離れ離れになってしまった。私たち家族は、どこから間違ってしまったのだろう。
もしあの時、道を間違えずに家族みんなで同じ方向を歩めていたら、どんなに良かっただろう。
今思えばあのことを私は少し、いや、とても後悔していた。
家族みんなで笑い合える日が、また戻ってくるだろうか。
多分今のままじゃ、一生その日はやって来ないだろう。例えどんなに過去のことを悔やもうとも、結局はどうにもならないのだから。それならいっそ、自分から期待するのはやめよう。
そう思っておきながら、反対に私の視界は滲んでいた。指を置いたままの鍵盤に涙がぽたぽたと零れて、涙の跡を作っていく。
「…春が来た、春が来た。どこに来た」
すると急に、さっきまで弾いていた曲を誰かが歌う声が聞こえてきた。嘘だ。さっきまで誰もいなかったはずなのに。
驚いて隣を見ると…そこには昨日出会った青年がいた。確か…蓮王子、だっけ?いつの間に隣にいたなんて、もはや自分が鈍すぎて笑えてくる。
彼は私の方に近寄り、歌い続けた。
「山に来た、里に来た。野にも来た」
私は彼に泣き顔を見られないように、速攻で涙を拭いた。
「君が歌ってた3番の歌詞、何か変だったね」
そう言いながら蓮水君はピアノの鍵盤に触った。
「……母が、よく歌ってた歌詞なの」
「ふぅん」
まるで興味がないかのように気だるけな返事をした後、彼は衝撃的なことを言った。
「じゃあさ、何か弾いてよ。弾き語りみたいな感じでさ」
「…えっ」
弾き語り…?そんなことをしたこともない私は、思わずきょとんとしてしまった。
「はーやーくっ」
そんな私のことなんか気にせず、急かしてくる彼。その姿はまるで、餌を欲しがっている子犬のようだった。
それにしても、弾き語りなんて何を歌えばいいんだ。どうしようかと、私は焦っていた。
すると私の中に、1つの曲が浮かんできた。ただし、この曲を弾いたことは1度もない。
ええい、この際どうにでもなれ。私は半ば投げやりな気持ちになり、鍵盤に手を置いた。
深呼吸した後、自分の感覚だけでゆっくりと前奏を奏でる。
ゆったりとしたその旋律に、少し心が軽くなった気がした。弾いている曲は、私の”大好きな音楽家”が手掛けている、今自分の中で流行っているバラード曲だ。
「……離れてゆく幸せが、離れてゆく温もりが。戻ってきて欲しいだなんて弱音、誰にも見せずに隠してきた。暗闇に差した光の中で、僕は笑えるの?笑っていいの?光のない僕に、色のない明日に。────それでも」
彼の反応など気にせずに、私は大好きなこの曲のサビを歌った。
「当たり前の毎日をちゃんと愛せるように。例えその日々が怖くて痛いものでも。君の隣で笑えるように、僕は今日も生きてゆく」
「…」
「………明日が怖くて怖くって。世界が嫌いで愛せない。────それでも。大切な人が離れていっても、君が手を繋いでいてくれるのなら。当たり前が当たり前じゃなくなっても、君が傍にいてくれるのなら。僕は今日も、歩んでゆくよ─────」
私は歌を歌い終わり、静かに伴奏を終わらせた。
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