二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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薄桜鬼  沖田総司
日時: 2011/01/30 17:20
名前: さくら (ID: w/qk2kZO)


初めて書きます。
下手ですがどうぞ読んでやってください。


こういう方はお断り。
荒らし目当て


沖田好きな方はぜひどうぞ。
基本的沖田ですが、時々他のメンバーも出てくるかも…?


温かい目で読んでやってください。

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Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.135 )
日時: 2014/01/07 22:13
名前: さくら (ID: 45QnB5qh)

闇の帳が薄らぎ、白み始めた空を見上げて千鶴は目を細めた。
これからどうしようか。
夜通し泣き続けて疲れてしまった千鶴は木に背を預けて座り込んだ。泣き疲れ、気力もない。
総司と離別した今、千鶴はどうすべきか悩んでいた。

「父様を探さなくちゃ…」

たったひとつの目的。父親を探さなければいけない。だが、ここがどこで、どこに父親がいるかも全くわからない。
総司がいなくなった途端、急に力が抜けた。目的をなくして、途方に暮れるしかない。
総司を支える。それが今の千鶴の義務であったはずなのに、それすらも放棄してしまった。
自分が情けなくて仕方が無い。
千鶴はしばらくぼんやりとしてその場に座り込んでいた。
これからどうすべきかを考えようとするが、頭の中は空っぽで何を考えてもすぐに思考が停止する。

「父様は…どこにいるんだろう…」

それではいけないと千鶴は声に出して考えた。もうやるべきことはないのだ。行方不明の父を探す旅を始めてもいいかもしれない。
千鶴はそう思うとゆっくりと立ち上がった。長時間座り込んでいたせいか、立ち眩みに襲われる。だがそれもすぐに治まり、千鶴は顔を上げた。
ここがどこなのかをまず確認して、そして父のことを訊ねながら旅に出よう。何年かかるかわからないが、それが今の千鶴の生きる目的なのだ。
ゆっくりと足を動かす。日も昇り、体が重いが手足を叱咤して歩を進める。
なるべく木陰を通り、総司が去った方角とは逆に歩き始めた。

「さようなら…沖田さん…」

千鶴は振り返って小さく呟いた。
もう会えない。きっと。自分から選んだ選択肢だ。これが最良の選択で、悔いはない。
だが。

「…っ」

さようなら、と口にした途端この選択肢の重みを知る。
もう一生会えないのだ。総司が戦火に向かえば生死の安否などさらにわからなくなる。この激動の渦に飲み込まれたら最後、きっともう会えない。
そのことを今更思い知る。

「…っ…!!」

それでも歩みは止めない。ゆっくり一歩一歩前に進む。自分が選択した道を踏みしめる。
これが自分で選んだ道。何と虚しく、何と遠く、何と寂しい道か。
千鶴は競り上がってくるものを何とか飲み込み、真っ直ぐに顔を上げて歩く。
下を向いてはいけない。俯けば独りであることを実感し、選択肢に迷いが出る。
時分は昼にさしかかり、日差しはさらに千鶴の行く手を阻んだ。日光をこんなにも恨めしく思ったことは無い。

「……」

千鶴は小さくなり始めた木陰に身を寄せながら、ゆっくり田園に伸びる道を歩く。

「…大丈夫。怖くなんかない…」

独りがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。いつも傍には、あの広い背中があった。今更その背中の大きさを知る。
千鶴は頭を振って前を見る。いけない。自分が選んだ選択肢なのだ。後悔などしていない。してはいけない。
日差しは容赦なく千鶴を照らし、その体力を奪っていく。それでも千鶴は残る力で前に進んだ。

「父様を探さなくちゃ…」

誰か人はいないのか。さきほどから歩いているが一向に人の気配がない。周りを見渡せば田園と山々が連なり、自分の足下から伸びる一本道だけだ。家や人は見当たらない。
急激に襲われる寂しさに押しつぶされそうになる。この道を歩いて来た総司とは別れ、今その道を独り引き返している。そう思うと胸が苦しくなる。

「…っ…間違ってない…間違ってない…」

千鶴は目元が熱くなるのを感じて上を向く。
別れて気がつく。
こんなにも自分の心は総司で占めていたのだと。こんなにも彼の存在は大きかったのだと。
真っ直ぐ歩いて父親を探す旅を始めたところだというのに、千鶴の頭は総司でいっぱいだった。

「…はぁ…っ」

体が言うことをきかない。日差しはまるで千鶴の体力を易々と奪っていくようで、苛立が募る。

『大丈夫、千鶴ちゃん?』
「え…っ」

千鶴は振り返って来た道を見た。だがそこには誰もいない。ましてや愛しい人などいるわけがない。

「…疲れてるのかな…」

空耳であっても総司の声が聞こえるなど体が疲労を訴えている証拠だろうか。千鶴は頭を振って前を見つめる。

「もう、沖田さんとは別れたんだから…私は自分から鞘になることを諦めたんだから…だから、もう…沖田さんを想う資格なんて……—————」

ゆっくりと進めていた歩が、止まる。
さわさわと風が背後から吹き、千鶴の髪を弄んで吹き抜けていく。

「もう、想うこともできない…」

そうだ。この道を。この選択肢を選んだ時点で総司を想うことはできない。
彼の求めを断ったのは自分だ。自らその役を放棄したのだ。この道を選択したとき、彼も言っていたではないか。

『ここでお別れだね—————』

もう会うことはない。本当の別離。
そう思うと千鶴は震えが止まらなかった。心のどこかでまた会えると、総司が追って来てくれるのではないのかという甘い考えが残っていた証拠だ。
自分の浅はかさにうち震える。

「お、きた…さ…」

後ろを振り返る。だがそこには自分が通ってきた道しか無い。他には誰もいない。

「あ…」

急に力が抜けてしまう。その場に膝をつき、千鶴は再び座り込んでしまった。
孤独、恐怖、不安。それぞれが胸に渦巻き、息苦しさを覚える。

「…今更…今更…私は何を怖がって…」

こうなることはわかっていたはず。わかっていたはずだ。頭ではそう考える。だが。

「沖田さん…っ!!」

ふつり。

「沖田さん…っ!!!」

ふつり、ふつり。
感情がわき上がる。もう泣きはらして涙など出ないと思っていたが、千鶴の頬には涙が伝っていた。
何を間違えたのだろう。感情と考えが一致しない。
どこで間違えたのか。何を見落としているのか。
千鶴は泣きながら考えた。この選択肢は正しい。否、本当に正しいのか。

『どうして僕を頼ってくれないのさ————』

ふと総司の言葉が脳内に響く。憤りを感じている切ない声音。
どうして総司は別れる前にあんなことを言ったのか。

「そうだ…」

自分から総司を突っぱねた。変若水を飲んで自重しない自分に怒りを覚えた総司だったが、何故あんなことを言ったのだろうか。

「私は…沖田さんを頼っていなかった…?」

ふつりと浮かんだ疑問を口にすると胸にストンとその言葉が落ちた。

「そんな…でも…私……」

納得している自分に反対を唱えるが、記憶を手繰れば是としか言いようがない。
何度も総司は甘えても良い、言いたいことを言って欲しいと言葉を尽くしてくれた。
だが千鶴にはそれが身に余る言葉に思えて素直に受け取れなかった。嬉しい言葉だったはずなのに、それを自分から突っぱねていたのだ。
間違いはもうずっと前。総司を愛おしいと思い始めてからだ。
きっと総司はこんな自分に嫌気が差して、昨晩言葉を荒げたに違いない。きっとそうだ。
千鶴は涙を何度も拭って、考える。
もっと素直になっていれば。もっと言葉を返してしれば。こんなことにはならなかったのだろうか。
今更選択肢を否定し、後悔し始める。

「…私って…本当に…駄目な人間…」

千鶴は弱々しく呟いた。
自分の選択肢が間違っていた。その事実が重くのしかかり、不安が膨れ上がる。
そして同時に違う感情がわき上がった。

「会いたい…」

今、貴方の声を聞きたい。頬に触れたい。言いたい。

「大好きなんです…」

どうしようもないほど。今更気づかされる貴方の存在。愛おしくて、切なくて、不安で———。

「…沖田さんも一緒だったんですか…?」

空を仰ぎ見て応えることのない問いを口にする。
総司も同じ気持ちだったから、だから。

『どうして僕を頼ってくれないの?僕はそんなに頼りない?』

あれは不安の現れ。きっと総司は千鶴の態度に不満があったのだ。
間違っていたのは自分。原因はわかった。
あとはこれからをどうするか。

「このまま父様を探す…?」

当初の目的を独りで果たすか、または。

「沖田さんを追いかける…?」

自問自答をする。さぁ今目の前に広がる選択肢は二つ。
千鶴はゆっくりと立ち上がった。

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.136 )
日時: 2014/01/09 23:10
名前: さくら (ID: 45QnB5qh)

今来た道を見つめて、千鶴は深呼吸をした。
足が震えている。
原因はわかった。全て自分の自己犠牲が原因だ。自分が我慢すれば、自分が堪えれば。そう思って総司を支えてきた。それが間違い。
総司はきっと共に歩いて欲しいだけだったのだ。
答えは出た。この選択肢は間違っている。だから新たな選択肢を選ぶ。

「沖田さん…」

目を閉じて新撰組の面々を思い浮かべる。今でも鮮明に思い浮かぶ彼らの姿に千鶴は問うた。
自分は間違っていたのか、と。

『おいおい、千鶴ちゃん。こんなところに突っ立ってどうしたんだよ』
『まーた総司に何か言われたんだろ。ったくあいつはいつも毒吐くからなぁ』

最初に新八と平助が出てきて佇む千鶴を見て肩をすくめる。

『総司は口が悪いだけだと俺は思うんだがなぁ』

続いて左之助が現れて見慣れた三人組みに千鶴はほっと息を吐く。

『あいつにひどいこと言われてもついて行くのがお前だったんじゃなかったのか?千鶴。お前らしくねぇな』
『そうだぜ。突き放されても暴言吐かれてもめげずに総司を追っかけてたろ』
『俺そんな千鶴がすげーって思ってたんだぜ。なかなか総司にくらいつく奴なんていなかったからな』

でも、私どうしたらいいのかわからなくなったんです。沖田さんの心が見えなくて…

『あいつは時々子供のように振舞うときがある。感情の起伏が激しいときは特に』

続いて現れた一は静かな口調で続けた。

『お前はそれでも総司を好いていたのではなかったのか』

はい。今でも大好きです。でも…私は沖田さんを困らせることしかできなくて…

『ふん。困らせてやればいいだろう。あいつにはそれくらいが丁度いい』

土方さん…あの、私…

『千鶴』

はい。

『俺との約束、守れなかったみてぇだな』

…すみません…私はやっぱり沖田さんの鞘には…

『鞘になれと俺は言ったはずだ。傍にいてやれない俺たちの代わりに。どうして約束を破った』

…どうしたらいいのか…わからなくなったんです…沖田さんを愛しいと思う反面迷惑をかけたくないって気持ちがあって…私は沖田さんを困らせてばかりで…

『困らせればいい。迷惑もかけろ。あいつはそれを望んでる』

え…

『そうそう。総司は千鶴がだーい好きだから、そんなこと気にしないって!』
『羨ましいっ!!くそ、総司の野郎!千鶴ちゃんを泣かせやがって…!!』
『男ってのはな、千鶴。女に頼られて初めて守りたい、俺がもっとしっかりしねぇとって見栄張る生き物なんだ。総司はきっと頼られたいとどこかで思ってたんだろう』

……

『好いた惚れたは俺にはわからんが、少なくとも昔の総司はあんたと出会ってから変わった。それはお前の美徳に感化されたからだろう。胸を張ってもいい。あんたはあいつを変わらせたんだ』
『そうだぜ、千鶴!お前は自分のことあんまり見ないけど、お前はすげぇもん持ってるって!!』
『あいつの世話は大変だがな…千鶴。総司がいなくなった感想はどうだ』

沖田さんがいなくなった途端…力が抜けて…とても不安です…ちゃんと歩いていけるかどうか…

『それは嘘だな』

土方さん…?

『お前はいつだって真っ直ぐに歩いていたはずだ。それを総司のせいにすんじゃねぇ。ちゃんと歩けるはずだ。泣いてる暇があるならさっさと総司を追いかけろ』
『ちょ、土方さんもうちょっと言い方が…』
『千鶴。今お前は分岐点にいる。これから総司と分かれて一人で親父さんを探すのか、それとも総司を追いかけるか』
『千鶴は優しいからな。自己犠牲で助かるものがあるなら迷わずそっちを選ぶ。だがな、たまには自分の気持ちにも正直になってみろよ。もう犠牲になることはねぇはずだ。お前には———』

原田さん…?

『お前を好いて、想って、時々どうしようもなく子供っぽくて、意地の悪い総司がいるじゃねぇか』

原田さん…

『もうそろそろ自分に正直になってもいいんじゃねぇのかなーって俺は思う!だって今まで十分千鶴は頑張ってきたし』

平助君…

『そうだぜ、千鶴ちゃん。腹が立ったり、思ったことは全部総司に言えばいい。それで万事解決だ!』

永倉さん…

『新八の助言はともかく…あんたは我慢のしすぎだ。もっと欲すればいい。あんたは知らんだろうが、どれほど総司の支えになっているか。あんたにはそれほどの力がある』

斎藤さん…

『お前が自分を犠牲にするのはもう止めにしろ。命を燃やして生きる総司はどうなる。懸命に走ってるあいつを侮辱したことになったんだ。簡単に諦めるな』

土方さん…

『追え。あいつを追いかけろ。今回は多目に見てやる。さっさとあの馬鹿を追いかけろ』

あぁ…私は—————。


千鶴は地を踏みしめ、しっかりと前を向く。もう彼らの幻影は見えない。

「すみません。泣き言言ったりして…」

千鶴は謝ると真っ直ぐに前を見た。彼らを心配させてはいけない。総司を気にかけている彼らを裏切ってはいけない。
そして気が付いた。総司はきっとすぐに犠牲になろうとする千鶴を許せなかったのだ。

「一緒にいようって言ってたのは私なのに…」

諦めるな。
総司の鞘になると決めた。その決意を手放してはいけない。それをなくしてしまっては新撰組にもう会えなくなる。もう総司に会えなくなる。

「私はそれでいいの…?」

自分に問いかけてみる。素直になれと皆が口を揃えて言っていた。我慢することは無い。
総司が好きならもっと感情を曝け出せ。自分に素直になれ。

「嫌…沖田さんと離れ離れになりたくない…」

自分が招いたのだ。自分で解決するしかない。千鶴は前を見据えた。
自分に正直になれ。私はどうしたい?

「沖田さん…」

心が軽い。幻影でも彼らに会えてよかった。許されたようで少し力が抜ける。
総司もこれまで何度も甘えてもいい、素直になってもいいといってくれた。それを突っぱねて距離をおいていたのは自分だ。自分が総司を遠ざけた。失いたくない、傷付けたくないからと。
それが間違いではないが、総司はそれに気が付かない千鶴に苛立っていたのだ。

「…まだ間に合う」

千鶴は来た道を引き返した。

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.137 )
日時: 2014/01/15 22:25
名前: さくら (ID: 45QnB5qh)

田園風景が途切れ、徐々に街道に入って行く。踏み固められただけの山道を歩いて、辺りを見渡す。風が木々を揺らす音しか聞こえない静かな街道に、耳をさらに澄ます。
人の気配は近くにない。それを確認すると再び歩を進める。
出来るだけ木陰を縫うように早足に歩いた。日差しに体力が奪われていくが、足を止めることはできるだけしたくない。
立ち止まれば考えてしまう。彼女のことを。

「……嫌になるね」

総司は自嘲するように笑うと、空を仰いだ。もう太陽はだいぶ傾いている。今から野宿する場所を探さなくてはあっという間に夜になってしまう。
だが、夜を活動時間とする彼は立ち止まっていられない。動きやすい夜にできるだけエドを目指さなければ。
総司は何かから逃れるように早足に山道を行く。

「はぁ…はぁ…」

聞こえるのは落ち葉を踏み歩く音と、呼吸音。静寂な街道を独り歩く。
独りになったのは久しぶりだとぼんやりと考える。
今までは療養で部屋に籠もり、山崎や千鶴と日々を過ごしていた。ようやく外に出たときにも彼女と一緒だった。
それがこんなことになるとは思いもしなかった。
隣にあの小さな肩はない。静寂が嫌に耳につく。

「っ…」

総司は苛立たしげに足を踏み鳴らしさらに歩調を早める。
何故こんなにも憤りを感じるのかわからない。どうしてか黒い感情が胸を支配する。

「…だいたい…千鶴ちゃんが悪いんだ…」

いつもいつも。自分を顧みない彼女。それは彼女の長所であり美徳でもある。だが、総司にはそれが歯痒く感じていた。
自分が不甲斐ないから、自分の力不足が彼女をそうさせる————
そう思えて仕方が無い。
どんなに彼女に言葉を尽くしても、彼女はその申し出を受け入れなかった。首を横に振り、優しく笑う。『私は大丈夫だ』と。

「どこが大丈夫なのさ…」

変若水を薫に飲まされた彼女を見て、総司は愕然とした。これは自分の不測が招いたことだ。自分が薫を仕留めていればあんなことにはならなかったというのに。
それでも彼女は笑っていた。命に関わる、大事であるはずなのに。自分ではなく、新撰組を、総司を優先する。
それは誰にでもできることではない。彼女の性分がそうさせるのだ。故意があるわけではない。それはわかっている。
だが、彼女が首を横に振って笑うたびに自分の中の何かが音を立ててひび割れていくようだった。
『自分は貴方に頼らなくても大丈夫』
そう言われているような気がして、酷く苛立ち、歯痒さを感じた。

「僕が死病を抱えてるから…羅刹だから…?」

自分に負い目を感じて仕方が無い。
自分が不甲斐ないせいで彼女の気を遣わせ、一向に頼ってくれない。彼女なりに負担にならないためと思っているのか、かえってそれが総司の神経を逆なでするのだ。
男としての誇りに自信をなくしていく。

「…こんなに僕は女々しい性格だったかな…」

昔であればこんなことは考えなかった。
不必要であると判断したらば、切り捨てる。千鶴が同行することを拒んだ昨夜。昔の自分であればあっさりと『さようなら』を言えたはずだ。だが一瞬躊躇った。迷いが生じた。
こんなにも彼女が心を支配し、焦がれ、惑わされ、求めてしまう。
それほどの魅力があり、それに溺れている自分は相当である。
だが昨日別れを乞われた。共に江戸には戻れないと。
そのとき雷に打たれたように動揺した。彼女がそんなことを言い出すとは思っていなかったのだ。これまでは彼女が後ろを根気よくついてきてくれた。それに慢心していた総司にとってかなりの衝撃を与えた。

「らしくない…」

歩調を緩めず、総司は山道を突き進む。
追いついてこれないよう。距離を稼ぐため。

「…追いついてくる?誰が」

自分に問いただす。

「まさかこの期に及んであの子が追いかけて来るとでも…?」

彼女ははっきり言った。もう一緒には行けない、と。
だから別れた。だのに。自分はまだ甘い夢を見ているようで、反吐が出る。
ゆっくりと後ろを振り返る。だが当然そこには誰もいない。自分が歩いて来た山道が伸びているだけで、人の気配すらない。

「…追いつけるはずがない。僕は昨日からずっと歩いてるのに…」

かなりの早歩きでここまできている。彼女の歩調や体力を考えると自分に追いつくなど不可能だ。だいぶ距離ができている。
頭を振って総司は前を向いた。
一体どっちだというのだ。追いついてきて欲しいのか、そうではないのか。
どちらを自分は望んでいる。

「…彼女から別れを告げたんだ…僕は結局頼りにされなかった…」

小さく呟くと総司は口元に笑みを浮かべた。
それが答えだ。彼女は総司の不甲斐無さに呆れ、離別という選択肢を選んだ。
その選択肢を選ばせたのは他ならぬ総司だ。彼女の性格を考えれば八つ当たりのような態度を取っていればいずれ彼女がそう切り出してくることはわかっていたはずなのに。
後悔してもしきれない。

「…後悔かぁ…」

彼女と別れて後悔している自分がいる。
わかっていたはずなのに。この別れは一生だと。ここで別れればもう二度と会えない。
自分はきっと戦場に赴き、戦禍を少なくとも受ける。激動のこの時代は不安定でいつ死んでもおかしくない。戦場は移動するだろうし、何年続くかもわからない。
そうなれば再会など難しい。彼女が自分を追いかけて来てくれれば別の話だが、そんなことはあり得ない。彼女から別れを切り出されたのだ。もう会えない。
その事実が急に背中に重くのしかかる。

「…いいじゃない。これで戦に専念できる…独りは気楽だし…背負うものも…守るものも今はないんだ…」

昔の自分に戻るだけだ。新撰組のため、近藤のために刀を振るう。それはずっと望んでいたことだ。もう背負うものがなければその望みは果たせるだろう。
だが。
すっと足が止まる。
風が吹いて辺りの落ち葉を巻き上げる。空模様は先ほどまでの晴天を邪魔するかのように雨雲が遠くの山々からやってきた。
心が否、と唱える。
銀の弾丸を受けて瀕死の状態を救ったのは誰だ。
病に伏せる自分を介抱したのは誰だ。
自分の運命を呪って自棄になっていた自分を励ましたのは誰だ。
毒づく自分にめげることなくついてきたのは誰だ。
今の自分があるのは千鶴のおかげだ。彼女がいなければ自分は今頃死んでいた。

「…でも悪いのは彼女だ」

雨雲は空を覆い、太陽の光を奪う。辺りは昼過ぎだというのに暗くなり始めた。
さわさわと湿気を含んだ風が流れる。

「あの子が別れたいって…僕が、頼りないから…どんなに言葉を尽くしてもあの子は僕を頼ってくれなかった…それは、僕が悪い…病持ちで、羅刹の男なんか最悪だよね…」

風はやがて凪ぎ、辺りは静寂に包まれる。

「でも…ここまで来て…あんなにあっさり……悪いのは千鶴ちゃんだ…僕はいつだって君が大好きで…焦がれて…欲しくて…応えてくれたことはほんの少しじゃない…わからないのは僕の方だよ…君の心が見えない…本当は僕にどうしてほしかったのさ…どうすれば君は僕を求めてくれるの…頼ってくれるの…」

足下から伸びる一本道の先には誰もいない。木々が微かに揺らぎ、空から太陽が完全に消える。山の中は夜のように薄暗くなった。

「…不釣り合いだったのは僕の方だったんだ…土方さんや左之さんなら君の気持ちを汲んで…先んじてくれたんだろうけど…僕は不器用だから…」

寂しい思いをさせる。辛いことを背負わせる。悲しい目に遭わせる。

「だから…だから…さようなら…」

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.138 )
日時: 2014/01/19 16:07
名前: さくら (ID: 45QnB5qh)

千鶴は歩いて来た道を全速力で走っていた。
いつの間にか空は暗雲が立ち込め、日差しもなくなった。そのおかげで少しだけ体が軽い。
四肢を全力で振り、疾走する。
息が苦しい。荒い呼吸を繰り返しているせいで肺腑が痛い。昨日からろくに眠っていないせいもあって体力の限界を感じ始めた。
半日掛けて歩いて来た道が遠く感じられる。まだ街道には入らない。田園の風景が続く。
総司が昨夜から移動していると考えれば相当の距離が開いているはずだ。追いつくのは日付が変わる頃だろう。
だがそれは総司がどこかで休息していればの話で、夜通し移動しているとなれば追いつくことは難しいかもしれない。それでもこうやって走っていればいつかは追いつける。今はそう信じて走るしかない。

「はぁ…っはぁ…っ!!!」

喉の奥に激痛が走る。長時間走っていると足裏にも激痛が伴う。四肢には力が入らなくなり、時折小石に蹴つまずく。
千鶴はそれでも来た道を引き返して疾駆した。愛しいひとはこの先にいる。
空を覆う暗雲は次第に濃くなり、湿気を帯びた向かい風が千鶴の行く手を阻んだ。
そして千鶴を嘲笑うかのように冷たい雨が降り出した。
最初は細い雨だったが、次第に雨足が激しくなる。地面を強く打ち付ける雨に、千鶴は一瞬立ち止まる。
全身が濡れて体力を更に奪って行く。
一度足を止めたが最後、疲労感に襲われ歩くことしか出来ない。加えて視界が霞むほどの豪雨のせいで足下の状態が悪い。気を抜くとぬかるみに足を取られそうになる。
急いでいるというのに、体力はその気持ちに追いつかない。天候は味方してくれない。
千鶴は歯を食いしばりながら歩き出す。立ち止まっている暇はない。今は少しでも総司に追いつかなくては。

「沖田さん…」

視界が悪く、辺りは夕方のように暗い。足を引きずるようにたどり着いたのは、総司と別れたあの林付近だった。ようやくここまで戻って来れた。
千鶴は空を見上げる。今何刻だろうか。空には太陽がない。時間をはかろうにもそれができない。
千鶴は深呼吸を繰り返して再び歩き始める。ここからだ。総司の歩調や体力を考えるとだいぶ距離はある。もしかすると今日中には彼に追いつかないかもしれない。だが、彼も羅刹の身だ。昼間は活動が困難だ。どこかで総司が休息をとっていることを願いつつ、千鶴は歩き続ける。
ぬかるんだ地面に足を取られながらも前を見据えたまま歩いた。
この先に総司が居る。きっと。
千鶴は自分にそう言い聞かせ、ふと足を止めた。
田園風景も途絶え、道は鬱蒼と草木が生い茂る森へと伸びている。だが、その先。道が二手に別れていた。
おそらくここが街道なのだろうが、道が二つある。

「ど、どっち…?」

千鶴は困惑した。どちらを総司は選んだのか。辺りに行き先を示す看板のようなものはない。
雨に打たれながら千鶴は必死に考えた。街道は一本道かと思っていたがそうではないのか。

「沖田さんは…どっちに…」

右か左か。千鶴はしばらく逡巡して答えを出す。

「沖田さんなら新政府軍との接触を避けるために遠回りな道を選ぶはず…だったら…」

右に伸びる道は山の中腹へ伸びている。だが左はそれとは緩やかな道で山の脇へと伸びていた。
千鶴は意を決すと右へと足を向ける。

「沖田さん…!!」

辿り着く先は同じだ。だったら新政府軍を警戒する総司は安全な左の道を。早く総司と合流したい千鶴は最短距離である右の道を選んだ。
勾配がきつくなり、さらに千鶴の歩く速度を遅らせる。千鶴は荒い息を繰り返しながらも街道を進んだ。
新政府軍と接触する恐れもあるが、今は総司と合流することが先決だ。周囲に注意を払いながら進むしか無い。
千鶴は雨で冷えた体を叱咤して山道を進んで行く。空は雨雲のせいで暗く、山の中はまるで夜のようだ。気温もぐっと下がり、手足の感覚を奪って行く。

「痛…っ」

千鶴は足首に鋭い痛みを感じて足を止めた。感覚を失いつつある足にとってその痛みは激痛となる。千鶴は顔を顰めた。
地面に生える鋭い刺を持った草に足首を切られた。足袋を破くほどの鋭さに、千鶴は息を吐く。皮膚から流れる血を見つめてその傷口が癒えるとまた歩き出す。
傷がいくら癒えるからといって痛みを知らないわけではない。顔を上げて千鶴は目を細めた。
どんどんと道は山奥に入って行く。今までの道は多少なりと補整されていたが、だんだんと獣道に変わっていくのがわかる。鬱蒼と生い茂る草木が行く手を阻む。
草木をかき分けながら千鶴は突き進む。そのせいで手足が枝や葉にひっかかり、擦りむいた。鋭い痛みが体中に走るが、構っていられない。千鶴はどんよりと曇った空を見上げて息をつく。

「沖田さん…」

まだ人の気配はない。千鶴は頭を振って突き進んだ。
総司に会ったとき何と言えばいいのだろうか。
“ごめんなさい”“悪いのは私です”

「違う…」

そんな言葉を並べても総司は喜ばない。寧ろ何故追いかけて来たと問いただしてくるかもしれない。
ただ言いたいこと。素直に、真っ直ぐに。貴方に言いたいことは−−−−

「好きです…沖田さん…」

何度私たちはこうやって気づくのだろう。
互いに傷つけ合いながら、それでも愛おしさは膨らむ一方で。
離れて気がつくのだ。大好きだ、と。
近くに居るとその気持ちを忘れるわけではないが、口にすることがない。今まではそうだった。

「馬鹿ですよね…私…」

総司はたくさんの言葉をくれた。彼なりの伝え方で。
けれど千鶴は何も彼に返せていない。彼の愛に溺れ、驕っていたと言ってもいい。
彼の為に自分がいて、その隣に立っていることが当たり前なのだと思っていた。

「当たり前なんてない…あの人はずっと辛かったのに…」

病と戦い、怪我と戦い。そして今は戦場に舞い戻ろうとしている。こんな状況で当たり前のようにいつまでも隣にいられるはずがないのだ。
覚悟が足りなかった。総司に対してずっと、一生付き合って行く覚悟が。
自分の甘えに呆れを通り越して悲しくなる。

「言いたい…大好きだって…」

貴方と一生傍にいたい。共にいたい。生きたい。
彼が今何を想い、何を考えているのかわからない。再会できたら言いたいのはそれだけ。それからのことは考えていない。もしかしたら総司に断られるかもしれない。
けれどそんなことよりもまず会って伝えたいのだ。

「大好きです…」

千鶴の声は雨音でかき消される。
雨足は緩まることはなく無情にも千鶴に冷たく打ち付ける。だんだんと辺りが暗くなる。
日が傾いてきたのだろう。千鶴は焦燥を覚えながらも道をかき分けて行く。
だが、忘れていた。
今は洪水のように雨が振っている。降り続く雨のせいで地面は基盤が緩くなっていた。
雨の日の山は危険だ、と。
千鶴は総司を追いかけることに夢中で気がつけなかった。

「え…」

突然地面がなくなった。否、無くなったのではなく、地面が崩れた。
一瞬の浮遊感の次に、視界は空を映す。
激しい音とともに土砂が崩れて行った。


Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.139 )
日時: 2014/06/03 18:51
名前: 十六夜 (ID: 5ySyUGFj)

初めまして。

小説を読ませて頂きました。
さくらさんが書かれる沖千は色々と展開があって
1話読むたびに続きが気になります!!!!

見知らぬ者だと思いますが、こらからも
小説を楽しみに読ませてもらいます。

こんなに長文すいません。こうゆうの初めてで
どうすれば良いのか分からなくて( ´△`)

と、とにかくこれからも頑張ってください
応援してます♪


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