複雑・ファジー小説

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ノーテンス〜神に愛でられし者〜
日時: 2013/12/20 00:28
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045

 短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
 ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです 

 今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー

 現在第五章悪魔の贖罪
 生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
 一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
 
 大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず

 前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
 一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。

 というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
 カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
 初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
 上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。

 シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
  
 というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、感想大歓迎です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 ウミガメさん
 灰さん
 カケガミさん
 宇宙さん
 夜兎さん
 トリックマスターさん
 メフィストフェレスさん

 目次
 序章 >>1
 第一章 兵器と少女 >>2-4
 第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
     変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
     変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
 外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
 外伝 あの花求めて >>45-47
 外伝 光の中の >>48
 第三章 各国の思惑 >>51-57
     各国の思惑(二) >>58-61
 外伝 反旗の色は >>62-66
 第四章 特別攻撃隊 >>68-73
 外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
 外伝 光のなかの >>80
 第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
     悪魔の贖罪(二) >>88-89

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.21 )
日時: 2012/03/10 23:15
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

 素早く分かる(?)前回までのあらすじ
 生物兵器アレスの実兄、反乱軍突撃隊隊長リョウ=レヴァネール。弟を兄として愛していた彼は、アレン王子への絶対的な忠誠のために弟を殺すと心に決め、その前に現れる。
 生物兵器とノーテンス、その兄弟の戦いの中、止めようと間に入ったのはかの奴隷少女、エリスだった。 アレスによって深手を負ったエリス。その事実に耐えられず、少年はエリスを兄に託して戦場へと消えていった。 


 変革のハジマリ(三)

 “王の兵器”アレス=レヴァネール。彼の突然の寝返りによって、反乱軍は最小限の犠牲で国王軍を打ち破ることができた。まだ国王軍の一割も倒せていないといえども、この様子なら無謀であった反乱も成功する可能性が出てきた。
 初戦を快勝し、勢いに乗る反乱軍。陣営もうれしさで溢れ、どの顔にも明るい色が浮かんでいた。戦で大切なのは士気である。いくら強い軍でも士気が低ければ、敗戦の日を見る可能性は高い。それを考えると、今の兵達の様子は最上だろう。勝つと信じられればそれは何よりも強い力となる。それこそが国を変える力なのだ。

 そんな活気ある陣営のテント群。その最端に位置する突撃隊隊長リョウ=レヴァネール専用のテント。中では今回の影の功労者とも言うべき少女、エリスが治療を終えて静かに寝息を立てていた。
 テントの前には反乱軍突撃隊隊長リョウ=レヴァネールの姿。木製の柱に寄りかかり、がっしりとした腕は組んでいる。目は固く閉ざされ、その上、眉間には不機嫌そうにしわを寄せていた。
 そんな中で、時折、目を開ける。しかし、それも束も間。何かを確認するように目を前後左右に動かすと、すぐにまた目を瞑って元の難しい顔に戻ってしまう。
 戦勝ムードで浮かれている中でのその様子。しかも、それが何時間も続いているのだ。
 リョウのことを熟知している幼馴染のティム=ウェンダムかバーティカル大公が気を回して一人にさせたのだろうか。いつの間にかリョウの傍には誰もいなくなっていた。
 青年は、もう何度目か分からないため息をついた。そして勝利を祝うような、満天の星空に憂いのこもった目を向ける。
 弟が、帰ってこないのだ。
 あの後二人は離れ、アレスは確かにその場にいた国王軍を徹底的に壊滅させた。国王を裏切ったアレスは、何をどう考えても、もう国王軍には戻れない。しかも、こちらには彼にとって何物にも変えがたいほど大切な少女、エリスがいるのだ。
 それでも、何時間経っても少年は帰ってこなかった。
 弟の姿が閉じた瞼の裏に浮かび上がる。生物兵器だと、諦めきっていた彼が見せた人間らしい表情の数々。別れ際に生物兵器に戻ってしまったが、ほんの一瞬だけ、確かに彼は再び人間に戻り、言った。
 
 ——エリスのこと、よろしく頼む。

 その途端、リョウは閉じていた目はこれでもかというほど、大きく見開かれた。組んでいた腕はだらりと力なく垂れ下がり、よく見ると小刻みに震えていた。
 嫌な予感がしたのだ。よろしく頼む、という言葉の真意。それはこの戦闘の間ということではなく、もっと長く、ずっと続くような時間を意味していたのではないだろうか。
 つまり、戻ってくる気はない、と。もちろん、国王軍に戻ることもできない。そうなれば、エリスもいない弟にとって残った選択肢は、一つしかなかった。

「馬鹿野郎……」

 リョウは搾り出すようにつぶやくと、いてもたってもいられず、本陣を置いている森の奥へと入っていった。目指す場所は、アレスが住んでいる小屋である。前々から、どこの山に住んでいるかは知っていた。知っていて、一度も尋ねたことはなかった。理由は分かっている。恐かったのだ。また拒絶されることが。しかし、今になって考えてみると、それはただの杞憂であり、また、ひどく臆病で滑稽な話であった。
 本陣からその山までは、ノーテンスであるリョウが全速力で走っても小一時間掛かった。ふもとは真っ白な雪原で、村らしいものは何一つない。そんなものだろう。少なくともこのシアラフに、生物兵器が、しかも、その中でも傑作と謳われる兵器が住む山のふもとに、住みたいと思う者はまずいない。それが分かっているから、国王もアレスをここに住まわせたのだ。
 その、ふもとだった。ただひたすら走っていたリョウは、誰かがこちらに近づいてくることに気付いて立ち止まった。アレスかもしれない。リョウはじっと前を見据える。すると近づいてきた人影は、リョウが自分の存在に気付いたことが分かり、一気にその距離を縮めてきた。
 
「お前……」

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.22 )
日時: 2011/04/24 23:35
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: MxRrFmUb)

 ——果てしなく広がる虚無感の中、アレスは何の目的もなく、自然と自分の小屋の前に立っていた。戦闘が終わった今、彼はもう兵器ではない。人間だ。目からはとめどなく涙が溢れ、心は大切な人を傷つけてズタズタになった、ただの、人間だった。
 小屋のドアノブに手が伸びる。いつものようにひねり、またいつものように玄関へと足を進める。癖になった「ただいま」という言葉。のどまで出てくるが、口から出る前に噛み砕き、ただ歯軋りの音だけが聞こえた。
 ふと、その時に彼は気付く。靴が、置いてあったのだ。シアラフ人は普通、家でも靴のままだが、エリスはそんなところには厳しかった。何があっても土足で上がるのを許さず、妥協、とでも言おうか。この小屋ではスリッパが強要されていた。
 それを知っている人はほとんどいない。小屋に招いたことのある者は五人に満たないのだ。エリスが戻ってきたのか。一瞬そう考えるが、あれほどひどいことをした後だとアレスは頭を激しく振った。だいたい、それ以前の問題として、置いてある靴は男物で、しかも軍用であった。そうなれば、もう消去法。該当者は、一人しかいなかった。

「リューシエ……」

 急いで小さなダイニングの扉を開くと、そこには案の定、よく知った銀髪の少年が椅子に腰掛けてひどく険しい顔をしていた。

「……何故、どうして」

 リューシエは立ち上がって、いつもの穏やかな様子からは想像できないほどの剣幕で詰め寄ってきた。立ち上がった衝撃で椅子は音を立てて倒れる。しかしそれを彼が気にした様子は微塵もなかった。

「エリスが、反乱軍についた。だから——」
「——私はそんなことを聞いてるんじゃない!」

 無気力な答えを聞くと、リューシエはアレスの胸元を掴んで、頬を思いっきり殴った。避けられただろう。アレスなら。その手を振り払い、逆に殴り返すことくらい、容易かっただろう。しかし、アレスはなされるがまま。リューシエはそのまま何度も殴った。

「何でこのまま反乱軍に身を寄せなかったんです? そうすれば、そうすれば私は!」

 そこで、リューシエの手が止まった。顔は下を向き、振りあがっていた腕はそのまま力なく落ちる。こぶしにはアレスの血が付いていて、床へと滴り落ちている。もう一つ、地面へと落ちていく透明なものがあった。リューシエは顔を上げる。泣いていた。

「そうすれば私は、あなたを殺さずにすむ、のに……」

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.23 )
日時: 2011/04/30 22:59
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: MxRrFmUb)

 リューシエはそう言うや否や床に崩れ落ちた。両手をつけて何とか倒れこまずにいるが、小刻みに震えるその体は、仮にもトップクラスの生物兵器と呼ばれる存在からは程遠かった。
 アレスは同じように床に座り込む。冷たい。隙間風が、床が、などとそう言う問題ではない。
 そして、生物兵器は後輩から目を背けて口を開いた。

「なら、なら殺せよ。王の命令は絶対だろう? 何をためらうんだ。お前らしくない」

 その言葉に、重みというものは全くなかった。ひたすら、どこまでも投げやりな言葉である。
 そんな、どうでもいいとでも言うような言葉に、リューシエは顔を上げた。唇はわなわなと震え、何を言おうとしても言葉にならないようだった。こぶしをぎゅっと握り締める。長い爪が刺さり、そこからは血がにじみ出ていた。
 それにも拘らず、アレスはある意味で非常にも言葉を続けた。

「殺してくれよ。頼むから。お前に殺されるんだったら、俺は——」

 ——皆まで言わせず、リューシエは立ち上がった。そしてすばやく右腕を巨大な刃に変化させる。一度、リューシエは大きく咳き込んだ。そしてそれと同時に刃はアレスのほうへと向かってくる。その最中、彼は再び咳き込んだ。それでもまっすぐに刃を突き立てる。見るとその手は血に塗れていた。
 それは、アレスの血ではなかった。リューシエの刃はアレスの頭のすぐ左の壁に突き刺さっていた。一方、彼の咳は止まらない。口を押さえる左手は真っ赤だった。

「リューシエ、お前、限界が……」

 アレスはそう詰まりながら言うと、立ち上がって両腕で何とか抵抗するリューシエを支えて、椅子に座らせた。その精一杯の強がりは、リューシエにしてはひどく弱々しいもので、アレスはさらに暗い表情になった。
 彼の言葉にあった限界。そう、この少年たちには、限界なるものが存在する。生物兵器とて、元はといえば普通の人間である。そんな普通の人間が超人的な力を使うには、やはりそれ相応の代価がいるのだ。そしてその代価こそが彼らの命であり、限界というものだった。
 どんな医学でも治療法は見つかっていない。この生物兵器研究の目的は、“神に愛でられし者”を人工的に作る事だったと言われている。当然、神はそんな人間を助けはしない。つまり、行く行くは確実に死に至る苦しみ。
 それが、今のリューシエを襲っていた。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.24 )
日時: 2011/05/05 23:19
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: MxRrFmUb)

「……ださいよ」
「え?」

 リューシエは荒い息の中で何かを言った。そして、息を整えようと大きく深呼吸をする。しかし全く意味はなかった。もう一度リューシエを発作が襲い、何度も苦しそうに咳をした。何とか持っていた布を当ててアレスに見えないようにするが、かなりの血を吐いていることは、その布から染み出ている赤い色から容易に分かる。
 しばらくすると、それはやっとおさまった。その間アレスは、ずっとその背中をさすっていた。それしか、できなかったのだ。
 リューシエは大きく息を吐き出すと、アレスを憎らしげとも、また、咳き込む苦しさとは違う、もっと辛そうな、別の表情で見た。

「先輩はまだ、時間、あるじゃないですか。……くださいよ、そんなにいらないなら、くださいよ。私は、まだ死にたくない!」

 真っ赤な両手で顔を押さえ、何度もリューシエは「死にたくない」と泣き続ける。勝手な話ではあるだろう。この少年によって命を奪われた人はごまんといる。それでも、リューシエは泣き続けた。生物兵器としてはこれ以上もない醜態であり、自身が生物兵器であることに人並みならぬプライドを持っていたリューシエらしくなかった。
 それほどまでに、自分の奥底の信念すらも変えてしまえるほど、リューシエには大切なものがあるのだ。
 それが何か分からないアレスではない。いや、同じ生物兵器であるからこそ、アレスはリューシエの苦しみを多少なりとも理解することができた。
 だが、何も言えなかった。苦しみを理解すればするほど、言葉はのどを通らない。こうなってしまっては、もうすでにリューシエの運命は決まっている。気休め程度の慰めなら、ないほうがいいのだ。
 沈黙を破ったのはリューシエだった。息を大きく吐いて椅子から立ち上がり、別の布で顔についた血を拭う。そしてポケットから黒い手袋を取り出すと、無言で玄関のほうへ歩いていった。アレスは動かない。先程と同じように、未来のない後輩の背中を見続けている。
 リューシエは黒い軍のブーツを履き終った時、やっと口を開いた。玄関から響いてくる声。表情は分からない。アレスは見送りに出る気力すらなかった。

「明日のこの時間にまた来ます。もし、また会える日が来るなら、私は今度こそ、ためらうことなくあなたに刃を向けます」 

 扉が閉まった後、小屋の中はただひたすら静寂に包まれた。
 後輩がどんな気持ちで今の言葉を言ったのか。少年は少し考える。だが、結局は分からなかったようで、アレスは力を無くしたように壁へと寄りかかり、そしてそのまま床に座り込んだ。
 リューシエが刺した壁の傷を手で触れる。棘が刺さった。わずかな血が流れる。しかし、そんな痛みは気にならなかった。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.25 )
日時: 2011/05/13 22:55
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: MxRrFmUb)

 ——リョウは、目の前に現れた少年を凝視した。
 月の光を思わせる、緩やかに風を流れる銀髪に、切れ長で太陽のように輝く金の瞳。線は細いが、その体のどこにそんな力を秘めているのかというほどの、圧倒的な存在感。
 知っている。リョウはベルトに付けていた折りたたみ式の棒に手をかけた。
 
「リョウ=レヴァネール殿、ですね?」
「そうだが、何のようだ? “銀露”のリューシエ」

 リョウは相手の丁寧な口調にもかかわらず警戒を解かない。この少年が兵器であることは知っている。いや、リューシエという名前としてではなく、“銀露”という通り名のほうでは、リョウだけではなくこの国の大半の人間が知っているだろう。
 銀露。その美しい朝露のような見目や立ち振る舞い、戦いなどから、彼は国内外でそう形容されている。その優雅さゆえに兵器としての貴族からの人気は絶大で、また、どの兵器よりも人間らしいその性格は、兵器嫌いで有名なバーティカル大公爵家からも一定の評価を得ていた。
 だが、その美しすぎる魂は、何者にもなびかないとも言われている。
 彼の王家への忠誠心。他の生物兵器と違って、彼は生物兵器だから、義務だからなどというつまらない理由で戦っているわけではない。それゆえの忠義。揺らぐことは決してない。
 だからこそ、一般の国民からの評価は最低でもある。彼らからすると、己の意思で戦う生物兵器は、義務で戦い続けるよりずっとたちが悪いものだった。
 そして、それが分かっているからこそ、リョウは警戒を続けているのだ。
 そんなすでに臨戦態勢に入っている彼の前で、リューシエは突然黒い軍用の靴を脱ぎはじめた。リョウの顔には明らかに動揺が走る。
 それに構わずリューシエは、さらに靴下までも放り投げ、白く冷たい地面へと素足をつけた。極寒の地であるシアラフでは、土下座と並んでこれが一番屈辱的なこととされている。いくら生物兵器とはいえ冷たいだろう。それでもリューシエは眉一つ動かさなかった。

「お願いがあります。どうか、どうかお聞き届けください」

 唖然とするリョウに、リューシエはそう言うと深々と礼をした。
 普通なら、敵である彼の言うことに耳を傾ける義理はない。しかし、どうも様子が違うことは彼にも分かっていた。
 生物兵器としての彼のプライド。その高さはリョウも知っているし、世間でも有名な話である。だが、今はどうだろうか。敵である人間にここまでしている。リョウは表情こそ崩さないが、棒からは手を離した。

「……言ってみろ」

 戸惑いながらのリョウの言葉に、リューシエは顔を上げた。その顔には感謝の色がこれでもかというほど浮かんでいる。

「先輩を、アレス先輩を、お願いです、お願いですから、許してあげてください」
「は?」

 予想外の願いに、リョウは目を白黒させた。てっきり、どう考えても無理な、軍事上の頼み事をされるものだと思っていたのだ。リューシエはそんなリョウの様子に構わず続ける。

「お願いです、どうか、どうか。あの人を、許してあげてください。私は、先輩を殺したくない……」

 リューシエはそこまで言うと、雪が積もって真っ白になった地面に膝を付けて、土下座でもするかのような姿勢になった。リョウは慌ててリューシエを立たせようとする。だが、彼は応じなかった。

「死なせたくないんです。あの人には、生物兵器の力なんかに頼らないでも生きていける先輩には、生きて欲しいんです。お願い、します」

 声は震え、言葉はところどころで詰まり、目からは大粒の涙が出ている。誇り高い少年からは想像もできない様子であった。
 今度こそはと、リョウは力ずくで少年を立たせる。そしてその目をしっかりと見て、一度はっとしたような目をしたが、すぐに微笑みにかけて、その見事な銀髪を撫でた。

「許すも何も、リューシエ。俺は弟を連れ戻すためにここにいるんだ。あいつが今までしてきたことが何だ、生物兵器が何だ。俺は気にしない。俺はアレスの兄貴だ。いつでも、いつまでも、あいつの味方だよ」

 リューシエは目を見開いて、それからほっとしたように目を細めた。満月の光が降り注ぐ。月の光に照らされたリューシエは、これ以上なく美しかった。


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