複雑・ファジー小説
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- ノーテンス〜神に愛でられし者〜
- 日時: 2013/12/20 00:28
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045
短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです
今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー
現在第五章悪魔の贖罪
生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず
前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。
というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。
【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。
シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。
アドバイス、感想大歓迎です!
お客様(ありがたや、ありがたや^^
ウミガメさん
灰さん
カケガミさん
宇宙さん
夜兎さん
トリックマスターさん
メフィストフェレスさん
目次
序章 >>1
第一章 兵器と少女 >>2-4
第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
外伝 あの花求めて >>45-47
外伝 光の中の >>48
第三章 各国の思惑 >>51-57
各国の思惑(二) >>58-61
外伝 反旗の色は >>62-66
第四章 特別攻撃隊 >>68-73
外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
外伝 光のなかの >>80
第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
悪魔の贖罪(二) >>88-89
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.61 )
- 日時: 2012/02/13 23:35
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
首都ホークテイルから南へ小一時間歩いたところに、そのスラム街はある。
にぎやかな町の裏道を抜け、だんだんと荒んでいく景色を眼で見て、またその空気を肌で感じながら、カレルは一般的にスラム街と呼ばれる場所に着いた。
スラム街の入り口には、風が少し吹いただけで倒壊してしまいそうな門がある。門の上のほうには、雨風にさらされてかなり読みにくくなっているが、何とか“ようこそ! ファッションの都、トールへ”と書いてあるのが確認できる。かつてこのスラム街は、先程のホークテイルに匹敵する大都市だったのだ。
荒れ果てた光景が目立つが、よく見ると過去の発展の跡とも言える古い大きな屋敷などが見られる。“盛者必衰”——この町の状態を一言で表すならこれ一つに尽きるだろう。
カレルが通りを歩いていると、多くの人がそそくさと逃げ出す。別に彼らがやましいことをしていたわけではない。ただ、恐ろしいのだ。スラム街の住人達のほとんどは、ユビル貴族に迫害された人々。今のように、ユビル貴族の筆頭であるフィギアス家当主のカレルが突然現れたとなると、恐れるなというほうが無理というものだろう。
(これが、この国の現状、光と闇。スラムに溢れる人々……)
カレルは悔しそうに歯軋りした。幼い頃から見てきた現実とはいえ、この悲惨な状況の原因が自分達にあると思うと居た堪れなくなる。ましてやこの現状が、彼からたった一人の弟を奪ったのも同然なのだから尚更だろう。
カレルは貴族制について否定はしないが、このままで良いとも思っていない。“貴族という立場を最大限に利用して、小さくても構わないから、いつか自分自身の手で改革を起す”——それが彼の幼い頃に師であるハデスにこっそりと語った夢である。
いつものように歩きながら物思いに更けていたカレルの視界に、一人の男が入ってきた。貧しい身なりだが、どこかスラムの住人とは違った気配。髪は着ている服と同じように黒く、目は凍りつくような冷たい碧眼だった。
男はカレルを見ると、すばやく踵を返して、通りの裏へと入っていった。カレルははっとした表情をすると、無言で彼の後を追っていく。
「どこまで行く気だ?」
ただでさえ暗いスラム街の、さらに日差しさえまともに入ってこないような建物と建物の間に辿り着いた時、カレルは目の前を歩く男にやっと話しかけた。彼は無言で振り向く。冷たい目はそのままだったが、ほんの少しだけ柔らかい表情になった気がする。
「ここらでいいだろう。……久しいな、兄上」
記憶の中の幼い少年は、たくましい青年に成長していた。束ねた長い黒髪が、その年月を思い知らせる。思わず、カレルは涙を流しそうになった。生きていた。その事実だけが、彼の心を占める。
「やっぱ、リーフか。その、なんと言うか、元気にしてたか?」
カレルは照れくさそうに頭を掻きながら、一歩弟に近づいた。リーフもまた、そっと兄のほうへ足を進める。
改めて見てみると、腹違いとはいえ、この兄弟はよく似ている。もともと二十歳辺りからあまり外見の変わらないカレルである。弟とは七歳も離れているが、まるで双子のようだった。
弟の目の前に立つと、カレルはそっと片手を差し出した。いつもの彼では考えられないほどの、光が差したような笑顔と共に。弟もまた、手を伸ばす。
しかし、それが向かう先は兄の手ではない。風を切ってそれは喉元へと伸びていった。
「な……!?」
カレルは体勢を低くしながら、すばやく身を引く。その時に見えた弟の目は、この世のものとは思えないほど憎悪に満ちていた。
冷や汗でも流れたのだろうか。水が頬を伝う感じがし、カレルはそっと手を当てる。当惑して頭が上手く回らない彼の中で、仕事上慣れた生暖かいものが指先に付く感覚だけが、ひどく鮮明に感じられた。
「兄上。何故スラムにいる? ここはあなたのような貴族がいるべき場所ではない!」
先程、彼の表情が少しだけ柔らかくなったのは、ただの気のせいだったのだろうか。軍人として、人の生死や血なまぐさい戦いを見続けてきたカレルには分かる。今のリーフの表情は、深い悲しみと憎しみに支配されていた。植民地のゲリラと同じように。
「リーフ、私は……」
「フン。大方お優しい兄上のことだから、俺を屋敷に連れ戻しに来たのだろう? ふざけるな! 誰のせいで母さんは死んだ? お前ら貴族のせいだろ! 母さんは何も悪くなかった。ただ俺を生んだだけなのに追い出されて、このスラムの片隅で血を吐きながら死んだ……」
リーフはそこまで狂ったように叫ぶと、急に下を向いた。肩は震えていて、何かを堪えようとしているのか、服の裾をぎゅっと握っている。
カレルは掛ける言葉が見つからなかった。探していた大切なものが手に触れる瞬間。それは失う始まりを意味しているのかもしれない。
「もう、やめてくれ。俺を……」
リーフはうわ言のようにつぶやいた。何かその後に一言付け加えたようだったが、唇をわずかに動かすだけで、兄には全く伝わらない。呆然としているカレルが聞き返すこともなかった。
少しの間、二人とも無言で向き合っていたが、しばらくすると、リーフは背を向けて走り去っていった。少し前までのカレルなら後を追っただろうが、ここまでひどく拒絶された彼は、ただ立ちすくむことしかできなかった。頬の傷の手当ても忘れて。
夕日が暗いスラムを鮮やかな赤に染め上げる。だが、あの裏通りだけは暗いまま。黄昏に消える弟と、暗闇に取り残される兄。この光景は、ただの偶然か、それとも何かを暗示しているのか。兄弟の壁である光と影。皮肉にも、このスラムでは通常とは正反対の示し方をしていた。
先程の裏通りから場所は移って、スラム街のとある古いビルの中。兄の元から走り去ったリーフは、そっと中に入った。外観は薄汚れた建物だが、中は意外ときれいに掃除が行き届いている。かなり居心地のよい場所ではあるようだ。ただし、誰の趣味か大量のサボテンが置いてあることを除けば、だが。
そのビルの入り口に一人の女性が立っていた。セミロングの群青色の髪を二つに結び、頭には三角巾を付けている。歳は二十代前半ほどだろうか、優しい微笑を浮かべていた。リーフもほんの少しだけ硬い表情を崩す。
「ただいま、美菜」
「おかえりなさい。ブラック首領」
少しずつ時代は動き始め、また、だんだんと戦いの火種は蒔かれていく。
あとがき
第三章終了です。今回の章では、天宮大虐殺という事件を軸、シアラフ反乱を歯車にして、歴史が動く序章が書ければいいなぁと思いつつ話を進めました。んー、振り返ると、突然舞台が変わったり登場人物が増えたのに、あまりしっかりとしたフォローなり何なりができてないなと反省しています。
次は外伝、カレルの弟リーフの物語を挟んで、懐かしいシアラフに戻ろうかなと思います。あくまで予定ですが。
それでは、これからもお付き合いいただければ幸いです。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.62 )
- 日時: 2012/02/19 23:35
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
外伝 反旗の色は
雨が降り続く薄暗い路地。ゴミ箱は倒され、金の目をぎらぎらと光らせた野良猫が、数匹辺りをうろついている。
しかし、猫は散乱したゴミにたかっているわけではない。その横にある人間の死体に群がっているのだ。
見たところ、まだ幼い少女。着ているものは剥ぎ取られたのか、何も身に着けていない。肉体はすでに腐っていて、辺りには臭気が立ち込めている。
ここはユビル帝国のスラム街。その中でも最下層とも言える場所だ。
そんな路地の片隅で絶えず苦しそうな女性が咳き込む音が響き渡る。三十代前半くらいだろうか。古びた布を体に掛け、石畳の上に横たわっている。げっそりとやつれた顔をしているが、それでも美しい女性であることは疑いようがない。
だが、そんな彼女には、無情にも冷たい雨が矢のように突き刺さる。
その哀れな女性の背を、ずっとさすり続ける十歳にも満たない少年がいる。黒髪は女の子のように長く、目は何とも言えない力を感じさせる碧眼だった。
「母さん、苦しい? 寒い?」
そう呼びかけていることから、少年は女性の息子なのだろう。
子どもの黒髪に対して、女性の髪色は淡い栗色。顔かたちもあまり似ていない。しかし、その眼の色と、纏っている雰囲気が似ていると言われれば頷ける。
「大丈夫、リーフ。ごほっ……」
母親は何とか笑おうと必死に顔を歪めるが、むしろどんどん苦しそうな表情になっていく。少年はそのたびに背をさするが、時間が経つにつれ女性の命は削られているようだった。
咳のたびに、血が辺りを赤く染める。暗い路地にある、ただ一つの明るい色。だがそれは、ただ路地の暗さを強調するだけの色だった。
「リーフ、いざという、時は、カレル様かハデス様を、頼りなさい。あのお二人なら、きっとあなたを——」
「——いやだよ、母さん! それじゃ母さんも一緒に行こうよ。一緒じゃなきゃいやだよ」
リーフは涙目になりながら訴えた。
母親は息子をなだめようと、彼の頬にそっと触れる。すると、少年の瞼の裏に溜まっていた涙が途端にこぼれ出し、大粒の雫が母親の手に流れた。冷たい手。直感的に分かるのだ。母親の命がもう残っていないという事実が。真に頼るべき人がもう消えてしまうということが。
「ごめんね、リーフ。生きて……」
そうつぶやくと、女性のまぶたはそっと閉じた。声にならない叫びと共に、少年は母親の両手を取る。
しかし、女性が再び目を開けることはない。握っている手はどんどん冷たくなっていく。少年が泣こうが喚こうが、誰も来ない。雨が強くなる。もう何が涙で何が雨水なのか分からない。冷たく暗い寂れた路地の片隅で、猫の声だけが不気味に響いていた。
反ユビル組織“黒霧”首領ブラックことリーフ=フィギアス。これは彼の記憶の中、その大きく重過ぎる、一欠片。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 外伝 反旗の色は ( No.63 )
- 日時: 2012/02/29 00:44
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
スラム街。かつての名を、ファッションの都、トール。
ユビル帝国首都のホークテイルとは比べ物にならないくらい荒んでいるが、ただ一つ、町の中央にある立派な噴水だけが、かつての栄華を物語っている。
噴水は、当然だがもう機能していない。それでもきれいなまま残っているのは、この薄汚れたスラムにある、たった一つだけの心安らぐ造形物だからだろう。水が出ていなくても、噴水の上で天を仰ぐヴィーナス像とその周りで戯れる三体のキューピット、それだけで十分に立派な美術品である。
「惨い話じゃな」
「本当に」
そんな広場に今、人だかりができている。集まっているのは皆スラムの住人だ。晩秋の寒空の下、貧しい格好に悲しそうな表情をしている。これからこの場で行われることが、彼らにとって認めがたいことであるのは容易に分かるだろう。
その人だかりの中で、一人の青年が何とか前に進もうと人を押し分けていた。ぼろぼろの衣服を着て、無造作に一本で結わいである黒髪。背はかなり高く、目は美しい碧眼をしている。
青年の名はリーフ=フィギアス。あの雨の日から、およそ十三年の歳月が経った。母の死を乗り越え、今も青年はこのスラムで生きている。
リーフはやっとの思いで人だかりの前に出た。正午を知らせる鐘が、寂しく響き渡った。秋の冷たい風が、土煙を運んで辺りを覆い隠そうとする。だが、隠し切るには力不足であり、ただでさえ暗い雰囲気の人々に、追い討ちをかけるが如く涙を流させるだけだった。
砂煙の先、噴水の前には十字の磔台。その周りには大勢の兵士。いつもならスラムで一番活気あるこの広場は、暗い空気に満たされる刑場となっていた。
「なぁ、あんた字読めるか?」
隣に立っている中年の男が刑場に張られている張り紙を指差してリーフに訊いた。
このスラムでは、字の読める者は少ない。リーフはこれでも八歳までフィギアス家の次男として相応の教育を受けてきた。それに対して、スラムに住んでいる者は基礎的な教育すら受けられないのだ。
この男もきっとそうなのだろう。スラムで生まれスラムで暮らす。そして、字の読み書きもできないまま、このスラムで最期を迎えるのだ。
「ああ。ええっと……“この者、帝国軍シュラバス将軍から金塊を盗んだ。帝国将軍から物を盗むことは重罪である。よって極刑に処す。貴様らもよく肝に銘じておくように”だってさ」
「やっぱり極刑か、可哀そうにな。まだ出てきちゃいないがまだ若い娘らしいぜ。せめて最期くらいはスラムの仲間としてしっかり送ってやらないと」
男はそう言うと腕を組んで前を見据えた。
“スラムの仲間として”と、その言葉が妙にリーフの心に突き刺さった。母が死んで、一人になった彼が今まで生きてこられたのは、スラムの人間達にあるその心のおかげだからだ。
同じスラムの仲間だから助け合おう。同じ苦しみを分かち合っているのだから、喜びも分け合おう。
では、たとえば彼が名門フィギアス家の人間と知れたら、彼らはどうするのだろうか。今まで通りに接してくれるのか。そう考えるとリーフは恐くなる。スラムは彼にとって家も同然なのだから。
その時、刑吏が罪人を引っ張ってきた。群青色の髪をした二十歳ほどの女。手には鎖が巻かれ、体中に痛めつけられたあとが痛々しく残っている。女はゆっくりと顔を上げ、噴水を見上げる。彼女にとって何か思い出深いものなのか、それともただ単に見ただけなのか。それは分からない。
だが、その顔を上げた瞬間、リーフの表情が変わった。知っているのだ。この女を。
母が死に、食べるものがなかった当時のリーフ。腹が減り、それでも母が頼れと言った二人の元へ行く気にはなれず、ただスラムを歩いていた。一歩足を進めるごとに、どんどん力を奪われていく。おまけにその日は雨が上がったばかりの、とても暑い真夏の日だった。
いつからそこで倒れていたのか分からない。気付いたときには道端で寝転がっていた。このまま死んでもいいかもしれない、という考えが頭をよぎる。そうすれば、母に会えるだろう。きっとこの世より良いに決まっている。そう思うと気持ちが楽になった。
「死んでるの?」
目を瞑り、死を安らかに待っていると突然真上から声がした。死神かもしれない。そう思いリーフは顔を上げた。太陽がまぶしくてよく見えないが、まだ十歳にもなっていない女の子がそこにいた。
「生きてるんじゃない。じゃ、そんなところにいちゃだめ」
女の子はそう言うとリーフの手を掴んだ。意外にも力は強い。リーフを日陰へと無理やり引きずっていった。
まぶしさがだんだんと消え、女の子の顔が鮮明に見えてきた。群青色の髪をした色白の子。ただ、ところどころ顔には泥が付いている。手には薄汚れたバスケットを持ち、そこからはパンがいくつか見える。
「あたしは美菜。お腹空いてるんでしょ? これあげるからもうあんなところで寝ちゃだめよ」
そう言うと彼女はバスケットごとリーフに渡した。そして、それだけでどこかへ去っていった。
それ以来、美菜とは会っていない。幻だったのではないかと何度も思った。しかし、バスケットはずっと残っていた。住んでいるプレハブ小屋に、今もそれはある。
そして出会ったのだ。こんな形で。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 外伝 反旗の色は ( No.64 )
- 日時: 2012/03/04 23:55
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
秋風の中でマントを泳がせながら、罪状を読み上げる刑吏。しかし、その声はリーフの中に入ってこない。風が長い一本結びの黒髪を、まるで生きた蛇の如くうねらせる。
彼の心を占めるのはただ一つ。怒りの感情のみだった。
その怒りの牙が向けられる先はどこか。目の前にいる刑吏、金塊を持つ将軍、このユビル帝国の貴族。それに間違いはない。
ただ、一つ忘れている存在がある。それは彼、リーフ自身だ。
いつも、何もできなかった。本妻に虐めぬかれる母、フィギアス家を追い出された時、そして血を吐き死んでいった母。力がないとは何と悲しいことか。結局何も変わらない。変えることなど出来やしない。
——でも。
リーフの、目の色が変わる。その手には、隠し持っていたナイフ。フィギアス家の紋章が刻まれた、七歳の時に異母兄カレルからもらった宝物。「自分の身と大切なものは自分で守れ」と、十四歳の少年とは思えないほどのはっきりとした口調でカレルはそう言い、リーフにそれを渡した。
その時、リーフは王宮で貴族の子供に虐められていたのだ。卑しい妾の子、と。
そこを、通りがかった兄がこのナイフを突きつけ、フィギアス家の紋章を彼らに見せつけた。リーフに手を出すことはフィギアス家を敵に回すことであると、厳しい口調で言って。
このナイフを、処刑に立ち向かうために使ったと知ったら、兄は何と言うだろうか。
カレルは、ユビル貴族の頂点に立つ存在で、軍でも相当の要職に就いている。きっと許しはしないだろう。
リーフは母を殺した貴族を憎んでいる。しかし、兄を憎んだことは一度たりともなかった。幼い頃から、優しかった彼の姿しか見たことがない。だから、兄を裏切るようで少しはためらった。
——自分の大切なものは自分で守れ。
ふと、そんな力強い言葉が、灰色の雲がかかる秋空から、彼の目の前に落ちてきた。
そうだ。それなら、全てを裏切ったことにはならないのではなかろうか。
リーフは強くナイフを握る。そして、暗い処刑場を切り裂くように飛び出した。恩人を守るために、何より、心の弱い自分に牙を立てるために。
「邪魔をするか!? この愚民が!」
長い黒髪を揺らし、飛び出した途端、帝国兵達がリーフを取り囲む。彼らの胸元には鷲の紋章。フィギアス家が代々長を務める近衛軍の人間だ。
現在のトップはカレル=フィギアス。きっと、カレルはこのことを知らないだろう。知っていれば、こんな見せしめのような刑を許すはずがないと、リーフは信じている。
武術はフィギアス家にいたころ手解きを受けた。さらに、このスラムでの厳しい生活。近衛兵にも後れを取ることはない。
もし、それが二、三人相手であったなら。
しかし、今は少なくとも二十人はいる。ノーテンスでもないリーフには、装備の差からも厳しい戦いだった。
水のない噴水を背にして、なるべく囲まれない位置を取る。微笑むヴィーナス。その下で、リーフは腹をくくる。母譲りの碧眼で、まっすぐ帝国兵を睨みつけ、兄譲りのナイフを、迷うことなく敵に向けた。
処刑を見に来たスラムの人々は、皆あっけに取られて声を上げることもできない。それでも、その場を離れるものは一人もいなかった。外にいる住人の目という目は噴水周辺に釘付けになり、周囲を囲むレンガ造りの建物全ての窓からは、老若男女の視線が注がれていた。
そんな中での、一人の戦い。
砂埃を上げて束でかかってくる斬撃を、一つ一つ冷静に見切り、隙をうかがう。時には噴水から離れ、時には噴水に背を当てる。そして、いけると思えば的確に相手の喉元を切り裂いた。次の瞬間にはまた間合いを取り、次の隙を探す。それの繰り返しだ。
「そのナイフ、窃盗品か? その紋を何と心得る!?」
目ざとく隊長格の兵士が、リーフのナイフを指差した。
窃盗品と見なされたのは彼にとって心外だが、幸いだったと言ってしまえばそうだろう。もしこの兵士がもっと位が高く、幼い頃のリーフを知っていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
彼だけならどうなっても自身のことだから構わないが、カレルまで巻き込むことになると考え物だ。まだ兄を大切に思っているから、リーフは彼の邪魔をしたくなかった。
「あんたこそ、その胸に付いている紋をなんだと思っている? それは力と誇りを表す鷲だ! あんたらに誇りなんてあるのか? 馬鹿馬鹿しい!」
リーフは強い口調で言い返す。フィギアス家の紋はリーフにとって良い意味もあり、また悪い意味もある。前者はもちろん優しい異母兄との記憶。カレルはいつもこの紋章について誇らしげに語っていた。
——力があるから、誇りは何より大切にしよう。誇りを失った強者はただの獣だ。
これは、カレルの師であるハデス=シュレインがよく言っている言葉。幼いカレルも、それを真似して弟に伝えた。
だから、目の前の兵たちの胸の紋章を見ていると、リーフは無性に腹が立ってくる。大切な思い出を汚されたような気持ち、そして何より、兄を侮辱されたように感じるのだ。
リーフは隊長格の男の紋章をナイフで突き刺す。胸を裂かれた兵士は地面に崩れ落ちる。
もう一度間合いを取ろうと、リーフは後方に下がるが、それが大きなミスだった。
同じ動きを繰り返していたため、行動が読まれていたのだ。
「……くそ」
完全に囲まれた。前、右、左と辺りを見渡すが、逃げ道はどこにもない。
兵士たちは一斉に、それぞれの武器を持って彼に向かってくる。
リーフは覚悟を決めてナイフを構えると、何となく、先程美菜が見ていた背後の噴水に目をやった。
キューピッドは、この戦いの中まだ戯れている。
ヴィーナスも相変わらず天を仰いで——いなかった。
驚くことにリーフを見つめ、彼に向かって手を差し伸べていたのだ。
思わず、青年は両手をヴィーナスへと伸ばす。すると、突然辺りが純白の世界に変わった。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 外伝 反旗の色は ( No.65 )
- 日時: 2012/03/10 23:45
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
白い世界。
それ以外説明しようがない。足をつけている地面も、そこから天を仰いでも、どこを見ても白一色なのだ。明らかにこの世ではない、どこか別の空間。それだけはリーフにも直感的に理解できた。
下手に動くと危険かもしれない。かといって何もしないでじっとしていたら、元の世界に帰る手がかりすら見つけられないだろう。
悩んだ挙句リーフは後者を選び、慎重に足を進め始めた。
しばらく行くと、初めて白以外のものが見えた。
いや、色で表すと違和感があるかもしれない。そこには拳ほどの大きさの光が浮かんでいたのだ。何とも言えない魅力が漂っている。ある意味病的とも言えるだろう。見たら触らずにはいられない。簡単に言うとそんな感じだ。
リーフはその光の中心に右手を入れる。中は暖かかった。どう感じるのかは人それぞれかもしれないが、リーフには母親の手を握った時のように不思議な、それでいて懐かしく心安らぐ気分になっていた。
その時、突然光がより強く輝きだした。リーフは驚いて手を抜こうとするが動かない。何かとても強い力で手を握られているようだ。
慌てるリーフを尻目に光は語りだす。高く透き通った、寂しく疲れきった口調で。
「かつて世界には神々がいた。その中でも、三人。兄と姉と妹と。仲のよい兄妹だったが、次第に兄と妹達は対立し、世界を分ける戦いとなった。妹達は人間の中から優れた若者を選び出し、自らの印を付けて力を与えた。そして対立していた兄を倒し、世界を巻き込んだ戦いは終わった。そして妹達は壊れた世界を再生した」
最後だけは、はるか昔より伝わる伝承と全く同じだった。
古の大戦後、神々が世界を再生したという伝説は小さな子供でも知っている。また、経緯や細かい理由は置いておくとすると、神々が人間達に印を与えた、というところも伝説にある。
その印を与えられた人間というのは、五大家の祖先達。日本の天皇家と天宮家、ウル民族区のハン家、ダルナ連合のガダフィ家、そしてユビル帝国のフィギアス家。
捨てられた身とはいえ、リーフはそのフィギアス家の出身である。だから、光が語りだした伝承を他人事のように感じられなかった。彼もフィギアス家の祖先である“緑風”フィン=フィギアスの血を、間違いなく引いているのだ。
「誰、だ? それに今のは……」
光の声が一度途切れたところで、リーフは畏怖の念を浮かべた表情で訊いた。答えて欲しいことは山のようにある。自分の知らないこの世界の歴史。知ることは恐怖であり、また快楽でもある。
始めは恐怖が占める割合が多かったが、すぐにそれらの気持ちは逆転した。
「古の大戦の物語。葬り去られて伝説と化した歴史。多くの犠牲を払ったあの戦い。でも世界は戦い続ける。平和なんて来るのか分からない。醜い戦い。変わりたいのに変われない自分。何も変えられない。でも今に満足できない。何で? 分からない。でも、何かを——変えたい」
リーフの問いに答えたその口調からは、無念さがにじみ出ていた。
光は自身が何者であるか告げなかったが、おそらく古の神の一人なのだろう。そして、何よりもリーフが心を打たれたのは“変わりたい”と強く願うその心。彼もそうだ。変わりたい、何かを変えたい。だからこそ、処刑を止めるという行動を起こしたのだ。
「……私は古の姉神。妹と兄の対立から始まって、しばらく私は傍観していたけれど、一向に戦いは終わらず、結局妹についた。それで戦いは終わったけど、血は流れた。たくさん。そして自分に失望した私はこの世界に閉じこもった」
「それが、世界の正しい歴史か? ずいぶんと違うんだな。兄妹なんて今の伝承じゃ一言も」
「歴史なんてそんなものよ。どの歴史も時の権力者の都合でどんな風にも変えられるし、それについて私はとやかく言おうとは思わない。私の愛する子達がそうしたいと望んで、正しい歴史を葬ったのだから」
姉神は“愛する子達”と言った。子というのが人間達のことだというのは、言うまでもない。いくら血に塗れた戦いをしようとも、自分の思い通りにならなくても、それでもなお、彼女は人間を愛していると言ってくれたのだ。
「あなたを導いてきたヴィーナス像は私のしもべの一人。思ったとおりね、血族の子。あなたと私は良く似ている。何かを変えたいと願っている。でも、違うのはあなたが行動を起こしたところ。私は閉じこもっているだけ。あなたには諦めて欲しくない。力をあげる。何かを変える力を」
ぼやくような口調でそう言った姉神。リーフに疑問を挟む余地はなかった。すぐに光はリーフの腕を通して全身に入っていく。
全て終わった後に残ったのは、自身の中に突如生まれた圧倒的な力を感じているリーフ、そしてその足元に一本の小さな木だけ。淡い光を放つそれはどこか嬉しそうであった。きっと、姉神だろう。
「あんたは、何がしたいんだ? 俺に力なんて与えて」
「私はすべての人を愛している。でも、その中でもかつて狂おしいほど愛した一人の人間がいた。彼の名を、フィン=フィギアス。あなたはその子孫。あなたの力になりたい。フィンに何もできなかったから。気をつけて、リーフ。これから世界はまた戦いに明け暮れる。兄神の復活」
木となった姉神はそこまで言うと、突然緑色の光を出した。光はリーフの横に集まり、門を作る。そのはるか向こうにはスラムが見えた。
今なら何者にも負けない。彼女の力を得た今なら。
そんな自信がリーフの中で満ち溢れてきた。美菜を助けられる。気がおかしくなりそうなほどの喜びを噛み締めている青年。そんな彼に向かって、木はゆっくりと話し始めた。
「最後に、リーフ。何か困ったことがあったら、私の妹を頼りなさい。“末姫”という名よ。たぶん今でも人間として転生を繰り返しているはず。長い黒髪と白い肌に憧れていた子だから、きっとそんな感じの姿をしている。あなたを見たら向こうから話しかけてくるわ。懐かしい私の力を感じて。その時はよろしく言っておいてね」
「長い黒髪に白い肌、か。分かった。本当にいろいろとありがとう。女神——」
「——私の名は姉神。もしくはフィンが昔付けてくれた名、皐姫」
それを聞いたリーフはフッと笑って緑色の門の中へと入っていった。
彼がある程度進んだところで門は消える。何もなかったように、跡形もなく。
そんな白い世界で、門が消える寸前にスラムの英雄が叫んだ言葉だけが響いていた。
——また会おう! 皐姫!
残された小さな木の葉の上には、一粒の雫が付いていた。
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