複雑・ファジー小説

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ノーテンス〜神に愛でられし者〜
日時: 2013/12/20 00:28
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045

 短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
 ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです 

 今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー

 現在第五章悪魔の贖罪
 生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
 一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
 
 大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず

 前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
 一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。

 というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
 カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
 初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
 上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。

 シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
  
 というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、感想大歓迎です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 ウミガメさん
 灰さん
 カケガミさん
 宇宙さん
 夜兎さん
 トリックマスターさん
 メフィストフェレスさん

 目次
 序章 >>1
 第一章 兵器と少女 >>2-4
 第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
     変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
     変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
 外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
 外伝 あの花求めて >>45-47
 外伝 光の中の >>48
 第三章 各国の思惑 >>51-57
     各国の思惑(二) >>58-61
 外伝 反旗の色は >>62-66
 第四章 特別攻撃隊 >>68-73
 外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
 外伝 光のなかの >>80
 第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
     悪魔の贖罪(二) >>88-89

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.1 )
日時: 2011/03/08 22:44
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: tQGVa0No)

 序章
 
 星一つ見えない夜空から小高い丘へと、ただひたすら雪が降る。それは綿のように幻想的で優しいものではなく、大きく硬めの小石のような雪だった。
 そんな丘の坂道を一人の少年が行く。降り続く雪とは対照的な真っ黒の服を着て、この寒い中、なぜか右腕だけむき出しにしている。髪は黄緑色の短髪で、額には剣のような形の黒い紋章があった。だいぶ雪が積もっているというのに、少年はまるで舗装された道を歩くように平然と進んでいる。普通の少年ではないということが、これだけで十分すぎるほど分かるだろう。
 坂道が終わると、少年はふと足を止めた。そして木以外、何も見えないはずの正面を無感情な碧眼で見つめる。
 次の瞬間、突然少年の姿が消えた。いや、“消えた”というのは不適切だろう。正確には、常人ではありえないほどの速さで“移動”したのだ。
 少年が再び姿を現したのは数百メートル先の山小屋前。五十人ほどの男の前に何の前触れもなく出現した。

「“山賊団”バイロだな?」

 少年は静かに、そして淡々と彼らに訊いた。答えは、求めていないのだろう。およそ人らしい情の欠片も見えない、冬の海のような暗く冷え切った目つき。“山賊”たちは彼を見ると急に青くなり、震える手で武器を構えた。

「てめぇは、“氷心”……」
「王の命だ。消えろ」

 少年がつぶやくと、“山賊”の一人がいきなり斧を片手に斬りかかってきた。よく磨がれた大きな斧で、一振りで十分、人一人を殺せるだろう。しかし少年は相変わらずの無表情。それどころかその場を一歩も動こうとしない。
 斧が、彼に振り下ろされた。普通ならこれで少年の血が辺りに飛び散るはずだった。
 しかし飛んだものは、“山賊”の首。降ってくる雪と真っ白な地面を赤く染めながら、首だけ仲間の元に帰っていった。
 少年を見ると、奇怪なことに右腕が巨大な刃と化していた。そして血の滴るそれを山賊のほうへ向けると、その姿は先程のように消え、一番後ろにいた“山賊”の首領の前に立った。彼の後ろには五十あまりの切り刻まれた死骸。すべてこの一瞬での出来事だ。

「貴族殺しの罪は重い」

 少年は首領に感情のない声で曰く“山賊”に呟いた。彼にとって“貴族殺し”は正直どうでもいい。大切なのはその“王の命”を忠実にこなすことだけだった。

「罪のない民を殺して、何が貴族だ!? お前も平民だろう? なんとも思わないのか?」

 首領は必死な形相で少年に訴える。別に助かりたいからではない。平民であるのにも拘らず、王の元で戦っている彼の目を覚ますためだ。彼の力は国中が認めている。もしそんな彼がこの“山賊”たちのように反政府運動に立ち上がったら、間違いなく国は変わる。それを首領は期待しているのだ。

「違うな」

 しかし少年はそんな必死の説得に、ただ一言返しただけだった。答えが短すぎる、と首領は反論しようとしたが、その口に突然厚い氷が張り付いてきた。少年が表情を全く変えないことから、これが彼によるものだということは容易に想像できる。

「俺は王の兵器。平民でも貴族でも、何より人間ですらない」

 一+一=二とでも言うような口調だった。その言葉に首領は殺されかけているというのに怒りや憎しみといったものではなく、哀れみに近い悲しそうな表情をした。
 そんな男の胸を無情の刃が貫く。彼は先程の悲しみを湛えた表情のまま絶命した。
 それでも少年の表情は変わらない。そしてその表情のまま“山賊”たちの残骸の上を歩き、血の臭いが蔓延する丘を静かに降っていった。


 昔、この世界には神がいたと古い伝承に残っている。
 それによると、かつてその神々は二手に分かれて戦争をしていたという。そのうち一方の神々は選ばれた人間達に力を与え、もう一方の軍と戦った。そして多くの犠牲の果てに人間と共に戦った神々はやっとのことで勝利したらしい。
 普通、その類の伝承は単なるおとぎ話として片付けられる。この世界では他にもいろいろな伝説が残っているが、それらはほとんど人々の信を得ていない。しかし、この伝承だけは例外で、歴史的事実として語り継がれていた。
 その理由——それは世界にそれが現実にあったことを裏付ける証拠がたくさんあることだろう。その中の一つに神々が人間達に与えた二つの力がある。
 一つは“氣術”と呼ばれる火、水、風などの自然を操る力。しっかりとした理論は分かっていないが、百人中一人くらいが使える便利な力だから人間達に大変重宝された。
 もう一つは“印”と呼ばれる極々限られた人にのみ扱える力。ある日突然体のどこかに“印”が現れ、常人ではありえないほどの身体能力と“どんな言語でも話せるようになる”などの特殊能力を手に入れる。世界に多くても十数人しか存在しないこの力を持つ者達。
 故に人々は彼らの事を“ノーテンス(神に愛でられし者)”と呼ぶ。

 これはそのノーテンスたちの物語である。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.2 )
日時: 2011/03/09 23:35
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: tQGVa0No)

 第一章 兵器と少女

 世界の北端に位置する極寒の国家シアラフ王国。環境に恵まれていないのは言うまでもなく、さらに年中続く隣国との国境付近での小競り合い。その上、典型的な絶対王政の国で、平民は泥水をすするような生活を送っていた。
 そんなシアラフ王宮の地下室に一人の少年がいた。コンクリート作りの部屋に地味な黒い服、その中で黄緑色の髪と真っ青な目だけが異様な存在感を放っている。丘で戦っていたあの奇妙な少年だ。さすがに刃と化していた右腕は元に戻し、返り血でべとべとになっていた服は着替えていたが、あの冷めた感情のこもらない目だけはそのままだった。
 暗く冷え冷えとした、窓もない殺風景な部屋。ここが彼にとって戦場以外の唯一の居場所だ。兵器としてこの世に生を受けた彼にとっては。

 少年の名はアレス。彼はこの長い歴史の中でも数人しか確認されていない先天性のノーテンスである。つまり、生まれたときから戦いを義務付けられているということだ。
 しかし、彼の宿命はそれだけではない。アレスは、生物兵器なのだ。ただの生物兵器ならまだ良い。生物兵器はシアラフに千体以上はいて、特筆すべきことでもないだろう。だが、彼は数多くいる生物兵器の中でも圧倒的な強さを持つ完全体であった。
 こうも呼ばれている。究極の兵器、シアラフの切り札、と。
 少年の母親が、生まれてくる子がノーテンスであると知った時、この国の王は無理やり彼女を国の研究室に連行し、胎内にいる状態からその子を生物兵器にすべく、改造を施していった。
 そうして生物兵器アレスは完成した。しかし、妊婦にそんなことをし続けて無事に済むわけがない。彼女は息子を産むとすぐに死んでしまった。生まれてきたわが子と、実験に協力する際、人質にとられていた家族のことをひたすら案じながら。

 そんな少年も明日で十五。長かったのか、短かったのかはよく分からない。ただ、もう世間では大人と扱われる歳になるということだけは事実として残る。そしてその事実が、少年を——恐らく生まれて初めてではないかという——“苦悩”へと導いているのもまた事実。
 この国には、先に記したようにおよそ千体の生物兵器がいる。さすがの政府もそこまでの面倒を見るのはバカらしく、十五歳になった者は独り立ちするようにしているのだ。もっとも、生物兵器で十五歳の日を迎える者は一部でしかないのだが。
 とにかく、彼は明日を以ってこのコンクリートで囲まれた薄暗い地下室から解放されるということである。普通に考えれば、それは何の問題もなく、少年にとって喜ばしいことのように思える。誰だってこんな窓もない部屋に住みたくはないだろうから。
 しかし、少年の心を占めている感情は“苦悩”なのだ。
 理由は何か。答えは彼の生活にある。生物兵器は今の今まで家事なるものを行ったことがないのだ。
 食料は必要最低限に調理された状態で与えられていた。
 洗濯は籠に放り込んでおけば誰かが勝手にしてくれていた。
 掃除もいつの間にか、されていた。
 こんなだめ人間の一人暮らし——考えただけで身の毛がよだつ。
 対策はある。全ての迷える生物兵器たちはこの手段を選ぶ。というより、これ以外に方法はないと言っても過言ではない。よく言えば規制のゆるい、悪くいえば“悪”の蔓延ったこの国だからこそ使えるこの手。
そう、奴隷を買うことだ。安い奴隷を買い、それに全ての家事をやらせる。生物兵器として戦場に出てもたいした金が手に入るわけではない。人一人生活するのに手一杯なほどだ。だから奴隷にはそれこそ“生かさぬように、殺さぬように”レベルの生活をさせる。それで何とか生きていけるということは先輩にあたる同類から聞いていた。
 はっきり言ってアレスは一人のほうが好きである。それは彼以外のほとんどの生物兵器にも言えることであった。ずっと生物兵器だ何だと後ろ指指され、嘲られながら生きてきたのだ。当然だろう。
 ただ、生きていくためならこのさえ手段は選ばない。そんな贅沢が言える状況でもなかった。

「先輩、入りますよ」

 ベッドの上で眠りへと落ちようとしていたアレスは、どこからか聞こえる声にはっと目を覚ました。すると起き上がるのとほとんど同時に、暗い部屋へと光が差し込んできた。と、言っても部屋の外も大して明るいわけではない。蝋燭による微かな明かりがあるだけだ。それでも、ずっと暗闇の中にいたアレスにとっては十分に明るかった。

「あ、ごめんなさい。もうお休みになっていらしたのですか」

 入ってきたのは銀髪の少年。髪はアレスより長く伸ばしていて、肩につくほどだった。着ている服はアレスと同じ黒い袖なしの服で、アレスよりもずっと白いその肌とは対照的であった。金色の瞳はほのかな、そしてまぶしい光の中で輝いていて、この監獄のような場所には不似合いであった。

「何の用だ? リューシエ」

 アレスは少し不機嫌そうな表情で少年を睨んだ。普通なら、いつもの戦場にいる彼なら、もうこの瞬間にも目の前の少年の首を、その腕で、掻き切っていそうなほどの口調である。
 それでも、アレスが少年に見せている表情は、寝起きに訳もなくへそを曲げる、幼い子どものようなものであった。

「あ、あの、先輩……」
「だから何だ? リューシエ」

 アレスはベッドから立ち上がって、なかなか話し出さない後輩のほうへと一歩足を進めた。
 そう、恥ずかしそうに手を後ろにやってうつむいているこの少年は、とてもそうは見えないが、アレスと同じく生物兵器なのだ。もちろんアレスのほうが強い。だが、このリューシエも、千体もの生物兵器の中ではトップクラスの、確実に五本の指に入るほどの優れた兵器であった。

「……アレス先輩!」
「な、何だよ、リューシエ」
「十五歳のお誕生日、おめでとうございます! と言っても、一日早いですけど」

 リューシエは、はちきれんばかりの笑顔をアレスに向けた。最強の生物兵器の表情には明らかに戸惑いの色が現れる。リューシエは、元々生物兵器らしさからかけ離れた生物兵器であった。笑顔が綺麗で、戦場にさえ立たなければ、どこにでもいる純真な少年なのだ。
 しかし、彼の生物兵器としてのプライドは、人一倍高かった。だからこそ、最強であるアレスを兄のように慕うのだろう。いつしか自分もその横に立ちたいと。

「さっき、町で焼き菓子買って来ました。一緒に食べませんか?」

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.3 )
日時: 2011/03/10 21:28
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: tQGVa0No)

 次の日の早朝、アレスは朝食を取るとすぐに城を追い出された。これから住むのは城から数キロメートル離れた山の中。コンクリート部屋とは真逆の開放的な空間。
 新しい住処となる小屋に向かう前に、アレスは商店街を歩く。貧しいながらも活気に満ちた商店街。ただ、少年が来たことにより人々の声がピタリと止む。そしてほとんどの人がいそいそと家に戻っていった。当然である。彼は世にも恐ろしい史上最強の生物兵器なのだから。
 そんな中、二十歳前くらいの男がアレスに近づいてきた。粗末な身なりである。少年と同じ黄緑色の髪で顔立ちもどこか似通っているが、優しげな碧眼だけは全く違うものだった。

「アレス……」

 優しげな男はそっと少年の名を呼んだ。今ではほとんど使われないその名を。
 だが、その柔らかい言葉とは裏腹に、アレスはひどく冷たい目をしていた。短気な彼のことだから、すぐにでも目の前の男を殺していてもおかしくないような殺気を放って。

「馴れ馴れしく呼ぶな。リョウ=レヴァネール」
「馴れ馴れしくって……。俺ら兄弟なんだからさ、それくらい」

 生物兵器である弟の様子にひるまず兄がそう言うと、アレスは不機嫌そうに舌を鳴らし、左腕を刃に変えると、即座にそれを彼の喉元に突きつけた。遠巻きに見ていた人々から小さな悲鳴が上がる。それでも青年の眉は一つも動かず、少し悲しそうな顔をしながらも、澄んだ碧眼はまっすぐに弟を見つめていた。

「黙れ、リョウ=レヴァネール。俺に家族は不要。お前を兄と思ったことは一度たりともない。何度も言わせるな」

 そう言うとアレスは腕を元に戻してその場を後にした。目的地はこの商店街ではない。商店街の先にある国内最大規模の奴隷市場だ。突然の兄の登場という意外な障害があったが、大して時間を割いたわけではない。問題はないだろう。

 一方、残された少年の兄は去り行く弟の姿をずっと見つめていた。うっすらと、誰にも分からない程度だが、その目には涙が浮かぶ。母親は弟を産むと死に、父親もかなり昔に病で死んだ。アレスは彼にとって、たった一人の家族なのだ。だからこそ悲しい。もう何回目の失敗だろうか。ただ一度“兄”と認めてもらいたいだけなのに……。

「アレス」

 つぶやいた言葉は商店街のざわめきに混じり、鉛色の空へと消えていった。


 シアラフ国内最大規模を誇る奴隷市場。元は“カザック”というどこにでもある中規模の町だったが、数十年前から外国人による裏商業が蔓延り、現在に至る。一般のシアラフ人たちは絶対に入り込まない。子供の頃から「カザックには近寄るな」と親からきつく言われているのだ。
 そんな奴隷市場の主な客はこの国の貴族達。もしくは、アレスのような生物兵器である。彼らの目的が何であれ、買われた奴隷達のほとんどは死ぬまで人間らしい生活を送れない。ペットよりもひどい生活の中、死んでいくのだ。もっともそれがこの国、いや世界の常識であるから気に掛ける者は少ないが。

 奴隷市場に着いたアレスはゆっくりと辺りを見回した。薄暗い。それは天気だけの問題ではなかろう。メインストリートの両端にはみすぼらしいござが布かれていて、その上にはずらりと鎖で繋がれた奴隷達が並んでいる。その首には名前と値札。基本的に二十代から三十代ほど、もしくは十代の若い娘が一番高い。それから外れていけば徐々に安くなっていくようだ。
 その奴隷達を貴族と思われる人々が気に入った者を選び出して買う。奴隷は必死で貼り付けた笑顔とともに新しい主人に媚びる。少しでもいい暮らしをしようとでもしているのだろうか。

(どうせ何にも変わらないのにな、いくら何をしたところで)

 ふと、アレスにしては珍しくそんなことを思う。それはもしかしたら他でもない、自分自身に向けた言葉だったのかもしれない。大きく一度息を吐くと、アレスは市場を歩き出した。

「ねぇ、落し物」
 
 ——場違いなほど、鈴のように澄んだ声が聞こえた。
 振り返ると、店の品物である少女がアレスに財布を突き出していた。肌は汚れてはいるが、よく見ると新雪のように真っ白で、腰に届くほどの黒髪は一本に結んでいる。年齢は十三、四歳だろうか。アレスよりわずかに年下のように見える。着ている服は他の女奴隷と同じ薄汚れた茶色の貫頭衣。それから片足にも他の奴隷と同じように鎖でつながれた輪がはめられている。
 しかしそんな中でも、この少女の瞳だけは生き生きとしていた。

「……ん」

 少女の手から財布を受け取ると、今度は落とさないようにしっかりとズボンのポケットの中に入れた。しかし財布は長く留まることもなく、またポケットから落ちる。その様子を見て少女は面白そうに笑った。

「穴開いてるね、そのポッケ。それじゃ落ちるよ。針と糸があれば私にも直せるんだけど」

 その言葉を聞き、不機嫌そうだったアレスの表情が少しだけ明るくなる。もしかしたらこの少女は家事ができるかもしれない。法外な値段でなければ買おう。そう思い、ちらりと値札を見る。そこではっと少年は目を見開いた。

「名無し……?」

 値札と共に下がっているネームプレートには、ただそうとだけ書かれていたのだ。

「あは……私、小さい頃の記憶なくて名前、分からないんだ。だから名無しとか数字とかで呼ばれるの」

 力なく少女は笑う。明るく生きていこうとする彼女の強さと、それでも自分が何者か分からない悲しみが伝わってくる。その様子を見て少年は足元に目を落とした。兵器の彼でさえ名や記憶は持っている。もう一度少女を見た。青い目はまだ優しく透き通っている。

(強いな。現実を諦めて割り切ることもなく……)

 きっかけはそれだけだった。
 強く生きる奴隷の少女。彼女の生き方に憧れに近いものを、アレスは知らないうちに抱いていた。そして、自然と彼の手は財布に伸びる。若い女奴隷だけあって、決して安い買い物ではない。しかし、そんなことはどうでも良かった。そのまま迷わず金を引っ掴み、太った店長に渡した。ただ一言、
「あいつをもらう」とだけ言って。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.4 )
日時: 2011/03/15 18:14
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: tQGVa0No)

 ところどころに返り血を浴びている少年が、白銀に染まった森の中を歩いていく。その姿はまるで絵から切り取って無造作に貼り付けたように、静かな、時間が過ぎていくことすら忘れてしまうほどゆったりとした、そんな森の景色と不似合いであった。
 普通の人が見たら、血がついているというだけでぎょっとするだろうが、これでも昔から見ればかなり量は減ったはずである。彼なりに気を遣って生活しているのだ。
 しばらく進むと、流れの急な川に出た。その前に立つと少年は着ていた黒い服を脱ぎ、ばしゃばしゃと音を立てながらそれを洗い始めた。ついでに自分も川に入り、腕や顔に付いた血を落とす。水温はかなり低いが、生物兵器として改造された彼にとってはたいしたことなかった。
やっと血が目立たないくらいになると、アレスは川から出る。そして体についた水を犬のように飛ばすと、乾いていない黒服を着て、さっさと森の奥へと進んでいった。
 数ヶ月前までは当然のように王宮へ戻っていた。しかし実質追い出された今、その必要はない。帰るべき場所はあのコンクリートの部屋ではなく、王から与えられた山小屋。みすぼらしい家だが、彼はわりと満足している。
 満足している理由。それはなんだろうか? コンクリートの暗い部屋からの解放。静かな場所での生活。
理由はいろいろとあるが、一番はあの少女だろう。
 彼女は、アレスにとって初めての傍にいてくれる“人間”である。いくら自分の帰るべき小屋があってもそこに誰もいなくては昔のコンクリート部屋と大して変わらない。待っていてくれる人がいるから、家に帰る喜びはある。
 少女に名前はなかった。自分で名乗りたいと思う名もないという。だからアレスは傲慢だと思いつつも、彼女に名前をつけた。はるか昔の、神々の大戦よりも昔の、ある神話に出てくる女神から取った名——エリス、と。
 今、彼が生きている理由はエリスにあるといっても過言ではない。返り血を気にしていたのもただ少女に見捨てられたくなかったからだ。今では王よりも国よりも、世界よりも大事な人だけには絶対に……。

「ただいま、エリス」

 アレスは穏やかな表情を浮かべて小屋に入った。玄関には几帳面に揃えたスリッパが置いてあり、先程まで火の側で暖めていたのか、冷えた爪先にじわりとエリスの優しさがにじむ。アレスは右手でそっとスリッパに触れた。自然と優しい笑顔が少年の顔に表れる。王宮にいたころは何があっても——たとえそれが一番心を許していた生物兵器、リューシエであっても——見られなかった顔だ。

「おかえり! もうご飯できるから、ちょっとだけ待ってね」

 小屋の奥から、トントントン、という軽快なリズムと共に明るい声が聞こえてきた。アレスはスリッパに触れていた手を離す。その時、ふと悲しそうな顔をした。暖かさが手から失せたためではない。スリッパに触れて、暖かさに浸っていた自身の手。それは紛れもなく先ほどたくさんの人を殺した手だ。それも“山賊”の汚名を着せられた国の改革を願う志高い人々。
 アレスは今でも自分が人間ではなく兵器だと思っている。それでは何故暖かさを喜ぶのか。その答えがどうしても出ない。
 アレスは一度こぶしを強く握り締めると、何事もなかったように暖かい場所へと歩いていった。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.5 )
日時: 2012/03/10 23:04
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

 素早く分かる(?)前回までのあらすじ
 北端の小国家、シアラフ王国が誇る超人兵士、生物兵器。その中でも歴代最強と呼ばれる少年アレスは規定に従い十五歳になったため一人暮らしに。
 その初日、家事用の奴隷を買いに奴隷市場に足を踏み入れるが、そこには名前のない少女が。
 彼女の強さに惹かれたアレスは、少女を衝動買いする。それから二年が経ち……

 第二章 変革のハジマリ 

 アレスがエリスと出会ってから二年の歳月が過ぎた。十七歳の少年は相変わらず戦場で人を殺し続け、十五歳になった少女はそんな彼をみすぼらしい小屋で一人さびしく待つ。そんな日々の繰り返し。二人ともそれで満足しているのだからそれで良いといえば良い。ただその満足はそれより良い世界を知らないからこその喜びである。それを悲しみと呼ぶか、それでもなお喜びと呼ぶかは人それぞれだろう。
 二年間という時間は長いようだが、実はとても短い。その中で、何か変わることができるかは人それぞれである。もちろん、変わらない者もいるだろう。しかしその一方で、大きく変わる者も、当然のことながら存在するのだ。

 国境近く。常に争いの絶えない場所で、この日も表現するのもおぞましい光景が広がっていた。
 シアラフは三つの国と接している。そのうちのひとつは大国であるものの島国で、海を挟んでいるからここしばらく武力衝突は起こっていない。だが、残る二つは陸続きで、どちらの国とも国境線についてもめていた。その二つの国のうち、特にウル民族区というところとは、少なくとも週に一度は武力衝突が起こっている。
 その戦場である。夕日が出ていた。戦いの結果は様子を見れば明らかである。少年が二人、涼しい顔つきで立っていた。一人は黄緑色の髪、もう一人は美しい銀髪。二人とも腕は刃に変形していて、そこから分かるように、彼らはシアラフの生物兵器であった。

「お疲れ様です、アレス先輩」
「……お前も」

 礼儀正しく微笑みながら言う銀髪の少年。それに対して黄緑色の髪の少年、アレスはぶっきらぼうにそう言うと、自分の腕に付いた血を雪でこすって落としていく。それを見る後輩の目は穏やかだった。彼は彼で薄汚い布を取り出して、自身の腕を清めている。この銀髪の少年、リューシエは元々このように自分の身だしなみには気を使っていた。もちろん生物兵器の中では変わり者と称されている。一方で、隣のアレスはつい二年前までは全く気にしていなかったのだ。理由を聞こうとは、リューシエは思わない。聞くまでもないのだ。

「先輩、この後時間ありますか? ぜひ先輩に紹介したい店があるんですよ」
「また甘い物か?」

 アレスは呆れ顔で後輩を見た。否定をする様子はなく、うれしそうに笑っている。

「悪いが、今日は早く帰りたい。……せっかくだがな」

 今日“は”とアレスは言ったが、それは誤りである。リューシエは幾度となくアレスをいろいろなところに連れて行こうとしている。だが、一度たりとも彼が付いていったことはなかった。

「そうですか、それは残念です……バーティカル大公爵家のレイルリモンド城近くの喫茶店なんですけどね、安いしおいしい。それに最近可愛い子が店番してて……あ、いつかの焼き菓子もここで買ったんですよ」

 楽しそうに語るリューシエを尻目に、“バーティカル大公爵”の名を聞いて、アレスは少し怪訝な顔をした。

「バーティカル、か。あそこも今、大変だろ。反逆罪がどうのこうのって」
「そうですね、大公夫妻も処刑されてしまいましたし……まあ、でも次の当主のロイド様は大層頭のいい方ですから、陛下からの信頼もすぐに回復しますよ」
 
 リューシエは自信満々にそう言うと、腰につけていたかばんから包みを一つ取り出した。ほのかに甘い香りがする。包みは薄い黄緑色で周りはオレンジ色で縁取りされていた。ある有名な平民出身の軍人の死後、およそ十年前からこの国で希望を表す柄とされているものだ。

「先日は夕食をご馳走になりありがとうございました。おいしかったです、と、エリスさんによろしくお伝えください」


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