複雑・ファジー小説

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ノーテンス〜神に愛でられし者〜
日時: 2013/12/20 00:28
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045

 短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
 ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです 

 今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー

 現在第五章悪魔の贖罪
 生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
 一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
 
 大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず

 前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
 一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。

 というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
 カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
 初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
 上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。

 シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
  
 というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、感想大歓迎です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 ウミガメさん
 灰さん
 カケガミさん
 宇宙さん
 夜兎さん
 トリックマスターさん
 メフィストフェレスさん

 目次
 序章 >>1
 第一章 兵器と少女 >>2-4
 第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
     変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
     変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
 外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
 外伝 あの花求めて >>45-47
 外伝 光の中の >>48
 第三章 各国の思惑 >>51-57
     各国の思惑(二) >>58-61
 外伝 反旗の色は >>62-66
 第四章 特別攻撃隊 >>68-73
 外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
 外伝 光のなかの >>80
 第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
     悪魔の贖罪(二) >>88-89

Re: 【あらすじ】ノーテンス〜神に愛でられし者〜【追加】 ( No.66 )
日時: 2012/03/20 01:24
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

 門を抜け、白い道を行くと、そこから見えるスラムはまだ遠くだというのに、リーフの体は強烈な光に包まれた。
 あまりのまぶしさに、リーフは思わず目を瞑る。
 それからどのくらい経っただろうか。おそらく、一分と経ってはいない。光が消え、目を開けると、そこは先程の広場であった。
 時間は皐姫の白い空間に飛ばされた時から、全く進んでいないようだった。兵士たちは彼を取り囲み、武器を振り上げている。兵士の隙間から見える美菜は涙を水色の目に溜めて、わずかに見える青年を凝視していた。
 リーフは短剣を目の前の兵士に向かって突き出す。それは正確に兵士の胸を捉え、兵士は血を吐きながら絶命した。
 しかし、それだけでは終わらない。兵士の傷口から植物の蔓が溢れ出てきたのだ。蔓は一瞬のうちに辺りの兵士の絡みつき、その動きを止める。
 その隙にリーフは高く跳んで包囲を抜けた。跳躍力は以前とは比べ物にならず、蔓といいそれといい、リーフが皐姫からもらった能力はやはり人間離れしたものだった。
 結んだ黒髪が宙を上下左右、鮮やかに舞う。
 スラムの青年は残った兵士を一人、また一人と倒していった。最初に彼を包囲していた兵士たちは、蔓に首を絞められてもう生きていない。

「俺達も……武器を取れ、野郎共! 嬢ちゃんを守れ!」

 リーフのその強さを目の当たりにし、スラムの人々は次々と武器を握って乱入した。
 貴族側から見たらおぞましい虐殺であったが、スラム側から見れば、仲間を救うための戦いだった。そして、リーフはスラムの人々にとっては“虐殺者”ではなく“英雄”。颯爽と現れ、貴族からスラムを守ろうとする義士であった。

 一人の男の反抗から、スラム住人の乱入によって大暴動と化したこの処刑。
 リーフはそれに乗じて、すばやく美菜の元へ走る。すると、この処刑を仕切っていたユビル軍“鷲”、齢六十の老将軍シュラバスが立ちはだかった。
 黒いマントをなびかせる姿は、さすがに威厳がある。長い白髪と銀の髭はスラムの風に流れるが、しゃんと伸びた背がなびくことは決してない。
 シュラバスはしわの多い顔をしかめ、リーフの顔をじっと見つめた。その表情は徐々に困惑の色へと変わっていく。そして、短剣を目にした時、明らかに目の色が変わった。

「あなたは、まさかリーフ様? 何故このような」
「久しいな、シュラバス……よもやこのような形で再び相見えることになろうとは、思いもしなかったぞ」

 シュラバスの問いに、リーフはわざと見下すような口調で答える。その声は冷たく、鋭い殺気に満ちていた。老将軍は、迷いながらも槍を構える。
 彼は、かつてリーフの教育係だったのだ。根っからの貴族主義者で、他民族やスラムを低く見る傾向があったものの、子供のないシュラバスはリーフを実の息子のように可愛がっていた。また、リーフ親子を追い出すと言った義母に、最後までこの老将軍は異議を唱え続けてくれた。
 できるものなら、殺したくないとリーフは思っている。しかし、現実はそう甘くはいかない。ここで彼を殺さなくては、スラムの暴動は収まらない。それどころか、シュラバスを通してリーフのことがカレルに知られてしまう。それだけは、避けたかった。

「俺は、この貴族社会を否定する。全部が間違っているわけじゃないなんて、甘いことは言ってられない。力を手に入れた。俺は、家を、スラムを守る。自分の大切なものは自分で守る!」

 リーフの言葉を、シュラバスは静かに聞いていた。その顔に、怒りの色はない。一度頷き槍を構えたその表情は慈愛に満ちていて、不意にリーフは鼻の奥が痛くなった。それでも、かろうじて涙は流れていない。ただ辛そうに唇を噛んで、師を見つめていた。

「……立派に、なられましたな。しかし、最後に言っておきたいことがあります。このシュラバス、たとえ今あなたに殺されようとも、あなたはいつまでもわしの愛しい教え子です」

 そう言うと老将軍はリーフに向かって槍を奔らせる。だが、皐姫の力を得たリーフに効くはずがない。ひらりと避けて、リーフは深々と短剣を師の首に突き立てた。
 母譲りの碧眼からは、涙が一筋流れる。今まで胸にしまっていた、フィギアス家での思い出と共に。

 シュラバスの死を確認すると、静かに、リーフはのどから短剣を抜いた。血が溢れる。この手で師を殺した。しかし、不思議と後悔はしていなかった。
 これでよかったのだと、リーフは一度スラムの空を見た。雲の合間から見えるのは、老将軍の凛とした目と同じ色の青空。シュラバスは、迷わず天へ旅立てるだろう。
 遺体の横に立ち、リーフは一度軽く頭を下げる。それが、せめてもの追悼だった。
 
「リーフ=フィギアスって本当なの?」

 美菜の鍵を壊そうと、リーフが隣に屈んだ時、彼女は小声でそう訊いた。先程の話はすべて聞いていたようで、複雑な表情で彼を見ている。
 周りに聞こえないような声量で訊いたのは、彼女の気遣いだろう。もし、彼が大貴族フィギアス家の次男と知れたら、このスラムにはいられなくなる。ここを家と考えているリーフにとっては、耐えられないことなのだ。

「忘れてくれ。もうあの家に戻るつもりもない」

 リーフは静かに言った。その頃にはもう戦いは終わったらしく、こちらに人が近づいてくるのが見える。
 開放感溢れる人々の顔。当然だろう。今まで散々虐げられてきた貴族に勝ったのだ。そして、その誇らしい表情の先にはリーフがいる。スラムの名もなき英雄。歓声と共にリーフは立ち上がった。その横にはうれしそうに水色の目を細める美菜がいる。

「今日、この時、この場所が、反ユビルの始まりだ! 俺は今のユビルを認めない。大切なものは自らの手で守る!」

 そう宣言したリーフに、割れんばかりの拍手が起こる。スラムの男も女も、若者も年寄りも、皆リーフを称えて、何人もの追随者が現れる。
 若き指導者はシュラバスの遺体の横に戻り、その槍と黒いマントを取った。そして、その黒いマントを広げ、再び短剣で老将軍の喉を刺し、その血で黒いマントに罰印を描く。それからマントを槍に括り付け、旗のようにそれを高く掲げた。

「俺の名はブラック! そして俺達は反ユビル組織“霧”! 自由が欲しい奴は俺に付いて来い!」

 黒い旗を掲げた反ユビル組織“霧”。それは弱い自分に見切りを付けたいと願った青年の、望みのない反抗から始まった。
 そして、彼らは混濁の世に。歴史の激流の中で彼らが辿り着くのはどこか。破滅か自由か、それとも……


 あとがきです
 ここを書いたのは、二年と幾月か前、でしょうか。書き直しに際して話の内容に手は加えていませんが、読んでいて分かると思います、地の文が、長いんですね。台詞は少なくて……
 何がひどいって、段落すらほとんどつけてなかったんです。
 そんな感じの、外伝、反旗の色は、でした。
 次は予定通り、シアラフに戻ります。最後にシアラフ書いたのって、去年の十月なんですね。お久しぶりです。当時は受験生でした。

 それでは、第四章特別攻撃隊、またお付き合いいただければ幸いです

Re: 【あらすじ】ノーテンス〜神に愛でられし者〜【追加】 ( No.67 )
日時: 2012/03/28 22:45
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: AVqpQU0T)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/175png.html

 何やかんやで参照1000突破!
 ……らしいですね、ありがとうございます^^
 これを機に、というより口実に、皆さんよくやっているキャラとの雑談、みたいなのでもやってみます。憧れてたんです。
 なお、ここに登場させたキャラ設定と本編は基本的に別物です、お気をつけ下さい

 紫「というわけで、まず、人を呼ばねば。とりあえず、主人公アレス、の兄のリョウ、おいで」
 リョウ「……なぜに俺? 普通主人公ってことでアレスかエリスだろ」
 紫「君は小学校の頃に考えたこの物語の原型から設定がほとんど変わることなく、ずっと登場しとるからね。ほら、ゆめたがい物語にも似た人おるやん」
 リョウ「似てるってか、ほとんど同じだろ。リョウかイヴァンかって名前の違いだけで。せめ て外見くらいがらりと変えた方が……」

 紫「細かいことは気にしんといて。というわけで、この物語について、もう少し考えていきましょうか。さっきいったように、この物語は小学生の頃に考えた物語が、原形をとどめないほどの改訂を何度も経て、今の形に落ち着きました」
 リョウ「俺は変わってないけど、設定変わったやつは結構いるよな」
 紫「うん、君以外のほとんど。この前引っ越しで昔のノートが大量に出てきたんやけど、すごいね。書いた本人も忘れとるような有様やったよ」
 リョウ「ティムが料理の達人だったり、な。今はジャガイモの皮すら満足に処理できないのに」
 紫「そうらしいね。あと、エリスが美少女じゃなくてどこから見ても男の子やったり、ユビル軍のカレルがしがない平民の出やったり……よく設定が変わらずに生き残ったなあ、リョウは。中には存在すらなかったことにされた人だって掃いて捨てるほどおるのに」
 リョウ「俺の可愛い部下とかな」

 紫「……それはさておき、シリダクに書いとるゆめたがい物語との関係について、次いきますか。あれは、小学校時代のこの物語の原型から、別の方向に改訂したらどうなるか、ということで書いたんですね」
 リョウ「それと受験で折れそうな何かをつなぎ止めておくために」
 紫「頑張れば入れるって思い込まんと夏つらかったんだもの。そんなこんなで、突然与えられるノーテンスに対して、あちらは強い願いに対して与えられるようにしました」
 リョウ「ようは運命に巻き込まれる能力か、運命を変える能力かって違いだな」
 紫「そんな感じ。そんなわけで、行き着く場所も変わってくるんじゃないかなと。……ぶっちゃけ、ノーテンスがどんな目標の下最後迎えるかは知らんけど」
 リョウ「……中三のときから考えてんだろ、そろそろ結論出せよ。ゆめたがいなんて一年経ってないのに道筋決まってるじゃないか」
 紫「大学、終わるまでには終わらせたいな」
 リョウ「一つくらい完結させろよ。結局バレンシアだって、ツツジの記だって、「ようそろ」だって半ば放棄してるじゃないか」
 紫「大丈夫、少なくともゆめたがいは終わるはずやから、数年後には」
 リョウ「ようそろの時もそんな言葉が……」

 紫「さて、今後の展開についてやけど……」
 リョウ「ストック自体は第一部最終章の二、三章前まで溜まってるんだよな」
 紫「昔の文章で、ね。文章はめんどくさいからおいとくとして、誤字脱字が、もう、あり得んほど多いんだなあ、我ながら」
 リョウ「まあ、大きく変更するところも何カ所かあるみたいだし、まだ当分終わらないな」
 紫「……ふう。生物兵器のリューシエ、あんなに性格ごとかえるんじゃなかった。正反対じゃないか」
 リョウ「地味に、あいつも重要だからな、長い目で見ると。適当にあしらえないってか」
 紫「やれやれ」

 リョウ「そろそろ、ネタも尽きてきたか? 俺はかえるぞ」
 紫「ストップ、まだ一つ」
 リョウ「お?」
 紫「せっかくの1000だよ、今までで初めてだよ……というわけで、アレ、晒すかな」
 リョウ「まさか……」
 紫「……そう、紫の描いた、絵」
 リョウ「やめろ! 早まるな! 美術で無遅刻無欠席無早退無欠課にもかかわらず平均偏差値40なかったのはどこの誰だ!? ここはおとなしくその昔妹に描いてもらった絵をだな……」
 紫「昔の絵なんて上げたら、妹にボッコボコにされちゃうよ。あの子最近すごいムキムキねんよ?」
 リョウ「……中学で砲丸投げ、高校では柔道部。流石だ」
 紫「というわけで、リョウ」
 リョウ「お断りします、これでも設定上端正な顔らしいんで」
 紫「そんな設定、誰も覚えとらんから大丈夫。……まいったね、じゃ、死人に口なし、シンを描くしか」
 リョウ「シン隊長は汚させん!」
 紫「じゃ、身代わりよろしく」
 リョウ「ク……こうなっては、仕方がない。昔シン隊長に似合いそうって日本土産で買ってもらったこの装束を身に着けて……見ててください、隊長、俺は……」

 紫「お疲れ、リョウ。URL見て。若返っちゃった」
 リョウ「画力のなさ故にな、妹に弟子入りしろ」
 紫「……これから、参照100か200ごとに晒そっかな、じゃないと練習せんし」
 リョウ「……また無理なことを」
 紫「ゆめたがいでも、そうするか、練習せんし。よし、あれも400になったところやし早速……」
 リョウ「哀れな後輩たちよ、守れなかった先輩を許しておくれ」
 紫「練習は、大切だよ? 初期の小説たちなんて、今見るとすごいじゃないか、バレンシアとか。彼らは犠牲になったのだ。自分でいうのもなんやけど、あのときよりは、書けるようになったよ」
 リョウ「そりゃ、今まで何してたって話になるからな」
 紫「というわけで、紫の根気が続く限り、ちまちまと描いていきます」
 リョウ「目にフィルターかけて、それらしい絵に変えてください」

 紫「そんなこんなで、ノーテンスも第四章へ。久々の出番やね、リョウは」
 リョウ「つっても中心はアレスとかロイドとかだろ。脇役はつらいねえ」
 紫「動き出したユビル軍、圧倒的に兵数の少ないシアラフ反乱軍。それに対してリョウは最強の生物兵器、弟アレスの投入を決定するが……」
 リョウ「そして俺の出番は……」
 紫「それでは、これからもこの小説とおつきあいいただければ幸いです」

 台本小説の如く書くって大変ですね……

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.68 )
日時: 2012/05/12 00:18
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: AVqpQU0T)

 素早く分かる(?)前回までのあらすじ
 世界一の軍事力を誇るユビル帝国。虎視眈々と狙ってきたシアラフへの勢力拡大、そして日本への軍事行動、様々な要因が重なって、シアラフ反乱へ軍事介入する。
 ユビル帝国きっての大貴族、カレル=フィギアス。生き別れた腹違いの弟を捜し続けて早云年、とうとう弟とスラムで再会するが、母を死に追いやった貴族を恨む彼は、兄と決別する。

 第四章 特別攻撃隊

 シアラフ王国には、バーティカル大公爵家、という一族がいる。
 建国当初から国王家と密接なつながりがあり、国内ナンバーツーの力を持つ名門。特に、彼らの持つ情報収集能力には定評があり、ユビル帝国などの大国も一目置くほどだと言う。
 シアラフ反乱軍はそのバーティカル家居城、レイルリモンド城に本陣を布いている。頑丈な石壁に囲まれた堅強な作り。国内二位の力を持つだけあって威風堂々とした大きな城で、たとえ攻められたとしても簡単には落ちない。

 そんな城の中庭。昼の日差しに、粉雪がきらめいては流れていく。その輝きの中に、三人の兵士がいた。
 一人はリョウ=レヴァネール。先日、人望とそのノーテンスとしての高い戦闘能力が高く評価され、反乱軍総隊長に任命された。
 そして、その横でパンを食べているオレンジ色の髪の少年は、ティム=ウェンダム。かつて世界中に名を轟かせた天才軍人、シン=ウェンダムの弟である。今はリョウの推薦で、反乱軍副総隊長を務めている。
 さらに、そんな二人を見ながら、傍で楽しそうに微笑んでいるのが、シアラフきっての大貴族、バーティカル大公ロイドその人である。弱冠十五歳。反乱には、従兄にあたるアレン王子に従う形で参加している。
 こげ茶の髪は短く丁寧に揃えられていて、目はどこかその第一王子アレンと似た雰囲気の深緑だった。三人は身分差があるものの幼馴染で、昔から互いのことは熟知している。

「ロイド、机にペン」

 パンを食べていたティムが、何かを思い出したように食べるのを止めて、突然意味のよく分からないことをつぶやいた。それに対して、ロイドは即座に意味が分かったようで、こちらも短い言葉でゆっくりと返した。

「夜に」
 
 補足を入れておくと、これは「机の上にペンを置いておいたから、それを使って今度の作戦内容を紙に書いて渡してくれ」という意味のことを言ったティムに、「後で書いて夜にでも、机の上に置いておく」とロイドが答えた、という会話だったのだ。
 もちろん隣にいるリョウには伝わっているが、それ以外の人は分からなかっただろう。幼い頃から共にいるから、言葉をいくつか省いてもこの三人の中で会話は成立する。
 さすがにそういった話癖が付いてしまうと問題だからあまり使わないが、この会話法は意外と戦場で役に立つため、最近は今のように練習を兼ねて言葉を省略することが間々ある。
 三人とも省こうと思えばさらに省けるから、まず敵に会話内容が悟られない。三人にだけ通じる暗号というものも多数存在するから尚更だろう。
 この反乱でリョウ、ティム、ロイドの三人が重宝される理由の一つがこれなのである。
 しばらく三人は先程のような方法で話をしていた。中庭ではその他に何人かの人が出入りしているが、誰も三人に話しかけない。いや、会話に入り込めないのだ。皆、作業が済んだら足早に出て行く。
 そんな中で一人だけ、踏み固められた雪の道を、ゆっくりとした歩みで近づいてくる男がいた。親衛隊隊長を表す王家の紋章を胸につけた、二十代半ばの青年。長い黒髪で、目は堅く閉じられている。三人とも、特にロイドがよく知る人物だ。

「カイさん、こんにちは」

 ロイドは男に深くお辞儀した。切りそろえられた茶髪が、ふわりと宙を舞う。シアラフきっての大貴族だというのに腰が低い。それが、このロイド=バーティカルの一番の特徴だろう。
 カイと呼ばれた青年も、にこやかに礼をする。彼は見ての通り盲目であるが、そんな素振りは一切見せない。さすがに、反乱軍親衛隊隊長を務めているだけある。

「皆さん、お揃いで何より。リョウ、唐突ですが“占い”を報告します」
「何か、あったのか?」

 カイの言葉にリョウは怪訝な顔をする。
 親衛隊隊長、カイ=シキスは武に長けていることはもちろんのこと、さらに占いの名人でもあるのだ。これは彼の一族の特長にも関係があるのだが、この話はまたいずれしよう。
 とにかくカイの占いは外れない。そして、彼がこんな感じに話を持ちかけるときは大抵悪いことなのだ。

「ええ。少しまずいことが起りまして……ユビル軍が、動き出しました」
「……やっぱし、来たか」

 カイの占いを聞いたリョウは、意外にも冷静だった。徐々に雲へ隠れていく日差しを受け、リョウは一度目をつむった。
 予想はしていたのだ。ユビル皇族とシアラフ王朝は古くから同盟関係にある。いくら第一王子が起こした反乱といえども、所詮は王位継承権を持たない王子。認めるわけにはいかないだろう。まして平民中心の反乱となれば尚更だ。
 そして、何よりも、虎視眈々と長年狙ってきた、シアラフに勢力を伸ばすこれ以上ない好機であった。

「指揮官は鷲の紋章、フィギアス家のカレル殿でしょう。総司令長官のハデス=シュレインは今のところ参加していません。これから戦況によってまた変わるとは思いますが」
「最初の部隊はどこに来る? カイさん」
「西の大雪原でしょうね。少なくとも私の“目”にはそう映りました」

 カイが言い終わると、リョウは左手であごに触れ、せわしく唇を動かしだした。声は出さない。これは彼のものを考えるときの癖である。思考法が独特すぎて、さすがのティムやロイドでも、何を考えているのか正確に読み取ることはできない。
 一分と経たないうちにリョウは考えがまとまったようで、あごから手を離し、横にいるロイドのほうを向いた。

「まず、するべきことはユビル軍の第一波から国を守ることだ。ついては精鋭部隊を作ってユビル軍を打ち砕いてもらう。それでロイド、お前はその部隊の副隊長をやってくれ」

 リョウはてきぱきと話し出した。
 まだ若いながらもその指揮能力は反乱軍の中でも随一のものである。あと二十年経てば日本軍の乃木大将をも凌駕する軍人になると、国王軍の将校達に言わせたほどだ。
 その根本にあるのは、幼いころから師であるシン=ウェンダムに叩き込まれてきた戦のいろは。シンもまた指揮能力に秀でた男だった。

「分かりました。ところでリョウさん、隊長は誰ですか?」
「んー、アレスにやらせようかと……」

 アレスは言うまでもなく、反乱軍一の力を持っている。“世界最強の生物兵器”という名が伊達ではないことを、先の戦いでリョウは身をもって感じた。
 敵としてはこの上なく厄介な相手だが、味方となればこんなに頼もしい者はない。そんな弟なら、ユビル軍とも互角以上に渡り合えるのではないか。そう思ったのだ。
 一方、リョウの言葉に、ロイドはひどくショックを受けたような顔をした。いつも温和そうに細めている目は、雲に遮られた光の中でこれ以上ないほどに見開き、口はすぐそれと分かるほどへの字に曲がっている。
 彼がここまで拒絶するのは珍しい。幼馴染のリョウやティムでさえ見たことがないほどだ。

「どうして、僕があんな奴なんかと……」
「ロイド、アレスは……!」

 リョウは弟を弁護しようとするがロイドは「やればいいのでしょう!?」と叫んで、通り道の脇に積もった雪を荒々しく蹴りながら、大股で日差しの弱くなった中庭を後にした。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.69 )
日時: 2012/06/02 22:51
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: AVqpQU0T)

 中庭を飛び出した後、ロイドはずっと城の最上階にある自室にこもっていた。誰かに何度かドアをノックされたのは知っているが、「どうせリョウさんかティムだろう」と思ってひたすら無視した。
 ベッドの上で寝転がって、ただ白い天井を眺める。見慣れた部屋だというのに、なぜか無駄に広く、空虚な空間に感じられた。
 生物兵器“氷心”——直接話したことはないが、ロイドはバーティカル家長子として何度も宮殿で見たことがある。いつも返り血を浴びたまま、無感情な目をして歩いている“モノ”。
 あれは人ではない、とロイドは思っている。戦うために生み出され、人を殺すために生きている“兵器”。
 あの優しいリョウの血を分けた兄弟だとは到底思えない。また、何故リョウがその弟に固執しているのかも理解できない。自分やティムのほうがずっと一緒にいるのに……今に始まった話ではない。そんなことを、ロイドは何年も前からたびたび考えてきた。

「何でアレン様にしろリョウさんにしろあいつを受け入れたんだ? 何でいつ裏切るかもしれない“王の兵器”なんか……」

 気がつくと、外はもうすでに暗くなっていた。数時間ほど寝てしまっていたのだ。
 泣きながら寝たためだろうか。頭痛がする。痛みから逃れるように顔を動かすと、ベッドの横の、優しく微笑む今は亡き父母の写真が充血している目に入った。
 ロイドの両親、つまり前バーティカル大公夫妻は、反逆罪の咎で処刑された。半年前の出来事である。
 父母が処刑されてから、毎日息の詰まるような生活を送ってきた。
 親の仇である国王の反感を買わないよう最大限気を遣い、世界中に放っているスパイたちを統率し、たった一人の妹に寂しい思いをさせないようにできるだけ一緒にいてあげて……と、彼の疲れはピークに達していたのだ。
 ふと写真から目を動かすと、ロイドは机の上に何かが置いてあるのに気づいた。寝ぼけ眼で最初ははっきりしなかったが、どうやら夕食のようだ。この部屋の合鍵を持っているのは今年で五歳になる妹のニノだけ。食堂に現れなかった兄を心配して、小さな体でがんばって持ってきたのだろう。
 起こしてくれればいいのに、と一瞬思ったが、きっとそれも彼女の優しさなのだ。いつも無理をしているロイドをニノはずっと見てきたのだから。

「そういえば、絵本読んであげる約束してたっけ。食事を終えたら、お礼ついでに部屋へ行くかな」

 まだ少しぼんやりとした頭でそう考えながら、ロイドは部屋のランプを一つだけ点けて、机のほうへゆっくりと歩いていった。

 妹のニノの部屋は、ロイドの部屋のすぐ下にある。
 今年で五歳。まだ幼い彼女を心配した幼馴染のティムの妹、サミカが一緒にその部屋を使っている。
 昔からサミカはしっかり者で、目下の面倒を見るのが上手かった。ウェンダム四兄妹の中で唯一戦いの才を発揮しなかった少女だが、そんなものよりもっと誇るべき力が彼女にはあるとロイドは思っている。世界を明るくする力は決して“武力”ではない。まぶしいほどの“笑顔”、それが何より大切だとロイドは考えている。
 妹の部屋の前に立つと兄は一呼吸置いて、軽く二回焦げ茶色のドアを叩く。いくら幼い妹の部屋とはいえども、それくらいの礼儀は必要だろう。ましてや、中には幼馴染のサミカまでいるのだ。気を遣わないと後が怖い。
 誰かが走ってくる音が聞こえたと思うと、すぐに部屋の戸が開いた。目の前には風呂上りなのか、濡れた長めの髪を上のほうでまとめた少女が立っている。ティムと同じオレンジ色の髪に黄緑色の目——サミカ=ウェンダムだ。
 前髪を止めている赤いヘアピンは亡き兄、シン=ウェンダムの形見だという。シンが死んだのは彼女がまだ小さい時のはずだが、それでも兄のことは良く覚えているらしい。

「あら、おはよう。よく寝れた?」

 サミカはからかうような口調で訊いた。そして口元に手を当てて、くすくすと笑う。これはもともと日本の文化らしいのだが、何かでそれを見て気に入ったサミカは、ずっと笑うとそうしている。今では、彼女の大きな特徴の一つだ。

「あー、うん。ごめん」
「何で謝るのよ。まったく、ロイドは……。疲れてるときはちゃんと寝ないとね」

 申し訳なさそうに返すロイドに、サミカはまた笑いながら言った。
 こういう時、しっかりと優しい言葉もかけるのがいかにも彼女らしい。ロイド自身、何度その優しさに救われたか分からないほどだ。
 その時、部屋の奥のほうから小さな女の子が走ってきた。深緑の大きな目をしたかわいらしい子で、明るい茶髪は緑色の髪ゴムでツインテールに止めていた。

「お兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、ニノ。さっきはありがとう」

 ロイドは苦笑いを浮かべながら言った。まさか妹にまで嫌味を言われるとは思っていなかったのだ。ちらりと隣にいる幼馴染を見る。彼女は何も答えない。代わりに右手でブイサインを作って、ぺろりと舌を出していた。

「絵本の約束、覚えてる? お兄ちゃん」

 姉分のいたずらに気付いているか否かは分からないが、ニノは二人のやり取りについて何の疑問も感じず、期待を込めたキラキラと輝く目で兄を見つめて言った。ロイドは苦笑しながら頷く。忘れるわけがなかろう。何しろ、彼はそのために来たのだから。

「もちろん、ニノ。今日は何がいい?」

 ロイドの言葉にニノはうれしそうに笑い、兄の手を握って、部屋のベッドのほうに引っ張っていく。その途中に通った机の上からニノは絵本を一冊手に取った。だいぶ年季が入っているようで所々破れている。これは、二人の父が幼い頃大切にしていた本なのだ。今では形見のようなものでもある。

「お兄ちゃん、あかずきんちゃんがいい!」

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.70 )
日時: 2012/06/19 22:43
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: 0/YvRfBI)

「うん、いいよ。本貸して」

 ロイドがふんわりとした口調でそう言うと、ニノはにっこりと笑った本を手渡し、そのあとベッドに入って寝転がった。ロイドは近くにあった椅子を持ってきてそばに腰掛ける。サミカは用事があるのか、部屋の奥のほうへと歩いていった。
 ロイドは少し低く、また丁寧な調子で読み始める。
 思えばこの“あかずきんちゃん”は、今のロイドの気持ちに答えてくれるものでもあった。
 物語の中であかずきんちゃんは、優しいおばあさんに化けた狼に食べられてしまう。今のシアラフ反乱軍でも、同じことが起こっているのではないか。
 優しいリョウの弟ということで反乱軍に入ってきた、“王の兵器”、氷心ことアレス=レヴァネール。いつか、この狼のように、本性を表して全員食らってしまうのではないかと不安になる。そうして、自分が死ぬと妹は誰が守るのか。サミカはどうなるのか。この国は……と考えていくときりがない。
 ふと気付くと、ニノはもう寝てしまっていた。開いてあるのは狼があかずきんちゃんを騙しているところ。狼が正体を表すところを、今のこの心境で読まずに済んだのは幸いか、と思いつつロイドはベッドの横のランプを消す。

「おやすみ、ニノ」

 頭を撫でると起きてしまうかもしれない。一度伸びかけた手を少し残念そうに引いて、優しくつぶやいてベッドの横から離れた。
 本はいつも枕元に置いていくが、今日はそのまま持っていく。裏切られる夢を妹が見ないように、と自分では思うが、実際はどうだろうか。正確な気持ちはロイド自身、よく分かっていない。何ともいえない気持ちを抱えたまま、ロイドはドアのほうへと向かっていった。

「ロイド、帰る前にお茶でも飲んでいって」

 ドアノブに手をかけたとき、後ろから赤いエプロンをつけたサミカが小さな声で言った。そこから少しだけ見える机の上には、二人分のティーカップと、少し深めの皿が載っている。
 
「ありがとう。それじゃ、少しいただくよ」

 ロイドはそう言うと引き返して、机の前の椅子に腰掛けた。サミカはその向かいの椅子に座る。
 彼女は何かいいことがあったのか、ずっとニコニコとしている。何だろうなぁ、とロイドは不思議に思うが、聞こうとはしない。おしゃべり好きのサミカのことだから、おそらく黙っていても自分から言うだろう。
 ロイドは紅茶を一口飲むと、次は目の前にある皿に入っているクッキーに手を伸ばした。サミカはよく菓子を作るが、いつものものとは違う気がする。もしかしたら、機嫌がいい理由はここにあるのかもしれない。

「ねぇ、ロイド。クッキーおいしい?」

 案の定、サミカは意味ありげな聞き方をしてきた。少し得意げに、それでいて不安げでもあるその目。ロイドにはその理由が分からなかったが、素直ににっこりと頷いた。このクッキーはとてもおいしいのだ。

「いつもと違う気がするけど、どうしたんだ?」
「あのね、今日広場で綺麗な子と知り合ってね、一緒にこのクッキー作ったの」

 サミカは目を輝かせながら言った。その人のことがかなり気に入っているのだろう。サミカはあまり人のことを悪く言わないが、これといって気に入る人も多くはない。そんな彼女がここまで褒める。よほど性格の良い人だったのか、憧れるような人だったのか。

「へぇ、どんな人?」
「あ、“綺麗”って言葉に反応した! ロイドの助平」
「ち、違うよ! ただ君がそこまで言うから……」

 むっとした表情のサミカに、ロイドは真っ赤になって慌てて弁明する。
 事実として、ロイドは美人に反応したわけではない。ただの好奇心だ。しかし、好奇心が身を滅ぼすということを、この少年も十五歳になったのだから、そろそろ学ぶべきだろう。

「本当? ま、いいわ。真っ白い肌に長い黒髪、目はすっごく澄んだ青色をした子でね、エリスちゃんっていうの。なんでも反乱に兵士として参加してるんだけど、この前負傷して今は療養中なんだって」
「兵士か、いたかな? そんな子」

 ロイドは首をかしげる。
 女性の兵士ならたくさんいるはずで、その中で黒髪となるとある程度は絞れるだろうが、それでもまだかなりの数がいる。今は療養中だというから、次の戦いには参加しないだろう。いつか気付いたときにでも探そうとロイドは決めた。
 
「優しい子でね、何であんな子が人を殺せるんだろうって……あ、これロイドにも思ってたのよ。兄ちゃん達も、リョウ兄ちゃんも、優しすぎるくらい優しいのに」

 ティーカップを握る少女の手は少し震え、湯気の立つ紅茶は危なげに波を立てる。赤いヘアピンだけが、明かりの下で煌めいていた。

「サミカ……僕はニノを、サミカを、リョウさんを、ティムさんを、アレン様を、みんなを守りたいから戦ってるんだ。君やニノを理由に人を殺すなんて馬鹿げてるとは思うけど、他に方法が思いつかなかったから。所詮僕はその程度の人間だから……」

 ロイドは目を伏せていった。とてもサミカと目を合わせられない。言ってしまってから後悔すらもする。
 幼馴染である彼女に、嘘はつきたくはない。先程“あかずきんちゃん”を読んだからなおさらだ。だが、それで彼女に重荷を負わせることになったら? そう考えると恐くなる。
 だがそれは結局、人を理由に人の“命”から逃げている自分と向き合うのを拒絶していたとも言えるだろう。
 サミカは、そんなロイドの片手をそっと取った。極寒の地には似合わない、暖かな甘い香りが少年の鼻腔をくすぐる。春の香り。父に付いてユビル帝国に行ったとき嗅いだそれと似ている。いや、それよりもはるかに優しい。たとえ春が来なくても、この国にはそれを凌ぐものがある。それを改めて実感させられた瞬間だった。

「あの子、エリスちゃんも同じことを言ってた。何よりも大切な人がいるって、そのために戦うって。このくらいしか、できないからって……いいなぁ、戦えるって。私は無理。いつもロイドや兄ちゃん達にばっかりそんな役回りさせて、私は傷つくことなくここにいる。ひどいよね」

 幼馴染の手を握るサミカの手は震えていた。力は、その震えの回数だけ強くなっていくように感じる。
 俯いていて顔は見えないが、泣いていることは確かだった。
 彼女は戦いによって、大切な兄を失った。いつも、恐れているのだろう。いつか他の大切な人も同じ道をたどるのではないか。そして、その時はまた最期すら看取れず、ついさっきまで元気だった人の冷たくなった姿だけ見る破目になるのではないかと。それこそ幼い日に死んだ兄のように。
 ロイドは空いている手を、震えている少女の手に重ねた。本当は、抱きしめたりしてあげられたら良いのだろうが、あいにくロイドにそんな度胸はない。ただ優しく手を乗せる。それだけだった。

「笑って、サミカ。君が泣くんじゃ僕は何のために戦ってるんだか分からなくなる。君が笑ってくれさえすれば、僕はどんな戦場でも自分を見失わない。絶対に……君の元へ迷わず帰ってこれる」

 ロイドが言うとサミカは少しだけ顔を上げた。泣き顔に、何とか笑顔を作る。
 見たい顔は贅沢を言うともっと明るいものだが、それでも彼女なりにがんばったのだ。ロイドもそれに答えるように微笑む。

「ありがとう、ロイド」
「どうして? お礼を言うのは僕のほうだよ。これでやっと、決心が着いた」

 幼馴染が何を思って今の言葉を言ったのか、サミカは知らない。知りたいとも思うが、彼女が聞くことはなかった。ロイドが何かを吹っ切れたのなら、それでいい。それだけで十分なのだ。
 ロイドはもう一度サミカに「ありがとう」と言って部屋を出て行った。窓の外では雪が月光を浴びて儚くも美しく舞っている。静かに、音も立てずに。
 そして、夜は次第に更けていく。


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