複雑・ファジー小説
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- ノーテンス〜神に愛でられし者〜
- 日時: 2013/12/20 00:28
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045
短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです
今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー
現在第五章悪魔の贖罪
生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず
前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。
というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。
【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。
シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。
アドバイス、感想大歓迎です!
お客様(ありがたや、ありがたや^^
ウミガメさん
灰さん
カケガミさん
宇宙さん
夜兎さん
トリックマスターさん
メフィストフェレスさん
目次
序章 >>1
第一章 兵器と少女 >>2-4
第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
外伝 あの花求めて >>45-47
外伝 光の中の >>48
第三章 各国の思惑 >>51-57
各国の思惑(二) >>58-61
外伝 反旗の色は >>62-66
第四章 特別攻撃隊 >>68-73
外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
外伝 光のなかの >>80
第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
悪魔の贖罪(二) >>88-89
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.56 )
- 日時: 2012/01/15 23:29
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
しばらくすると、照明の白い光で照らされた校庭から、教室の開いた窓に向かって金属製の筒が投げ込まれた。それはまっすぐと飛龍のほうへと飛んでいく。飛龍はシアラフ反乱軍に関する資料を眺めながら、片手で何事もなかったかのように掴んだ。筒は赤色で“陸上部”と太いマジックで大きく書かれていた。
飛龍はそれを見ると小さくため息をつき、椅子から立ち上がると、窓の外を見た。そのすぐ下では満面の笑みの健太が二階の教室に向かって手を振っている。
彼はこの学校の陸上部部長である。種目は主に短距離とリレー。特に短距離では百メートルで二年生にして全国大会へ進んでいるという実力者だ。ちなみに、今の段階でいくつかの陸上の強豪高校から推薦の話が来ていたが、全て断ったという。その理由が単に「朝早く起きるのが苦手だから」だと言うことを知るのは飛龍と勇一の二人のみだろう。
「飛龍! ユウ! 部活、終わった!」
「ん、分かった、ケンちゃん。今行く!」
飛龍は窓から身を乗り出して大声で返す。そして出していた勉強道具等を片付け、教室の戸締りを済ますと、勇一と共に足早に教室を出て行った。
靴を履き替えて玄関を出ると、前にあるコンクリートの通り道で健太が座ってストレッチをしていた。他の陸上部員はもう帰ってしまったらしい。健太以外は目立った成績を残していない部活だから、そこまで活発に活動していないのだ。顧問は国語教師。その上、練習スペースも野球部とサッカー部にグラウンドの大部分を占拠されているため、情けで使わせてもらっている隅のほう。とても恵まれた部とは言いがたい。
そんな中で彼はどうしてそんな実力を持つのか。答えは簡単だ。浅川健太と二人の日本軍エース、天宮飛龍と乃木勇一は小学校の頃からの親友である。昔から三人でしていた遊びは鬼ごっこ。健太は一般人。それを、ノーテンスとしての能力を持つ二人が追いかけ、追われる。そんな日々が浅川健太というどこにでもいる少年に俊足を与えたのだ。
玄関から出てきた飛龍たちを見ると、健太は一度大きく伸びをして立ち上がった。
「ケンちゃん、お疲れ。バトンはどうする?」
飛龍はねぎらいの言葉をかけながら、先程彼が投げた金属製の筒を差し出した。
「持って帰るよ。どうせ誰も使わないだろうし」
そう言うと健太は側に置いてあったかばんの中にバトンを入れた。教科書等は教室に置いてきているのか、黒い学生かばんは平らでとても軽そうだった。
勇一はそれを見て思わず呆れ顔になる。しかし深くは追求しないで、代わりに、「それはそうと、ケンちゃん。今年は全国行けそうか?」と訊いた。
「たぶん行ける、ユウ。今年こそは入賞してやるさ」
「そうか。がんばれよ。シアラフの反乱でもしかしたら見に行けないかもしれないけど……」
勇一は残念そうに言った。今、彼は“もしかしたら”と言ったが、本当は“たぶん”のほうが正しい。かなりの高確率で飛龍や勇一はそろそろシアラフへ軍人として行くことになる。それが分かっていても“もしかしたら”を使うところが彼らしいと言えば彼らしい。
三人は校門を出て、古い用水に沿ってしばらく歩いた。すぐ横には柳が植えられていて、夜風がさらさらとその長い髪をさらっては落とす。その繰り返しの中、曲がり角を左へ行くと、商店街の小奇麗なアーケードが見えてきた。健太はこの商店街に、飛龍と勇一はその先に住んでいるのだ。
アーケードを抜け、中心部に差し掛かったところで、健太の家の前に着いた。彼の家は八百屋であることは先にも述べた。約八十年続く老舗で、町中の人々から愛されている。だからこそ、長男である健太が店を継がないと言っていることで、たびたび親子喧嘩が起こるのだ。
「あら、飛龍君、ユウ君。いい所に来たわね」
店の前で三人が他愛もない会話を繰り広げていると、店番をしていた健太の母親がニコニコと笑いながら近づいてきた。その表情は先程、学校の校庭で笑っていた健太にそっくりで、何とも不思議な気分になる。
もっとも健太にそれを言っても認めないが。
「こんばんは、おばさん」
飛龍と勇一は礼儀正しく頭を下げる。どこか軍隊風のその礼は、平和なこの商店街には不向きだった。
「はい、こんばんは。今日ね、新しいパフェが完成したのよ。よかったら食べていって」
「いただきます!」
気前のいいその言葉に、飛龍は間髪いれず、うれしそうに答えると、小走りで店に入っていった。一足出遅れた勇一と健太も後に続く。
この八百屋がたくさんの客に愛される理由の一つが“特製パフェ”の存在なのである。健太の祖父に当たる店長が市場から選りすぐりの食材を仕入れてきて、それを浅川家秘伝のレシピをもとに調理する。その味は都会の高級レストランを凌ぐとまで賞され、知る人ぞ知る名スイーツなのである。
作ってもらった新作パフェはやはりとてもおいしかったようだ。店は継がないと意地を張っている健太も頬を緩ませて食べている。ここの料理は、どこか優しい味がする。それが高級レストランとの差の一つだろう。現在、飛龍にも勇一にも母親はいない。だからこそ、このパフェの味がよりいっそう感じられるのかもしれない。
浅川家の人々にお礼を言うと、二人は人通りの少なくなり始めた商店街を、さらに奥へと進み始めた。口の中にはまだ先程の暖かい味が残っている。
反対側のアーケードを抜けると、続く道はわずかに街灯で照らされている程度であった。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.57 )
- 日時: 2012/01/21 00:11
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
門番に軽く挨拶をして、二人はいつも通りに門を潜っていく。途中、この手の屋敷にありげな壮大な出迎えなどは全くない。この家には先程の軍から派遣された門番以外の使用人はいないのだ。
その理由は主に三つ。
まず一つ目はこの家の主、日本軍大将乃木光一が身の回りの世話を他人にしてもらうのを毛嫌いしていること。己を鍛えるには自主自立。それが彼のモットーなのである。
二つ目は、この家には日本の機密情報が至る所に隠されていること。それらが少しでも外に出ては国の存亡に関わるのだ。
三つ目はこの家の同居人、天宮飛龍のこと。彼はあの天宮大虐殺の唯一の生き残りである。事件から何年も経った今でも、誰がどこで飛龍の命を狙っているか分からない。昼間なら襲われてもそれなりの対処はできる。彼はノーテンスで、日本でもトップクラスの実力者なのだから。しかし、寝込みを襲われたらどうか。おそらく黙って殺されることはないだろうが、それでも危険だ。その他にもさまざまな事件が容易に想像できる。
飛龍たちは屋敷に入って靴を履き替えようとした時、普段この時間帯にはないはずの靴が置いてあることに気付いた。丁寧に磨かれた皮のブーツで、持ち主の几帳面さを表すように、ほんの少しもずれることなくきれいに揃えられている。
「父さん、今日早いな」
「だな。いつも日付が変わるかどうかくらいにならないと帰ってこないのに」
飛龍と勇一はどちらが言うでもなく顔を合わせた。そしてお互いに小さく頷くと靴を揃えるのも忘れて、二階にある光一の書斎へ走っていった。
この屋敷は外から見ると和風だが、中はほとんど洋風である。乃木家は昔から日本軍で要職を務めてきた名家で、この屋敷は築百年を越す。先々代までは部屋の作りも純和風だったらしいが、先代当主は和風の暮らしを嫌い、屋敷を大改築し、今のような不可解な構造をしたものになったという。
現当主乃木光一はあまりその手のことに興味がないため、当分はこの外見和風、内装洋風は変わりそうにない。しかし、勇一は父親と違ってある程度の不満を感じているから、次の代で屋敷は和風か洋風かそのどちらかに決まるだろう。
階段を上り、長い廊下をひたすら進んでいくと、突き当たりに大きな扉がある。そこが件の書斎だ。かばんを廊下の隅に置くと、勇一が戸を静かに叩く。すると「おかえり。入れ、二人とも」という低い声が扉の向こう側から聞こえてきた。
「ただいま!」
二人はドアを開けると同時に言った。書斎はそれなりに広く、学校の教室くらいあるだろう。ただ置いてある本も多いから実際はそれより小さく見える。
そんな書斎の奥のソファーに、軍服を着た中年の男が座っていた。その落ち着いた雰囲気はどこか勇一と共通するところがある。ただ茶髪には白いものが混じり、それが勇一にはない貫禄を醸し出していた。
「ま、座れ。二人とも」
光一はそう言いながらソファーの前のテーブルにあるティーポットを取り、あらかじめ出しておいた二つのマグカップに紅茶を注いだ。砂糖は片方だけに入れる。そしてソファーに座った二人の前に置いた。
飛龍はすでに砂糖が入っているというのに、さらに追加している。彼が大の甘党であることは、二人とも昔から知っているため厳しくは言わないが、冷めた視線だけは——無駄とは知りながら——しっかりと送っていた。
「何かあったの? 帰ってくるの早いみたいだけど」
紅茶を一口飲むと、勇一が父に訊いた。口調こそは砕けていたが、その目は親子としての会話というには真剣すぎるものだった。飛龍もすぐにティーカップを置いて姿勢を正す。
「ユビルに動きがあってな、一週間後にはシアラフ遠征部隊を派遣することになった。で、ここからが大事なんだが……。まず、飛龍はこの隊の隊長。副隊長は桐原准将だ。知ってるだろう? 俺の同期の」
「はい。先日も父さんの慰霊碑の前で会いました」
「そうか。慰霊碑とは、また奴らしいな……。あと勇一はこの軍の部隊長。最後に飛龍、お前は中将に昇格だ」
光一の言葉に飛龍は顔をしかめる。しかし、口答えはしない。居候ゆえの肩身の狭さといったところであろうか。その様子を見て光一は一度ため息をついて飛龍の左肩に手を乗せた。
「分かっているな? お前は天宮家当主。本来ならもう軍のトップである“元帥”の地位にいなくてはならないんだ。それをお前がまだ早いというから、口うるさい政治家達を黙らせているというのに」
「すみません。……ところで、この戦いで日本はユビルと戦うんですよね? てことは俺にとっては弔い合戦に等しい。必ず勝ってきます、おじさん」
飛龍は先程までの渋い顔を一変させる。彼の言葉に勇一も賛同するように頷いた。ユビル帝国を倒すことは、二人がかつて交わした約束なのだ。
忌まわしき天宮大虐殺——それによって飛龍は親類一同を、勇一は天宮家の分家出身であった母親を失っている。“憎むこと”で二人とも大切な人の死を乗り越えることができたといっても過言ではない。
そんな二人を見た光一はもう一度ため息をついた。ただし今度は先程よりも深く、表情も優れなかった。
「憎しみからは憎しみしか生まれない。それではいつまで経っても世界は争いに塗れたままだ——と、まぁ、理論では分かっているのだが、それでも俺は妻や親友を殺したあの国を許すことはできない」
光一はそう言うとソファーからゆっくりと立ち上がった。そして一呼吸、間をおいて二人のほうを向いた。意外にも晴れ晴れとした顔をしている。
そして、それから彼が言った言葉は天宮飛龍、乃木勇一の二人にとって、どんなに辛い時でも輝き続ける道標となった。
「だが、お前達は違うだろう? 俺と違う視線から世界が見られる。いつか、お前達が見る未来を俺にも見せてくれ。憎むことしかできない俺に」
若き日本軍のエース、天宮飛龍と乃木勇一。これからの世界変革の中で二人の幼馴染は何を見て、何を創るのだろうか。それを知る者はいない。だが、信じている者はいる。彼らがいつか世界を良い方向に導いていく、と。
若い頃は鮮明に見えていたはずの輝いている世界。今はモザイクの向こう側でただ立ち尽くしているだけ。
老いた変革者は若者に希望を託し、もう一度かつての夢を見ようとする。今度はほんの少しだけ、鮮やかな色に見えた気がした。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.58 )
- 日時: 2012/03/10 23:35
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
素早く分かる(?)前回までのあらすじ
十年前起こった天宮大虐殺。それによって両親と幼い妹を殺された日本の少年、天宮飛龍。そして、その乳兄弟で、同じく母を殺された乃木勇一。
二人の少年は、天宮大虐殺の黒幕、ユビル帝国への報復を心に誓い、生きてきた。
そんな中で、ユビル帝国がシアラフ反乱に軍事介入することが決まり、日本はそれに対抗して反乱軍側として軍の派遣を決定する。
第三章 各国の思惑(二)
かつて起こった大戦。それによって、世界はどうしようもなく破壊されたという。
伝承によると、川という川が干上がり、森という森が焼かれ、植物すら生えない不毛の地になってしまったらしい。戦いに勝った神々は頭を抱えた。これではやがて滅びてしまう、と。
結果、神々は力を合わせ、世界を再生した。その過程で変わった世界の理は数え切れないほどあるが、その中でも特に大きく変わったものが世界地図である。
大陸移動説というものを知っているだろうか。「大戦時、六つあった大陸はそのはるか昔、一つの巨大な大陸(パンゲア)を形成していた」というものだ。大戦後、神々が世界を再生する際に強大な力を用いたため、副作用として大陸が動き、そしてバラバラになっていた大陸は、大陸移動説のパンゲアのような一つの大陸になったのだ。
一つの大陸といくつかの島で構成されているこの世界。島は東側の中緯度地域に多く、そのあたりは全て日本の領土になっている。
北には今反乱が起こっているシアラフ王国。
また南には多数の民族からなるダルナ連合と、そこから五十年ほど前に独立した、草原の民が住むウル民族区がある。ただし、ダルナ連合は現在西の大国ユビル帝国の属国となってしまっているため、ダルナの各民族に実権はない。
そのほかにはここ数年で突如ユビル帝国とウル民族区、そしてダルナ連合の国境付近に現れた“死の砂漠”や大陸の中央に聳え立つウル山脈など、大戦前とは似ても似つかない世界になってしまった。
ユビル帝国首都ホークテイル。その都市の中心部には各省庁などが並び、また人通りも多く、シアラフ王国のような田舎とは比べ物にならない。その町には、当然のことながら、国防の要であるユビル軍本部がある。まるで世界一の軍隊としての栄光を見せびらかすかのように今日も偉そうに踏ん反り返っていた。
そんな大きな軍本部の横に、ひときわ目立つ豪邸がある。
日本の天皇家や天宮家と同じ世界五大家の一角、フィギアス家の屋敷だ。現フィギアス家当主は二十八歳のユビル軍副司令長官カレル=フィギアス。五歳のときにノーテンスの印が現れてから、一族の期待を一身に背負い、軍人としての英才教育を受けてきたエリート軍人である。
屋敷の奥にあるカレルの部屋。ベッドと机、そして本棚とゴミ箱。それからクローゼットと椅子が二つあるくらいで、先程記したような経歴の人間の部屋だとはとても思えない。ただ一つ一つ注意深く見ると、全てが最高級の家具で、やっと少しだけ納得できる。
そんな部屋の机を挟み、向かい合うようにして、二人の男が座って話をしている。一人は黒髪で紫水晶のような色をした目の青年——カレルだ。生真面目そうな顔つきは生まれつきなのか、相手が何を言っても変わることはめったにない。その真面目さは髪形にも表れているようで、坊主頭とまではいかないが、かなり短く切っていた。
「……ハデス様。日本軍が動くそうですね」
カレルは目の前の男に敬称を付けて言った。このことについては少し前、国内でかなり問題視されていた。フィギアス家当主が平民上がりの人間に“様”を付けるのは何事か、と。
しかし、カレルはそれらの意見を一蹴した。目の前の男——ハデス=シュレインは幼い時から彼の目標だったのだ。
ハデスのようになりたいから如何なる訓練も耐え、どんな悲しみも涙一つ流さず堪えてきた。そう、全てはハデス=シュレインのような強い人間になりたかったから……
「ああ。誘いに乗ったな。コウも」
ハデスは机の上のコーヒーを一口飲んで言った。
ちなみに先程の彼の言葉に出てきた“コウ”とは、日本軍大将乃木光一のことである。ハデスと光一、そして天宮飛龍の死んだ父親、隼人は若い頃からの友達だったのだ。かつては共に夢を語り合い、同じ未来を心に描いていた。
「天宮飛龍。彼もシアラフに来るのですね。せっかく助かった命。軍に入らず幸せに暮らせばよかったのに」
「そうだな。……恨んでいるか? 天宮大虐殺を引き起こした俺のことを」
ハデスはふとそんなことを訊いた。そして、もう一度コーヒーに手を付ける。しかし、長い髪がカップの中に入りそうになり、ハデスは面倒そうな表情で白のゴムをポケットから出して、荒々しく髪を後ろで束ね始めた。
「なぜ、私がハデス様を恨まなくてはならないのですか?」
カレルは手に持っていたペンを素早く回しながら、静かな口調で尋ねた。
窓から入ってくる日差しが、少し強くなる。
ハデスは無言で椅子から立ち上がり、薄いカーテンを閉めた。そして、カレルに背を向けたまま先程の青年の問いに答えた。
「お前の母親は天宮出身だろ? 俺はお前の母の死の黒幕だ」
「知っていますよ。そんなこと。大体母は父が死ぬと私の腹違いの弟を家から追い出したり、気に入らない女官を独断で辞めさせたりしていましたからね。正直嫌いでした」
カレルは相変わらず冷静な表情で、背を向けたままの師に言った。
たしかに、彼の母であるかつての日本軍大将天宮隼人の姉、香織についてはいい噂を聞かない。傲慢で、世界は自分を中心に回っていると信じているような女であったとさえ言われている。
もっともそんな彼女も天宮大虐殺で無残な最期を遂げたが。
「しかし、五大家の一角の天宮家を潰したんだ。同じ五大家として何も思わないのか?」
ハデスはカレルのほうを向いて言った。顔はゆがんでいたが、それ以上弱みを見せることはない。錯乱して、壊れそうな自分を何とかして抑えようとしているのは、長い付き合いのカレルにはよく分かる。
カレルはペンを置いて立ち上がった。そして、ハデスの横に立ち、カーテンを開けて外を見る。窓の向こうには美しい庭園と、壮大な軍本部が広がっている。また身を乗り出すと、ここホークテイルの町並みが見えた。今日もたくさんの人々が笑顔で歩き、この町を作っていく。
カレルはハデスのほうを向いた。珍しく微笑を浮かべている。その表情といい、纏っている空気といい、かつての自分とそっくりで、ハデスは一瞬言葉を失った。
「だから飛龍を生かしたのでしょう? 天宮家を完全に潰さないために。感謝しています。ハデス様。……あの時点で天宮大虐殺を起こさなくてはならなかった理由は、分かっています。友好条約は一部の政治家たちの意見でしかなく、あのまま行けば、ユビル国内で大暴動が起こることは間違いありませんでした。そして、それは世界を巻き込んだ戦いになるでしょう。それを起こさないためには、友好条約を破棄するしかなかった、そうですよね?」
カレルの言葉は若い頃のハデスと同じだった。聞こえはいいが、所詮はきれいごとでしかないただの言い訳。戦いを起こしてしまったのは事実。結果大勢の人間を殺し、この日本とユビルの冷戦をさらに深刻化させたのもまた然り。そして今、ユビルと日本は戦争を起こしつつある。
ハデスはそっと若い弟子の頭に右手を置いた。そして、すぐに椅子に掛けてあったコートを取って、部屋を出て行った。
扉の前で、弟子への願いを囁いて。
「俺の背中ばかり追うな。俺のようにはなるな。お前は、正しく生きろ。誰より、誰よりも……」
それが彼に届いたか、ハデスは知らない。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.59 )
- 日時: 2012/02/01 23:35
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
師が部屋を出て行った後、しばらくカレルはこげ茶色のドアを見つめていた。後は追わない。いや、追えなかった。いつもそうなのだ。触れられる距離にいるのに、寸前のところで消えてしまう。まるで最初からなかったかのように。“孤高の戦士”——それがハデス=シュレインの若い頃の通り名だが、四十代後半になった今でも、それは変わらないようだ。
開けたままだった窓から、音を立てて風が入ってきた。机の上に置いてあったペンが転がって、床に落ちそうになる。カレルはドアを見るのを止めて、ゆっくりと窓を閉めた。
すると、ちょうどハデスが門を潜っていくところが見えた。カレルは少し複雑そうな表情をしたが、すぐにいつもの生真面目な表情に戻す。そして、ワイシャツの胸ポケットに先程の愛用しているペンを入れ、机に立て掛けておいたシャムシール(一メートル弱ほどの湾刀)を持って部屋を出て行った。
大理石の玄関まで辿り着くと、そこには懐かしい顔があった。
扉をちょうど開けたところだったのだろう。無精髭を生やした、筋骨隆々の男。顔立ちはまだ若々しさを留めていて、青い瞳は旧友を前にして朝日を受けた湖畔のように輝いていた。
「ダラン! いつダルナから帰ってきたんだ?」
カレルの真面目そうな顔は、めったに見ることができない満面の笑顔に素早く変わった。目の前の男、ダラン=フェーレルは、カレルにとって親友と呼ぶことのできる数少ない人間なのだ。同じ夢を持ち、同じ未来へと目指して、共に進む友。夢が夢だけに、なかなかいない存在であった。
「つい数刻前だ。植民地軍もシアラフに出すと言うからな。すっ飛んできた」
ダランの言う植民地軍。それは読んで字の如く、ここユビル帝国の植民地である、ダルナ連邦から民を召集して構成される部隊だ。司令官は代々殖民相を勤めてきたフェーレル家当主。つまり、この場合ダランのことである。かつてはどの部隊よりも扱いが難しく、実戦でも大きな爆弾を抱えているようなものだったが、当主がダランに代わってから、融和策などが功を奏して、実戦でも十分に使える部隊に成長していた。
「ダルナの情勢はどうだ? たぶん主力は植民地軍になるだろうし」
「悪くはない、が、捨て駒扱いしたら俺も言うこと聞かないからな」
軽い冗談を言うように軽い調子で笑うダラン。それはカレルなら自分達を見捨てないと言う、絶対的な自信があるからこその言葉であった。
彼の思いの通り、カレルは「もちろんだ」と言うように笑いながら頷く。見捨てるわけがない。そんなことをしたら、カレルの“願い”は主柱から崩れるのだ。
「中に入れよ、ダラン。茶くらい出すから」
「いや、いい。今日はお前に紹介したい人たちがいるから、それで来ただけだ」
ダランはそう言うと、扉の外に顔を向けて、「こっち来いよ」と手招きした。すると少々遠慮しながら、ゆっくりと若い女性が二人彼の一歩後ろに立った。二人ともさらさらとした黒髪に、真っ青な大きい目をしていて、顔立ちも体格もよく似ている。服装は派手ではないが、質のいいものを纏っていた。
「妻のレイラとトゥラだ」
紹介すると、二人とも深々と礼をした。その表情はかわいそうなほど緊張で固まっている。このユビル帝国では一夫多妻が公的に認められていて、そのためダランも二人の妻を娶ったのだろう。
カレルはその礼に答えて、その場に合った夫人に対する略式の礼をした。
「奴隷兵士出身者を妻にしたとは聞いていたが、彼女たちか」
「ああ。フェーレル家直系は俺しかいないからな。そろそろ娶らないとなって思ってさ」
そう言うダランに、カレルは何か言いたげな表情を向けていた。
「何だ、未だに独身主義者には何も言われる筋合いはないぞ」
「……いつか言ってた、奴隷兵士の少女は諦めたのか?」
ポツリと口にした親友の疑問に、ダランはどこか遠くを見るような目をした。一瞬だが、妻達の表情も曇る。ダランは後ろのことなので気付かなかったようだが、それを見逃さなかったカレルは心底まずいことを言った、というような顔をした。
そんなカレルの表情の変化は見えていなかったようだ。ダランはぼんやりとした目つきのままでつぶやく。
「諦めちゃ、いないさ。今日も、これから奴隷商人のところに行ってくる。……ちょうどお前が弟のことを諦めらんないみたいなもんだな」
最後のほうだけ、微笑んでいた。妻達も元の緊張した面持ちに戻っている。
カレルは答えない。答えない代わりに親友と同じような微笑を浮かべた。
「じゃ、俺らはこの辺で失礼するよ。今日こそ見つかるといいな、カレル」
「ああ。お前もな」
簡潔な別れ挨拶。それだけだった。もうすぐシアラフの出会うことが分かっているからだろうか。いや、そうではない。ただ言葉を並べる必要がないだけだろう。
ドアを開けたまま、カレルは出ていった親友とその妻達の後姿を眺める。何か言葉を交わしているようだが、距離があることと、話している言葉が母国語であるユビル語でなかったため、その内容までは分からなかった。
ただ、分かるのは生粋の貴族と奴隷出身という垣根なく、楽しげに話しているということ。
親友の姿が見えなくなった頃、カレルはようやくドアを一度閉めて、近くのハンガーにかけておいたコートを取った。着崩すのが今風のスタイルであるが、根が真面目なカレルはそのようなことはしない。きっちりと一番上までボタンを留めると、再びドアに手をかけて、先ほど親友が通っていった石畳を歩いていった。
- Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.60 )
- 日時: 2012/02/05 23:27
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
屋敷を出てカレルはしばらく通りを歩く。護衛は一人もいない。周りは付けるように口うるさく勧めるが、彼にとって護衛は邪魔なだけである。所詮は自分より弱い者。いても役に立たない。それどころか、むしろ足手まといに等しい。さらに、仲間を見殺しにできるほどカレル=フィギアスは器量な人間ではないのだ。
「カレル君!」
洋服屋の前を通った時、カレルは店からちょうど出てきた女性に声を掛けられた。買い物袋を抱えた黄緑色の髪の美しい人。年は三十代前半くらいだろうか。彼のよく知る人であるが正確な年齢は聞いたことがない。
「シンシアさん。お久しぶりです」
カレルは丁寧に挨拶をする。シンシア、と呼ばれたこの女性は青年の師、ハデスの妻なのだ。年の差はそれなりにあるはずだが二人とも仲睦まじく、おしどり夫婦と評判が高い。五歳になる娘がいるのだが、今日は一緒にいないようだ。
「カレル君、非番? もうそろそろシアラフに行くんでしょう? 大変ね」
「大丈夫ですよ。我らユビル軍は常勝無敗ですから」
カレルは自信を持ってそう答えたが、女性の表情は暗くなった。
彼女は結婚前、軍に所属していた。“戦女神”と称されたその鮮やかな戦いは、いまだカレルの頭からは離れない。退役する時、周りはもちろんのこと、シンシアもひどく悲しんでいた。そんな彼女が、ユビル軍の話題を出して気分を悪くするだろうか。
カレルは困った様子で女性を見る。すると、それに気付いたようにシンシアは話し出した。
「あまり人には言いたくないけど、私ハーフなのよ。ユビル人とシアラフ人の。しかもユビル人の母がシアラフで死んで、しばらくしてから父はシアラフ人と再婚してね。腹違いの弟がシアラフにいるの。しかも、今反乱軍に参加しているわ」
「そう、ですか。……名前は分かりますか? できる限りのことはします」
カレルはメモ帳とペンを取り出しながら訊いた。しかし、シンシアは首を横に振った。悲しそうな微笑を浮かべながら。
「気にしないで。私はユビル人よ。そんなこと考えるべきじゃないのは分かってるから。……それより、カレル君。今日も、スラムに行くのよね。腹違いの弟さんを探しに」
「ええ。あいつが母に追い出されてからかなり経ちますが、諦められなくて……」
そう言うとカレルは恥ずかしそうに頭をかいた。
弟を探し始めたのは、天宮大虐殺で母が死んだころから。もう何年も経つ。死んでしまったのではないかと、彼自身、もう何度思ったことだろうか。だが、いざ止めようと思うと、昔の楽しかった思い出が蘇る。それが、体を強引に動かすのだった。
「諦めちゃだめよ。私とは違うのだから」
「はい……」
カレルの周りにいる人間はいつもこうである。諦めるなと、そればかり言う。
ぎこちなく頷くカレルを見て、シンシアは満足そうに笑った。カレルも少しだけ頬を緩める。
「気を付けてね。最近ユビルの貴族を狙った犯罪集団がいるらしいし。何だっけな、たしか——」
「——“黒霧”」
「そうそう、それ。それじゃね、カレル君」
シンシアは片手を振りながら街角に消えていった。
残ったカレルは伸びをしてもう一度歩き出す。町の裏側にあるスラム街に向けて。
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