複雑・ファジー小説

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ノーテンス〜神に愛でられし者〜
日時: 2013/12/20 00:28
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045

 短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
 ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです 

 今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー

 現在第五章悪魔の贖罪
 生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
 一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
 
 大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず

 前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
 一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。

 というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
 カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
 初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
 上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。

 シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
  
 というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、感想大歓迎です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 ウミガメさん
 灰さん
 カケガミさん
 宇宙さん
 夜兎さん
 トリックマスターさん
 メフィストフェレスさん

 目次
 序章 >>1
 第一章 兵器と少女 >>2-4
 第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
     変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
     変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
 外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
 外伝 あの花求めて >>45-47
 外伝 光の中の >>48
 第三章 各国の思惑 >>51-57
     各国の思惑(二) >>58-61
 外伝 反旗の色は >>62-66
 第四章 特別攻撃隊 >>68-73
 外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
 外伝 光のなかの >>80
 第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
     悪魔の贖罪(二) >>88-89

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.76 )
日時: 2012/10/16 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: pLX6yJWV)

 ティムの言う喫茶店は、反乱軍本陣レイルリモンド城ほど近く、徒歩十分の場所にある。
 今は亡き前バーティカル大公、つまりロイドの父が贔屓にしていた店で、紅茶についてはシアラフ一と評されるほど。元は平民向けの店であるから値段も良心的で、バーティカル領内、特にリョウたちの故郷である風の村から多くの客がやって来て、日々賑わっている。
 
「いらっしゃいませ! て、あれ? ティム兄ちゃんに、エーリスちゃーん!」

 ドアの鈴を鳴らしながら店に入ると、すぐにオレンジ色の髪をしたピンクエプロン姿の少女が二人を出迎えた。大きな黄緑色の目はエリスに向いていて、楽しそうにキラキラと輝いている。大好物を前にした子供のよう、と言ったところか。エリスの手を握りうれしそうに飛び跳ねていた。

「何だ? サミカを知ってるのか? エリス。知り合いはいないとか言ってたような気がするんだけど」
「だって、サミカちゃんがどこで何してる人か知らなかったもん」

 エリスが言うや否や、サミカは握っていた彼女の手を引っ張り、にぎわう店内を小躍りで抜けていき、奥のテーブルへと連れて行く。いや、“連行”という言葉のほうがしっくり来るかもしれない。彼女は基本的に礼儀をわきまえたしっかり者であるが、一度羽目を外すと完全に周りが見えなくなるのだ。
 今がまさにその典型で、もう一人の客である兄のことなどお構いなし。ただエリスと話したい。一緒にいたい。その気持ちだけで行動していた。

「いやー、会いたかったよ、エリスちゃん。もう傷は大丈夫?」

 テーブルに案内しても、彼女が仕事に戻ることはなかった。後で聞いた話だと、この日はもともと午前中だけで、午後からは休みを取っていたらしい。全ては、一度だけ会って、一緒にクッキーを作り、それから音沙汰なしの、彼女曰く“親友”を探すため。
 しかし、その予定も良い意味で崩れたので、今日は親友に張り付いているつもりらしい。

「うん、ありがとう。でも、サミカちゃんがティムさんの妹さんなんてびっくりしたよ」
「んー、私もエリスちゃんがティム兄ちゃんの彼女さんってのに、ねぇ?」

 妹の、そんな言葉に兄は飲んでいた水を吐き出しそうになる。何とか気力で踏み止まって飲み込んだが、その後は苦しそうに咽ていた。
 国民の希望、シアラフ反乱軍副隊長ティム=ウェンダム。戦場で輝かしい実績を残し、国王軍からは恐怖の的とされている軍人は、実は妹の言葉一つで音を立てて崩れ去るのであった。

「サミカ! 違う! 違うから! エリスはただリョウ兄から明日まで預けられただけで、ほら、な」
「そうだよ、サミカちゃん。ティムさんが私とそういう関係な訳ないでしょ」

 必死で否定するティムと、その隣で何事もなかったかのようにさらりと返すエリス。
 少女はそのまま水を飲み、少年は少しうな垂れる。その様子を見ていた妹は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。それは先程のリョウと似ていて、果たしてリョウがサミカに似たのか、はたまたサミカがリョウに似たのか。いやはや、幼馴染とは恐いものである。

「兄ちゃん、ドンマイ! 紅茶奢るよ。可哀想だし。あ、もちろんエリスちゃん“には”ケーキ付けるね!」

 サミカは兄の肩を強く叩き、オレンジ色の髪を踊らせながら、厨房へと入っていった。嵐が去ったとでも言うべきか。テーブルには初めて平穏が訪れようとしていた。
 しかし、そう思った通りにことは進まない。サミカが席を立った後、入れ違いのように二人のテーブルに人が来た。
 少年二人。シアラフ人ではない。一人はおそらく日本人だろう。茶髪は好き勝手な方向にはねていて、冷静沈着な表情からは知性が見え隠れする。……ただし、何故かエリスを見て少し顔を赤くしているが。
 そして、もう一人。彼は、何人とも言いがたい。ユビル系の白い肌でもあり、日本人らしい顔つきでもある。だが、鼻の形はシアラフの気があり、ダルナ連合やウル民族区らしい髪質と言ってしまえば、そうかもしれない。黒髪で、好奇心溢れる表情で二人を見ている。その目は深い青色だった。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.77 )
日時: 2012/10/17 11:58
名前: メフィストフェレス ◆6tU5DuE3vU (ID: nOs1EgCw)
参照: ご挨拶に参りました、悪魔でございます。

 お久しぶりです。元・伯方の塩でございます。
 以前から拝見させて頂いており、今ようやく読み終わりました。

 色々と申し上げたいことはあるのですが、一言で言わせて頂くのなら、「感動」です。ここまで見事に、壮大に物語を書けるとは。
 それでいて分かりやすく、理解するのに苦労した、なんてこともなく読めます。文章力だけが全てではない! という良い例かと。

 カキコ内に、何人か同名の方がいらっしゃいますが、私にとっての紫様は、紫様だけでございます。(何を言っているのか、さっぱり分かりませんよね。すみません)

 更新、心待ちにしております……と言うと、プレッシャーをかけているみたいですが、それでも心待ちにしております。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.78 )
日時: 2012/10/23 22:59
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

 こんばんは、ご無沙汰してます

 全部読んでいただいたとは……おつかれさまです、とにかくだらだら長い物語になってしまい、作者もうーんと思っている次第なので、すごくありがたく思います。
 なにぶん付き合いの長い物語なので、いろいろなことが増えて増えて増えて、収集がつかなくなりそうで怖いのですが、何とか、頑張って、読んでくれる人がいる小説を目指して精進していきたいところです。

 ハンネ、我ながらよくありげな名前ですからね。何度か変えようと思ったのですが、たぶん今後のこのまま突き進んでいくんだろうなと。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.79 )
日時: 2012/10/26 00:03
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/761png.html

「あんたが、エリスか。それから天才軍人シン=ウェンダムの弟、ティム=ウェンダム」

 顔色を、何事もなかったかのように戻して、茶髪の少年が最初に口を開いた。外国人にも拘らず、きれいな発音のシアラフ語を話している。
 よく見ると、胸元には日の丸の印。それから、いくつかの立派な勲章も輝く。おそらく、シアラフに昨日到着したと言う、日本軍の人間だろう。
 隣の、黒髪の少年も勲章を付けている。ただし、その数は明らかに茶髪の少年より多く、それなりの地位にあることを示していた。

「俺は日本軍少佐、乃木勇一。後天性のノーテンスだ。隣のは天宮飛龍。中将で、同じく後天性のノーテンス。よろしくな」

 シアラフ語でそう言って、まず黒髪の美しい少女に手を差し出す乃木少佐。それに応じて、エリスも柔らかな微笑みを浮かべながら、その手を握り返す。

「私を、知ってるの?」

 握手を終えて、出した手を引っ込めながら、エリスは乃木少佐に尋ねた。シアラフ語では、なかった。驚くことに、それは不自然さの欠片もない日本語。
 その場にいた三人は、驚いてこの美しい少女を見る。特にティムは、先程彼女の生い立ちを聞いたばかりだった。
 奴隷は普通、教育を施されない。知識というものは、奴隷の利用者にとって邪魔なだけなのだ。それなのに、何故彼女は日本語を知っているのか。少年は、はねるオレンジ色の髪を右手でかき回した。
 彼の考えていることが分かったのだろうか。エリスは、白い手を机の上で組むと、真顔で話し出した。

「私ね、一度聞いたことのある言葉なら、どこの言葉でも話せるの。たぶん、これが私のノーテンスとしての能力なんだと思う。……ところで、勇一君と飛龍君は友達か何かなの? 上司と部下ってわけじゃないよね」

 泣く子も黙る日本軍エースに“君”付けとはまたエリスらしい。もしかしたら、二人がどれほどの地位にいるのか知らないだけかもしれない。だが、聞く人が聞いたら、勇一についてはどうとして、飛龍の場合、卒倒しかねないだろう。何せ彼は、世界五大家の一角、その当主なのだ。
 もっとも、件の二人がそれについてとやかく言うことはない。むしろ、心から気に入っているようだ。特に、勇一はいつもの冷静沈着といった堅い顔を崩して、喫茶店の甘い香りの中、年相応に茶色の瞳を輝かせた。

「俺のことはユウでいいよ。みんなたいていそう呼ぶから。で、飛龍と紫水——飛龍の五歳で死んだ双子の妹な——と俺は乳兄弟って奴さ。分かりやすく言うと、飛龍は俺の親友で、紫水は俺の、ディスティニー!」
「え?」
 
 喫茶店の真ん中、日本語で、勇一は大々的に宣言した。ここはシアラフだから、その言葉が通じたのは飛龍とエリスしかいない。幸いといえば、幸いだろう。
 だが、意味の分かってしまったエリスは、突拍子もない彼の発言に大きな碧眼を丸くしている。“ディスティニー”——つまり“運命”。
 しかし、先程勇一は飛龍の妹、紫水が死んだのは五歳の時だと言った。たった五歳の少女に対して“運命”。一体どういうことだろうか。
 飛龍は聞き慣れたことのようで、澄んだ碧眼をやや曇らせ、苦笑いを浮かべながら親友を見ていた。

「ユウ君って……ロリコン?」

 一言。ただ一言だけ、エリスは引きつった笑顔を貼付けながら、目の前にいる同年代の少佐に声を浴びせた。言葉は人を破滅させる。そのよい例であり、勇一は真っ赤になって口を開いた。

「な! 違う、失敬な。目を閉じて想像してみろ。十五歳になった彼女の姿を。目は何にも変えがたく美しい碧眼。髪は良かった、兄に似ないで艶やかな——」
「——悪かったな、手入れがなってなくて」

 堅い髪質で、怒髪天を衝く、という高度な髪型はできない。
 代わりに、眉間にこれでもかというほどしわを寄せて、飛龍は勇一を睨んだ。
 補足しておくと、髪については、ただ手入れがなっていないのだ。飛龍の母親は、その髪の美しさで、時の日本軍大将天宮隼人に見初められた人である。相応の扱いをすれば、彼の髪も輝くはずなのだが、何とも勿体ない話だ。

「戦ってる姿なんてぞくぞくするぜ。天宮の力を解放して、髪は日の光に輝く純白。鮮やかに刀を振るう姿はまさしく女神! ヴィーナスも何でも裸足で逃げ出す! ああ、俺のヴィーナス!」
「おい、ユウ。その辺にしとけ。エリスが引いてる。……悪いな、妹が絡むと手の付けようがないんだ」

 飛龍は申し訳なさそうに言うと、別世界を旅している本来優秀な乳兄弟の脳天に、一度拳骨を入れる。大きな音がした。痛そうだ。手加減はしていなかっただろう。
 勇一はむっとした顔をして飛龍を睨み、そして、間髪いれずに彼のわき腹を人差し指で刺した。見た目は大したことなさそうだが、実はこれが結構効く。獣のようなうめき声を上げて、飛龍は膝をついた。

「大丈夫? 飛龍君」

 エリスは蹲ったままの飛龍を見て、心配そうに声をかけた。日本語がわからず、黙っていたティムも、さすがにまずいと思ったのか、シアラフ語で勇一を宥めている。
 飛龍は「大丈夫だ」とでも言うように、右手をひらひらと頭上で振り、大きく息を吐くと、テーブルクロスのかかった机の角を掴んで立ち上がった。

「ねぇ、飛龍君。さっきユウ君が言ってた天宮の力って何?」

 話題を変えようとしたのか、エリスは特に何も考えずに、そんな疑問を口にした。一瞬だけだが、勇一の表情が曇った。ティムの話を聞き流し、幼なじみへとただ目を向ける。

「天宮の力? あー、一族の直系に伝わる力だよ。理論は分からないけど、とにかくすごい力が出せるんだってさ。特徴としては髪が真っ白になること。父さんやじいちゃんは使えてて、妹も三歳の時から使えたな。あいつは天才だったから。俺は……未だに無理だけど」

 飛龍は、早口ではあったが、丁寧に答えた。
 “天宮の力”——それが使えて、初めて天宮家では一人前とされる。つまり、飛龍はまだ半人前。彼が天宮家当主として、日本軍元帥の地位に就こうとしない理由の一つがそれだ。
 もし妹が生き残っていたら、何も問題はなかっただろう。たとえノーテンスであろうとも、それだけでは認められない。天宮に相応しい者か。用はその問題なのである。

「ま、所詮俺は神様からすりゃ、紫水の代わり。ノーテンスの印だって、全部そうだから、半人前で当たり前ったら、当たり前ではあるだろうけど……さて、暗い話は終わりだ。じゃ、俺ら次は親衛隊長殿に会ってこないとまずいから。どこにいるか知らないか?」

 ふいに、窓から明るい日差しが入ってきた。わずかな雲の晴れ間である。

「えーと、ちょっと待ってね」

 エリスはシアラフ語でティムと話し出した。彼女は件の親衛隊長が誰なのかすら知らないのだ。
 それに対して、ティムはよく知っているらしい。「ああ、カイさんか」と黄緑色の瞳を光らせながら、その特徴からよくいそうな場所まで、事細かに話した。
 それを勇一は、メモを取りながら聞いている。良いことだ。彼の最大の弱点は人名覚えであるが、改善の努力があるなら捨てたものではないだろう。

「ありがとな、お二人さん。じゃ、またいつかな」
「ああ、また会おう。ユウに飛龍」

 突然やってきて、嵐のように去っていった二人の日本軍エース天宮飛龍と乃木勇一。シアラフ反乱軍にとってはこれからの希望というべき戦力。
 しかし、実はそれだけでは終わらない。シアラフ反乱軍の主戦力と日本軍の二人。動き始めた一つの歯車は、またひとつ、また一つと動きを生み出していく。
 そして全ての歯車が揃ったとき、歴史は大きく動き出す。それが破滅への動きか、あるいは何か別のものか。動き始めた今では、まだ知りようがない。大切なのは“歯車が徐々に集まってきている”ということ。
 光差す喫茶店では、甘い香りが漂っていた。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.80 )
日時: 2013/02/25 23:47
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: YSxnKZLO)

 外伝 光のなかの

 反乱軍特別攻撃隊副隊長補佐官のコウタ=ドレイルが、人づてによる呼び出しを食らったのは、かの戦闘の謹慎が明けてすぐ、軟禁されていた部屋から一歩出たその時であった。
 
「日本軍の、天宮中将がお呼びです」

 そう言ってきたのは、日本軍の若い兵士であり、シアラフ人に話しかけているのに、ためらうことなく日本語を使っていた。
 コウタの顔色が変わる。思わず、腰に下げている刀のつばに触れた。それは、困惑とも、嬉しさとも、また悲しみとも取れる表情であった。
 一度うつむくと、青年は顔を上げ、青い目にわずかばかりの影を落としながら、

「了解いたしましタ」

 と、発音に若干の不自然さはあるものの、丁寧な日本語で返答し、足早にその場をあとにした。
 そうして、一人城の中庭へとやってきたコウタ。雪の中で葉をつける木々が、両脇で腕を広げている。そんな場所で、先客の姿を確認し、その碧眼に、先ほどよりもさらに濃い影を浮かべた。

「呼び出して悪かったな。どうしても、君と話がしたかった」

 除雪が行き届き、きれいにならされた白い地面。そこには、黒髪をわずかな風に揺らし、澄んだ碧眼で微笑みかける少年が一人。日本語に、相当位の高い将校姿、そう、世界五大家の一角、天宮飛龍その人であった。
 コウタは、ただ黙って天宮中将の元へと歩いていく。吹き抜けである中庭は確かに寒い。だが、そうはいっても、シアラフ人ならば気にならないものである。
 にもかかわらず、コウタの足はガクガクと震え、唇は紫色に変色していた。

「や、たいした話じゃ、ないんだ」

 明らかにおびえているシアラフ人の青年の様子を見て、天宮中将は慌てて自分の顔の前で手を振り、努めて明るくそんなことを言った。もちろん、今度も日本語である。寒さ故か、少し滑舌が悪かった。
 中将から五歩離れたところで、コウタは立ち止まった。そのまま深々と、直角に腰を曲げて礼をした。依然として、一言も言葉を発しようとしない。

「君の刀のつば、そこにあるのは細輪に桜、天宮家の紋だな」

 問い質すような口調ではなかった。昼の日差しが中庭に降り注いで、あたりの雪と合わさって美しさを増し、木々の葉は蒼くきらめく。その中で、中将の言葉は柔らかく、碧眼は嬉しそうに輝いていた。
 そんな光から目を背けるように、コウタは下を向く。そして、そのまま雪の上に片膝をついて、今度は日本の伝統的な礼を天宮家当主に捧げた。

「飛龍様、こうしテ、お会いできるとは、夢にも思っておらズ、いまでも、信じられません。祖父の母が、天宮本家の出で、わたくしは、分家としテ、このシアラフに移住したその子孫でス。このようニ、日系三世とナれば、もう、日本人らしさモ、失われてしまイましたが」

 頭を下げたまま、コウタはシアラフ訛りの日本語で言った。そして、わずかに顔を上げる。雪国育ちの白い肌の上に、どこか日本人らしい低い鼻。だが、それでも、その天宮家分家出身の青年は、シアラフ人らしさをより多く身にまとっていた。

「君も知っての通り、天宮家はかの大虐殺で本家はもちろんのこと、数多の分家も壊滅した。この異国の地で、縁の者と出会えてとても嬉しい」
「もったいなイお言葉、でス」

 寒さに頬を紅潮させながら、嬉しそうに血縁者と語る飛龍。
 それに対して、やはりコウタの表情は優れなかった。青色の短髪に、はらはらと粉雪が降り立つ。そして、消えていく。
 その繰り返しの中、再び天宮家当主からの言葉が降ってきた。

「他に家族はいるか? ぜひとも会いたい」

 あきらかに、青年の表情が陰った。碧眼を歪めつつも、それでも前を向く。そして、唯一の共通点である青い瞳を交差させながら、コウタは口を開いた。

「あいニく、反政府運動ニ身を投じた父は殺され、母モ病で……」
「すまない、悪いことを、聞いたな」

 コウタの言葉に、はじめて、飛龍の目には影がよぎった。そして、どこか暖かな、そんな色も。同じく肉親を失った同情と言えば簡単だが、天宮家についてはそれだけではない。
 要するに、分家でありながら虐殺を逃れたドレイル家に対して、飛龍がやっと心を許せたのだ。

「イえ……飛龍様」

 続く言葉を、コウタは言えなかった。
 伝えるべきことがある。だが、本家の辿った、もっと言うと、本家の姫君、飛龍の双子の妹にあたる、天宮紫水の最期を知っているからこそ、口から出てくるのは言葉ではなく、ただの白い霧であった。

「どうした?」

 飛龍は、どこにも暗さのない、純粋な口調で尋ねた。中庭に降り注ぐ日差しが、わずかに強くなる。影はよりいっそう黒く、二人の存在を示しだした。
 落ちていく粉雪。ゆっくりと、その影の中へと消えていく。
 コウタは、その場に、力が抜けたように正座をした。

「実は、妹がイまス」

 やっとのことで、それだけを言った。

「そうか!」

 その言葉に、飛龍の碧眼は、昼間の海のようにきらきらと輝く。
 それに対して、コウタは、正座したまま、額を冷たい雪に押し付けた。肩は震え、歯ぎしりする音だけが響く。

「イえ、イました。何年モ前に、口減らシで、遠くの町ニ、捨ててきマシた」
「口減らし……」

 分家の青年の発した言葉に、飛龍はただ呆然と、オウムのように繰り返すだけだった。
 日本では、口減らしで幼子を捨ててくるなどということは、まずあり得ない。万一家計がそういう自体になっても、社会保障や慈善団体でバックアップする体制が整っているのだ。
 単に、ユビル帝国への復讐という理念だけでやってきたシアラフ。だが、当のその地では、それこそ、生きるための革命が進んでいる。
 若き中将は、一度、懸命に葉をつける木々に目をやり、それから、粉雪舞う空を見上げた。

「すみマせん、申し訳ありマせん、ぼくタち一家は、本当ニ惨いことを、ごめんなさイ、ごめんなさイ……」

 壊れたからくり人形のように、謝罪の言葉を発し続ける青年。次第にその言葉は、日本語からシアラフ語へと変わっていく。ここにいない、誰かへ向けたその言葉。しかし、それは粉雪のように、現れてはすぐに消えていった。

「妹さん、名前は、何と言ったんだ?」

 飛龍は、自身も同じように雪の上に両膝をつき、青年の肩に手を当てて聞いた。ずっと続いていた、小刻みな震えが止まる。
 コウタは、真っ赤に充血した碧眼を上げた。

「ツユと、イいました。我が家ニ伝わる二つの家宝、そのウちの一つの、ペンダントを首ニかけさせて、お兄ちゃん、ちょっと用事がアるからな、ちょっと行ってくるかラな、待っテろなって……」
「前、向こうな。前向いて、歩いていこうな。それしか、できないんだ」

 これは、同じ痛みを持つ者同士の、そんなある昼下がりの一場面。
 本家の当主に肩を叩かれ、コウタは日差しの中で立ち上がる。
 光の中の、一人の青年。そして、運命の戦いは否応なく始まる。
 その、前日のことであった。


 あとがき、のような何か
 外伝二つでした。一つは喫茶店での話、もう一つは天宮家の話。
 前者は昔からありましたが、後者は書き足しました、急ピッチで。文章、荒いですね。でもいい加減、次の話にうつりたかったので。
 と、いいつつ、次の話はがらりと変えないと、何だろう、この無謀感……
 そんなわけで、第五章悪魔の贖罪
 生物兵器との全面衝突が始まる。アレスは、リューシエは、そして……
 そんなノリで、以後もよろしくお願いします。


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