複雑・ファジー小説
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- 神様とジオラマ / 一周年&完結しました
- 日時: 2014/09/15 10:54
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: NegwCtM0)
曖昧になる視界。恍惚としながら、暖かい場所に飲まれていく感覚。柔らかくて、甘くて、哀愁を含んだ声。
私はきっと忘れない。
目次
序章 全ては我らが神の為に
>>1 >>2 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10
第一章 逢魔(オウマガ)
◇「世界は案外猫に優しい」
>>11 >>12 >>13 >>14 >>15
>>11-15
◆「面影と感覚」
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27
>>18-26
第二章 黎明(レイメイ)
◇「虚偽の神様」
>>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
>>28-40
◆「名のない湖」
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49 >>50
>>41-49
第三章 彼誰(カハタレ)
「神と屍」
◇ >>51 >>52 >>53 >>54 ◆ >>55 >>56
◇ >>57 >>58 ◆ >>59
◇ >>60 >>61 ◆ >>62
>>51->>62
「終息」
◇ >>63 ◆ >>64
>>63-64
終章 創世記
>>65
(◇:夕月 ◆:露木)
*
ジオラマ/diorama
1 立体模型。ミニチュアの人物や物と背景とを組み合わせ、ある場面を立体的に現すもの。
2 遠近法を用いた背景画の前に人物・動物などの立体模型を置いて照明し、窓からのぞくと現実の光景のように見えるようにした装置・見せ物。幻視画。
はじめまして。お久しぶりです。玖龍もとい、あまだれです。頑張ります。
ちょっと硬めな文章がかけたらいいと思います。
・能力ものです
・神話や宗教っぽいことが含まれます
・ちょっとぐろいかも
ご注意ください。
試行錯誤しながら、ちょっとずつ書いていきます。
消したり変えたりが頻繁に起こりますがご了承ください。
また、一度ぜんぶ書いてしまってから書き直しを何度もする予定なので文章の質、雰囲気等その時によって違います。
コメント、アドバイス歓迎です。ほしいです。お願いします。
スレたて(2013/9/10)
*
補足
○キャラクタ
・夕月/yuugetu
服装:ゴスロリ寄りの少女服 常にモノクロ
容姿:身長は低い 黒髪で長さは肩にかかる程度
年齢:推定十代前半
補足:黒い傘を持ち歩く 紅茶はアールグレイが好き
・御影/mikage
服装:細身のスーツ姿 ワインレッド、ダークグリーンなど黒に近い色を好む
容姿:長身で手足が長い 蜘蛛に似ている 髪は黒に近い茶色で耳にかからない程度
年齢:推定二十代後半
補足:どこか奇妙
蛇足:名前は 神の影→御影
・露木/tuyuki
服装:シャツ、カーディガン、カーゴパンツなど カジュアル寄りでカラフル
容姿:身長は金堂より高く御影より低い 髪は明るい茶色で耳が隠れる程度 やや長め
年齢:推定二十代前半
補足:印象は好青年 慎重かつ冷静であり、見た目にそぐわず頭が回る
蛇足:名前は 北欧神話のロキ→露木→ツユキ
・金堂/kondou
服装:黒いパーカーにスウェット 金の刺繍が入っている 安っぽい
容姿:身長は少し低め 髪は短く金髪 目つきが悪い
年齢:推定十代後半
補足:思考回路が単純で感情論で動く ちんぴらではあるが彼を慕う者は多い
・吉祥天/kissyouten
服装:ピンク色とオレンジ色のサリーのような布を巻いている
容姿:身長は露木と同じくらい 髪は胸くらいまであり黒髪
年齢:推定二十代後半
補足:エメラルドのピアス 紫の煙が出る煙草を吸う 妖艶
露木が名付けた
蛇足:名前はラクシュミの仏名から
・音無/otonasi
服装:白いワンピースにヒールの低いパンプス
容姿:身長は金堂より少し小さい 顔は金堂の好み 髪は方につく程度 やや茶色
年齢:十代なかば〜
補足:綺麗な声を持ち表情が豊か 人に好かれる
・樹/ituki
服装:青いパーカ ベージュの膝下までのズボン スニーカー
容姿:背が低い 黒い髪は耳にかからない程度
年齢:一桁後半
補足:しすこん
・帝釈天/tensyakuten
服装:一般的なセーラー服の上に赤いマント 狐面
容姿:耳にかからない茶色がかったショートへア
補足:病人 ベッドから動けない
蛇足:名前はインドラの仏名から
○街
・中央街
赤いレンガを敷き詰めた道 舗装された道路 洒落た店が並び洋風の建物が連なる
真新しく綺麗 富裕層〜中間層が住む 面積はごくわずか 路地を少し抜ければスラム街へ出る
・スラム街
中央街を丸く囲むように広がる貧民街
ゴミ、血、汚物がこびり付く道 ひび割たアスファルトを枯れた雑草が埋める
○仕事
「世界の平穏を保つ」と唱えて平穏を脅かすものを間接的に消す 殺すことはしない
方法は人により様々 大抵は能力を使っているが戦闘技術に自信があれば物理攻撃
チームを組むもの個人で行動するもの様々
御影が一人で中枢を担い問題や情報や戦略を伝える
○人々
・能力を持つもの
出生時に確率で能力を持てる 総人口のごくひと握りと予想される
能力者に共通して幼少期の記憶がない
能力者の中には知らず悪い方向へ使っていたり意図的に悪用する者がいる
よって「平穏を保つ行為」はほぼ同士打ちと言える
見た目の年を取らない 不死
・能力を持たないもの
親が居て成長をしてきた一般的な人間 ときに被害者 ごくまれに加害者
人々の多くが神を信仰する そして常に幸福感を持っている
成長をする 老いて死ぬ
至って平和に暮らしている 特筆すべきではないので描かれないがきちんと存在する
・見分け方
上記に記してはあるが詳しく
はじめの記憶 つまり生まれた時の記憶が既に成長した状態であれば高確率で能力者であるといえる
- Re: 神様の戯れ事 / 一章おしまい ( No.17 )
- 日時: 2014/02/09 11:26
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: TcM2SN2X)
*
「それで、この猫を僕にどうしろって?」
御影は私の手の中で小さくなって眠っている子猫を見て言った。
案外あっさりした彼の態度に少々驚く。家に入れてもらえない覚悟でチャイムを押したのだが。
私は、口を開いた。起こったこと、自分が考えていることを話そうと思った。
けれど、彼は満足に説明もさせてくれない様子だ。
「いいよ、知ってる。……猫は、明日僕がなんとかしよう。ここで飼うわけにもいかないし、ね」
*
額に冷たい空気を感じる。
私が目を覚ましたベッドの中、体を起こすと毛布の中に猫があった。凍てつく冬の朝、子猫の体温はとても暖かかった。私は背を撫でる。泥のついていた毛も、綺麗になってすやすやと眠っている。
私はベッドの中に子猫を置いたまま、寝室を出た。
「やあ、おはよう」
「おはよう……ああ」
ふと見た御影の手には爪の跡がたくさんあった。私は察する。たぶん、彼が猫を洗ったのだろう。何と声をかければいだろう、考えた末、
「お疲れ様」
そう言った。
「大変だったよ、猫ってみんな水が嫌いなの? 昔うちにいた猫もそうだったんだけどさ」
「さあ」
「それに、僕は嫌われてるみたいだ。ほら」
私は指を指されて後ろを振り返った。きちんと閉めたはずのドアをわざわざ開けて、猫は私の足に体を摺り寄せている。私のほうが懐かれているのは、事実らしい。当然かもしれない。御影からは悪人オーラが出ているのだ。
「でも残念だね。うちでは猫は飼えないよ、経験から言って」
少し残念だけれど、彼がそう言うのなら従わざるを得なかった。私は居候だし、彼の言葉には時々嫌に説得力がある。経験は偉大である。また、便利な言葉だ。
*
御影と私が猫を連れて訪れたのは、昨日と同じ吉祥天の建物だった。
私は扉の前で足を止めた。彼女に会うのは、どうしても気が進まないのだ。気分が悪くなってくる。建物の中のあの独特なにおいが鼻の奥から戻ってきて、吐き気を催す。俯いて鉛のごとく動くまいとする私の足に、子猫は暢気に体を擦り付けている。きっとこの猫も彼女に会って、あまりいい気はしないだろう。
けれど御影は私の手を引き、彼女の前まで連れてきてしまった。
「あら、いらっしゃい」
相変わらず、薄暗い部屋。後味の悪い色味も空気も、そのままだ。
吉祥天はパイプをくわえ、紫色の煙を吐き出して微笑んだ。
「ツケ、払いに来てくれたの?」
御影はなんと言おうか少し迷ったらしい。随分不格好に間を置いて言った。
「……いや、……君、猫は好き?」
「どうして?」
彼女は中々、意地の悪い顔をしている。私は、自分の足の後ろの猫の気配を注意深く確認した。大丈夫だ。気づかれないように、深呼吸をする。
「もしかして、彼女の後ろに居るその子猫、私に持ってきたんじゃないでしょうね?」
「……可愛いでしょ?」
すっと背中に寒気が走り、私は気がつく。猫がいない。猫は吉祥天の膝の上、喉を鳴らしていた。無表情に子猫の頭を撫でる彼女の姿が、またくるくる混ざっていく感覚に落ちる。たまらず彼女から目をそらした。
「……ツケはこれでちゃらでいいわ」
彼女は言った。子猫が鳴いた。
*
「いや、びっくりしたよ。彼女は猫が好きなのかな」
街路に薄く被った雪を踏みながら、帰路を辿る。
意外だった。想像をしてみる。謎に満ちた胸糞悪い彼女があの可愛らしい無垢な子猫へ笑顔を向けている。大変違和感がある。人は見掛けに拠らないものだ。
「彼女は気に入らない人間には厳しいけれど、動物で、しかも好きときたらきちんと面倒を見られる人だ」
「そうかもね」
「そうさ。僕の人を見る目によると、ね。心配はしなくていい。会いたくなったら会いに行けばいいよ」
「……それは遠慮したいけれど」
午後のゆったりした空気が流れる街。すっきりとした青色の空が遠く広がっている、小春日和。
世界は案外、猫に優しい。
- Re: 神様の戯れ事 ( No.18 )
- 日時: 2014/03/22 21:14
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
◆「面影」
それはまた随分と奇妙な邂逅であった。
君に、いきさつを語ろう。
御影は経験を積んで来いといった趣旨でつらつらと出てくる適当なことを言い、マンションを半ば強制的に追い出した。俺と金堂はまた、家々の峯の間をあてもなく歩いていた。
*
昼下がり、白い街の中。響く、二つだけの足音。
絵のような街に似つかわしくない不満を、金堂は隣でぶつぶつと吐き出している。
「具体的に物を話せっつうんだよ」
「うん」
具体的に、を何度か、それから彼の名前の読みが、あれはオカゲだろうということを何度か、そしてその他。金堂の口から、不満はどんどん出てくる。
相槌を打ってはいるものの、俺自身、それほど御影を嫌っているわけではなかった。
印象は悪く奇怪な男だが、雰囲気は至って平和的である。またすることは何もなく、時間はいくらでもあるように感じる。散歩も、彼の言う経験を積む事も俺にとって億劫ではなかった。
けれど金堂はそうもいかない様子だ。彼は暇になると死ぬような種族なのだろう。素敵な比喩の小説も、きっと彼には理解できまい。
そう、それから。
彼の尽きることのない文句を適当に流しながら歩いていると、ふと言葉が止まったのだ。俺もすぐに、彼が口を開いたままだらしなく指す指の先を見て、その理由を知った。
なんと形容するべきか。
実態はないのに気配はある。描いた、空虚な妄想のような。あるわけがないと分かっているのに、やけに重い。
アスファルトに、黒々とした影だけが焼き付いて。
「これか」
掠れた声、呟いた。これか、経験というのは。
その影には、光を遮っている身体はないようだったが、じっと、こちらを見ているような視線を感じる。視線だけでない。影の形からか、特有の神秘的な雰囲気からか、俺の目にはするりとひとつの像が映っていた。
白い、大きな帽子。纏ったワンピースの透明感。明るい茶色の長い髪をなびかせて、彼女はそこに立っていた。
俺がぼうっと見つめていると、彼女は軽い足音を響かせて、走りだした。曲がり角の向こうへ、消えてしまう。駆け足で追いかけ同じ角を曲がっても、彼女はもうそこにはいなかった。
後ろから追ってきた金堂を振り返る。彼は口をぱくぱくさせて、一生懸命に言葉を伝えようとしていた。
届かない。すべての音が消え、透き通るような冬の空と彼女の影だけが、世界のすべてだと、そう思った。
どこからか聞こえていた風鈴の音がかき消されてしまう。金堂の声が耳に戻り、煩わしく鼓膜を震わせている。
「おい、聞いてんのか、どうなってんだよ……さっきのは何だよ!」
「うるさいな!」
俺は焦っていた。意図せず大きな声が飛び出したのは、焦っていたからだ。どうしてか、から回る頭で考えても答えは出ない。
「お、落ち着けって……」
頭を抱える。
ずいぶん前に見た、誰かの姿に似ているのだ。思い出せない。
- Re: 神様の戯れ事 ( No.19 )
- 日時: 2014/02/22 10:06
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: TcM2SN2X)
*
少し取り乱してしまった、あの時はね。過去の過ちを振り返ることはときに大切だけど、俺としては正直、あまり語りたくないな。
確かに、誰かの面影を感じたんだよ。だけど、今になっても思い出せない。そうかな。いや。もしかしたら何かの勘違いなのかもしれないね。
*
日陰に座り込み、髪をくしゃくしゃと掻き毟る俺を、金堂はどんな目で見下ろしているだろう。上がっていた体温が静かに引いていくのが分かる。髪から手を離し、長い息を吐き出した。くだらない妄想と一緒に。
「…………すまん」
顔をあげる。
「びっくりさせんなよな」
金堂は、目を伏せて誰にともなく呟くように言った。彼なりの優しさだろうか。合わなかった視線を、だらりと足の上に落とした手の中に落とした。
「……それで、さっきの影は何だったんだよ? あれか? カイキ・ゲンショウか?」
「影?」
立ち上がり、塵を払う手が自然と止まる。
「影って……。さっき、見なかったのか? ほら、女の人がそこに……」
「何を言ってんだよ、さっぱり分かんねえ。お前……頭打った?」
おかしいのは俺の頭か、この状況か。俺は考える。彼女は金堂には見えなかったのか。
「…………ああ。そうかも」
彼といると適当な相槌が上手くなる。
金堂が言うには、影を作るものがないのに影だけが現れるという、不可解な現象がこの地の上にあったそうだ。俺にはそれが彼女の影だと分かったけれど、彼には何者も居るようには見えず、ただ単に、怪奇現象が起こっている、目の錯覚か、これはなんだ、トリックか、と騒ぎ立てるまでだった。
それからしばらく、俺は黙りこんだまま彼の後をついて歩いた。相変わらす行くあてはなかったけれど、彼の揺れる黒いスウェットの余った布を見て、迷いのないように思える。
どの道を辿ったのか定かではないが、金堂が足を止めたのは廃墟のようなビルだった。
「ここは?」
苔が覆った地面、ツタの絡む汚れた壁。なんて冷たい建物だろう。寒いのは冬のせいでなくて、日陰になったこの場所の空気から、芯から、冷たい。
「そうだな……アジトって感じだな」
彼は言う。
「まあ、ただのたまり場だ」
- Re: 神様の戯れ事 ( No.20 )
- 日時: 2014/03/22 12:38
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
*
その「たまり場」には、男の子が一人居たんだ。冷たいコンクリートの床の上、膝を抱えて眠っていた。
そう、その通りだ。
彼は鍵だった。文字通り、僕にとっての大事なね。
消えた記憶はどこへ行くんだろうか。君は知っているようだけど、もちろん、教えてくれないだろうね。ほら。
*
男の子について金堂に訪ねると、彼は目線を地面に落として語り始めた。
「イツキと言うんだ」
金堂によると、男の子は、この街のスラム街寄りの場所にある駄菓子屋の子供だそうだ。年の離れた姉が細々と切り盛りする店。両親を亡くしながらも、幸せに暮らしていたというが、ある夜から姉の姿が見えないのだという。
世知辛い世の中だ。ある小さな家の柱が消えたことなど誰も気づかない。助けてやる余裕がないのだろう、この貧民街の住人は自分のことで手一杯なのだと金堂は言った。
しかし、金堂には余計な世話を焼く余裕があった。俺は彼がどのように生活をしているか知らないが、金や食料には困っていない様子である。イツキという少年を保護する目的で、この建物へ連れてきたらしかった。
「……妙なことがあってな」
彼はひとしきり語り終えたあと、間を置いて呟いた。声は低く、ただならぬ雰囲気に、俺は唾を飲みこみ、次の言葉を待った。
しかし、その先は金堂の口から発せられなかった。
金堂が再び口を開いたとき、視界の奥で少年が動いたのだ。目をこすり、あくびをしながらこちらへふらふら歩み寄り、イツキは言った。
「ああ、おねえちゃん、おかえりなさい」
振り返っても、汚れた壁があるばかりである。少年は、俺の背後を見てその言葉を言ったのだ、間違いない。のに。
俺は金堂と目を合わせる。彼は長く息を吐いた。
- Re: 神様の戯れ事 ( No.21 )
- 日時: 2014/03/14 23:11
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
彼、イツキという少年は見えない姉と話をしていた。
短い会話だった。その間、俺と金堂は黙りこみ、彼らの一方的な言葉の断片を聞いていた。イツキが発するのは相槌が主だったため話の筋はぼやけたまま、イツキは最後に「分かった」と言った。会話は終わったらしい。
イツキの空と合わせていた目が、こちらの目と合った。
「背が高いほうのお兄さん」
「何かな?」
俺はその場にしゃがみ、彼をきちんと見た。まっすぐな視線だ。黒く大きい瞳の中に、自分の姿が映り込んでいる。
「『目を閉じて、息を大きく吸って、すべて吐き出して。そうして、もう一度目を開いて』」
彼の無表情。少年らしからぬ据わった声が硬い天井に反響した。
イツキは一言、続けた。
「おねえちゃんが、伝えてって。お兄さんにしてほしいんだって」
俺はその時、彼の表情に既視感を覚えた。深層を、真理を問うような、どこか遠くを見つめる目をしている。そう遠くない過去に一度、見たことがある。立ち上がって、目を閉じた。どんな意味があるかは分からないが、従うべきであろう。
息を吸い込む。肺が一杯になったところで、少しだけ息を止め、少しずつ吐き出した。目を開けようと、思った。
しかし突如、異様な感覚が体を翔けた。
全身を感覚器官としてあらゆる情報が体内を駆け巡る感覚。微かな音が群れをなし風となり地を駆け足元を掠めた。おぞましい感触だった。足から何か得体の知れないものが、皮膚を伝って這い上がってくる。大量の虫に体の表面を撫ぜられているようでたまらず、目を開いた。
息が上がっていた。震える指先で顔を、腕を、体を触り、虫が付着していないかを必死に確かめた。金堂が何か言った。
「……露木くん」
ふと、自分の手が止まった。
蜘蛛の糸のような声。白く、細く、美しい声だった。何も見えなくなっていた目に、イツキの姿が映った。怯えと心配の混じった顔で身を引きつつ、こちらを眺めている。
けれど、さっきのそれはイツキの声ではない。それでは誰か。目を失ったばかりの少女が、光を探し駆け回るように、俺は声の主を探した。
そして、気がついた。
「落ち着いて?」
ゆっくりと後ろを振り返る。
彼女だった。つい先ほど朧に見えた影が、今ははっきり地面に立ち、存在していた。冬の陽射しのような笑顔を浮かべている。
俺はもう一度深く呼吸し、瞬きを何度かしたあとで、首を縦に振った。
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