複雑・ファジー小説
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- たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜
- 日時: 2015/06/02 14:15
- 名前: ゆかむらさき (ID: DdpclYlw)
※たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜を読んでくださる読者様へ
この物語はコメディーよりの恋愛物語なのですが 性的に刺激的な文章が処々含まれております。
12歳以下、または苦手な方はご遠慮頂く事をお勧めいたします。
☆あらすじ★
冴えない女子中学生が体験するラブ・パラダイス。舞台はなんとお母さんに無理やり通わせられる事となってしまった“塾”である。
『あの子が欲しい!』彼女を巡り、2人の男“たか”が火花を散らす!
視点変更、裏ストーリー、凝ったキャラクター紹介などを織り交ぜた、そして“塾”を舞台にしてしまったニュータイプな恋愛ストーリーです!
読者の方を飽きさせない自信はあります。
楽しんで頂けると嬉しいです。
☆ドキドキ塾日記(目次)★
>>2 宣伝文(秋原かざや様・作)
>>3 はじめに『情けなさすぎる主人公』
塾1日目(主人公・武藤なみこちゃん)
>>4-5 『塾になんかに行きたくない!』
>>11-12 『いざ! 出陣!』
>>13 『夢にオチそう』
塾1日目(主人公・松浦鷹史くん)
>>14-15 『忍び寄る疫病神』
>>16-17 『もの好き男の宣戦布告!?』
塾2日目(主人公・武藤なみこちゃん)
>>22-23 『初めての恋、そして初めての……』
>>26-27 『王子様の暴走』
>>31-32 『狙われちゃったくちびる』
>>33-34 『なんてったって……バージン』
塾3日目(主人公・武藤なみこちゃん)
>>35-36 『キライ同士』
>>37 『怪し過ぎ! 塾3階の部屋の謎』
>>38-39 『一線越えのエスケープ』
>>42 『美し過ぎるライバル』
塾3日目(主人公・高樹純平くん)
>>43 『女泣かせの色男』
>>44-45 『恋に障害はつきもの!?』
>>46-48 『歪んだ正義』
塾3日目(主人公・武藤なみこちゃん)
>>49 >>52-53 『ピンチ! IN THE BUS』
>>54 『日曜日のあたしは誰のもの?』
>>55 キャラクター紹介
>>56-58 >>59 キャラクターイラスト(ゆかむらさき・作)
>>60 >>61 キャラクターイラスト(ステ虎さん・作)
>>62 キャラクターイラスト(秋原かざや様・作)
>>74 キャラクターイラスト(萃香様・作)
>>114 キャラクターイラスト(日向様・作)
日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
>>63 『祝・ドキドキ初デート』
>>64 『遅刻した罰は……みんなの見てる前で……』
>>65 『少女漫画風ロマンチック』
>>70-71 『ギャグ漫画風(?)ロマンチック』
>>72 『ポケットの中に隠された愛情と……欲望』
裏ストーリー(主人公・松浦鷹史くん)
>>73 >>75-81
日曜日(主人公・松浦鷹史くん)
>>82 『残され者の足掻き(あがき)』
日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
>>83-87 『王子様のお宅訪問レポート』
日曜日(主人公・松浦鷹史くん)
>>88-89 『拳銃に込めたままの想い』
>>90 『本当はずっと……』
日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
>>91-92 『闇の中の侍』
>>93-94 『こんな娘でごめんなさい』
>>95 『バスタオルで守り抜け!!』
>>96-98 『裸の一本勝負』
>>101-102 『繋がった真実』
>>103-107 インタビュー(松浦鷹史くん・高樹純平くん・武藤なみこちゃん・蒲池五郎先生・黒岩大作先輩)
>>108 宣伝文(日向様・作)
>>109 キャラクター紹介(モンブラン様・作)
>>110 たか☆たか★武藤なみこちゃんCV(月読愛様依頼)
裏ストーリー(高樹純平くん・主人公)
>>111
日曜日(高樹純平くん・主人公)
>>112
☆作者からのメッセージ★
松浦くんの愛し方
高樹くんの愛し方
正反対の性格のふたり……。
実はこの物語の原作は自作の漫画になっております。
さて、次回からは波乱の塾4日目!
王子様と侍の激しい戦いが!
- 『キライ同士』 ( No.35 )
- 日時: 2015/01/05 16:23
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
————塾、三日目。
「お母さん。今日、塾休んでも……いい?」
玄関で靴を履いたにもかかわらず、そこから重たい腰をなかなか持ち上げる事ができない。
あたしはそこでずっと座り込んだままで、小さな子供の様にぐずっていた。
「休む? 何言ってんのよ、あんた。まだ通い始めたばっかりじゃないの!
————行きなさい」
面倒そうにスッと冷たい手があたしの額に当てられる。
お母さんは首を横に振り、即座に玄関の外に押し出した。
「いきなさい」
もう一度強く言われ、
ドアを閉められ、
鍵まで掛けられた。
外からドアを何度も叩きながら、あたしは半泣きでもう一度お母さんにお願いをした。
「お母さん! あたし、ちゃんと行くから塾まで車で送って!(ちなみに帰りは迎えにきて)」
実は未だに頻繁に起こる我が家でのこの玄関沙汰の光景。
小さな子供がいる家庭でならまだしも、ここで無様に泣きじゃくっているのはすでに14歳となっている娘。
一体何が原因で今回、こうなったかと言うと……。
————塾に行く事が嫌なわけではない。
バスに乗る事が嫌だった。
日も暮れ出し、徐々に寂しくなってゆく空の下。
カレーや焼き魚など、あちこちの家庭の夕食のメニューの美味しそうな匂いが混じり合ってやってくる。
あたしのお腹も寂しくなったのか、地味な音を立てて鳴いた。
塾のある日は中途半端な時間に出て行かなくちゃならないので、学校から帰ってからスナック菓子、もしくは菓子パンを1袋たいらげてから出掛けるのが日課だったが、今日はあまりにも気持ちが沈み過ぎていて何も食べる気にならなかった。
買い物帰りの主婦、
公園から帰ってくる子供達、
犬の散歩をしている人……家の前を通る人達が哀れんだ顔であたしの事をジロジロと見ながら通り過ぎていく。
カラスまでもが屋根の上から見下ろして、バカにして笑っている。
恥ずかしい……。
このままここで溶けてなくなってしまいたい————
あたしは沈みゆく夕日の色に負けないくらいに顔を赤くしてドアの前でうずくまり、しゃがみ込んだ。
「おい! はやく乗れ!」
無理矢理にでも涙を絞り出して、もう一度お母さんに塾を休ませてもらう様に交渉をしようかと考えていたら、後ろから松浦くんに足でお尻を小突かれた。
バスはすでに家の前でエンジンを掛けたまま停まっている。
時間になってもなかなか外に出てこないあたしを先生に『連れてこい』とでも頼まれたのか、彼は面倒臭そうにあたしの両脇に手を入れて立たせ、手首を掴んだ。
「はぁ。ガキか、おまえは。————来いっ!」
相手が女の子だというのに。
しかし、そんな事などお構い無し。松浦くんはあたしの手首を握る手に思いっ切り力を込めて引っ張ってくる。
ちょッ! ちょっと! あたしが塾に行きたくないのはあなたのせ————
「い、痛いッ!!
ちゃっ! ちゃんといくから! お願い! もっとやさしくしてぇっ!!」
あたしの返した言葉に、彼は謝って引っ張っている手を離してくれるどころか、逆にさらに力を入れて引っ張った。
「ばっ、バカ!! うるさいぞ、おまえッ!!」
顔を真っ赤にした松浦くんが小声で怒鳴る。
————何故に怒るのか? ちゃんと“いく”って言ってるのに。
彼に掴まれている手首が赤くなっている。怒る方の立場はあたしなのに……。
「ヒューヒュー、恋人ですかー?」
家の門をくぐり抜け、バスの停まっている道路に出ると、近所に住む小学生の男の子達が通りすがりに大きな声であたし達の事を冷やかしてくる。
冗談じゃ、ないっ! ————こんなのと恋人だなんてまっぴらゴメン!
あたしは松浦くんの手を振り払ったが、そのまま彼に着ているパーカーのフードを引っ張られて、強引にズルズルとバスの中に引きずり込まれた。
「……座れ」
窓際のシートに座った悪代……松浦くんが、隣の座席を手の平でトン、と叩いた。
あたしは仕方なく彼に従い隣の席に座ると、バスが動き出した。
実はあたしがバスに乗るのがイヤだったわけは、松浦くんに会いたくなかったからだった。
何故かというと————
「フーン。どうやら昨日の“アレ”が分かった様だな……」
彼はあたしの反応をニヤニヤしながらうかがっている。
「辞書で調べたから……」
「ぷぷっ! クックック……」
松浦くんが隣で笑いを堪えている。絶対こうなるハメになるんだと予想をしていた。もう恥ずかし過ぎて彼の顔を見る事ができない。どうせこれ以上話したって、彼の作ったアリ地獄に飲まれ、沈んでいくだけの様な気がする。いっそこのままバスの窓から飛び降りて逃げ出してしまいたい気持ちだ。
「まさに、おまえの事、だっただろ?」
彼は鼻で笑って窓の外を見ながら話し出した。
「勉強はできないわ、一般常識もわきまえていないわ、空気も読めない。
本当おまえって、ギネス級のバカなんだな。
おもしろすぎて昨夜、眠れなかったぞ、俺……」
何もそこまで言わなくたって……。
松浦くんの意地悪さこそギネス級だ。まぁ、ソレはあたししか証明できない事なんだけれど。世間に『この人は本当はこうゆう人なんですよー!』って、公表したとしても、誰にも信じてもらえなくって余計に馬鹿にされるのが目に見えているから、結局何も言えない情けないあたし……。
「でも、知りすぎちゃってる子よりは……いいでしょ?」
あたしは膝の上で手の平を擦り合わせながら、松浦くんを見た。
彼はカバンの中から出したチューイングガムを口の中に入れて窓の外を見た。
「まあな。だけどおまえの事は嫌いだ……」
あ、あたしだって……!
——悔しい! 先に言われた!
「!」
突然、松浦くんがあたしの手を握ってきた。
そして、握った膝の上のあたしの手をひっくり返して親指で撫でている。
くすぐったくって……気持ち悪い。
彼の噛んでいるミントのガムのスーッとしたにおいと一緒に、あたしの体もスーッと寒気を感じた。
さっき、あたしの事キライだって言ってたのに。
————やっぱり、この人は何を考えているのか分からない。
「小せぇ手……。こりゃ、一生チビのままだな。140ねぇだろ」
(えっ?)
彼は淡々とした顔で、あたしの一番気にしている事を言ってきた。
「あ、あるもんっ」
腹が立って、2センチ、サバを読んでしまった。
「何おまえ。俺に好きになって欲しいの?」
身長の事を言われて動揺してしまった事を、手を触られて動揺したと思われたのか。違うのに————!
彼はニヤニヤしながらあたしの顔を覗きこんできた。
「勉強はできない。可愛くもない……。そんなおまえを好きになるには、相当の努力が必要だよな! ハハッ」
「——ッ!」
あたしは体中の全神経を右足に集中させて、思いっきり松浦くんの足を踏ん付けた。
- 『キライ同士』 ( No.36 )
- 日時: 2015/03/16 09:46
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
☆ ★ ☆
「はい、着きましたよ」
塾の駐車場で停まったバス。
先生がエンジンを止め、振り向く。
いつもなら先に降りて早々と逃げていってしまうはずの松浦くんが、何故か今日は動かない。無言でガムを噛みながら腕組みをしてバスの天井をジーッと見つめている。
ついさっき、あたしをバカにして嘲笑っていた彼が、今は何か考え事をしているかの様に真剣な顔をしている。
————不気味だ。早く逃げよう。
「あたし先に行くね……」
何か嫌な予感がする。
早くこの場から……松浦くんの元から逃れて高樹くんに会いたい。
あたしは席を立ち、松浦くんに背を向けた。
「待てよ。まだ行くなって、“なみこ”」
う……痛っ。
彼にパーカーのすそを引っ張られ、再び強引に座らされた。
昨日の帰りのバスからだろうか。さっきもバスの中でいきなり手を握ってくるし……やっぱり松浦くんの様子がおかしい。
今まであたしの事、あんな風に下の名前で呼んでくる事なんて無かったのに。
何この人。少し怖————
「俺に、ついてこい」
「え……?」
今度はいきなり彼に腕を引っ張られ、あたしはバスから降ろされた。
痛いし! ……それに怖いよ。
たすけて高樹くん————!!
「——なみこちゃんっ!」
あたしの心の叫びが届いてくれたのだろうか。自転車置き場の方から高樹くんが走ってきた。
きらした息を整えながら、手の甲でおでこの汗を一拭きして松浦くんに掴まれているあたしの腕を見て唇を噛み締めている高樹くん。
「彼女は僕が連れていく……」
王子様……いやいや、高樹くん。彼は普段あたしには見せた事のない険しい顔で松浦くんの前に立った。
松浦くんは鼻で一息ついてからニヤッと笑い、こう答えた。
「悪ィな、高樹君。少し、こいつ借りてくわ。
あー大丈夫、大丈夫。後でちゃんと返すって。な?」
☆ ★ ☆
“借りる”とか“返す”って……そんな風に物扱いしないで欲しい。
あたしと同じ歳なのに、いつもエラそうに威張ってて、二重人格で、あたしの事を事あるごとにバカにして……大っキライ!
そんな大魔王……いやいや、松浦くんは階段を、またもやあたしの腕をかかった魚を釣り上げるようにグイグイと引っ張りながら、あたしたちの教室のある2階を越え、3階へと向かって昇っていく。
ちょッ、ちょっと待って! 3階ぃ!?
『誰も見てないからいいじゃん……』
あの日の夜の事を思い出す。
3階の廊下は高樹くんともう少しでキスをしたかもしれなかった思い出の場所。
あたしと高樹くん。たった二人だけで味わった、レモンに蜂蜜を掛けた様な甘酸っぱくてとろけそうな……って!!
ちょっと、ちょっと! とろけてる場合なんかじゃないよっ!
松浦くんとなんて————絶対に行きたくないです!
「やだッ! あたし行きたくない! 戻るッ!」
2階と3階の間のおどり場で、あたしは彼に掴まれている腕を離そうと力を込めた両手を使って必死で抵抗した。しかし男の子の強い力になんて到底敵うワケがない。
「チッ! うるさい女だな」
舌打ちをして松浦くんはあたしを軽々と持ち上げ、10キログラムの米袋を運ぶ時の様に肩に担いだ。そのまま3階の廊下を、足元に無造作に置かれている段ボール箱を足でかき分けながら、まっすぐ進んでゆく。
高樹くんとはここまで廊下の奥に来た事は無い。
日はすでに落ち、電気も点いていない暗い静かな廊下。暗い事だけではない。今、一番怖いと感じるのは、いつもとは明らかに様子の違う松浦くん。
一体あたしをどこに連れて行き、何をしようとしているのか————
気が付くとあたしは廊下の一番奥にある、怪しげな部屋の前に連れてこられていた。1階と2階のベージュ色の鉄製の塾のドアとは違う、黒革レザー張りの扉が目の前に立ちはだかっている。
そういえば、ここは塾になる前はパブとか……そういうお店。
“空(あき)”と黒いマジックで手書きで乱雑に書かれた段ボールの切れ端で作った表札がドアの取っ手に掛かっている。松浦くんはそれを裏にひっくり返し、“使用中”に変えてあたしを担いだまま中に入った。
誰かが作った謎の……へや?
担がれながら強引に連れこまれた部屋の中。
見渡してもどのくらいの広さか分からないほど真っ暗で何も見えない。
うえ……。
ほこりっぽくて、何か変な臭いがする。
「ひゃっ!」
見えないけど多分あたしの顔にクモの巣がダイレクトに引っ掛かった。
「ま、松浦くん……。ここ、何の、部屋?」
「…………」
「なんのへやなの!!」
「…………」
何度も聞いているのに返事が返ってこない。
近くでこんなに叫んでるから絶対聞こえているはずなのに!
「……おろして」
あたしを担いでいる松浦くんの顔が向こう側にあって、彼が今どんな顔をしているのか分からない。
怖い顔をしているのか。
バカにした顔をしているのか。
松浦くんはあたしの様な邪魔者が塾に入ってきた事が気に入らないはず。きっと鬱憤が溜まりに溜まっておかしくなってるんだ。
でもっ! あたしだって好き好んで塾になんて入ったワケじゃないのに。しかも松浦くんと一緒の塾になんて『お金をあげるから行け』って言われたって行きたくないんだから!!
スキを見て逃げよう。
あたしは今、その事ばかりを考えている。
カチャン。
松浦くんは何も言わずにドアの鍵を閉めた。
彼はおそらくこの部屋が何の部屋なのかを知っているのだろう。
そして、ここでわたしに何かしようとしている。
今更気付いたって————もう遅い。
あたしは、まんまと松浦くんの罠に掛かってしまったのだ。
- 『怪し過ぎ! 塾3階の部屋の謎』 ( No.37 )
- 日時: 2015/03/16 11:04
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
パチン。
松浦くんは担いでいたあたしを降ろし、電気を点けた。
「!」
部屋全体がワインレッド色に染まっている。天井も壁も床も全部同じワイン色。
両方の自分の手の平を広げ、顔の前に近付けた。
いやらしくワイン色に染まっているあたしの手の平。
何、このへんな色。
さらに背後から覆うようにやってくる気配が。
それはワインレッドの光をまとい、いつもより増して怪しい雰囲気をパワーアップさせた松浦くん。彼がゆっくりと近付いてきて、あたしの肩にそっと手を置く。
冷たい親指の先でうなじをなぞりながら、彼の低い声が毒の様に耳を襲う。
「ん? ああ、確かに変だよなァ、この照明の色。
誰かが蛍光灯に細工でもしたんだろ。勉強もしねぇで、こんなことに時間費やして。
————お盛んな奴等だぜ、全く」
まるで赤ワインの入ったグラスの中に沈み堕ちていくような気分。
ずっとこの部屋にいたら、本当に酔っぱらってしまいそう。
あたしは、おそるおそる部屋を見渡した。
壁にはダーツの投げる羽根みないなものがたくさん投げられて刺された跡だらけのダーツボードが掛けられていて、床には賞味期限が絶対きれていそうなホコリだらけのお酒が何本か入った木箱。部屋の端にはボロボロのビリヤードの台が無造作に何台か積み上げられていて、その中の1台が部屋の真ん中にポツンと置かれている。その、ポツンと1台だけ置かれている台の上には箱ティッシュ一箱と丸めたティッシュのゴミがゴロゴロと散乱している。
「この部屋がなんの部屋か、って?」
あたしの両脇に手を入れ、まるで小さな荷物を運ぶ様に軽々と持ち上げた松浦くん。そして部屋の真ん中に置かれているビリヤードの台の上に座らせて話し出した。
「ヤリまくり部屋……って、俺たちは言っている。
そういえば、おまえはまだ、この塾に入ったばかりだから知らねぇか」
やりまくり、べや?
ビリヤードをやりまくる部屋なのだろうか。————絶対そんなワケがない。
ニヤニヤしながら話す松浦くんの顔を見て、あたしはなんとなく察した。
集中どころか頭がおかしくなりそうなこの部屋の色。それにこんなにゴミが散らかった傷だらけの台でビリヤードなんてできるのだろうか。
「この塾のカップル達が、“楽しーコト”スルための部屋、だってさ」
彼はあたしの反応をおもしろそうにうかがいながら、着ているパーカーのえり首から手を忍び込ませてきた。そして鎖骨を指でゆっくりと撫でながら吐息混じりの気持ち悪い声で耳元でこう囁く。
「なァ。これ以上言わせる気かよ……。ホントはもう分かってるんじゃねーのか。————いじわるだなぁ、なみこ……」
「やめてッ!!」
全身に鳥肌が立ったあたしは彼の手を掴んで止めた。
「俺がいつも、どんな気持ちでいるのかも知らねぇでヘラヘラしやがって。どうせ、恋愛小説なんかの世界にでも夢見て浮かれちまってんじゃねぇのか?
————おまえ、高樹にメチャクチャにされるぞ……」
ワインレッドの照明が、あたしのいかりの炎を増強させる。
「へっ、変な事言わないでよッ! 松浦くんのバカ! 大っキライ!!」
思わずビリヤードの台の上から、目の前の松浦くんを蹴飛ばして叫んでいたあたし。
おそるおそる台の上から見下ろすと、松浦くんはあたしに蹴られて倒れている。
あう……。
勢いだとはいえ、マズい事をしてしまった。
申し訳ない、という様な反省、というよりも、この後の彼の逆襲が怖————
に、逃げよう!!
あたしは慌てて台から降り、視線をドアに向けた。
「——っ! 痛ぇなコラ!!」
彼は起き上がり、あたしを睨み付けて飛び掛かってきた。
「 !! 」
あまりにも予測不能な彼の行動。どうして“こんな事”をしてきたのか————
それは突き飛ばされる、でもない。
それに殴られる、でもなかった。
なんと、あたしは松浦くんに強く抱き締められていたのだ。
「————これでもまだ分かんねぇのか。バーカ」
プライドの高い彼の事だから、手加減なしで蹴られた仕返しに10倍返しで反撃されると思っていた。
恐怖と混乱で松浦くんの胸の中で固まってしまったあたし。
はっきり言ってコレは傷付けられるよりも恐ろしい反撃なのかもしれない。
気のせいなのかもしれないけれど、バカにされた言葉のはずなのに何故だろう。あたしを抱き締めながら耳元で囁く彼の声が少し震えていた様な感じがした。
松浦くんはあたしに何か大事な事を伝えようとしているみたいだけれども、はっきり言ってくれないから分からない。そんな事よりも、身長170センチ近くもある彼に、こうやって力の加減無しで覆い被されている状態で抱き締められていて苦しい。
多分、もう1分以上もこの体勢ではないだろうか。
硬く震えた彼の腕が、微妙に段々と締めつけている気がする。
壊れちゃいそう……。
いい加減に離してほしいんですけど。
『蹴っちゃってごめんなさい』って言った方がいいかな。
そう思った時に、彼は抱き締める腕の力を緩め、あたしの顔を覗き込んできた。
研ぎ澄まされた刃のような視線を顔面に突きつけられ、あたしは言葉を失った。
「俺が先に奪ってやる……」
「 !! 」
口の中に広がるミントの味。
あたしのファーストキスは、予想もできない不意打ちで松浦くんに奪われてしまった。
「じゃあな。楽しかったぞ、なみこ」
あたしのくちびるを指でギュッとつまんで鼻で笑い、彼は一人で部屋を出て行った。
あたしの口の中に、噛みかけのガムを残して。
☆ ★ ☆
よし。松浦くん、もういないな……。
“やりまくりべや”のドアを開け、顔を出して覗いて確認をしてから、あたしは廊下に出た。
でも、いくらこんな事をしたって、どうせまた帰りのバスでイヤでも顔を合わせなくちゃいけない。彼からは逃げたくても逃げる事ができない。
さっき、松浦くんに強引に口移しで放り込まれたガムを捨て、くちびるも中身がまだいっぱい入っていた箱ティッシュが空っぽになるまでいっぱい使って拭いた。でも、ミントの味が消えただけで松浦くんの味は消えてくれない。
『楽しかったぞ、なみこ……』
勝手にあんな事をしておいて“楽しかった”だなんて。あたしを見下ろし、いやらしく笑っていた彼の顔も消せない。
せっかく素敵な思い出の場所として胸の中に残しておいた3階の思い出が、松浦くんのせいで、今夜一気に最悪の事故現場へと崩れ堕ちてしまった。
思い出したくない。もう二度とここへは来たくない!!
あたしは両方の手の平をギュッと握り締め、早歩きで廊下を渡った。
教室に戻ろう。
とにかく高樹くんの前では、何も無かった様な顔をしていなくっちゃ————
「!」
階段を降りようとしたら、誰かが昇ってくる気配。
うそ……いきなりこれはまずい展開。2階から高樹くんが昇ってきていた。
どうしよう。よりにもよって、こんな時にこんなところで会っちゃうなんて。
3階に松浦くんと一緒にいた事、知られちゃったかも————
あたしは頑張って何も無かった様な顔をしたつもりだったけれど、絶対、動揺している顔になっていた。
『なみこちゃん』
いつもなら、こんな風に優しい笑顔で呼んでくれる彼が、あたしの顔を見ても何も言わずにゆっくりと昇ってくる。
キーンコーン。
高樹くんが階段をあたしのいる所から1段下の段まで昇ってきた時、始令のベルが鳴り出した。
「————サボっちゃおっか」
驚いている間もなく、あたしの手は彼に握られ、再び3階に連れて行かれた。
松浦くんだけではない。高樹くんの様子も今日はなんだかおかしい。
「だっ、だめだよ高樹くんっ。戻らないと叱られちゃうよ。
あたし達、この前も問題起こしてるし、マズいよっ……」
高樹くんに手を引かれ3階の廊下を渡りながら頭の中に色んな事が浮かび上がってくる。
ワインレッドに駆け巡る、いけない妄想が。
傷ついたばかりの脆いからだを癒すように舐めるように抱き締められて
ビリヤードの台の上で高樹くんにキスされながら
ゆっくりと服を脱がされて
キスされて
いろんなところを触られて
キスされて————
☆ ★ ☆
気が付くとあたし達は“やりまくりべや”の前に来ていた。
キスだけで……済むのだろうか?
『あのー、この部屋、何ですか?』って、とぼけてみようとしたけど、知ってないフリをする演技力はないし、嘘をついてごまかした、って彼に思われるのは嫌だ。
ドアを開けてあたしの背中を押した高樹くん。
噤んでいた口をやっと開いてくれたと思ったんだけど、背中越しに聞こえた言葉は————
「僕の事、嫌いだったら————ごめん」
- 『一線越えのエスケープ』 ( No.38 )
- 日時: 2015/03/17 09:22
- 名前: ゆかむらさき (ID: dZI9QaVT)
パタン。
ドアが閉まる瞬間の小さな音と共に、あたしの心臓が大きく『ドキン』と鳴った。
「僕の気持ち。今、教えてあげたい。
なみこちゃんの事をどのくらい好きなのか————」
電気も点けずに真っ暗な部屋の中。
高樹くんはあたしの肩に片方の手を乗せ、もう片方の手で髪を優しく撫でながら耳元で囁いた。
“どのくらい”好きなのか……だなんて、わざわざ教えてくれなくても、耳の穴からストレートに入り込んでくる激しい彼の吐息の量から、もうすでに感じ取っている。
それにここにあたしを連れてきたという事は————
初めてこの部屋に足を踏み入れた時は、ここが何の部屋なのか分からなかった。
でも今は知っている。さっき松浦くんに教えてもらったから。
この部屋は、この塾に通うカップル達が二人っきりになって————
“どのくらい”って一体どうやって教えてくれるんだろう。
言葉で? それとも行動で?
暗闇に閉ざされて、彼の声だけしか聞き取る事ができない。
確か前にも彼に頭を撫でられた事があったけれど、今は顔が良く見えないからなのだろうか。それに“この部屋で2人っきりの状態”でされているからだろう、その時とは比べものにならないくらいドキドキする。
髪を撫でる高樹くんの手の指が、時々あたしの首すじに軽く触れる。
触れられる度にあたしの体の力が少しづつ抜けていく。
そのまま彼は髪を撫でていた手をスーッと滑らせて、今度は腕を撫でてきた。
「ここ。さっき痛そうだったけど、大丈夫?」
大丈夫じゃ……ないです。
あたしの足がブルブルと震え出す。
「どうしたの、足。 なんか震えちゃってるよ……」
高樹くんは少し腰を落として、腕を撫でていた手を、今度は太ももにあててくる。
今日、ショートパンツをはいてきたあたしは、彼の手の平の体温をじかに感じてしまう。同時に彼の気持ちも充分過ぎるほどに伝わってくる。
今のあたし達の、こうやって絡み合っているシーンがどうなっているのかを自分で想像してみたら、胸が爆発しそうになった。
あたしのバカ。想像なんてしなけりゃいいのに。
お願い。これ以上、その手を動かさないで————
「高、樹くん……」
もう限界……。
とうとう立っている事ができなくなってしまったあたしは、高樹くんにしがみ付いてしまった。
「なみこちゃん……」
力が抜けきって、しがみついているあたしを支えながら、高樹くんはすぐ後ろにあるドアの横にあるスイッチを押し、電気を点けた。
「あっちで“しよう”か」
高樹くんのさす指の先に見えたのは、ティッシュのゴミがいっぱい散らかったビリヤードの台。
どうやらワインレッドの照明が高樹くんを狂わせてしまった様だ。
待って……。
あたしは、しがみ付く腕に思いっ切り力を入れた。
————これでも精いっぱいの抵抗のつもりだった。
講習はまだ始まったばかり。あたし達2人が教室に居ない事に先生は気付いているのだろうか。
今、大好きな高樹くんと一緒にいるのに、できる事ならば、この部屋から逃げ出してしまいたい。
でも……嫌われたくない。
恋人たちが欲情をさらけ出し合う、この静かで薄暗い“やりまくり部屋”で突然された愛の告白。
あたしの中ではこの恋物語の展開はもっとゆっくりと進んでいくはずだったのに。
こんなはずじゃ……なかったのに。
震えるあたしの顔を覗き込んで彼は囁いた。
「やっぱり、初めてなんだね。大丈夫だよ。ちゃんとおしえてあげるから」
☆ ★ ☆
「ん、しょっと。あはっ、すっげー。なみこちゃん、軽すぎ」
あたしをお姫様抱っこして、やっと高樹くんがいつも通りの笑顔を見せた。
お、おちつけ、あたし……。
あたしは今、自分と一緒に高樹くんの気持ちを落ち着かせる事。考えているのは、ただそれだけ。
まるで時限爆弾を処理する警察機動隊の様に。
「ちょっと待ってて。ここ、キレイにしないと“できない”から……」
彼はあたしをビリヤードの台に座らせた。そして足元にゴロゴロと転がっている中身が空っぽの封の開いた小さな段ボール箱を1箱手に取り、台の上に散らかっているティッシュのゴミを片付け始めた。
逃げるなら、絶対、今、だよね……。
そう思ってはいるのだけれど、こんな時になってもいっこうに震えが止まらないあたしの足。
彼の気持ちを受け入れてあげたいけれども、体が言う事を利いてくれない。
第一ないでしょう。こんな大胆な告白パターン。
手際良くティッシュのゴミを片付けた高樹くんは、さっきあたしが使って中身が無くなったティッシュの箱を潰している。
彼のサラサラの前髪の間から、長いまつ毛のセクシーな瞳があたしをチラリと覗く。
「なみこちゃんだけに、僕のカッコいー姿、見せてあげる」
なんと突然、高樹くんは上に羽織っているカーキ色のジャケットをバサッっと脱ぎ捨て、着ているシャツのボタンをプチプチと外し出した。
「!」
もしかして、あたしが脱がされるんじゃなくって————そっちが脱ぐのッッ!?
「うっひゃあ!」
高樹くんの突拍子もない行動に、一瞬目が飛び出てしまったけれど、慌ててあたしは両目を手で覆い隠した。
おちつけ、おちつけ……。落ち着くんだ、あたしッ!!
- 『一線越えのエスケープ』 ( No.39 )
- 日時: 2015/06/02 10:17
- 名前: ゆかむらさき (ID: DdpclYlw)
「————見てないじゃん、なみこちゃん……」
え……?
目を隠した手の指と指の間から、おそるおそる高樹くんを見てみる。
高樹、くん……。
あたしの腰かけているすぐ横でビリヤードの棒を構えてる彼。
いつの間にセッティングしたんだろう。台の反対側の端にダイヤの形に並べられた番号と色のついたボールの塊をめがけて、手元の白いボールを思いっ切り突いた。
ボールの塊をバラバラに散らばらせた後、棒を肩に引っかけて、台の周りを歩きながら慣れた手付きで次々と白いボールを突いていった。そして1番、2番、3番……と、番号と色の付いたボールを若い番号から順番に穴へ上手に落としていく。
ビリヤードなんて生まれてから一度もやった事なんて無く、もちろんルールも全く知らないあたしだけど、一目で彼の腕は相当なものだと思った。高樹くんの隠れた特技に驚き過ぎて拍手をする余裕も無く、あたしは口を半開きにして彼を見ていた。
ボールを狙う高樹くんの真剣な眼差し。
腕まくりしたシャツから伸びる、細めだけど引き締まった男らしい腕。
そしてセクシーな指先。
上から3つ目までボタンの外したシャツからチラリと覗く胸元————
かっこ、いい……。
もしも自分が今、少女漫画の中にいたとしたら、絶対目がハートになっているに違いない。
あたしは高樹くんに魂を吸い取られてしまったかの様に、うっとりしてしまった。
ビリヤードの台に腰掛けているあたしのお尻の傍に、高樹くんが突いた白いボールがゆっくりと転がってくる。
「ハッ」っと我に返ったあたしは手でよだれを拭いて、台から降りた。
「はいっ。じゃあ次は、なみこちゃん、やってみて」
「えっ!? う、うんっ。白いボールを突けばいいんだよ、ね?」
彼にいきなりビリヤードの棒を渡され、あたしは慣れない手つきで白いボールを狙って構えた……はいいものの、
「————棒の持ちかたが、わかんない……」
「初めてだもんね。ふふっ、この棒“キュー”っていうんだよ」
「きゅっ、キュー?」
キューと共にキューキュー鳴り出すあたしの心臓。
「構え方は、なみこちゃんは右利きだから、こう持って……こう、かな?」
へっぴり腰のあたしの後ろに高樹くんがピッタリと密着して優しく両手を回し、キューを持つ手を支えて親切に教えてくれる。
近すぎる。————もう、びりやーど、どころでは、ない。
あたしの心臓の音を聞かれてしまうんじゃないかという心配をよそに、高樹くんはキューを持つ緊張で震えているあたしの手の上から自分の手を包みこんで耳元で囁いた。
「5番のボールに当てるつもりで、白いボールの真ん中を強めに突いてごらん」
「はっ、はいっ!」
裏返った声の返事に加え、さっきからキューキュー鳴りっぱなしで止まらないあたしの心臓。
ずっとこのまま時間が止まってくれればいいのに————
☆ ★ ☆
せっかくあんなに親切に高樹くんに教えてもらったのに、5回もファウルを(しかも2回、空振り)してしまい、やっとの思いで5番のボールを“ポケット”に落とした。
「——ふぅぅ」
情けない。ホント、ダメ人間だ、あたし……。
「高樹くん、って、左利きなんだね」
ビリヤードってこんなに息切れするものだったんだ……。
と、おでこにかいた汗を手で拭いながら苦笑い。
高樹くんがズボンのポケットから左手でハンカチを出して、
「んー。一応は両利きなんだけど、左利きの人って少ないでしょ? なんかカッコいいかな、って思って」
舌をペロッと出しお茶目な笑顔を見せて、あたしのおでこをハンカチで撫でる彼。
高樹くんは左利きじゃなくっても充分カッコいいと思う。……っていうか、両利きだなんて凄すぎる。
「————僕、テクニシャンだからね」
高樹くんはビリヤードの台に腰掛け、あたしの手から取ったキューを背中側に持ち、6番のボールをいとも簡単にポケットに落とした。
そして台から降り、あたしに向けて得意げな顔でウインクをしてきた。
え? 何シャン?
拍手をしながら固まるあたしの顔面。
お願いだから突然の英語はやめてほしい。意味が分からず、あたしは茫然としていた。
せっかくさっきまで雰囲気良く(?)弾んでいた会話が、あたしのバカさのおかげでプッツリと途切れてしまった。
とっ、とにかく、この空気をなんとかして変えなくっちゃ——!!
あたしは頑張って返した。
「てッ、“テクニッシャン”だなんて、すごーい、高樹くん!」
「なみこ、ちゃん?」
「んえっ?」
————どうやら思いっ切り墓穴を掘ってしまった様だ。
高樹くんは大爆笑したいところを懸命に堪えている顔で背中を震わせながら、あたしにキューを渡してきた。
「ああっ、そ、そうだ! 高樹くんっ!」
あたしは受け取ったキューを再び彼に渡した。
「このボール、9番まで全部ノーファウルで落としたら、今度の日曜日、あたしとデート、してあげる。キスつきで」
「…………」
————部屋の中が急に静かになった。
あんなあたしの言葉をまともに間に受けたのか、ビリヤードの台の周りをゆっくりと歩きながら、真剣な顔で残っている7番、8番、9番のボールとポケットの位置をキューを使って計算している高樹くん。
“照れ隠し”でとっさに出てしまった、すっとんきょうな言葉なのに。
しかもこんなにカッコいい高樹くんに向かって、キスつきのデートを“してあげる”だなんてエラそうに。何を言っちゃってんのだろうか、あたしは————
もうこれ以上何も言わない方がいい。
あたしは自分のくちびるをギュッと締めて高樹くんを見た。
「一発で落とす……」
彼は唇を噛み締めてキューを構え、白いボールを思いっ切り突いた。
白いボールが台の壁に跳ね返りながら転がり、色のついたボールに当たる度にあたしの胸が震える。ビリヤードはボールの位置を把握するだけではなく、微妙な力の加減も大事なのだ。それができないと、こんな風に……1回突いただけで残り3つ、全ての色付きボールに当てる事なんてできない。
そんな事ができるだけでもすごいのに————
ガコン、ガコン、
————ガコン。
7番、8番、9番……番号の付いている全てのボールは、次々と綺麗にポケットに落とされていった。
「————すっ、ごぉい」
白いボールは、高樹くんの勇姿にうっとりと口を半開きにして見とれてしまっているあたしの手元にコロコロと転がってきて止まった————と同時にあたしの心も高樹くんの一発で落とされてしまった。
「今度の日曜日、午前10時、この塾の前で待ってる。
————キス、楽しみにしてるよ……」
高樹くんは嬉しそうにビリヤードのボールとキューを棚の中に片付けている。
さっきボールの軌道を予測して計算していた高樹くんの顔を思い出した。
あたしのことも真剣に考えてくれていたんだね。————ごめんね。めちゃくちゃな事言って試しちゃったみたいで。
あたしは彼の方にゆっくりと近付き、後ろからフワッと抱き締めた。
「あんなに上手だなんて反則だよ……」
「ふふっ。友達とゲーセンで一時期どっぷりハマッちゃってね。気が付いたらなんか上手くなっちゃってた。
うん、でも今はもう“違うもの”にハマッちゃってるんだけど、ね」
? ちがう、もの……?
高樹くんはあたしの手をほどいて振り向き、両手であたしの頬に指を添えて優しくキスをした。
「ごめん。我慢できなかった。
こんなに可愛いなんて、なみこちゃんのほうこそ————反則だよ」
キーンコーン。
前半の講習終了のベルが鳴り出した。
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