複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜
日時: 2015/06/02 14:15
名前: ゆかむらさき (ID: DdpclYlw)

 ※たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜を読んでくださる読者様へ
 この物語はコメディーよりの恋愛物語なのですが 性的に刺激的な文章が処々含まれております。
 12歳以下、または苦手な方はご遠慮頂く事をお勧めいたします。


 ☆あらすじ★
 冴えない女子中学生が体験するラブ・パラダイス。舞台はなんとお母さんに無理やり通わせられる事となってしまった“塾”である。 
『あの子が欲しい!』彼女を巡り、2人の男“たか”が火花を散らす!


 視点変更、裏ストーリー、凝ったキャラクター紹介などを織り交ぜた、そして“塾”を舞台にしてしまったニュータイプな恋愛ストーリーです!
 読者の方を飽きさせない自信はあります。
 楽しんで頂けると嬉しいです。


 ☆ドキドキ塾日記(目次)★
  >>2 宣伝文(秋原かざや様・作)
  >>3 はじめに『情けなさすぎる主人公』
 塾1日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>4-5 『塾になんかに行きたくない!』
  >>11-12 『いざ! 出陣!』
  >>13 『夢にオチそう』
 塾1日目(主人公・松浦鷹史くん)
  >>14-15 『忍び寄る疫病神』
  >>16-17 『もの好き男の宣戦布告!?』
 塾2日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>22-23 『初めての恋、そして初めての……』
  >>26-27 『王子様の暴走』
  >>31-32 『狙われちゃったくちびる』
  >>33-34 『なんてったって……バージン』
 塾3日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>35-36 『キライ同士』
  >>37 『怪し過ぎ! 塾3階の部屋の謎』
  >>38-39 『一線越えのエスケープ』
  >>42 『美し過ぎるライバル』
 塾3日目(主人公・高樹純平くん)
  >>43 『女泣かせの色男』
  >>44-45 『恋に障害はつきもの!?』
  >>46-48 『歪んだ正義』
 塾3日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>49 >>52-53 『ピンチ! IN THE BUS』
  >>54 『日曜日のあたしは誰のもの?』
  >>55 キャラクター紹介
  >>56-58 >>59 キャラクターイラスト(ゆかむらさき・作)
  >>60 >>61 キャラクターイラスト(ステ虎さん・作)
  >>62 キャラクターイラスト(秋原かざや様・作)
  >>74 キャラクターイラスト(萃香様・作)
  >>114 キャラクターイラスト(日向様・作)
 日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>63 『祝・ドキドキ初デート』
  >>64 『遅刻した罰は……みんなの見てる前で……』
  >>65 『少女漫画風ロマンチック』
  >>70-71 『ギャグ漫画風(?)ロマンチック』
  >>72 『ポケットの中に隠された愛情と……欲望』
 裏ストーリー(主人公・松浦鷹史くん)
  >>73 >>75-81 
 日曜日(主人公・松浦鷹史くん)
  >>82 『残され者の足掻き(あがき)』
 日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>83-87 『王子様のお宅訪問レポート』
 日曜日(主人公・松浦鷹史くん)
  >>88-89 『拳銃に込めたままの想い』
  >>90 『本当はずっと……』
 日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>91-92 『闇の中の侍』
  >>93-94 『こんな娘でごめんなさい』
  >>95 『バスタオルで守り抜け!!』
  >>96-98 『裸の一本勝負』
  >>101-102 『繋がった真実』
  >>103-107 インタビュー(松浦鷹史くん・高樹純平くん・武藤なみこちゃん・蒲池五郎先生・黒岩大作先輩)
  >>108 宣伝文(日向様・作)
  >>109 キャラクター紹介(モンブラン様・作)
  >>110 たか☆たか★武藤なみこちゃんCV(月読愛様依頼)
 裏ストーリー(高樹純平くん・主人公)
  >>111
 日曜日(高樹純平くん・主人公)
  >>112

☆作者からのメッセージ★

 松浦くんの愛し方
 高樹くんの愛し方
 正反対の性格のふたり……。

 実はこの物語の原作は自作の漫画になっております。
 さて、次回からは波乱の塾4日目!
 王子様と侍の激しい戦いが!

『本当はずっと……』 ( No.90 )
日時: 2013/12/08 23:23
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


「鷹史兄ちゃん!!」
 遊んでいた公園から帰ってきたのだろう。左手の脇にサッカーボールを抱えて手を振りながら俺に向かって走ってきた男の子。
 彼は向かいの家に住んでいる小学生の“貴志”。
 漢字は違うけれども読みかたは俺と同じ“たかし”。今は確か3年生……だった、かな?
「ぼくのリフティング、見て見てっ」
 俺の前で得意気にリフティングをやってみせ始めた貴志。 
 小学校に入学した頃は泣き虫で家の中に引きこもりがちだった子だったのに。
 彼の母曰く、俺が『サッカー教えてやる』と外に出るように誘い出した時から熱中し始めたらしく、その後自らの意志で地元の少年サッカークラブに入部し、今はもう、こんなにも上手に。
「へへんっ。この前ぼく、100回クリアしたんだっ、100回だよ!」
「おっ、ほんとかー! ずいぶんと上手くなったもんなあ、貴志」
 今の俺よりもサッカーにのめり込んでいるようにみえる貴志。


 だって俺は今、サッカーよりも“あいつ”のほうに————


『そろそろ帰らなくちゃお母さんに叱られる』と、始めてから一度もボールを落とさずに続けていたリフティングを止めた貴志は、俺に礼を込めた笑顔を見せて家へ向かって走って帰っていった……かと思ったら、再び俺の元に戻ってきた。


「そういえばさぁ、友達から聞ーたんだけど、鷹史兄ちゃんと、鷹史兄ちゃんの隣の家に住んでいる“ヘンなお姉ちゃん”が恋人同士……って話ってホントなの!?」
「——プッ!」
 真剣な顔で突拍子もない事を聞いてきた彼に思わず吹き出してしまった。
 貴志の後ろから来た車に気付いた俺は、彼の肩に手を置き内側に寄せた。
 “ヘンなお姉ちゃん”。それに“恋人”って————
 ヤバい。笑いが止まらない。マジで。
 貴志は隣で『鷹史兄ちゃんってこんなに笑うんだ……』という様な表情をして俺の顔を見上げている。確かに人前でこんなに笑ったのは久しぶりなのかもしれない。


「あはははは…………!
            違うよ、違う……クックック……。
                               ————“片想い”だよ」


「そ、そうだよね!? 鷹史兄ちゃんがあんなお姉ちゃんと恋人だなんてありえないよね。
 ごめん、へんな事聞いちゃって。じゃあね!」
 俺の事をまるで本当の兄の様に慕っているかの様に輝かせた目をして手を振り、彼は家へと戻っていった。


 ————片想いだよ。“俺の”な……。


 俺の言葉を聞いて貴志は100パーセントの確率で“武藤が”俺に想いを寄せつけていると思っていただろう。
 彼女が愛しているのは高樹なんだ。
 今の俺に幼かった頃の俺の影が重なる。
 あの頃も、今も……彼女はこんなにも近くにいる俺を飛び越して別のものを見ている。
 そんなに欲しいのならば手を伸ばして掴もうとすればいいのに、彼女への想いを認める事ができなくて、逆に辛くあたっていた。何年も、何年もずっと。
 誰かに取られない様に見えない鎖でいつまでも縛って繋いでなんかいないで、“あいつ”のように正々堂々と示せば良かったじゃないか。
 俺の上の街灯のあかりに蛾(ガ)が羽音をたてながらむらがっている。
 俺の場合、そんな事したら絶対気持ち悪がられると思うが————


“I want to……spend the rest of my life with you.”
 ————君とずっと……一緒にいたいんだ。

『闇の中の侍』 ( No.91 )
日時: 2013/12/09 17:19
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

《ここから再び武藤なみこちゃんが主人公になります》


「——ふうっ」
 まさかこんな時間になっちゃってるなんて。
 赤色、緑色と……ちょっぴり気の早いクリスマスモードのレストランの電飾や、居酒屋ののれんを灯す赤ちょうちんをバスの窓から眺めながら、ため息をついた。
 もう5時はとっくに回っている。
 普段おつかいなんて頼まれることはないし、お友達もいなかったから遊びになんても行かなくて、いつも家でゴロゴロしてばっかりなあたしが、こんな時間に外に出る、という事が何カ月ぶりか分からないくらい久しぶりだ。
 もうカラスもおうちに帰っていってしまったみたい。
 5時なんてまだ明るいから大丈夫だ、って思っていたけれど冬はもう目の前。よく考えてみればこの時期が一年で一番日が短かった。一人だと塾に行く時とは違ってこの暗さはやっぱりちょっと怖いかもしれない。


 アノ後は2人、ちゃんと服を着て、ホント……本当に何も無かった。うっかり口を滑らせて松浦くんの話をしてしまわないように気をつけながらお互いの学校の事を話したり、実は想像以上にたくさんいた高樹くんのお友達のお話を聞いたりして平和なひとときを過ごした。
 ただ……前に高樹くんが話していた“あたしの出てきた夢の話”が会話の途中に急に気になりだして、さりげなく聞いてみたはいいけれど————
「ん? でも、なみこちゃん、さっき“もうムリ”って言ってたよね。
 ホントにイイの? そんなに知りたいなら、もう一度……いや、僕の体力(スタミナ)が続くかぎり教えてあげてもいいけど……」
 彼は再び着ていたシャツを脱ごうとした。その時点であたしは夢の内容を即座に理解した。目の前にある、結局恥ずかしくって聞けなかった“メロン以外は名称不明なセレブご用達(?)フルーツ”を、あたしは心臓をバクバクさせながら食事中のリスのようにバクバクとほおばってごまかし、なんとか上手く(?)回避した。
 こんなに何回も求めてこられるなんて。
 やっぱり高樹くん男の子なんだ。
 あたしもちゃんと……女の子なんだ。


「家まで送る」
 高樹くんはそう言ってくれたけれど、お昼ゴハンをごちそうになっちゃった上に、わざわざ遠くまで往復してもらうなんて悪いし、それに……あたしは今日経験した甘酸っぱい夢の様な出来事に一人でどっぷりと浸りながら帰りたかった。
『心配だ』なんてこんなあたしなんかに本気で思ってくれている高樹くん。
 本当に大丈夫、って言っているのに、彼は彼の家の傍のバス停まで送ってくれた。
 ちょうど周りには人がいなかった。
 耳をかすめる微かな風の音しか聞こえないバス停のベンチに腰を掛けて手を繋いでいただけ。何も話さなかったのに二人の“同じ”気持ちが重なった。
 その時にしたキスは『さよなら』じゃなくて————


『もっと一緒にいたかった』のちょっぴり名残惜しいキスだった。


     ☆     ★     ☆


「きゃっ、やだっ、うふっ」
 バスの中で自分のくちびるに手を触れながら何度もあたしはだらしのない顔でニヤけてはキリッとした顔に戻していた。
 舞ちゃんはどうだったのかな。
 こんなに遅い時間だし、もうおうちに帰っている事だろう。バス停で会った時は初めてのデートで気持ちがピリピリしていたけれど、大好きな人に可愛い笑顔をいっぱい見せていたんだろうな。
 今、おうちでおいしくゴハン食べてるかな————


 グルルルル。
「ぎゃっ、やだっ もうっ!」
 日曜の夕方で平日よりも人の少ない静かなバスの中(まさか、こんな時に限って! なタイミングで)、あたしのお腹が女の子らしくない音で鳴り響いた。
 通路を挟んであたしの反対側のシートに座っている、白と黒のストライプ柄のスーツを着た、ガラの悪……コワモテ系のおじさんが携帯電話をいじりながら背中を震わせている。濃い茶色のサングラスに目が隠されていて、彼がどんな顔をしているのか分からない。
 あ、あたしのせいじゃ、ないもん……。
 きっとおもしろいサイトでも見ていたんだ! と、勝手にそう思い込みながらも、いち早くこの場から逃げ出したい気持ちになったあたしは、まだ降りるには早い1つ前のバス停にもかかわらず、“とまります”のボタンを押した。


     ☆     ★     ☆


 バスから降りて辺りを見渡すと、すでに目の前は真っ暗になっていた。
 せっかく慌てて降りたのに、なんて計算外。さっき“おもしろいサイトを見て笑っていたあのおじさん”も、困った事にあたしと一緒に降りてきてしまった。
 “チカンに注意!!”と歩道の脇に立っている町内掲示板に貼られた赤い色のポスターがあたしに警告をしてくる。


『はい、コレ。僕の携帯の番号。家に着いたら電話してね』
『う、うん。わかった(本当、高樹くんってば、心配性なんだから……)』
『ああ、でも女の子だし、なみこちゃん可愛いから心配だな』
 バスに乗る前に彼が呟いた言葉が頭をよぎる。


 コツ、コツ、コツ、コツ。
 あのおじさんの足音が近付いてくる。 
 彼のくわえているタバコの煙のにおいもだんだんと強くなる。
 怖くて振り向く事ができない。
 サングラスをかけていたから顔がよく分からないけれど、歳は大体50〜60歳。女であれば誰でもいいから獲物を狙っていたのかもしれない。
 こんな暗い夜道を一人で歩く女子中学生———— 


 あたし……絶好の獲物だ!! 


 さっきバスの中で笑っていたのは、お腹の鳴る音を聞いたからではなくて、おもしろいサイトを見ていたからでもなくて……。
 ————この人、チカンなんだ!!


 怖い!! どうしよう!!
 ちょうど街灯もなく車通りも少ない、脇に竹やぶ林が続く道にさし掛かる。
 そういえば日が落ちるのが早いこの時期は、特に不審者に気を付けてなるべく一人で出歩かない様にと学校で先生に言われていた事に今頃気付いた。
 1つ前のバス停で降りたりなんかしないで、きちんと家の傍のバス停で降りれば良かっ————


 コツコツコツコツ。
 ————チカンが来るっ!!
 あたしの後方10メートル? 5メートル?
 脇を閉め、どうしたらいいのか考える。
 振り向いたら口を塞がれて竹やぶへ連れこまれるだろうか。
 振り向かずに今、ここで大声で叫んでしまおうか。


 何で!! 
 大体どうしてこのおじさんあたしなんかを狙うの!? 胸のサイズなんてAカップも満たしてないんだよ!!
 だってそれに、さっきヘンな音でお腹鳴らしてた女の子だよ!! 
 誰か助けて。この前みたいに……。
 松浦くんでもいいから!! お願い!!


 ——って、こんなに遠く離れているバス停のそばを、こんな時間に彼が歩いているワケがない。
 一応学校でカタチだけとはいえども陸上部に所属しているあたしは、歯をくいしばって早歩きの足を全力疾走に変えて走った。


     ☆     ★     ☆


「 !! 」
 がむしゃらになって走り、ようやくあたしの家の前のバス停まで辿り着いた時、背格好が松浦くんによく似た人が立っているのが見えた。
 幻覚……?
 ————違う。幻覚なんかじゃない。


「武藤」


 “本物”の松浦くんはあたしに気が付くと、こっちに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
 あたしは————彼の胸の中に思いっ切り飛び込んだ。

『闇の中の侍』 ( No.92 )
日時: 2013/12/10 10:01
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

 相手が松浦くんだとかは関係ない。
 あたしは怖かった。ただ……とにかく今は、誰でもいいから助けて欲しかった。
 面倒事を嫌い、いじめる目的だけでしかあたしに話し掛けてくるとかして関わってこない彼の事だから、あたしなんかに対してこれっぽっちも関心なんか持っていない彼の事だから、“どうしてこんな時間に1人で夜道を歩いているのか”だとか、“何が起きたのか”とか、その辺りの事はやっぱり何も聞かれなかったけれど、彼はいきなり飛びついてきたあたしの背中にそっと両手を回した。
 怖かった気持ちが涙へと変わり、ボロボロとはがれ落ちてゆく。
 松浦くんの胸の中に顔をうずめ、まるで迷子になった小さな子供の様に声まで出して泣いてしまったあたし。
『もう大丈夫だ。俺がいるから』
 彼にそう慰められていると勝手に思い込みながら目を閉じたあたしは松浦くんの心臓の音を聞きながら呼吸を整えた。
 背中にある彼の手がとても冷たい。 
 松浦くんこそ、どうして一人でこんなところにいたんだろう。
 一体何時からいたんだろう。
「ねぇ、松浦くん……」
 聞こうと思ったけれど、それを聞くのはやめておく事にした。
「チカンに追いかけられてね……コワかったんだ……」
 あたしの頭の上に置かれた松浦くんの手が、ふわふわと撫でる。
 冷たい手から伝わってくる優しい温もり。
 信じられない。
 なんだか今夜の松浦くんは松浦くんじゃないみたい。
 ————ごめんね、松浦くん。今までいじわるばっかりしてくるひどい人だと思ってて……ごめんね。


「ああ、そういえばおまえ、これでも“一応”女、だったもんな……」
「……え?」


 彼の吐く白い息と共に、耳元から伝わる冷たい毒。
 松浦くんは、わざわざアクセントまで付けて囁いてきた。
「フン! たとえおまえがその辺で全裸で踊っていたとしても俺は“1秒だって”見たくない。
 単なる自意識過剰だ、バーカ」


 なんて、そう言いながらもあたしの気持ちが落ち着くまでずっと抱き締めていてくれた松浦くん。不思議な事に今の彼の言葉のおかげであたしの気持ちがスーッと安らいでいく。
 もうひとつ不思議な事に、今だに激しい音で刻んでいる心臓の音が、松浦くんの方から聞こえてくる様な気がした。


 チリン、チリーン。
 風もなく静まりかえったバス停にベルの音を鳴り響かせ、自転車に乗ったおまわりさんがあたし達のいる横の車道を通り過ぎた。
 松浦くんはあたしの体から腕を離し、背を向けた。
『もう大丈夫だろ』
 彼の背中がそう言っている。あんな風に抱き締められた後だから、もしかしたら手を繋いで家まで送ってくれるのかと思って図々しくも出してしまっていた自分の右手をサッと引っ込めた。


 出演・松浦鷹史・武藤なみこ
 ドラマ『バス“停”で愛し合う2人』


 以前、塾のバスの中で大失敗したにも懲りず、こっちの方も、やはりとても違和感のあるキャストだが、少女マンガやトレンディードラマの見せ場の様なあたし達のこの“やりとり”を誰かに見られたくなかったのかもしれない。
 だって……そこから近所や学校でヘンな噂がたっちゃったら迷惑、だもんね。
 “チカンに追いかけられた”って言ったのに、スタスタと一人で勝手に家に向かって歩いていってしまう松浦くん。
 だ、だいじょうぶ? ……ホントに大丈夫なの!?
 後ろを振り向いてみれば、曲がり角や路肩に停めてある車や電信柱……あの陰からまた変なものが“出てくる”かもしれない。
「ひいっ! ま、待って!!」
 あたしは松浦くんを追い掛け、彼の横について歩いた。
「プッ。そういえばおまえ昔、幽霊とか妖怪だとか怖がってたなぁ。
 幽霊が呆れちまうくらい鈍いくせに……」
 さっきあんなに怖い思いをしたのに。
 抱き締めて頭を撫でてくれたのに。
 実はまだ怖いこっちの気持ちも知らないで笑いながらスタスタと歩いてしまう松浦くん。あたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれればいいのに……。
「どうせ見た事なんか、ねぇだろ」
「やめて……。こんな時におばけの話しないでよ……」
「あ。軍服着た血だらけの兵士が、あの曲がり角に————」
「 !! 」
 まんまと思惑通り(?)腕にしがみついたあたしの顔を見て彼は鼻で笑い————あたしの腰に手を回した。


「俺が今、何を考えているのか……教えてやろうか……」


 腰に回した手を寄せ、彼が呟く。
 どうせ、あたしが“バカ”だとか“単純”だとかだと思うけど。
 ほっぺたを膨らませながらあたしは松浦くんの言葉の続きを待っていた。しかし彼は結局その後何も話さないままあたしの家の前まで送ってくれた。
『ありがとう』
 そうお礼を言いたかったのに、「はやく行け」と背中を押された。
 玄関のドアを閉めるまで腕を組みながらずっとあたしを見て見送ってくれている松浦くん。
「ありがとう!」
 やっとお礼が言えた。
 ドアを閉めたらやっと……スッキリした。
 手を挙げて応えるとか、笑顔を見せるとか、何の反応もなかったけれど。


 “ありがとう”


 なんだか彼に対してこんな気持ちになったのはものすごく久しぶりの様な気がする。
 最近お母さんが言っていた。


「鷹史くんね、なみこのためにいつもお花を摘んで遊びにきてたのよ」


 お母さん同士仲が良かったし、家も隣同士でさらに同い年同士だから小さかった頃は彼があたしの家によく遊びにきてくれた事は覚えている。
 でも“あの松浦くん”がお花だなんて……。
 その話を聞いた瞬間、胸元の開いたシャツに黒いタキシードを着た、今の……“14歳の松浦くん”が、赤いバラの大きな花束を両手で差し出している姿が浮かんだ。
 絶対ウソだ。お母さんは冗談でデタラメ言ったんだ。
 あたしはそう思った。笑いを通り越して寒気がしたんだ。その話を聞いた時は。


『俺が今、何を考えているのか……』


 松浦くん……。あの時、何を言おうとしてたんだろう。
 玄関で靴を脱ぐ手を止めて、あたしは考えていた。
 そういえばさっき松浦くんに言われた。
 あたしは“自意識過剰”なんだって。
 顔を彼の胸の中に包まれて抱き締められていたから見えなかったけれど、松浦くんに撫でられた頭を、あたしに花を渡す彼の顔を想像しながらもう一度自分で撫でてみた。
 自意識過剰なのかもしれないけれど、松浦くんはあたしの事をそれほど嫌っていないのかもしれない、って思った。

『こんな娘でごめんなさい』 ( No.93 )
日時: 2013/12/15 14:21
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


 行き先も告げずに、こんなに暗くなる時間まで遊び歩いていたのだから、絶対お母さんに叱られるに違いない。
『ただいま』は心の中だけで言っておく事にして、そのまま自分の部屋へ行ってしまおうと忍び足で階段を昇りかけた。しかし、やっぱり黙って帰ってくる方が余計に叱られるんじゃないだろうか。そう思い引き返して、おそらく今、お母さんがいるだろう台所のドアを覚悟を決めて開けた。
 ————台所にはお母さんは居なかった。
 食卓の上にはいつでもすぐに食べられる様に、伏せてあるお茶碗とグラスにお箸、2枚重ねて置いてあるスープ皿、そしてあたしの大好物のスライスされたパイナップルの乗っかったハンバーグに大豆入りのマカロニサラダが添えられて置かれていた。出来上がったばかりなのだろうか、おいしそうな香りと湯気をたたせている。
「お母……さん?」
 台所のとなりの部屋のリビングからはテレビの音だけが空しく聞こえてくる。
 帰りの遅いあたしの事を心配して外へ探しに出て行ってしまったのかもしれない。もしかしたら誘拐されたかと思って警察に捜索願を出してしまったのかもしれない。
 どうしよう……。
 つばを飲み込み、リビングを覗くと————
 リモコンを片手に、ソファーの上で大きないびきをたてながら仰向けで熟睡している……お母さんが居た。


 “この親にして、あたしあり”
 やっぱりこのひとはあたしの勉強のこと“だけ”しか心配していないのか。とにかく大変な事態にはなっていなかった様で、ホッと胸を撫で下ろしたあたしは、ぐっすりと夢の世界に沈んでいるお母さんをゆすって起こした。


「ああ、なみこ。帰ってたのね……」
 大きなあくびをしながらムクッと起き上がった彼女に、ここぞとばかり普段から小言を言われている仕返しに何か言ってやろうかと思ったけれど、ハンバーグに免じて許してあげた。


「おなかすいた。はやく食べようよ、お母さん」


 食卓でハンバーグをほおばるあたしの顔をお茶を飲みながらジッと見つめているお母さん。
「こんなによく食べる子なのに、どうしてなのかしら。全然伸びないのよねぇ、あんたは」
 ため息をつきながら空っぽになったあたしのグラスにお茶を注ぐ彼女に、コンプレックスになっている背の事を言われて少しカチンときたあたしは、ハンバーグにフォークを突き刺して言い返した。
「食べても太んないもんね、だ。あたし“は”」
 ハンバーグを口に突っ込んでグラスの中いっぱいのお茶を飲みほす。
 “誰かさん”の様に、あたしに対してだけトゲのある接し方をしてくるお母さんだけれど、このハンバーグだけではなくて、作ってくれる料理はいつも優しい心のこもった味がする。
 お父さんもきっとお母さんのこんなところが好きになって結婚したのかな。


「お父さん……会いたいなぁ」
「あらっ、今日、電話あったわよ。今度の土曜日に帰ってくるんだって。
 “なみこに早く会いたい会いたい”って。
 プレゼントがあるから楽しみにしてろ、って言ってたわ。
 ああ、多分アレね、あんたが欲しがってた携帯電話よ。
 はぁ。中学生にそんなもの必要かしら。しかもあんたにはねぇ……。
 防犯のために、だとか、もう年頃だし、彼氏ができた時に連絡を取り合うのに便利だからとか言って。
 まだ全然コドモなのにねぇ。彼氏なんかできたらあの人絶対淋しがるくせに。もう、ホントに甘いんだからお父さんは……」
「うふふっ」
 お母さんの話のなかのお父さんが高樹くんに似ている気がして思わず笑ってしまった。
 実はあたしのお父さんは今、長期出張中なのだ。働いている会社の親会社がある遠く離れた都市の方へ行っている。最近はとても忙しい様でせっかくこっちへ戻ってきてもすぐにまた向こうへ行ってしまうけれども、帰ってくる度にあたしをギュッと優しく抱き締めてくれるお父さん。
 あたしも早く会いたいよ……。


「あらっ、ソレ今日買ってきたのね。
 ふぅん。なみこにしてはなかなかセンスいいじゃない」


 お母さんはいきなりあたしの頭に手を伸ばし、今日高樹くんにプレゼントされたピンを勝手に外して手に取った。それを照明の光にかざしたり、角度を変えたりして、鑑定士の様に目を細めては大きく開いて険しい……というより、はたから見ればおもしろい顔で見ている。
「ヒスイ、かしら?
 いやいや、そんなはずは無いわよねぇ。あんな高価なモノがあんたのお小遣いで簡単に買えるワケないものねぇ。
 ほーんと、最近のアクセサリーってよくできてるわよね。“まがい物”が出回るワケだわ。
 そうそう! 来月お母さん同窓会があるのよね。だからコレちょっと貸し……」
「————かえしてッ!」
 あたしは彼女からピンを取り返し、再び髪に留めた。
 冗談じゃない。コレは高樹くんにもらった大事な宝物なんだから貸せるワケがない。……っていうか、“まがい物”だなんて超失礼なんだから! ほんとにもう、このお母さんは……。
 それでも懲りずに彼女は今度はあたしの顔に自分の顔を近付け、クンクンとにおいを嗅いでいる。


「あら、いい香り。あんた香水なんて持ってたのね」
「……えっ?」


『……ごめん。勢いあまって“やりすぎちゃった”。こわかった、よね』
『ん……。こわいっていうより……恥ずかしい。こんなトコ、こんな風にされるなんて知らなかったし……あたし』
『僕はずっとしたかった。知らないのなら僕が全部教えたい。僕だけが』
『……おいで』
『あ。高樹くん……いい香り、する』
『なみこちゃんはせっけんの香りだね』


 いきなりお母さんに変な事を言われたせいで、あたしの頭の中に高樹くんの部屋の中で起こったコトが鮮明に蘇ってきた。
 確か、その後に あの“エックスタシーなんとか”が!!


『安心して。今日“は”ちゃんと用意してあるから……』


「おおお、おふろ、はいってくるっ! ごちそうさまっ!!」
 残りのハンバーグを口の中に一気に押し込んで、あたしは後片付けもしないで台所を飛び出した。

『こんな娘でごめんなさい』 ( No.94 )
日時: 2013/12/16 15:37
名前: ゆかむらさき (ID: siKnm0iV)

     ☆     ★     ☆


 バスルームの脱衣所のかごの中の一番上に放りこんである、いちご柄の散りばめられたなみこちゃんのパンティー。
 彼女はただいま入浴中なので、ここから先はご遠慮願い————


 チャプ……。
「勝負下着かぁ……」
 ぬくぬくと湯船に浸かりながらあたしは考えていた。
 今まで服は全て、下着までお母さんに任せて買ってもらっていた。
『あら、コレ可愛いじゃない。あんたにピッタリよ』
 ……だなんてお母さんは自分ばっかり通販でウエスト矯正だとかいった海外製の値段の高い下着ばっかり注文して着けているくせに、あたしには上下セットでさらに3点セット入りで売っているお値打ち品の……しかも“児童用”のサイズの下着を買ってくる。
 実は今日高樹くんとのデートに着けていた下着も残念な事にそうだった。まさか、あんな事態(コト)になるなんて思ってもいなかったし————
「わ。いちごだっ、可愛い!」
 と、そんな風に高樹くんはニッコニコ顔で褒めてくれたけれど、きっと気配りの上手な彼の事だからだったと思う。あたしはものすごく恥ずかしかった。
 とはいっても、いきなり『リボンとかレースのフリルの付いた下着が欲しい』だなんてねだったりなんかしたら、おかしい、って思われるかもしれない。
 漫画を買うのをしばらく我慢して、コツコツ貯めたおこづかいで買っちゃおうかな……。
 高樹くんのためならば、そんなことくらい我慢できる。漫画なんてもう全部いらないくらい。
 だって……あたしが読んでいる漫画なんかよりも何倍も素敵な恋愛体験を現実のなかでしているんだもん。


「はぁ……」
 浴槽のふちにかけた腕の上にほっぺたを付けて大きなため息をついたあたし。
 最近、学校で行われた体重測定の事を思い出して急に空しくなってきた。そういえばクラスの女の子の大半がブラジャー、もしくはカップ付きのタンクトップを着けていた。あたしはクラスで一番……極端に背が低くって……胸も小さい。
 “ここ”はお母さんから遺伝しなかったなぁ。
 口先をとんがらせながら、あたしは湯船の中に浸かっている胸に視線を落としてもう一度ため息をついた。湯けむりの中にぼんやりと見えるペッタンコな胸。少し体をゆすってみたけれど、お湯の表面が揺れるだけで“あたしの”は全く揺れない。


「あれっ?」
 胸ばっかりずっと見ていて気が付いた。
 右胸と左胸の間にほんのりと赤い小さなアザができている。
「こんなところ、ぶつけたっけ?」
 思い当たるふしがなく不思議に感じながらお風呂を出た。脱衣所でバスタオルで体を拭いている時に、太ももの内側にまた1つ胸に付いていたものに似ているアザを見つけた。 
 ホントにドジだなぁ。ケガした事にも気付いていないなんて……。こんなんじゃまた高樹くんに笑われちゃ————


「 !! 」
 のん気にお風呂なんかに入っている場合ではなかった。
 家に着いたら高樹くんに電話するって約束していたのに!
 あれからもうずいぶんと時間が経っている事だし、連絡が来なくて心配しているに違いない。
 呆れちゃう。
 本当にあたしは一体何をやっているのだろうか。
 自分で自分を叱りながら、手に持っているバスタオルをグルグルと体に巻いてバスルームを飛び出した。
 ちょっと待てよ……。
 電話はリビングにあるのだけれど、こんな格好で使っている所をお母さんに見付かったら叱られる。それに、男の子と話している会話を聞かれて、『誰だ』とか『どこに行ってた』とか後から根掘り葉掘り聞かれるのは……ましてや『何をしていた』だなんて、口が裂けても言えない!!
 あたしは2階の廊下にある子機を使って掛けようと、かけ足で階段を昇った。


 廊下で子機の受話器を手に取り、自分の部屋に入った。
 左腕に抱えているパジャマと下着を足元に落として一度深呼吸した。
 高樹くんと今日、日中、あんなにも2人で一緒に過ごしていたはずなのに、やっぱりドキドキする。
 やだっ、どうしよ……なに話そ……。
「 !! 」
 ————しまった!!
 別れ際に渡された高樹くんの携帯番号の書かれたメモが今日履いていた……さっきバスルームで脱いだショートパンツのポケットの中に入れっ放しになっていた事に気が付いた。
 もうっ! あたしのバカッ!!
 タオルを巻いたままの格好で急いで再び1階のバスルームに戻り、脱衣かごの中のショートパンツのポケットからメモを取り出して2階に行こうと階段を昇り掛けた時————
 ピーンポーン。
 インターフォンが鳴った。
 誰だろう。こんな夜にお客さんだなんて。 
 お父さんが来るのは明日だって、確かさっきお母さんが……。
 まずい……!! お母さんが来るっ!!
 ずり落ちそうになったタオルを手で押さえながらあたしは自分の部屋へ戻った。


 カーテンが開けっ放しのまま、電気も点けずに暗い部屋の中、震える手で受話器のボタンを押して耳に当てる。
 呼び出し音が1回鳴る度にあたしの鼓動が速くなる。


『なみこちゃん……。また忘れてたでしょ……』
 帰宅してからの一部始終を見透かされていた様に受話器の向こうの高樹くんにいきなり言われてしまった。
「ごめんなさい!!」
 連絡するのを忘れた事を謝ったけれど、その後、何を話せばいいのか分からなくなってしまい戸惑っていたら、小さく笑った彼が会話を繋げてくれた。
『ふふっ。今度の塾で“おしおき”だから覚えておいてね』
 せっかく繋がったけれど、余計にどう返したらいいのか分からない。“塾でおしおき”と聞いて、あたしの頭の中に浮かんだのは塾の3階の“やりまくりべや”……。
『何考えてたの? なみこちゃん……』
「な!! なんにも!! うんっ!」
 聞かれて必死で頭の中の映像を消していると、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえた。
 その音が段々とあたしの部屋に近付いてくる。
 ————お母さんだ!!
 こんな時に……。
 高樹くんとせっかくのラブラブ(?)コール中に限って一体何の用なんだろう。
 再びずり落ちそうになったバスタオルを押さえた。
 しかもこんな格好なのに————
 高樹くんともっとお話したい気持ちだけれど、仕方がない。電話を切らなければ!!
「ごめんね、高樹くん。実はあたし今バスタオル1枚だけなんだ……。
 お風呂の中で急に高樹くんに電話かける事思い出しちゃって……だから……」


 ガチャッ。
 電話を切った音ではない。いくらなんでも『おやすみ』も告げないでいきなり電話を切ってしまうなんて失礼だから。
 これはあたしの部屋のドアを開ける音。
 やっぱりお母さんが入ってきたんだ。
『バスタオル1枚、って……すげっ』
「はい……そう、です……」
 受話器を持ちながら急に敬語になったあたしはバスタオルを片手で押さえながらヘナヘナとその場に座り込んだ。
 背後にすさまじい冷気を感じる。
 きっと腰に手をあてて頭から角を生やしたお母さんがいる……。
 つばを飲んでゆっくりと振り向くと、なんとそこにいたのはお母さんではなくて————


 ————松浦くんだった。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。