複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(外伝)
- 日時: 2021/04/16 00:38
- 名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=16085
皆さん、こんにちは!銀竹と申します。
ここでは、『〜闇の系譜〜』の小話をちょこちょこ書いていきたいと思います。
完全に狐の遊び場と化していますが。ご容赦下さい(笑)
もし物語に関するご要望等あれば、ぜひ仰って頂けると嬉しいです(*´▽`*)
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300
†登場人物紹介・用語解説† >>1←随時更新中……。
『三つ編みの』 >>2-3 >>5-11
──トワリスの三つ編みの秘密に迫る……!
『おまじない』 >>12-13 >>15 >>17-21
──なんとかは風邪を引かないと言いますが、ユーリッドは引きましたね。意外です。
『忘却と想起の狭間で』 >>22-27 >>30-31
──外伝ですが、結構暗い内容です。しょんぼりアドラさん。
『悪魔の愛し子』取り下げ
──なんとかは風邪を引かないと言いますが、ルーフェンは(略)。
『ずるい人/卑怯な人』取り下げ
──ファフリもトワリスも、物好きだなとよく思いますw
『赤ずきん』 >>94-95
──ずっとやりたかったパロディーもの。とにかく下らないです。ただの狐の自己満足です。
『酩酊』取り下げ
──真面目な人ほど、酔うと面倒くさいよねっていうお話です。
『とある魔女の独白』 >>116-118
──サーフェリア編を最後まで書いて、そのあとにこれを読んだら、また見方が変わるんじゃないかな……という願望(笑)
『桃太郎』 >>126-128 >>130-132 >>135-137
──これまたすごくどうでもいいパロディーもの。ちょっと汚らしいので注意ですw
『シンデレラ』 >>138-140 >>142-156
——リリアナさん初出演のパロディーもの。本編とは全くの別物です!(笑)
『光』 >>157 >>159-170
——オーラントとその妻、ティアの出会いから別れまでを描いた物語。
『不思議の国のアーヴィス』 >>172-184
——ツインテルグ編の主人公、アーヴィス初出演のパロディもの。
本編には出てきていない登場人物ばっかりなので、完全に作者の自己満です。
『〜闇の系譜〜座談会』
──ひっどい内容です(笑)世界観をぶち壊す発言、登場人物のキャラ崩壊が満載ですので、閲覧注意。
【第一回】オーラント×トワリス
「アドラ生存ルートの可能性について」 取り下げ
【第二回】ルーフェン×ハインツ
「ミス・闇の系譜は誰だ」 取り下げ
【第三回】ジークハルト×リリアナ
「応援歌を作ろう」 取り下げ
【第四回】ユーリッド×半本とどろき(ゲスト)
「世界線を越えて」 >>141
【第五回】カイル×ロクアンズ・エポール(ゲスト)
「世界線を越えてⅡ」 >>158
【第六回】サミル×クラウス(ゲスト)
「世界線を超えてⅢ」 >>171
【第七回】リリアナ(+α)×成葉&慶司(ゲスト)
「世界線を超えてⅣ」 >>185
登場人物の掘り下げ
ジークハルト・バーンズ >>187
サミル・レーシアス >>188
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
…………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
【頂き物】 >>16 >>53 >>98 >>99
……お客様……
夕陽さん
ヨモツカミさん
蓮佳さん
まきゅうさん
亜咲りんさん
ゴマ猫さん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.163 )
- 日時: 2018/11/08 18:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
オーラントはその後、一層頻繁に、ティアの元を訪ねるようになった。
任務で各地を転々とすることが多くなっていたが、なんだかんだで、自分にも、彼女との別れを惜しむ気持ちはあったのだろう。
宮廷魔導師になってからは、一度拠点を王都に移すよう言い渡されていたから、直にカナンの村からも、離れなければならなかった。
ひとまず、後釜が見つかるまでの時間は、オーラントがカナンの村に常駐していたが、それも残りわずかであった。
その間も、オーラントとティアは、会って、とりとめのない世間話をするだけであったが、オーラントは、それで良いと思っていた。
自分達の間には、確かに燻った熱のようなものがあったが、今ならまだ、無視できる程度であったのだ。
いくらティアが肯定してくれようとも、自分は、人を殺したことがある。
自分だって、いつ死ぬか分からない。
己が選んだのは、そういう人生で、そんな自分が、何食わぬ顔で人並みの幸せを掴もうというのは、やはり抵抗があった。
王都に帰れば、もう二度と、カナンの村に戻ることはないだろう。
だから、それまでのほんの僅かな時間だけ、一緒に過ごせれば、それで十分だった。
男のくせに、情けない甲斐性なしだと、そう周囲から指差されたとしても、自分には、相手を不幸にすると分かっていて添い遂げる勇気などなかった。
家族を失った人間が、日に日に冷めた目になっていくことを、オーラントは、知っていたのだ。
けれどある時、帰り際に、ティアが言った。
「私、オーラントさんのことが、好き」
まるで、「また明日ね」とでも言うような、軽い調子で。
少し美人だと褒めただけで、恥ずかしそうに頬を赤らめていたあのティアが、随分とあっけなく、言えなかった一言を告げてきた。
目を見開いたまま、硬直したオーラントを見上げて、ティアも黙っていた。
盲目の彼女とは、もちろん目が合うことはないのだが、その閉じられた瞼の奥で、じっと見つめられているようであった。
ぱちぱちと、炭の爆ぜる音が、暖炉から聞こえてくる。
がらんとした寒々しい部屋の空気とは裏腹に、胸の奥が熱くなって、息苦しさを覚えた。
「……はは、こりゃあ、びっくり。まさかお前から、愛の告白を聞くことになるなんてなぁ」
渇いた口から出たのは、自分でも呆れるくらい、しょうもない台詞だった。
別の女が相手だったら、もっと気の利いた返しも出来たと思う。
だが、今のオーラントには、何かを考えて話すほどの思考力がなかった。
オーラントの間の抜けた返事に、緊張の糸が切れたのだろう。
すん、と鼻をすすると、ティアは、弱々しく言った。
「……オーラントさんが、言ったんじゃない。積極的な女の人がいいって」
「…………」
膝掛けを握るティアの手が、細かく震えている。
それを見ただけで、彼女が、一体どれほどの勇気を振り絞ってくれていたのかが、分かった。
下を向くと、ティアは、静かに言った。
「……オーラントさん、もうすぐ、王都に帰っちゃうんでしょう? 私、オーラントさんと会えなくなるなんて、嫌。……お願い。私のことも、連れていって」
「…………」
ああ、もう駄目だと思った。
曖昧な関係のまま、へらへらと笑って別れを告げるわけには、いかなくなった。
ティアの言葉を聞いてしまった以上、もう、引き返せない。
この関係に白黒つけるしか、なくなってしまったのだ。
オーラントは、ゆっくりとティアに向き直った。
「……本気で言ってるのか。俺は、いつ死ぬかも分からんような身の上だぞ」
ようやく出た声は、随分と冷たかった。
ティアの表情が、微かに歪む。
拒絶されたことを即座に理解したような、悲しみの表情だった。
「……本気よ。それに私だって、小さい頃から、何度も何度も、お医者様に死ぬかもしれないって言われてきたような人間だもの」
涙をこらえるように、すっと息を吸って、顔をあげる。
そんなティアの口元には、寂しげな笑みが浮かんでいた。
「でも、私ね、オーラントさんがいてくれたら、頑張れる気がするの。諦めないで、絶対に生きていようって、そう思うの。……私じゃ、オーラントさんの、そういう人にはなれない?」
オーラントの目が、揺れる。
ティアの視線から逃げるように踵を返すと、「悪い」と、そう一言だけ告げて、オーラントは足早に部屋を出た。
そのあとのことは、よく覚えていない。
胸の奥が、ぐらぐらと煮えているような思いを抱えたまま、オーラントは外に飛び出した。
いつの間にか、辺りは暗くなっている。
昼間より一層冷えきった風が、身体の芯を蝕んでいくのを感じながら、オーラントは、黙々と帰路についたのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.164 )
- 日時: 2018/11/11 19:15
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
それ以来、オーラントは、ティアに会いに行くのをやめた。
巡回の際、ふとティアの家を遠目に見ても、二階の窓は、もう開いていなかった。
あんな最低な別れ方をしたのだ。
きっと彼女も、呆れているだろう。
こんな無神経で、意気地のない男だとは思わなかったと、軽蔑しているに違いない。
これで良い。これで、良いのだ。
このまま、二度と顔を合わせず、何事もなかったかのように別れるのが良い。
もしもう一度会ってしまったら、堪えきれぬものが、口を突いて出るかもしれない。
今ならまだ、穏やかな思い出の一片として、留めていられる。
今なら、まだ──。
数日が経って、カナンの村に常駐する、後任の新人魔導師が決まった、との連絡が入った。
こんな北端での勤務を希望する者なんて、滅多にいないから、その後任魔導師とやらは、さぞうんざりした顔でやってくるだろう。
実を言うと、かつての自分もそうだった。
特に希望する任務地はない、などと告げてしまったばっかりに、こんな辺境での勤務を押し付けられてしまったのだ。
こうなるなら、嘘でも中心部を希望しておけばよかったと、当時は後悔したものである。
魔導師になって二、三年もすれば、どこぞの街や村に常駐していたとしても、その付近で何かしら事件があれば、あちらこちらに派遣されることになる。
内戦や暴動が起きたともなれば、その鎮火に駆り出されることもしばしばだ。
しかし、まだ経験の浅い新人の内は、常駐場所の警備や巡回が主な仕事だ。
カナンの村は、厳しい寒さに脅かされているという点以外は、事件など滅多に起こらない、平和なところだった。
平和だが、目新しいものも何もない、どのつく田舎だ。
正義を掲げ、敵を打ち破る──そんな勇敢な魔導師を夢見て入団した若者には、かなり退屈な村だろう。
まだ顔も知らぬ新人魔導師が、雪しかないカナンの村を見たとき。
一体、どんな拍子抜けした顔をするのかと想像して、オーラントは苦笑した。
(……結構、良い村なんだけどな)
もうすぐ去ることになる、駐屯地の板張りの間を見渡して、オーラントは嘆息した。
華やかな都市部も良いが、こうして国の端々まで足を伸ばすのも悪くないと、そう思ったのは、この村がきっかけだ。
王都にいるだけでは知り得ない、様々な土地の暮らしや文化に触れるというのも、魔導師にしかできないことなのかもしれない。
目を閉じれば、北の地に来てから出会ってきた人々の顔が、頭の中に浮かんだ。
最初は皆、王都から来た魔導師だと聞いて、顔を強張らせていたが、打ち解けてみれば、彼らと自分との間には、何の隔たりもなかった。
一人、また一人と思い浮かべて、最後に浮かんだのが、ティアの笑みだったとき、ずっと無視してきた愛おしさが、くっきりと目の前に現れたような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.165 )
- 日時: 2018/11/15 18:25
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
日が暮れて、ひんやりとした隙間風が、オーラントの頬を撫でた。
火の勢いを強めるかと、暖炉に薪をくべていると、不意に、どさりと屋根の上の雪が落ちる音がした。
今日は、降雪量もそう多くなかったのだが、自然と雪崩を起こすほど、雪が積もっていただろうか。
そう不思議に思いながらも、火を興していると、今度は、駐屯地の壁を、こつこつと軽く叩くような音がした。
外に、何者かの気配がする。
殺気はなく、怪しげな魔力も感じないその人物は、まるで何かを探るように、駐屯地の壁をこつこつ、こつこつと叩いて回っている。
それが、入り口を見つけようとしているのではないかと気づいたとき、オーラントは、まさか、と思った。
まさか、そんなはずはない。
だって彼女は、一人で歩けるかどうかも分からないと、そう言っていたのに。
玄関口の扉を開けてみると、思っていた通りの人物が、壁伝いに歩いていた。
鼻先を赤く染め、白い息を吐きながら、よたよたと杖を支えに歩くその女を、オーラントは、信じられぬ思いで見つめていた。
「……ティア」
はっと、ティアが顔をあげる。
うっすらと雪の積もった髪を、慌てて手櫛で整えると、ティアは、安堵した表情になった。
「オーラントさん……?」
「……ああ」
ティアの顔が、ふわりと綻んだ。
悴(かじか)んで、上手く動かない指先を懸命に動かし、真新しい外套についた雪も払うと、ティアは、口を開いた。
「良かった……あの、村の人たちにね、オーラントさんはどこにいますかって、聞いて来たの。オーラントさんの言った通り、思いきって話しかけてみたら、皆、親切な人だったわ。一緒に来て案内するって言ってくれた人もいたのだけど、恥ずかしいから、断っちゃった……」
照れたようにうつむいて、ティアは、矢継ぎ早に言った。
「あの……あのね、この前は、その、変なことを言って、困らせてしまってごめんなさい。王都に連れていけなんて、もう言いません。……ただ、このままお別れするのは、どうしても嫌だったから、最後に、ありがとうって、お礼だけ言いたくて、それで……来ました」
ティアの声が、尻すぼみになって、消える。
次の言葉を迷っているのか、少し困った様子で黙り込んだ彼女の肩は、寒さからか、微かに震えていた。
村の奥地にある彼女の家から、入り口付近にある駐屯地まで、そう遠くはない。
しかし、ろくに外出などしたこともないティアが、雪を掻き分けて、進んで、どんな思いでここまで来たのか。
想像するだけで、胸の奥がずきりと痛んだ。
ティアは、辿々しい口調で、言った。
「あの……私、完全に失明した時から、ずっと、目の前が真っ暗だったの。でも、オーラントさんが声をかけてくれたあの日から、少しずつ、視界が明るくなっていって、毎日が、とてもきらきらしていた。……だから、私ね、やっぱり、オーラントさんのことが好きよ」
一度息を詰めると、ティアは、下を向いた。
しかし、すぐに顔をあげると、泣き出しそうな表情で、笑んだ。
「本当に、本当に、ありがとう……。どうか、お元気で」
そう言って、背を向けようとしたティアの身体を、気がついたときには、抱き寄せていた。
懐に入れた彼女の身体が、想像以上に細くて、冷たくて。
少しでも暖まるように、オーラントは、抱く腕に力を込めた。
「……ごめん。臆病で、ごめんな」
抑えようとしたはずのものが、口からついて出た。
「俺も、好きだったんだ。本当は、ずっと好きだったんだよ、ティア」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.166 )
- 日時: 2018/12/06 08:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
* * *
季節が巡り、ティアの妊娠が分かったのは、それから一年ほど経った、春のことであった。
シュミレット家との縁を切り、王都シュベルテに移り住んでいた二人は、城下町でも南端の、物静かな郊外にある、小さな家で暮らしていた。
当時、ほとんどの時間を王宮で過ごしていたオーラントのことを考えれば、王宮近くに新居を建てても良かったのだが、騒がしい中心部にティアを住まわせるのは、なんとなく躊躇われた。
故に、長閑(のどか)な下町に移ることにしたのである。
オーラントが選んだ郊外は、自身が昔、一時的に住んでいた場所でもあって、顔見知りが多かった。
嫁を連れて戻ったとなれば、散々からかわれるであろうということは容易に想像できたので、若干気は重かったが、たった一人での生活が難しいティアには、周囲の助けを借りやすい環境の方が良いだろうと思った。
最初は、上手く馴染めるか不安であったが、オーラントの心配などよそに、ティアは、すんなりと近所の人間たちに溶け込んでいったし、簡単な家事なども、こなせるようになっていった。
子供ができたみたい、と打ち明けてきたのは、オーラントが遠征から戻ってきて、一月ぶりに帰宅した時であった。
おそらくティアは、帰ってきたオーラントに、すぐに伝えたかったのだろう。
玄関口で、靴を脱いでいるときに突然告白されたので、持っていた一月分の大荷物を、盛大に落とした。
この時のオーラントは、喜びのあまり大興奮していたので、ティアになんて声をかけたのか、ほとんど記憶がない。
ありがとう、とお礼を言ったような気もするし、思わず、俺の子? だなんて、失礼極まりない質問をしてしまったような気もする。
とにかく、そのまま玄関に座り込んで、縁起が良さそうな意味を持つ古語を並び立て、子供の名前にはどれが良いだろうと吟味し始めたので、まだ男か女かも分からないのに気が早いと、ティアに呆れられたことだけは覚えている。
一般的に考えれば、幸せの絶頂期であろう、新婚生活。
にも拘わらず、宮廷魔導師としての仕事に忙殺され、家を空けることが多くなっていたのは、本当に申し訳ないと思っていた。
しかしティアは、職業柄仕方がないことだと納得して、オーラントを責めてくることは一切なかったし、近所の人達も皆、親切にしてくれるからと大丈夫だと、そう言って、いつも笑っていた。
オーラント自身、すまなく思う一方で、ティアは案外、芯が強くて聡い娘だから、きっと一人でも問題ないだろうと──心のどこかで、安易に考えてしまっていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.167 )
- 日時: 2018/11/23 18:56
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
そんな彼女の優しさに、甘えていたことを後悔する日が、やがて、訪れた。
いつものように帰宅をすると、ティアが、台所の脇で、倒れていたのである。
その口から、暗い色の血液が流れ出ているのを見たとき、頭が真っ白になった。
蒸し暑い、初夏の日の夜であった。
慌てて近くの病院に駆け込むと、ティアはそのまま、入院することになった。
ティアは、すぐに意識を取り戻したが、家で倒れていたのだと話すと、ごめんねと言って微笑んだ後、何かを諦めてしまったような、遠い目になった。
嫌な予感がしていた。
ティアは、カナンの村にいたときから、臥せりがちであった娘だ。
王都に来てからは、目が見えないという点を除いては、元気そうであったし、自分も仕事が順調で、何もかもが上手くいっていたから、完全に浮かれていた。
──何かあっても、ティアならうまく立ち回るだろう。
そんな風に、呑気なことを考えていた自分が、心の底から憎らしかった。
その日は、一日ティアについていようと思ったのだが、大丈夫だから行ってほしいと言って聞かないので、仕方がなく、仕事に出た。
しかし、働きに行ったところで、集中できるはずもないので、早々に切り上げて、病院に戻った。
ティアの病室に戻ると、ちょうど彼女が、医師から自身の病状の説明を受けたところであった。
どうだったのかと尋ねると、ティアは、静かな声で答えた。
「お腹にね、腫瘍があるんですって。治療したところで、一年生きられるかどうか、分からないって」
言葉の内容とは裏腹に、あまりにも、落ち着いた態度であった。
ティアは、病室の寝台に横たわって、いつかのように、窓の外を眺めていた。
「昔ね、同じ病気になったことがあるの。再発する可能性もあるって、分かってはいたのだけれど、そういうことに気を張るの、最近、忘れてしまっていたの。……ごめんね」
淡々と話す彼女の声を、オーラントは、ぼんやりと聞いていた。
寝台脇の椅子に腰かけ、血が通っていないのではないかと思うほど冷たい額に手を当てると、オーラントは、かすれた声で言った。
「……治る見込みが、全くないって訳じゃないんだろ? なに、大丈夫さ。気持ちさえしっかり持っていれば、病なんて──」
「治療は、受けないわ」
穏やかな顔で、ティアが言った。
一瞬、何を言われたか分からず、目を見開いたまま、オーラントは硬直していたが、ややあって、椅子から立ち上がると、ティアに詰め寄った。
「……なんで。治療を受けないって、どういうことだ?」
ティアは、小さく首を振った。
「私、知ってるもの。この病気のお薬はね、飲むと、お腹の中の赤ちゃんに、悪い影響が出てしまうの。だから、治療はしない」
「でもお前、そんなことしたら──」
「私は、死んじゃってもいい。でも、この子だけは、絶対生む」
頭に、かっと血が昇った。
怒りなのか、絶望なのか、よくわからない激情が突き上げてきて、オーラントは叫んだ。
「馬鹿言うな! まだ生まれてもいない赤ん坊より、お前の命が優先に決まってるだろう! お前の代わりは、いないんだぞ!」
病院中に響き渡るほどの、大声だった。
何事かと集まってきた職員たちが、ちらちらとこちらの様子を伺っている。
何度か深呼吸すると、オーラントは、崩れ落ちるようにその場に膝をついて、ティアの冷たい手を握った。
「頼む……。頼むから、そんなこと、考えないでくれ。お前が、いなくなったら……」
ぽつりと、雫が落ちる。
寝台にぽつぽつと落ちるそれが、自分の涙なのか、ティアの涙なのか、視界が滲んで、よく分からなかった。
ティアが、震える声で、言った。
「……この子の代わりだって、いないよ」
微かに膨らんできた腹をさすって、ティアは、呟いた。
「この子がいいの……」
繰り返し、繰り返し、囁くように。
「私は、この子がいい。この子が……」
「…………」
何も、言えなかった。
男には見えぬ強い母子の絆が、既にそこにあるのかもしれないと思うと、何も、言えなくなってしまった。
どうして、こんなことになったのだろう。
何故、もっと早く気づけなかったのだろう。
もしかしたらティアは、自分の不調に気づいていたのかもしれない。
気づいていて、怖くなって、無意識に目をそらしたのかもしれない。
治療をすることになれば、胎児を悪影響が及ぶと分かっていた。
だから、単なる風邪か何かだと信じて、祈って、自分の胸の内に抱え込んでいたのかもしれない。
彼女がその不安をしまいこんだとき、その場にいなかった自分を、殴ってやりたい気分だった。
微かに開いた窓の隙間から、初夏にしては珍しい、蜩(ひぐらし)の鳴き声が聞こえてきた。
その旋律を聞いている内に、ふと、記憶の片隅に追いやっていた、イグナーツの暗い瞳が、脳裏に蘇った。
一年前の叙任式で見た、光のない目──。
今なら、よく理解できるような気がした。
もしこのまま、ティアが死んで、腹の子も死んだら、自分は間違いなく、あんな目になるだろう。
己は、いつ死ぬか分からない身だ。
子供だって、妻だって、命の危険に晒されている。
死は、常に自分たちの周りに、蔓延っている。
以前は、当然のようにその事実を受け入れられていたのに、ティアと結ばれてからは、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
寝台の下に視線をやると、そこにわだかまっている闇に、無数の人の手が蠢いているように見えた。
名も知らぬ、顔も覚えていない、自分が殺した誰かの手。
それらが、ティアの命も、子の命も、引っ掴んで、掻き乱して。
全てを、奪い去っていってしまうような気がした。
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