複雑・ファジー小説

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Subterranean Logos【オリキャラ募集中】
日時: 2015/08/19 23:23
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=199

Subterranean Logos

どうもです。
此処で活動を再開させて頂きます、noisyという者です。
タイトルが「Subterranean Logos」、相当な意訳を込めて「暗がりの救世主」という事ですが、勢いで付けただけです(

本作、主人公という物が存在しません。
各キャラごとの話を書いて、それを繋いで行く、一人リレー小説のような形式、巷でいう「グランドホテル形式」という形を取って、書かせていただきます。

従ってキャラ不足な現在、連載に平行して皆様方のキャラを募集させて頂いております。

応募につきましては、URLから行って頂けると幸いです。
なお、現在もオリキャラを募集しております。、募集要項の条件を満たしているキャラであれば、拒むことはありません。逆は言うまでもないですが。

設定は別に記載しますので、前置きは此処で締めさせてもらいます。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.50 )
日時: 2015/12/13 00:00
名前: noisy@出先 (ID: 9igayva7)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=ptHdz-z3ess

 燃え盛るLAVの中、彼女は皮膚の彼方此方を焼かれながら戦々恐々としていた。私がもし、アガルタの中を見る事が出来たならば。アニルの提案に反対する事が出来たならば、このような結末にはならなかっただろう。アニルの死、私の死、クレメンタインに負わせた傷。全てが口惜しく、情けなく感じられた。だというのに、私は最期まで勝手な事を口走ろうとする。

「……シンディー」

 殺して、と。普通なら即死しても不思議ではない胸の傷。だというのに何故私は死なないか。その答えは単純なのだ。人ではなくなってしまう。それ以外の結論は考えられない。

「すぐに出してやる。少し待ってろ」

 そう言いながら彼女はストックで執拗に防弾ガラスを叩いていた。蜘蛛の巣状に皹が走るだけで、完全に窓を破る事が出来ずにいた。まるでその非力を嘆くような彼女の表情を浮かべる彼女だったが、私は浅ましく死を嘆願しようと辛うじて動く、口を動かそうとしていた。

「……ねぇ」
「黙ってろッ!! ……モルヒネならそこにある、自分で打て」

 彼女の語気は何時になく荒かった。もし今ここで殺してなどと口走れば、何を言われるか分からない。彼女が何をするか分からない。

 そう思い至った時だった。身体から痛みが消え、とても軽い物になっていく。それが何なのか想像に容易い物だ。完全に変わり切るまでに殺してもらおうと、私は更に口を開く。

「——ねぇ」

 呟いた言葉に一瞬、私は驚いた。とても冷たく、低い声。それが自分の声だとは信じられずに瞳を見開く。終に人でなくなったか。なら彼女は私を殺してくれる事だろう。その証に彼女は、ゆっくりと振り返って瞳を見開きながら、カービンライフルの銃口を向けていた。

「……なんだ、それ」
「ねぇ、シンディー。撃って」

 厭に軽い身体を這い蹲らせながら、カービンライフルの銃口に手を掛ける。いつ引き金を引くのだろう、期待の視線を向けながら精一杯に笑ってみせる。
 それでも彼女は引き金を引いてくれない。死ぬなという約束を破った私を怒っているのか。彼女は顔を俯け、肩を震わせていた。

——撃って欲しい。殺して欲しい。撃って。殺して。撃て。殺せ!
 最早言葉を発する事も難しく、そう思う事しか出来なかった。次第に強くなる死を眺望する感情は、私の身体を少しずつ蝕んでいくようだった。視界に入っている私の手は、人のそれと掛け離れていく。人を救うはずの衛生兵の手が、人を殺すための凶器になる。皮肉なものだった。

「出来ん。許せ、サリタ」

 彼女はその言葉と同時に、私の頭をストックで殴りつけた。気絶させようとしたのだろうが、人の身でなくなりつつある私には鈍い痛みを齎すだけ。その痛みは少しずつ自我を蝕んでいく。あぁ、あの人は私を殺せなかった。私はあの人を手に掛けてしまうかも知れない。その事が気掛かりで、無念で、情けなく、とても悲しく感じながら自我を閉じ、最後に聞いたのは聞きなれた彼女の悲鳴だった。



 クレメンタインは暫く廃人のように、何も語らずに医務室のベッドで横たわっていた。左頬を抉られ、歯を歯茎ごと数本持って行かれ、顔中包帯で覆われていたのが直接の原因だったが、どうにもそれ以外に心理的な原因があるような気がしてならなかった。

 傍らでグラナーテがベッドに伏せ、眠っている。そんなクレメンタインを気遣い続け、疲れて眠ってしまったのだろう。静かに彼女の後頭部を撫でるクレメンタインの左手は、包帯に覆われ痛々しげだった。左頬の裂傷に加え、全身に負った火傷——特に左手の火傷——が酷かった。

「ん……?」

 妙な声を上げるも起きる気配がないグラナーテを撫で続けながら、ぼんやりとクレメンタインは壁を見つめる。何がある訳でもない。ただ自分の胸に誓うのだ。今後は誰も死なせない、と。その為には何をしなければならないか。組織体制の見直し、兵站ならび戦力増強。それ以外にもやらなければならない事は山積している。事を為すには上り詰めなければならない、上にだ。

——結局は権力か。

 軍を辞めるに至った第二の理由を力として身に着けなければならない、そんな状況に包帯の下で苦々しく笑う。そのためにはグラナーテにも同じ穴の貉となってもらおう。
 もう二度と自分と同じ思いをさせる者を作らないために、同じ轍を走らないようにするために。自分が出来る事はそれだけだろう。

「……ふん」

 そう心に決めはしたものの、まだ心は歩みだせそうにない。進もうとしても足が前に出ない。今暫くは感傷に甘える事としよう。死に悼み、情けない姿を晒したとしてもサリタは許してくれるに違いない。

(泥船、か……)

 我ながらその表現は当てはまっていたようだ。形こそあれど、水に浸かれば沈む脆い船。弱い、あぁ、弱い、と肩を震わせながらクレメンタインは瞳を閉じた。

番外 Invisible Touch End

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.51 )
日時: 2015/12/20 21:31
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)

3.Desperado


 11年前、2108年9月16日。シリア。珍しい雨の中を非武装の戦闘偵察者(以下RCV)がゆっくりと進んでゆく。左タイヤの一つは潰されており、車体は僅かに傾いている。その回りには数名の軽装備な兵士達が小走りで、随伴している——その中にレスター・E・ダンヒルの姿があった。

 彼は雨合羽を身に纏いながら、マークスマンライフルを担ぎ暗闇の中に目を据えながら、歩み続ける。
——敵の姿は何処に。
——殺めるべく者は何処に。
——災厄の運び手は何処に。
 苛立ち、張り詰められた神経は騒ぎ立て——彼が瞬きすら忘れるほどに——見開かれた瞳は、月の明かりを浴びて煌煌と輝いている。彼をそうさせるのは、死に対する恐怖か、はたまた敵に対する殺意か。それとも両方から来るものか。

「……ダンヒル。敵は居たか」

 横目で戦友を見やれば、その男も瞳を見開きながら、微かに歯を鳴らしていた。雨は体温を奪われ続け、体力を消耗しているのか、足取りは微かに重い。何より、彼の口は開いたままで、鼻で呼吸しておらず、口での呼吸をしていた。鼻呼吸よりも温度が高い、口呼吸は白く厭に闇の中で目立ってしまう。

(口を閉じろ馬鹿野郎)

 小声でジェスチャーを交えつつ、そう伝えるも男の口は閉じられる事がない。それほどまでに疲弊しているのだろう。白い息が月の明かりを照り返したならば、敵の狙撃手はまずそこを狙うだろう——レスターならばそうする——そうなれば敵に居場所を悟られ、無線機を使って敵を呼ばれかねない。そうなればRCVは見捨てざるを得ず、兵はそれぞれ散り散りになる。そうなれば全滅までのカウントダウンは3カウントを切るか、切らないかの分水嶺に行き着く。

(助からねぇな)

 ならば。だからこそ。やる事は一つである。
 ふと踵を返し、コンバットナイフを引き抜いては一突き。刃先は男の首、顎の付け根に斜め70度程の角度を付け、突き刺さる。動脈を突いたはずだが、血は噴出す事もなくレスターの手を血で汚す。生暖かいその感覚にも、表情は変わらない。相反し、刺された男は白目を剥きながら血の泡を吐き、呻き声を挙げていた。

(うるせぇ)

 ナイフを右に斬り抜き、シースに収めるなり間髪居れずに喉を握る。指が肉にめり込み、男の首の中で自分の人差指と親指が触れるなり引き千切れば、声すら挙げずに男は膝をつく。気管から風洞に流れ込む風のような音が聞こえていたが、雨音に隠れて消されていく。

「鮮やかだな」

「……うるせぇや」
 一部始終を見ていた別の仲間は、足元に斃れるかつての味方を踏み付けながらレスターに耳打ちをする。まるで仲間でなく、最早人ですらない。そう感じられるほどその男は無反応だった。それどころか殺しの手際を鮮やかだという。

(仕方ない)

 自分達が生き残るため、生きる事を邪魔する者は最早仲間ではない。仲間ではないのなら何か。その答えは単純だ。——それは敵となる代物なのだ。敵は殺め、屠るしかない。そこに温情はなく、手段を選ぶ気もない。

(明日は我が身、か)

 小さく小声で呟きながら、レスターは足元に斃れた“敵”を見据え、痰を吐き掛けた。もう既に気管からの音はなく、その男はぴくりとも動く事はなかった。もう二度と動く事はないのだろう。首から釣り下げられたドッグタグを引き千切ると、それをバックパックに捻じ込む。これを足元に斃れた、それの家族に送り返す訳ではない。“名誉の戦死を遂げられた”などと悲哀と名誉を演出する気などない。この状況下において、死体の正体を明らかにする訳にはいかないのだ。



 漸く日が昇り始めた。朝日に照らされた地面から、湯気が上がり雨合羽の中は不快にじとつく。雨合羽を脱ぐと、RCVの上に投げ込んだ。

 耳を澄ます必要もなく、獣や鳥類の鳴き声、足音が聞こえる。平和な場所であれば、さぞ心地良い場所であろう。しかし、今や此処は敵地のど真ん中。敵の足音、気配、それらは獣や鳥の物と混在してしまう。望ましい状況ではなかった。

「敵さんも必死だろうよなぁ」

 昨晩、“死体”を踏みつけていた男は双眼鏡で、森の中を覗き込みながら語る。敵が必死という緊迫した事柄を口走りながらも、男の口角は吊り上がり笑みを湛えている。異常かつ異様。そう評するのが妥当だろう。男は何かが狂っている——レスターの口からはとてもではないがいえない——そう感じざるを得ない。

「俺等が何を運ばされてるか知ってんかぁ?」
「知るか、俺達の仕事はブツの奪取、護送だ」

 顧客が何を望んだのは、奪取と護送。それ以上の事柄に踏み込むのは危険。何せ依頼主は落日とは言えども米国。今でも世界最大の軍隊と世界で最も有能な諜報機関を持つ。不必要に踏み込めば、消されかねないのだ。

「真面目な事だねぇ。“ジャングルバニー”」

 RCV側面の装甲板から顔を覗かせた白人の女はせせら笑うように言い放つ。彼女は奪取したアタッシュケースを手に取り、ひらひらとその手の上で弄んでみせた。アタッシュケースにはU+2623のハザードシンボルが赤で、デカデカと印字されている。

「うるせぇや。“ホワイトラッシュ”」

 “貧乏白人”と、悪態をついたレスターを他所に女は笑い声を上げていた。耳障りで、耳につく不快な笑い声。顔を顰めながらレスターは林の中を再度、睨み付け敵の影を探しながら、歩を進めた。 

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.52 )
日時: 2015/12/25 23:59
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)


 レスター・E・ダンヒルは静かに語る。真剣に耳を傾けるのは、まだまだ年若い新兵達。遠巻きにその様子を見ている科長達——主にクレメンタイン——は「またか」というような冷めた瞳でレスターを見ていた。民間軍事会社に勤めていた頃の話を彼は都度都度、年若い者達に語っている。自分の考えや、主張を押し付けるような事こそしないが、彼の話はやや大袈裟であり、話を盛っているように感じられた。尤も兵隊が武勇伝を語る時のそれと同じ、代物であり自分達にもそれがないとは言えないため、特に突っ込むような事はしなかった。

「それで……、その時の人達って今どうしてるの?」

 興味津々に話を引き出そうとする結衣の瞳は輝いていた。普段は口数も少なく、コミュニケーションを自分から取ろうとしない彼女だったがレスターの昔語りだけには、興味を示す。

「あぁ、俺とあのクソアマ以外は全員死んだぜ」
「クソアマって、“ホワイトラッシュ”の?」
「そういうこった。“イエローモンキー”」
「なにさ“ニガー”」

 互いに蔑称を吐き合いながら、結衣とレスターは笑う。やはり彼は兵隊特有の口汚さがあり、品格に欠ける。しかし自分がそう呼ばれても顔色を変えない度量を持っている。何事も過敏になりすぎず、笑い流せる事は彼の長所の一つでもあるのだろう。

「で。科長。それで何運んでたしょう?」
「ヤンキー共は俺等にNファクターのプロトタイプを運ばせてたんだ」
「……あれって、日本とアメリカの共同開発だって聞いてたけど?」
「本当の所は、ムリスム共がプロトタイプを作って、ヤンキーが奪い取って、それを日本の技術研究本部に投げ込んで作らせたってのが事の真相さな」

 レスターが語る内容に耳を傾けながら、クレメンタインは溜息をつきながら紅茶に口を付ける。確かにNファクターは米国から資金供与を受けた、日本の防衛省、技術研究本部が開発し、実用に漕ぎ着けたものだが、中東のテロリストがプロトタイプを作ったという事は聞いた事もない。また、米国がPMCを使ってそれを奪取したなど、あり得ない。そういった代物を何処の馬の骨か分からず、金で裏切るPMCに任せるはずがない。実際に奪取するとするならば、特殊作戦軍が動くはずだ。

「レスター。……ホラ吹きレスター。若造を誑かすなよ」
「サックウェル。紅茶の飲み過ぎでユーモアも無くなったか?」
「抜かせ、馬鹿」
「馬鹿で結構。なぁ? 小僧共、ちったぁこういう本当か嘘か分からん話も面白いと思うだろ?」
「やっぱホラでしたか?」
「東城、ホラじゃねぇぜ。真実さ。」

 そうレスターは主張するも、虚構と取られても仕方がないと思いながら苦笑いを浮かべていた。彼等は裏側で生きてきた訳ではない。多少の仄暗い道を歩んできた者も居るだろうが、頭の天辺までドップリと裏側に浸かって生きている訳ではない。であれば、裏側の証人が語る真実は全てが虚構に聞こえるだろう。仕方が無い話なのだ。自分をホラ吹きと罵ったクレメンタインとて、生まれは普通の人間。元軍人で、旧友を亡くし、自分の手で殺めただけ。それに葛藤を抱き続ける普通の人間だ。

「えー、信用なりませんよ?」
「テメェ、失礼なガキだな」

 冗談半分でおどけて笑ってみせる陸とてそうだ。元少年兵であり、腕を戦場で失った。クレメンタインよりも暗い所で生きてきたが、ただそれだけだ。少しメンタルが丈夫なだけなのだ。暗がりに浸かって、暗がりだけで生きてきた訳ではない。

「おめぇ等覚えとけよ。嘘の偵察情報流してやる」
「……法廷に行くか?」

 そう口の裂けた女が半笑いで言う。冗談から湛えた笑みは、どことなく凶悪なそれに見える。その印象は間違いではなく、彼女はかつて地上から実情を知らない、机の上だけでの空論を語る監察官を謀り、それの手を後ろに回し、法廷に送り込んでいる。幹部の世界に生きてきた彼女から、すればそういった謀略は容易いのだろう。

「なぁ、“大尉殿”」
「なんだ」
「テメェ等RAMCは、装甲医療連隊を持ってたなぁ」
「……あぁ」

 レスターの問いの意図が分からないが、クレメンタインは小さく肯定の意を示す。勿論、話を聞いている陸や結衣は口を閉ざして、耳を傾けていた。彼女達はこれからレスターが放つ、言葉を誰が予測していた事だろうか。

「2109年、7月5日。装甲医療連隊、どこの大隊か知らんがAW203マーリン4は、随分と大層な物を砂漠に撒いたなぁ。……確か、アレは——」
「——レスター。何処で聞いた? 何処で知った」

 微かに語気を荒げたクレメンタインは、厭に冷たい瞳をレスターに向けていた。冗談から来るどことなく凶悪な笑みよりも、更に凶悪な無表情。個を殺され、組織の狗と躾けられた兵隊の顔。それを見るなりレスターはほくそ笑み、黙ってその冷たい顔を見据える。11年前、殺め合ったムスリムと対峙しているような錯覚を覚える。

「輸送ヘリが人を溶かす、いけない薬を運んでたなんて、とんでもねぇ話だぜ? なぁ、“大尉殿”」
「答えろ。何処で聞いた。何処で知った? ——言え!!」
「なんてこたぁねぇ。その場に居たのさ」

 厭らしい笑みを浮かべるレスターに、一抹の不気味さ、底の知れなさを感じながら年若い者達は視線を外せずにいた。過剰に反応するクレメンタインから判断するに、レスターは多少オブラートに包んでいながら、真実を語っていると思える。もしや、先の彼の話も真実なのでは? という疑問が年若い3人の脳裏を巡り回っていた。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.53 )
日時: 2016/01/16 18:27
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)

 男は静かに語る。牙を剥くような笑みを湛えながら、語る彼と向かい合う女は顔を顰めた。妙に腹立たしい笑みに、神経が逆撫でされる。笑みというものは人間が獣だった頃、相手を威嚇するために取った表情の名残とされる。あの男の笑みは確かにそんな意図を孕んでいるような気がしてならない。それは向かい合う女以外にも男の話に黙ったまま耳を傾ける年若い者達も同様な意図を感じ取っていた。

「さぞ見てて不愉快だったぜ。白燐弾が可愛いもんだ。幾ら敵対勢力つったって全身の皮と肉が溶けて、骨剥き出しにしながら、もがき苦しむガキを見た時は、連中を撃ち落してやろうかと思った」

 右手で拳銃を作りながら、撃つジェスチャーをするレスター。銃口はクレメンタインに向いていた。硝煙を吹き飛ばすような動作を見せると、不敵に笑ってみせる。

「まぁ、俺等はお前等に雇われて、マーリン4の地上支援をしてたクソ紳士の味方だったんだがな」
「……暗がりに生きすぎだ」
「生憎明るいと目が利かんもんでな。——目を瞑って黙ってる事しか出来やしねぇ」

 ——明るい場所では生きていけない。そう彼は揶揄していた。その言葉がどういった心情から飛び出た物かは年若い3人には理解し得なかった。否、理解する事が出来るほど後ろめたく、仄暗い事に手を染めていないのだ。クレメンタインにはレスターの思いが微かにだが、考え及ぶ事が出来た。自分は人の道に背いた畜生の片棒を担ぎ、それを看過した畜生であるという自責の念にも近い、悔悟の思い。また、それを後進に伝えようという懺悔の念。

「俺にRAMCを責める権利はねぇさ。——サックウェル。俺も悪人だからな」
「……本当に悪人だな」

 気に病むなというレスターは自分を貶めた発言をし、クレメンタインの護身に徹する。それに乗ずるなり二人は顔を見合わせながら小さく笑い声を上げていた。男も女も笑い声を発していながら、顔が笑っていない。その様子がどうにも恐ろしげに見える。それなりの鉄火場を潜らせれてきた陸が不安げな表情を浮かべて、エレンに視線を送れば、その視線を感じ取るなり、明後日な方向を見て気付いていないふりをされると、陸は心外だと言わんばかりに瞳を見開いていた。


 ヘリの両舷に装備されたハイドラロケット弾が、圧縮空気に押されたシリンダがロケット弾を押し出し、耳障りな音を発しながら推進していく。精度は決して良いとは言えない。威力は皆無、壁に突き刺さったり地面に突き刺さったりとそれぞれが彼方此方へと散らばって行く。

「ライミー共、何しょっぼい代物ぶっ放してんだぁ?」

 双眼鏡を覗き込みながら、男は叫ぶ。その傍らにはシリアでレスターに“貧乏白人”と蔑まれた白人の女が小銃片手に興味なさ気に明後日な方向を見ていた。彼女を一瞥するなり、男から双眼鏡を奪い取ってレスターはヘリから攻撃を受けた街を見遣った。街は砂塵に包まれ、全貌は見にくく何が起きているかは分からない。直接的な攻撃でないのなら、RAMCは何を目的としてハイドラロケット弾を街に撃ち込んだのだろうか。何か、直接的に殺傷する代物ではない武器なのだろうか。

「……ケム・トレイル?」
「はぁ?」

 ——ケム・トレイル。かつての陰謀論者達が作り上げた言葉。有害な科学物質を空中に噴霧し、市民を使って実験をしたという妄言から生まれた代物だ。既に100年以上も前に、馬鹿馬鹿しいと一蹴された死語であろうに何故レスターがそれを知っていたかという疑問を男は抱く事はない。厳つく、粗野な見た目に沿わずレスターがインテリ故だ。

「1世紀も前の昔話さ。空中に毒撒いて実験してたって奴」
「人間もどきをぶっ殺すなら、んな事しなくて良いじゃねぇか。ソドムとゴモラみたいにバーベキューにしちまえば良い」

 ソドムとゴモラ。風俗の乱れが原因で神の怒りに触れ、焼き尽くされたという旧約聖書に登場する街。その名を男は口にする。彼のいう事は尤もだ。敵と民間人が混在しているのなら、判別はまず不可能。しかし、敵を排除しなければならないというのなら、全てを焦土にするのが最も手っ取り早い。民間人は居なかった事にすればいいのだ。

「……帰ったら肉食いたいねぇ」
「うっせーよ」

 全く調子外れな言葉を吐く白人の女を一蹴しながら、双眼鏡の倍率を下げ街の全域を見る。砂塵の中に人の気配はなく、マーリン4は上空へと退避し、前傾姿勢を取りながらレスター達へ向かって近付く。どうにも嫌な予感がし、ハイドラロケット弾のポッドを見るも残弾はなく、溜息をついて胸を撫で下ろした。

「奴さん、来るぜ」
「悪い事はしねぇだろ」
「さぁねぇ。野蛮な紳士だからぁ? 危ないかもよぉ?」

 そう白人の女は軽薄な言葉を吐いて、笑っていた。どうにも頭のネジが緩み、4、5本抜け落ちているようだが腕は確かな戦友だ。シリアで殺した男のように邪魔だからと“処分”は出来ない。

「いい加減メンタルクリニックに通ったらどうだ」
「あんたもねぇ」

 売り言葉に買い言葉とはこの事だろう。矢継ぎ早に言い返される。女はピックアップトラック——ハンヴィーに類似——の荷台に乗り込み、太陽を避けようと幌の中に隠れてしまった。

「……真面目に病院いかねぇとなぁ」
「頼むぜ。連れて行ってやれ」
「また力ずくかよ」
「歯を食いしばれぇ! 二等兵!! ってな」
「冗談じゃねぇや」

 男は勘弁してくれと、肩を竦めながらピックアップトラックの運転席へと向かう。以前、彼女を精神科に連れて行った際、病院の受付嬢をレスターが吐いた言葉のとおりに叫びつけ、急に殴りつけたのだ。受付嬢が敵に見えたらしい。そんなネジが緩み、何処かに落としてしまった彼女は、すれ違い様にヘリのドアから身を乗り出したRAMCの兵士に手を振っていたが、彼らは何のアクションもなく何事も無かったかのようにレスター達の頭上を通り過ぎていった。

「愛想ねぇよなぁ」
「紳士共はお高く止まってんのさ」

 男はヘリの後ろ姿を見送りながら、ドアに手を掛けたまま立ち尽くす。

「……愛想ねぇ位ならアイツの方がマシだ」
「歯ァ、食いしばれ。ってな」
「冗談じゃねぇや……」

 げんなりとした様子で男は何処か遠い目をしながら、運転席に腰掛ける。間髪居れずに甲高いエンジン音が鳴り響き、矢継ぎ早に唸り声を上げていた。助手席にはドアがなく、変わりに索が張られている。それを跨ぎ助手席に腰を下ろすと、シートが日光を浴びて異常な程に加熱しており、居心地の悪さにレスターは顔を歪めた。

「ケツが焼けそうだ」
「はっ……、バーベキューには少し気が早いぜ」

 何処からともなく、耳障りな甲高い笑い声が聞こえたような気がしたが、溜飲を抑えレスターは頭を垂れた。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.54 )
日時: 2016/01/19 23:59
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)

 街は異常な状態だった。人の気配1つせず、まるで街が全て死んでいるかのようだ。転がっているのはマーリン4が放ったハイドラロケット弾の破片だけだ。

「人っ子1人居やしないな」
「妙だねぇ……。呼吸音も聞こえない」
「普通は聞こえねーよ」

 頭のイカれた女と男は言葉を交わす。確かに人の気配1つせず、足音もない。呼吸音についてはレスターは感知出来なかったが、彼女が言うのなら間違いないだろう。頭と精神はおかしいが、聴覚や視覚、嗅覚といった感覚は鋭い。

「……ごめんよぉ。嘘ついた。あそこ居る。呻いてる」

 間延びした物言いで彼女は建物の二階を指差す。レスターには呻き声が聞こえず、妙だとは思いこそしたが、小さく頷くなりマークスマンライフルのコッキングレバーを引いた。

 ドアを蹴り飛ばし、レスターは左を、女は右へと躍り出る。人の姿はなく、そこには白骨が横たわっていた。僅かに残った肉はまだ血に濡れ、千切れた血管が顔を覗かせていた。

「まさかさぁ、ノスフェラトゥが食った?」
「馬鹿言え、冗談じゃねぇ。もしそうだったら、今すぐ帰ろうぜ」
「見るまで分からないだろ」

 足元に斃れた白骨には目もくれず、レスターは階段に足を掛けた。その時、微かにながら呻き声が耳に飛び込む。表情が強張り歪むレスターだったが、それは全員に共通するものだった。戦場では臆病すぎる程が丁度いい。苦悶の声、悲鳴だったとしても気を張り詰めさせるべきなのだ。

(……先行する)

 声を発さず口を動かし、手で2人を招く。招かれた2人は息を殺し、足音も立てず歩みを進めた。階段を登りきれば、そこには更に白骨が横たわり、その奥には異様な物が横たわっていた。

「おい、ありゃ……」
「やっぱ食われたんかねぇ」
「……中から食うノスフェラトゥなんて聞いた事ねぇぜ」

 3人の視界の前に現れたのは、腹部をまで食われ少しずつ、白骨を曝していく少年の姿だった。まるで身体が溶けていくように文字通り消えていく。レスター達の姿を見るなり、少年は叫び声を上げ誰かに助けを求めていた。アラビア語は理解し得ない。

(うるせぇな)

 少年が叫ぶのならば、まだどこかに隠れているかも知れない敵に位置が悟られる。それだけは避けなければならない。ならばやる事は1つだ。腰のホルスターに納めた拳銃を引き抜く。

「ほら」
「……おう」

 手渡されたのはサプレッサーだった。銃口にサプレッサーを取り付けながら、ハンマーを起こす。彼には死んでもらわなければならない。信じる神の許に逝け。そんな事を思いながら、引き金を引いた。それが後の後悔となるとは露も知らずに。






 砂漠の記憶、それは忘れがたい代物だった。砂に吸い込まれ消える赤い血液、血液を失い青ざめる死体。真っ赤に染まった肉の塊。肉から覗く白骨。それらが瞳を閉じ、眠りにつく度にフラッシュバックされる。忘れ難き記憶はレスターを何時までも苦しめ続けていた。一度見た物を忘れられないが故の苦悩。それは夢であったとしてもだ。

 時刻は既に深夜の2時を回っていた。年若い3人は日中の職務や訓練に備え、1時間程前には寝床に戻ったのだが、レスターとクレメンタインは隣り合いながら酒を呷っていた。レスターの傍らには徳利に入った日本酒——猪口はない——があり、クレメンタインはいつもどおりのスタウトだった。

「俺等が街に入った時、そいつは酷いもんだった。彼方此方に死体が転がっていて、皆例外なく肉がなかった」
「……お前、さっき苦しむガキを見た、と言ったが?」
「あぁ、見たさ。ソイツは死ぬ途中だった。内側から肉が溶けてくんだ。あんなに苦しんで死んだ奴を見た事がない」

 内側から肉が溶ける。それはクレメンタインが聞き及んでいたRAMCで使用した兵器の効果と同じだった。厳密には内側から細胞を食い荒らされるのだ。人体を食い尽くすナノマシンを大気中に散布し、体内に侵入するなり捕食を開始し、捕食を終えるなり消滅する代物だ。その様子がレスターの目には肉が溶けるように見えたのだろう。

「酷いものを見たさ。だが……、俺等はそれを見ても助ける術を持ってなかったんだ。殺す銃は持っていても人を助けられない、クソよりもタチが悪いならず者さ」

 そう言い放つなり自棄になったようにレスターは徳利に入った日本酒に口を付けた。その様子を見て、思わずクレメンタインの顔付きは引きつる。日本酒の辛さが苦手なのだ。

「なんつー顔してんだ」
「お前の非常識な飲み方に引いてるだけだ」
「サリタと比べりゃ可愛いもんだ」
「……まぁ、アイツは」

 旧友はもっと酷かった、その記憶が蘇る。一人潰して、また一人。また潰しては、また一人。彼女に絡まれ最悪な翌朝を迎えた輩は大勢いた。クレメンタインも、レスターもその一人だ。

「——なぁ、サックウェル」
「何だ?」

 徳利を手に持ったまま、レスターはクレメンタインを呼ぶ。普段、人に話しかける時は視線を外さないレスターの珍しい行動に、クレメンタインは視線を外せずにいた。

「俺は何時になったら、明るい所を大手を振って歩けるんだろうなぁ」

 ——明るい場所では生きていけない。そう揶揄した彼は、暗がりから正道を歩む人間達を見ていたのだろう。それが羨ましくあり、それと同時に自分の生き方、行動を恥じていたに違いない。皆は明るい場所から暗がりに身を投じたが、レスターだけは暗がりから暗がりに身を投じているのだ。彼の前に広がる、暗闇は一寸どころでは済まないだろう。暗闇は生きている限り続く、どこまでもどこまでも。

「一生無理だろうな」
「ひっでぇ」

 からかうように返答するなりレスターは抗議の声を挙げながら笑っていた。いつになったら日向を歩けるかなど、誰にも分からない。暗がりに首まで浸かっているのだ。そう簡単に過去を清算できるはずがない。

「なーに、昔より今だ。私もお前も、陸やエレンだって日陰者だ。変わりないさ」

 先のレスターと同様、クレメンタインは自分達を貶めたような発言をしては、レスターの肩を押す。気にするな、と。恐らくはレスターにとって、気休めにもならない言葉だっただろう。しかし、クレメンタインにはそう言うしか選択肢はなかった。沈黙は美徳ではない。言葉には言葉で応じなければならないのだ。


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