複雑・ファジー小説

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Subterranean Logos【オリキャラ募集中】
日時: 2015/08/19 23:23
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=199

Subterranean Logos

どうもです。
此処で活動を再開させて頂きます、noisyという者です。
タイトルが「Subterranean Logos」、相当な意訳を込めて「暗がりの救世主」という事ですが、勢いで付けただけです(

本作、主人公という物が存在しません。
各キャラごとの話を書いて、それを繋いで行く、一人リレー小説のような形式、巷でいう「グランドホテル形式」という形を取って、書かせていただきます。

従ってキャラ不足な現在、連載に平行して皆様方のキャラを募集させて頂いております。

応募につきましては、URLから行って頂けると幸いです。
なお、現在もオリキャラを募集しております。、募集要項の条件を満たしているキャラであれば、拒むことはありません。逆は言うまでもないですが。

設定は別に記載しますので、前置きは此処で締めさせてもらいます。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.45 )
日時: 2015/11/18 00:05
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=yK0P1Bk8Cx4

 既に深夜は二時を回っただろうか。アガルタは未だ明かりが灯っていたが、人員の活動は最小限に抑えられているらしく、厭に静かだった。時折、身動き出来るオートマタ達の快活な話し声が聞こえる程度だ。何やら映画を見て、興奮しているらしい。時折、歓声と大昔の歌手、ケニー・ロギンスの歌声が聞こえる。恐らくあそこは危険な場所だろう。そんな場所に踏み込む勇気はない。


 傍らでソファに凭れ掛かるグラナーテは静かに寝息を立てながら、クレメンタインが掛けたコートに身を包んでいる。最初は煙草くさいと文句を垂れていたが、肌寒さに負けたのだろう。すっかり我が物顔で着込んでいる。その左隣では相変わらず煙草を咥えたクレメンタインが新聞片手に難しい顔をしていた。裏面にはアメリカ大統領暗殺、ウラジオストクでノスフェラトゥとの大規模な交戦があっただの、やや世紀末を感じさせる記事が記されている。一面は想像付かないが、クレメンタインの表情を読み取る限りでは、いい事は一つもないようである。

「ねぇ」
「……なんだ?」

 静かに新聞を折り畳むなり、グラナーテの顔にそれを覆い被せるように置くとサリタへと視線を向けた。グラナーテは起きる様子もないのだが、内心なんて事をするんだと毒づき、同時に起きないのかとやや驚きながら、サリタは口を開く。

「此処の事だけど……」
「怖気づいたか」
「えぇ」
「……即答、か」

 それを咎めるような言葉を続ける事なく、灰皿に煙草を押し付けるとクレメンタインは余り興味なさ気に眼鏡を外しながら、ソファに大の字になった。女はこのような組織に対して、恐れを抱かないのだろうか。確かにクレメンタインはやや常識外れで、横暴な所はある。——更にいうならば品はない。——しかし、人並みの感情、思考は持ち合わせているはずだ。

「あなたは此処が普通じゃないと思わないの?」
「常軌を逸した物が常になった砂漠から来たんだ、何を今更。——お前もそうだろう?」

 やや芝居がかった台詞に感じたが、要約するならば彼女の答えは何も恐れる事はない。たったその一言だった。確かにクレメンタインや、サリタが軍人として活動していた中東は、最早普通の場所ではなく、普通で居られるような所ではなくなっていた。

「君子危うきに近寄らず、とはいうが私達は君子ではない。教養も徳も持ち合わせない兵隊だ。危うきに近寄るのが私達の仕事、その危うきを見定めるってだけさ。まぁ、それ次第では……、といった所だがな」

 そう語るクレメンタインの表情にはやや余裕が感じられた。尤も彼女は救うべき人を手に掛ける事は出来ないだろう。しかしながら、アガルタは軍隊ではない、過剰なまでに個を殺し、組織に染まりきる理由はないこれが軍隊ならば、それを強いられたであろうが。

「あなたに付いていけば何とかなりそうね」
「卑怯な物だな。下仕官は何かあれば、尉官をド突き回すが自分で立ち回りたくなければ尉官に頼る。まったく……」
「私、確かに二等軍曹だったけど何処でそんな事知ったのよ……」
「今の言葉で確信を持った、それだけだ」
「流石“大尉殿”ね」
「もうただの一般人だ」

 眼鏡を掛けなおしながら、クレメンタインは冷ややかにも見える張り付いた笑みを浮かべていた。よく鉄火場を潜り抜けてきた兵隊がする笑い方である。恐らくは自分も同じような笑い方しか出来ないであろうが、クレメンタインよりも幾分かはマシなはずだ、と言い聞かせながらサリタも小さく“いつものような”笑みを浮かべる。

「なら私も一般人」
「嘘吐け、その笑い方は軍人のそれだ」
「残念ながらあなたも同じ顔よ」
「そうか」
 声こそ出さない物の、肩を震わせながら笑っている彼女は何処となく不気味に思えた。どうにも軍人の笑い方以外に、妙な笑い方をどこかで覚えてきたようである。

「眠り姫は多少なりともマシな顔をしているのだがなぁ」

 グラナーテに被せた新聞を手に取ると、彼女は静かに眠っていた。オートマタの整備に走り回り疲れたのだろう。放っておくとクレメンタインが鼻を摘むのでは、と内心心配になりながら二人を視界に納めながら、サリタは言葉を放つ。

「あなたと比べたら、誰だってマシよ」 
「失礼な奴だ。————所で、サリタ。私とお前とこいつ、三人共違う個人ではあるが我々は共通事項を持っている事に気付いたか」

 突然のクレメンタインの問いにサリタは思考する。自分とクレメンタインの共通点は元軍人であり、衛生兵。グラナーテとの共通点は女である、程度であろう。彼女は技術者のようであり、軍人でもなく、医療知識を持つ訳でもない。その逆も然りである。

「……女?」
「お前、やっぱり頭が少し……」
「失礼ね」

 クレメンタインに意趣返しをされたような気がし、顔を顰めながら抗議を訴える。尤も抗議を聞き入れる耳を持たず、薄ら笑いを浮かべるだけでクレメンタインは詫びる様子もない。

「私も、お前も、こいつも、なにかを“なおす”人種だった。これは何かの思召しに違いない。——お前はどう思う。サリタ」
「こじ付けね、偶然よ。偶然」
「そうか、残念だ。私は“暗がりの救い主”に感謝したい所だ」

 大仰に胸の前で十字を切り、クレメンタインは不敵に笑う。キリスト教徒だったのだろうか。日常の些事を神に感謝するなど、無宗教教徒であるサリタには唾棄すべき愚行に思える。度が過ぎてくれば中東の人間もどきと同類になり得る、紙一重の存在と同じなのではと、一抹の不快感を覚えた。

「勘違いするなよ、私は都合が良い時だけ神を崇めているんだ、根からの宗教人ではない」
「それ一番、性質悪いじゃない」
「そう言ってくれるな。軍人は都合がいい生物だろう? 仕方ない。そういう習性なんだ」
「元、でしょうが」

 呆れた表情を浮かべながらも、クレメンタインが狂徒ではなく、教徒ですらない事が明らかになりサリタは内心、ほっとしていた。恐らく彼女は長い付き合いになる事だろう。そんな人物が宗教に染まっているの考えるだけでゾッとする。

「この縁は大切にしなければならないな。何かあったら、お前もこいつも私がどうにかしてやる」
「泥舟に乗ったつもりで期待しないでおくわ」
「あぁ、そうしてくれ」

 何処となく穏やかな表情のクレメンタインを見据えながら、サリタは呆れたような表情に笑みを付け加えた。彼女はやや常識外れで、横暴な所で、品がない。しかし、温情を持ち合わせているようである。
 彼女が26歳という異例の若さで、大尉に昇進し、佐官の道が見えつつあったというのもそこはかとなく分かりかねるような気がしていた。

「あぁ、それと。サリタ。——眠り姫には言うなよ?」
「さて、ね」

 眠り姫——グラナーテは果たして、本当に眠っているのだろうか。と一瞬だけサリタは疑念を抱き、どこか遠い目をしながら、恐らく眠っているであろう彼女を見据えた。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.46 )
日時: 2015/11/29 23:24
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)

 朝は普通の人間ならば目覚まし時計に叩き起こされた後、間もなく日の光を浴びる物だと思っていた。しかしながら此処は地下。それは適わない。クレメンタインは俯き、グラナーテはうつ伏せになり寝息を立てている。二人とも寝苦しくないのだろうか、と訝しげに視線を送るも、そんな様子はなく、サリタは二人から視線を外した。

「……まだ5時かぁ」

 そうサリタは時計を見ながら呟く。長針は5を指し、短針は3を少し過ぎた程度だ。微かな睡魔が出口を求めて、サリタの口を開かせるがそれを隠す事もせずにやや寝癖で乱れた髪を手櫛で整える。誰も品がないと咎める事はない、それに気楽さを感じながら、ソファに腰掛けた。

 ダクトから流れてくる空気に、不愉快な死臭は混じっていない。その変わりに喧騒が紛れていた。主に人の笑い声ではあるが。何が面白い事でもあるのだろうか、はたまたオートマタ達がまたデンジャーゾーンを作り上げているのだろうか。どちらにせよ、赴く気はしない。

「うっさいなぁ……」

 悪態を付きながらダクトを見据える。見据えた所で喧騒が止む気配はない。諦観した表情を浮かべながら、クレメンタインが眠りに落ちる寸前まで読んでいた新聞——グラナーテに覆いかぶさっている——を静かに手に取る。新聞の下の眠り姫は起きる気配がなく、クレメンタインのコートに小柄な身を包み、その端を握り締めていた。

 新聞記事の内容は相変わらず、酷い物だった。クレメンタインはこれをひたすら読んでいたのだろう。一面には中東のテロリスト、害悪なムスリム達が、ノスフェラトゥ化を促す細菌兵器を開発、運用しているという記事が記されていた。それを用いられた結果、20名余りの兵士がノスフェラトゥを化したらしい。被害を被ったのは、王立陸軍医療軍団、第1装甲医療連隊。クレメンタインの古巣ではあるが、彼女がその連隊に所属していたかは定かではない。しかしながら、古巣が負った傷に彼女は顔を顰め、悼んでいた事だろう。

「ホント、“泥舟”ね」
 苦笑いを浮かべながら、自分を頼れと言った彼女の頭に新聞を被せる。
「——んっ……」

 一瞬、クレメンタインが短く声を上げる。起きるのではないかと慄いたがそれは杞憂であり、顔を上げる事も、瞳を開く事もなかった。しかし、その様子を何者かがドアの外から眺めている事にサリタは気づく事はなく、扉の外で何者かは小さく笑い声を上げた。

「お嬢さん、そんな事するもんじゃあないねぇ」

 突然、背後からサリタの行動を戒める男の声。その声には聞き覚えがある。オレンジと呼ばれた男のそれだった。身じろぐ様子を見せず、ゆっくりと振り向けば彼は封筒を手に今にも死にそうでありげんなりとした青白い顔——昨日よりも酷い——をしていた。

「何か用?」
「辞令が交付されたから、置いとくよ。先に言ってやろうか?」
「いえ、いいわ」
「あぁ、そうかい。ま、今後頼むぜ“ご同胞”」

 テーブルに封筒を投げ込み、オレンジと呼ばれた男は言いたい事だけ言って、踵を返し部屋を後にする。これからも仕事なのだろうか、と考えれば寝ていた事が申し訳なく感じられると同時に、少しばかり気の毒に思えてきた。

(……大丈夫なの?)

 言葉にこそ出さないが、彼の身を案ずる。あの酷い顔から憶測するに寝ずの番をしていたに違いない。ただの寝ずの番ではない、人の生死に関わりながらの寝ずの番だ。恐らくは精神的な疲労が、肉体に出始めているのだろう。医者の不養生、髪結い髪結わず、紺屋の白袴とはまさにあのような男の事を言うのだろう。自分はあのようにならないと、心に決めオレンジと呼ばれた男から受け取った封筒を開く。

「ふーん……」
 中からは簡素すぎる辞令書が三通、まとめて入れられていた。グラナーテは二科に、サリタとクレメンタインは三科への配属が命じられていた。オレンジという男が“ご同胞”と言ったのはそういう意味だろう。形式ばった辞令交付文章に一頻り目を通すと、封筒の下が不自然に膨らんでいた。何が入っているのだろうか、と疑問を抱きながら封筒を逆さにすると、鉄のプレートに各々の名前が印字された名札が、硬質な音を立ててテーブルに落ちる。

「……もう起きてた、か」

 顔に置かれた新聞を取り払い、そのままグラナーテの上に置きながらクレメンタインは呟く。プレートの音で落ちたのだろう。話し声では起きないというのに、無機質な音で起きるあたり兵士であった頃の習性が抜けきっていないのだろう。

「おはよう。オレンジさん……だっけ? 辞令持ってきたから。ほら、これ」
「どれ、見せてみろ」

 差し出した辞令を奪い取ったクレメンタインは、それを一瞥するとテーブルの上に投げ出す。

「やはりお前は泥舟に乗るしかないようだな」
「……ポンコツの泥舟ね」
「言ってくれるな」

 不服を口に出すクレメンタインであったが、彼女はどことなく笑みを湛えていた。その笑みの意味こそ、問う気にもならず、聞いたとて彼女は答えてくれないだろう。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.47 )
日時: 2015/12/10 21:36
名前: noisy@出先 (ID: 9igayva7)

 彼女が自らを泥舟と称した時から、既に二ヶ月が経とうとしていた。
 自分を泥舟と称したその女は、戦場では苛烈な代物だった。三科でありながら、小銃を担ぎ勇ましく戦い、人が傷つく前に救う。時を同じくして、同胞となった少女はオートマタを直し、それを救う。では、自分はどうだろうか、というのが最近のサリタの悩みであった。そのせいだろう。よく自分の上司——アニル・オレンジという——に大丈夫か、と問われる。今も傍らで書類をまとめながら、彼は疲れた顔を浮かべながら、手と口を同時に動かしている。


「お前さんの同期、大したもんだ。特にヘンツェといったか? あのお嬢ちゃん二科の保守点検要領を改定した上に、オートマタの稼働率を上昇させてる。若くて経験ないはずなのになぁ」
「あの子はおどけてる所があるけども、有能よ。多分頭の回りはシンディーより良いわ」
「官と民の違いさ。サックウェルは官で経験と知識を積んだ。ヘンツェは民のどこかで知識と発想力を培った」

 アニルの言う事はまさしくそうだろう。クレメンタインは官で経験と知識を習性として刷り込まれた。グラナーテは民で自由に知識を身につけ、その中で自由な発想を得た。二人を称すなら鋼と空気とでもするべきだろうか。何れにせよ、突き抜けているからこその能力だろう。

「だがなぁ、連中は馬鹿だ。官特有の融通が利かない馬鹿と、オートマタしか知らない馬鹿だ」
「酷い言いようね」
「そりゃそうだ。俺こないだ聞いて耳を疑ったぜ。ヘンツェの奴に拳銃渡したら、銃口から弾込めたり、セーフティー外して銃口覗いたりしたらしいぜ」
「……嘘でしょ?」
「嘘だったら良いんだがなぁ……。サックウェルもサックウェルだぜ? 使った薬の数を記録取ったり、使用弾薬数の報告をまとめてくる。お前は日本の国防軍かよ! ってな」
「RAMCがそういう教育だったのかなぁ……」
「まさか、消耗品の数気にしてたらまともに仕事が出来やしねぇ。どのくらい使ったとか記録取る必要なんてないんだ。そこにあるか、ないか。もう少しでなくなるか、だけだ。まぁ、確かに軍隊ってのは税金で成り立ってるが、それは国を守るためだ。軍隊の金を削って、国民の命を消耗品にしかねる馬鹿な国はないはずだぜ?」
「あったじゃない」
「あぁ、例の国防軍か」

 そうアニルは苦笑いを浮かべながら、書類をダンボール箱に突っ込み、黒いガムテープを勢いよく、千切り無造作に貼り付けた。雑だ、とサリタは視線を送ったが特に気にする様子はない。

「所でお前さん。大丈夫か」
「また、その話?」
「あぁ、部下のメンタルケアも上司の仕事のうちだ。何か悩んでる事はないか」
「そうね。しいて言うなら二人の同期との差が、少し気になる程度よ」
 アニルに視線を向けず、スピーディーながらも丁寧な手付きで荷造りを進める。今、もし彼に視線を向ければ自分の顔に浮かぶ、陰りを見せてしまう事になるだろう。

「そんな事か。俺からしたら、お前さんはあの馬鹿二人をまとめあげる馬鹿の一人だと思ってたんだがなぁ」
「私も馬鹿扱いかしら?」
「おう、三馬鹿だ。オートマタ馬鹿、融通が利かない馬鹿、微笑み馬鹿。いいだろ? これ」
「私、そんなに笑ってばかりかしら?」

 笑っているという自覚はない。というよりもアニルがつけた馬鹿が、以前オートマタ達が見ていた「全て平等に価値がない!」と大声で叫ぶ教官が出た軍隊に出る人物のような、語感に違和感を覚える。

「あぁ、あの馬鹿二人と一緒の時はよく笑ってるぜ。連中を導く必要はないが、ただ笑ってるだけで充分だ。それで空気が変わる。サックウェルに聞いてみろよ、お前さんいっつも笑ってるぜ」

 それだけ言うとアニルは、三箱重ねたダンボール箱を一気に持ち上げ、呻き声を上げ、よろめきながらサリタに背を向けた。別段手伝おうという気こそ起きなかったが、彼は自分の身体能力を弁えるべきだ、と思い考えていた。



 傍らでテーブルに肘を付きながら、いつもと違う銘柄の煙草を咥えるクレメンタインは厭に荒れていた。彼女から漂う、火薬の匂い。自分も二ヶ月強前まで、この匂いをさせながら街を歩いていたかと思うと、どこか感慨深い物があった。

「今日なんかあったの? 」

 アニルが言う笑み、それを浮かべている実感こそない物の向かい合い、クレメンタインに問う自分の顔は微かに笑みを浮かべている事だろう。

 眼鏡の奥の、どこかキツい瞳はジロっとサリタを見遣り、その瞳の主は溜息を付きながら煙草を灰皿に押し付けた。

「忙しくてな……、少し疲れた」
「あら?」
「RAMCに居た頃も激務だったが、頭を使うのと体を使うのはまた話が違ってくるな……」

 愚痴を吐露するなり、気が抜けたのか灰皿を押し退けて、クレメンタインはテーブルに臥す。無防備すぎる彼女の様相は、なんだか間抜けに写る。

「心の燃料でもどう?」
「お前の国の燃料は、私をズタズタにしていくんだが」
「ビールみたいに飲むからよ」

 二週間前の話である。同期三人が揃い、食堂で飲んでいた。グラナーテは元々あまり飲めないという事もあり、サリタがテキーラを持ち出してきた段階で飲まずに談笑するに至っていたが、クレメンタインはビールを飲むペースでテキーラを呷り続け、最後には前後不覚に陥っていた。翌日は二日酔いだったのだろう、顔色の冴えないクレメンタインがカービンライフル片手に実地任務へ向かうLAVに乗り込んでいた。

「……何も言えん」

 思い当たる節があり、全面的に自分が悪いと悟ったのだろう。叱られた犬のようにシュンとしてしまったクレメンタインをサリタは笑う。二ヶ月前に撒かれた縁の種は、有効という芽を出し、育まれている。喜ばしい事である。

「軍人だった頃はさぁ、命のやりとりをしてたせいか、今みたいに笑えなかったんだよねぇ」
「今も命のやりとりをしてるだろう?」
「まぁ、そうなんだけどね。幾ら悪業を侵す人間とは言えど、銃を向けて殺す重圧があったんだよー」

 テーブルから顔だけ起こして、クレメンタインは声を発さずに相槌を打つ。恐らくは彼女も似通った経験、思いをした事があるのだろう。その表情は厭に苦々しく、いつもの凛々しさはどこにもなかった。

「人じゃないんだもの。全然そんな事ないわ」
「……そうか。——ところで酒はまだか」
「あぁ、はいはい」

 クレメンタインに適当に聞き流されたと、サリタは悪態を付くように席を立つ。彼女の背がクレメンタインからゆっくりと離れていく。その離れていく背を見ながら、クレメンタインは何かを言いたげにし、口を噤んでいた。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.48 )
日時: 2015/12/12 12:23
名前: noisy@出先 (ID: UcGDDbHP)

 微かに揺れる視界。酔いが回ってきたと気付いた時には、既に遅くサリタに肩を抱えられていた。これ程まで自分は酒に弱かっただろうか、と疑念を抱きながらも言葉を発する余裕もなく、言葉らしき物を吐いているが、それは言葉にならざる音の羅列にしか過ぎず、サリタの理解に及ぶ物ではなかった。

「何いってんのか、わかんないよ? もう」
 そう彼女は顔を覗かせながら笑み掛ける。通路の奥でグラナーテらしき少女が、腹を抱えてながら酔っ払ったクレメンタインを指差し、笑っていたが咎める気力もない。サリタも小さく短い笑い声を上げ、ヒラヒラと手を振るとその少女も手を振りかえし、アタッシュケース片手に立ち去った。既に深夜2時を回っているが、未だにオートマタの修理に勤しんでいるのだろう。

「……若さが羨ましい、な」
「まだ私らも若いよー?」
 漸く言葉になった声に、そう切り替えしサリタは笑い声を上げた。酩酊という名のホテルカリフォルニアからさっさとチェックアウトしたい、そんな気持ちが逸ると同時に、気分の悪さから笑い返す余裕もない。

「シンディー、鍵は?」
「……」
 言葉を吐く気にもなれず、ワイシャツの右胸ポケットを見遣る。サリタはそこに手を突っ込むなり、鍵以外のも物も引っ張り出す。中にはRAMC時代の兵籍番号が書かれたIDカードと、ガム、普段と違う銘柄の煙草、そして部屋のキーカードがあった。目当てのキーカードをドアロックに走らせる。

「大丈夫? まだいよっか?」
「あぁ」
 仕方がないと、サリタは小さく笑みを浮かべドアを押す。古く、立て付けが悪いせいか、ドアは軋み耳障りな音を発すると同時にサリタは、顔を顰めていた。このような音を嫌うのだろう。

 クレメンタインをベッドの上に投げ込むように寝かせ、サリタは机に押し込まれた椅子に腰を下ろした。テーブルの上にはクレメンタインがRAMCに所属していた頃の写真と、サリタとクレメンタインが両者真逆の表情を浮かべて肩を組む写真、そしてその横に同期三人の写真が並べられていた。写真の中のグラナーテは幾分背が高く、力もあるクレメンタインが押さえつけるようにして無理やり写真に収められていたが、同期三人が一緒に写っている写真はこれだけのはずだ。

「へぇ、この写真シンディーの所にあったんだ」
「……あぁ」
「後で返すからちょっと、借りていい? 焼き増ししてくるからさ」
「好きにしろ」

 横になって落ち着いてきたのか、クレメンタインは顔付も安らぎつつあり、ポツポツと短くだが言葉を発するようになっていた。
 了承の言葉を得られ、笑みを浮かべながらサリタはカーゴパンツのポケットにそれを収める。クレメンタインは朴念仁だと思っていたが、こういった物を大切にする人物だと分かり、新たな一面を見られたと思いながら、クレメンタインを見遣る。

「なんかあったら、内線で電話してちょうだい。まだ起きてるから」
「……サリタ」
「なに?」
「少し話がある。いいか」

 酒に酔っているからか、それとも真剣な話なのだろうか。厭に据わった彼女の視線に短く相槌を打つ事しか出来ず、椅子に腰を下ろしながら口を開く。

「——えぇ」

 クレメンタインは眼鏡を触りながらベッドの上で身を起こす。立ち上がったりする様子はなく、視線は伏せがちだった。決して酔いのせいで具合が悪い訳ではない、これはおそらくメンタル的な代物だと衛生兵時代の直観が告げる。

「……私は今日、初めて“処理”をした。人を殺すのは初めてではないが、仲間だった奴を手に掛けるなんて事は二度としたくない」
「……えぇ」
「だから頼む。お前は死なないでくれ。もし私が、お前を殺めなければならない時が来たら——」
「その先は言わなくても良いわよ。私前線配置されてないから大丈夫。——大丈夫だから」

 仲間が人の死に悼み、殺める事に痛みを抱いていたならば、自分が出来る事はアニルが言うように笑み掛ける事しか出来ないだろう。一緒に神妙な顔をしたとて、本当に彼女の痛みを理解出来る訳ではない。理解しているというのならば、それは理解しているという錯覚にしかすぎず、同情でしかない。自分がもし仲間を手に掛ける事があれば、今のクレメンタインの心情を理解する事は出来るのだろうが、そのような事はしたくない。故に理解したくもない。
 そう考え及んだ時には、クレメンタインの肩を抱き、宥めるように撫でていた。彼女は心情を吐露する事はあれど、涙を流す事はない。外ばかりが強いハリボテなのだ。

「色々あるわよね、色々」
「……本当だ、本当に色々あるな」

 そう短く言葉を交わし、サリタは身を離した。
 互いに顔を見合わせる事もせず、互いが互いに余所を見ている。片方は前を見れず悔恨に苛まれ、片方はそんな仲間を見る事が出来ずにいた。

 その後は二人とも言葉を交わす事もなかった。いつの間にかクレメンタインは眼鏡を掛けたまま、力尽きるようにベッドに横たわり、サリタはうつらうつらと舟を漕いでいた。
 ハッと目が覚めるなり、眠り呆けているクレメンタインの眼鏡を外し、ベッドサイドに置いてはそのまま部屋を後にした。ドアを閉めるとキーロックが為され、施錠音が背後で鳴るのを確認すると、はぁと短く溜息を吐いて自室に至る帰路へと付いた。

 帰路の途中、物々しい装備をしたオートマタ達が通路を駆けていく。その中にはハルカリや、シュトゥルム。最近加わったフルートというオートマタも含まれている。

「何かあったのかしらね」

 そう一人ごちる。何処となく胸騒ぎがしていたが、酒に酔ったせいだろうと自分を納得させようとしていた。その時だった、車載用の機関銃を台車に載せて、慌ただしく走るグラナーテの姿が視線に入る。彼女もサリタに気付くなり、歩みを止める。

「おーい!! ちょっと来てぇ!」

 彼女の呼び声に睡魔を振り払いながら、サリタは駆け出す。一歩、また一歩進むごとに空気は鋭さを増し、サリタの身体を突き刺す。

「どうしたの……?」
「13アガルタで、オートマタベースのノスフェラトゥが出たって……、今救援作戦が発動されててさ! 今一科と四科の一次隊が出たから、0400までに三科の二次隊を寄越してほしいって!」
「科長はもう知ってるの?」
「うん、だからサリタもクレミー叩き起こして連れてきて!」
「彼女、酔っ払って寝てるわよ?」
「いいから! LAVの中で仮眠取って! すぐ! 行って!」

 語気を荒げながら、グラナーテは要望を押し付けると機関銃を台車で押しながら走り出す。有無を言わせない彼女の強引さがクレメンタインに似てきたと思いながら、サリタは元来た道を戻りだす。短いはずの通路が、どこか長く感じられ、延々と走っているかのような錯覚を覚えていた。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.49 )
日時: 2015/12/12 22:46
名前: noisy@出先 (ID: 9igayva7)

 暗闇を走りゆくLAVの座席でサリタは瞳を閉じ、黙していた。銃座に座るクレメンタインは頻繁に他の車両と連絡を取り合い、標的情報を共有し、それを反復するように大声で読み上げていた。何故それをするか。その答えは単純であった。サリタには第二の視野という物が存在する。それはノスフェラトゥ由来の危険な因子を以てして持った特殊な技能というべきであろう。

「ポイントBの情報は正解、FCSに座標を打ち込んで。射撃開始を」
「——了解」

 銃座からの返答が来るなり、イボイノシシの鳴き声のような低くくぐもった砲声が鳴り響く。20mm機関砲を主砲とするLAV故の攻撃。30㎜機関砲を装備するとなれば車体を一度、停止させなければならないが20㎜であれば停止する必要もなくFCSを用いて正確無比な砲撃を浴びせる事も可能だ。

「露払いは順調か、お嬢さん方」

 運転席からアニルが落ち着き払った様子で言い放つ。車内にはアニル、クレメンタイン、そしてサリタしか居らず本来ならば6人で運用するLAVを3人で運用するという異例な事態だった。尤も3人でも全力発揮は可能で、人員を裂き、1台LAVを出すために行っている苦肉の策であった。
 その時だった、銃座の横に置かれたタッチパネルに目を疑いたくなる文章が表示されたのは。送られてきた文章を少しずつ、読み進めるにつれてクレメンタインの顔付は険しくなっていく。

「アニル! 13アガルタ全滅!」
「——そうか」

 僅かな間を持って返答されるも、彼はLAVのアクセルを緩めるような事はしなかった。寧ろ踏みしめているかのようである。その彼の意志はサリタには察する事は出来なかったが、クレメンタインには察する事が出来た。本当に全滅したかは自分の目で確かめなければならない。もしかしたら救える人間が居るかも知れない。もし本当に全滅していたとしても、それでもなお、自分の目で見なければならない。

「俺の都合だ、ついてきてくれ」
「……断る理由はあるまい。なぁ、サリタ」

 クレメンタインの問いかけに彼女は瞳を閉じる。嫌な物を見るかも知れないという恐怖から、膝に置いたカービンライフルのストックを力強く握りしめ、唇を堅く噛み締めている。

 視点は飛んで往く。燃え盛る地底と、バラバラになったノスフェラトゥの死体が散らばっている。更に視点は飛んでゆくと、シュトゥルムがアガルタの外壁にノスフェラトゥを叩き付け、首に手を掛けるなり即座に縊り殺す様が見られ、次の瞬間には頭部を引き抜き、それを地面に叩き付け、それを嬉々とした様子でハリカリが踏みつけていた。飛んでゆく視点はそこで途切れ、アガルタ内部の様子を見る事は出来なかった。

「……行こう」

 ゆっくりと瞳を開きながら、彼女は言う。中が見たい訳ではない。人の死に様を見たい訳ではない。しかし、何かやれる事があるのではないか、と思い至った故の了承。サリタの言葉にアニルは小さく頷き、アクセルを踏み込んだ。


 20㎜機関砲の砲身は弾を発する事なく空転を続けていた。銃座に座ったクレメンタインは、砲身から発せられる熱に苛まれ、額に汗を浮かべている。車内は厭に静かで、サリタは覚悟を決めたような表情を浮かべながらカービンライフルを抱きかかえ、車外のカメラからの映像を黙って、見つめ続ける。

「見えてきたな」

 車体上部からのくぐもった声に促されるように、カメラを操作するとアガルタが見えつつあった。アガルタは真っ赤に燃え上がり、その周囲ではオートマタ達がノスフェラトゥを駆逐していく様が見える。もう既に遅かったのだ。恐らくはアガルタの破壊措置命令が出たのだろう。これでは生存者を発見する事も難しく、内部に侵入する事すらも難しい。落胆したような溜息が運転席から聞こえるなり、ブレーキが踏み込まれLAVは停止する。

「遅かった、か」

 運転席から首だけ出し、振り向いたアニルは苦笑いを浮かべていた。それはまるで自分の無力さに呆れ返り、悲愴に打ちのめされたかのような、得も知れない表情。彼は額を抑え、俯いていた。嗚咽を漏らす訳でも、肩が震えている訳でもなく、彼は涙を流さない。しかし、泣いていた。

「帰ろうか……」
「——そうだな」

 アニルが振り向き、発車させようとしたその瞬間だった。何かが鎧戸を突き破り、アニルの額を穿つ。断末魔を挙げる暇すら与えられず、赤い血飛沫が車内を汚す。

 何があったか分からない、そういった様子でサリタは硬直していた。アニルを穿った何かが運転席で蠢いている。手に持ったカービンライフルを構えるよりも早く、クレメンタインの怒号が車内に鳴り響いた。

「——撃てェッ!!」

 ハッと我に返り、碌に狙いを定めずカービンライフルの引き金を引く。ひたすらに鉛の弾が飛び出し、少しずつ反動で銃口を上に逸らしながらも座席とアニルの身体ごと、何かに鉛の弾を撃ち込んでいく。赤い血に混じる青い血。

 座席から身体を真っ赤に汚した、ノスフェラトゥがサリタを見遣るなり、アニルを穿った触手を繰り出す。それが迫り来るまでの間は厭に長く感じられた。少し、また少しと近づくそれは何処を突き刺す気なのか判断が付くも身体は言う事を聞かない。

——避けられないッ!
 そう思考した時には既に遅く、それはサリタの左胸を穿ち、そのまま床を貫き、燃料タンクまで達していた。触手を伝い、ノスフェラトゥの血液がサリタに振りかかる。

「——っ」

 痛みから声すら出ない。反転した視界は自分の身体が脱力した証なのだろう。引き金を引く指は離れず、明後日な方向に銃弾を撒き散らし、それが燃料に引火するなり車内に炎が上がる。
 漸く銃座から身を下ろしたクレメンタインはその状況に恐れ戦きながらも、車載された散弾銃をノスフェラトゥへ向け放つ。8ゲージのスラッグ弾がその身体を穿ち、青い花を咲かせるとサリタが穿たれた、触手はテンションを失い、その身体は床に倒れ落ちた。


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