複雑・ファジー小説

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Subterranean Logos【オリキャラ募集中】
日時: 2015/08/19 23:23
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=199

Subterranean Logos

どうもです。
此処で活動を再開させて頂きます、noisyという者です。
タイトルが「Subterranean Logos」、相当な意訳を込めて「暗がりの救世主」という事ですが、勢いで付けただけです(

本作、主人公という物が存在しません。
各キャラごとの話を書いて、それを繋いで行く、一人リレー小説のような形式、巷でいう「グランドホテル形式」という形を取って、書かせていただきます。

従ってキャラ不足な現在、連載に平行して皆様方のキャラを募集させて頂いております。

応募につきましては、URLから行って頂けると幸いです。
なお、現在もオリキャラを募集しております。、募集要項の条件を満たしているキャラであれば、拒むことはありません。逆は言うまでもないですが。

設定は別に記載しますので、前置きは此処で締めさせてもらいます。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.40 )
日時: 2015/10/27 21:37
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 煙草が切れたクレメンタインは苛立ちを露わにし、シャッターの前で腕を組みながら突っ立っている。サリタに背を向け、顔が見えないというのにも関わらず彼女の表情はありありと想像する事が出来た。額に青筋を浮かべ、眉間に皺を寄せた大凡女らしさなど微塵もない顔に違いない。

「……猛犬」
「大昔の日本の玩具にあんなのあったよね」
 餌入れの前で眠るブルドッグ。微かな衝撃から目を覚まし、眠れる猛犬はただ吼える。まるでその目を覚まし吼えたブルドッグのような顔をしているだろう、とサリタと少女は想像する。サリタの頭の中のブルドッグと、少女のブルドッグはやや差はあるものの、何れにせよ酷い想像である事は違いない。

「お前等…、それは幾らなんでもあんまりじゃないか」
 苦笑いを浮かべながら、呆れ返った表情で猛犬と評された彼女は、不服を申し立てる。腰を下ろして座り込んだサリタとその右隣に移り、座った少女は笑みを浮かべていた。クレメンタインに「オモチャのアヒルのような声」と評されてから既に二時間。三人は多少なりとも打ち解けていた。二時間の間で二人は少女の素性を問い質していた。彼女の名は「グラナーテ・ヘンツェ」というらしい。姓からドイツ人であると想像は容易い。年齢は18歳、ハイスクールを卒業し、就職先としてこの組織の門扉を叩いたらしい。

「所でグラナーテ。腹が空かないか」
「知らない人から物貰っちゃダメって教育されたから」
「知らない上に顔のおっかない人は特にそうよ」
 そう二人掛りで弄られるとクレメンタインは顔を真っ赤にしながら、シャッターに蹴りを入れ、悪態を付いた。シャッターが揺れながら耳触りな音を発すると同時に、彼女の表情が微かに歪む。革靴越しとは言えどもシャッターを蹴ったため爪先を痛めたのだろう。

「ざまぁ」
 そうクレメンタインを煽るグラナーテ、怒りを露わにする気にもならないのか、溜息を吐きながらクレメンタインは壁に身を預けた。その瞬間だった、シャッターの開錠音が響き、三人の耳に飛び込んできた。巻き上げるウィンチが作動しているのか、低速のモーター駆動音がシャッターの向こう側からやや篭って聞こえていた。

「——お嬢さん方、すっかり忘れていた。中に入りたまえ、クソみたいな地獄に飛び込んできた怖い者知らずを歓迎するとしようじゃないか」
 壁に備え付けられたスピーカーから発せられるくぐもった声、尊大でいながら何処か疲れ切ったその声の後ろには呻き声のようなノイズが走っている。

「クレミー、シャッター蹴ったの見られてたんじゃない? 」
「…水兵服はどうした? ヘンツェ・ダック」
 前で妙な名称で呼び合う二人には一切の緊張感が感じられず、まるで昔からの知り合いのような軽口を叩き合っている。クレメンタインはともかく、グラナーテについては如何な物だろうかと苦笑いを浮かべながら、サリタは尻に敷いていたスーツケース片手に呟く。

「どっちも名字よねぇ…」
 やはりクレメンタインはどこか抜けている、そう思い放った独り言は二人の耳には届かない、彼女達はサリタを置き去りに、ただただ歩みを進めながら軽口を叩きあっていた。何故かそれが心寂しく感じられ、まるで未来を表しているかのように感じられたが、思考のノイズだとそれを振り切り、サリタは駆け足で二人を追う。

「早くしろ」
「遅いよー? 」
 そう二人はサリタを急かす。ものの二秒も掛からず二人には追い付くも、何か気の利いた一言を発する事が出来ず、愛想笑いを浮かべるだけだった。

 
 スーツケースのキャスターが、ひたすらガラガラと鳴き続けている。三人は一言も発する事がない。そのうち、グラナーテはヘッドホンをしてまたダブステップを聞き出した。漏れる音からしてウィリアム・ビヴァンの楽曲だろう。また100年近くも昔の古い音楽であったが、スクリレックスの物と比べると穏やかな低音すらも、クレメンタインの神経に障ったらしく、彼女は閉口したままグラナーテを睨み付けていた。

「それにしても長い通路ね」
 何とか場を取り持とうとサリタは沈黙を破る。グラナーテから返答はなかったが、クレメンタインは短く相槌を打つなり、何かに気付いたように歩みを止め、天井を見上げた。

「…最悪だな、此処は」
「何かあったの? 」
「此処だ」
 無理やりにサリタを引き寄せるなり、自分が立っていた位置に彼女を立たせる。天井にはエアダクトがあり、そこからは彼女がシリアのハサカで嗅いだ臭いがしていた。それは鼻につくような甘ったるさを放ち、長く嗅げば吐き気を催すような、不愉快な臭気。

「懐かしい臭いだ」
 皮肉を呟くクレメンタインの表情は何処か冴えない。彼女の脳裏にはヨルダン、イルビドの記憶がフラッシュバックしていた。辺りに散らばった敵か、仲間かも分からない肉や骨の破片、蠢く人ではない化物の窪んだ赤い瞳が自分を見つめているような気がしてならない。

「気分転換に一服したいな」
「後悔先に立たずよ。懲りたら少し吸う量減らしたら? 」
「…愛国心の邪魔をしないでもらいたいな」
 苦笑いを浮かべたクレメンタインは、首をゆっくりと回すなり歩み出す。それに呼応するようにサリタも前へと進んで行く、10m程離れた場所でグラナーテが何事かと見据えていた。

「なんかあったー? 」
「いいや、別に」
「ふーん」
 何かあったとしてもグラナーテは大して興味ないだろう。それにこの臭いが死体の放つ、死臭だと今は知る必要もない。遅かれ早かれ知るのだから、別段今教える必要はないだろう。

「やたら長いよね」
「さっき同じ話をしていた」
「えー? 黙ってたじゃん」
「お前が雑音聞いてるから、私達の声が聞こえないんだ」
「雑音って酷くない? 」
 そう抗議の念を唱えるが、クレメンタインはせせら笑うばかりで何も言い返してこない。彼女にエレクトロミュージックは理解出来ない。サリタもその抗議に乗る事はなく、穏やかに笑みを浮かべていただけだった。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.41 )
日時: 2015/10/30 00:18
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v


 扉を開いた先は、戦場と形容すべき様子だった。頭陀袋が並べられ、床には青い液体が撒き散らされている。しかもその場所は食堂だ。テーブルや椅子は本来の役割を果たせず、壁に立て掛けられている。それは部外者からしても、何やら異常事態が起きていると察する事が容易だった。

「あんた等、例の新人かい」
 職員と思しき男が不意に声を掛ける。名札には“A.Orange”と書かれ、名前の左横には背後に銃とメスを背負った十字が印字されていた。その男の顔立ちはやつれ切っており、体力と精神を消耗したのか、生気が感じられなかった。

「そうですけど…、何か手伝いましょうか? 」
「名前も知らない姉ちゃん達に、仕事をさせるなんて男が廃ると思わないか」
 男がそう切り返す、冗談が言えるのならばまだこの男は問題ない、とクレメンタインは何処から出したのか、一方的に名刺を差し出した。サリタは自分には渡さなかったのにと、腑に落ちなかったが名を名乗り、ついでに隣で戦々恐々とした表情を浮かべたグラナーテを紹介する。

「アンタ、メディックか」
 男がクレメンタインの名刺を見ながら言う。軍人時代の名刺をそのまま持ってきたのだろう。それ故に衛生幹部だと悟られたに違いない。

「…荒事ばかりだったがね」
「そいつはいい。少し来てくれ、今は猫の手も欲しい」
「断る理由はないが、まだ正式に私は貴方達の同胞ではない。それでもいいのかね」
「知ったこっちゃないぜ。そのうち仲間だ、それが明日か、今すぐかの違いだけだ。さっさと来てくれ」
「…サリタ、そういう事だ。少し行って来るが此処は空気が悪い。無理はするなよ」
 そう不器用な気遣いを見せ、クレメンタインは男の後ろに付き、歩みを進めていった。革靴が青く汚れるのにも、一切の抵抗を見せる事はなく、微かに見せた横顔は鉄火場に赴く軍人の顔をしていた。

「…この青いの何だろうね」
「分からないなら触るもんじゃないわ」
 床に屈みこみ、触れようとしていたグラナーテを戒めてサリタは頭陀袋を見つめる。青い液体は頭陀袋から、滴り床を汚している。中は一体なんだろうか、と頭を悩ませるものの答えは見当たらなかった。
「——触らないのは正解だぜ」
 不意に背後から聞こえる男の声に、一瞬だけ身動ぎし首だけ動かし、背後を見れば黒人の男が小銃を抱えながら、二人を見据えていた。名札には“L.E.Dunhill”と記されており、先ほどの男同様名前の左側には何やらエンブレムが記されている。双眼鏡とライフルをあしらったそれを見るからに、先ほどの男とは所属が違うと見て取れる。

「その青い液体を触れ、まかり間違って体内に入る事がありゃ、俺はアンタ等を撃たなきゃならん。引金を引かせないでくれよ」
 そう言いながら男は小銃を二人に向けた。セーフティが掛かってるとは言え、銃口を向けられるのは余り良い気分ではない。グラナーテの前に立つようにしてサリタは男を見据えて、抗議の視線を送った。
「おうおう、そう怖い顔しなさんな。——俺はレスター。アンタは? 」
「サリタよ」
「そうかいそうかい、そっちのガキは? 」
「……グラナーテ・ヘンツェ」
 ぶっきらぼうに名乗ったグラナーテは不愉快そうな顔を浮かべていた。矢張り銃口を向けられるのが面白くないようだ。

「つー事はお前等が新入りか、情報と違うが? 」
「なんの事かしら」
「RAMCの大尉殿はどこに行ったんだ? 」
 レスターは嫌味ったらしく、大仰に言い放った。大尉殿、クレメンタインの事を指しているのだろう。
「オレンジとかって人に連れてかれたわよ。何でも手伝えって」
「あのオッサン…、ホント人浚いが好きなこったぁ」
 呆れたようなレスターの言い振りから、オレンジという男は頻繁に人を引っ張り、仕事の手伝いをさせているのだろうか。見境ないのは如何な物だろうかと思いながら、サリタは呆れたような笑みを浮かべた。

「こんな死体置き場にお客さんを置いておく訳にはいかねぇ。此処を真っ直ぐいって、突き当たりを左に曲がった先に格納庫がある。そこで一服してろ、三科長はまだアンタ等に会える状況じゃあない。少し待っててくれ」
 そうレスターは言うなり、顎で進むべき方向を指した。死体置き場という気になるワードを彼は口に出したが、部外者にも分かる異常事態、後からでも分かる事だとサリタは自分に言い聞かせ、グラナーテの肩を軽く叩き、歩みを進めた。

 歩む二人の背を見ながら、レスターは一つ思う事があった。あの二人にこんな地下に来る必要があったのか、と。サリタは身なりを見る限りでは、元軍人。元軍人というだけで一般人よりは大なり小なり、優秀なのだから、幾らでも仕事はあっただろう。態々、酷いものを見る必要などない。それはグラナーテにも言える事であり、普通の生き方をする事も出来ただろうに、何故こんな道を若い内から歩まなければならないのか。彼女には彼女なりの考えという物があるだろうが、レスターにとって見れば彼女は酔狂を演じた、馬鹿な子供にしか見えなかった。

「馬鹿なガキだ」
 せめて潰れぬよう、精神を病まぬよう。そして死なぬよう、見守る事しか出来ない。神など信じてはいないが、胸の前で十字を切ってレスターは彼女達の未来が明るいものであれと祈っていた。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.42 )
日時: 2015/11/03 23:48
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 寝台に横たわる彼等は苦痛に呻いていた。ある者は足を失い、ある者は腕を失い、ある者は既に苦悶の表情を浮かべたまま息絶えていた。もうじき死体安置室に入れられるだろう。——此処が安置室でなければいいのだが——その様子を不快そうな表情を浮かべ、左耳をガーゼで押さえつける男が黙ったまま見つめていた。彼の手の下のガーゼは赤く染まっている。

「ギル、具合はどうだ」
「ガキの頃の注射みたいだ」
「そいつは痛いな」
「あぁ。このザマだからな」
 彼を見るなり、“A.Orange”はニヤついた笑みを浮かべながら声を掛けた。ギルと呼ばれた男は、彼に視線を配る事もなくぶっきら棒な口調で返答するなり、ガーゼを引き剥がす。そこには存在するはずの耳がなく、肉と引き千切れた血管が曝け出されていた。

 その傷をクレメンタインはマジマジと見つめながら、何かで切裂かれたのだろうと結論付けた。切り口は真っ直ぐで、断面を覗かせる血管もマカロニのように切り口が綺麗なものだった。

「てっきりアンタ嫌がると思ったんだがなぁ」
「生憎、私は上の戦場から下の戦場に来たんだ、その程度は日常茶飯事だった」
 ギルと呼ばれた男は感嘆の意を漏らす。恐らくはクレメンタインを試したのだろう。見慣れない顔から新入りと判断し、これからの血腥い世界に拒絶を示すか、否かと。

「そうか、俺と同じだ」
「2117年、ヨルダン、イルビド」
「2115年8月9日、エルサレム」
「…そうか」
 この男も酷い物を見たのだろう。路上にミートパテが落ちていたか、人間の屑が人間の頭でサッカーでもしていたのだろう。日時と土地を呟くだけで表情が翳る。互いにそれ以上、語る事はしなかった。

「メディック、アイツを診ててくれ。“感染”はしてない。俺はちょっと“処理”しなきゃなんねぇ」
 そう“A.Orange”は言い放ち、患者を指差すと同時に壁に立て掛けられた散弾銃に手を掛け、それを担ぐや否や部屋を後にする。感染という気になる言葉を放った、彼は散弾銃片手に何を処理するというのだろうか、疑問が浮かぶがクレメンタインは口を閉ざしたまま、患者を見据えた。彼の全身は包帯で覆われ、抗生物質を点滴で投与されている。恐らくは火傷を負ったのだろう。その姿が、まるで未来の自分を見ているような気がしてならなかった。

「……ソイツはもう助かりやしないさ、全身に三度の熱傷を負ってる。しかも一日、野晒しにされてたんだ。助かりやしねぇ」
 患者と向き合うクレメンタインの背後からギルと呼ばれた男は静かに語った。患者は意識がないらしく、ギルの諦観した言葉に反応する様子はなく力なく横たわっている。

「……諦める訳にはいかん」
「アンタはきちんとソイツを生かしてやるのか? 意識はないにしろ苦しいのは変わらねぇ。貴重な物資を死人の冥途の土産にしてやるか? 俺だったらそんな無駄な事はしねぇ。——殺してやりたいさ」
「——抜かせ」
 その言葉にクレメンタインは瞳を見開き、口から怒りを吐き出す。助けられるかもしれないのであれば、どれだけの物資を投げ打ったとしても生かそうと全力を尽くすのが衛生兵という代物である。ギルと呼ばれた男はそれを全否定するような言葉を吐き、挙句の果てには患者を殺めるとまで言い放つ。

「……アンタは半身千切れた野郎を生かそうとするか? 脳味噌ぶちまけた野郎を助けてやるか? 俺等は天に在すイエスでもアッラーでも、ブッダでもないんだ。半死人を助けるなんて奇跡を起こせる訳がない。だったら、ソイツをさっさと地獄なり、天国に打ち込んでやった方が特ってもんだろ」
「仲間なんだろう? ならば、救うのが道理ではないのか……」
「口先だけの甘っちょろい理想だ。そんなんじゃオレンジのおやっさんと同じ。——叶わない理想に惑わされてるだけだ」

 いつの間にかクレメンタインはギルと呼ばれた男に向き合っていた、彼女の瞳には怒気が混じり、険しかった顔立ちには何処とない翳りが見え隠れしていた。それが初対面のギルにも、彼女が怒り狂っていると感じ取るには充分な代物だった。男だったらさぞかし迫力があっただろう。軍に染まり切り、鉄火場を渡り歩き、幹部として上と戦い、下を治めていたとしても女である、やはり大した恐れを感じる事はない。

「そうカッカしなさんな」
「なら前言を撤回しろ」
「そいつは出来ないな。これが俺の宗教だ」
 飄々とした様子のギルに反し、クレメンタインは怒り猛っている。中での揉め事に扉の前で、男は一抹の気まずさを感じ、散弾銃を抱えたまま溜息を吐く。


「——戻りにくいな」
 そう呟く彼——“A.Orange”——はバツが悪そうな表情を浮かべていた。散弾銃からは硝煙の香りが漂っており、何かを撃ったと悟られる事だろう。それはクレメンタインが言う、“救うべき存在”を撃ったのだ。しかし彼等は助からない。化物に“汚染”されてしまったからだ。
 
 自分とてクレメンタインの主張は正しく、間違いではない。そう考える。しかし、救いようが無く“処理”しなければ次の犠牲者を出す可能性がある者を放っておく訳にはいかない。それを放っておけば要らぬ犠牲を出す可能性があり、結果的に“救えない存在”を産む事となる。それは“A.Orange”自身も重々承知なのだが、それでも彼等に向ける銃口は背けたくなる代物であり、引かなければならない引き金は石のように重い。

 扉のガラスにぼんやりと映る彼の顔は、窶れきり酷い代物だった。

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.43 )
日時: 2015/11/09 00:10
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 レスターに行けと指示された場所——兵員待機室——では、オートマタ達が映画を見ていた。彼等は手足を失ったり、顔を半分潰されていたり、酷い物は半身を失っていたが意気軒昂という様子でスクリーンの中で、光る棒状の剣を振るう二人の男の戦いを興奮気味に見ている。

「前、失礼するわ」
 オートマタの前を過ぎりながらサリタは、オートマタを見据えた。そのオートマタには口がなく、目も人間のそれとは異なり厭に機械的な代物だった。そのオートマタはサリタと目が合うなり、小さく会釈しグラナーテを見据えていた。

「あなたの連れ、放心状態よ?」
 そう指摘するオートマタの言う通り、グラナーテは自失呆然としていた。何が原因なのであろうか。オートマタと言えども人型、ややショッキングな状況に恐れ戦いたのだろうか。

「……グラナーテ?」
 彼女からの返答はない。
「此処に来る途中でグロテスクな代物でも見たかなぁ?」
 間延びした物言いでオートマタは言う。彼女が言う“グロテスクな代物”とは恐らく頭陀袋の中身の事だろう。幸いにも中身は見ていない、死臭が漂っては居たがグラナーテはあの甘ったるい臭いを死臭だとは知らないはずだ。

「いや、あれの中身は見てないけど」
「あぁ、そう。——そんじゃあ私達が原因かな?」
 オートマタはそういうなりグルっと周囲を見回した。人間では有り得ない欠損を負った物ばかりで、彼女の視線を追いサリタは最後に彼女を見遣れば、全身を焼かれたように爛れており、人工皮膚がまるで溶け、固まった蝋のように拉げていた。

「……正解だよ」
 オートマタの問いに答えるように、漸くグラナーテは口を開いた。言葉はやや震え、何処となく怒りや悲しみに似通った感情が感じ取られた。

「此処は修理も、整備も満足にしてもらえないの?」
「上からの補給が滞っててね、二科の人間も戦地に引っ張り出されてるもんだから、満足に修理してくれる人が居なくてさぁ。余程酷い損傷じゃない限りは自分で直して誤魔化し、誤魔化ししてるんだけどねぇ。——まぁ、ねぇ?」
 周囲のオートマタの様子を見る限りでは、そろそろその“誤魔化し”が限界を迎えつつある様子だ。それ故に現地任務に付かず予備兵力として、待機しているのだろう。

「——作業場は!? 案内してッ!」
「急にどうしたの——」
「私が直すからッ!! 早くッ!」
 オートマタの言葉を遮り、グラナーテは激昂した様子で吼える。自分が直す、そういう彼女の言葉は何を根拠にして、発せられたものかとサリタは首を傾げ、顔を顰める。

「そういうけど、グラナーテ? あなたに直せるの?」
「私、ハンドメイドオートマタの工房で育ったんだ。だから……、大丈夫」
「へぇ、新人さん大したもんだねぇ。——シュトゥルム! あんた駆動系故障してたよね、やってもらってきなよ」
 シュトゥルム——、そう呼ばれたオートマタは厭に巨大な体躯をしていたが、左手はだらりとただぶら下がっているだけで、全く動きもしない。外部的なダメージから電路が破壊されたのだろうか。

「俺がかい?」
「そう、あんた。あんたが現場復帰すれば四科も楽だろうから、至急修理してもらいなよ」
「だが、この小娘が本当に修理でき——」
「さっさと来る! 案内して!」
 オートマタの群れを抜け、自分の身の丈よりも遥かに巨大なオートマタの前に立ちはだかったグラナーテは吼える。言葉を遮られ、グラナーテの勢いに押されつつあったシュトゥルムと呼ばれたオートマタは、納得行かないといった様子で立ち上がり、グラナーテに引っ張られるような形で兵員待機室を後にしていった。

「……嵐のような子だったのね、そう見えないんだけど」
「昔からの顔見知りじゃないのかい?」
「えぇ、つい四時間くらい前に知り合ったのよ」
「へぇ……まぁ座りなよ」
 オートマタはソファを詰めてサリタを手招く。彼女の胸元にはも“A.Orange”や“L.E.Dunhill”と同様に名札が取り付けられていた。小銃を交差させたエンブレムの横に“Type.Harukari HK-114 HARUKARI”と記されていた。恐らくは日本製のオートマタ、春狩型の114号機で、個体識別名としてそのまま「ハルカリ」という名を与えられているのだろう。

「えーと、ハルカリさんで良い?」
「あ、呼び捨ててで良いよ。で、あんたは?」
「こういう者です」
 ETE時代の兵籍番号が記されたIDカードを見せる。彼女はそれをマジマジと見つめていた。元が付く軍人など、珍しい物でもないだろうに少し不思議に思う。

「サリタね。という事は新しく入ってくるって連絡されてた新人かー。よろしく」
「えぇ、よろしく」
「所でRAMCの大尉は?」
 レスターと同様の質問をハルカリはぶつけてくる。それ程クレメンタインの加入が大事になっているのだろうか。確かに階級的には中隊を率いるような階級で、もう一粘りで佐官に手が届くようなビッグネームであるのだから、話題になっていたとしても不思議ではない。

「オレンジ、という人に連れてかれたわ」
「……アニーおじさんの拉致事件が“また”起きたのね」
 また、といわれる限り彼の拉致は矢張り、日常的に起きる事なのだろうか。
「所で今何が起きてるの?」
「ん、隣の13アガルタがノスフェラトゥに攻め込まれててね。うちから警備部員が出動して、合同で防衛戦線を張ってる最中」
「此処の防備が手薄になるんじゃ……? 」
「連中は組織戦闘出来ないから大丈夫。たまにしてくるけど、陽動なんて頭は働かないよ。一応、オートターレットも動いてるから大丈夫」
 と、ハルカリは語る。慢心ではないか、という疑念をサリタは抱き、一抹の不安が脳裏を過ぎった。もし別働する者達が強行的に突破してきたなら、この負傷者と故障したオートマタだけで太刀打ち出来るのだろうか、と。

「人じゃないから大丈夫。上は人ばっか相手にしてたもんね。……酷かったでしょう?」
 そうだ、これから戦う相手は人ではない。各々の強さは人と比べ物にならないが、集団での強さは人には到底敵う物ではないはずだ。そう言い聞かせながら、不安を払拭しようとハルカリの隣で映画に目を向けた。
 

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.44 )
日時: 2015/11/16 23:02
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 結局、その日の晩になっても警備部長と四科科長を兼務する人物は戻ってこなかった。死臭に紛れながら、味気ない食事を摂っていると何処となく蘇ってくる記憶。

「なんか、しんどそうだね」

 余程、サリタは酷い顔をしていたのだろうか。隣で粘土のような携帯食料を齧るグラナーテが問い掛けてくる。彼女の顔付きもどことなく、疲れを孕んでおり頬に付着した黒い油汚れが、それを助長させる。

「……まぁね」
 自分は何もしていないが、それでもこの状況は辛い。死臭に塗れ、過去の記憶が蘇ってくるだけでも、その記憶が苛烈である故に自分を苛める。それはグラナーテの隣で、煙草を咥えているクレメンタインとてそうだろう。彼女は疲れ云々というよりも、何処となくやつれているように見える。

「そっちはどうだったの?」

 閉口しているクレメンタインに問う。眼鏡の向こう側の瞳が一瞬だけ、サリタを捉える。いつもの苛烈な印象はなく、何処となく憂いを秘めているように見えた。

「……此処は上よりも酷いやも知れん。命は軽く、早い取捨選択を望まれる。サリタよ。——我々の本懐はなんだ、我々は衛生兵として教育を施された兵器だ。最期の最期まで救おうとしなければならないのではないか?」

 恐らくは助からないであろう人を救おうとするな、とでも釘を刺されたのだろう。彼女は良くも悪くも職務に忠実なはずだ、故に二十代半ばで大尉まで昇進するに至っているのだろう。しかし、その忠実過ぎる面は、此処では疎まれる原因となるかも知れない。

「そうね、衛生兵の役割はそれで正しいと思うわ」

 クレメンタインの考え方は間違っていない。しかし、世間一般的には正しいかも知れない考えも、人成らざる者と戦う常軌を逸した、このアガルタという場所ではイレギュラーな代物になりうる。そう思っていたがサリタは口には出さず、賛同し小さく相槌を打つだけに留めた。

「……それを此処の奴等はさっさと諦めろというんだ。終いには“処理”と称して人間を殺めている。私には信じられん」

 “処理”そのフレーズ自体を聞くのは始めてであったが、レスターの言葉がサリタの脳内を過ぎる。グラナーテが青い液体に触れようとした際に発した、体内に入ったら引金を引かなければならない、という言葉を。

「……通報する?」
「彼等の真意を見定めなければならない。私達とて中東じゃ限りなくグレーな事をしてきている。ブラックでない限り、悪と断定は出来ないというのが正直な所さ」
「グレーって?」
「——収容出来ない捕虜や、投降兵を“無かった事”にしたりだな」

 クレメンタインの一言にグラナーテの表情は一瞬強張る。そのような事実は表向きには報道される事はない。——日本を除いた軍隊では普遍的に行っているのだが——。

「聞かなかった事にしておく……」
「そうだな、外に出たらお前を“無かった事”にしなければならない」
 薄ら笑いのにやけ面をしながら、クレメンタインはグラナーテの頭を軽く叩く。冗談ではあろうが、クレメンタインに言われれば、脅しとしての効果は覿面だったようだ。

「テロリストは人ではない。大凡、全て死ななければならないってな」

 追い討ちを掛けるクレメンタインを、呆れた視線でサリタは戒めるが彼女は気にする様子はない。しかし、クレメンタインが言う事を此処の現状に当て嵌めるならば、体制に楯を突き、外部に告発する気がある自分達はアガルタに取ってみれば、テロリストである。もし明るみに出れば、自分達も無かった事にされかねない。

「グラナーテ? この事は内密にね」
「言えないように口を裂いておくか」

 にやけ面のクレメンタインは、グラナーテの口に指を突っ込み無理やりに口を広げる。唐突過ぎる凶行に、気が動転したのか目を白黒させながら言葉にならない抗議を唱え、なんとか逃げようと身を逸らすがクレメンタインの追撃は執拗で逃げ切れずにグラナーテは間抜け面を晒していた。

「あなた、そんな事してると自分の口が裂けるわよ」
「それは良い。余計箔が付く」
「……はぁ」

 いい加減グラナーテが哀れに思えてきた、サリタはクレメンタインの耳を引っ張る。あろう事は引っ張られている方向に身体を動かし、それと同時にグラナーテの身体もクレメンタインと共に動く。彼女は痛いと抗議をする事もない。

 そんな馬鹿げた様子を扉の向こう側から、見ている男が一人居た。“A.Orange”と書かれた名札の男だ。その手には書類が入れられた封筒が持たれている。


「——入りにくいな」

 そう呟く彼“A.Orange”は苦笑いを浮かべていた。話に聞く限りでは初対面同士らしいが、一日も経たないうちにかなり打ち解けている様子だ。
手に持った封筒の中身は、辞令なのだが今すぐ渡すのも何だか悪いような気がしていた。明日から、彼女達はすぐに現地任務になる余計な気負いをさせる訳にはいかない。

「——帰るか」

 ややくすみ汚れた、ドアのガラスに写った自分の顔には笑みが浮かんでいた。一瞬だけ口の中に手を突っ込まれたグラナーテが助けを求めて、“A.Orange”を見たが、手をヒラヒラと振り助ける気はないと意思表示して踵を返した。

 何やら後ろで叫び声が聞こえたのは気のせいだろう。  




 


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