複雑・ファジー小説
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- 【生きてます】ありふれた異能学園戦争【第三限-7】
- 日時: 2019/03/29 13:00
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: zxPj.ZqW)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=989
——この戦争はきっと、ありふれていた
*****
はじめましての方は初めまして、通りすがりの俺こと"通俺"です。
ちなみに読みは「とおれ」読みづらかったら「とぉーれ」とか、ニュアンス伝わればいいかなって。
今回はリク板で募集してましたカキコ住民の方々計14名のオリキャラ+私キャラで行われる「異能学園戦争」です。
詳細についてはURLに書かれていますが、必要事項などについては本編で書きますので読む必要はございません。
・世界観
あなた方がよく想像する現実、そこに異能力者の存在を加え入れてください。
彼らは日本国に存在する、とある学園に送られます。
そんな学園で起きた、一つの事件。
・ルール
1.ゲームがスタートし24時間の間、死人出なければ強制終了。残る生存者は全員爆破されます。
2.上記の時間は、死人が一人出る度24時間プラスされます。
3.殺し方に制限はありません
4.無事最後の一人、勢力になってください
5.優勝者には願い事を一つ、叶えましょう。
以上
・目次
-参加者のかんたんなプロフィール
・prologue編 >>3
・第一限修了時編 >>26
・第二限修了時編 >>46
-第一章「異能学園戦争」
・プロローグ「強制入学 Live or Die」全二話(約7000字 読書推定時間5分)
>>1, >>2
・第一限「嘘つきと早退者」全13話(約4万5千字 読書推定時間35分)
>>5(改),>>6(改),>>8,>>9,>>12,>>14,>>15,>>16,>>17,>>19,>>20,>>21,>>22
--休みの時間
・「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」>>23
・「死に至る病」>>25
・第二限「ゆびきり」
>>27,>>28,>>29,>>30,>>31,>>32,>>34,>>35,>>36,>>37,>>38,>>39,>>40,>>41
--休みの時間
・「黒に縋る」>>42
・「見えたモノ」>>43
・「空虚なる隣人」>>44
・「オオカミ少女」>>45
・第三限「終末世界のラブソング」
>>47,>>48,>>49,>>50,>>51,>>53,>>54(new)
・お客様(コメント返しについては、少しネタバレに近いことを言いたいときもあるのでURLの企画スレにてしております)
-ハルサメ様,ミサゴ様
-日向様,くりゅう様
-柞井 五百四十八郎様
-ハルサメ様,透様
-siyaruden様 宛 更新 12/17
・イラスト等について
>>18
こちらにてみなさまからいただいたイラストをまとめております。
>>52
感謝企画で依頼をして数名に描いていただきました!
・異能学園戦争参加者名簿
東軍
・岩館 なずな by水野驟雨さん
・伊与田 エリーズ by神楽坂さん
・鴬崎霧架 by 三森さん
・千晴川 八三雲 byハルサメさん
・深魅 莉音 by siyarudenさん
西軍
・三星 アカリ by透さん
・播磨 海 byみかんさん
・栂原 修 by柞井 五百四十八郎
・光原 灯夜 byミサゴさん
・羽馬 詩杏 by波坂さん
無所属
・幾田 卓
・榊原 伊央 by くりゅうさん
・塚本 ゆり by 照り焼きスティックさん
・鳥海 天戯 by サニ。さん
・大當寺 亮平 by 黄色サボテンさん
・コメント随時募集中!
(コメント返しについては、少しネタバレに近いことを言いたいときもあるのでURLの企画スレにてしております)大事なことなので繰り返してみました
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【休みの時間 修了】 ( No.46 )
- 日時: 2018/10/09 14:53
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: NPNDmgZM)
・参加者のかんたんなプロフィール-第二限修了時編
(本編更新に応じて、少し変えたものを投稿します)
注意!
これは第二限 修了までのネタバレを含みます。
見本
・名前:山田 太郎 (男/高等部3年/18歳)
能力「帰宅部≪ホーム・カミング≫」
--帰宅を開始すれば、だれにも止められない。
悟りを開いた気でいたが、甘いものが無性にほしくなり蜂の激闘を制す
-東軍:
・伊与田 エリーズ (女/高等部1年/16歳)
能力「未知数領域・反転旭暉≪テネブル・タンタキュル≫」
--光と覆うものによって出来た影、という限定的な場所より触手なるものを呼び出す。けれど、本当にそれだけだろうか?
大事な後輩、仲良くなれたかもしれない後輩、二人を失い少々揺らぎはしたが立ちなおしている。
・鴬崎霧架 (男/高等部1年/16歳)
能力「皆乍回復≪リザレクション≫」
--自分だけが持つ「回復力」を使用し、対象者を癒す。ただし、様々な条件があり現在は封印中
猫を被ったりしているが、今のところただの後輩に収まっている感がある。
・千晴川 八三雲 (男/高等部2年/17歳)
能力「驚愕暗転装置≪コンプリート・ダークネス≫」
--自身の周囲に光を通さない暗闇の半球を作り出す。西軍にレポートがある。
外側がいい感じに焼けた一命をとりとめているが、当然行動は不能。
・深魅 莉音 (女/高等部2年生/17歳)
能力「具現の画伯≪イマジネーション・アーティスト≫」
--不明、だが西軍はレポートを所持している。
いろいろと回りくどく、直線的な言い回しを多用している。何を考えているのだろう。
-西軍:
・三星 アカリ (女/中等部2年/14歳)
能力「豪炎放射≪バーラスト≫」
--シンプルイズベスト、両手から橙色の火を出す。
安直な励まし、約束は、時に後悔を生み出します。
・播磨 海 (男/中等部3年/15歳)
能力「超反射≪リーフレクス≫」
--とにかく反射神経がいい。視覚、聴覚、痛覚、あらゆるものに対し瞬時に体を動かせる。
守り切れた?
・栂原 修 (男/高等部2年/17歳)
能力「脅威消却≪キャンセリング≫」
--自分が殺意、敵意が無い場合のみ、相手のそれも消す。
先輩だというのに、らしく動くことは出来なかった。能力の方にも陰りあり。
-無所属:
・幾田 卓 (男/中等部1年/13歳)
能力「鋏≪ハサミ≫」
--相変わらず不明、だが能力奪取系統だろうか。再起動を手に入れることに成功している。
間に合おうとした、愚か者
・榊原 伊央 (女/中等部1年/13歳)
能力「色彩哀歌≪エレジー≫」
--高音から低音、波長さえも操る……けれど、それらは暴走の危険性をはらんでいた。一定以上使えば、そこから先は抑えが利かなくなり、周囲をただ斬り、潰し、吹き飛ばす災害を起こす
籠城は、出たら負けなのだ。決して、出てはいけなかった。
生死不明
・塚本 ゆり (女/高等部1年/16歳)
能力「嘘吐き≪ライアー≫」
--嘘を相手に信じ込ませることが出来る。東軍にレポートあり。
お宅訪問されたので引越しをし、お宅訪問をされた。
・鳥海 天戯 (女/高等部3年/18歳)
能力「溶血性漆黒病≪ペインツ・オブ・ブラックブラッド≫」
--黒い手で触ったら何でも黒く溶かす。
引きこもりだが、ここ最近は人の訪問が多かった。
**死亡済み**
・大當寺 亮平 (男/国語教師/26歳)
能力「再起動≪ハードワーカー≫」
--深呼吸をする度に精神、肉体的に回復していく超耐久系能力
でも死んだ。
幾田によって校庭端に埋められた。
-東軍
・岩館 なずな (女/中等部1年/13歳)
能力「心隅憂虞≪メランコリー・メランコリー≫」
--自分の不安を増幅、電波させる。自分の心が揺らげば揺らぐ募度協力に、
しかし、それがいつもいい方向に転がるとは限らなかった。
木刀の一撃によって頭蓋骨を砕かれた。
-西軍
・光原 灯夜 (男/高等部2年/17歳)
能力「皇帝の覇道≪ロード・オブ・ロード≫」
-見下ろした相手を秒数に応じ、重力増加
這い寄る物に気が付けなかった。現在、死体が行方不明。
・羽馬 詩杏 (女/高等部3年/18歳)
能力「愉快な仲間達≪ユーモラスフレンズ≫」
--自分そっくりな容姿、装備の分身を生み出す。監視などもお手の物
運が、悪かった
- 3-1 ( No.47 )
- 日時: 2018/10/19 02:54
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
- 参照: http://コーヒー牛乳が拷問
第三限「終末世界のラブソング」-1
──覚醒、覚醒する。
何から、夢から。それは悪夢か、それとも。
夢とは覚めるものだ。失ってしまうものは、どうしてか素晴らしく映る。だが誰だって、どうしたって思う。
そんな素晴らしいものを、永遠にする方法はないものか、と。
「…………」
死を、破壊を……変化を。美しい景色を切り取って家に飾れたら、敬う人物が何歳になっても元気でいてくれたら。
そう嘆いては、人は受け入れていく他ない。死を宣告されたものは、それを受け入れ、過程をよきものにしようとするだろう。それが……それが、例え何者であろうと。
本当にそうだろうか?
「──っ!」
「ぁ、生きてた」
頭上に感じた異物感、それに感じて幾田は飛び起きた。同時に激痛が走り、意識の覚醒を手助けする。
ここはどこだ、辺りを見回しても切り刻まれ隆起した地面、飛び散り乾いた血の赤黒さが混乱を誘う。だがその解明よりも先に、幾田には警戒すべき相手がいるという事実に気が付き、そちらに視線を向ける。
「……深魅、さん」
「ふふ、再起動≪ハードワーカー≫様様ってところかな。よくそこまで血を流して生きていられたね」
そう言われ、改めて幾田は自分の体を見る。服はあちこちに切れ込みが入り、破れてなくなっている場所さえあるが、それ以外はほぼ血で染まっている。その下からは青痣、切り傷、そこから流れ出て固まったのであろう、黒いかさぶたもどきがいくつもあった。
恐らくは大部分は既に再起動で回復していたのだろうが、細かい部分がこうして多く残っている。これからの行動を考えれば、十分ではない。
──深呼吸
状態を確認するとすぐさま幾田は深く息を吸いこみ、疲労、痛みを固めてすべて吐き出す。その所作を一つ、また一つ重ねるごとに、少しずつだが傷がふさがっていくはずだ。
彼女は、美術室前での時と同じような緑色の目でそんな彼をじっと見ていた。垂れ下がっていた前髪を手で避ける動作をしつつ、彼女は愉快さを隠し切れないようで、不気味さを感じる笑顔を浮かべていた。
「不思議だよね、生きてさえいれば再起可能、蘇生が出来ないってのが疑問に思えるほど。周りの血の量から言って致死量はとっくに過ぎてると思ったんだけどね。いい能力が取れて、よかったね?」
「っ、違います。取ろうとなんて俺は……」
「そうなの? じゃあ、なんでわざわざ……こんな場所に近づいたりなんてしたのさ」
「なんで……ってあ、まずい!」
何故かと言えば、彼女が手を伸ばしていたから、歌っていたから。では、その少女はどこに行った?
少しの会話で頭が冷えた幾田はようやく思い出す、幽鬼の如く彷徨ったことを。見つけてしまった惨状を、その中心にいた少女……榊原伊央のことを。こうしてはいられない、早く彼女に手当てを施さねば手遅れに……。
だがしかし、いくら周囲を見渡してみても幾田には榊原どころか、羽馬、岩館の姿すら見つけることが出来ない。削られたセメント材の影に隠れているのかとも思ったが、どうにも虫一匹の羽音もしない。どうやら本当にこの場には幾田と深魅の二人しかいないらしい。
どういうことだろう、幻覚だったのか。
違う、確かにあの場には二人の死体と、助けを求める少女が居たはずで……再び混乱に陥る幾田を見て、深魅は困った表情を浮かべた。
「そっか、君も知らなかったか。僕もこうして岩館ちゃんを埋めてあげようと思って来たんだけどさ、不思議なことにいなくなっちゃっててさ。君だけ残ってたから、これも何かの縁だと思って埋めてあげようと思ったんだどね」
「そ、そうなんですか……ありがとうございます?」
そう言って彼女は、自身の背後にあったスコップと台車を見せびらかす。どちらも少々汚れているが、とても頑丈そうであった。あのまま起きていなければ今頃土の中か、生き埋めにされる光景を想像し苦笑いを浮かべる。
確かに、岩館は東軍。それを同じ東軍である深魅が回収しに来るのは実に自然なことだった。光原の時とも同じように、西軍が埋めたのだろう。
一人合点が行く幾田に対し、深魅は何気なく尋ねる。
「そうだ、大當寺先生の死体……もしかして君が埋めたのかい? 校庭の方にお墓らしきものが出来てたけど」
「あぁ、はい。そのままじゃだめだと思ったんで」
「そっか、よく掘ったね。いくら再起動があるからって、大変だったろう」
「……いえ」
違和感、深魅の言葉に何かを感じ取ったがそれを形に出来ず、流れていく。どうしてか声はクリアに、一語一語が聞こえるというのに全容がつかめない。
英語のリスニング問題の様に、理解できず流れていく言葉の羅列。だが、その最後
──ふふ
小さく、深魅が笑い声を漏らしたような気がした。
「何がおかしいんですか?」
先ほどまでの笑顔とはまた違う、背筋が凍り付くような笑い声。
反応し顔を歪めると、深魅は少々驚いたように目を丸くする。どうやら聞こえているとは思わなかったようだ。
思わずふら付き、スコップを倒す。床を叩く音が響き、顔を顰めた。
「えー、ああごめん。気に障ったかな。最近、ちゃんと眠れてなくてね。ちょっと感情があやふやなんだ。
今日やるべきことも無くなっちゃったし、少し休ませてもらうよ」
「……お大事に」
それだけ言うと足早にその場を立ち去っていく深魅。台車を押しながら、東軍のコテージの方へと戻っていた。
残された幾田は一人、その背中を見送りその姿が見えなくなった辺りでようやく肩の力を抜いた。同時に、疲労感が彼を引き、地面に押し倒す。
やはりかなり疲れているようだ。深呼吸を続けながら回復を待つ。そして、これからどうすればいいか仰向けになりながら考えた。
「(とにかく、殺し合いをしている人が居たら最優先で止めて、AIの正体も探って……ああ、塚本さんの所に食料とかも届けなきゃか。
それと……やっぱり、気になるな。三人……どこに消えたんだろう)」
羽馬、岩館、榊原、二人は既に事切れているだろうが……榊原、彼女だけは生死が不明だ。助かっていたからいなくなったのか、それとも幾田は結局間に合わなかったのか。
それを知るためにも、幾田には所在を知る必要があった。だが、知るすべがない。AIに聞いたところで、関係ない質問と流されて終わりだろう。
「(……羽馬さんは確か西軍。光原さんの死体を埋めたのも彼らだろうし、もしかしたら?)……一先ず、西軍の人に聞いて見るか」
羽馬が死に、既に三人となっているであろう西軍にそれだけの余力があったか、少々の疑問が残るが、聞かねば始まらないだろう。
幾田は取り敢えずの目的を決めて、立ち上がろうとし……違和感に気が付いた。
それは、起きた時と変わらぬ痛み。
「……あ、あれ? おかしいな」
──深呼吸
し忘れていたのだろうか、そう思いもう一度同じ様に、空気を肺一杯にためこんで、痛みや疲労をまとめて吐き出す。
こうすれば再起動が発動し、治癒が……始まらない。
「あれっ、あれ、あれ?
鋏は、ある」
慌てて左腕をまくり念じてみれば、そこには確かに銀色のハサミが浮かび上がる。能力の不調ではない。だがどうしてか、再起動が使えなくなっている。
鋏の能力奪取には制限があったのか。それがふと過る。時間か、回数か、どちらにしたって幾田には大問題であった。再起動があるからこそ、無茶が利き、命をつなげた。
だが今、彼はただ腕から鋏を出すだけのつまらない能力者だ。
「ど、どうする……?」
虚空に問いを投げかけるも、答えるものは当然いなかった。
しばらくして、幾田はそのまま西軍に向かうことを諦め、一度自室に戻り手当をすることにしたようだ。
歩くたびに走る痛みに耐えつつ、彼は無所属のコテージの方へと向かっていったのであった。
********
-前:>>41「ゆびきり」-14
-次:>>48「終末世界のラブソング」-2
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第三限開始】 ( No.48 )
- 日時: 2019/03/08 18:53
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
- 参照: http://異世界転生でトイレになるとか一発ネタありそう
第三限「終末世界のラブソング」-2
消毒液の匂いが嫌いになりそうだ、そんな言葉を彼は形にせず、ただ体の中に響かせた。それは他の人たちに気を使ったという事も確かだったが、一番は「もうとっくに嫌いになっていた」からだろう。
包帯を一つ、使い切る。消毒液の入ったボトルが空になる。手は洗っても簡単に落ちないほどには赤くなっている。部屋には、血と消毒液の混ざった臭いが充満していた。
最悪だ、最悪だが……それを言いたくはない。作業を続けながら、自分の向かい側にいる少女を彼は見た。
泣きやんだ後を上塗りしそうな潤んだ目を何度もこすり、すっかり充血した目。顔に貼られていた包帯に血が飛び散り、黒く変色している。
「……先輩」
零れた声に、栂原は反応しなかった。わざと聞こえていないフリをして、贖罪の言葉を続けさせるのを止めた。平常の彼ならば、考えられない行動だった。
ここで、昨日の様に反省の言葉を言い合っても、なにもなりゃしない。知っていたのだ。反省の意思を変に叩いて整形すれば、歪な結果を生み出すことを。自分たちの眼下に寝そべり、消毒液が染みたガーゼにうめき声をあげている後輩から、学んでいた。
播磨海は、三星アカリは、栂原修は、一命をとりとめた。それはいい事だ。
けれど播磨は右腕を折り、同じく右側の目の周りの負傷。痛がり様から、右足にもヒビか入っているかもしれない。もはや戦闘行為なんてもってのほかだ。
素人行為の添え木には折れた木刀を使い、炎症を起こしている部位には氷を当てていたが……目に対してはせいぜい血の出ている箇所に絆創膏を張り、細菌が入らないよう眼帯をつけさせたぐらいだ。これであっているのかどうかなど、二人には分からなかった。
「(灯夜なら、何か知ってたか? 詩杏なら……詩杏)」
不意に、友人の事を思い出し次に西軍では頼れる立場にいた人物を思い浮かべ……それを自分が見捨てた事が彼の首を絞めた。しょうがなかった、三人が助かるためにはあれしかなかった。そう言い訳をする元気もない。
「(もうちょっと鍛えてりゃ、二人とも……)」
力が足りなかった。栂原の能力は自分の生存のみにしか適応されない。加えて暴走という誰かの意思が介在しないあの場においては、彼は無能力に等しかった。
否、もはや彼はほぼほぼ無能力者だ。東軍を見れば友人の死を燃料とし、無所属を見れば「榊原伊央」と同じ、という類似点が彼の友好的態度を消し去る。
唯一脅威消却が効くのは、仲間であるはずの西軍のみ……だからこそ栂原はこの場にいることに罪悪感を感じていた。
─オサム先輩……ありがとう…………ございます
─すい…ま、せん。とが原、せんぱ……い
榊原の歌から逃げ去り、栂原のコテージまでたどり着いた時の事だった。
三星アカリは、先ほど意識を少し取り戻し又すぐ眠りについた播磨海は、栂原に対してそう言った。悪感情なんて、これっぽっちもないのは直ぐにわかった。
果たして、それは本当に何の影響も受けていない言葉だったのだろうか。脅威消却が働いていなかったと、誰が証明してくれるのだろうか。
本当は、二人は不甲斐ない先輩に対し……。
「(やめよう、こんなこと考えてても何の得にもならねえ)」
陥りかけた陰を根元から切り落とした。すべきは後悔でも、懺悔でもない。次の行動をどうするかだった。
処置は一旦終わる。後は経過を見てまた播磨の看病が当面の行動になるのは確かだ。しかし、未だ殺し合いは続いているし、首輪の爆弾も制限時間を迎えるその時を今か今かと待っている。
あの場では三人とも死んだであろうから、今夜の放送で72時間分の延長がなされるはずだ。だが、そのまま指をくわえていれば全滅間違いなしだ。
東軍は岩館が減ったとはいえ、まだ四人。しかも一人は回復能力者だ、時間を置けば置くほど東軍の状態は整っていく。ともすれば……、
「(……)」
栂原は無言で立ち上がり、考えるそぶりを見せながら部屋の端に行く。そして敷かれた布団に眠る播磨をずっと見ている三星から視線を外す。
西軍が今できる策は、健康な二人で東軍に奇襲をかける事か。それとも、無所属に協力を促しに行くことか。
しかし、既に無所属も榊原と大當寺が死に残るは三名。その内一人は自分たちを前にしても抵抗するそぶりさえ見せなかった鳥海、塚本は家を破壊され行方も知れず。
唯一、栂原も少しだけ話したことのある少年、幾田はどうだろうか。一番三人の中では可能性が高そうな人物ではあるが……信頼に足り得る人物か。
「(考えろ、考えろ。灯夜や詩杏が考えそうなことを。アカリちゃんと海を生かす算段……あぁくそ、能天気な案しか浮かんでこねぇ)」
他人の思考をトレースしようともがいてみても、出てくるのは少々現実からずれたような物ばかり。脅威消却が使えない今、栂原に出来るのは男として三星の盾になるぐらいなのだろうか。
うんうんと悩み、本人が気が付かないうちに息が漏れる。それを、三星が感じとった。
三星は少し体を揺らした後に首を垂らしたまま、自身の手を見やる。治療する際に汚れた手。その奥にはピントがずれて、ぼやけた播磨。
顔も上げず、栂原に声をかけた。
「……あの、オサム先輩」
「っ、なんだ? あぁ手を洗いたいなら石鹸がシャワーのとこにあるぞ」
「アタシ、東軍の所に行って、全部燃やし──」
「駄目だ」
言い切るすんでのところで、栂原はそれを止めた。直ぐに三星の元へと歩き、手に火を灯そうとした両手に自分の手を乗せて、それを防いだ。
少なくとも、それは駄目だと頭の中の二人が言った気がしたのだ。
「でも、時間が経てばあっちも準備して、こっちに攻めてくるかも……!」
「だけど、今アカリちゃんと俺で東軍ぶっ飛ばせるかって言ったら無理だ。家を藁かなんかで囲んで燃やそうとしても、そんなことしてたらバレる。相手は四人もいるんだそうしたら……」
全滅。言わずとも三星にも理解できた。
首を振り、栂原の目を見ず駄々をこねるているも、力が弱弱しいのがその証拠。
だがどうすればいい、どうすれば自分たちは生き残ることが出来る。生存のためのピースがもうすでに手元には残っていない。そんな気さえして、三星は取り乱していたのだ。
こんなことなら、最初から。五人いる段階でコテージを燃やそうと提言すれば……後悔は先に立たず。
それを何となく察することが出来た栂原は、彼女の両手をそっと播磨の胸に置いた。
「……ウミ、先輩はアタシをかばってくれたんだから……今度はアタシが」
「万が一、億が一うまくいって東軍を何とか出来たとしても、十中八九俺たちは死ぬ。そしたら……海の看護をできる人間がいなくなっちまうだろう?」
「……」
慰めることには慣れていない栂原であったが、その選択は正しかった。今の三星には、自分の生存よりも播磨に関連する言葉の方がよく効いた。三星の視線はすっかり自分の手から離れ、苦痛に顔を歪ませている播磨に固定された。
この状態ならば、過ちは早々起きないだろう……。少しだけ、彼は安心した。
そして思いつき、行動に移る。
「俺はちょいと購買棟に行って替えの衛材とってくっから、アカリちゃんはここで待っててね」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいならアタシも!」
「アカリちゃんは海の看護をお願い! なーにすぐ帰ってくるから、心配すんなって。ほら、俺には脅威消却≪キャンセリング≫があるから、一人の方が安全だって!」
その言葉にようやく三星が栂原を見たが、すでに彼は背中を向けていた。
彼は有無を言わさず、手をヒラヒラとふってワザとらしく軽く自分の部屋を出ていく。その背中を見ることしかできなかった三星は、ただ彼の無事を祈りつつ、播磨を看病することに専念しようと考えて……
「あ、手を洗おう」
少しだけ、素に戻った。
◇
大体が嘘で、少しだけ本当だった。
脅威消却はもう使えないだろうという確信があったが、仮に東軍と遭遇すれば栂原一人ならばさっさと逃げおおせることが出来る。三星がいれば、またひと悶着起きるかもしれない。そんな懸念があった。
すぐに帰ってくる気もなかった。彼は、どんなに自分が苦しむことになろうとそれだけはせねばならないと思っていたことがあった。
そう、だからこそ──
「と、栂原先輩……少し、聞きたいことがあるんですけど」
目の前に現れた幾田に少々ほっとした自分がいて、情けなくなった。
********
-前:>>47「終末世界のラブソング」-1
-次:>>49「終末世界のラブソング」-3
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第三限-2 更新】 ( No.49 )
- 日時: 2019/03/08 18:52
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
第三限「終末世界のラブソング」-3
出会いからして十分も経たず、二人の距離は詰まっていた。
物理的に。
「なんだって!? 本当なのかよ!」
「っぅぇ、は、はい……」
肩を大きく揺らされつつも幾田は答えた。誰もいない校舎の脇で、栂原は何度も確認を取る。当然、そんなことで少年の発言が揺らぐわけがなく……だが、少年は若干吐き気を催したのか、顔色を青くして発言を肯定した。
というよりもう吐きそうだ。ゲロってしまいそうだ。
隠し事は一切していないが。
「あ、わるいわる……平気か? 幾田」
「……ぅぷ」
幾田はとても疲れていた。再起動は一切使えなくなり、体も傷だらけ。
コテージにつくなり慣れない手当をして、部屋に合った食べられそうなもの、精が付きそうなものを片っ端から腹に入れていった。
当然、そんなふざけたことをして体調がよくなるはずもなくむしろ悪化する一途。それでも動かなければと重い足を引きずるように西軍の方まで来た。
そうして出会えた栂原に事情を尋ねようとするも、すぐさま体を揺らされた。
何が言いたいかと言えば。
「──ぅぉっっ!?」
ゲロッた。見事に、それは見事に。再起動を無くしたせいで一気に来ていたガタ、それをごまかすためにと詰め込んだ食料と栄養ドリンク。碌に消化もされずね腹で渦を巻いていたそれを。
そのままいっそ疲労も痛みも何もかもが流れ出てしまうかのような勢いの良さだった。
栂原は瞬間、悪寒を感じ飛び退くことで事なきを得たが、ただ気持ち悪さに天を仰ぐことで対処しようとした幾田はそうもいかない。
シャワーで洗い流したばかりであったのだろう綺麗な体は、早くも吐瀉物まみれになってしまった。
「……」
「……」
沈黙が、場を支配した。
ついでに、ツンと鼻に来る嫌な臭いも漂った。罪悪感からか、栂原は何と声をかけていいか分からず、幾田は疲労からか頭が碌に回っていない。
彼はゆっくりと首を下へと降ろし、状況を確認して……。
「……はい、それで俺も確認しようと──」
「いや悪かった幾田。せめて服だけでも一回洗ってからにしよう、な?」
考えてみれば、血だらけよりかはマシな恰好か。そう思い、彼はそのまま重要な話の続きをしようとした。
栂原は先に汚れを落とすことをお願いした。
何が悲しくて、そんな大事な話を吐瀉物まみれの後輩から聞かなければならないんだという気持ちや、先ほどまで張っていた緊張感の裏返しだったのだろう。
なにはともあれ、西軍栂原と無所属幾田の出会いは最悪になることはなかった。
……絵面としては最悪だろうが。
◇
校舎近くに設置された蛇口の水は冷たい。そんなことを思いながら幾田は水を含んだパーカーを絞る。生地が分厚く、腕の怪我もあり碌に絞れないが、やらないよりはましだろう。
そうして多少軽くなったずぶぬれパーカーを腰に巻く。下半身の怪我の部位に触れて、少し気持ちいい。
「……その、もう大丈夫か?」
「あ、大丈夫です栂原さん。迷惑をかけました」
「いや、どっちかって言うと俺のせいだし……掛けられたのはお前だし。
なぁ、それで──」
上手い事を言ったつもりだろうか。違う、きっと迷惑を掛けられたのがと言う意味だけで吐瀉物が掛かったなんて意味合いは被せていないのだろう。
一応は綺麗になった幾田に対し、栂原はあまり目を合わせらずに尋ねた。先ほどまでの行動もそうであるし、なにより……冷静になろうにも幾田から伝えられた情報が彼を混乱させている。
確認の意図で、もう一度そのことを問う。
「──詩杏のが、それどころか東軍、無所属の死体もなくなってたんだな?」
「えぇ、はい。えっと、榊原さんはまだ死んでるかどうかも……」
「……そうだったな。そうか、そうか……」
片手で髪をかき、どういうことなんだとどこにもいない羽馬に聞いた。こんなことが三星たちに知られたら一大事だ。
その様子を見て、幾田は話を続ける。
「それで、光原さんの……がいなくなっていた時、栂原さんたちが埋めたんだと思い込んでて……今回も羽馬さんと一緒に何かしたのかって……」
「……俺たちが迎えに行ったとき、灯夜の死体は無くなってた。だから東軍が何かしたんだと思ってた。深魅の話じゃ、東軍も所在知らずってことか?」
「た、多分。岩館さんの行方が分かっていなかったんで……」
「……まぁ、同一犯だろうしな」
嘘を言う必要はないし、自軍の死体を隠してもしょうがない事だろう。これで今は、三人+光原の四人が行方知れずになっているのだ。
これはいったいどういう事だろうか。頭をひねるも、何も考えは浮かばない。AIは死体に対して何もしていないと放送で言っていた。つまり西軍、東軍、そのどちらもでなければ犯人は無所属という事になる。
栂原は考える。果たして本当に無所属に犯人がいるのかと。
幾田、態々こんなことを言いに来ている男だ。可能性はほぼない。
榊原、むしろ消えた張本人だ。とうに死んでいるだろうとも思えた。
鳥海、部屋でずっと殺されるのを待っていたあの女子が、態々そんなことをするだろうか。
大當寺は、一番最初に死んだ人間で何をするにも一度生き返る必要があった。
「──ん、待てよ。大當寺先生の場所は大丈夫なのか?」
「……はい。先生は、俺が……埋めましたから」
「……悪い」
一瞬の疑問もすぐになくなり、残る無所属は塚本ゆり。ただ一人だ。それを察したのか、幾田が悲しげな表情を浮かべた。
そしてすぐに、その考えを否定しようとする。
「え、えっと……塚本さんはそんなことするような人じゃないと思います。あの人、ずっと本を読んでいたみたいですし」
「本? いやまぁ……となると犯人がいないってことになっちまうんだけどさ」
「……AIの奴が、争わせるために仕掛けたっていうのは?」
「ありえなくない、むしろ今なら本命に近い。けど──」
仮に犯人が本当にいたとすれば、何が目的なんだ。
それが栂原の心を揺さぶっていたが……吐き出すのを抑えた。これ以上後輩を不安にさせても仕方がない。とりあえず今は動こうと、首を軽く曲げて彼は歩き出す。
「ともかく、なんかわかるかもしんねーし一旦見に行くよ俺は。幾田はどうすんだ?」
「じゃあ俺も、さっき見落としていたことがあるかもしれませんし」
二人は揃って、様子を見に行くことにしたのであった。
と言っても、その場所までは徒歩で5分かかるかどうか。特に労せず辿り着く。
「……改めてみるとひでぇなこりゃ。よく生きてたな幾田」
「そ、そうですね……」
相変わらず、色彩哀歌の爪痕は残っていた。榊原が居たはずの場所を中心地として、大地がえぐれ、切り刻まれている。災害と言う名がふさわしい状況だ。
……もしや、そんな場で生き残るために再起動を使い果たしたのだろうか。そんな仮説さえも容易に浮かぶ。それほどまでに、幾田でさえ何故生き残れたのかが分からなかったのだ。
二人で手分けして、切り立ったコンクリ—トをどかしたり、近くの物陰に何かないかと探して見るが、光原はおろか誰一人の痕跡も見当たらない。こんなことがありうるのか、栂原は思わず眩暈に立ちくらんだ。
「……」
「(ショック、だよなそりゃ)……ん?」
その思いを推し量りつつ、髪の毛一本でも落ちていないかと地べたに這っていた幾田であったが、ふと目の前にあった赤黒い染みが気になった。
誰かから流れた血が渇いてこびりついたのだろう、そんな風に思い込んであまり気にしていなかったそれ。
今になってどうしてか、幾田には引っ掛かるものがあったのだ。
「……なんかこれ、どっかで見たよな」
数分もせず、その違和感に気が付いた。
よくよく見てみると、血の赤とは別の黒。変色したわけではない黒が混ざって乾いていたのだ。つまり、誰かが態々まだ乾いていない血の上から黒い液体を被せたからこそこうなっている。仮に、黒だけならばすぐにそれに気が付けただろう。
だが、血と混ざりあっていたことがカモフラージュとなっていた。
黒い液体、そう……幾田はそれをどこかで、しかもごく最近見た覚えがあった。
記憶が、蘇る。
──黒い絵の具……ですかね
購買棟で探索をしていた時に見つけた、それを。それが血だまりに落ちて混ざり合えば……丁度こうなるのではないだろうか。
──溶血性漆黒病≪ペインツ・オブ・ブラックブラッド≫、触れた物全てをこんな液体に変える……彼女の能力だ
「……鳥海、さん」
思わず、無所属の彼女の名をつぶやいた。そうして、もう一度じっくりと黒を見る。
彼女の能力は、無から有を生み出すわけではない。どうしたって、黒に溶かすナニカが必要だ。となれば、立ち上がった幾田は辺りを見回す。
どう思い出したって、ここは羽馬が倒れていた位置と一致している。
思考が、答えにたどり着く。
「まさか、死体をと──」
「灯夜!?」
だがそれを口にする前に、栂原が親友の名を呼んだ。
何か嫌なことが起きようとしている、そんな予感がした。
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- 3-4 ( No.50 )
- 日時: 2019/03/08 18:52
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
第三限「終末世界のラブソング」-4
--東軍、伊与田のコテージ
学園のどこかで男の二人がキツネにつままれた表情を浮かべている頃に、鴬崎は靴の脱ぎ場の段差に腰かけながら報告をしていた。
内容は単純な、本来あるはずの物が無かったこと。特に脚色もせず、淡々と彼は話を進めていた。
そのつもりだった。
「──と、言う訳で"なぜか"三人の死体は消えてました。その場にいた幾田も覚えがないそうで……」
「……そう」
「え、えーと……俺、なんか気に障るようなことしちゃいましたかね……?」
「……いえ、問題はないので続けてください」
できるものかっ、彼は叫んでしまいたかった。それだけに鴬崎は追い詰められていた。原因ともいえる彼女の表情からは一切の余裕は見えず、何かに対しての怒りを隠しもせず目を吊り上げている。普段の伊与田を静とするならば、まさしく今は動。一触即発どころかもう爆発しているのではないかと思うほどの怒気を彼は受け止めなければいけなかった。
──部屋中を這っている触手。それらが今にも彼めがけて襲い掛かろうとしているのだ。
生きた心地がする訳がない。むしろ冷や汗だけで済ませられている彼の精神をほめたたえるべきであった。とはいえ、彼女がそこまで怒っている原因に本当に心当たりがあれば、彼はそもそもこの場に来ずにとんずらをこいていたであろうが。
「昨夜から、どうにも触手さんたちが荒立っている様で……別に鴬崎さんに対しては特になにも……」
「そ、そうっすか……そりゃ、なにより……」
ならさっさと引っ込めてくれ、心の中で何度もそう懇願する。触手たちは最初は伊与田が眠るベッドの付近だけに湧いていたというのに、今では部屋の影と言う影から現れていた。
どうにも鴬崎が話を進めるたびに密度が増えていったことから、何か触手たちが伝えたがっているのか、それとも……。
「……まだ、なにかあるのでしょう?」
「──っ、はい」
射殺すような視線と共に、触手が更に近づいてきた。
間違いない、伊与田の感情と連動している。そう鴬崎は決定づけた。触手が引っ張られたのか、それとも触手が引っ張ったのか、もしくは両方かはわからない。
だがどう見ても今この状況は、伊与田,触手による尋問である。伊与田に対し「本来の自分」とは違う態度で接していたのを見破られたのか、彼女は彼の全てを吐き出させようとしているのだ。
「(……それはちょっと、ムカつくな)」
そう受け取ると、鴬崎の切り替えはとても早かった。先ほどまでの怯えていた彼はどこへやら。姿勢を正し、近づいてくる触手たちに見せつける様に立ち上がる。
その瞳のどこかに、反骨心が見え隠れていたのを……伊与田は気が付くことが出来ただろうか。
「えーと、これはどうも伝えづらくって……内緒にしようとか、そんなんじゃなくてですね、単に伊与田さんが傷つくんじゃないかなって思いましてね」
「御託はいりません」
鴬崎の目には、残り数センチまでに燃えてしまっている導火線が見えた。だから、最後の燃料を投下する。
「──伊与田さんのアレ、切り落とされた腕も消えてました。同一犯だと思いますよ」
自殺行為にも等しい爆弾発言。ほぼ同時に、触手たちがざわめきだった。尖り、けれども密度は濃くなり、光原を仕留めた時の物よりもより強大に、暴発寸前ともいえるべきところまで黒は増していく。
これに慌てた彼女は力を抑えるべく、自分の無い筈の右手を指揮棒のように振るうが、あまり効き目がないのか彼らは鎮まらない。
その理由を彼は容易に推測できた。鴬崎の言葉を受けた伊与田の表情は一瞬、取り付く努力さえ忘れたものになっていたのを確かに見たからだ。
「そんじゃ、俺は一旦部屋に戻って千晴川先輩の世話しなきゃなんで」
「……え、えぇ……また明日、この時間に」
してやったり、そんな表情を隠さず彼は部屋を出ていく。彼女は触手を抑えようとしているせいか、そんな彼の表情を見ることも出来ず、鴬崎の退出その耳で確かめることしかできなかった。
◇
彼がコテージから出ると、それを迎える人物が一人。誰と言うほどの人物ではない。深魅だ。彼女は彼の労をねぎらう様に、持っていた缶ジュースを見せる。その目の周りはどす黒いほどの隈が出来ており、一目で彼女が寝不足だと分かるほどで、注意してみればその手もどこかふら付いていた。
断る由もない、礼を言って受け取り……喉は乾いていたので素直に口につける。粒粒入りの人工甘味料まみれの甘さが、口の中を通り過ぎていく。
「お疲れ様、どうだい? どうやら大変だったみたいだけど」
「大変なんてもんじゃないっすよ、未知数領域・反転旭暉≪テネブル・タンタキュル≫……下手すりゃあれ、色彩哀歌≪エレジー≫と同じような危険性ありますよあれ」
「……そうか暴走か、あれはすごかったねぇ。硬い地面をああも抉るなんて。触手さん達はエリーズちゃんの危機を感じると自動で外敵排除でもするのかな?」
「外敵扱いは勘弁、こう見えてもまじめにやってんすけどね」
鴬崎の報告は、深魅の報告とその後の実地調査に基づいて作成されていた。故に幾田がその場にいたことも彼は知り、本当に死体が消えていたことも確認している。
嘘は一切ついていないのだ、嘘は。それなのにああいった圧迫はどうにも腹が立つ。と、自分の隠し事を棚に上げて、伊与田に対しての不満を露にした。
それを面白そうに彼女が見ているのを知っての行動でもある。
「ふふ、きっと彼女も焦っているんだろうさ。なにせ腕が切り落とされたんだ、死を意識してしまうのも無理もない話。僕たちはどうにも疑わしい態度を取っているからね、それを煩わしく思われたのかもね」
「……流石、出入りすら禁止された深魅先輩が言うと違いますね」
そう、深魅は入れなかった。ドアをノックし、招かれたのでそのまま……と開けたところ、一気に出現した触手たちが彼女を襲おうとしたのだ。故に出禁。警戒こそされていたが、まだ攻撃はされなかった鴬崎が一人で報告をする羽目になってしまったのだ。
その間は大人しく外で待っているかと思いきや、自分の部屋に飲み物を取ってくるほどの余裕があったらしい。そういう彼女は大げさに腕を広げ、脇などに顔を近づけた。
「いや面目ないね、僕もびっくりなんだけど……画材の匂いにでも反応されたかな?」
「まぁ、確かに結構強烈ですね。なにつかってたんすか?」
「油絵、ずっとやってたからかなぁ……匂いが染みついちゃってるよ」
そう言って汚れたカーディガンを煽る。その動作のたびに、何とも言えぬ臭さが立ち込め思わず顔を顰める。
「それ、幾田の奴は特になんも気にしてなかったんすか?」
「そういえば、若干引いていたような……?」
「……」
「まあ、とりあえず僕はもう休むとするよ。本当に眠くてね」
しばしの沈黙。別段深魅は性の意識はないが、それでも多少の気恥ずかしさはあったらしい。
ちなみに鴬崎も消毒液の匂いが仄かにしており、人のことを言えた立場ではないのは内緒だ。そもそも、この状況下でフローラルな香りを漂わせている人物の方がよほど危険そうだ。
ごまかしなのか、彼女は眠そうに目を袖でこすり、その場を後にしようとする。自分のコテージに帰る気なのだろう。
だがその前に、これだけは聞いておくべきだ。そう思い彼は引き留める。
「……あぁ最後に一つだけ──例の仕事の進み具合はどんなもんですか?」
そう聞かれると深魅は今までの疲れた表情からは一変、口角を吊り上げ細くなっていた目を開く。交流は数日間だけであった東軍には、決して見せたことのない、屈託のない笑顔。
「八割、あと二日貰えたら……仕上がるよ。そうしたら、皆を呼んで展覧会だ。楽しみだなぁ……」
「……そうっすか、楽しみっすね」
そう言うと一人、彼女はふらつきながらも自身のコテージへと戻っていくのであった。その後ろ姿を見届けると、鴬崎は誰に聞こえるわけもないほどの舌打ちをする。
東軍にはもう一切の仲間意識の欠片もないことを示す、小さく大きな転換点だった。
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