複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【生きてます】ありふれた異能学園戦争【第三限-7】
日時: 2019/03/29 13:00
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: zxPj.ZqW)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=989

——この戦争はきっと、ありふれていた 


*****
 はじめましての方は初めまして、通りすがりの俺こと"通俺"です。
ちなみに読みは「とおれ」読みづらかったら「とぉーれ」とか、ニュアンス伝わればいいかなって。
 今回はリク板で募集してましたカキコ住民の方々計14名のオリキャラ+私キャラで行われる「異能学園戦争」です。
 

 詳細についてはURLに書かれていますが、必要事項などについては本編で書きますので読む必要はございません。
 
・世界観
 あなた方がよく想像する現実、そこに異能力者の存在を加え入れてください。
彼らは日本国に存在する、とある学園に送られます。
 そんな学園で起きた、一つの事件。

・ルール
1.ゲームがスタートし24時間の間、死人出なければ強制終了。残る生存者は全員爆破されます。
2.上記の時間は、死人が一人出る度24時間プラスされます。
3.殺し方に制限はありません
4.無事最後の一人、勢力になってください
5.優勝者には願い事を一つ、叶えましょう。

 以上


・目次 
-参加者のかんたんなプロフィール
・prologue編 >>3
・第一限修了時編 >>26
・第二限修了時編 >>46

-第一章「異能学園戦争」
・プロローグ「強制入学 Live or Die」全二話(約7000字 読書推定時間5分)
 >>1, >>2
・第一限「嘘つきと早退者」全13話(約4万5千字 読書推定時間35分)
 >>5(改),>>6(改),>>8,>>9,>>12,>>14,>>15,>>16,>>17,>>19,>>20,>>21,>>22
--休みの時間
・「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」>>23
・「死に至る病」>>25

・第二限「ゆびきり」
 >>27,>>28,>>29,>>30,>>31,>>32,>>34,>>35,>>36,>>37,>>38,>>39,>>40,>>41
--休みの時間
・「黒に縋る」>>42
・「見えたモノ」>>43
・「空虚なる隣人」>>44
・「オオカミ少女」>>45

・第三限「終末世界のラブソング」
 >>47,>>48,>>49,>>50,>>51,>>53,>>54(new)

・お客様(コメント返しについては、少しネタバレに近いことを言いたいときもあるのでURLの企画スレにてしております)
-ハルサメ様,ミサゴ様
-日向様,くりゅう様
-柞井 五百四十八郎様
-ハルサメ様,透様 
-siyaruden様 宛 更新 12/17


・イラスト等について
 >>18
 こちらにてみなさまからいただいたイラストをまとめております。

 >>52
 感謝企画で依頼をして数名に描いていただきました!


・異能学園戦争参加者名簿

 東軍
・岩館 なずな  by水野驟雨さん
・伊与田 エリーズ by神楽坂さん
・鴬崎霧架   by 三森さん
・千晴川 八三雲 byハルサメさん
・深魅 莉音  by siyarudenさん

 西軍
・三星 アカリ  by透さん
・播磨 海  byみかんさん
・栂原 修    by柞井 五百四十八郎
・光原 灯夜 byミサゴさん
・羽馬 詩杏  by波坂さん

 無所属
・幾田 卓
・榊原 伊央  by くりゅうさん
・塚本 ゆり by 照り焼きスティックさん
・鳥海 天戯  by サニ。さん
・大當寺 亮平  by 黄色サボテンさん

・コメント随時募集中!

(コメント返しについては、少しネタバレに近いことを言いたいときもあるのでURLの企画スレにてしております)大事なことなので繰り返してみました

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限8.5/9 更新】 ( No.21 )
日時: 2018/03/08 19:01
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: D.48ZWS.)

第一限「嘘つきと早退者」9/9 上


 風が少し強くなってきたか、栂原修は屋上のフェンスによって辺りを見回す。
 彼は一人、見張り役という名の留守番を食らっていたのだ。そのことに対し、不満を漏らそうにも返すものはいない。
 ふと、友人とのやり取りを思い出す。
 
『栂原、君の能力は偵察ならともかく戦いの場に居たら不味い』

 彼の友人、光原の気遣いであったのだがら素直に受け取るべきなのだろうが……それでも納得のいかないこともある。彼の脅威消却を持ってすれば、単独で動くのも問題はない……と言っても彼は少々それを「ただ影が薄いのかやたら無視される」程度のものと認識していたが。
 確かに切った撃ったの場面に居れば流れ弾があり、いくら殺意を持たれていないといっても危険はある。だがそれでも人手が減るのは痛いと指摘が出た。
 そもそも殺し合いの場で危ないから下がれというのは……栂原の言葉を、光原は遮る。 

『違う、君の能力が今後機能しなくなったらそれこそ損失だ』
『あ? あー……例の制約か。すっかり忘れてた』
『自分の能力だろ、しっかり把握してろ……。えぇっと皆、こいつの能力は確かに自分に向けられた殺意を消し去ることができるんけど……、それはあくまでも栂原が敵意とかを持っていないときってのに限られる。
栂原の能力は強力、いずれ使えなくなるかもしれないけど、だからこそ今夜で失うわけにはいかない』

「——だからって、居残りはねーだろ居残りは」

 確かに能天気だとは自覚しているし、そもそも能力を有効活用できているどころか能力者であるという自覚すら薄い。三星の作戦に「そこまでやるか」と一瞬思ってしまったのも確かだ。
 それでも、仲間が体を張っているというのに何もできないというのは……。

「ん、何の音だ……?」

 突如として機械的な警戒音が校舎の中に広がる。それが気になり見下ろせば……人影が一つ、校舎に近寄ってきていることに気が付いた。

「まずっ、灯夜達に知らせねぇと……!」

 彼はそれに慌て、急いで校舎を降りていくのであった。

——もう少し気が付くのが早ければ、と彼は直ぐに公開することになる。





——火災を知らせるベルが鳴り響く、火を消し止めるための放水が始まる。

 天井にまで炎が届いてしまったのは失敗だった。三星はやってしまったという表情で見上げ、かかる水に顔を濡らす。
 完全にこそまだ炎は消されていないが、人一人を焼き殺すには不十分。羽馬の分身たちはあっという間に燃え尽きたが、千晴川はまだ死んでいない。
 彼は今も小さくなった火と燃えずに残り、流れ落ちていない催涙スプレーの成分に苦しんでいるので無力化こそは出来たのだが……。

「……この学校の防災設備が整ってて良かったよ」
「燃え移った後ならともかく、直接なら……!」

 三星はいったん千晴川は倒したものとし、深魅のほうへと向いて隙を伺う。それに対し深魅は銃口を三星に向けていて、引き金に指をかけていた。
 スプリンクラーが動作している今こそ攻め時かもしれないが、そんなことをすれば深魅も二の舞を演じる可能性も高い。
 三星も早く羽馬の手当てに向かいたいのはやまやまだが、相手の拳銃をどうにかせねばいけない。
 お互いがお互いを警戒して動けない、膠着状態が続く……きっとどちらかの人間が息絶えるまでそうなるはずであった。

——廊下の窓の外、二人の視界の端に人影が映る。

「っ!」
「え、なに!?」

 深魅、三星は突然の来訪者に慌て飛び退き、相手と謎の人物そのどちらも狙えるようにと警戒する。窓の外の人物は二人の行動など知ったことではないとグングンと近づいてきて……とうとうその姿が露になる。
 闇に溶け込んでいる黒く短い髪を揺らし、ルール説明の際には膝をついて心の弱さを皆の前で晒した男——幾田卓だ。意外過ぎる人物に深魅などは呆気にとられている。

「……!」

 幾田は窓に手が届く距離まで近づくと、左腕を後ろへと思いきり振りかぶる。
 彼の動作にまさか、と身構えたのは三星だ。校舎の窓は彼女が前に聞いた話では強化ガラスが使われているらしく、殴った程度で簡単に砕けるものではないはず。
 そんなものを砕く気でいるのであれば、その余波がこっちにまでやってくるかもしれない……そう思ったからだ。
 瞬間、彼女は確かに見た。幾田の左腕、肘のあたりから手甲の様に張り付いている大きな銀色のハサミを。

 ハサミの先、その一点に幾田の全体重、走ってきた勢いの全てが乗れば砕くことは容易い。強化ガラスは粒子の様に崩れ落ち、枠のみを残して入口が出来上がる。。
 そこを通り入ってきた幾田。スプリンクラーでその身を濡らしながらも深魅と三星の間に立ち、口を開いた。

「——戦いを、やめてください……!」
「……へ?」
「……もしかして、平和主義するためにわざわざやって来たのかな」

 肩の力がガクッと抜ける感覚、そして幾田に少々を呆れを見せる二人。もう少し場に合ったセリフの一つでも飛び出すものだと思ったのだろう。
 苛立ちを込めながら、深魅は諭す様に語り掛ける。

「やめてくださいって言われてもさ、幾田君。別にこっちも好きで殺しあってるわけじゃないんだ。悩みに悩んだ末で、僕たちは明日生きるためにこうして武器をとっているんだ」
「そうだよ。アタシだって死にたくないもん。それに先輩もやられちゃったし……!」
「……首輪の時間制限の話ですか」
「あぁ、君の首にも確かに嵌められているそれ。このままじゃあとー……十四時間ちょっとで爆は——」

 そこまで言って、深魅は幾田の衣服に大量の血が付着していることに気が付いた。しかし幾田に傷は見当たらない……となれば。
 三星もそれを確認し、すぐに襲い掛かって来てもいいように両手に炎を点す。
 二人の変化に、自分に疑いがかかっていると察したのか、幾田は首を横に振った。

「違う、けど……大當寺先生が死にました」
「……へぇ、あの先生が」
「……だから、時間制限は伸びました。せめて……せめて今日はもう止めてください」

 嘘か本当か、それだけでは判別がつかない情報を彼は告げ、懇願した。それを受け、さてどうしたものかと三星は考える。
 勝負を再開するには少々水を差されすぎた。今始めたところで、そこに幾田も加われば泥沼に陥る可能性が高いということを三星は何となく分かっていた。
 それでも確実に息の根を止めなければ……その思いがどうにも決断を鈍らせた。

「——それじゃあ、そうさせてもらうとするよ」

 三星とは対照的に、深魅の動きは早かった。銃を幾田に見せつけるように腰のホルスターにしまい、千晴川に近寄ると自身の濡れたブレザーを火に押し当て消火を始めた。
 三星はそれを止めようとしたが、幾田がどうにも邪魔で近づけない。そうこうしているうちに、とうとう火は消されてしまった。

「……わかった」

 もはや再開は不可能と彼女も諦めたのか、両手の炎を消す。幾田たちに背を向け、いつの間にか倒れ伏し気絶していた羽馬のほうに駆け寄っていくのであった。


********
-前:>>20 「嘘つきと早退者」 8.5/9
-次:>>22 「嘘つきと早退者」9/9 下

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限9/9上 更新】 ( No.22 )
日時: 2018/04/09 19:22
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)

第一限「嘘つきと早退者」9/9 下


-高等部校舎2階・廊下


「人に対しこうして使うのは初めてでしたが……存外に、華麗に防がれてしまうものですね」

 影が、意志を持ち実体すら持って壁を、床を這うように伸びてくる。
 何本も現れるは黒く触手めいたナニカ、されど指に酷似した部位も持つそれは対象を狙いつつ、岩田たちを守るべく光原の視界を遮るように揺れ動く。その姿はどこか、騎士を思わせるような紳士性を持ち合わせているように見えた。

「く、この!」

 彼の腕は二本、獲物はその両手を使った一刀のみ。それは悪魔を祓う銀でもなければ死者を作る鉄でもない。修練を目的とした木であるのだから、影達を弾き飛ばすことは出来ても切り捨てることはかなわない。
 それでも、それでも剣士——播磨海は凌いでみせる。早く鋭く来ようが、遅く鈍い一撃であろうが、その全てを捉え対処する。木刀で受け流し、あるいは身のこなしひらりと躱し一撃も入れることを許さない。

「……すごい、なんて腕してんのよコイツ」

 間違いなくこの場では近接戦闘最強と言っていい。そんな剣を振るう様を見て岩館は、影の攻撃がやめば頭から割られる自分の姿が容易に想像でき、体を強張らせ驚愕の声を漏らす。
 幸いにして、それは播磨の耳には届かなかったようだが。

「なずなちゃん、私の前に出ないようにお願いしますね」
「は、はい! けど、早くしないと」
「—えぇ。けど、もうしばらくすれば……」

 影より出ずる存在を使役するのは彼女、伊与田だ。光原の皇帝の覇道だけは発動させてはならない。その為か、弾かれるのを承知で黒き触手を無理にでも伸ばしていく。
 播磨も応じて跳ね退けては見せる。が、その間に伊与田たちが近づいて来れば、横を抜かれてしまわないようにその分彼も下がらざるを得ない。
 今のところ一つも傷を負ってはいない彼は、剣を振るいながらも次の一手を考える。触手は伸びこそすれど、全て窓から入る弱い月明りで出来た伊与田の影を根元にしている。
 そこにさえ気を付ければ、あとは彼の超常たる反射神経でどうにでもなる。幸いなのは、触手の最大威力でも木刀で弾き飛ばせる程度の重さというところだろうか……。

「(手数の多さで負けている、詰めればあるいは……っ、駄目だ!)」
 
 いっそのこと一撃をもらう覚悟で前に……そう考えた時、彼は心臓をわしづかみにされたかのような恐怖感に呑まれる。
 瞬時に体が反応し、大きく後退して彼女らと距離をとっていた。

「(なんだ今の感覚は、近づけば頭に一撃をもらっていた気さえする……)」

 剣道の試合中、格上との闘いの時に働くことがある第六感。そんなものが今発動したというのだろうか。
 確かに、命の取り合いをしているのだから、研ぎ澄まされた神経が危機を感じた。理屈としては何となく理解はできる……だがその相手が伊与田と岩館と言われると、少々の疑問が出てくる。
 あの影の攻撃の軽さはブラフで、近づけば強烈な一撃が待っているのか。それともまだ分かっていない岩館の能力が恐ろしいものなのか。現時点で彼に判別をつけることはできない。

「(……落ち着け、不安で剣を錆び付かせるな。羽馬先輩達のほうが相性がいい。僕たちは最悪耐えて、撤退すればいい……勝負に出るべき場所じゃあないんだ)」

 幾何の迷いは、維持を誘う。それこそが東軍の狙いとも知らず、播磨は勝負を仕掛けることをやめた。しかし、仕掛けることを捨てるならば……逃げに徹するべきであった。

——銃声が響く、。
 それが下の階からだということは直ぐにわかった。けれど、突然の発砲音に全員一度動きを止める。己も足を止めながら、その隙をずっと待っていた男が動いた。
 播磨を信じていなかったわけではない、むしろ自分の要望で人手を減らしてしまったということで申し訳なく思っていたぐらいだからこそ、突然の銃声をチャンスに変えようとした。

 頭を垂れひれ伏せ、軽く顎を上げて光原は二人を見下ろした。

 伊与田を、岩館を押しつぶす力が働き、彼女たちは地を這う。とっさに影を動かしたのか、顔と床の間に触手が入り込んだ。ただそれだけだしか抵抗は出来なかった。

「……ふぅ、成功した。お疲れ播磨君」
「い、いえ先輩のほうこそ」

 再び猛威を振るう皇帝の覇道、その強さは健在である。
 重圧は一秒ごとに強くなる。常人ならば耐えられるのはせいぜい最初の一秒のみ。会話の間に四秒へ達し、五分間の重圧が確定すればもはやから脱出は不可能。二人とも気が抜ける。
 後は十倍まで高め、身動き一つ出来なくなった伊与田達にとどめを刺すのみ。動けなくなった者たちに攻撃を加えるのは、と普段ならば考えたかもしれないが、今この状況では気にしてはいられない。
 先ほどの銃声とその後聞こえてきた悲鳴も気になるが、その間に播磨は他の疑問に思っていたことの方に思考を傾けた。

「(……鴬崎先輩はどこにいったんだ?)」

 それは戦いが始まって直ぐのこと、てっきり三人とも一緒になって追ってくるものだと思っていたのだが、何故か鴬崎はさっさと姿を消した。逃げた、訳ではないのだろう。ならば下の階の戦いを補助しに行ったのだろうか……。
 考え事をしている内に十秒が経つ。彼女たちの体重が仮に四,五十程度だったとしても五百キロ。気が遠くなるほどの激痛に襲われているに違いない。

「……それじゃあ」

 その言葉をはっきりとは言わず、濁したのはきっと決心が少し揺れ動いていたせいなのだろうか。
 光原が腰ベルトに下げていたカバーから、大きめのナイフを取り出した。それで心臓でもさせば直ぐに死ぬ。
 とは言ってもこれはゲームではない。追い詰めるところまでは何とかできても、実際に殺すとなれば話は別である。
 そうしなければ自分らに明日はない。生きる時間を得るために、襲ってきたものを殺す。自分に言い聞かせ、彼らは勝利したのだ。ここで折れていてはしょうがないとナイフを握る力が強くなる。。
 しかし、その場限りで言えば光原は……もう少し精神の迷いを許してもよかったのだろう。

——教室、廊下にあるスピーカー、あるいは天井に取り付けられた火災報知器がアラートを発する。

「……サイレン、って電気も」
 
 火事です、火事ですと機械音声が鳴り響く。どうやら一階の廊下で火事が起きたらしい。
 しかし仲間の中に火炎系が居たために、彼女の仕業だろうかと自然に播磨は考えることができた。
 それとほぼ同時に二階を照らす明かりが灯る。急に明るくなったことで播磨は眩しさから目を背け近くにいた光原のほうを首を向ける。
 光原も突然の事に驚きはしたが、特に問題はないと思ったのかそのまま歩みを進める。そのまま播磨の横を通り、彼女たちの元へと近づいていく。

「(火事はともかく、なんで電気まで……?
明かり、アカリ——いや関係ないか。仮に東軍の作戦だとしたら、電気をつけるのに何の意味があるんだろうか……!?)」

 木刀を仕舞おうと目線が下を向いた時、ようやく彼は明かりがついたということの重要性を知る。
 電灯によって照らされたことで、月の光の時とは比べ物にならないほど濃く、はっきりとした影が足元にある。
 播磨のはまだいい、ただの濃い影だ。けれど光原の影は……彼の動きに合わず、不自然に揺らめいていた。
 そこから先は、ほんの数瞬のこと。
 持っていた物も捨て駆け寄ろうとする播磨であったが、一手遅い。

「っせんぱ——」
「…………え?」
 
 突如として影から勢いよく飛び出た触手は、がら空きであった光原の背中に突き刺さり……彼を赤で染め上げる。
 播磨は、間に合わなかった。触手は直ぐに影の中に戻っていき、そこには背中に穴を開け膝から崩れ落ちる光原が残るのみ。肩をゆすり、意識を確かめる必要すらない。

「……そん、な」

 もう彼は、死んでいた。
 仮に二人の内どちらかが、鴬崎が電気をつけるタイミングを遠くから見計らっていたことに気が付いていれば、というのはもしもが過ぎるという話だった。

「——ここか! 戦いをやめてくださ……い」

 愕然としていた播磨の後ろから、階段を上ってきた幾田がやってくる。彼は人の姿を見つけるやいなや停戦を呼びかけようとするが……既に事切れていた光原を見つけ口をつぐむ。
 その近くで地に伏していた伊与田、岩館。遠くから走ってきていた鴬崎、何が起きたのかを詳細に知ることはできなかったが……彼が止める必要もない。
 西軍は撤退。東軍も伊与田達の重力増加が切れるのを待ち、帰っていくのであった……。





『こんばんはみなさん、AIです。十一時、定刻となりましたので本日の死亡者の発表を行わさせていただきます』

 機械音声が学園中に届く。コテージの中、校舎、果ては校庭までも。その声に感情なんてこもっていないはずなのに、どうしてか皆AIが楽し気だと感じた。

『本日の死亡者は二人です。無所属、大當寺亮平。西軍、光原灯夜』

 それは、聞くもの全員の感情が負に染まっていたからかもしれない。

『時間制限は48時間、延長されました。残り時間は59時間、です』

 後悔、怨嗟は渦を巻く。

『今回の質問は特に無いようなので、これにて放送を終えます。それでは皆さん、良い夜を』

 決して、笑っているものなど一人もいない。ただ一人、この放送をするものを除いて……。




第一限「嘘つきと早退者」修了

********
-前:>>21 「嘘つきと早退者」 9/9 上
-次:>>27 第二限「ゆびきり」-1
--休みの時間 「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」>>23

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限完結 更新】 ( No.23 )
日時: 2018/04/09 19:21
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)

休みの時間「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」


 彼女は一人、辺りを警戒しながらも購買棟の二階にまで来ていた。白いパーカーのフードをかぶり、自分の白い髪ごと頭を覆い隠している。
 ——白を白で隠しても意味の無いことのような気がするが、精神的な問題だろう。
 時刻はまだ昼どころか、二十四時間制限が始まる十時にすらなっていない。
 階段から顔を出す。丸く大きな赤い目を光らせ、売店の内装を確認したのちに、少しだけ気を緩めて入店。
 入り口近くにあったカゴを取ると片っ端から日持ちのしそうな食料を入れていく。ゼリー系でもクッキー系でも何でもいい。
 待て、スポーツドリンクなどもあった方が……、いや野菜ジュースも取るべきか。少しの迷いの後に両方入れる。
 どう考えても、一日では消費しきれない量。

 無所属にして中等部一年、榊原伊央(さかきばら いお)。彼女はルール説明の後すぐ様に行動を開始していた。
 殺し合いをしろと宣告されたのだ。当然、榊原もショックは受けはした。だがそんなことをしていてもしょうがない、とりあえず生き残るためにどうするべきかと切り替えることができていたのだ。
 宣告を受け、大當寺に声を掛けられるまで呆然としていた幾田とはえらい違い。彼女は現実を見据えていたのである。
 更に無所属だからこそできるフットワークの軽さも相まって「とにかく助けを待って籠城していれば何とかなる」という結論を早々に出したのであった。
 大當寺が危惧していた「籠城戦を見据えた」人間の一人が彼女だ。そこに戦意はない。

「……あれ、もう誰か来てる?」

 そんな彼女であったが、ふと商品に伸ばしていた手を止めてとあることに気が付く。
 他の商品は全て限界を超えて陳列されているというのに、保存食の場所のみ陳列が適正になっている。この状況では一番必要になるもののはずなのになぜ……と考えれば自ずと答えは出る。
 過剰な陳列が適正になる分、誰かが既に持ち出しているのだ。
 
「……っ!」

 下手をすれば、今このフロアに誰か隠れている可能性がある。それ気が付くと彼女は一気に青ざめた顔になる。
 慌てて満杯のカゴを抱え階段を降りていく。そのまま見えない誰かから逃げる様に、自分に与えられたコテージまで走り抜けていったのであった。
 被っていたフードも外れ、肩まで伸びた髪を揺らす彼女を遠くから見つめる者、なんて誰もいないというのに。




 部屋に入り鍵を閉めてようやく肩の力を抜く、訳でもなく奪う——もとい貰って来た食料の仕分けを始める。
 ゼリータイプや飲料は部屋にある冷蔵庫に、クッキータイプは湿気のないところに。
 少々散らかっている部屋だからか、カゴいっぱいの食糧を持ってきたせいで更に手狭に感じる。だがそれでいい、今この状況では部屋が広い方が恐ろしい。

「はー、おわったー!」

 暗い雰囲気を吹き飛ばすためか、控えめながらも明るい声を出して彼女はベッドに飛び込んだ。その際に上着などは雑に脱ぎ捨てられている。
 これからすべきこととと言えば、精々が過食による食料が尽きることを防ぐことだろう。
 幸いにして彼女は小食である。元々部屋に置いてあったお菓子などや食料も考えれば、例えこの異常事態が最後まで続いたとしても持つだろう。

「……最悪後二十四時間かぁ」
 
 ベッドで仰向けになりながら、ちらりと壁掛け時計に目をやる。数字の代わりに音楽記号が配置されている不思議な時計。針はまだ十時に達していないことを知らせてくれるが、それでも刻一刻とタイムリミットは迫っている。
 それを見ながら、首輪に触れる。金属が伝える冷たさは決して心地のいいものではない。その冷たさが永遠であることを祈る、決して弾けることがないように。
 けれど、その為には自分以外の誰かの死が必要で……。

「——でも、無理だしなぁ~」

 自分が誰かを手に掛けるところなど想像もつかない。それどころか、自身の戦闘力では殺される側だということが分かり切っている。軽音楽部のルーキーは戦うことを諦めている。
 彼女が出来る事と言えば、歌とゲームが多少得意なくらいだ。こんな場では何の役にも立たない。
 よくドラマやアニメなどでは音楽の力を使って世界を平和にする、なんてことがあるが……その程度で首輪の爆弾が外れるならば喜んで歌おう。そうでなければ意味の無いことだ。
 そして少々能天気に物事を考えたところで、それが現実になる可能性なんてゼロである。

——もし、仮に、夜十一時の死亡者発表で誰も死んでいなかったらどうしよう。

 その可能性に対し彼女は体を震わせる。誰かが殺しあってくれる可能性にかけての引きこもりだが、みんな榊原の様に引きこもっていれば詰みである。
 きっと、誰かが死ぬ。無所属組はともかくチームを組んでいる所は動くに違いない。集団に属するということは、集団の命の責任も負うということだ。誰かが殺すだろうから籠っていよう、という結論にたどり着くとは思えない。
 そうなれば軍同士でぶつかるのが一番いいが、人数の差を考慮し無所属狙いになるかもしれない。
 無所属で一番殺しやすい人間を考えた時、男よりも女、若い人間……能力が知られてなければ第一候補は榊原である。

「……なずな、私の事庇ってくれてる……よね?」

 ふと東軍に所属してしまった友達、岩館のことを思い浮かべる。彼女とはからかわれ騙される仲であり、榊原自身仲のいい子を挙げろと言われれば直ぐに思い浮かべる人物でもある。
 彼女が居れば東軍からの襲撃はまずないだろう、と信じ今度は西軍を思い浮かべる。そちらには知り合いは誰一人といない。

「——私の能力が知られてますように」

 小さくつぶやき、彼女は目を閉じた。
 自分の能力が知られていればまず最初は狙われないはず、中等部が西軍には二人いたのだからきっと知っているはず。
 電気も消さずに閉じた瞼の裏は赤が映る。それがどうにも、とある日のことを思い出させたが……時間が経つにつれ意識はまどろみ中に消えていった。





 榊原伊央は中等部一年、軽音楽部のルーキーである。彼女の歌声は皆から好まれ、休みの時間にリクエストを受ける、なんてこともあった。
 彼女はきっと、異能学園などに来なくても幸せだっただろう。むしろ、異能なんて物が無ければ彼女は完璧だったのだろう。

『それじゃあ、今日はどれくらいの事まで出来るのか試してみようか』

 入学してから少し経った後、自分には「音を操る能力」があることに気が付いた。始まりはそれだけで、まるで魔法使いになったような気分で彼女は実験に臨んだ。
 最初は上手くいった、硬いものを音を操って切断することが出来た時は疲れもしたが喜び飛び跳ねた。
 けれど……、

『次は、いろんな音を操作して簡単な演奏ができるかやってみよう』

 雑音にも似たものを操り、カエルの合唱だってやり遂げて見せた。
 けれど、

『お疲れさ……どうしたの?』

 けれど、ああ……どうしてか頭が痛む。

『——実験停止! 機材はいい! 怪我人の救助を優先!』

 どうしてか、視界は赤で染まっていて、私は……どうなったんだろうか。
 ああそうだ、それ以来私は二度と能力を使うことなんてなかった。誰に何を聞かれても、危険すぎたと全てを教え、みんな私に能力の話題を振ってくることなんてなくなった。

 誰かが名付けた、色彩哀歌≪エレジー≫。
 私がもう一度使う時が来るとすればそれは……きっと私が死ぬ時なんだろう。





——突然、彼女は目を覚ます。
 時計を見ればもうベッドに横になってから随分と時間が経っていた。それどころか、もう死亡者発表の時間であった。
 いやな夢を見ていたと、しっとりと肌につく衣服の感覚に辟易とする。 
 起きた原因は何か、と眠い頭で考えている内に部屋の中に機械音声が響いているという事実に気が付く。

『——AIです。十一時、定刻となりましたので本日の死亡者の発表を行わさせていただきます』

 あぁ、これが目覚まし代わりになったのかと納得がいく。
 そして、結局死亡者は出たのか、そうでなければ……心臓の鼓動が急速に早くなるのを感じつつ彼女は、

『本日の死亡者は二人です』

 首の皮がつながったことと、それが誰かの犠牲に成り立っているという罪悪感に吐き気を催した。
 否、その後に誰が死んだということを聞かされると彼女は吐きだした。
 
 先ほど見た夢の光景と寝起きの頭が相まって、意識が酩酊する。

 明日は誰が死ぬ、
 明後日は、
 明々後日は、

 きっといつか、自分が死ぬ。

 そんな予感がしたのだ。



休みの時間「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」 修了

********

-前:>>22 「嘘つきと早退者」 9/9 下
-次:>>27 第二限「ゆびきり」-1
->>25 休みの時間「死に至る病」

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【休みの時間 更新】 ( No.24 )
日時: 2018/03/21 19:08
名前: ハルサメ ◆.5iQe6f3Kk (ID: Kot0lCt/)

 第一限目の更新お疲れさまです! あと参照1000突破おめでとう御座います!
 お話の内容とは関係がない事なのですが、更新分の最後に前と次に飛べるアンカーが設置してある方式、集中が途切れず読み進められるのでとてもありがたいなぁと思いました。カキコは感想欄と更新欄が別れていないので読者としてはちょっと大変なのですが、読者目線での工夫もしてくださっているのが何というか嬉しかったです。
 そういえば幾田君の能力ってぼんやり匂わせたりしているのでしょうか……、時々思わせぶりな表現があってひとりでそわそわしております(妄想とも言う)彼、あまり周囲に影響を与えて敵と戦う!!って感じの熱い主人公ではないなと思っていたのですが、最後の方の呼び掛けのシーンが好きでした。最初から強い訳ではないけど、そこに至る理由があって、勇気を出してやっと行動するタイプのキャラの方が私は好きです、人間味があって。何が言いたいかと言うと幾田君が好きです。
>>20の羽馬詩杏さんの紹介のところ、東じゃなくて西じゃないでしょうか)

 ちょっと前置き??が長過ぎたのですが、ここから第一限目の感想を失礼致します。
 視点が、西と東、幾田君で結構頻繁に切り替わるのですが、混乱する事なく最後まで読み進められて、同じ時間軸で幾つもの現場を描写するって大変な作業だと思うのですごいなぁと思いました。私は本格的に殺し合いが始まってからの更新分が好きです。やっぱり能力ものってわくわくするなーと思います。通俺様の戦闘描写は何が起こってるのかちゃんと分かるように書いてあるので(動きの描写って難しいと思います……私なんかは複雑で読むのを諦める事がままある……)読んでいて物凄く面白かったです。無邪気に容赦ない三星ちゃんが可愛くて好きです……! お互いの能力の情報をある程度知られる設定はいいなぁと思いました。力バランス的にもですが、誰の情報があって誰の情報が分からないから警戒しようとか、戦略的な内容にも繋がるようで、心理戦も大好きなのでわくわくしております。先生は序盤から人格者で唯一の大人枠らしい頼りがいがあって本当好きだったんですが、あの。誰が先生を殺したのかも気になります。西軍の光原君が削れたのは戦力的にも大きいような気がしますが、東に比べて結束力が高かった西軍なので、他の面々のその後の反応が気になります……しんどい気配がする……。休み時間も含めて全キャラ少しずつ出てきたので、人数が多いと扱うのが大変かと思いますが、読者的には誰が何処の所属なのか把握が捗る回だったかなぁと。第一限目では「死にたくないからやむを得ず殺す」だったのが、実際脱落者が出て、これから殺し合いに対する各キャラクターの心情もこんがらがっていくと思うので、とても不謹慎ですが滅茶苦茶楽しみです。

 更新頑張ってください、というと何処となく負担をかけるようでアレなのですが、私は通俺様のペースで楽しんで執筆して頂ければ嬉しいな、と思います。定期更新という形も日常の楽しみが出来るので私は好きです(今日ありふれの日じゃん……生きる……って感じの、アニメの毎週録画みたいな。いや何言ってるのか自分でも分からないんですけど)物陰ぐらいの微妙な位置から通俺様の活動を応援しております! 以上です! レス消費失礼致しました!!

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【休みの時間 更新】 ( No.25 )
日時: 2018/04/09 19:21
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)

 休みの時間「死に至る病」


 鳥海天戯は死んでいる。
 物理的にではない。彼女の心臓は今はまだ、しっかりと鼓動を続けている。
 では一体どういう意味か、と問われれば……彼女の過ごし方を知れば納得するだろう。

「——あ、なんもないじゃん」

 誰よりも遅くその場にやってきた人、鳥海天戯。
 鳥海天戯はルール説明の後、部屋に戻ろうとしたのだがその途中あることに気が付いた。
 飯ないじゃん……と。
 振り返ると塚本が居たが、お互い目を合わせることもない。彼女はさっさと購買棟に食料を補充しに行った。
 榊原の様に籠城を考えて、とかそういう難しいことを考えてではない。ただ食料が無いから取りに行っただけである。
 
 手に取るのはクッキータイプとゼリータイプの栄養食、彼女の主食だ。通販以外の手段で買うのは久しぶりだなと思いながら、それらを一定数カゴに放りこむ。
 レジにまでもって行き、じっと待っていた。
 だが一向に、店員はやってこない。当たり前だ。

「……あ、そっか」

 こんな時に店員がいるわけがない。そんな当たり前のことに気が付くと、彼女は財布からお札を三枚取り出しテーブルの上に置く。その際、彼女は手袋をしていたせいで少々取りづらくはあったが……別に急かされる訳でもない。悠々と済ませる。
 レジ袋を拝借し、購買フロアを後にしようとした。

「……ん」

 そんな時、下の階に誰かがいることに気が付いた。音からするに、どうやら上って来ようとしているようだ。
 が、別に取り乱したりもしない。下の者に気が付かれないように音もたてず、三階へと上がることで邂逅を回避する。
 理由は単に、人と会うのが面倒くさかったからだろう。その面倒だと思う気持ちが、榊原との接触の機会が無くなった。
 同時に、この場で誰かが無くなるという可能性を消し去った……のだろうか、榊原と鳥海ならば遭遇しても互いに逃げるだけで終わっていただろう。

「……物多っ」

 そうして彼女が目にしたのは、幾田たちも出くわした悪辣極まる衛材売り場。所狭しと物が置かれており、碌にこの場に来たことがない彼女さえも異常と感じるほどだ。
 鳥海は別段、病弱,怪我をしているわけでもない。なので特にこのフロア自体でやることはない。しかし下では誰かがまだ作業をしているらしく、降りることも出来ない。
 だからといって、態々連絡通路を使い校舎に向かうのも駄目だ。出来る限り人と会うのを避ける彼女がそんな選択肢をとるわけがない。
 手持無沙汰になり、近くにあった棚の商品を手に取ってみる。効能がどうとか、彼女にとってどうでもいい情報が羅列してあるが、多少の暇つぶしにはなるだろう。

「……」

 ——誰かの走る、遠ざかっていく音が聞こえた。
 どうやら、二階に上がってきていた何者かは直ぐに逃げる様に去っていったようだ。
 であれば、この動作も無意味。直ぐに物を棚に戻そうとして……彼女は「それ」を見つけた。

「……なにこれ」

 黒く四角い、不思議な箱。試しに取り出してみると、ずしりとした重さがあった。思わず落としてしまいそうになる。ダミーの仕切り、という訳でもなさそうだ。
 いったい何なのだと、彼女は箱を無造作に開けた。

「なにこれ」

 出てきたのは、刃渡り二十センチ程のナイフ。しばし考えた後、これは武器の配布なのか、と気が付く。
 学園内のいたる所に隠されているのだろうか、はたまたここだけなのか、とにかく鳥海はいち早く凶器を手に入れることが出来たわけである。
 ……だが、彼女にとってそんなものは必要ない。
 そっと、ナイフを握っていない方の手を噛んで、手袋をはぎ取る。

 ——その下には、人間のモノとは到底思えないほどに黒く染まった腕があった。
 顔などの病的に白い肌とは正反対、黒い絵の具に直に突っ込んだかのような色合いをしている手で、ナイフの金属部分にそっと触れる——瞬間、ナイフに変化が生まれた。
 彼女が触れた点に、黒が生える。黒は次第に金属を、柄を侵食していく……。
 その終わりを見ることもなく、鳥海はつまらなそうにナイフを床に放り捨てた。
 そして口に銜えていた手袋を再びはめる。
 
 黒箱もその辺に放り投げ、彼女は食料を入れたビニール袋片手にコテージへと帰っていく。
 その場にはただ、黒く溶け切ったナイフだったものが残っていた。



 部屋に戻り何をしたか……何もしなかった。荷物も放り投げ、ただ彼女はぼーっと、暗い部屋の中で横になっていた。それに意味はない、榊原の様に籠城しようと思ったわけでもない。
 ただ、やるきがなかったから部屋にいた。それだけなのだ。そこには混乱も何も無い、殺し合いかーそっかー、けど面倒くさいな。彼女の心情を表すとしたらただそれだけだろう。

 十時になった、依然として彼女はベッドの上
 昼を過ぎた、未だに彼女は部屋から出ない。喉が渇いたな、小腹がすいたなと思えば乱雑にしまってある冷蔵庫から取り出して口に入れるのみ。ベッドの近くにあったゴミ箱は既に満杯だったが、気にせず押し込んだ。
 ゴミを纏めるということすら煩う彼女の部屋はそこまで散らかっていないところを見るに、誰かが定期的に掃除をしているのだろうか。
 腹に物が入ったせいか、少々の眠気が出た彼女はくぁと欠伸をした。

——いつの間にか夜になっていた。どうやら暇を持て余すあまり眠ってしまったようだ。
 夢も見ることのない深い眠りだったようだが、どうにも体が重いようだ。
 チラリと時計を見やれば、とうに夜の十二時を過ぎている。あれから半日近く寝ていたのだとすれば、倦怠感も納得であった。

「……そういや、だれか死んだのかな?」

 結局のところ、彼女は初日のほとんどを寝て過ごした。そこに焦燥はない。
 鳥海は、死に対しての恐怖がないから、今きっと彼女の前に殺人鬼が現れたところで動揺はしないだろう。
 何故そこまで彼女が……と誰かが聞いたとすれば彼女はきっと「意味がないから」と答えるのみだろう。
 どれだけ怯え泣き叫んだとしても、何も起こらない。
 ならば武器でも持って全員を殺そうと取り組むか、それもまたない。それだけ頑張って、例え生き延びたとしても……その先に何がある。
 また彼女は部屋にこもって、一日が無駄に流れていくのみだ。

「……」

 生きることは楽しいことか、と言われたら迷いなくいいえと答えるだろう彼女。
 このまま彼女は、何もせず死んで行くことを望んでいた。文句を言うとすれば、このような特異的な場所ではない方がよかったが……別に今は静かなのだから我慢すればいい。
 少し枕の位置を整えて、もう一度目を閉じる。その首にある爆弾が起動すれば即死、一瞬で死ねる。
 それを彼女は良しとした。
 死ぬのは怖くない、生きていてもしょうがない。
 だから、殺すなら殺してみろ、私はその時まで静かに生きるだけ。そんな挑発じみた思いがあったのかもしれない。
 
 死を覚悟した、というわけではない。
 ただ生を楽しくないものとし、執着することを止めた。そして、毎日をただ無気力に過ごすだけ。
 鳥海は既に他者に影響を与えることも、受けることも拒否している。何かを生み出すわけでもなく、ただ最小限の消費をしているのみ。 
 なるほど、彼女はすでに死んでいる。いや肉体的死が中々訪れないからと、彼女はその意識、行動だけでも死体の如くふるまっているのだろう。
 生者として動けば動くほど、損しかしないと思っているからこその諦めだ。 
 
「——なるようにしか、ならないよ」

 言い聞かせるように一つ呟いて、布団を頭にまで被せた。




休みの時間「死に至る病」修了

********

-前:>>22 「嘘つきと早退者」 9/9 下
  >>23 「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」
-次:>>27 第二限「ゆびきり」-1


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。