複雑・ファジー小説
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- 【生きてます】ありふれた異能学園戦争【第三限-7】
- 日時: 2019/03/29 13:00
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: zxPj.ZqW)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=989
——この戦争はきっと、ありふれていた
*****
はじめましての方は初めまして、通りすがりの俺こと"通俺"です。
ちなみに読みは「とおれ」読みづらかったら「とぉーれ」とか、ニュアンス伝わればいいかなって。
今回はリク板で募集してましたカキコ住民の方々計14名のオリキャラ+私キャラで行われる「異能学園戦争」です。
詳細についてはURLに書かれていますが、必要事項などについては本編で書きますので読む必要はございません。
・世界観
あなた方がよく想像する現実、そこに異能力者の存在を加え入れてください。
彼らは日本国に存在する、とある学園に送られます。
そんな学園で起きた、一つの事件。
・ルール
1.ゲームがスタートし24時間の間、死人出なければ強制終了。残る生存者は全員爆破されます。
2.上記の時間は、死人が一人出る度24時間プラスされます。
3.殺し方に制限はありません
4.無事最後の一人、勢力になってください
5.優勝者には願い事を一つ、叶えましょう。
以上
・目次
-参加者のかんたんなプロフィール
・prologue編 >>3
・第一限修了時編 >>26
・第二限修了時編 >>46
-第一章「異能学園戦争」
・プロローグ「強制入学 Live or Die」全二話(約7000字 読書推定時間5分)
>>1, >>2
・第一限「嘘つきと早退者」全13話(約4万5千字 読書推定時間35分)
>>5(改),>>6(改),>>8,>>9,>>12,>>14,>>15,>>16,>>17,>>19,>>20,>>21,>>22
--休みの時間
・「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」>>23
・「死に至る病」>>25
・第二限「ゆびきり」
>>27,>>28,>>29,>>30,>>31,>>32,>>34,>>35,>>36,>>37,>>38,>>39,>>40,>>41
--休みの時間
・「黒に縋る」>>42
・「見えたモノ」>>43
・「空虚なる隣人」>>44
・「オオカミ少女」>>45
・第三限「終末世界のラブソング」
>>47,>>48,>>49,>>50,>>51,>>53,>>54(new)
・お客様(コメント返しについては、少しネタバレに近いことを言いたいときもあるのでURLの企画スレにてしております)
-ハルサメ様,ミサゴ様
-日向様,くりゅう様
-柞井 五百四十八郎様
-ハルサメ様,透様
-siyaruden様 宛 更新 12/17
・イラスト等について
>>18
こちらにてみなさまからいただいたイラストをまとめております。
>>52
感謝企画で依頼をして数名に描いていただきました!
・異能学園戦争参加者名簿
東軍
・岩館 なずな by水野驟雨さん
・伊与田 エリーズ by神楽坂さん
・鴬崎霧架 by 三森さん
・千晴川 八三雲 byハルサメさん
・深魅 莉音 by siyarudenさん
西軍
・三星 アカリ by透さん
・播磨 海 byみかんさん
・栂原 修 by柞井 五百四十八郎
・光原 灯夜 byミサゴさん
・羽馬 詩杏 by波坂さん
無所属
・幾田 卓
・榊原 伊央 by くりゅうさん
・塚本 ゆり by 照り焼きスティックさん
・鳥海 天戯 by サニ。さん
・大當寺 亮平 by 黄色サボテンさん
・コメント随時募集中!
(コメント返しについては、少しネタバレに近いことを言いたいときもあるのでURLの企画スレにてしております)大事なことなので繰り返してみました
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-8 更新】 ( No.36 )
- 日時: 2018/05/25 23:55
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-9
日付は既に変わっている。いや、この不思議な空間にそれがあるかどうかも分からないが。ともかくとして、既に寝に入る者もいるであろう時間であった。
それでも、彼女らは寝ない。何せこれから茶会が始まるからだ。
「え、西軍の奴らが勧誘に来た!? そ、それでどうしたの?」
「怖くって、私黙ってたんだ。……しばらくしたらまた来ます、って言って帰って行って……けど怖くてその後もずっと」
「怖いよそれ、だって相手二人いたんでしょ? そんなの、いざとなったら反撃しますっていってるようなものでしょ!?
──あ、ごめん……」
ここは雰囲気を醸すアンティーク調の家具も、英国式のティーセットもない。茶だって安物のパック、菓子も同程度のクッキーがあるぐらい。伊与田が普段開くようなものと比べれば格が低いと言わざる負えない。
だが、それがどうした。真に茶会の格を決めるというならば、必要なのは出席者の質。いかに綺麗なものを揃えても、理解が出来るものが居なければ意味がない。
「はい、どうぞ。……少しは落ち着けるでしょう」
「あ、ありがとうございます。え、えっと伊与田先輩」
「好きに呼んでもらって構わないわ……ね?」
「リズ先輩、何度もすいません……」
その点、この茶会はどうだろうか。殺し合いなどと言う事態に恐れながらもヤケにならず、自分にできることを探していた二人。元の学園生活の中でも親友でありながら、軍と言う分け方によって切り裂かれてしまった。
それが今、こうして面と向かいあっている。席の場としては上等と言うほかない。
ならば上級生である伊与田は給仕でも務め、──西軍の勧誘の動き、と言うのは非常に気になったが……年上の彼女には未だ警戒の色が見える。無暗に聞くべきではないと判断した──見守るのが役目と言うものだ。
話しづらいだろうと彼女は触手にお帰り願い、キッチンの方へ身を隠した。
これで、居間にいるのは岩館、榊原の二人のみになる。
「え、えっと……こっちは今日は、私たちに嘘ついた塚本って人の所行って……」
「……なずな」
「あ、ごめん! その、殺してないから! え、えっと違って……」
岩館は榊原を前にした時からこの調子だ。元々喋り方としては荒く、敵を前にしても挑発するような言い分が目立った彼女であったが、周り人間が年上ばかりだったからだろうか。同年代、かつ親友と思っている人間に対しかなり言葉選びが杜撰になっている。
チームを組めていた自分と違い、単独だった榊原を気遣った発言が上手くできていなかった。このままではまるで、殺し合いを意気揚々としているようではないか。岩館は取り繕う言葉を探す。
「いや、そうしないと死んじゃうみたいだから、しょうがないよ。私よりも……ずっとマシだよ……」
「……伊央ちゃん?」
それを榊原は止めた。首輪にそっと触れて、生きようとすることは悪くないと自分に言い聞かせる。例えそれで誰かを殺すことになっても……それでも。
泣き腫らした目を無理やり開いた。溜まっていた涙の大粒が一つ、手に零れ落ちる。
「……私ね、昨日……ずっと家の中に籠ってて。誰か助けに来てって、他人任せにしてたんだ」
「い、伊央ちゃん。それはぜ」
「──それでさ、東軍はなずなちゃんがいるから来ないだろって。西軍の人来ないでってずっと思ってて……いつのまにか寝ちゃって。気が付いたら二人も死んじゃってて……しかもそれでどっか、安心しちゃって。
生き抜いたんだって、あと二日、この首輪で死ぬことはないんだって……」
吐露する。自分に詰まっていた罪悪感を。
吐いても吐いても、枯れることはなかったものを。
「ずるいよね? 籠城作戦なんて言って。なずなちゃん達だって危ないことなんてしたくないのに。人に殺すのを任せて、昨日死んだ人たちだって、死にたいなんて思ってたわけじゃないのに」
「……」
「さっきの。西軍が来た時も、そんな私を殺しに来たのかもって思ったから返事も出来なくて……だからって、返り討ちにして……なんてことも出来なくて」
自分の不甲斐なさを嘆く。少なくとも今自分がここに生きている、それは東軍や他の誰かが殺しと言う罪を背負ってくれたから。
共闘の誘いすらも蹴って、自分はこのまま籠っているのか。そう何度も問いかける。
そんな榊原が今夜、岩館の下に現れたのは……そんな振舞いを叱ってほしかったからなのだろうか。気持ちを無視したことを言ってくれる、そんな期待があったからなのか。
彼女には、それが分からない。想像を働かせてもその程度だった。
「……伊央ちゃん。あたしね、すっごい怖かったんだ」
「……うん」
例えそうだとしても、自分に叱る資格なんてない。
薄いクッションの上に座り込み、向かい合っている二人。岩館はワンピースの裾を掴み、握りしめていた。人殺しなどしない方が偉いに決まっている。
いくら自分が死ぬからと言って、しなかったものが責められる。そんなことはあってはならない。
ポツリ、と話し出した彼女。それを短い返事で返し、続きを待つ榊原。
きっと、それが本来……学園で仲よくしていた頃の二人の話し方だった。
「起きて、いきなり首輪なんてさせられて……殺し合いしろ、なんて言われて。出来るわけないって思ってたのに、ふと周りを見たら皆やる気があるように見えちゃって……」
「……」
「でも……伊央ちゃんは信頼できる、って思ってて。けど私、すっかり自分の事だけ気にしちゃってて……あの時、声を掛けに行くべきだったのに──」
これは確認だ。
お互い、同じような恐怖を体験しただろうということを理解し合うためのもの。榊原は何も返さない。
もしあの時、十五人の区分けが発表されなかったら……。
「──助けに、なれなくて……。伊央ちゃん、すっごい怖い思いしてるのに……」
「うん……」
岩館は、確実に榊原と行動を共にしただろう。だができなかった。東軍を説得して、彼女を仲間になんて大それたことをできる度胸がなかった。
そもそも彼女はその時、事態のおかしさに参ってしまい過呼吸に陥っていた。どう考えてもそんなことが出来たとは思えない。
その後も、迂闊に一緒にいれば……時間制限の際、東軍からは死者が出なかった時の生贄として見られた可能性も高い。
そう一瞬だけでも脳裏によぎれば、誘ってはいけないと岩館には刻まれていた。
──けれど、そう言い訳をして自分は何をした。彼女の唯一の武器である能力をバラし、狙わないことを他四人の善意に頼っただけだ。
例え力になれなくても……声を掛けに行くだけでもできたのではないだろうか。もしくは、自分の命も危険に晒すと分かっていても、どこかに匿う……そんなことができたのではないか。
そうしていれば、目の前の親友の苦しみを少しでも、取り除けたんじゃないだろうか。
「伊央ちゃん──ごめん、ごめん……ごめんね」
絞り出すように、この二日間の後悔を吐き出した。同時に、止まっていた涙が再度あふれ出す。あなたは悪くない、悪いのは力になれなかった自分だと、何度も訴える。
「……うん」
それを見て、榊原は……奇妙なことに落ち着きを見せた。涙は止まらないが、けれど先ほどよりも視線はぶれず、親友を見つめていた。
後ろのキッチンの方にいる伊与田、その存在を確かに感じつつ、彼女は話す。
「ね、なずな。今から、すっごいずるいこと言うね? 今日の放送……聞いたよね」
「え? う、うん……」
「──死んだ人の復活」
急に何のことだ、と少々呆気にとられる岩館。そう隙を晒す彼女に対し、酷な選択と分かっていても告げなければならない。
なんでもないように、笑顔を作った。
「なずな達が勝って──それで、生き返らせて?」
「えっ?」
「榊原ちゃんそれは──」
「伊与田先輩、なずなをよろしくお願いします」
いきなりの発言に、案山子に徹していた伊与田も驚き声を出した。
震えながら振り返り、友人が世話になっている者へ挨拶をした。その発言は、もう自分が生き残ることを諦めたことを意味している。
彼女は、放送を聞いた時ある可能性に気が付いてしまっていた。なずなならば、頼めば生き返らせてくれるんじゃないか。
自分はどう考えても、東軍の彼女と一緒に生き残ることはできない。自分が生き残るには、親友をこの手に掛ける必要性がある。
未だ固まる友人の手を取り、榊原は無理やり小指を結んだ。
──ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼん飲ーます。
そう言い切ると、彼女は立ち上がり玄関の方へと向かう。伊与田は止めるべきかどうか迷い、素通りさせてしまう。
ここで漸く、岩館は彼女が何をしに来たのかを混乱する頭で悟った。
彼女は、叱ってもらう訳でも助けてもらう訳でもない。最後の別れを言うつもりでやってきていたのだ。
それを彼女は、今この瞬間……自分の為に泣いてくれる友人を見て最後の一歩を踏み切ってしまった。
「ま、待っ──!」
「約束だよ? ……ごめんね」
最後の言葉を言い切る前、彼女は勢いよく扉を閉めて出て行った。
ほぼ同時に、弱弱しくながらも走り出す音が聞こえる。音が建物から遠ざかっていく、それだけは何故か手に取るように分かった。
********
-前:>>35「ゆびきり」-8
-次:>>37「ゆびきり」-10
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-9 更新】 ( No.37 )
- 日時: 2018/05/25 23:54
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-10
榊原伊央、無所属である彼女の唯一の武器は色彩哀歌≪エレジー≫。
響く、自分の足音。何度も何度も地面を蹴る音が鮮明に。それが彼女には手に取るように分かる。
音を操れる、ということは同時に、操るための音の捕捉に長けているということ。故に彼女は音に対し、非常に敏感であった。
朝方に届く鳥たちの会合。初めてのステージだったが、無事に盛り上がった校内ライブの時の歓声。親友が自分を訪ねてくる急ぎ足の音。
そのどれもが彼女にとって、心地のいいものだったことに間違いない。
「(……懐かしいなぁ)」
そういえばどのような出会いだったのだろうか、と彼女は岩館との思い出を振り返る。
確か、入学して間もない頃だったはず。突如能力者などと言われ学園に。けれどしばらくはその詳細がつかめず未判明として過ごしていた。
とりあえずは友達を作ろう、そう奮起して話しかけた最初の人物……それが彼女だったはずだ。
「あ、あの岩館さん。よかったら一緒に──」
「なに、なんか用?」
岩館は当時もコミュニケーション能力が高いとはいえず、相手を傷つけるような言い方をしてしまった。当然、榊原は少なからず傷ついた。その際に、彼女を不憫に思った人が話しかけて来て……結果的に彼女には知り合いが出来た。
「……?」
「はぁ、またやっちゃった……言いすぎだよあたし」
その日の放課後、偶々物陰に居た岩館のため息を彼女の耳が拾った。今にして思えば、この時から能力の兆候はあったのだろう。
それは、自己嫌悪。その場にいない榊原に対して申し訳ないと零した声。
「(……なずな、喋り方と性格が全然違ってたんだよね)」
自分に対してそこまで悪感情を持っていなかった、その事実を知るのはとてもうれしく……思わず彼女は走り寄って岩館に抱き着いた。当の本人はまさか聞かれていたのかと顔を赤くし、慌てた。
そんな始まり。とても楽しい、楽しかった光景。
──走馬燈みたい、ふと思いついて自嘲した。みたいではなく、そのものだろうに。
「……」
足が止まる。けれどその耳は未だ音を捉えていた。
こちらに向かい駆けてくる足音。所属の推測は出来ていたが、その数に違和感を抱く。が、あまり関係のないことだと直ぐに放った。
特に気にすべきは……一つだけが先行し、残り四つがそれについていくように動いている集団……もうそれは目の前にまで近づいてきていた。
「──ねえ、一体どこにいくんだい?」
「そうそ、こんな夜中に出歩いてもいいことはそうないと思うけど」
弱い月の光で漸く姿を現した五人、それは西軍。
「……羽馬さんでしたっけ。 双子、じゃなくて能力ですか?」
当然、光原が生き返ったわけではない。単に羽馬の能力によって、頭数が一つ増えただけ。流石に西軍側の能力を知らない榊原も、同じ顔をしている人間が二人もいる。そうなれば、おおよそ彼女の能力だろうと見当はついた。
されど五対一、生命の危機を感じてしかるべきシチュエーション。
先行していた羽馬と、四人組の方に混ざっていた羽馬、その二人が連続して榊原に尋ねる。
「シアンでいいよ、言いにくかったらシアンさんでもね」
「そしてご明察、愉快な仲間達≪ユーモラス・フレンズ≫は今も稼働中。じゃなくて、こっちの質問に答えてほしいな?」
分身は見事に写し取ったようで、彼女らは服装の違いすら見せていない。負傷した左肩を庇うためのサポーターも二つ、その場に存在していた。
そしてその負傷を悟らせない為か、羽馬達の顔は笑っていた。左腕が上手く動かせないなら右腕も動かさない。更には口元を笑わせながらも相手の一挙一動を観察し、弱みがあれば直ぐ指摘し意識を逸らさせる。そんな意思が彼女達にあったのかもしれない。
あまり対人能力が高くない榊原にとって、その構えの突破することは難しい。きっと、言いくるめることも出来ないだろう。
「別に、東軍に友達が居たのでお別れの挨拶をしてきただけですよ」
「……それって」
「……すごい度胸だね」
まぁ、あまり関係はない。突破する必要はない。苦手な腹探りをする必要もない。
素直な彼女の物言いに、他の西軍の人間も感嘆の息を漏らす。例え友達といえど、敵の陣地に単身乗り込むなんて──脅威消却を持つ栂原は若干反応が薄かったが──狂気の沙汰とも言える。
そんな彼女に何を言うべきか、羽馬は考えただろう。褒める、貶す、慰める、或いは叱る。
「そうなんだ、ちょっと辛いことを聞いちゃったかな。けど、それにしたっておかしいな。東軍からの帰り道にしたって、今ここは学園内の中心部に近い位置」
「君の部屋に帰るには少し遠回りだろう?」
「──あぁ、簡単なことです。帰ろうとしたわけではなく、羽馬さん達に会いに来たんですから」
「……へぇ」
上手い言い回しも出ず、とりあえずは新たな疑問をぶつける羽馬。しかしすぐさま、それを打ち返された気分になった。
榊原はそのまま、播磨たちに視線を移す。
「えっと、多分そちらの……播磨さん、三星さんですか。居留守を使ってごめんなさい。怖くて、つい返事が出来ませんでした」
「あ、そうだったんだ。ダイジョブダイジョブ、当然だと思うしむしろ警戒して当たり前だってー」
「事実、東軍が塚本さんの家を襲っていたし、まっとうな判断だと思うよ」
思い返されるは勧誘の時の事。播磨たちがいくら呼びかけても反応を返さなかった、無視したことを彼女は謝罪した。それに対し、二人はしょうがない事と彼女の判断を支持した。自分が同じ立場に置かれていたら同様の事をしてもおかしくない。そう思えたから。
では、榊原が態々西軍に会いに来た要件とはそれだけか。そんな訳がない。
「けどよかったよ、こうして「偶々」私達が出歩いていたから会えたけど。下手したらすれ違いになる所だった」
鎌をかける様に羽馬が一つ、置いてみれば榊原の表情が若干変わった。明らかに、誘っている。そう気が付いた。しかし普段だったらつい乗っていただろうそれに、彼女は敢えて意を決し踏み込んだ。
「いや、監視してましたよね? 私が部屋から出た後、誰かが付いてくる音がしてましたから」
「あぁやっぱり、気づいてた」
「多分ですけど……東軍側にも一人いましたよね。あ、今こっちに向かってきてるのってもしかすると羽馬さんの分身ですか」
「……ははは、凄いね榊原ちゃん。音に関する能力とは聞いてたけど……まさかここまでとは」
ネタバラシは早い方がいいだろう。榊原に近かった方の羽馬は右手だけで降参のポーズを作り、その行為を認めた。その後ろでもう一人の彼女もまた、やれやれと首を振っている。
勧誘の後、こっそりと両軍に向け配置していた分身体。それに気が付かれていたのはまさしく驚きであったのだろう。
「(なるほど、監視してた分身が報告のため、西軍の方に向かったから所属もバレたってわけか。)
……それじゃあもう一つだけ、聞いていいかな。東軍のお友達に分かれを告げて、勧誘してた私たちに会いに来たってのは……そういうことでいいのかな?」
「えぇ、私は……お返事をもってきています」
「是非、聞かせてもらっても?」
夜中に出かけていた理由、出会えた訳、そして目的。その全てが分かるときが来た。だが、その答えはもはや明白だろう。なにせ彼女は東軍と態々縁を切りに行ったのだから。
東軍と組まずとも万が一、彼女が単独で乗り切ると決意していたのならば態々西軍と邂逅する必要はない。
色よい返事が来るだろう、そう彼女らは思っていた。
「──お断りします」
彼女の、少し前の約束。それさえ知らなければ……いや、例え知っていても理解に苦しんだだろう。
何せ、意味がない。中等部生二人から西軍が得ていた情報は、音に関する能力、ただし制御不可であり本人すらも危ういもの。
そんな彼女がどうして単身で西軍の前に姿などさらすか。
「……理由を聞いても?」
「私は、なずなちゃん──東軍に勝ってもらうことにしました。……西軍の人たちには申し訳ないですけど、負けてもらいます。その協力のためにも、ここへ」
「おいおい、いくらなんでもそりゃあお前……っていうか別れの挨拶をしたんじゃないの?」
「栂原先輩、下がってください。彼女は本気です……!」
つまりは、東軍のためにも一人で西軍の打撃を与える。
あまりの突拍子さに栂原は近寄って話しかけようとするも、既に抜刀していた播磨がそれを止めた。敵対の意思を見せたのならば、少しでも隙を晒すことはない。剣士は既に臨戦態勢に入っている。
「一応、言っておくけど、君が生きて帰れる可能性はかなり低いと思うんだ」
「シアン先輩、たぶんですけどこの子……もう」
「……うん、そうだね。決死の突撃って奴かな。まさかこんなことを仕掛けてくるなんて思わなかった」
羽馬と三星も互いの武器を手に持ち、友好の姿勢を解いていく。折角数的有利が手に入ると思えばこれだ。今回西軍としての勝利条件は一人も欠けることなく、榊原を殺すことか。
しかし、もうすぐ帰ってくる分身も入れれば人数は六。ここには超反射の剣士もいるし、豪炎を手に纏う少女もいる。栂原の脅威消却が働いているかどうかは判別がつかないが……不利ではないだろう。
「……っふー」
少女は自然体だと言わんばかりに肩から力を抜いた。その瞬間、今の今まで抑えつけていた恐怖が舞い戻る。空っぽのはずの胃から込みあがる感触がする。
伊与田に出してもらったお茶を飲まなかったことをふと、思い出した。
それでも、抑えつけておくべきだったとは思わない。狙い通り進めるためには、自分は今この瞬間だけは精神的に不安定になるべきなのだ。
「……音って、結構怖いんだよ?」
その言葉はきっと、自分に向けたもの。
けれど、少女は笑う。どこに仕舞っていたのか、可愛らしいマイクを握りしめたその姿はまるで……学園のアイドルだった。
********
-前:>>36「ゆびきり」-9
-次:>>38「ゆびきり」-11
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-10 更新】 ( No.38 )
- 日時: 2018/06/02 20:16
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-11
明かりが消えた部屋の中、壁を擦る金属音のみが鳴る。
その行為を成していた人物は一人、扉の前で立ち尽くす。ハサミを携えた左手で遊び、もう片方の手はドアノブを掴もうとしては躊躇し引っ込める。そんなことを、もう何度も繰り返していた。
『──』
「……」
不意に、スピーカーから声が漏れた気がして振り返る。けれど、スピーカーはなにも発していない。気のせいだ。馬鹿なことだが、彼は今誰かの言葉を欲しがっていたのかもしれない。
きっと、それさえあれば壁を打ち破れる。揺れ動かない、なんて信じ切っていた。
「……俺は」
どうするべきだろうか。明りの消えた部屋で呟いても、誰が答えてくれるわけでもない。当然、ただの独り言になるだけだ。
──死者の復活
それが、今の彼を苦しめていた。もし前提条件として……他全ての生徒たちを殺す必要がある。などと言うものが無ければすぐさま飛びついていただろうと思うほどに。
生き返りの可能性がある。けれど、大當寺の願いは殺し合いを終わらせることだ。そのように動くことは、彼を、そして既に死んでしまった光原の蘇生も諦めるということにつながる。
──深呼吸を一つ
「いや、駄目だ。駄目に……決まってる」
再起動、思考回路に障害物があるのか調子があまり変わらない。
小さく頭を横に振り、ハサミを消した。暗い部屋の中、洗面台まで近づき冷水で顔を冷やす。ついでに水分補給、思えばすっかり水を飲んでいなかった。乾いた喉を癒すように、塩素臭い水を飲み干した。
顔を洗う際、指が首輪に触れる。戦いを止める為にも、この爆弾をどうにかしなければいけないことを再認識する。少なくとも、彼のハサミでは不可能だった。首輪についた無数の傷がそれを物語っている。
皆、こんな物が無ければ殺し合いなんてしなかっただろう。彼らの恐怖を無くすためには、首輪をどうにかする方法を提示するしかない。
出来るかどうか……不可能ではないだろうか。
──深呼吸をまた一つ。
残り一日、まだ探していない場所はあるのだろうか。思いつきもしない。
希望の一つも見せられない自分が、生きるために必死な彼らを止められるだろうか。
無理だろう。
──深く、何度も肺を膨らます。
今からまた外に出る。仮に、また殺し合いが起こってしまっていたとしたら……自分は止めに行けるだろうか。
そうやって何度も人が死んで、とうとう自分ともう一つの勢力だけが残ってしまった時。彼はどうするだろうか。最後まで、停戦を訴えて殺されるのだろうか。
それとも……最後の一人になろうとするのだろうか。
──深呼吸を止めない。
「……俺は」
◇
数の利がこれほど生きない相手も珍しい、そう羽馬は分析していた。慢心していたか、そう思うほどの劣勢。
その一瞬の後のこと、彼女と瓜二つな分身の足が潰れる。数瞬の後に、その体は乱雑に叩き潰され、溶けるように消え失せた。
「(生身でもヒビは余裕でいきそうかな)……分身だとはいえ、自分の見た目だといい気分がしないな」
「詩杏、まだ出せるか?」
「勿論。さあ来てくれ……私の愉快な仲間達」
羽馬はそう言って今しがた潰されたものと同じ、自身の分身を生み出した。しかし数は一体のみ。
先の二体、そして戦闘中に補充し、たった今破壊されたのと合わせれば四。実のところそれが彼女の、愉快なる仲間達が一定時間で出せる分身の最大値。恐らくはこの戦闘で使える最後の分身だった。
それが破壊されれば羽馬は実質武器を持っているだけの女子高生に成り下がる。そこまで追い詰められていた。
「(初手で分身がやられたのが痛かったな。おかげで栂原くんも敵だって完全に認識……脅威消却は使えず。海君の超反射≪リーフレクス≫も相手がこれじゃあ……)」
「っ、さがれ!」
──uugh
栂原の警告に、一同は飛び退いた。
可愛らしくも怒りを乗せた唸り声が響く。ほぼ同時に、風が吹き荒れる。ただの低温が、確かな威力を持ちその場に形成され始めている証。
播磨はすぐに下がった仲間達の前に立ち、防御の構えを取った。
直後、目に見えない弾丸が彼を弾き飛ばす。明らかに攻撃に反応できていない。
「ウミ先輩!」
「ッ、大丈夫。最初の時に比べればまだマシ……かな」
駆け寄ろうとした三星を制し、体を揺らしながらも彼は立ち上がり再び構えを取った。その木刀には多くの傷があり戦闘中、彼が何度も盾になっている事が分かる。
それでもまだ、大きな怪我をしていないというのは本当に運がいいとしか言えない。
事実、榊原の色彩哀歌に対して彼は一度も反応が出来ていない。伊与田の触手にも反応して見せた超反射だったが……相手が悪すぎた。
反射的に動くためにはまず、体が認識することが必要不可欠。けれど、音を視認することは不可能。聴覚で反応しようにも、攻撃事態が音と同時……つまりは音速なのだから回避どころかズラシも出来ない。そして攻撃は斬撃、殴打、吹き飛ばしなど多様。迂闊に近づけば吹き飛ばされ、そのまま大きく斬りつけられることになっていただろう。
「制御不可なんて聞いてが……ガセか?」
「……いや、多分これは」
最大戦力である播磨が通用しないのであれば、榊原がこのまま勝つのでは。そう栂原が零すが、直ぐに播磨が訂正した。
彼は一番攻撃を受けているからこそ、気が付いていたものがある。
「……」
「彼女、段々攻撃が荒くなり始めています。威力も下がってる。多分もう少しすれば……」
「あぁなるほど、音の操作なんて精神力を使うだろうから長くは持たないって訳か。
……制御不可になれば切り込める?」
「……多分、狙いも狂うでしょうから……一人なら。逆に全員で行けば、負傷の確率が上がると思います」
最初は景気よく斬撃を飛ばしていた榊原であったが、分身を二体片付けた辺りから徐々に攻撃の頻度も下がっていた。
そして戦闘開始から無表情を貫いていた彼女であったが、それは自分の体力の低下を悟らせない為であったのだろう。じっくりと観察すれば肩で息をし始めていることが伺える。
耐久をしていれば済む相手であれば攻め込む必要はない。西軍の三人はそう決めて無理に切り込むのを止めた。
「近づくのもあれですよ? その時になったらアタシのアルコールなげつけて、その後火点けましょう」
「……相変わらずえぐいなアカリちゃん、けどそっちの方がよさそうだ」
一時はどうなるかと思った三人であったが、彼女の一撃にさえ気を付けていれば……。
長くても数十分。榊原の命はそれだけあれば消えることだろう。
──本当にそうか?
「……」
播磨は耐えると言う行動を疑念視していた。光原と戦ったあの時も、無理に攻めることはない……そうして結局はどうなった。攻めるわけではなく、守りに回ること。それがどうにも心に引っ掛かっている。
別に何がと言えるわけでもないが、時間が経てば……それは本当に最善の選択か。彼は悩んでいた。
◇
「(制御できなくなるのを待つんだ……)」
榊原は一人、作戦が殆ど上手くいったことに安堵していた。
これで仕込みは完成、後は自分の消耗を急ぐのみ。相変わらず距離を取る西軍に気取られぬよう表情は崩さない。
その間も彼女の頭の中には音が混ざって入り込んでくる。
取り分けて、使えそうな音を抽出。回して削って尖らせて、即席の音のナイフが出来上がる。
けれどそれだけでは足りない、指向性も射程も何もかも。これでは薄皮一枚剥くことも出来ない。
だから、同じ高さの音に乗せる。
──Laa
特別製のマイク、学園側に頼み込んで作ってもらったもの。特異な性能を持ち、周囲のスピーカーをジャックしマイクの音声を流すことが出来る。
手持ちのコンパクトスピーカーにつなぎ、その音を波にしてナイフを乗せる。
何度も何度も何度も打ち付けて、対象を斬る音に。
威嚇として、西軍の一番前にいる彼に届ける。……ああ駄目だ、途中で集中が乱れブレてしまった。こんなことでは碌な切れ味も出ず、精々木刀に小さな傷をつけるのが精いっぱいだろう。
──頭痛がする。
「ッ! ……」
待っていた痛みは依然感じた物よりもずっと重い。思わずマイクを握っている手で頭を押さえ、足元をふら付かせる。
だが、それでいい。もうすぐだ。笑うことなく、頭痛など何でもないと立ってみせる。
彼女は、暴走した時の惨事を思い出す。正確には目を覚ました後の説明と、証拠としての写真のみだったが。
大きな実験室、教室よりももっと広かったはず。それが部屋の隅まで刻まれ、周囲にあった機材の殆どが潰れるなり切り裂かれていた事を。
そして、その中心にいた彼女は……。
改めて、周囲を見る。明かりが弱く、離れている彼らの表情をうかがえることはないが、大まかな距離は分かる。
あれだけあれば十分だろう。そう思って彼女はマイクを握りなおした。更に能力を行使しようと口を開く。
──痛みが頭部全てを支配した。
開いた口が動きを止めた。どうやらもう限界のようだ。
立つ力も失い、その場に崩れ落ちた。もう、耳に届く音に意味はなくなった。後は暴走するのを待つだけだ。
「──」
声を聴き分ける能力も失ったのだろうか。西軍が何か話しながら近づいてきているのが見えたが、内容が分からない。だが、さっきの会話から知っている。アルコールのボトルを投げて、火をつける。それだけだろう。
とどめを刺しに間近に寄ってこないことは予想外だったが、それでも射程距離だ。
「……ふふ」
案外、作戦を考えるのが上手いなと榊原は自分を褒めた。これで全て上手くいく。数が減った、大怪我をした西軍相手ならばもう東軍は問題ないだろう。
……死ぬのは怖いけれど、きっと彼女が生き返らせてくれるから大丈夫。
少なくとも、もうこの学園生活の中で自責に落ち込む必要はない。役目は果たせた。
──でも、なずな……怒るだろうなぁ
自分の死体の前で、彼女は泣いてくれるだろう。親友と仲良くしてくれていた伊与田と言う女性も悲しんでくれるかもしれない。そうすれば、きっと生き返らせることに協力してくれるだろう。
なんだか、感情を利用するみたいで申し訳ない気持ちが今更わいてくる。それでもやっぱり、成し遂げる瞬間はどこか誇らしい。
「──ちゃん!」
「(……うん、こんな感じ。怒りながら、自分も泣いちゃってて──え?)」
まだ遠いが、声が聞こえた。いくら消耗してもわかる、何度も聞いた彼女の声。
瞬間、思考が冷えていく。
足音が聞こえる、更に離れた位置から追いかけてきているものがある。しかし、追いつけそうにない。
違う、来てはいけない。
体を起こそうとして、また地面に打ち付けた。声を出そうにももう体が言うことを聞いていない。もうすぐ暴走は起こる、確実に。止める術はない。
違う、止まれ、止まって。
先ほどまで待ち望んでいたそれを、彼女は抑えつけ始めた。どれほど効果があるのかはわからない。けれど、少なくとも彼女が近づいてきている今起こしてはいけない。
だが、止まるわけがない。暴走とはそんな生ぬるいものではない。
だからこそ彼女は利用しようとしたのだ。その全てを破壊する力を使った盛大な自殺。もし彼女のミスを述べるとするならば、態々岩館の所になど寄らなければよかった。
自分だけで決めて、誰にも知らせず西軍に突撃すればよかった。
だって、そうしなければ彼女は──榊原の親友、岩館なずなは。
「伊央ちゃん!」
「──ぁ」
この場に現れることはなかったのだから。
──計画が崩れ去る音が轟音となって、彼女の全身を突き抜けた。けれど頭痛も終わらず。
破滅への前奏曲は弾き終えた。ならば次に来るのは……破滅を語る哀歌だろう。
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- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-11 更新】 ( No.39 )
- 日時: 2018/06/08 01:01
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-12
そこから先は、数分も経っていただろうか。後に生存者に聞いたとしても、答えがまばら過ぎて判別がつかないだろう。それほどに一瞬で、それだけに永遠かと思うほどに長かった。
東軍、岩舘なずなは伊与田の制止を振り切り、その場にやってきた。涙が止まらぬまま、ただ友人を死なせないために動こうとした。闇雲に探そうとし、西軍の拠点のほうへ向かった。運よく、見つけることができた。
「伊央ちゃん!」
明かりが弱く、暗い夜の学園。何度も転びかけるような悪条件でもあったが、見つけることができた。見れば、すでに親友は地に伏せそこから少しだけ離れた位置に西軍がいる。最悪なシチュエーション。東軍、として動くのならば彼女を見捨てさっさと暗闇の中に身を隠すのが最善。
だがそんなことはもはや選択肢としてはない。ただの友人として岩舘は榊原に駆け寄った。
「ねぇ、大丈夫!? 伊央ちゃん、生きてるよね?」
「……」
無言、いや絶句か。肩を掴まれ揺すられる彼女はただ呆けて言葉を返さない。涙腺が潤み始めているのが分かるが、それが何の涙か。
とにかく、友人が傷ついて、まだ生きている。確認出来た事実を苦しくもうれしく思い、次の行動を選ぶ。
「……東軍の」
「アンタたちが伊央ちゃんを……!」
数は五人、うち一人は分身。羽馬の分身能力は深魅から得ているためそこに動揺はない。この人数を相手に、榊原を抱えて逃げるというのは不可能だ。
岩館を追って伊与田がここにやってくる可能性もあるが、それでも絶望的。かと言って諦めるわけにもいかない。彼女は時間稼ぎのための一手を打つ。
それこそはこの学園において彼女が持ち合わせていた唯一の武器。能力、何度も使用してきたもの。
「(心隅憂虞≪メランコリー・メランコリー≫、範囲は西軍全員。渡すのは恐怖、焦り……全部!)」
不安の伝播。彼女の能力は、自分の持つマイナスな気持ちを渡す。死への恐怖、焦燥、そういった不安な感情を渡された相手の心は当然揺れ動く。個人差こそありすれ、無意味ではない。
僅かばかりな亀裂が入れば迷いが生まれる。
そう、初日に播磨が岩館に感じた恐怖心。或いは岩館自身はあまり効いていないと誤解していたが、図書室においてもだ。塚本に対して感じた焦りは塚本の言葉に影響を与えただろう。
「ち、近づかないで、あたしが本気を出したらすごいんだから!」
幸いにして、渡す不安な気持ちは大量にある。伊与田、ひいては東軍に対して申し訳なさ、西軍四人に喧嘩を売るという恐怖、そしてなにより……早くしなければ榊原が死んでしまうという焦り。
混ぜて、混ぜて混ぜて、混ぜて混ぜて混ぜて……大きな不安の塊にする。単一ではないからこその混乱を目的として、それを伝えた。
能力を全力で発動させ、榊原を背にして立つ。
声を揺らし、ポケットに仕舞っていたカッターナイフを出した。
「……!?」
瞬間、西軍は岩館のそれに飲み込まれる。竦み、震えまるで目の前の少女が絶対的強者かのように誤解する。
ここまでは、岩館の計算通りだった。
──振りかけた不安は、播磨の警戒心で溢れたそれに亀裂を入れた。
彼は、一度それを味わっていた。今の比ではないが、似たものを感じた後に防御に専念し……光原を亡くした。
だからこそ、その感情に対して彼は「反射的」に動いた。超反射も生かした、ノータイムの攻撃。
一歩、地面を踏み抜いて木刀を振り上げ……降ろした。
体重とスピードが乗った一撃は、素人である岩館に防げるものではなかった。何に遮られるわけでもなく、ずらすことも出来ず、彼女の頭に振り落とされる。
「ぁ──」
骨を砕く、潰す音が聞こえた。
その勢いでぐらりと後ろに、榊原に乗る形で倒れた。悲鳴もない。
他愛なく、実に他愛なく……東軍、岩館なずなは事切れた。
その光景を榊原は理解できていなかった。したくなかった。能力を抑えようとしていた彼女は、その一瞬の流れに完全に置いてかれていた。
けれど、心臓の鼓動が止まっていくのが分かった。榊原の聴覚は彼女の命の灯が消えていくのをただ捉えていた。
「な、ずな……?」
枯れた喉で友の名を呼ぶ。漸く頭が事実に追いつく、死んでいる。
誰のせいだ、自分が犠牲になろうとして彼女が死んで……西軍のせいか。違う。
自分のせいか、そうか。
脳内で彼女の声が何度も反響して、揺らす。
「──榊原ちゃん!」
「っ、東軍。みんな構えて!」
聞いた覚えのある声がする、同時に西軍が騒ぎ出している。
誰か、声を荒げながら近づいてきている気がする。
だが、もう誰だっていい。
頭痛がする。それ以上に、胸が痛い。
──La
その痛みを振りまければ、誰でも。
◇
「……?」
感じた不安とは裏腹に、あまりの呆気なさ。播磨は岩館が倒れるのを見届けた。戦いの高揚感が人殺しの罪悪感を薄める。
冷静になれば、きっとまたそれに悩むことになるだろうがそれでいい。岩館を倒した腰で不安の塊が消えたことによる清々しさも相まい、西軍はほっと一息をつきそうな雰囲気だった。
駆けつけてきた伊与田達がいなければ、の話だが。
「──未知数領域・反転旭暉≪テネブル・タンタキュル≫!!」
「ッ!?」
それを裂いた黒き触手。突如として播磨の足元から湧いたそれはが彼に襲い掛かる。
奇襲する形で、播磨の喉元を狙う。不意打ちは完全に決まっていた。
しかし、足りない。
「はぁっ!」
「っ、やはり……」
弱い明かりで出来た影では碌に重さを乗っておらず、触手は簡単に弾き飛ばされた。生半可な攻撃では傷一つ付けられない。
伊与田は明らかな怒気を纏い立っていた。それも当然だ、なにせ可愛がっていた後輩が目の前で頭から血を流し死んでいる。そして彼女の友人である榊原も倒れている。
涙を流しあいながらお互いがお互いを慰め合っていた、あの光景を見ていたからこそ来るものがある。
「鴬崎さん、隙を見てなずなちゃん──……いえ、榊原ちゃんだけでも一緒に」
「それはー……いやわかりました。っていっても俺と伊与田さんだけじゃちときつそうっすね」
「ええ、でも……榊原ちゃん?」
伊与田は自分で連れてきた鴬崎に対し指示をだす。それについて鴬崎は一瞬口を挟みそうになったものの、とりあえず言い争っている場合ではないと了承で返した。
伊与田は榊原に近づき、彼女を起こそうと手を伸ばす。
──La
「……え?」
華奢な白い手が、彼女に触れようとしたときだった。
その手、肘から先が忽然と消え失せた。
何かが落ちた音がする。視線を落とせば、そこに転がる伊与田の手がある。
そうか、切り落とされたのだ。
「え?」
伊与田の腕が、切り落とされた。それに体が気が付いていないのか、流れる血液は切り口から止まらずあふれ出る。
尋常ではない、人生生きていくうえでここまでの出血は早々見ないだろう。
「あっ、えっ……?」
痛みがない、それが彼女の認識を歪ませる。本当に怪我をしているのか。夢ではないのか。
そう思い込まなければやってられない。
──aaaa......
だが、それは待ってくれない。暴走する色彩哀歌は方向も多少の距離も関係がない。運が悪かったのだろう。
しゃがみ込んでいた彼女をまた切り刻む音が、今次の瞬間にも迫っていたのだ。
呆けている伊与田の顔を、音の刃が──
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- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-12 更新】 ( No.40 )
- 日時: 2018/06/15 21:17
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-13
空気を裂く音がした。
──aaaAAAA!!
「──危ない!」
空を切った。
音速のそれが到達する前に、彼女の首元は引っ張られた。おかげで刃は伊与田の顔を傷つけることはなかった。だがあまりに鋭いその一撃は頭皮を引くこともなく、浮いた髪を切り落としていた。
その切れ味は絶好の触手の一撃よりも鋭いかもしれない。
引っ張ったのは勿論、東軍の鴬崎。彼は伊与田の腕が切り落とされたのを見るや否や直ぐに行動に移していたのだった。
暴走が始まった。目の前にいるのは最早、破壊を振りまくスピーカー。
彼はそれに気が付くと今の状況がどれだけ危ういものか察した。思わず顔が青褪める。
「こっち、逃げます!」
「は、はい……」
そのまま、返答も聞かず彼は伊与田の手を引き離脱を始める。切り落とされた方の腕も、死体となった岩館も、彼女が守りたいと願っていた榊原も、その全てを置いて彼らは走り出した。
彼の顔に余裕は一切ない。
この場にいれば命がいくつあっても足りない。切り口から血を垂れ流す伊与田を見て鴬崎はそう思ったのだろう。
……唯一の救いは、能力の狙いがまったくもって狂っていたことか。もしそうでなければ、彼らの足の速さでは到底逃げ切れるものではなかっただろう。
「(なんだ、急に撤退……?)」
「止めるかい?」
「あ、ちょっと待て!」
伊与田がいきなり取り乱し、鴬崎と一緒に背を向け走り出した。
少し離れて見ていた西軍。彼女らはまだ暴走が始まったことに気が付けていなかった。
それが致命的。
一番前にいた播磨でさえも怪しむだけ。暴走が始まったという事実に気が付けていなかった。つまり他の三人は更にだ。
何かが伊与田から零れ落ちたように見えた。手だとはわからない。困惑する声が聞こえたが、悲鳴ではなかった。鴬崎の言葉も、直接暴走には触れていない。
分身の問い、光原の仇、西軍としての勝利への道。彼女らの判断を鈍らす材料は揃っていた。
逃がすか、そう思って三星が追いかけようとし一歩前へ。アルコールのボトルを投げつけ、引火しようとしたのだろう。
「っ、来るな──!」
──ughh!!
播磨が止める声がした。直後、とてつもない力に押され彼女は吹き飛ばされた。ビンが割れる音がする。
どれほど飛ばされたのか、宙に浮く感覚を数秒感じた後数回、転がりようやく止まる。
彼女はいきなりなんなんだ、と文句の一つでも言おうか起き上がり、見た。
数メートル程離れた、彼女らが先ほどまでいた場所、そこにいた羽馬の分身が切り裂かれていた。暗い中で人影程度しか把握できないが、乱切り、とでも言えばよいか。胴体が、腕が、足が、挙句の果てには頭部まで。分身も何も言わず、言えずに消滅した。
少し間違っていれば、三星も同じ運命を辿っていただろう。それを理解し、冷や汗が噴き出る。そして同時に、播磨の安否が気になる。
どこに、辺りを見回し……自分の下に何かあることに気が付く。
「あ、よかったいた。ウミ先ぱ……い」
「……」
播磨海はそこに、三星の座布団になって地面に倒れていた。無事だ。
……右腕が曲がってはいけない方向に、眼鏡がひしゃげ閉じられた右の瞼から血を流している、ということを除けばだが。
右手に握っていたであろう木刀も、持ち手から上に行く途中で折れていた。
唐突な身内の大怪我に三星は動揺を隠せない。なにより、静止の言葉と彼の怪我。そして自分たちが吹き飛ばされた……それらから彼女は「庇われた」という事に嫌でも気が付いたからでもあった。
──信用ならないと思うけど……任されたからには今度こそちゃんと守るから
──じゃあ、約束ですよウミ先輩! 今度戦う時があったら、もうノーガードってくらい突っ込んでいくから!
「な、なんで……ウミ先輩? 生きてる、よね?」
ふと、彼女は播磨の言葉を思い出した。違うだろう、守るというのは犠牲になるということではないはずなのに。
今の衝撃で三星も多少打ち身をしたかもしれないが、それでも播磨と比べれば余りにも元気だ。ペタペタと播磨の頬に触れる。まだ温かい、脈もある。死んではない、だがこのまま放置すれば。
直ぐにでも播磨に適切な治療を施さなければ、そのためにもこの場から離れる必要があった。
「なっ、海、アカリちゃん!?」
「海君抱えて逃げるよ栂原君、ここにいちゃ不味──」
慌てる栂原に指示し、羽馬が榊原に背を向け走りだそうとする。
そのまま西軍が撤退できれば被害は伊与田の片腕、播磨の右目右腕のみだった。
しかし、「たった」それだけでは終わらない。
色彩哀歌の暴走は、そんなものでは終わらない。
無差別に、無方位に、あらゆるものは切り刻み叩き潰す。
でなければ、暴走なんて単語は似合わない。
──lah,ugh,aghhhhhhhh!!!
瞬間、四方へ斬撃。辺りに響く打撃音。
いよいよ、本格的に無差別攻撃が始まった。
低音、高音混ざり合う、切り潰す音が榊原を中心に発される。地面が、倒れ伏していた岩館の遺体が、榊原自身すらも関係ない。全てを壊すための音だ。
それが偶々運悪く、羽馬を襲った。
右肩から背中を通り足まで切り裂いて、大きな大きな切り傷を一つ作った。
能力は分身を作ること、肉体強化系ではない彼女にとってそれは、致命傷になりかねない一撃だった。
「なっ、詩杏!?」
「……あちゃぁ」
栂原は、そう零して顔から倒れ伏せる彼女を見ていることしかできなかった。どんな表情をしたのかわからなかったが……苦笑いでもしていたのだろうか。
医学的知識なんて一つもない栂原でも、命に関わる傷だというのは理解できた。下手をすればもう死んでいてもおかしくない。
でもまだ、もしかしたら……そんな希望を抱いて抱え起こそうとする。
だが視界端、播磨達のいる場所。その直ぐ近くの地面が削られた。
腹を貫かれて倒れていた友人を思い出す。
「(──違う、そうじゃない!)っ、アカリちゃん!」
後輩たちもまだ安全な位置にいない。三星では播磨は運べない。栂原も羽馬を運ぶとなればかなり動きが遅くなる。どちらか一人にしなければその間に、最適解は。
彼は、このままでは全滅すると気が付いた。伸ばしかけていた手を戻し、彼は三星達の元へと駆ける。
三星は近づいてきた栂原の思考なども知らず、助けを求めた。
「お、オサム先輩、ウミ先輩が──」
「……行くぞ、そっちの肩頼むぜ」
羽馬がまだ血を流し倒れている。
後ろ髪を引かれる思いが一瞬、彼をせき止めようとして、更に踏み切るための燃料にした。直ぐに播磨の脇に肩を入れ、持ち上げ走り出す……幸いにしてそれが止められることはなかった。
彼らは撤退に成功した。
一人、大事な仲間を残して。
──aghhhhhhhhhhh!!!
相変わらず、暴走は終わらない。硬い建材を使用している地面は切り刻まれ破片は潰される。
その災いと言うべき現象の中心に彼女はいた。
東軍も西軍もいなくなり、残ったのは死体一つ。そして伊与田の腕と、生死不明で倒れている羽馬のみ。
残るは傷だらけの榊原一人だけになった。正確には彼女も倒れているが。
偽りの、ぼやけた空を見ている。体に力が入らない、頭痛が酷い。音の斬撃、打撃も彼女を襲っている。しかし西軍や伊与田を襲ったものよりかは威力が小さいのだったのか、まだ彼女は生きているし、四肢がどこかに切り飛ばされた訳でもない。
しかしそれも時間の問題だろう。
観客は、いなくなった。後は榊原の命が尽きるとともに終わる、はずだった。
「──なんだよ、これ」
けれど、闇夜に大きな音を響かせていれば誰かが寄ってくる。
誘蛾灯のごとく、一人の生徒を引き寄せた。
無所属、幾田卓。ふらふらと学園内を彷徨おうとしていた男が。
惨状と言うべきその場所へやってきたのであった。
そして、彼はしばし周囲を見渡した後……
──榊原の下へと、走り出した。
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