複雑・ファジー小説
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- 攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
- 日時: 2019/09/12 17:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
1年ぶりの新作です。
生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?
※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。
出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6
修行編
>>7>>8>>9>>10
李編
>>11>>12>>13>>14
ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22
カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41
ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47
メープル編
>>48>>49>>50>>51
最終決戦編
>>52>>53
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.4 )
- 日時: 2020/08/10 06:16
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
目を覚ましますとわたしは森の中にいました。
なぜ、森の中にいるのでしょう?
先ほどまで、確かにわたしは砂漠にいました。
一瞬でワープしたとは思えませんので、誰かがここまでわたしを運んだと考えるのが妥当な線ではないでしょうか。
それだとすると、一体誰がわたしをこのような場所に運んだのでしょうか。
忍者? それともスターさん?
忍者はわたしを刀で斬ろうとしたくらいですから、わたしに対して急に心を入れ替えたというのは少し考えにくい話です。
それではスターさんはどうでしょうか。彼は以前会った際に指を鳴らして瞬間移動をしていました。彼ならばわたしを瞬間移動でここまで連れてきたことも納得がいきます。
「おい、ガキ」
わたしのピンチを見かねたスターさんが知らないところでわたしを助けてくださったのでしょう。まだこの美琴は彼にご恩の一つも返していないのですから、スター流の道場についた時にはぜひとも彼の教えを素早くモノにして彼の期待に応えなければ——
「ガキ、無視するな」
なんでしょう。
先ほどから「ガキ、ガキ」と呼ぶ声がします。ここの森に甘い柿でもなっていてそれを探している声なのかもしれません。
いえ、もしかすると海のミルクと称されるカキを探しているのでしょうか。ですが発音を聞く限りでは、どうやら「ガキ」と言っているように聞こえます。ガキは子供を意味する言葉でもありますから、その声の主はきっと森の中で子供とはぐれてしまったのかもしれません。できることならわたしも捜索のお手伝いがしたいのですが、わたしもこの森の道に関しては全くわからないので、力になることはできないのが残念です。わたしには祈ることしかできませんが、どうか速くその人の子供が見つかりますように——
「いい加減にしろ! このガキが!」
「ひゃあ!?」
思わず口から素っ頓狂な声が出てしまいましたが無理もありません。
いきなり目の前に不動さんの凶悪な顔が現れたら誰だってそうなってしまうでしょう。
「ってアレ? 不動さん、いつからわたしの目の前にいたのですか」
「さっきからお前の後ろでガキと呼び続けていたが気づいてなかったようなのでな。こうしてお前の目の前に現れたというわけだ」
「あの声は不動さんのだったのですね! わたしはてっきり森の中で迷子を捜しているものかと思いました」
「全く……」
ブツブツと小声で何か愚痴を言っていた不動さんでしたが、やがて森の中へと歩き始めました。おいていかれてはなりませんのでわたしもあとを追いかけます。
森の中は涼しい風が吹き、時折小鳥のさえずりが聞こえ、とても心地良いです。森の中を二人並んで無言で歩くというのも面白くありませんし、せっかくの機会でもありますので気になったことを不動さんに訊ねてみることにしましょう。
「不動さん、先ほどわたしに刀を振り下ろそうとしていた忍者さんはどこへ行ったのですか。姿が見かけませんけど……」
「奴らなら俺が往生させてやったが」
「へ?」
「お前に分かりやすい言葉で伝えるならば地獄に送ってやった。つまり殺したということだ」
「それは、本当なのですか」
「当然だ。俺は嘘はつかん」
わたしは彼の後に続いて木製のいまにも壊れそうな橋を渡っている最中でしたが、彼の言葉を聞いた途端にピタリと足を止めました。
正確には身体が勝手に止まったと言ったところでしょうか。
わたしが足を止めたのに気づいてか彼はこちらを振り向きます。
すると次の瞬間。
「どうして……そんな酷いことをしたんですかぁっ!!」
自分でも驚くほどの大声が口から飛び出しました。
不動さんは眉間に深い縦皺を刻み鋭い眼差しを向けてきます。
普段のわたしなら彼の形相の恐ろしさの前に何も言えなかったとは思いますが、この時は違いました。彼に向っていき、その厚い胸板を何度も叩いて叫びます。
「不動さん、あなたは最低です! 助けてくれたことには感謝しますが、いくらわたしが襲われたからと言っても彼らを殺めることはなかったはずです! 彼らだって帰りを待ってくれている家族がいたはずです! それなのに平気で殺めるなんて、あんまりです!」
彼にとっては拙い言葉に聞こえたでしょう。わたしの叩く拳の威力は蚊に刺されるほどにも感じなかったことでしょう。ですが、わたしは自分の感情の全てをぶつけて彼に訴えました。
涙で視界が潤んでよく見えません。それでもわたしは彼に思いの丈をぶつけました。
「馬鹿! 不動さんの馬鹿!」
彼はわたしがどれだけ言葉を、そして拳をぶつけても何も言ってきません。抵抗する素振りも見せません。
不動さんは暫く無言でしたが、やがてわたしの頭に手を乗せ、優しく撫でると口元にいつもの彼とは異なる笑みを浮かべて言いました。
「お前はどうやら俺には無いものを持っているらしい。スターがお前をスカウトした理由が分かった気がするよ」
「……え?」
「何でもない。先へ行くぞ」
踵を返して先をずんずんと歩く不動さんは、わたしに何を感じたと言うのでしょうか。わたしの想いが少しでも彼に伝わっていればいいのですが……
そんなことを思いながらわたしは彼に置いて行かれないように、涙を拭いて追いかけます。
森を抜け山を越え、電車に乗ってわたしたちがやって来たのはオフィス街でした。見渡す限り高層ビルが立ち並び、飲食店なども軒を連ねるこの街に本当にスター流の道場があるのか、どうも信じられないのですが道場の場所を知っているのは不動さんだけですので、わたしは彼にあまり疑いの顔を見せないようにしながらついていきました。スマホを操りながら忙しく行きかう人達を尻目に彼の後を追っていきますと、彼はこのオフィス街の中でもひと際大きな三〇階はありそうな高層ビルの前で足を止めました。
「どうかしたんですか?」
「このビルがスター流道場だ」
目を細めてビルの看板を読んでみますが『スターコンツェルン』の文字が輝くばかりでどこにもスター流道場の名称はありません。
「どこにもスター流道場の名前が無いのですが、本当にここで会っているのでしょうか」
「俺が間違えると思うか」
ギロリと彼が睨んできましたので、ここは彼の自信に任せることにして取りあえず中に入ってみることにしました。
広々としたロビーを抜けてエレベーターに乗り込みますと、彼は最上階のボタンを押して扉を閉めました。
どんどんと上昇するエレベーターの中で不動さんが口を開きます。
「スターは今や世界に名高いスターコンツェルンの会長を務めている。大企業の事業の一つとしてスター流道場は組み込まれたが、その方が俺達にとっては都合が良い。名を告げぬ行いこそ本物だからな」
わたしの頭の中に沢山のクエスチョンマークが生まれます。
今の会話の中でわかったことと言えば、スターさんは大金持ちで、不動さん達スター流の門下生は何か大々的に活動できない秘密があるということだけでした。
自分の頭の悪さを情けなく思っていますと、エレベーターは遂に三〇階に到着しました。広くて長い廊下を歩いていますと、遠くに観音開きの扉が見えるのがわかりました。近づいてわかったのですが、その扉の真上には大きな黒い字で会長室と書かれています。
不動さんは何の躊躇いも見せることなく扉に触れ、中にいるであろう人の許可を得ることもなく扉を開けてしまいました。
「勝手にそんなことをしたら怒られちゃいますよ」
「案ずるな。奴が怒った姿を俺は一度も見たことが無い」
「そうその通り! わたしは常に怒らないように心がけているからね!」
不意に後ろから声がしましたので背筋に冷たいものが流れるのがわかります。不動さんも少しだけ目を見開いていることからも、彼も何者かに背後を取られるなど想像もしていなかったのでしょう。
ともかく恐る恐る振り向いてみますと、わたし達の後ろに立っていたのは金髪に澄んだ青い瞳ににこやかな顔、茶色の三つ揃えのスーツを着た紳士でした。
「よくここまで来たね! 美琴ちゃん、そして不動君!わたしは君達に会えて嬉しいよ!」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.5 )
- 日時: 2020/08/10 06:20
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
スターさんの姿を見たわたしは再会できた嬉しさのあまり涙が堪え切れなくなりました。泣いているわたしを見たからでしょうか、スターさんはハンカチを差し出しました。
「君は神秘的な雰囲気とは違って、意外と泣き虫なんだね」
「ごめんなさい」
「謝ることはないよ。泣きたいときは思いきり泣くといいのだからね」
涙を拭いて彼にハンカチを返しますと、彼は今度はわたしに大きく手を広げ、その両腕でわたしを優しく抱きしめました。彼の腕の中はとても優しい感触で温かみを感じます。できることならこのままいつまでも彼の腕の中にいたいと思う程です。そんなわたし達を見た不動さんは軽蔑するかのような視線を送っていましたが、やがてポツリと呟きました。
「修行を重ねたつもりではあったが、ああも簡単に背後を取られるとは、やはりスターの腕は鈍ってはいないようだ」
「そんなことはないよ、不動君。君は今でも充分に強い。ただ、わたしが君の遥か上を行っていただけだよ」
「その言葉は励ましにはならんぞ」
「おっと! これは失礼したね」
高らかに笑うスターさんとは対照的に不動さんは背中を小さく丸めて珍しくため息を吐きました。それが修行しても追い越すことのできない師匠に対する尊敬のものなのか、それともスターさんの底抜けの明るさに呆れてのため息なのかはわかりませんが。
少なくともわたしに言えることはこの二人のレベルにまでスター流を極めるには相当なレベルの修行を積まないといけないということだけでした。
スターさんはハグを解くと自分の腕時計を見てにっこりと微笑み。
「いい時間だから、美琴ちゃんの自己紹介も兼ねてそろそろ道場に顔を出すとしようかな。不動君、君はどうする?」
「……たまには奴らの顔を見るのも悪くはないかもしれんな。いいだろう、付き合うとしよう」
「そうこなくっちゃ! じゃあ、早速行くとしようか!」
わたしの腕を掴んで軽快なスキップで歩き出すスターさん。その後ろをしかめ面で歩く不動さん。彼らの間に挟まれてわたしは何とも言えない気持ちになりました。先ほどのエレベーターに乗り込みますと、スターさんはエレベーターのボタン列の真下にある空白のスペースを押しました。すると空白部分から新たに六つのボタンが現れたのです。それぞれ地下一階〜六階まで表示されていることから、このボタンは地下行きだということがわかりますが、スター流道場はまさかこの建物の地下にあるのでしょうか。そんなことを考えていますとスターさんは瞳を輝かせて。
「君の推測通りだよ。スター流道場は地下にある!」
「……私の心を読みましたね。でも、どうして地下に作ったのですか?」
「地上にいると外敵が多くてね。その点地下なら滅多に侵入されることもないし、気づかれる心配も少ないからね」
「外敵?」
「君には言っていなかったけど、スター流はただの格闘流派ではないんだ。その秘密は門下生が説明してくれるはずだからお楽しみにね」
ウィンクをするスターさんですが、わたしは彼の顔が一瞬だけ真剣な色になったのを見逃しませんでした。
「さあ、着いたよ! ここがスター流道場だ!」
興奮気味に語るスターさんの前には会長室と同じように観音開きの扉があります。
「今日もみんなに会いに来たよ! 君達、元気にしていたかなー?」
高いテンションで扉を開けるスターさんですが、中には誰もいないようです。
道場の中は扉と違って意外にシンプルな作りになっており、部屋の中央にプロレスのリングが設置されてある以外はサンドバックが吊り下げられていたり、ランニングマシンがあったりと道場というよりはスポーツジムに近い形のようです。それにしては不動さんのような筋肉隆々な体格を作るにしては、設備的に不足しているように感じるのは気のせいでしょうか。
名前の通り仁王立ちになっている不動さんとは対照的にスターさんはサンドバックの裏側を見たり、リングのエプロンの下を覗き込んだりと忙しく動き回っていましたが、やがて小首を傾げました。
「おかしい。みんなかくれんぼでもしてわたしを楽しませる魂胆なのかと思ったけど、どうやら違うらしい」
「当たり前だ。誰がお前を楽しませるか」
「それはそれで残念だけど、ともかく皆を探さないことには美琴ちゃんを紹介することができない。困ったぞ……」
「一階にいないとなると六階に行ったと考えるのが妥当だろうな」
「そうか、六階か! わたしはすっかり六階の存在を忘れていたぞ!」
不動さんが「六階」という単語を口にすると途端にスターさんの顔がパアッと晴れやかになり、ピョンピョンとスキップを始めました。その様子を見たわたしはこっそり不動さんに耳打ちします。
「スターさんっていつもあんな調子なのですか」
「そうだ。長年の付き合いだが、奴のテンションの高さにはついていけん」
「何か言った?」
「何でもない(です)」
急に彼が聞き耳を立ててきましたので、わたし達は慌てて誤魔化します。まさか不動さんと言葉がハモる時が来るとは思ってもみませんでした。
「……」
結論から言いますと六階へ足を踏み入れたわたしは言葉を失ってしまいました。先ほどのスポーツジムに似た外観とはまるで違うのです。
広大な施設の中には全面を超強化ガラスで覆った透明な部屋の中の四方八方に機関銃が取り付けられ、中へ入った人を蜂の巣にするコーナーや、学校などでよく見かける長四角形のプールの中に凶暴なワニを何匹も入れたもの、特大の水槽にシャチやサメなどを一緒くたに入れたもの、火の輪くぐりや舌が煮えたぎる溶岩となったボロ橋の上に取り付けられたリングなど、どれをとっても常識では考えられない設備ばかりが整っています。スターさんは興奮気味に設備を説明をしていますが、正直言ってわたしは血の気が引いてきました。わたしが思うにこれはあくまで視覚で人を刺激させる為だけに作った設備だと思うのですが、実際はどうなのでしょうか。気になったわたしは、究極の質問をスターさんにぶつけました。
「まさかとは思うのですが、スター流の門下生のみなさんは毎日ここで修行を重ねているのですか?」
「そのまさかだよ」
「……大変失礼なのですが、ここで修行したら命を落とす方もいるのではないでしょうか」
「常人なら一〇〇%死んでしまうね。そうなるように設計して貰ったから。でも、わたしが弟子入りさせたのは全員普通ではない子達ばかりだからね。君を含めて」
君を含めてという彼の物言いがわたしが普通ではない存在ということを認識させると同時に、こんなとんでもない場所で修行するのかと改めて実感するに相応しい力を持っていました。
横を並んで歩く不動さんを見上げつつ、彼に訊ねてみます。
「不動さんもこの修行を受けたのですか」
「いや。正直言ってここの小さな設備では俺の修行の足しにもならないのでな。世界中の猛者を相手に放浪の旅をしていたところだった」
「放浪の旅……ってここが修行にもならないって……」
「スターも甘くなったものだ。昔の奴は今とは比較にならんほど厳格な指導をしていた。昔が懐かしいものだ」
彼はこれ以上の過酷な修行を強いられていたということでしょうか。
これなら不動さんが極限まで鍛え上げられた筋肉を有しているのもわかる気がします。
不動さんが超人的な秘密を持つ理由は分かったのですが、スター流の門下生の皆さんの姿が見当たりません。不動さんはここにいると推測していたのですが、当てが外れたのでしょうか。
腕組をして考えていますと、奥の方から何やらビシバシという激しい音が聞こえています。まるで闘っているような音なのですが、この先で何が起きているのでしょうか。するとスターさんが急に駆け出しました。
「待ってください。どこに行くんですか?」
「この部屋の奥にあるスパーリング部屋だよ。あの音からすると、皆が実践練習をしているのかもしれないね」
「実践練習?」
「そう。いつ敵と戦ってもいいように、絶えず実戦を想定したトレーニングを重ねる必要があるんだよ」
「あの、先ほどから外敵とか実戦とか、わたしにはどうも話の内容が飲み込めないのですが……」
「百聞は一見に如かずという諺がある! 百回聞くより一度目で見た方がすぐにわかる! ついてきたまえ!」
相変わらずのテンションの高さで颯爽と走るスターさんを追いかけるわたしですが、彼の走る速度の速さにはついていくことがやっとです。しかも、奥に行くにつれて通路が入り組んでいるのです。真っ直ぐかと思ったら右に曲がり、その次は左、また少し真っ直ぐいったかと思ったら右……とまるで迷路のように複雑な通路です。スター流の皆さんはこれほど複雑な通路を迷うことなく、目的地に辿り着くことができるのでしょうか。
するとわたしと並んで走る不動さんが口を開きました。
「複雑な作りの理由は侵入者を迷わせる意味も含まれている。とはいえ、このような通路にした理由の大部分がスターの『楽しいから』なのだろうが」
楽しいからという理由だけで頭が混乱しそうになる作りの通路にするとは、最初に会った際に言っていた通り、スターさんの中には常識というものが存在しないのかもしれません。ということは、これから先ここで修行するとなると常識から外れた思考を身に着ける必要があるのかもしれません。個人的に必要最小限度の常識や良識は残しておいた方が生きやすいとは思うのですが。それから一〇分ほど走り回った後、ようやくスパーリング室に到着しました。中に入りますと二人の人物が中央に設置されているプロレスのリングで激しい攻防を繰り広げていました。
「やあやあ、諸君! 今日も元気にやっているねえ!」
スターさんが声をかけますと二人は動きを止めて振り返り、軽々とロープを飛び越え床に着地し、わたし達の所へ歩いてきました。するとスターさんはいきなりわたしの背中を押して二人の前へ突き出しました。
「この子は今日からわたし達の新しい仲間になる美琴ちゃんだよ。仲良くしてくれたまえ」
「あ、あの……み、美琴です。今日からよ、よろしくお願いしますっ!」
突然のこともあったのでしょうか、言葉が途切れ途切れになってしまっただけでなく変な声になってしまいました。
二人はじっとこちらを無言で見ています。何も言わないことからすると、もしかして怒っているのでしょうか。
弁解したいと思いながらも、恥ずかしさのあまり二人の顔をまともに見ることができません。もしも二人に鏡を差し出され顔を映されたなら、わたしの顔は真っ赤になっていることでしょう。
ああ、穴があったら入りたいです……
なるべく二人に顔を合わせないように俯いていますと、いきなり誰かがわたしの頭を両手でがっしりと掴んで、無理やり引き上げたのです。
「な、何するんです、かぁ……」
途中で声が小さくなっていったのは、わたしの顔を上げた人に見惚れてしまったからです。長い睫毛に白い肌、着ている中国服の右肩にはポニーテルに赤髪が垂れかかっています。まるでテレビなどで出てくるモデルのように綺麗な男性にわたしは一瞬で心を奪われてしまいました。彼は爽やかな笑みを浮かべ。
「女の子が俯いてばかりいるのはよくないよ」
「は、はい……」
「自己紹介が遅れたね。李(リー)だよ。よろしくね」
差し伸べられた彼の細長く綺麗な手を掴んで握ります。李さんの方がわたしより少し背が高いのでわ
たしを見下ろす格好になってはいますが、彼と視線を合わせるだけで胸が高鳴るのを感じ取れます。生まれてこの方、恋愛には無縁でしたが、ここにきてわたしにもついに初恋の人に巡り合えたのかもしれません。
さっきは遠くで見ただけでしたので、顔はあまりよくわからなかったのですが、これほどまでに美しい男性とは思ってもみませんでした。
名残り惜しいではありますがいつまでも握っている訳にもいきませんし、もう一人の方も待っていることですから、渋々わたしは彼の手を離してもう一人の人物に顔を向けました。
「美琴です。よろしくお願いしまー—」
ここで言葉が切れたのは決して李さんの時のように見惚れたからではありません。その方の目があまりにも冷たかったからです。不動さんと同等程度の高身長なのですが、彼とは違ってガリガリに痩せており、皺が深く刻まれ頬がこけた顔に立派な白いカイゼル髭、オールバックの髪が特徴で純白の軍服風の衣服を着たダンディな老紳士です。彼は遥か上からわたしをギロリと見下ろしました。その瞳からはまるで感情を読み取ることができず、視たものを全て凍り付かせかねないほどの冷たい妖気のようなものを感じ取りました。この老紳士には近づかない方が賢明なのかもしれません。ただ、一つだけ気になったことと言えば、純白で統一された服を着て、果たしてカレーライスを食べる時に服を汚さないかということだけでした。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.6 )
- 日時: 2018/09/09 06:53
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
老紳士はわたしを一瞥しますと、踵を返して出口に向かって歩き出しました。
そして部屋を出ていく直前に、風格のある低音ボイスで言いました。
「吾輩の名はジャドウ=グレイ。スター様の忠実なる騎士だ」
その言葉を残し去ってしまったジャドウさんですが、なんとも不思議な名前です。何故、シャドウ(影)ではなくジャドウ(邪道)なのでしょうか。本人なら名前の由来を何か知っているかもしれませんので、また会う機会があった時は名前の由来を聞いてみるのも良いかもしれません。もっとも、ジャドウさんが教えてくれるかどうかはわかりませんが……
「美琴ちゃん、考え事をしているようだけど、ちょっといいかな」
スターさんが肩を叩きましたので、慌てて我に返ります。
「スターさん、どうかしましたか」
「実は君にスター流恒例の入門テストを行おうと思ってね」
「ええっ、入門テストですか!?」
急に入門テストと言われましても格闘技に関してわたしはズブの素人ですし、勉強もしたことがないのですから、いきなりテストと言われましても合格する自信がありません。もしも落ちてしまったらどうなるのでしょうか。
「不合格だった場合は門前払いになってしまうけど、わたしとしてはこの試験だけは自分でスカウトした子であろうと弟子入り志願した子であろうと必ず受けさせるようにしているんだ。
君なら落ちることはないはずだから、きっと大丈夫だと思うんだけど」
「あのっ! 入門テストって何をすればいいのでしょうか」
「スター流に入門するにはコレができないと駄目ということにしている。今から君の入門テストを行うからついてきなさい」
「はい……」
うう……心なしか返事も小さくなっている気がします。きっと落ちてしまうという不安が声を小さくさせてしまっているのでしょうか。
すると李さんがわたしの耳に顔を近づけて。
「美琴さん、がんばって。あなたならできるはずだよ」
「え、えっと! わ、わたし、頑張ります!!」
美形の李さんから耳元で励ましの言葉を貰ったのですからこの美琴、弱気になってはいけません。スター流の入門テスト、必ず合格してみせます!
心意気を新たにしてスターさんについていきますと、案内されたのはスターコンツェルンビルの中にあるレストランでした。格闘技とは一見すると無縁な場所だと思いますが、ここでテストをするのでしょうか。
スターさんは外の景色がよく見える窓側の席に腰かけ、両手を組んでいいました。
「これからスター流恒例の入門テストを行います。テスト内容は一つだけ。自分ができる得意料理を作る事」
「りょ、料理ですかぁ!?」
先ほどから驚きの連続で何回も舌を噛んでいる気がしますが、まさかスター流のテストが料理だとは予想外過ぎます。
「お客さんはわたし以外にいないし、厨房のシェフたちも君がテストを行う間は追い払ったから大丈夫だよ。食材は何でも揃っているから、自由にどうぞ。制限時間は二時間だから、それを超えないように注意してね。あと、魚は骨無しを使うように」
今のスターさんの話を纏めますと。
一 制限時間は二時間。
二 食材は自由に使ってもいい。
三 お魚は骨無しを使うようにする。
彼の言葉を頭にインプットして厨房に入ったわたしですが、すぐさま頭を抱えてしまいました。これまで料理というものは小学・中学の家庭科の時間でしかしたことがなく、山奥で生活していた時も基本的にお肉やお魚な丸焼き、野菜は水洗いしたものを生のままかぶりついていたものですから、料理のスキルなど全くないのです。
とはいえ、このまま悶々としていても時間は過ぎていくだけです。
さりとて豚や鳥の丸焼きを出したところでスターさんが喜んでくれるかどうか……
時計を見上げますと、テスト開始から既に一〇分も経過しています。考え事をすると時があっという間に去ってしまうというのは本当のようです。
先ほどの彼の発言を振り返る限り、少なくともスターさんは骨のあるお魚を使った料理を好んでいないのは確かです。わたしには骨抜きの技術などないでですので単なる焼き魚を出した時点で失格になるのは間違いないでしょう。
そうなるとわたしができて、なおかつスターさんを満足させることができる料理があるとすればーー
ここでわたしの頭の中にはっきりとあの料理の形が思い浮かんできました。
わたしがもっとも大好きで、もっとも感動したあの味!
あれならば、スターさんにもきっと喜んでもらえるはずです。
「美琴、やってみせます!」
腕まくりをして気合をいれなおし、いざ、お料理開始です。
一時間近く経って、ようやく完成した料理をテレビ番組などでよく出てくる釣鐘型の銀の覆いで隠して、落とさないように気を付けながらスターさんの元へと運びます。
「お待たせしました」
「君がどんな料理を作ったのか楽しみだよ。それでは、オープン!」
自分で言って覆いを開けたスターさんは目を丸くて、ほんの少し呆然として動かなくなりました。無理もありません。わたしが彼に出した料理は、ごく普通の塩おにぎりだったのですから。
彼は覆いとついでに左手に持っていたナイフを置くと、こほんと一つ咳払いをしました。
「まさか、おにぎりを出してくるとは思わなかった」
「……すみません」
「いや、謝る必要はないのだよ。骨付きの魚料理以外は何を作ってもいいのだから。それにしてもおにぎりとは……ううむ」
ほかほかと湯気を立てている白い三角のおにぎり。作り方はとても簡単で、あつあつのご飯にお塩をふって、優しく握って海苔を巻くだけです。日本人なら小学校低学年の子でも恐らくは簡単にできるであろうメニューですが、わたしの大好物であることと彼にご馳走になった時の味が忘れられずに、おにぎりを作りました。スターさんは大企業の社長さんらしいのでわたしが食べたことがないほどの高級料理を数多く口にしているはずです。果たして庶民の料理の代表格であるおにぎりを彼の舌は受け付けてくれるのでしょうか。
「いただきます」
スターさんは手を合わせて感謝をするなりおにぎりを手づかみで口に放り込みました。普通サイズとはいえ、侮れない大きさのおにぎりを一口で頬張るとは、一体どれほどの口の大きさなのでしょうか?
そんなわたしの疑問を露知らず、彼はムシャムシャと合計三個のおにぎりを瞬く間に完食してしまいました。そしてわたしの顔を見て訊ねました。
「なぜ、おにぎりを作るのに一時間以上もかかったのかね」
「ご飯を炊いていたものですから」
「一から作ったということだね。成程」
わたしの返事に彼は目を閉じ、腕組をして真剣な顔つきになりました。
二人だけの空間で静かな時が流れていきます。たっぷり一分間の沈黙の後、彼は結果を口にしました。
「おめでとう! 合格だよ!」
「えッ……どうして、ですか?」
「美味しいからさ! それ以外に理由なんて無い! 君はこの前わたしがご馳走した塩おにぎりの味を再現しようと試みた! 結果、その気持ちがわたしに伝わったという訳だ。美味しいおにぎりをご馳走様!」
彼が喜んでくれて、しかも合格まで貰えるなんて、これほどうれしいことはないでしょう。わたしも晴れてスター流の門下生の一員となることができたのです。
「でも、どうして入門テストをお料理で行うのですか」
「わたしは料理ができないから、毎日の食事を弟子達に作ってもらうことにしている。だから何か一品でも得意料理があったら助かるのさ」
……格闘と全く関係ない上におそろしく身勝手な理由ですが、本当にこれで良いのでしょうか。
ほんの少しこのスターさんという方が師匠として相応しいのか心配になってきました。
「ところで美琴ちゃん」
「何でしょう?」
「さっき、わたしのところに電話があったんだけど、近くの街で機関銃を所持した数名の強盗が現れてスーパーで人質をとったみたいなんだ。修行の一環でもあるし、一人で倒しにいってもらえないかな」
「……へ?」
さらりと告げた彼の言葉はわたしを天国から地獄に引きずり落とすのに十分な威力を持っていました。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.7 )
- 日時: 2020/08/10 06:21
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
美琴は人質の命がかかっていることや相手が武装した集団であるなどの理由から彼の依頼にはあまり乗り気ではなかったものの、スターに半ば強引に押し切られる形となり事件現場に赴くことになった。
彼女が新幹線をも遥かに超える超高速の脚力で現場に向かってみると、スーパーでは既に防弾チョッキやシールドで武装を固めた警官隊が周囲を取り囲んでおり、隊長と思しき人物がスピーカーで犯人たちの説得を試みている状況だった。
そのような緊迫した状況下に入ることを民間人である自分が入るのは場違いではないかと思った美琴だったが、同時に自分の力でこの困っている状況を改善できるのなら良いのではないかという考えに至り、勇気をもって警官隊の一人に声をかけてみることにした。
「あの、すみません……」
おずおずと言った調子で切り出す美琴に対し、警官隊の一員である男性は少し苛立った声を上げる。
「君! 民間人がここにいたら危ないから下がっていなさい!」
彼の声に一瞬萎縮した美琴であったがスターが事前に伝えるように指示していた言葉を思い出し、彼に告げた。
「わたしはスター流の者なのですが、この件に協力させてもらえないでしょうか」
すると厳しい表情をしていた警官がその一言で胸をなでおろし、別人のように穏やかな声色で敬礼し。
「これは失礼致しました。スター流の方とは知らずにご無礼を。いつもご苦労様です!」
「……えっ?」
「みんなぁ! スター流の方が来てくださったからもう安心だぞぉ!」
「あの……ど、どうなっているのですか!?」
隊員の大声に胸を撫でおろし、歓声を上げる警官隊達。
その豹変ぶりに困惑する美琴だったが、あれよあれよという間に警官隊に道を開けられ、スーパーの正面入り口の近くに一人で立たされてしまった。警官隊は自分よりもずっと後方にいるため、いわば一孤立された格好となる。
「み、みなさん、どうしちゃったんですか!?」
眉を八の字にしてオロオロとする彼女に対し、警官隊の隊長はシールドに隠れながら右手を突きだしサムズアップをする。
「あとはお任せします! 人質を救出してくださいっ!」
「無理です無茶です! わたしになんかできませんよぉ……」
「スター流の人なんですから大丈夫です! 先日も不動仁王さんが活躍して指名手配犯を一〇人も捕まえてくれたじゃないですか」
美琴はスター流に入門してまだ一日も経っていない。当然ながらそのような話は知る由もないのだが、警察官達の態度からスター流という組織がいかに警察に頼りにされているかということだけは理解できた。彼らの期待を一心に背負う中、美琴は思った。
自分はいかに超人的な力を有していても、肉体的な耐久力という点に関しては一般人と大差はない。機関銃が火を噴けば自分の命は無い。だが皆が期待しているし、スターに恩を返さなければいけない手前でもある。逃げたくても逃げられない状況に置かされてしまった以上は自分にできる全力を尽くすしか道はない。
美琴は怯える自分に言い聞かせ、唇を噛みしめて気合を入れ直す。
そしてゆっくりとではあるが、確実に一歩ずつスーパーの前へと足を進めて行く。スーパーの自動ドアが開くと覆面をした強盗五名がライフルや機関銃を手に、縄で縛られ口にガムテープを貼りつけられた店員達を相手に脅していた。
「早く現金一〇億円持って来い、警察共!」
「妙な動きをしたらテメェらの頭がトマトみてぇにグシャっと吹き飛んでまうが、それでもいいのかよ」
ここで彼らは自動ドアが開く音に反応し後方を見る。
警官が現金を持って入ってきたのかと期待したが、現れたのは黒いロングヘアに白い肌、白い忍者装束に身を包んだ美女だった。
「何だテメェは!?」
「コスプレパーティ会場じゃねぇんだ。買い物をしに来たのか知らねぇが、これが目に入らねぇのかよ」
ライフルを見せびらかし脅す強盗達だったが、美琴の顔色は変わらない。彼女は落ち着いた、けれども凛とした声で訊ねた。
「あなた方はなぜこのようなことをするのですか」
「そんなもん決まっているじゃねぇか。遊ぶ金が欲しいからよ」
「何の遊びに使うのか存じませんが、人を悲しませてお金を得ようとするあなた方の行動を見過ごす訳にはいきません」
「お前のような女が俺達に何ができるって言うんだよ!?」
軽い口調で言った強盗の一人に目にも留まらぬ速さで接近した美琴は彼が所持するライフル銃の砲身を鷲掴みにするなり、バルーンアートでもするかのようにグニャグニャに捻じ曲げてしまった。
その人間離れした怪力の前に彼は怯み、もはや使い物にならなくなった銃を手から離した。
「テメェ、人間じゃねぇな!?」
「強盗などやめて警察に自首をしてください。遊ぶお金に飢えているあなた方の気持ちには同情しますが、やはり強盗はいけないことなのです。今なら罪もいくらか軽くなるでしょうから、罪を償って新しく人生をやり直していただけないでしょうか」
「く、来るなァ、化け物ォ!」
祈るように両手を組み、薄らと涙を浮かべた潤んだ瞳で彼らを見つめる美琴に戦慄した強盗集団のリーダーが機関銃を乱射するものの、美琴は平然とした顔で歩み続ける。
強盗には分からなかった。普通ならば当たれば即死するはずの量を撃ったはずなのに、なぜこの女は傷一つついていないのか?
すると美琴は微かに微笑み。
「あなたの撃った銃弾を全て超高速かつ紙一重で避けているのです。流石のわたしも銃弾が命中すれば命はありませんから」
「う、嘘だ! そんなことあり得るはずがねぇ!」
動揺するリーダーに不安を抱いたのか、仲間達も次々に銃を乱射するがスーパーの壁や窓は割れこそするものの、彼女からは一摘の血も流れない。やがて、引き金を引いてもカチカチという虚しい音が響くばかりになった。
「畜生……弾切れかよッ!」
歯をガチガチと鳴らし滝のように汗を流すリーダー。部下達は次第に距離を縮める彼女に恐怖し、ぺたりと尻餅をつき動けなくなってしまっている。
「こ、腰が抜けた!」
「これは夢だ、フィクションだぁ!」
口々に叫ぶ彼らの真ん前に遂に到着した美琴は、一筋の涙を流し。
「暴力は嫌いなのですが、お許しください」
彼女はリーダーの首に一発の手刀を打ち込んで気絶。
そして他の強盗達にも腹パンを食わらせ失神させると、彼ら五人を右肩に担ぎ、出入り口に向かって歩き出す。そして呆気に取られている人質となっていた店員達に澄んだ口調で言った。
「皆さん、もう大丈夫ですよ」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.8 )
- 日時: 2020/08/10 06:30
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
こんなに大きなおにぎり食べられませんよぉ……
「——キ」
わたしよりも大きなおにぎりで、食べられるか心配でしたが、実際に食べてみますと適度にお塩が効いて美味しいですし、ごはんの食感のふわふわで熱々です。これなら完食できそうです。
でも、こんなに大きなおにぎりをご馳走になってもいいのでしょうか。
しかも周りには誰もおらずわたし一人だけですし。もしもこのおにぎりが巨人の食べ物だったとしたら、わたしは怒られてしまうでしょう。最悪、おにぎりの怨みと称されて食べられてしまうかもしれません。
ううっ……その時は誠心誠意謝るしかありませんっ!
真実が何かはわかりませんが、このおにぎりを食べ終えて人生が終わるのでしたら、それはそれで本望と言えるのかもしれません。
「——キ」
あれ?
遠くで何か声がします。
小鳥さんの鳴き声でしょうか。
聞き耳を立てていますと「ガキ、ガキ」と鳴いています。ちょっと可笑しな鳴き声ですね。わたしは小鳥さんというのはどの鳥さんも高くて可愛らしい声ばかりだと思っていたのですが、どうやらこの小鳥さんは低く唸るような声を発しています。まるでライオンさんのようなどう猛さです。
……小鳥さんの声も気にはなりますが、わたしは目の前にあるおにぎりとの勝負が残っています。完食されるか完食するかの人生を懸けた闘いの最中なのです。小鳥さんには申し訳ありませんが、あなたの鳴き声を聞くのはまた今度にしてもよろしいでしょうか——
その時、何もないはずの頭部に強烈な痛みを感じました。
「ガキ! 起きろ〜ッ!」
目を覚ましますと、目の前には不動さんの顔があり、先ほどまであった巨大おにぎりは姿形もありません。ということは、あれは夢だったのでしょうか。
机を見てみますと、涎で小さな水たまりができています。どうやら机に突っ伏して眠っていたようです。慌ててハンカチで涎を拭いて顔を上げました。
すると不動さんが睨みを利かせて拳をポキポキ。
「ガキ、お前は大物だよ」
「えっ? そうなんですか!?褒められると嬉しいです!」
「俺の指導中に堂々と寝るとはいい度胸だッ」
「〜ッ! な、何するんですかぁ〜!」
振り下ろされた彼の拳骨がわたしの頭に命中します。痛さのあまり涙が出てきますが眠ってしまったわたしの落ち度ですから、まずは謝らないといけません。
「不動さん、申し訳ありません……」
「反省しているのなら許してやる。では、気を取り直して『スター流の起源』の講義を再開するとしよう」
強盗集団を退け、人質を救出してから一か月が経ち、本格的なスター流の修行が幕を開けました。修行と言っても高校の授業のように時間割が組み込まれ、それに沿って修行を進めていきます。
朝のラジオ体操に始まり、『スター流の起源』『悪から学ぶ』『トレーニング』『スパーリング』の四つの講義からなっています。スターさんから直接教わるのではなく、彼のお弟子さんの中でも最高クラスの実力を誇ると言われる不動さん、ジャドウさん、カイザーさんの三名が先生となってわたしに指導をしています。とはいえ、そのうちのカイザーさんは一度もわたしの前に現れたことがなく、実質不動さんとジャドウさんの二名から教わっている状態です。『スター流の起源』はその名の通り、スター流の創設から現在までを学ぶものです。使用しているのはスターさんの自伝で「一億年もの間、宇宙人の大軍を相手にたった一人で闘った」「プロレスの無敗チャンピオンとして君臨し続けた後、表舞台から姿を消した」という風な冗談としか思えないような歴史を学ぶものなのですが、不動さんも師匠の活躍ばかりを読むのは苦痛なのか、時折自らの戦歴を雄弁に語ってくれます。ですが、話を聞くだけの講義ということもあり、とにかく眠いです。『悪から学ぶ』は自らを「悪」と称するジャドウさんが歴史上の悪人やあらゆる犯罪、そしてプロレスにおける反則技を指導する講義です。
基本棒読みの不動さんとは違って仰々しく古風な口調で語るジャドウさんの話は魅力的で面白いのですが、たまに「自分の弟子にならないか」と誘ってくるのが玉に瑕です。李さんの話によるとジャドウさんの語る悪の魅力に惹きつけられて彼の弟子となった末に、悪の道を進んでスター流を裏切った者が何人かいるそうです。その為、彼の話術にかからないように注意しながら聞く必要があります。
『トレーニング』はその名の通り自分の身体を鍛えることを目的としており、主に魔の六階コースをさせられます。
わたしが超人的な身体能力を有していると言いましても、針山や血の池など地獄めぐりとしか表現しようのないコースを最後までやり切るのは全力を出しても相当にしんどく、途中で倒れてばかりで一度もやり切れていません。
最後の『スパーリング』は実戦を兼ねた練習試合です。きついトレーニングの後にこれが行われるのですから、へとへとのボロボロで、毎回のように不動さんやジャドウさんにまるで楽しんでいるかのような態度でボコボコにされます。顔は腫れあがり、口からは頻繁に流血しますし、体はあざだらけになります。特にジャドウさんはわたしの悲鳴や呻き声を聞きますと余計に苛烈な攻撃を仕掛けてきますので性質が悪いです。
ですがこれほど過酷な修行の日々を逃げ出さずに続けられるのには楽しみがあるからなのです。その楽しみとは、授業が全て終わったあとに入る温泉。
ホテルのような広い温泉を一人で使えるのはとても快感です。
もっとも現在のところ修行中の門下生がわたししかいないからなのですが。
そしてこの日、事件は温泉浴場で起こったのです。
この日、授業で疲れたわたしはいつものように温泉浴場へ向かいました。
脱衣場でお洋服を脱いで、浴場へとあしを踏み入れますと先客がいたのです。
普段はわたししかいないはずなので、先客がいるというのもおかしな話なのですが、とにかくその方はいました。
赤い髪を腰まで伸ばした背の高い人です。細い腕にくびれもあって、その後ろ姿はさながらモデルのようです。
しかし、このスター流道場に赤い髪を持つ人は——李さんです。
彼の名が浮かんだわたしはハッとしました。
な、なぜ李さんが女子用の浴場にいるのでしょうか!?
ま、まさか間違えて入ったのでは……
いえ、もしかするとわたしが間違えて男子浴場に入ってしまったのかもしれません。疲れで目が霞んでしまったので間違えるのも頷けます。
何にせよ、この一糸まとわぬ恥ずかしい姿を見られてしまったら、わたしは恥ずかしさのあまり、その場で息絶えてしまう自信があります。
こ、この場は三十六計逃げるが勝ちです!
慌てて長タオルを身体に巻き付け脱衣場に猛ダッシュしようとした、その時。
「美琴さん?」
どうしましょう。気づかれてしましました。
「何でしょうか」
一応返事をしますと、李さんは背後からわたしの肩に手を置いて。
「こっちを見てよ」
「でも……」
「いいから!」
李さんが強引にわたしの身体を反転させます。李さんは仮にも男の子なので、その一糸まとわぬ姿を見る訳にはいきません。なので瞼を閉じていたのですが、やがてそれも耐えられなくなり、遂に目を開けてしまいました。すると、わたしの目に飛び込んできたのはふっくらと膨らんだ二つのお胸でした。男の子はこれほどふっくらとしたお胸を持っているものなのでしょうか。
念の為に彼の下半身を確認してみたわたしは、衝撃の事実に気づいてしまったのです!
「李さんって女の子だったんですか!?」
「黙っていてごめんね」
頭を掻きながら謝る李さん。
正直このスター流道場に女の子はわたしだけかと思っていましたが、同性が他にもいて嬉しい限りです。これで彼女が女湯にいた理由もわかりました。
でも、その結果としてわたしの初恋は失恋に終わってしまいそうです……
同性ということもあり、わたしは彼女と並んで温かな温泉に浸かります。身体の芯まで温まるお湯に浸かり、湯気に当たっていますと地獄のような特訓の疲れが吹き飛んでいきます。
気持ち良くなっていますと、李さんが口を開きました。
「私が入門する前はスター流は女子は入門できなかったんだ」
「そうなんですか?」
「当時、スターさんは無類の美少年好きで美少年でないと入門できないという掟があったんだよ。でも、私はどうしてもスター流に入りたかった。幸いな事に背の高さや顔立ちからスターさんに女性的な美少年に間違えられて、私を気に入ってくれたこともあって入門することができたんだ。一人称も『私』から『僕』に変えたりして、なるべく女であることをバレないようにしていたんだけど、ジャドウさんにバレてしまってね。彼の手で破門されそうになったんだ」
「そ、それでどうなったんですか!?」
わたしが続きを催促しますと彼女は頷き、少し間を置いて話を再開しました。
「その時、私の指導をしてくれていたのがカイザーさんで、彼が私を庇ってくれたことによって私は破門を免れ、スターさんも女子も入門しても良いと許可を出してくれたんだ。あの時は本当に嬉しかった」
よく見ると李さんの身体には腕やお腹など沢山の痛々しい傷跡がありました。今までは中華風の拳法服に覆われて彼女の素肌を見たことがなかったものですから、こうして間近で見ますと、これまで彼女がいかに過酷な修行に耐えてきたかがよくわかります。
温泉に浸かりながら彼女の話を聞いてみますとこれまで気がかりだった様々な謎が解けました。
まず、スター流は世界中の警察機関や軍隊と協力関係を結んでおり、彼らが手に負えないような凶悪な犯罪者や侵略者、獰猛な野生動物などから彼らに代わって闘い人々を守るのが主な仕事だそうです。状況や相手によっては殺害することも世界的に許可されており、例え何千人も命を奪おうとも罪に問われることは無いのだとか。
考えてみればあまりにも恐ろしい権力超越団体ではあり、仮にスター流が世界征服などを目論んだ場合、この世は恐ろしいことになりそうです。
彼女の師匠格を務めていたカイザーさんはスターさんの弟子の中でも最強の実力者で、スター流の門下生を集めて結成したヒーロー団体「太陽天使隊」の隊長をしているとのことです。ですが、普段は故郷のフランスでレストランを営んで商売繁盛しているせいか、中々スター流に顔を見せることはないとのことでした。
「あの、李さんはわたしを追いかけてきた忍者さん達についてご存知ありませんか」
わたしは入門するまでのいきさつを彼女に話しますと、彼女は急に歯をギリッと噛みしめ、震える手で握り拳を作りました。
「奴らは美琴さんにまで手を出してきたというのか!」
怒りのこもった拳で彼女が温泉のお湯を叩きますと、水が噴水のように跳ね上がりました。
「李さんは彼らのことをご存じなのですか」
「勿論知っているよ。いや、忘れる訳はないと言った方が適切かな。彼らは、私の家族を私を除いて皆殺しにした憎き敵なのだからね」
「家族を皆殺しに……!?」
「奴ら——暗黒星団は目的の為なら手段を選ばないのさ」
「暗黒星団?」
「スター流と対を成す、世界征服を企む武闘派集団だよ。その目的達成の足掛かりとなる強力な能力者を得る為なら、何だってする外道の集まりなんだ」
わたしを襲った者の正体が暗黒星団という組織であることはわかりましたが、能力者というのがどうもわかりません。
彼女に訊ねようとしますと、突然、恩戦場の天井付近に設置されているスピーカーから声が発せられました。
「……美琴ちゃんと李ちゃんの入浴姿は最高だねえ」
声はスターさんのものです。彼はわたし達が入浴しているのを知っているのでしょうか。しかも口振りから察するにわたし達のお風呂を除いている可能性も……?
疑念を抱きスピーカーを睨みますと、続きが聞こえてきました。
「しまった。つい本音が漏れてしまった……わたしが言いたいのはそうではなくて。
スターコンツェルンビルにいるスター流の門下生諸君!
とても大事なお話があるから、至急、会長室に集まりたまえ!」
本心がただ漏れなのが気にはなりますが、大事な話と言うのは何でしょうか。
彼の指示を聞いたわたし達は急いで温泉を出て服を着替えて、会長室に向かいます。中に入りますと、スターさんの机の前には不動さんとジャドウさんの姿がありました。軽く会釈をして李さんの隣に並びます。すると窓の外から外の景色を眺めていたスターさんが振り返り、とんでもない事を口にしたのです。
「暗黒星団の配下である忍者部隊が千人ほどこの街に攻め込んでくるから、君達四人で迎え撃ってくれないかな」