複雑・ファジー小説
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- 攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
- 日時: 2019/09/12 17:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
1年ぶりの新作です。
生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?
※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。
出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6
修行編
>>7>>8>>9>>10
李編
>>11>>12>>13>>14
ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22
カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41
ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47
メープル編
>>48>>49>>50>>51
最終決戦編
>>52>>53
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.19 )
- 日時: 2018/09/07 15:53
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
信じられません。わたしは夢でも見ているのでしょうか。それとも、目の錯覚でしょうか。目を擦ってもう一度不動さんの姿を見てみますが、彼の姿は先ほどとは明らかに変わっています。腰まで伸ばしている光沢のある茶色い髪は真っ白になり、極限まで鍛え上げられた筋肉の鎧は骸骨のようにガリガリに痩せています。一体、彼の身に何が起きたのでしょうか。わたしは隣でクロワッサンをムシャムシャと食べているスターさんに訊ねます。
「スターさん」
「美琴ちゃん、どうしたの?君もわたしのクロワッサンが食べたいのかな。それなら、一つ分けてあげよう」
クロワッサンをポンとわたしの手にのせるスターさん。まだ焼き立てなのでしょうか。掌に熱さが伝わり、湯気が噴き出しているのがわかります。バターの良い匂いがわたしの鼻を掠めます。この匂いを嗅いでいるだけで、お腹が鳴りそうです。
「って、そんなことじゃありません! スターさん、不動さんを見てください!」
危ないところでした。食べ物の誘惑に連れて本題を忘れるところでした。改めてリング上で闘っている不動さんの指差し、彼に言いました。
「悠長にクロワッサンを食べている場合ではありませんよ。スターさんは不動さんの身体に起きた変化を見ても、何も感じないのですか!?」
「弱体化だろう? 相手がムースなら起きるべくして起きたことだよ」
それだけ言って、視線をクロワッサンの袋へと戻します。これでは永久に話になりませんので、彼から強引に袋を奪い取りました。
「美琴ちゃん、袋を返したまえ」
「不動さんの弱体化について説明してくれるのでしたらいいですよ」
「背に腹は代えられないようだね。わかったよ」
スターさんはため息を一つ付くと、真剣な表情になりリングを見つめ、説明をしました。
彼の説明をまとめますと。
一 不動さんの髪は強さのバロメータであり、通常が茶色。白くなればなるほど弱体化している証拠。同時に筋力も低下し、現在は通常の一〇〇分の一の力も発揮できていない。
二 不動さんはとある経緯から女性に攻撃をすることができない体質になっており、それに逆らうと身体機能が急激に低下する。
三 その特異体質のせいで女性には一度も勝利をしたことがない。一方で男子相手には自他共に認める無敗であり、スター流の弟子の中でも二番目に強い力を持つ。
彼の説明である程度は理解できましたが、腑に落ちないことが一つだけあります。それは、わたしも一応女子なのですから、攻撃ができないはずです。それにも関わらず彼はスパーリングで幾度となくわたしに完勝し、弱体化の様子も見られませんでした。これは一体どういうことなのでしょうか。
説明してもらった約束として袋を返しますとスターさんはにんまりと笑って。
「それはきっと、君を女性として意識していないからだろうねえ。彼は君を教え子だと思っている。性別云々の前に教え子であるという意識が先にくるから、君を女性として気にしてはいないということになる」
「喜んでいいのか、悲しんでいいのか、何だかよくわかりません……」
「だろうねえ。でもわたしは君のことを可憐な女の子と思っているから安心しておくれ」
「そう、ですか……」
「まあ、気にすることはないよ。彼にとってはそれが当たり前なのだから。それより今大事なのは、いかにしてこの劣勢を覆すかだよね」
スターさんに言われリングに目を戻しますと、相変わらず不動さんは一方的にムースさんの蹴りを受け続けています。何度も攻撃を食らい、右に左に身体を傾かせていた彼ですが、ついに何発目かのドロップキックを受けて、ダウンをしてしまいました。両手を突いて立ち上がってきますが、目も半分虚ろで大量の汗を全身から流して疲弊しきっている姿はとても同一人物とは思えません。スターさんは腕を組み、ほんの少しこの状況を打破する方法を考えていましたが、やがて腕組をやめると、手をメガホン代わりにして不動さんに声をかけました。
「不動君、この試合、どうするかね?
ギブアップして、美琴ちゃんに譲った方がいいんじゃないかな」
すると不動さんはギロリとスターさんを睨み。
「馬鹿を言うな。俺がこんなところで負けてたまるか」
「でも、君はボロボロじゃないか。素直に負けを認めて棄権した方が安全ではあると思うけど」
珍しく真っ当なことを口にするスターさん。ですがその顔には満面の笑みが張り付いています。どう見ても人を心配するような表情ではありません、それどころかこの状況を楽しんでいるようにも見えるのです。余裕の表れでしょうか。それともこのやりとり自体が作戦なのでしょうか。
思案していますと、再びムースさんが飛び蹴りを見舞ってきました。
それを避けようともせず、仁王立ちをしたまま動こうとしない不動さん。まさか受けて立つつもりなのでしょうか。すると、飛んできた足を両手でしっかりとキャッチし、そのまま彼女を力を振り絞るように持ち上げ、マットに叩きつけました。
「生温い攻撃だな、ゴミクズ。もっと本気で攻撃を仕掛けてこい!」
「後悔しても知りませんですわよ、不動様」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.20 )
- 日時: 2018/09/07 15:57
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
ムースはニヤリと笑うと指を鳴らし、不動の頭部に頭蓋骨粉砕機を出現させる。ヘルメットに似た粉砕機を装着させると自動でネジを締めていく。どんどんネジの締め付けが強くなる装置を前にムースは手を口に当てて高らかに笑う。
「不動様、頭蓋骨粉砕機のお味はいかがでしょうか」
「下らぬな。俺からすれば少々締め付けが足りぬように思えるが」
「冷や汗を流しながらもこのような軽口が叩けるとは大したものですわ。でも、もうじきそのようなことは言えなくなりますわよ」
白髪で衰弱した不動ならば効果はてきめんであるとムースは睨んでいた。しかしながら、どれほど締め付けを強化しても、不動は呻き声ひとつ漏らさない。
「本当に強情な方ですわね。先ほどスター様もギブアップを勧めていましたわ。お師匠様の指示に従って、素直に敗北を認めたらいかがです?
もっとも、ギブアップしたところでわたくしが拷問を止めることはありませんが」
「……ゴミクズ。お前に一つだけ感謝したいことがある」
「藪から棒に何ですの?」
「俺の怒りを極限まで高めてくれて、礼を言う!」
「なっ……」
ニィッと口角を上げた不動の眉間には深い縦皺が刻まれ、猛禽類の如き目は血走り、やせ細っていた身体は肌艶の良い筋肉隆々の体躯に変わっていく。盛り上がる彼の筋肉が木製の両手での拘束具を粉砕し、続いて頭部のヘルメットが装置ごと、崩れ去る。頭蓋骨粉砕機から自由になった不動は腰に手を当て。
「さあ、次はどんな拷問を出す?」
「これはいかがでしょう」
続いて不動を拘束したのは電気椅子だった。電流が不動の全身を駆け巡るが不動は悲鳴ひとつ発しない。
「不動様、一〇〇万ボルトの電流の前ではさすがのあなたも参ってしまうでしょう」
青白い電流はリング全体に放出されており、ムース自身も感電しないように傘でガードしている。やがて、全ての電気を放出しきった椅子には首を垂れた不動の姿があった。
「しぶとい方でしたわ。最後の最後まで悲鳴を聞くことはできませんでしたけれど、これはこれで中々楽しい玩具でしたよ」
彼女は傘を閉じ、踵を返す。
「……誰が玩具だって?」
「まさか! あの電撃で生きている訳が——」
振り返ろうとした彼女を、巨大な両手が鷲掴みにする。
両頬を掴まれ言葉を発せないムースに不動は顔を近づけ。
「俺の身体は火傷ひとつしてはいない。確認を怠ったのはお前も同じのようだな」
不動の顔面を殴って逃れたムースは、肩で呼吸をする。彼女の能力は拷問器具を生み出す能力だが、それには少なからず集中力想像力、そして体力を使う必要が出てくる。
戦闘という極限の場において多用するには不向きであり、その性質上、相手の絶命には時間を有する。不動のように並外れた耐久力を誇る相手にはその特性が裏目に出てしまうのだ。頭蓋骨粉砕機でもダメ、電気椅子も効果無し。追い詰められたムースは、奥の手を発動することにした。
「不動様、次がわたくしのラストの攻撃になりますわ」
「ほほう。だが、俺はお前に最後の技を放たせるほど甘くはないのでな。先手必勝させてもらうぞッ!」
勢いよく突進した不動は、タックルで相手を上空高く吹き飛ばす。そして自らもそれを追って舞い上がった。彼の動きを見ていたスターは美琴に微笑み。
「見ていてごらん。不動君の最強必殺技が出るよ」
「不動さんの最強必殺技……?」
上を見上げると両者は上空でピタリと停止していた。不動は素早くムースの背後をとり、バックドロップのを仕掛ける。
「往生させてやるッ!」
そのままの体勢で超高速で落下していき、ムースの脳天をキャンバスに衝突させた。
「スター流超奥義がひとつ、不動倶利伽羅(ドロップ)!」
不動の勇ましい技名を叫ぶ声が聞こえ、衝突により生じた煙が晴れていく。すると、そこに立っていたのは弱体化し貧相な体格となった不動だった。技を解かれたムースはゆっくりと立ち上がり、傘の先端で背後から彼を小突く。すると不動はゴロゴロと転がり、鉄柵の手前で停止する。立ち上がろうと試みるが、疲労が大きく尻餅をついてしまった。
目に残虐な光を宿したムースは口に手をあてたあざとい笑いをしながら言った。
「惜しかったですわね。あの一歩でわたくしを倒せましたのに。あなたは怒りで身体能力を強化する術を持っています。ですが、それはあくまで一時的。タイムリミットが訪れれば、これまでの疲労やダメージが全て己に返ってくる諸刃の剣……」
「正解だが、俺が試合を放棄すると思うな」
「当然ですわよ。わたくしにはまだ最後の大技が残っているのですから」
ムースが手を不動に向け、指を鳴らそうとしたその時。美琴が言った。
「不動さん、ギブアップしてください! その体ではもう闘えません!」
「断る」
「何故……どうしてなのです?」
「決まっているだろう。李やお前の見ている前で、惨めな姿はさらせられないからだ。命ある限り闘い続け、この身が犠牲になろうとも、このゴミだけは往生させなければならん! それが俺の責任だ!」
背を向け啖呵を切る不動が美琴にはとても頼もしく見えた。これまでなぜこれほど痛い思いをしても棄権しないのかわからなかった。だが、今ならわかる。彼は身をもってスター流の門下生とはどうあるべきかをわたし達に教えている。いつも短気で自分のことを「ガキ」としか呼ばない不動仁王。性格的には色々と問題のある人だとは思うが、こうして敵に立ち向かう姿はとても誇らしい。それだけに彼をこの試合で死なせるわけにはいかない。何としても助けなければならない。彼はこの世界にとってもスター流にとっても、そして何よりわたしにとっても大切な人なのだから。
方法はこれしかない。
意を決した美琴はスターに悟られないような口調で訊ねた。
「スターさん、不動さんの汗すごいと思いませんか」
言われてみれば不動の背には滝のように大量の汗が流れている。
「確かにすごい汗だね」
「彼の汗を拭いてあげたいのですが、どうすればいいのでしょうか」
「リングに入るわけにはいかないからねえ。あっ、そう言えば、ここにいいものがあるよ」
彼が笑顔で差し出したのは一枚の赤いタオルだった。
「これをリングに投げ入れたらいい。きっと不動君は喜ぶだろうから」
「ありがとうございます」
礼を言ってタオルを受け取ると、それを思いきり放り投げる。
「不動さん、受け取ってください!」
投げられたタオルは鉄柵を通過し、リングの中へと入る。そしてふわふわと軽く舞いながら、対峙している二人の間に落下していく。タオルの存在を確認した両者は互いに動きを止め、落下するタオルを目で追った。そしてマットにタオルが触れた瞬間。試合終了を告げるゴングが高らかに鳴り響いた。
「ガキ、何故あのような真似をした!」
試合終了後、不動は美琴の行いを許すことができず彼女を問い詰める。
美琴は少しの間俯いていたものの、やがて顔を上げて言った。
「不動さんの汗を拭きたかったんです」
「俺の汗だと」
「はい。試合中の不動さんの背中には大量の汗が流れていました。それが見ていて気になって……タオルで拭いてもらえたら試合もしやすくなるだろうって思ったんです」
「お前はタオルを投げ入れたら判定負けになることを知らなかったのか!」
「……はい」
「俺はまだまだ奴と戦えたというのに、折角の機会を不意にするとは、何というガキだ」
「……本当に、申し訳ありません」
美琴は思った。
ごめんなさい。あなたを止めるには、これしか方法がなかった。あのまま試合を続けていたら、彼はムースに命を奪われていたかもしれない。でも、単に試合を止めたのでは、彼の奮闘に泥を塗ってしまうかもしれない。だからこそ真意を悟られないようにミスに見せかける必要があった。彼はこの事実を知らない。いや、知る必要は無い。彼は何も悪くはない。悪いのはわたし。仲間に隠し事をしてまで試合を止めたのだから、怒られるのは当然のことだ。
頭を下げる美琴に仁王立ちで不満を露わにする不動。そんな両者の間にスターが割って入った。
「不動君、美琴ちゃんも悪気がなかったんだし、許してあげたらどうかな」
「だが、このガキの下らぬミスのせいで、俺はあのゴミクズに勝ち星を譲る羽目になってしまった。これが怒らずにいられるか」
「不動君。あのまま試合を続けていても、勝機が無かったことぐらい君にもわかっているはずだ」
「しかし——」
「あのタイミングで美琴ちゃんがタオルを投げ入れてくれたから、君は命を救われた。気持ちはわかるが、ここは美琴ちゃんに感謝するべきだよ」
いつもの朗らかな声とは違う、冷静で厳格な師の一言に、不動は言葉を飲み込む。
そして美琴に頭を下げ。
「ありがとう」
その様子を見たスターはにこにことした顔に戻り。
「よく言えたね不動君。実に偉い!」
「俺にだって礼ぐらいは言える」
不動に礼を言われ美琴は自分の心に温かみを覚えた。スターは彼女の耳に顔を近づけ囁く。
「君の判断は正解だった」
「知っていたのですか!?」
「さあ、どうだろうね」
「お前達、何をコソコソ言っている?」
「何でもない(です)」
二人が不動の疑問を誤魔化した時、リング内からムースがマイクを持って彼らに声をかけた。
「わたくしの次の対戦相手はどなたですか?」
「わたしです!」
美琴は真っ直ぐにムースを見つめる。人を玩具と称し命を奪うことに何の躊躇いもない少女。良心の欠片もない、あるのは底知れぬ悲鳴と鮮血に対する快感だけという人の皮を被った悪魔のような存在。彼女を野放しにするわけにはいかない。多くの仲間を傷つけ利用する彼女は自分が改心させなければならない。それが敗北した不動さんに対するせめてもの償いでもあり、スターに対する恩返しにもなる。
「あなたはわたしが倒します」
怯えも恐れもなく、はきはきと言い切る美琴に観客席からは大歓声があがる。百戦錬磨の不動に土を付けたムースの相手は今回がデビュー戦となる謎の美女、美琴。
素性が一切不明の未知の強豪の参戦に会場の盛り上がりは最高潮に達した。
連戦ということもあり、ダメージを負ったムースの疲労回復のために一〇分のインターバルが与えられた。
当然ながらその間は、李の時限爆弾の時も停止されている。不動は試合開始二〇分でTKOに終わったので、残り時間は四〇分。一見すると多いように見えるが、時が過ぎるのは早い。美琴はこの短時間で不動を破った強敵を倒さなければならないのだ。
インターバルが終了し、美琴はリングに入る。格闘の構えをとり、相手を見つめる。刻一刻と迫る時間。この試合で何としても勝利し李を救いたい。美琴にとっては初めてとなるこの試合で、彼女は結果を残せるのだろうか。
運命のゴングが打ち鳴らされた。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.21 )
- 日時: 2018/09/08 08:37
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
試合開始直後、ムースはいきなり美琴に突進し、彼女の右腕を掴んでロープへと振った。正面からロープに当たった美琴はその反動で返ってくる。ムースは隙を逃さず背後からエルボーを首めがけて叩き込む。
だが、そのエルボーは空振りに終わる。エルボーの気配に気づいた美琴が屈んで躱したからだ。
屈んだ相手に鉄拳を見舞うが、命中したのは白いマットだ。
美琴はパンチを倒立で躱すと同時に素早くムースの首を両足で挟み込み、コーナーポストの鉄柱へと勢いよく放り投げる。咄嗟の反撃に対応が遅れたムースはまともに鉄柱と衝突。額が割れ、血が噴き出す。彼女は愛用の白ハンカチで血を噴くとゆっくりと立ち上がり。
「少しはやるようですわね。痛めつけ甲斐がありそうですわ」
「ムースさん。わたしがあなたに勝つことができたら、地獄監獄へと戻っていただけますか?」
「そうしたいのでしたらわたくしを心身共に完全敗北させるしかありませんわね。もっとも、あなたのお力では不可能だとは思いますけれど」
「……やってみなければわからないこともあります」
「既に結果は見えていますわ。圧倒的な実力差でわたくしが勝利すると!」
ムースはタックルを敢行するがそれを飛び越えられてしまう。だが、すぐさま裏拳で反撃に出た。美琴は反転して右腕でキャッチし、片腕の力だけでムースをマットに叩き付ける。二度、三度と投げつけたところで手を離すと、ムースはケロリとした表情で立ち上がってきた。
「そのような投げ技、痛くも痒くもありませんわよ」
美琴の頸動脈を狙い左右で手刀を放つが、またも掴まれてしまう。
「打撃を受け止めるのがお上手ですこと。でも、この攻撃は無理でしょう」
両腕の自由を奪われた体勢で、足を思いきり引いてバネのように一気に解放する。両足を揃えた蹴りは美琴の腹に命中したかのように見えたが、紙一重で美琴はムースの両腕を離し後ろに飛びのいた。鉄柵にぶつからないように足でブレーキをかけ急停止をする。両者は暫し動きと止め、相手の出方を伺うことにした。その様子を特別席から眺めていたスターがポツリと呟く。
「消極的だね……」
そして隣を見てみるが、そこに不動の姿は無い。
「いつの間に病院に行ったのだろうか。それにしても一人で試合を見ていると話し相手もいないし、リアクションする人もいないから、寂しいものだ。そうだ! 電話で彼を呼ぶことにしよう!」
スターは携帯を取り出し、ある人物に電話をかける。そして再びリングに視線を戻した。リングの上では美琴がムースが繰り出す手刀や打撃を全て捌いている。
「来ましたぞ」
不意に背後から声をかけられ、スターが振り返るとそこにはジャドウ=グレイがいた。スターは彼を見るなり肩を叩いて。
「ジャドウ君! 急なお願いにも関わらずよくきてくれた! 一緒に試合を観戦してくれる子がいなくて寂しかったんだよ」
「スター様のご命令なら吾輩はいつ何時でも駆けつけますぞ。ところで、どうですかな、試合の方は」
ジャドウが隣に腰を下ろすと、スターは美琴用にと買っておいたホッドドックを彼に渡し、ため息を吐いて言った。
「美琴ちゃんが消極的過ぎてね。どうも盛り上がりに欠けるんだよ。もっと積極的に攻めて欲しいのだが」
ジャドウはホッドドックからソーセージを抜き取りスターに返すと、含み笑いをして。
「成程。先ほどから全ての攻撃を捌いておりますな。まるで自分に攻撃が命中するのを恐れているかのように」
「そうなんだよ。今の彼女には攻撃を食らっても攻めてやるという意志を感じない。素質的には申し分ないものを持っているはずなんだけど……」
「まあ、仕方がないでしょうなあ。
彼女の得た新たなる能力を使用しないためにはそれが最善の策と言えますからな」
するとスターは目を丸くして。
「アレ? ジャドウ君、何でわたしが美琴ちゃんに超人キャンディーをあげたことを知っているの? あの事を知るのはわたしと彼女だけなのに」
痛いところを突かれたジャドウは一筋の冷や汗を流し、こほんと咳をして。
「勘ですよ」
スターはムースの打撃を受け流す美琴に両手をメガホン代わりにして助言を与えた。
「美琴ちゃん、攻撃は最大の防御だよ」
「わかりました!」
美琴は返事をするなり、受けの姿勢から攻めに転ずる。ムースの手刀を受け流しつつ、彼女の顔面に鋭いストレートを見舞う。
「が……っ!?」
顔面を打たれ、整った鼻から血を流すムース。彼女は突然の反撃に僅かながら動きが鈍った。その隙を逃さず美琴は背後に回り、彼女の腰を掴んで高々と抱え上げ、突き立てた膝に尻を打ち付ける。尾てい骨砕きを食らって前のめりに倒れ込む相手を再度捉えると、今度はパイルドライバーで脳天をマットにめり込ませる。串刺しになった彼女の両足を掴んで引き起こし、両足を脇に挟んでジャイアントスィングで勢いよく鉄柵に放り投げた。
背中から鉄柵に激突するムースの身体に電流が走るが、美琴は追撃の手を緩めない。真っ直ぐムースにジャンプをして彼女の首を片手で掴むとマットへ投げつける。仰向けに倒れたところで踏みつけを浴びせる。腹を思いきり踏みつけ、ムースの口からは唾が吐き出される。
痛みのあまり悶絶し七転八倒する彼女を暫し攻撃の手を休め、じっと見つめる美琴。辛うじて立ち上がってきたムースであるが、彼女は肩で荒い息をしていた。
「さ、先ほどまではやる気の欠片も見せていなかったようですが、どうやらスイッチが入ったようですね」
「スターさんの言葉を聞いて目が覚めたのです」
「そうですか。あの方も余計なことを吹き込んだものですわね。でも、これでやっとわたくしもそれなりに本腰を入れて闘えるというものです」
美琴はスターやジャドウの見立て通り、能力の使用を極端なまでに恐れていた。あまりに強大な力で制御が効かないので万が一攻撃を跳ね返してしまったらムースの命を奪ってしまうのではないかと考えたのだ。そこで彼女は攻撃を躱し受け流すという選択を取っていたのだが、スターに言われて別の策もあることに気づいたのだ。それは、先手必勝。相手が攻撃をするまえにこちらが先に攻撃を加えれば相手の動きも封じることができるし、能力も使用することはない。それに、自分の力だけで相手を倒すことができるのだ。危険過ぎる力を使うより、確実に相手の命を守ることができる。スターの助言の真意を悟った美琴は、先ほどの消極的な態度が嘘のように果敢に相手に向かっていく。
ムースが放ってきたラリアートをかいくぐり、下から顎に掌底を浴びせて怯ませると、そこから両足で頭を挟んでマットに寝かせると、素早く右手をとって腕関節に入る。
普通は両手を組んで腕を伸ばされないように防ぐものだが、素早い動きにムースは対処することができず、腕ひしぎを完全に極められてしまう。極められてしまえば腕ひしぎは外すことは不可能に近い。
そのため、美琴はムースにギブアップを要求した。心優しい彼女としては当然の話であった。リングの中央でかけられているのでロープに足をかけてブレークをすることもできない。
「ムースさん、お願いです! ギブアップしてください!」
「答えはノーですわ。誰があなたのお願いなど聞くものですか。玩具の分際で小生意気ですわよ」
「このままでは腕が折れてしまいます! わたしはあなたの腕を折りたくはありません!」
ムースは顔を青くしてしきりに首を振っていたが、やがてその瞳に薄らと涙を浮かべ。
「痛い……苦しいですわ……」
強気な態度とは異なる弱々しい小さな声と瞳から流れる涙に、美琴は心が抉られる思いを覚えた。
自分がここまで彼女を痛めつけてもいいのだろうか。確かに彼女は数多くの人の命を奪ってきた。
だが、だからと言って腕を折るのはやりすぎではないだろうか。
そのような迷いとムースの涙にこれ以上彼女の腕を痛めつける気にはなれず、十字固めを解いてしまった。立ち上がる両者。ムースは顔をくしゃくしゃにして泣いている。
そして両手で顔を覆ってしまった。
泣き顔を見られたくないのだろうと判断したが、美琴は彼女に近づき、優しく微笑むと白いハンカチを差し出した。
「もう痛いのは終わりですよ。もし良かったらこれで涙を拭いてください」
「感謝ですわ」
差し出されたハンカチを強引に奪い、両手を開けるムース。その顔は泣き顔ではなく残虐な笑みが貼り付いていた。
「……あなたの人を疑わないおバカさん加減にね!」
真っ直ぐ放たれた拳は全くの不意だったこともあり、美琴に命中。
立て続けに腹を殴ってダウンをとると、これまでのお返しとばかりに美琴にマシンガンキックを打ち込む。激しい蹴りで全身を蹴られまくりながらも、美琴は訴える。
「ムースさん、どうしてこんなことを……」
「どうしてですって? 決まっていますわ。あなたはわたくしに騙されたのですわよ。それにも気づかないなんて、なんておバカさんなのでしょう。大体、このわたくしが感謝するとでも思いました? 残念ですわね。わたくしはあなた如き玩具に流す涙も礼の言葉もありませんわ。玩具は玩具らしく、わたくしを楽しませ派手に壊れればそれでいいのですわ!」
高笑いをしながら滅多蹴りにするムースと騙された悔しさと悲しさで唇を噛みしめ大粒の涙を流す美琴。両者をリングの外から眺めていたジャドウは口元に微かな笑みを浮かべた。
「スター様、美琴は惜しいですな。九分九厘までムースを追い詰めておきながら甘さが原因で反撃を許すとは、片腹痛いですな」
「いや、そうとも言い切れないよ。見てごらん」
スターが指を差した方を見ると、攻撃を食らっている美琴に付いた衣服の傷がみるみるうちに修復されてきている。
「まさか……コレは!」
大きく目を見開き驚嘆するジャドウにスターは千円札を渡し。
「そういうこと。試合の結果は見えたも同然だから、ラーメン屋さんで美味しい塩ラーメンを買ってきてくれたまえ」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.22 )
- 日時: 2018/09/09 07:20
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
ムースは美琴がどのような能力を有しているかは全く知らなかったが、相手の身体に突如として起きた謎の発光現象に警戒し、攻撃を止める。刹那、彼女の周りが薄暗くなる。
大きな影ができているのだ。
「影? 飛行機でも飛んでいるのでしょうか」
ふと空を見上げると、青い空から光のオーラで生成された黄金の巨大な足の裏が自分に迫ってくるのに気づいた。大きさからしてとても逃げられるようなものではない。
「な、何なのですの、コレは!?」
突如として振ってきた巨大な足の存在にムースはひきつった笑みを浮かべることしかできない。そして、巨大な足は彼女を容赦なく、幾度も踏みつける。
「ギャアアアアアアッ!」
不動、そして美琴戦と連戦してきたムースがはじめて上げる絶叫。
これまで苦痛を与える側だった自分が生まれて初めて耐えられないほどの痛みを与えられたのだ。その衝撃は彼女にとって計り知れないものがあった。防御力の高いコルセットのおかげで致命傷はどうにか防ぐことができたものの、口から血を吐き、足は微かに震えている。
「何だったのですか、今のは……」
微かに呟き顔を上げると、先ほどまで倒れていた美琴が起き上がっていた。見ると、彼女に付いていたはずの服の埃や傷が消えてなくなっている。服だけではなく、彼女自身も息一つ乱しておらず、ムースの目には彼女が先ほどまで激しい攻防をしていたどころか、たった今リングインしてきた相手のように思えた。謎の発光現象が起きてから次々に起きている。思い当たる節があるとすれば、たった一つしかない。
「あなた、能力を使いましたね?」
「……ムースさん。棄権してください。このまま闘い続ければ、あなたの命にかかわってきます」
戦闘の構えにはいり、落ち着いた口調で語る美琴。だが、彼女の瞳には涙が流れている。
ムースは彼女の様子に声のトーンを落として。
「不動様と同じくあなたも冗談がお上手ですこと。玩具の分際で棄権を勧めるなど……
わたくしをここまで小馬鹿にした方はあなたが初めてですわよ!
お覚悟を決めなさい!
玩具が身分を弁えないとどうなるか、たっぷりと教えて差し上げますわ!」
ムースは激高した。自分は誰よりも偉く、自分より偉い者などこの地上に存在するはずがない。それにも関わらず、この玩具は自分に試合の箒を勧めている。負けを認めリングを去るなどという屈辱的な真似を誰ができようか。いや、できるはずがない。それに自分は強い。あの不動を圧倒するほど強いのだ。自分と同年代の相手に不覚を取るようなことがあってはならないし、あるはずがないのだ。
「あなた達玩具は! 永遠にわたくしの支配下に置かれ続ければそれでいいのですッ!」
目を血走らせ、電気椅子を出現させ、同時に彼女を拘束する。
「一〇〇万ボルトで消し炭にしてあげますわ」
青白い電流がバチバチと美琴の身体を包み込むが、彼女は瞳を閉じたまま呻き声ひとつ漏らさない。
「あなたも不動様と同じく電気に耐性があるとでもいうのですか?」
疑問を口にした途端、自らの身体に異変が起きたことをムースは感じた。両腕が動かないのだ。見ると、自分の腕が金属の拘束具で自由を奪われている。足も動かず、腰も何かに座ったかのようにピクリとも動かない。見ると、いつの間にか美琴にかけていたはずの電気椅子が姿を消している。
「あなた、どうやってこの一瞬で脱出したのです」
「気を付けた方がいいですよ」
「何を言って——」
彼女が訊ね終わらないうちに、全身を青白い電流が駆け抜ける。体内から火あぶりにされているかのような凄まじい痺れと激痛にムースの口からは悲鳴が飛ぶ。自然と涙が溢れ、滝のような汗が流れる。三〇秒後、地獄のような苦しみから解放された彼女はキッと相手を睨み。
「また何か不思議な力を使いましたね。ですが、まだまだこれからですわよ」
ムースは能力を発動し、不動戦と同じく鞭や機関銃で美琴を苦しめようと試みる。だが与えた攻撃は悉く自らに跳ね返えされてしまい、あべこべに自分が地獄の苦しみを味わう羽目になってしまった。
ムースは思う。
ボロボロの自分。無傷な相手。
嘗て、これほどまでに追い詰められたことがあっただろうか?
いや、ない。
不動と闘った時もジャドウに地獄監獄に入れられた際もこれほどの経験をしたことはない。
この理不尽な仕打ちは何だ。
どうして自分の攻撃が跳ね返ってくる?
全く理解できない。原理も不明。
もしも自分の与えた攻撃が全て跳ね返ってくるのだとしたら、これまで彼女がこちらの攻撃を躱したり、受け流したりしていたのは、わたくしに跳ね返りによるダメージを与えないため?
そんなはずはない。そんなことはない。支配者であるわたくしが玩具に気遣われるなど、そのような屈辱があっていいはずがない。相手に接近しようとするが、一歩一歩が鉛の鉄球を足に付けられたようにムースは感じた。
まさか、これが恐怖?わたくしがこの玩具に恐怖を覚えている。そのようなことが現実に起きるなど、あり得るはずがない。
あっていいはずがない。
ムースは首を激しく振って現状を否定し、虚ろな目とヘラヘラとした笑みを浮かべ。
「不動様の試合では出すまでもなく、あなたに試合を止められてしまいましたが、あの決着は不本意でしたわ。ですので、お楽しみを奪われた怨みを返してご覧に入れますわ。わたくしの奥の手で!」
ムースは大きく両手を広げたかと思うとそれを打ち鳴らし。
「秘儀・アイアンメイデン!」
美琴は女性型の拷問器具アイアンメイデンへと閉じ込められてしまう。この器具の内部には大量の鋭利な釘が取り付かれており、入った者は蜂の巣になり最後の一滴まで血を流し尽くす血の池と針山地獄に苦しみながら命を落とすことになる。あまりに残虐な構造故に研究者の間では実際に使用されたことはないのではという声もあったが、ムースはその恐怖の拷問器具を出現させ、地獄絵図を再現したのだ。
完全に蓋が閉められているので中の様子はわからない。しかしながら器具から噴き出される大量の血が、美琴がいかに凄惨な目に遭っているかを物語っていた。
「さすがのあなたもアイアンメイデンの激痛には跳ね返すことは不可能ですわ。ですが、よくやりましたわ。あなたは不動様でさえ使用することはなかったわたくしの奥義を発動させたのですから、称賛に値しますわ。もっとも、あなたの肉体は既に原型を留めてはいないと思いますけれども。さあ、惨めな肉の塊となった姿を観客の皆様とわたくしに見せてくださいな」
勝利を確信したムースが再度指を鳴らしてアイアンメイデンを消滅させると、そこには肉片どころか無傷な美琴の姿があった。掠り傷さえも付いていない彼女の状態に、ムースは相手を指差し、冷や汗を流す。
「あなた、まさか、あのアイアンメイデンさえも耐えきったというのですか」
だが、美琴は答えない。
不意に訪れる強烈な既視感。
その予感は的中し、ムースは自分が思った通り——正確にはそれ以上の——苦痛に見舞われることとなった。
四方八方を取り囲んだ光のオーラの大砲が次々に光の短剣を放ち、彼女の至る所を貫いていく。腕、肩、腹……
各部位を貫かれ、ムースの衣服にはいくつもの切り傷ができ、赤い血が滲んでいる。それでも絶命しないのはコルセットが極めて頑丈だったからに他ならない。両膝から崩れ落ちるように前に倒れ伏したムース。倒れた場所には体内から噴き出された血が血の池を作り出していた。
直ちにダウンカウントが開始される。
「ワン、ツー……」
だが美琴は一〇まで数える前に彼女の手を掴んで起き上がらせる。
両足を震わせ、頬や額に赤い血を付着させながらも、ムースの顔からは笑みが消えない。美琴は彼女の両肩を掴み、静かな口調で言った。
「ムースさん、あなたが試合中に受けた痛みは恐ろしいものがあったかと思います。ですが、これまであなたが快楽のために殺めた人々はそれ以上の苦痛と恐怖を味わったのですよ」
「それがどうかしたのです?あなたも含め、この世の全ての生物はわたくしの玩具。その真理が揺らぐことはありませんわ」
視線を合わせないようにしながらも一切の反省の意思を見せようとしない。
美琴は一瞬、悲しみを帯びた瞳で彼女を見た後、膝蹴りを打ち込み、素早く背後をとる。そして怪力で空高く放り投げた。
それを追いかけ、彼女の腰を掴む。
その体勢にムースは口角を上げる。
「おバカさんですわね。あなたは先ほどの試合を見ていたのでしょう。わたくしの何を見ていたのです? この技はわたくしに通用しませんわよ。不動様の使い古された技など、今更仕掛けたところで無駄ですわ」
「あなたが不動さんの技を破れたのは、彼が著しく弱体化していたから。違いますか」
「!?」
「全力の不動さんの必殺技を食らったら、あなたは命を落としているでしょう」
「でもそれは不動様に限っての話。あなたのような玩具が繰り出す技などに、わたくしが敗北するはずはありませんわ」
「確かにわたしは不動さんほどのパワーはありません。ですが、この技は通常の彼の必殺技とは一味違います」
言いながら真っ直ぐ落下していく。
「あなたの真下には、何があるかご存じですか」
美琴の問いに真下に視線を移したムースの視界に入ってきたのはリングを支えるコーナーポストの鉄柱だった。
「これで最後です!鉄柱串刺し不動倶利伽羅落としーッ!」
完璧に脳天を叩きつけられたムースは、頭部から噴水のように血を噴き出し、ダウン。
「ま、まさかこのような変形技があるとは、うかつでしたわね。玩具の癖に生意気ですわ……」
その言葉を最後に血を噴き出し、目を閉じたムースは、遂に一〇カウントが数えられても立ち上がることができず、二〇分五二秒、美琴の勝利が決まった。
ムースの敗北と同時に時限爆弾のタイマーも止まり、李は救出された。
勝利の手が高々と上げられる中、美琴は思った。
やりましたよ、不動さん。あなたの必殺技でムースさんを倒すことができました。この勝利をわたしの大切な仲間である不動仁王さんに捧げます。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.23 )
- 日時: 2018/09/08 08:51
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
「困ったな。どうしたものか……」
ムースとの激戦から三日後。
スターはスターコンツェルンビルの会長室で腕組をしながら唸っていた。
先の闘いで李は再起不能、不動は重傷を負って長期入院を余儀なくされ、ジャドウはどこかに失踪してしまった。
つまり現時点で本部にいるのは美琴だけなのである。彼女は戦闘力も超人キャンディーの能力も強力無比である。
しかしたった一人で護衛の任務を負わせるのはスターには可哀想に思えた。
そこで過去のスター流の卒業生のリストを眺め、優秀な人材を招集しようと思ったのだが、中々そのメンバーが決まらない。
彼は椅子から立ち上がると、落ち着きなく部屋を動き回りながら、独り言を口にする。
「まさかジャドウ君までいなくなるとは予想外だった。彼がいれば美琴ちゃんと二人でこのビルを死守できると思ったんだが、急にいなくなってはな」
彼はここでピタリと足を止め、リストを閉じた。
「こうなれば仕方がない。非常手段だ! 彼だけは招集したくなかったけれど、仕方がない」
スターは椅子に座り直しある場所に電話をかける。そして今度はビル内にいる美琴をスピーカーで呼びだした。
「美琴ちゃん、大切な用事を頼みたいから至急、会長室に来てくれたまえ」
一分後。美琴がドアを開けて会長室に入ってきた。スターは手を広げて彼女をハグした後に笑顔で告げる。
「よく来たね、美琴ちゃん!早速だけど君に頼みがある!」
「……何でしょう?」
小首を傾げる美琴にスターは彼女の両肩を掴んで。
「君にカイザー=ブレッド君をこのビルに連れてくる任務を与える!しっかり連れてきてくれたまえ!」
「……へ?」
美琴はきょとんとした声を出した。事態が飲み込めていないのだ。
スターが先ほどの言葉をもう一度言った後、徐々に美琴の顔から血の気が引いていき、目が大きく見開かれていく。そして顔の前で手を振り。
「無理です無理です! わたしには荷が重過ぎます!」
「君ならできると思うんだけどね。そんなに自信がないのなら、よろしい、強力な助っ人を紹介してあげよう。入ってきてくれたまえ!」
スターが扉に向かって声をかけると、扉が開いて一人の人物が部屋へと入ってきた。スターが助っ人と称するその人物とは——