複雑・ファジー小説

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攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
日時: 2019/09/12 17:43
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

1年ぶりの新作です。

生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?

※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。

出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6

修行編
>>7>>8>>9>>10

李編
>>11>>12>>13>>14


ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22

カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41

ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47


メープル編
>>48>>49>>50>>51

最終決戦編
>>52>>53

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.44 )
日時: 2019/09/12 08:56
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

スターはメープルの所に派遣する二人を美琴と不動にしようと考えていた。美琴は前回のカイザー招集任務において見事に成果を出しているし、不動の戦闘力は折り紙付きだ。女性と対峙すると弱体化する泣き所を抱えているものの、それは美琴がフォローするだろう。彼らは普段からよくスパーリングをするので相性も良いだろう。彼はそのように考え、机に並べた門下生達の顔写真を片づけ、部屋の電気を消そうとした。
その時、深夜の会長室に響く不敵な笑い声が一つ。
「フフフフフフフ、偉大なるスター様。本当にそれでよろしいのですかな」
声の主はジャドウ=グレイだ。彼の白の軍服は部屋の光を浴びて眩いばかりに光っている。
音も無く一切の気配も感じさせずに出現した彼をスターは歓迎し、ニコニコと微笑む。

「久しぶりだね、ジャドウ君。今回はどこへ行っていたのかな?」
「南の島にバカンスに行っていたのですよ」
「そうかね」

スターは彼の言葉が嘘だと見抜いていた。
彼が自分から姿を晦ます時は殆どが良からぬことを企んでいる時だ。重度の女性嫌いであるジャドウが水着姿の女性が数多くいる南の島に行くわけがない。彼はそれを知っていたが、追求することはしなかった。その必要がないからだ。
ジャドウは一瞬、スターの前から姿を消した。
そして次に気づいた時には机の前に立っていた。
所謂高速移動をしたのである。
彼は机の上に置かれた写真を見下ろし、言った。

「メープルが脱獄し、彼女を捕らえる者がこの二人というのですな」
「何か不満でもあるのかね」
「スター様がそれで良いのでしたら、一向に構いませが、吾輩の目から見てあなたはこの人選に納得がいっていない」
「……よく気づいたね。その通りだよ。では、君ならどうする?」
「そうですな。吾輩なら、このようにします」
ジャドウは不動の写真をとり、代わりにヨハネスの写真を美琴の隣に並べる。
「何故、このメンバーにしたのかね」

訊ねながらも、スターの目はキラキラと輝き、口元には満面の笑みが浮かんでいる。ジャドウはほんの僅かの間を置いて告げた。

「不動は強いだけで華がありませんからな。美琴と不動は関わり合う時間も多い。これでは、スター流の絶対的な掟を破る可能性もあり得ます。それに引き換え、ヨハネスとのコンビは新鮮ですし、見栄えも良い。そして何より——」
「掟を破る心配がない」

ジャドウの言葉をスターが締めくくった。
スターは笑いが止まらなかった。彼はどうしてこうも的確に自分の欲望を見抜き、それを叶えてくれるのか。

「流石はジャドウ君だ。では、明日このメンバーを会議で発表するよ! 君は参加するかね」
「折角の申し出ですが、お断り致します。ネタを知っていては楽しみが半減しますからな。それに、古い友人に顔を見せたいと思いましてね」
「それは誰かな」

ジャドウはその疑問には答えず、くるりと踵を返し、扉へと歩き出す。そして含み笑いをして。

「ヒントを一つ差し上げましょう。スター様がよくご存じの方ですよ」

ジャドウが扉から外へ出た後、スターは思案する。
自分が知っている人物でジャドウの友人。
おかしい。彼は友人などいないはずだ。
そうなると自分が心当たりがあるのは——
ここまで考えてスターは気づいた。
彼が会いに行った人物はやつしかいない。

「ジャドウ君は相変わらずとんでもないことを考える」

自分の右腕の知略にスターは満足し高笑いをした。

翌日。スターはジャドウの助言通りのメンバーを会議で発表した。その点に関してカイザーと不動は不満はないのか、無言を保っている。だが、美琴は違った。顔は青ざめ、口には引きつった笑みが見え、机に置かれた両手が微かに震えている。紛れもなく動揺している証拠だ。
ヨハネスとは組みたくない。彼女の全身から放つ意思を感じ取り、スターは満足だった。
ムースと美琴のコンビも女同士の友情とそれを超えた何かを感じられて面白かったが、今回の凸凹コンビも楽しませてくれそうだ。

「それでは会議を終わりにしよう。美琴ちゃん、ヨハネス君、頑張ってくれたまえ!」
「はい……」
「僕達にできないことはないよ」

蚊のなくような小声で返事をする美琴に、自慢の髪をさらりとかき上げ、優美な微笑むヨハネス。
相変わらず美しい子だ。性別を忘れそうになるほどに。
だからこそ、美琴ちゃんは彼が男子であることに気づいていない。女子だと思い込んでいる。わたしが君付けで彼の名を呼んでも察しないほど彼女は鈍い。
それだけに、性別が明らかになった時、どんな反応を見せるのか実に楽しみだ。彼らに背を向け会議室を後にするスター。
彼は聞き逃さなかった。美琴が小さくため息を吐いた音を。

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.45 )
日時: 2019/09/12 09:02
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

頭の中が真っ白で、考える気力が沸いてきません。
人は思いもよらない言葉を耳にすると、衝撃で思考が停止すると聞いていましたが、今のわたしはきっとその状態に陥っているのでしょう。
全身が脱力し、瞼が重くなるのがわかります。
段々と会議室の景色やカイザーさん達の姿がぼやけてきて、やがてわたしの視界は真っ暗闇に包まれてしまいました。
そこからどれぐらい時間が経過したのでしょうか、わたしは医務室のベッドに横になっていました。
誰が運んできたのでしょうか?
辺りを見渡しますが、わたしを除いて誰もいないようです。
連れてきてくれた人にぜひお礼を言いたいのですが。
ぐうぅ〜。
突然なったお腹の音で気づいたのですが、昼食前に会議が行われたこともあってか、お昼は何も食べていません。
わずかに吐き気がするのは、きっと空腹のせいです。
時計を見ますと時刻は午後六時。
正午から数えて六時間も絶食しているのですから、お腹が空くのも頷けます。

「ご飯を食べに行った方がいいかもしれませんね」

ベッドから立ち上がり、靴を履いて扉に歩いてみますと、
扉が開いてヨハネスさんが入ってきました。鹿撃ち帽子にインバネスコートの姿は変わらず、右手には何かの入ったカゴを持っています。

「目が覚めたんだね、急に倒れたから驚いたよ」
「もしかして、あなたがわたしをここまで運んできてくれたのですか?」
「そうだよ」
「ありがとうございます。重かったでしょう?」
「軽かったよ。それに、当たり前の事をしただけだから、お礼はいらない。それより、お腹が空いただろう?」

差し出されたカゴの中身は特大サイズのおにぎりが沢山入っていました。一番食べたいものをわざわざ持ってきてくれたヨハネスさんには感謝しかありません。
ベッドに二人並んで腰かけ、おにぎりを食べます。
白い湯気の立ったおにぎりは、口に含みますと柔らかなお米がふわっと消えていき、海苔の香りが鼻をくすぐります。
特大サイズですから一個でも満腹感を得られる作りになっています。わたしは嬉しさのあまり、指についたお米も残さず食べきり、ごちそうさまをした後に訊ねました。

「これってもしかして、ヨハネスさんが作ったのですか」
「僕じゃないよ。カイザーさんが作ったんだ。彼は料理は何でもできるからね。ところで——」
ここでヨハネスさんはわたしの顔を覗き込み、きらりと緑の瞳を輝かせて。
「僕と闘ってみる?」
「どうしてそのような提案をするのです?」
「君が僕の実力を疑っているみたいだからね」
「そんなことは全然——」
「誤魔化さなくてもいいよ。僕は何でも知っているからね」

慌てて手を胸の前で振って否定しますが、わたしの小さな嘘はお見通しのようです。
本人の前では申し訳ないのですが、わたしは確かにこの人の力を疑っています。
カイザーさんや不動さんと比較するとあまりにも華奢で、服装も戦闘向きではありません。
顔立ちは非常に美しいですが、それが戦闘を左右する要因にはなり得ないはずです。
スター流五本の指に入る実力も気にはなりますし、これからチームを組むのですから、相手の戦法を分かっていた方がいざという時の協力プレイも可能になります。

「ヨハネスさんの力を少し見せてください」
「その返事を待っていたよ。それから、僕は男だからね」
「えっ!?」

ヨハネスさんが男子という事実が、この日最大の驚きでした。
さらりとした髪に小さな顔、大きな瞳——顔立ちは美少女のそれですから、性別を間違えられるのも無理はありません。
本人がそう言っているのですから真実なのでしょうが、頭では分かっていても心では納得できないわたしがいます。

「着いたよ」

考え事をして歩いていたからでしょうか、地下六階の特訓施設にあっという間に到着してしまいました。彼は爽やかに笑うと、コンクリの地面を一飛びして舞い上がりますと、そこから華麗な宙返りを決めてリングの中央に着地します。
わたしも彼の後にコーナーポストから飛んで、リングインをします。ムースさんの試合時とは違い、観客はいません。
文字通り二人きりの試合です。
練習試合と言っても手を抜けば彼に失礼ですし、負けてしまうことだってあるかもしれません。
真剣勝負になるのは明らかです。

「試合の鐘は鳴らさないのですか?」
「鳴らす人がいないからね」

口元には穏やかな笑みが貼り付いていますが、彼の瞳には闘志の炎が燃え盛っています。もっとも、わたしも同じ目つきをしているのかもしれませんが。

「ヨハネスさん、あなたの実力を見せてください」
「君の期待に応えてあげるよ」

彼は本当に人間なのでしょうか。
試合が進むにつれて、わたしはヨハネスさんに疑念を抱くようになりました。
なぜなら、彼はわたしの攻撃を一切躱そうとしないのです。
拳も蹴りも無防備のままで食らい続けています。
数百、いえ、数千は放ったでしょうか。
わたしのパンチは並ではなく、一撃でコンクリートの壁くらいは難なく粉砕できます。
普通の人がわたしのパンチを受けてしまったら、それこそ首から上が消し飛んでしまうでしょう。
ですが、幾度となく撃ち込んでも彼は倒れるどころか後退さえしていません。トレードマークの鹿撃ち帽子やコートは拳や蹴りに摩擦で発生する熱により、所々ダメージを受けています。ですが、本人はニコニコと笑顔のままなのです。
「どうしたの。もっと打ってきなよ」
先ほどは後ろに組んでいた手を、前に持ってきますと、それをダラリと下げました。完全なるノーガードです。
防御の欠片すら見当たらないこの姿勢に、わたしは彼の小さな顎を狙って、アッパーを決めました。
ヨハネスさんの頭は上を向きますが、すぐに頭は元の位置に戻ってしまいます。
あれだけ殴られているのですから、通常は顔が痛々しいほどに腫れ上がるはずですが、彼は殴られる前も後も何の変化もありません。

「僕よりも君の手の方がずっとダメージは深刻のようだね」

指摘されて、自分の掌を見て驚きました。
何と、指が赤い血で染まっているのです。
ヨハネスさんのものではありません。
わたしの血なのです。
それはつまり、度重なる打撃によりこちらの手の皮が裂けたことを意味します。片手だけならまだよかったのですが、悪いことに両手が血染めになっているのです。
殴る方が痛いというあべこべな話は聞いたことがありませんが、これは事実なのです。
少なくともこれまでの攻防で彼に打撃が通用しないことがわかりました。
そうなると飛び技や関節技しか選択肢はありません。
この試合にルールは無いのですから、武器を使用しても良いのですが、武を学ぶ者として武器に頼るようではいけないと思うのです。
もっとも、そんなことを言ったらムースさんに笑われてしまうのでしょうが。
正直な話、わたしはそこまで飛び技を得意としません。
ですが彼に勝利するためには、あらゆる引き出しを開かなければ勝機を見出せないのです。
「いきます!」
嘗て不動さんが見せたように、相手と反対方向にコーナーポストに勢いをつけて走り、一気に最上段まで昇ります。
コーナーポストからヨハネスさんのいるリング中央までは意外と距離があります。
わたしの足のバネでどこまで跳べるかはわかりませんが、やってみないことには何もはじまらないのです。

「はああああッ!」

気合を入れて叫び、蹴りを見舞ったまでは良かったのですが、全体重を乗せたわたしの蹴りは、彼に到達する前に墜落してしまいました。
お尻が酷く痛むのは、きっとそこから落ちたからでしょう。

「アハハハハハハハハハハハハハ!君のキックは黒色のパンツを見せるしか能がないようだねえ」

指をさして大口を開けて高笑いするヨハネスさん。
彼の言葉にわたしの頭の中で何かがブチッと切れる音がしました。
女子のパンツを見ただけならまだしも、それを口に出すなど男子としては最低の行い、大衆の前なら大恥をかいていたところですから、見過ごすことはできません。
深呼吸をして怒りに飲み込まれないように注意を払いながら、そのエネルギーを身体の隅々にまで放出します。

「参ります」

攻撃を仕掛けてこないのですから反射能力は使えず、両手は出血によりボロボロ、打撃は効果がありません。
どんどんと攻め手を封じられていく辛さというのは、今までの闘いで味わったことがありません。
ですが、それでもわたしはこの人に勝たなければならないのです。男子にとっては些細なことで怒るなと一笑にするかもしれません。
真剣勝負に下らない理由で挑むとムードが崩れると文句を言われることもあるでしょう。
ですが、女子にとっては大変な屈辱なのです。
この悔しさを闘志に変えて、必ずや彼を倒します。

「ヨハネスさん、お覚悟はよろしいですか」

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.46 )
日時: 2019/09/12 09:08
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

美琴の問いにヨハネスはサッと羽織っているインバネスコートと帽子を脱いだ。
赤のリボンタイに白シャツ姿になったヨハネスはにこりと笑い、美琴の視界から姿を消す。
逃げたのだろうか?
彼女が目を動かし左右を見渡すが、彼の姿は無い。上も同じだ。

「遅いね」

背後から声をかけられた時には既に遅く、ヨハネスは美琴の装束を掴んで後方に投げた。マットに頭を強打したが、すぐに立ち上がり戦闘の構えを見せる。だが、彼は目と鼻の先にまで接近しており、そこから掌底を見舞ってきた。
一発、二発と次々に放たれる攻撃を巧みに受け流していくが、相手の勢いは止まらず、今度は拳を固めて襲いくる。伸びきった腕を捕獲し、投げに以降しようとした刹那、屈んだ彼女の顔面に膝蹴りが命中。
口が切れ、ポタポタと鮮血が顎を伝って落ちていく。

「隙ありッ!」

怯んだ僅かな間を逃すことなく、長髪を掴んで動きを抑え、無防備になった顔に鉄拳の連打を浴びせていく。みるみるうちに顔は流れ出る血で真っ赤に染まっていくが、美琴は落ち着いていた。
攻撃をすればするほど、そのダメージは何倍にもなって己に返ってくる。どうしてヨハネスは自ら破滅の道を選ぼうとするのだろうか。
あのまま無類のタフネスでわたしの攻撃を受け続ければ、こちらが体力切れを起こす展開もあり得たというのに。
美琴はそのように考え、拳が飛んでくる刹那、ヨハネスの顔を見た。
彼の顔には笑みがある。但し、先ほどのように爽やかなものではなく、口角を思いきり上げ、ニンマリとした不気味な笑みだ。
再不意に手を離され、マットに倒れ伏した彼女は、次の瞬間、右腕に微かな痛みを感じた。見るとヨハネスが小型注射器を打っているではないか。一瞬で針を抜き取り、注射器をリングの外に捨てると、いきなり彼女の背を両足で踏みつけ、更に蹴りを顔面に撃ち込まれる。しかし寸前で回避し、再び向き直る。
だが、急な眩暈を覚え体勢を崩してしまった。足の踏ん張りを利かせ転倒こそ防いだものの、急激な吐き気が美琴を襲う。
慌てて口を抑えるものの、胃の中から食べたものが逆流してくる感触に耐えられず、遂に彼女は踵を返し、リングに降りるとエプロンの中で嘔吐した。
ヨハネスが追撃する様子は見られない。
だが、眩暈と疲労は時間と共に増していき、景色が霞むのを感じる。
リングに戻らなければ。
その一心でリングに戻った美琴ではあったが、全身から力が抜けたようになり、相手の焦点も定まらない。
彼女の異変にヨハネスは手に口を添えてクスリと笑い。

「気に入ってもらえたかな」
「あなた……一体何をしたのですか」
「君の体内に一時的に能力の効果を封じる薬を打ちこんだのさ。君の力は発動されると厄介だからねえ」
「どうして、そんな卑怯なことをするのですか」
「決まっているじゃないか、勝つためだよ」

当然と言った顔で言い切るヨハネスに美琴は唇を噛みしめた。
スター流は正々堂々を重んじる流派だ。敵が武器を携帯していても、自分達は決して武器に頼らず、己の肉体だけで活路を開く。
だが、ヨハネスは違う。
彼は注射器という五体以外の者を使用し、卑怯な手段で能力を封じた。
こんなことが、仮に練習試合であっても許されるはずがない。

「あなたは、間違っていますッ!」
「何が?」
「スター流は己の肉体だけを駆使して闘うのではなかったのですか!」
「そんなの知らないよ」
「ヨハネスさんは、それでもスター流の一員なんですか! 注射器を使って能力を封じて、それで仮に勝ったとしても、卑怯なだけです!」

するとヨハネスはため息を吐き、肩を竦める。

「君は考え方が甘すぎるね。誇りも大事だけど、それよりも大切なのは、確実に勝利をもぎ取ることだよ」
「そんな方法で勝利して何の意味があるんですかっ」
「文句があるのなら、僕に完全勝利をしてから言うことだね。まだ、試合は続いているのだから」

彼の言葉に美琴は気合を入れ直し、相手を見つめる。
彼の言葉通り、試合はまだ終わっていないのだ。
突進してくるヨハネスを受け止めようと構えるが、彼はタックルの体勢から逆立ちをして彼女の胴体を足で挟んで、天井近くまで放り投げて、自らも後を追うと、彼女の胸の前で掌を光らせ。

「火炎弾!」

ヨハネスの放った火炎放射により、美琴の身体は火ダルマとなり落下していくがマットに転がることで鎮火する。忍者装束には所々が焼け焦げてはいるが、ダメージは軽い。

「火炎弾は李さんしか使用できないはずなのに、何故、あなたが」
「彼女と幾度も練習試合をしているうちに少しコツを掴んでね。威力は本家には遠く及ばないけれど、君は度肝を抜かされただろう?でもね、僕が使えるのはこれだけじゃないんだよ」

空中からミサイルのように勢いよく迫り、美琴に強烈な跳び蹴りを見舞う。一度目は受け流したが、彼はコーナーポストを蹴り、その反動で二撃目を撃ち込む。縦横無尽に繰り出される蹴り技の雨嵐の前に、美琴の脳裏にある人物の姿が浮かんできた。

「この戦法はムースさんの……!」
「察しがいいね。その通りだよ」

ヨハネスはサッと相手の両肩に飛び乗り、両腕を封じて攻め手を失わせてから、頭上から悠々と肘打ちを連発する。槍のように鋭利な肘鉄は美琴の頭頂部から噴水のように血を噴き出させる。

「さあ、どうする?このままだと君は出血多量で意識を失ってしまうかもね」
「攻略法は知っています!」

素早く反対側のコーナーを駆け上がると、後方に倒れ込む。美琴と密着していたヨハネスは頭を思いきりマットに打ち付けた。その隙に技から脱出されてしまう。彼は二、三度頭を軽く振って立ち上がり、薄ら笑いを浮かべる。
美琴は信じられなかった。
武器を使うだけにはとどまらず、他人の技まで勝手に拝借するとは。
彼はそこまでして勝利したいのか。
自分ならこんなことはしないし、できない。だが、彼はどうしてここまで勝利に固執するのだろうか。
相手の緑の瞳を見据えながらも、彼女は次なる攻撃に備える。

「君に一つ教えてあげる。僕のロングヘアは色仕掛けの為だけに伸ばしているんじゃないんだよ」

呟いた刹那、彼の髪が急速に伸び、まるで生き物のように束になって迫ってくる。あまりに予想外な攻撃に美琴は面食らい、反応が遅れた。
結果として彼のどこまでも伸びる髪に両腕と首を絞められ、身体の自由を奪われる。そして髪を網のように振り回され、拘束されている美琴も一緒にリング内を猛回転させられる。フィギュアスケートのスピンの如く猛回転をするので、美琴は次第に目が回ってきた。と、不意に彼が髪の拘束を解除したからたまらない。解き放たれた美琴は背中から鉄柱に衝突してしまった。

「僕流のジャイアントスィング、楽しんでいただけたかな」
「髪を武器に使うなんて、聞いたこともありません」
「手や足を武器にするのは当たり前。普段意識しない部位を武器として使うからこそ思いがけない効果を発揮するんだよ」

得意気に語りながらも、今度は束ねた髪の一本一本を鋭利化させ、フェンシングのように襲い掛かってくる。圧倒的な量と髪の毛の全てが剣という細さにより、防御に自信のある美琴でも躱し切ることができない。堅いだけでなく、柔らかさも兼ね備えているので、剣の軌道を変えて、美琴の身体に刺さり、彼女の白い肌の至る所から血が滲んでくる。
度重なる連続攻撃により、遂に美琴は四肢をマットに付けた。
這いつくばる彼女にヨハネスは冷ややかな視線を浴びせ。

「僕が卑怯なら、君は未熟だよ。以前、能力を過信するなと忠告したのに、それを活かせないのだからね」

彼の言葉に美琴は拳を握りしめ、力なくマットを叩く。唇を強く噛みしめ、瞳からは涙がとめどなく溢れてくる。彼の言っていることは図星であり、何も反論できない自分が悔しいのだ。
美琴は思った。
ムース戦以来、敵の攻撃を受けるだけ受け、能力で反撃してから活路を開くというのが自分の戦闘スタイルになってきてしまっている。
だが、これは受け身の姿勢であり、万が一能力を封じられた場合には脆く、劣勢に陥りがちになる。
彼はこの闘いで教えているのだ。
能力を過信していると手痛いしっぺ返しを食らうと。
相手は決して線の細い美少年というだけではない。
長年の経験に裏打ちされた、手段を選ばず、臨機応変に対応できるスタイルを確立している。
彼の忠告を無視し改善を怠った自分が勝てる訳がない。
彼女は諦めかけ、潤む視界でヨハネスを見つめる。
相変わらず彼の目は冷めている。
ヨハネスは美琴に接近し、ポツリと言った。

「僕が勝ったら、ムースを処刑して貰うようにスターさんに頼むことにするよ」

ムースの処刑。それは大切な友との永遠の別れを意味する。絶大な権力を持つスターならば、その処遇も不可能ではない。

「それだけは……それだけはやめてくださいッ!」

マットを這って近づく美琴の頭をヨハネスは足で踏みつけ。

「ムースは超大量虐殺を行った極悪人なのだから、この世から消すのは当然だと思うのだけれども」
「確かに、彼女の過去は消えないかもしれません。ですが、彼女は命をかけてわたしを守り、世界の平和に貢献しました! カイザーさんからは減刑を喜び、地獄監獄内で再びわたしと再会できる日を心待ちにしていると聞いています」
「君達の関係がどうであろうと、僕には関係ないね」
「彼女の心に灯った希望の光を吹き消してしまうような、むごい仕打ちはやめてくださいッ!」
「敗北しかけている君が何を言っても、負け犬の遠吠えにしかならないよ」
「わたし、勝ちます! あなたに絶対に勝って、ムースさんを守ります!」

自分にできたはじめての友達。
高慢なところや残虐なところもあるけれど、彼女の心には確かに人を思いやる気持ちが存在した。
五百年前、彼女を救ったカイザーのように。Ω戦で救われた恩を返すためにも、ヨハネスを止めなくてはならない。彼女を絶対に守ってみせる。
これまで希薄だった美琴の心の奥底の闘志に火が灯り、踏みつけているヨハネスの足を掴んでバランスを崩させると、その力を利用して立ち上がり、彼の腹に拳を打ちこむ。

「この闘いは負けられませんっ」

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.47 )
日時: 2019/09/12 09:11
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

美琴の猛反撃を受け、押されながらヨハネスは考えた。
仲間を守るためなら彼女はこれほどの力を発揮することができる。彼女が自分を相手にどこまで力を出せるのか、確かめる価値はある。仮に自分を倒せなければ所詮それまでの者だったというだけだ。
不意にヨハネスはリングから降りるとエプロンの中に隠れた。
場外乱闘を良しとしない美琴が待っていると、彼は鎖やメリケンサックなど、多数の凶器を持ってリングに舞い戻る。

「また凶器に頼るのですか」
「その逆だよ。僕が凶器に頼らざるを得ない程、君は強いということさ」

真っ直ぐ突進して彼女の首に鎖を巻き付けると、渾身の力で引っ張り、ぐいぐいと首を絞めていく。
コーナーの最上段に昇ると、彼女を引き寄せながら、より一層鎖を持つ手に力を込める。美琴は顔を青くしながらも、鎖に手をかけ、握力で引き千切った。
コーナーから飛び上がり放たれたニードロップの一撃を自爆させ、膝を痛めながらもメリケンサックを両手に装着して襲い掛かる相手の攻撃を俊敏な動きで全て躱してのけ、手首に手刀を打ち、武器を離させた。
武器を全て失い額に汗をかきながらも、ヨハネスの瞳の闘志と口元の笑みは揺るがない。彼にはまだ勝算があった。

「正直言って、君がここまで僕を追い詰めるとは思わなかった。驚いている。でも、最後に笑うのは僕だよ。何故なら、僕にはまだ奥の手があるからね」

彼はニヤッと笑うとシャツの袖を捲り上げた。

「見せてあげよう。僕の最高必殺技を!」

すると彼の両腕が黄金色に発光し、鋭利な刃へと変形した。

「受けてみよ。僕の最高奥義、聖剣拳を!」

突風のように突進したヨハネスは、黄金に輝く右手を大きく振り上げる。
手刀を見舞うと察した美琴は腕をX字にして防ごうとする。しかし彼の掌から発する異様な輝きに生命の危機を覚え、慌てて跳躍した。
刹那に下ろされた刃は、背後にある鋼製のロープを容易に切断するだけにとどまらず、地面に亀裂を走らせ、練習場の壁も破壊。あと一秒跳躍が遅れていたら、自分はあのロープのように一刀両断にされていただろう。恐るべき聖剣拳の威力。
美琴は相手の最強奥義に戦慄し、ほんの一瞬、動きが硬直した。

「隙ありだッ!」

ヨハネスの必殺の手刀が唸り、美琴の身体にいくつもの斬撃を浴びせる。
斬られる度に美琴の身体からは大量の血が噴き出し、衣服は赤く染まっていく。
空中で斬撃を無防備で受け続けた美琴は、自分の血で出来た血の池に落下し、ピクリとも動かない。
胸には斜めに斬られた痛々しい傷跡が刻まれている。
ヨハネスは自らの頬に付着した彼女の血を指で拭き取り、それを舐め。

「少し、やり過ぎちゃったかな。でも、これが勝負なのだから仕方がないよ」

当然ながら美琴に反応はない。瞳孔は見開かれ、呼吸は完全に停止している。

「それじゃあ、僕はムースの処刑をスターさんに頼んでくるよ」

踵を返し、リングを降りようとしたその刹那、ヨハネスは背後に気配を感じ、振り返る。するとそこには、傷だらけになりながらも、震える足で立ち上がる美琴の姿があった。

「まだ、勝負は終わっていません!」
「馬鹿な。なぜ、あの状態で立ち上がれるんだ。僕は完全に止めを刺したはずなのに」

予想外の事態にヨハネスは動揺するが、その視線が美琴の胴に向けられた瞬間、謎は解けた。
彼女の傷が徐々に塞がってきているのだ。それは能力が解放された証。
つまり、薬の効果が切れかけていることを意味する。
だが今なら間に合うはず。彼女は虫の息。
あと一撃で僕の勝利が決まる。
焦りながらも貫手を彼女の胸目がけて放つヨハネスだったが、手刀が直撃するよりも彼女の能力の開放が速かった。

「……ごめんなさい」

小さく呟き涙を流す美琴。それはこれから自分が彼に無意識に与える苦痛への謝罪だった。

「いいんだよ」

ヨハネスが微笑み返したのと同時に、自身に聖剣拳の威力が跳ね返り、血達磨となった彼は仰向けにリングに倒れた。
対する美琴も体力の限界で同じように轟沈。
彼らに立ち上がる力は残されていなかった。

「引き分けか……」

美少年は額に手を置いてため息を吐く。

「仮にも僕が持てる力を出したのにも関わらず引き分けに持ち込むなんて、君は大した奴だ」
「ヨハネスさんの執念には驚かされました。わたしはこれまで勝ち方にこだわって勝ちたいという意識が薄いところがありました。ですが今日、あなたの勝利に対する執着を見て考えが変わりました。時には絶対に勝たなければならないと気合を入れないといけない時もあるのだと」
「そうか。それが学べたのなら良かった。僕達は如何なる闘いにおいても勝たなければいけない。たとえどんな醜い形であっても勝利をもぎ取らなければ、悪から人々を守ることはできないからね。負けて反省し、そこから成長することもあるけど、そんなことを言えるのは練習試合だけだよ」
「ヨハネスさん、これからも色々と学ばせてください」
「勿論だよ。僕の新しい相棒」

二人の拳と拳が軽く触れ合い、彼らの絆が生まれた瞬間だった。

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.48 )
日時: 2019/09/12 09:15
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

真夜中の森の中に響く靴の音。
その足音にメープルはフルートを吹く手を止めた。
彼女の視線の先には後ろに撫でつけた銀髪に白い軍服、カイゼル髭の老紳士が居た。彼は拍手をして口を開く。

「流石はメープル=ラシック。フルートの腕は衰えておらぬか」
「あなたの方こそ私の音色を聞いても平然としているなんて、大した人ね」
「伊達にスター様の一番弟子ではないからな」

メープルはフルートを黒ケースに収めると、瞼を閉じ少し笑みを見せた。ちなみに彼女は岩を椅子代わりとして腰かけていた。

「それで、私に何の用かしら」
「お前に力を貸してやろうと思ってな」
その問いにメープルは棒付きキャンディーを口の中でゴロゴロと転がしながら。
「可笑しなことを言うわね」
「冗談ではない」
「何故?」
「スター流の門下生どもを一掃したいというお前の思想に共感したからな」
「……」
「信用できぬと見えるな」
「当たり前よ。あなたはスター流の人間なのだから。
いつ裏切って痛い目を見るかわからないもの」
「案ずるな。奴らを全滅させるまでは裏切らぬ」
「……その後は?」
「想像に任せる。だが、悪くない相談だとは思うが」

メープルは顎に手を当て思案した。
ジャドウは掴みどころの無い男だ。今回の件も表向きは共闘を持ちかけ、後に裏切ることも考えられる。だが、自分一人ではスター流に対する復讐など無謀な話だ。多少のリスクはともなうが、仲間は一人でも多いに越したことはない。

「渋るのであれば宜しい。お前に絶対に裏切らぬ僕を与えてやろう」
「そんなものがあると言うの」
「俺は嘘は突かぬ。証拠を見せてやろう」

彼が指を鳴らすと、メープルの目の前に一人の人間が現れた。
右半分が黒、左半分が白をした陰陽を彷彿とさせる仮面で顔を覆い、艶やかな赤毛は姫カットにしている。背丈一七〇センチほどで、真紅のトレンチコート姿だ。仮面の下から覗く目からは凍てつくような殺気を放つ。華奢で長髪なので男か女か判別はできない。
謎の人物を頭からつま先までじっくりと眺めたメープルはポツリと呟く。

「これが僕なの? あまり強そうには見えないのだけれど」
「実力は俺が保証する。それで、答えは何とする」
「……わかったわ。あなたとその僕を今回の復讐の仲間に加えてあげるわ。だけど、覚えておいて。裏切ったらその時はどうなるかを」
「よく心得ておくとしよう。では、早速、現スター流メンバー一掃計画をはじめるとしよう」
「何か策でもあるのかしら」
「無論だ。それも確実に奴らを仕留められる策がな」

ジャドウはニタリと不気味に笑うと、愛用の小型のボトルに入った赤ワインを美味そうに飲み干した。

ヨハネスと美琴は練習試合で互いに体力を消耗してしまったので、メープル討伐に出発するまでに三日も経過してしまった。
回復に時間を食われてしまったが、結果として彼らは希薄だった互いの距離感を一気に縮めることができた。その点では成功と言えるだろう。無類の大食漢であるヨハネスはリュックサックに大量の食べ物を入れ込んだ。
動けばすぐに腹が減る程燃費が非常に悪いので、それだけでは全く足りないのだが、食料が切れたら自腹で食べるつもりでいる。ちなみに、美琴にはクッキーの一欠けらでさえあげるつもりはない。
一方の美琴は巾着袋以外は何も持ってはいなかった。この巾着袋は不動が渡したもので人工に作られた異次元空間と繋がっており、中には何でも収容することができる。
彼女はそれにおにぎりを一週間分詰め込んだ。
出発の準備が完了し、いよいよ旅に出る。
「いってらっしゃい。メープルを必ず倒してくるんだよ」
スターは美琴の両肩を掴んで彼女と目を合わせ、期待を込める。
創設者からの期待に美琴はぶるっと身体を震わせた。
彼の期待を裏切るわけにはいかない。何としてもメープルを打倒しなくては。堅く心に誓い、白いハンカチを振って見送るスターを背に美琴とヨハネスは旅立つ。

一週間が経過した。不動が山でいつものように滝に打たれていると、どこからともなく鋭い殺気を感じた。
「何者だ。姿を現せ」

彼が告げると、滝の上から人影が下りてきた。陰陽を彷彿とさせる仮面に艶やかな赤毛を長く伸ばし、真っ赤なトレンチコートに身を包んだ謎の人物だ。
不動は相対した瞬間に長年の経験からその者が只者ではないことを見抜き、格闘の構えをとる。謎の怪人は腰に手を当てたまま不動を向き合い口を開いた。

「お前の命を頂戴することにした」
「面白い。この俺を往生させると申すか。やれるものならやってみろッ」

不動の拳が唸りを生じ、怪人に迫る。
それから数分後、不動は水の中に倒れていた。完全に失神しており、戦闘意思はない。怪人はコートの袖から壺のようなものを取り出すと怪しげな呪文を捉える。すると不動の魂が肉体から離れ、壺の中に吸収されてしまった。

「まずは1人……」

怪人は呟くと、凄まじい跳躍力でその場を後にする。謎の怪人が不動の魂を奪取して以来、世界各地でスター流メンバーらの魂が次々に奪われるという事件が立て続けに起きた。緊急の事態にスターもメープルを探している旅に出ているヨハネスと美琴を招集し、作戦会議を開く。

「不動君の魂が何者かに抜かれてしまった。いや、彼だけではない。既に数多のスター流の門下生たちが魂を肉体から剥がされてしまっている。この事件は早急に解決しないと、世界にとっても大変な危機が陥る」
「犯人は分かったの」
「うん。調査の末に、どうやらこの怪人が犯人の可能性が高いということがわかった」
「こんな怪人、今まで見たこともないね。正体は誰なんだろう」
「仮面をつけているからわからないんだよ。知りたかったら直接仮面を取るしかないね」

スターがここまで話した時、モニターテレビに異変が生じ、映像が切り替わる。
映し出されたのは、金髪のツインテールに紫の瞳、へそ出しの黒を基調とした露出の高い恰好をしたメープル=ラシックの姿だ。

「おや。メープルちゃん、久しぶりだねえ」
「本当ね。でも私は昔話をするために画面上で会っているわけじゃないのよ」
「冷たいんだね」
「あなたのせいでこうなったのよ。それを忘れないで。さて、この映像を見ているであろうスター流の幹部たちに告げるわ。まず、これを見てくれないかしら」

メープルの掌の上に置かれているのは一個の壺だ。

「これには不動の魂が入っているわ。取り返したかったら、代表で2名、闘技場に来なさい。この壺を含めたスター流の門下生の魂が入った壺をかけて私と闘いましょう。要件は以上よ、それでは恐怖で逃げ出さないことを祈っているわ」

ドヤ顔で語った後、プツリと映像は切れてしまった。慌てたのはスターだ。

「どうしよう! どうすればいい、カイザー君! ヨハネス君! 美琴ちゃん! 明日までに2人なんて選べるわけないじゃないか」
「それでは、私とヨハネスが行きましょう」

カイザーが提案するとスターは首を振り。

「ダメだ! 男の娘とオッサンじゃ釣り合わない! こう……私はもっと柄になる組み合わせがしたいんだよ! とびきりキュートな奴を」
「よくこの非常事態にそのようなことが言えますね(汗)」
「どんな状況でも可愛さを忘れてはいかんよ! ああ、李君は入院中だし、どうすればいいんだ」

頭を抱え困惑していたが、しばらくすると立ち上がり、キラキラ輝く青い瞳で美琴を視界に捉えると、彼女の両肩に強く手を置き。

「そうだよ、美琴ちゃん! 君がいた! 君がスター流の代表として、私の元教え子であるメープルをヨハネス君と力を合わせて倒してくれたまえ!」

わたしが代表……ですか?
無理です、無理です。スターさん、ここは素直にカイザーさんにしましょう。
新米のわたしよりもカイザーさんの方が実力も高いですし、何よりわたしは闘いたくないんです。

美琴は心の中でこのように抗議したものの、気が弱い性格のため当然ながら口に出せるはずもなく、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。

「頼んだよ、美琴ちゃん! スター流の命運は君にかかっているのだからね」
「は、はい!(滝汗)」

返事はしたが、不安は消えるはずもない。この日、美琴は部屋に戻ると早めに就寝しようとした。明日に備えてということもあるが、何より心配な現実から逃れ楽しい夢を見ようとしたのだ。時刻は八時だったが、彼女はパジャマに着替え、歯磨きをしてベッドの中に入る。布団をかぶって夢の世界へと旅立つが、彼女の夢の中に出てくるのは、メープルが貫手でいとも容易くHNΩを葬った時の光景だった。どれほど忘れよう見ないように心がけても、夢の中で何度もその映像が再生されてしまう。

「ハア……ハア……ハア……」

荒い息を吐き出し、ベッドから飛び起きると彼女は全身が汗でびっしょりであることに気付いたのだ。額に触れると汗が冷たい。冷や汗だ。

「わたしはどうしたというのでしょう。メープルさんが怖いのでしょうか。怖いのは事実かもしれませんが、早く眠らないと決戦に悪影響が出ますし……」

思案し、再びベッドに潜るが、再度同じ夢を見て跳ね起きる。
一時は巨大なおにぎりを食べる夢で楽しむことができたが、その楽しさはすぐに地獄へと変貌する。結局、彼女は一時間おきに一度目が覚めるということを繰り返し、翌日を迎えてしまった。

「おはようございます」
「美琴さん、どうしたの。目の下に凄いクマが出来ているんだけど。まるで目黒怨みたいだね(苦笑)」
「昨日、怖い夢を見てしまって寝不足なんです」
「どんな夢を見たの?」
「メープルさんがHNΩさんに止めを刺しているシーンです」
「それは災難だったねえ。気分をよくするためにも、朝ごはんにしようよ」
「それがいいですね」

ヨハネスの提案に美琴も賛成し、食堂へ向かう。
だが、そこでは第2の悲劇が彼女を待ち受けていた。

「朝食はトーストですか!?」
「何もそんなに驚かなくてもいいと思うよ」
「すみません。おにぎりだとばかり考えていたものですから(涙)」
「気持ちはわかるけど、まあ、たまにはパンもいいものだよ」
「……ですね」
「顔に生気を全然感じられないんだけど!?」
「……いただきます」

暗い声とクマのできた元気が失せた顔でパンを頬張る美琴。
黒いロングヘアなこともあり、今の彼女はまるで亡霊のようだ。
モソモソとパンを口に運びつつ、美琴は心の中で言った。
こういう元気のない日はできればおにぎりが良かったのですが、もしかしてスターさんはわたしの心を見抜いて敢えてパンにしたのでしょうか。だとしたらかなりの嫌がらせに感じますし、悲しすぎます。スターさん、教えてください。どうして今日、よりによってパンなのですか?
そんな美琴の様子を察してかスターは会長室で温かいミルクを一口飲み。

「だって美琴ちゃんがお米を食べ過ぎるから、もうこのビルには米が一粒も残っていないからねえ」


朝食後、現れたスターに今日の食事がパンだった理由を聞き、美琴は盛大に嘆息した。

「わたしのせい、ですよね」
「基本的に君だけだからね。お米を食べるのは」
「食べ過ぎると太る原因になりますし、これからは少し控えた方がいいでしょうか?」
「難しい問題だね。好物を無理やり減らすとストレスが溜まって逆効果になりかねないから、ある程度お米が減ったらこまめに買いに行くといいかもしれないよ」
「それは太るという問題から目を背けているような気がする(汗)」
「大丈夫だよ。美琴ちゃんはきっと食べても練習試合でたくさん体力を消耗するだろうからね。まあ、今日のは文字通りの死闘だけど。それじゃあ、行ってらっしゃい」

白いハンカチを取り出し涙ぐみながらバイバイと手を振るスターに、美琴も真剣な眼差しを向け。

「美琴、行ってきます!」
「必ず帰ってくるんだよ。帰ってきたら好きなだけおにぎりを食べさせてあげるから」
「本当ですか!?」
「わたしは嘘を突かない主義だからね。だから頑張ってくるんだよ」
「はい!」
「なんだか美琴さんもスターさんにうまく乗せられている気がする。というかこのやりとり、昔のドラマみたい」

美琴とスターの会話を聞いてヨハネスが呆れ半分でいると、カイザーが巨体を屈めて部屋に入ってきた。

「隊長、おはようございます」
「おはよう、ヨハネス」
「やあ、カイザー君! おはよう! ちょうどいいところに来たね。実は君に頼みがあるんだ」
「頼み? 大抵のことなら引き受けますよ」
「それじゃあ、はいコレ」

スターがカイザーの手に持たせたのは一台のビデオカメラだった。

「コレは——」
「これでヨハネス君と美琴ちゃんの雄姿をばっちりと映してほしいんだ」
「加勢するのではなく、撮影ですか」
「当たり前だよ。君が参戦したらルールを破ることになるからね。相手が2人と言ったら2人だよ。敵であれ約束は守るためにあるからね」
「わかりました」

カイザーが頭を下げて同意したのでスターは満足げに微笑み、指を鳴らして姿を消した。


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