複雑・ファジー小説

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攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
日時: 2019/09/12 17:43
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

1年ぶりの新作です。

生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?

※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。

出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6

修行編
>>7>>8>>9>>10

李編
>>11>>12>>13>>14


ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22

カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41

ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47


メープル編
>>48>>49>>50>>51

最終決戦編
>>52>>53

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.1 )
日時: 2020/08/10 06:13
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

わたしの名前は美琴。性別は女性。二十一歳です。
わたしは幼いころから他の同級生とは少し違う力をもっていました。
五歳の時点で既にわたしの腕相撲で勝てる同い年の男子は存在せず、一二歳の男子が相手でも負けたことはありませんでした。
ジャンプでも地面を蹴って舞い上がれば、楽々と電柱と同じくらいの高さまで飛ぶことができました。
サッカーボールを蹴ればボールは破裂し、握力計で測定不能なほどの腕力。
どう考えても普通の人間とは明らかに身体能力が違っていたのです。
その為でしょうか、わたしにはよくスポーツ選手にならないかと様々な団体から勧誘が来たのですが、わたしは別のスポーツで活躍したいなどとは微塵も考えてはいませんでした。
もし仮にわたしが格闘技などをした時には、力の制御ができなくなって最悪の場合、相手選手の命を奪いかねないのです。
体格は決して筋肉質の部類ではなく、どちらかというと華奢に入るのでしょうが見た目に反してわたしの力は年齢を重ねるごとに人間離れしていくようになりました。
ですが一般とは大きく異なる力を得て、一つだけよかったことがあります。
それは、車にはねられそうになった女の子を救うことができたことです。
女の子が道路にボールを追いかけ飛び出したのを目撃したわたしは、すぐさま道路へダッシュし、車が女の子をはねる寸前に間に割って防ぐことができました。
わたしにぶつかった車は車体の前面が大きく凹んでしまいましたが。
なんにせよこの力がなければ救えなかった命を救うことができたのですから、そういう意味では感謝しなくてはなりません。
高校を卒業した後、大学行ってみようかとも考えましたが、学費が非常に高く、身寄りのないわたしにはとても無理な話でしたので大学進学はあきらめて就職をしようという結論に至りました。
ですが仕事が中々決まりません。就職活動をしても不採用ばかりなのです。これまで溜めた貯金を切り崩して生活をしていましたが、やがて貯金も底をついてしまいました。仕事もなく、お金もないのでは都会で生きていくことはできません。困ったわたしは考えた末に山に籠って生活をすることにしました。普通ならば「どうして山に行くの? 別に山でなくとも田舎に行って仕事が見つかるかもしれないし、都会でもう少し粘り強く就活を続ければ就職できるかもしれないのに」と思うかもしれません。ですが、わたしは考えたのです。山には食べ物も水も豊富にありますし、人に会うことも怖がらせることもないのですから、一石二鳥のはずだ、と。
思い立ったら即行動と最低限の衣服だけをもって山へ入ったわたしは、色々と危険な目に遭いましたが、お腹を空かせて闘いを挑んできた熊さんを可哀想だとは思いながらも手刀で一刀両断にして丸焼きにして食べたり、山を降りて海に飛び込み巨大なサメさんを蹴りで仕留めてそれも丸焼きにして食べたり、山に生えているキノコや野草を食べたりして中々にワイルドな生活を送っていました。
けれどそんな生活を続けてしばらく経った頃、急にある食べ物が恋しくなりました。
それは、お米です。
山には野草やキノコ、タケノコはあれど稲はありません。
最初はそれなりに楽しかった山奥での生活もお米の恋しさのあまり我慢の限界を超え、わたしはとうとう山を降りる決心をしました。
山を降り、電車に乗って都会に向かいながらもわたしの心は不安でいっぱいでした。都会に戻れば再び就活をしなければなりません。そうしなければ生きていくことも、ましてやお米を食べていくことさえできないのですから、就活するのは当然ではあります。
しかし、就活はするにしても採用されなければ意味がありません。
普通の人間を大幅に超えたわたしを雇ってくれる仕事場など、果たしてあるのでしょうか。疑問に思いながら都会の街中を歩いていますと、一人の男性が声をかけてきました。

「君、ボロボロだけど、すごく可愛いね。わたしの弟子にならないかな」

金髪に碧眼、白い肌。一八〇センチを超える体格の良い紳士で、高級感の漂う三つ揃えのスーツを身に着けています。
間違いなく外国の方で、初対面であるわたしに「かわいい」と言ってきました。容姿を褒められるのは普通に嬉しいです。わたしも例外ではありません。初対面で外国の方とはいいましても「かわいい」と評されて嬉しくないわけがありません。

「ありがとうございます」

丁寧に頭を下げて、紳士の元を去ろうとしました。
褒められたのは嬉しいですが、わたしは就職活動をしなければならないのです。彼にいつまでも付き合ってはいけないと思いました。
そのときです。
ぐうぅ〜。
間の抜けた音がわたしのお腹の中から聞こえてきました。
慌ててお腹を抑え、紳士に訊ねます。わたしは英語は喋れませんのでもちろん日本語ですが、彼は流ちょうに日本語を話していましたので言葉が通じると思ったのです。

「あの……もしかして聞こえていました?」
「ハハハハハハハハ! 盛大なお腹の音だね。もちろん、聞こえていたとも。君はお腹が空いているようだね。よかったら、わたしが何か奢ってあげよう!」
「いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」

丁重に断ろうとした途端に再びぐぅ〜っとお腹の音が。
ああ、お願いです。わたしのお腹。
少しでいいですから音を鳴らさないでください。
ですがわたしの懇願に聞く耳を(お腹なので当然ですが)もたず、音は次第に大きくなっていきます。
仮にこの場を離れた場合、きっと男性はわたしのおバカな光景をネタにして友達に話したり、インターネットのブログなどでこの一件を報告するかもしれません。
この状況を無かったことにする方法はないのでしょうか。
顎に手を当て思案していますと、紳士は立ったままニコニコとした笑顔で告げました。

「この場を解決する方法は、わたしと一緒に食事に行くしかないようだねえ」

食事をおごってもらえるのは嬉しい半面、申し訳ない気持ちです。
それにわたしはお金を一円ももっていないのですから、彼にすぐにお金を返すことはできないでしょう。
そして仮にお誘いを断ってこの場を後にして就職活動に挑んだとしましても、空腹で力がでない状態で挑んだところで一蹴されるに決まっています。それならこの場は紳士の好意に甘えて奢ってもらい、住所と電話番号を聞いた後で、わたしの就職が決まったらお礼のお金を渡しにいけばよいのではないでしょうか。
少なくとも結果が見えている今よりは、お腹も満たされていることでしょうし、就活が実を結ぶ可能性はきっとあるでしょう。
それらを天秤にかけたわたしの答えは決まりました。

「紳士さんさえ良ければ、お願いします」
「うん! よく言ってくれたね! じゃあ、さっそくご飯に行こう! 君の好きなものを何でも言ってくれたまえ。、その食べ物がある場所を探して行くから!」

紳士は満面の笑みを浮かべていきなり、わたしの肩に手を回してがっちりと組みました。まるで親友のような親しみをもった態度ですが、わたしはこの方のことを何も知りません。
なのに、どうしてこんなにも親切に振る舞ってくれるのでしょうか。
頭を掠めたわたしの疑問は紳士のタクシーを止める声でかき消されてしまいました。

紳士に連れられわたしが来たのは小さな定食屋さんでした。
お客はわたしたちの他に数名しかおらず、静かな雰囲気です。
洋食にしようか和食にしようか散々迷いましたが、やはりわたしは日本人なのでしょう、和食を選びました。
木製のイスに向かい合って腰かけ、メニューを眺めます。
定食メニューなどもありますが、紳士にお金をたくさん払わせるわけにはいきません。
ここはできる限り安いメニューにしなくては……
するとわたしの目の中にある料理名が飛び込んできました。
それは、おにぎりでした。
塩で白米を握っただけの簡単な料理ですが安くてお米そのままの味を味わうことができます。

「それでは、おにぎりをお願いします!」

注文が終わり料理が運ばれてくるのを待つ間、わたしは紳士に自己紹介がまだであることを思い出しました。

「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたしは美琴です」
「美琴ちゃんか。可愛い名前だね。わたしの名前はスター=アーナツメルツという。よろしく、美琴ちゃん」
「はい! よろしくお願いします、スターさん!」

差し伸べられた彼の白手袋をはめた手をしっかりと握り、誠意を示しました。スターさんは朗らかに笑って。

「美琴ちゃん、実はずっと気になっていたが、君はどうしてそんなにボロボロの恰好なのかな」

「実は——」

事の経緯を説明しますと彼は真剣な顔で腕組をして唸ります。
もしかするとわたしの話があまりにも現実離れしているので、疑いの念を抱いたのかもしれません。
彼の次に発する一言でわたしの運命が大きくかわるかもしれません。
笑われても構いません、慣れていますから。
ですが機嫌を損ねて帰るのだけはやめてほしいのです。わたしはお金を持っていないのですから。
心の中で祈っていますとお店の方がおにぎりを二個乗せたお皿を台に載せて運んできました。

「お待たせいたしました。おにぎりです」
「ありがとうございます」

お礼を言って早速目の前にあるおにぎりを掴みます。
ほかほかと白い湯気を立てている白いおにぎり。
手におにぎりの温かさがじんわりと伝わってきます。
山から下りてきて、もっとも食べたかったお米。
そのお米で作ったおにぎりがわたしの手の中に!
何と嬉しいことでしょう。まるで夢のようです。
その夢を叶えてくださったスターさんの恩には何としてもこの美琴、報いなければなりません。

「いただきます」

食材に感謝してかじりついた一口目。
ふわふわの柔らかい食感と優しい甘さが口いっぱいに広がり、わたしはまるで天国にでもいるかのように感じてしまいました。
山奥で生活する前は何となく食べていたおにぎりが天にも昇るほど美味しいご馳走だったとは、これまで生きてきた中ではじめての体験です。
一口、また一口。
噛みしめながら頬張り続けるのですが、次第に視界に映るスターさんの顔が涙で霞んできました。

「泣く程お米を求めていたとは思わなかったよ。ホラ、涙はコレで拭きなさい」
「ありがとうございます」

手渡されたハンカチで涙を拭き、おにぎりを食べたわたしのお腹はすっかり満たされました。

「美琴ちゃん。指」

スターさんがわたしの指の方を差して笑っていますので何のことかと思っていますと、わたしは自分でも無意識のうちに指についたご飯粒を舐めとっていたのです。

「こ、これは恥ずかしいところを見せてしまって……申し訳ありません!」

自分の顔が恥ずかしさで真っ赤になるのが手に取るようにわかります。普段は人前で絶対にしないはずのことをしていたとは、よほどお腹が空いていたのかと思いつつも恥ずかしさで胸が一杯です。
先ほどの行動を見られたこともあってかなかなか彼の顔を見ることができずに俯いていますと、不意に彼が所有物である茶色の鞄から一枚のチラシを取り出して、テーブルの上に置きました。
見てみますと、そこには「スター流 門下生募集」という文字が書かれていました。
本人から承諾を得て紙を手に取り見てみますが、一体何のことなのかさっぱりわかりません。

「スターさん、このチラシにあるスター流って一体……」

「よくぞ訊いてくれた!」

まるでバネ仕掛けのおもちゃ箱の人形のようにぴょんと椅子から飛び上がり、キラキラとした青い瞳をわたしに向けるスターさん。彼の顔には顔中が輝きに満ちています。

「美琴ちゃん、君は今、仕事を探しているんだよね」
「は、はい」
「では、スター流に入らないか」
「へ?」
「スター流は名前の通り、わたしが生み出した拳法の流派だ!だが、最近は全く門下生がこない! だから、君に入ってほしい!」

急にスター流や門下生になってほしいと言われましても困りました。
わたしは闘ってはいけない体なのですから。ましては強くなる為に格闘技を身に付けたらどうなるか……

「美琴ちゃん、君が非常に優れた素質を持っているのはすぐにわかった! だが、君はその素質を隠そうとしている!君は自分の力の特異さに恐れる心を抱いている。違うかな」

甲高くて陽気な声色ながらも、スターさんは私の心の状態をピタリと言い当ててしまいました。どうやら彼には人の心を覗く目がありそうです。

「人の心を覗く目がありそうです——か。成程」
「どうしてわかったんですか!?」
「わたしだからだよ! わたしにとって人の心を覗くことなど朝飯前だ!大丈夫! 門下生になってくれたらお給料はちゃんと出す!朝昼晩のご飯もちゃんと保証するから!」
「あの、普通はお金を支払って教えを乞うのが普通ではないでしょうか……」
「普通? 関係ないよ! わたしは常識にはとらわれない!常識ばかりにとらわれていては柔軟な発想はできない!そしてわたしは常識の外で生きている!というわけで、美琴ちゃん、どうするかね?
門下生になるか否か、決めてくれたまえ」
「い、今ですか!?」
「そう! 今だよ! わたしも色々と忙しい。できれば今すぐにでも返事が欲しい!」

もしかするとわたしに声をかけた真の目的はこれだったのかもしれません。ですが、少なくとも彼にはおにぎりの恩がありますし、門下生になりすればお給料も払ってもらえ、ご飯の保証もあります。
悪くない条件ではないでしょうか。
折角の良い機会でもありますし、今後電話番号を教えてもらったとしても多忙を自称する彼に会えるかどうかの保証はできません。
それならば彼の門下生になった方がいいのかもしれません。

「わたし、あなたの弟子になります」
「その返事が聞きたかった。では、また後日、君の元にわたしの弟子の一人を向かわせるからね。それでは」

言うなり彼は指を鳴らすと、まるで忍者か魔法つかいかのように目の前から忽然と姿を消してしまいました。先ほどあった鞄も跡形もなく消えており、会計場には三百円が置かれていました。
わたしはこれから先、どうすればいいのでしょうか……

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.2 )
日時: 2018/09/09 06:48
名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)

スターさんに出会ったから三日が経過しました。財布の中には見覚えのない三千円札がありましたので、おにぎりとお茶を購入し、その日の飢えをしのぎつつ彼のお弟子さんが現れることを待っていました。おそらく財布に入っていた三千円はわたしが就活に失敗することを見越したスターさんがこっそりと入れていたものなのでしょう。本当にありがたいことです。彼には助けられてばかりでまだ何一つとしてご恩返しをしていませんので、弟子入りをした暁には全力で彼の教えを学びたいと思います。
そして四日目の早朝。
公園に備え付けられてある長椅子で眠っていますと、誰かがしきりにわたしの肩を揺さぶってきます。もしかするとお巡りさんなのかもしれません。
ここは風が強く少々寒いですので風邪をひかないようにと毛布か何かを持ってきてくれたのかもしれません。とにかく相手を確認しないことには始まりませんので、わたしは目をゴシゴシと擦ってゆっくりと起き上がって相手の顔を見ました。
わたしの肩を揺さぶったのはお巡りさんではありませんでした。
茶色の艶のある長髪に鋭い眼光、端正ながらも般若の如く凶悪な顔立ちの若い男性でした。上半身は何も身に着けてはおらず、筋骨隆々の体格を見せており、迷彩色のズボンを履いています。
一九〇を優に超える長身に屈強な体つきといい、只者ではないことは一目瞭然ではありますが、彼は一体何者なのでしょうか。

「あの、もしかしてわたしの肩を揺さぶったのはあなたですか?」
「そうだ」
「一体、わたしにどんな用事があるのでしょう?」
「迎えに来た」
「え?」
「スターから弟子が迎えに来ると聞かされているはずだ」

若い男性の口からスターさんの名前が出た途端、先日の記憶が蘇ってきました。
別れ際に確かにスターさんはわたしのところにお弟子さんを向かわせると話していたのでした。ということはこの方が。

「察しの通り、俺がスターの弟子だ。不動仁王(ふどうにおう)という」
「スターさんのお弟子さんなのですね。わたしはスターさんの新しい弟子になりました、美琴と申します。ふつつかものですが、よろしくお願いします」

立ち上がって挨拶をしますと不動さんは瞳を横に逸らしたかと思うといきなりわたしの手をとって走り始めました。

「あ、あの、どこへ行くのです?」
「話は後だガキ。今は逃げることに専念しろ」
「え? 逃げるってどこにですか? それにガキって——」

わたしは仮にも二一歳ですので子供扱いされるのはあまり嬉しくはありません。それに自分の師匠を呼び捨てにするだけでなく、事情も告げずに逃げろというのは些か礼儀がなっていないのではないのでしょうか。気づかれないように心の中で不満を口にしますと、彼はギロリとわたしを睨み。

「だからお前はガキなのだ。先ほどから我々を追ってきているガキ共の存在に気づかんのか」
「え? 子供だったら逃げる必要はないじゃないですか。一緒に遊んであげましょうよ」
「……後ろを見るがいい」

不動さんは左手で顔を覆います。どうやら苛立ちを通り越して怒りを抱いているようですがわたしは彼を怒らせるようなことを口にしたでしょうか。全く見当は付きませんが、とにかく言われるがままに後ろを向きますと、そこには何とホッケーマスクを被り黒い忍者装束に身を包んだ二人組がわたしたちを追いかけてきています。
確かハロウィンは十月三十一日ですので、時期的にはまだなはずです。それにも関わらずなぜあのような恰好をしてわたしたちを追いかけているのでしょうか。
ここでわたしの脳裏に数年前に観たテレビ番組の映像がフラッシュバックしてきました。内容は確か黒づくめの怪しい男性たちから制限時間内まで逃げ切ることができれば賞金を貰えるというものだったはずです。状況的にはあの番組と少し似ているものがありますので、ひょっとすると不動さんはあのゲームの参加者として、賞金を確保するべく必死で逃げ回っているのかもしれません。
その旨を伝えますと、不動さんはますます怖い顔でわたしを睨んできます。更にスピードを上げて走りますので冷たい風がわたしの頬を掠め、寒さと痛さで思わず目からボロボロと零れてきます。
忍者装束の二人組が不動さんに負けじと後を追いかけ、どういう訳かわたしを掴もうと手を伸ばしてきます。たまにわたしの髪が彼らの手に触れることもありますが、今のところはギリギリで不動さんのスピードが上回っているようです。
どれほどの時間追いかけっこが続いたでしょうか。
時間も分からず彼に引っ張られ続けられた末に、突然に彼が急ブレーキをかけましたのでわたしは止まることができました。

「もう、疲れましたよぉ……」
「この程度で疲れるとはやはりお前はガキのようだ」
「失礼ですね! これでも二一歳なんですよ!」
「お前の年齢などどうでもいい。俺からすればガキに過ぎん」

不動さんの辛辣な物言いにショックを受け思わず下を向いたわたしは、地面が砂だらけであることに気が付きました。
よく見ると周りも一面砂でできています。
ということはここは砂漠なのでしょうか。
ですが、砂漠と言えばあの人の顔をした巨大なライオンさんであるスフィンクスさんがいるはずなのですが。不思議なことに姿が見当たりません。

「おかしいですね。もしかしておトイレにでも行っているのでしょうか?」
「鳥取砂丘にスフィンクスがいるわけがないだろうが」
「ここは鳥取だったんですか!?」
「お前にはどの砂漠にも同じに見えるのだろうな……」
「おトイレで思い出したのですが、何だか少しおトイレに行きたくなってしまいました。ここっておトイレはどこにあるんでしょうか?」
「便所が無いぐらいで狼狽するな。だからお前はガキなのだ。一回漏らした程度で死ぬわけじゃない」
「女の子にそんなことを言うなんて酷過ぎます!」
「その怒りをもってあのガキ共を往生(や)ってみせるがいい」

彼の視線の先にはさきほどの忍者装束の二人組がいました。
一人は分銅付の鎖鎌を、もう一人は日本刀を構えています。
どうやらわたしたちを攻撃してくるつもりのようです。
困りました。わたしは争いごとはあまり好きではありませんし、できることなら闘わずに問題を解決したいものです。
まず彼らにどうしてわたしたちを追っているのか理由を聞いて、それからおにぎりを差し出して……
よし、プランはまとまりました。
あとは実行に移すのみです!
自分のできる限りのことをしようと、忍者達の方へ歩みを進め、リュックサックから非常食としてしまっておいたおにぎりを取って彼らの前に差し出しました。

「良かったらおひとついかがですか?」

言葉が相手に通じるかはわかりません。
ですが血眼になってわたしたちを追いかけていればお腹も空いてストレスも募るでしょう。
理由は定かではありませんが、空腹による苛立ちを取り払うことによって彼らの気持ちが少しでも安らぐのなら、それに越したことはないでしょうから。
そのわたしの態度に何を思ったのか、日本刀を持った忍者が近づいてきて、大きく刀を振り上げました。
どうやら彼はわたしを一刀両断にするつもりなのでしょう。
刀が直撃すれば間違いなくわたしの人生は終わりを迎えます。
ですが、それでいいのです。
自分の特異力で相手を傷つけるよりかは、誰も傷つけることなく命を終えた方がずっと幸せなのですから。そしてわたしの意識はすうっと遥か遠くの彼方へ飛んで、目の前が一気に真っ暗闇に包まれていきました。

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.3 )
日時: 2018/09/06 22:33
名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)

美琴がどのような行動をとるのかとじっと観察していた不動は、彼女がリュックサックからおにぎりを取り出し歩みを進めたのを見て、瞳孔を縮めて驚愕した。
敵に会えば躊躇うことなく往生させる。悪には一切容赦せずその命を奪うことこそが救済の道となる。そう考えている彼にとって美琴の行動は理解不能であった。何故、救いようのないガキ達に自らの食料を差し出す必要がある。そのようなことをしても敵の心が揺さぶられることなどあるはずはなく、食料どころか命さえも奪われるのがオチだというのに。
彼の心配通りに敵である黒い忍者装束の男は、美琴の差し出したおにぎりを叩き落とし、大きく日本刀を振り上げた。
常人の反応であれば即座に逃げ出すか攻撃にでるか、いずれにせよ何らかの行動をとるはずである。けれど美琴は闘うことも逃げることもせずに、瞼を閉じて口元に穏やかな笑みを浮かべているだけだ。
今にも命を刈られようとする寸前にも関わらず、彼女は動揺することなく己の運命を平然と受け入れようとしている。自分が彼女の立場であったなら、すぐさま敵を瞬殺している場面であろう。
とても彼女と同じ真似はできまい。
「俺が動くしかないようだな」
彼は不敵な笑みを浮かべると、忍者が美琴に日本刀を振り下ろすよりも速く二人の間に割って入った。振り下ろされる日本刀は不動の頭頂部に命中するものの、当たった箇所からポキリとヘシ折れてしまった。

「貴様は——」
「俺の名は不動仁王。怒りをもって人を救いに導く不動仁王だ!」

名乗りと同時に踵落としを忍者に食らわせる不動。
まともに食らった忍者はその場で真っ二つに裂けて死亡する。

「おのれ!」

分銅付の鎖鎌を持つ忍者は仲間を殺められた怒りを胸に鎖鎌を振り回して不動に突進する。

「お前は仲間を俺に往生され怒っているようだが、それは筋違いだ。
元はと言えばお前達が俺達を追いかけ回さなければ、奴が往生されることもなかった。つまり、お前達が全て悪い!」

向かってくる忍者の胸に狙いを定めると、彼は貫手で相手の胸を貫いた。忍者から手を抜き取とると、既に死亡した彼らに乱暴に砂をかける。

「往生されたとはいえ、お前達がそのままでは哀れなのでな。一応、弔っておいてやる。感謝するがいい。そして」

ここで彼は深呼吸を一つして、その猛禽類の如き瞳を更に光らせ。

「ガキ共! お前達が隠れているのはわかっている。全員往生させてやるから今すぐ出てくるがいい」

鳥取砂丘全体に響き渡る声で彼が告げると、砂の下から次々にホッケーマスクをかぶった忍者達の姿が現れた。
美琴と不動を取り囲むようにして現れた忍者の数は約三〇人。

「ガキ、お前はどうする。また先ほどのように握り飯を差し出すか?」

だが、美琴の返事はない。
どうしたものかと振り返ると彼女は目を閉じて動かない。
耳を澄ますと心音が聞こえることから不動は気絶したと気づいた。

「先ほどの忍者の刀に恐怖したのか知らぬが、情けない奴だ。おかげで俺が一人でガキ共を相手にお遊戯をしなければならなくなった」

それと同時に忍者軍団の一人が機関銃を構え、予告もせずに彼に発砲する。放たれる無数の弾丸。しかしそれらは不動の身体にかすり傷一つ付けることなく地面へ落ちていく。全ての弾を撃ち尽くした忍者は呆然として彼を見る。目の前の光景が信じられないのだ。
いくら鍛え上げていたとしてもアレだけの銃弾を受けて無事でいられるはずがない。並の人間ならとっくに絶命し、蜂の巣のように体中に穴を開けられた無残な姿に変わり果てているはずである。
だが目の前の男は全ての弾を受けきったにも関わらず平然としているのだ。これは夢だ、幻だ。自分が闘っているのは明らかに人間とは異なるもの。そう、敢えて例えるならば。

「——バ、化け物ォ!」
「この俺を化け物呼ばわりするとは礼儀のないガキだ。地獄でたっぷり閻魔に礼儀を教わってこい!」

不動は瞬間移動と思われる速さで忍者の元へ現れると、一本足頭突きで彼の頭部をザクロのように粉砕した。

「ヒ……ヒィィッ!」

首の無い死体となった仲間の姿に忍者達は恐怖に駆られ、不動を近づけまいと銃火器を撃ちまくる。けれど不動はその全てを真っ向から受けきった上で、一人また一人と確実に忍者達を殺めていく。
ある者は胸を突かれある者は手刀で切り裂かれ、死体の山が築かれていく。そして残り一〇人になった頃、不動はピタリと動きを止めた。容赦の無い人間凶器の猛攻に戦慄していた忍者達は彼が動かなくなったことに対し、警戒の色を強める。不動は、そんな彼らに先ほどまでとは異なる穏やかな声で告げた。

「本当は俺としてはお前達を往生させたくはないのだ」
「……先ほどまで散々殺しておいて、貴様はよくそんなことが言えるな。今度は俺達がお前の命を奪う番だ!」

彼の猛攻が収まったと思い込んだ忍者の一人が調子に乗って彼に近づくと、すぐさま不動の拳が飛んできて拳の衝撃波で彼を跡形もなく消し去ってしまった。この時、忍者達は本能で感じ取った。
彼は紛れもなく、先ほどよりも怒っていると。

「に、逃げろーッ!」

隊長の命に部下忍者達は武器を放り出し、一目散に走り出す。
何も考えず、砂漠の砂に足を取られながらも必死で前に進む忍者達。
少しでも遠くへ離れることができれば、奴から逃れられる。
死にたくない。仲間のように惨殺されるのだけは御免だ。
組織の目的も組織の目的さえも今となってはどうでもいい。
あの世に行っては何もできないがこの世にいる限りはやり直しが効く。今はとにかく逃げることだけを考えろ。
忍者達はどれも同じ考えを持ち、不動から逃げ切るという共通の目的で行動する。息も絶え絶えになりながら遠く見ると、人影が見えた。姿は見えないが、おそらく味方だろう。自分達は助かったのだ。

「おーい! 助けてくれぇ!」

忍者達はその人物のいる場所へ、声を限りに叫んで走り出す。
自分達は助かった。あの恐るべき敵、不動仁王を煙に巻いたのだ。
これは戦略的な勝利と言えるだろう。
仲間がいるという希望が彼らに前向きな希望を与えた。
そして、その人物の元へ向かった忍者達が目にしたものは。

「ガキ共。俺から逃げられると思うな」

あの恐るべき不動仁王だった。

「俺はお前達の何百倍も速く動くことができる。それはつまり、予め先回りすることも可能だと言うことだ」
「た、頼む! 命だけは、命だけはお助けを!」

恥も外聞もかなぐり捨て、不動に対し土下座をして懇願する忍者達。
不動は暫く無言で立ち尽くしていたが、やがて重い口を開いた。

「……俺は先ほど、お前達を往生させたくはないと言った」
「は、はい! 確かにそう言いました」
「それは俺の本心だ。できることなら、お前達には生きたまま罪をこの世で償ってくれた方が一番有り難い。だがな」

不動はここで拳を握りしめ、彼らに殴りかかってきた。

「お前達はあの世で閻魔に鍛え直されるべきなのだ!」

拳圧の一撃でもって彼らを蒸発させた不動は、気絶した美琴のいる場所へと戻ってくると彼女を右肩に抱え上げ、死体の山を見つめる。

「死体の山があっては人間達が迷惑するだろうから、このガキ共の死体は俺が全て消滅させることにしよう」

空いた腕で拳を見舞うと、竜巻が起こり死体の山が舞い上がる。
そして竜巻が消えた後には死体の服の切れ端さえも残っていなかった。
不動は気絶したままの美琴を横目で見て、彼は呟いた。

「奴らの業は俺一人で背負えばいい」


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