複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
- 日時: 2019/09/12 17:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
1年ぶりの新作です。
生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?
※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。
出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6
修行編
>>7>>8>>9>>10
李編
>>11>>12>>13>>14
ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22
カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41
ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47
メープル編
>>48>>49>>50>>51
最終決戦編
>>52>>53
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.39 )
- 日時: 2019/09/11 19:46
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
ムースさんはHNΩさんから必死でわたしを守り、足止め役を引き受けてくれました。
彼女のためにもわたしは何としてもカイザー=ブレッドさんに会わなければなりません。
ですが、能力を封じられた影響からか体の節々に痛みが走ります。
少し走るだけで体力を吸い取られたような感覚に陥りますが、これも先ほど受けた光弾の効果なのでしょうか。ともかく、一刻も早くカイザーさんの家に向かわなければ、最悪の場合ムースさんが命を落としてしまうかもしれません。わたしのために彼女が犠牲になるなど、絶対に遭ってはならないことです。
旅の出発前にわたしは心の中で誓いました。必ずカイザーさんと連れてきて、ムースさんの首に装着された爆弾を外してもらうと。
その約束を守るためにもここで立ち止まってはいけないのです。
自らを鼓舞し、わたしは全力でカイザーさんの家へと足を進めます。
一体どれほど走ったのでしょうか。
時間も距離もわかりません。
気が付くとわたしは一軒の家の前にいました。三角屋根が可愛らしい小さな家で、庭に設置されている郵便受けにはカイザーと名前が書いています。ということは、ここがカイザーさんの家なのでしょうか。一応、同じ名前の人もいるかもしれないと考え辺りを見渡してみますがこの家の他に周囲は山ばかりで家は一軒も見当たりません。
ここで迷っていては時間の無駄ですので当たって砕けろの精神でわたしはその家のインターホンを鳴らしました。
扉の前に立ちますが緊張で胸がどきどきするのがわかります。
そしてゆっくりと扉が開き、中から一人の男性が姿を現しました。
彼はわたしがこれまで出会った人の中で最も大きな人でした。
不動さんやジャドウさんも長身ですが、彼は二人よりも頭一つ分大きく、筋肉の量も倍はありそうです。
正直な感想を口にすると怒られそうですがわたしの視界では彼の厚い胸板と胴体、そして両腕しか見えないのです。規格外の巨大な身体が玄関を圧迫し、全身が収まりきれていないのです。きっと彼はテレビに映っても首から下が映っていないと思います。顔を見ようとつま先を立てて思いきり背伸びをしますが、それでも彼の顔は見えません。大木のように太い首が確認できるのがやっとの状態です。
体格の割にあまりに小さい家に住んでいるので日常生活はちゃんとできているのか気にはなりますが、ともかくわたしは彼に訊ねてみることにしました。
「スター流本部から使いを頼まれた美琴ですが、もしかしてあなたがカイザー=ブレッドさんでしょうか」
ところが返事が返ってきません。
何事かと思っていますと、彼が巨体を屈め、玄関を破壊し、外へと出てきました。
シルバーブロンドの髪を束ね、青く澄んだ瞳をしています。
腰を屈めてわたしと同じ目線になりますと、その大きな手を差し出しました。
握り返しますと、彼は頷き開口一番こんなことを言いました。
「話は後だ、キミの友を助けにいくぞ!」
「……へ?」
困惑するわたしの腕を掴まえ、カイザーさんはふわりと浮遊します。
「しっかり掴まれ! 下を見ないように気を付けるんだ。太陽天使隊、出動!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃぃっ!」
カイザーさんはわたしの叫びをスルーし腕を掴まえたまま猛スピードで大空へと飛び立ちました。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.40 )
- 日時: 2019/09/11 21:42
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
「まずは一人目か。次は美琴の番だ」
HNΩは呟き敗北したムースに背を向け歩き出そうとした。
刹那、彼は上空から強大な力が接近していることを察知し、背後を振り返った途端、轟音と土煙が巻き起こる。
「何者だ」
「お前を倒しにきた」
煙の中から放たれた威圧感の低音。
徐々に薄くなっていく煙から現れたのは二メートルを超える長身に筋肉隆々の巨躯、白髪を後ろに束ね青い瞳をした男だった。その背後には先ほど逃げたはずの美琴がいる。
なぜ美琴がいるのか。明晰な頭脳を持つHNΩはすぐに見抜いた。
先ほど彼女が逃げたのはこの男を連れてくるため。そしてムースはその時間稼ぎとして自ら囮になった。
即ち自分は彼女達の策に嵌ったという訳だ。
だが彼女らに翻弄された事実がありながらHNΩは動揺を示さない。
「獲物が戻ってくるとは好都合。既に瀕死のムースに加えて、お前達も始末してやる」
「できるのか?」
ポツリと告げたカイザーの一言。
彼の短い言葉がHNΩの胸に突き刺さる。カイザーの青い瞳に圧倒的な威圧感と気高さを覚え、彼は半歩後退する。この目だ。やつの目に俺は以前は飲み込まれ手も足もでなかった。だが、今は違う。
「あの頃の俺とは違うということを貴様で証明してやる」
「そうか」
カイザーは彼にくるりと背を向け、負傷しているムースに歩み寄る。
そしてその小柄な体を抱きしめた。
ムースの瞳は閉じられており、心音も止まっている。
美琴は涙を流して訊ねた。
「ムースさんはわたしのために一生懸命闘ってこんなに傷付いてしまいました。お願いです! ムースさんを……わたしの大切な人を助けてください!」
涙ながらの訴えにカイザーは優しく微笑み。
「大丈夫だ」
ムースを抱擁するカイザーの全身から真紅のオーラが発せられる。燃え盛る炎の気は美琴の目からでもはっきりと見え、その色や勢いはまるで太陽のようだ。光を増していく彼の気に美琴は耐えられなくなり、目を瞑る。そして再び目を開けた時には、あれほど酷かったムースの全身の傷がすっかり消えてしまっていた。
「ん……」
ゆっくりとではあるが閉じられた瞼を開いたムース。彼女の視界が鮮明になるとその瞳に映し出されたのは、美琴と大男の姿だ。
「美琴様、無事だったのですね。それにあなたは」
「私はカイザー=ブレッド。悠久の時を経て、君は変わることができた。命を賭してまで闘った君の態度に心から敬意を示したい」
彼の声にムースは聞き覚えがあった。五百年前、不動とジャドウが自分を殺めようとした時、助命を指示した一人の男。その人物の決定に彼らは大人しく従い、自分は生きることができた。そして長い時を経て、美琴という存在に遭うことができた。ムースにとって感謝してもしきれないほどの恩人。自分にとって、この世で唯一玩具と思えなかった物、その男が目の前にいる。
「あなたは、あの時の——」
ムースは話そうとしたが、言葉がうまく紡ぐことができなかった。
あらゆる感情が溢れ、うまく表現する術を持たないのだ。
そんな彼女の頭をカイザーは軽く撫で、美琴に視線を送り。
「キミは彼女を守っていてほしい」
美琴が無言で頷くと、ここでカイザーはようやくHNΩに向き直る。
「HNΩ。まさかお前がこうして現代に蘇るとは、この私も思わなかった。驚いている」
「だろうな。俺はあるお方によって、再びこの世に舞い戻ることができた。しかも、ただ復活しただけじゃねぇ。以前の何倍もヴァージョンアップしたのだ」
「……その力を発揮できずに倒されることがあっては、悔いが残るだろう」
カイザーは彼を指差し、爪先から黄色い光線を彼に照射する。
すると彼の先ほどのムース戦での傷が立ちどころに癒え、自慢のΣMDCの弾数や両肩のミサイルも元に戻っていた。
「ありがてぇ」
全快したことを拳を握りしめ喜ぶHNΩ。その様子を見た美琴が問うた。
「カイザーさん、どうして敵に塩を送る真似をするのです?」
「如何なる相手とも正々堂々全力を以て闘う。これが私の流儀だ」
背中を向けて告げる彼に美琴は絶句した。彼はどうやらジャドウや不動とは別の闘いの美学を持つらしい。愛銃を手に取り、相手に銃口を向けつつHNΩが言った。
「カイザーさんよぉ、その恰好で闘うつもりかい。いつもの戦闘服はどうした? 家に置いてきちまったのかよ」
「案ずるな。ちゃんと持ってきてある!」
ニッと笑って指を鳴らすと、虚空から一つの鞄が出現。中には白いコックコートが入っている。
それを一瞬で纏い、闘いの構えを見せるカイザー。
彼の全身から放たれる凄まじいオーラによって熱風が巻き起こり、美琴は飛ばされそうになる。それでも必死で踏ん張り、背中でムースを庇う。彼女は大切な存在を能力を封じられながらも守ろうとしているのだ。
「愛を以て人を救いに導く!カイザー=ブレッド!」
「見せてもらおうか、スター流最強の男の実力とやらを」
全快となったHNΩはΣMDCのエネルギー弾を次々にカイザーに撃ち出す。対するカイザーは弾の軌道に合わせて拳を見舞い、光弾の威力を打ち消していく。命中すれば高威力だがかき消されてしまっては意味をなさない。放たれる緑の禍々しい弾は全て彼の拳に相殺されていき、一撃の命中も許さない。
「普通に撃つだけでは効果が無いか。ならば、これはどうかな」
Ωは自身の真上に向かって撃った。
弾は青い空に吸い込まれていき、やがて見えなくなってしまった。
誤射ではない。それはHNΩの余裕綽々の態度からも見てとれる。
では、一体何の為に。
カイザーが答えを導き出すよりも先に動いたのはHNΩだった。
掌を閉じて拳を作り、それを開く。
危険を察知した美琴が空を見上げると、まるで流星群のように無数に分裂した光弾がレーザービームとなって地上に降り注ぐ。HNΩは空中で待機させていた光弾を破裂させることにより広範囲での攻撃を可能としたのだ。
「まともに撃っては当たらない。
だが、無数かつ広範囲なら話は別だ。
カイザーよ。お前はこの果てしなく降り注ぐ光線を防げるか。それとも背後の仲間と共に朽ち果てるか。
俺は後者にかけてやる」
「甘いぞ」
一つの光弾から別れたため、威力自体は分散している。だが、その速度と量は以前とは比較にならないほどパワーアップしている。いかに低威力とはいえ、いつまでも食らっていてはカイザーも持たないだろう。
そのように踏んだHNΩだったが、次の瞬間、彼の一つ目の顔から冷や汗が流れ出た。カイザーがドーム状のバリアを展開し光線の雨を防いだからだ。防御壁に当たった光線は一瞬にして消滅し、内部まで届かない。
「バリアを貼るとは考えたものだが、その防御がいつまで持つかな」
上空に何発もの光弾を撃ちこみ物量で圧倒する作戦を敢行するΩ。
しかし、それでもカイザーの牙城は崩れる気配を見せない。ΣMDCは目黒の銃と同じく電池式である。けれど彼とは違い予備の電池を何本か用意していたΩだったが、度を越えた乱射によって、それらの電池も全て使い切ってしまった。これは決してHNΩの準備不足ではない。
たった一度命中しただけでも美琴を戦闘不能に陥らせるほど高威力の弾である。並の能力者ならとうに力尽きていても不思議ではない。どれほど攻撃しようと亀裂の一つさえ入らないカイザーの盾(バリア)の防御力が異常なのだ。
弾切れが起きたことに気づいたカイザーはバリアを解除し、ゆっくりした足取りで敵に近づく。
大地を踏みしめ、戦闘によってできた瓦礫を足で粉砕しながら接近する巨人。その全身からは赤いオーラが噴き出し、今にもΩを飲み込みそうなほどの威圧感を放っていた。
「どうした、HNΩ。
使い物にならなくなった武器を持っても意味などなかろう。それを捨てて、私と拳で闘(や)りあってみろ!」
「へへへへ、新型になったΣMDCを耐えきるとは、やるじゃねぇかカイザーさんよ。だが、アンタはどうやらお忘れのようだ。俺は全身が武器になるってことをなーッ!」
これ以上の接近を許すまじと両肩のハッチを展開し、超小型ミサイルを全弾発射。
「効かぬ……」
右腕を軽く振るったカイザー。
それにより生じた衝撃波で、全てのミサイルは彼の身体に到達する前に消し炭となってしまった。
皇帝を意味する名を持つ男はため息を吐き。
「武器はあくまで補助的なもの。
武器に重きを置き頼りにしているようでは、それを失った後には無力さと虚しさしか残らない」
「黙れ! ロボの俺にとっては身体全てが武器だ。どう闘おうと俺の勝手だろうが」
「確かにお前の言うことにも一理はあるが、私の目から見た今のお前は棒きれを振り回すだけの駄々っ子に見える」
「……貴様……ッ!」
「HNΩ、お前に一つだけ問う。
お前はなぜ、殺し屋を続ける。人類と共に共存し穏やかに暮らすという選択を頑なに拒む理由は何だ」
カイザーの口から放たれた疑問にHNΩは暫し硬直する。
そして彼の脳裏に浮かんでいたのは遠い過去の記憶だった——
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.41 )
- 日時: 2019/09/11 21:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
HNΩは長い時を殺し屋として働いてきた。宇宙中の様々な依頼主から膨大な金額を条件に依頼を引き受け、達成する。
依頼の達成率は常に一〇〇パーセント。一度の失敗もなく、これまでどのような標的だろうと完璧に仕留めてきた。
そんな彼を半世紀ほど前に雇ったのが暗黒星団である。
幹部達を次々に打倒され組織として弱体化した彼らはこの状況を打破するために彼を雇い、目的達成の邪魔となるスター流の抹殺を依頼した。HNΩにとっては相手の思惑も標的もどうでもよかった。彼にとって肝心なのは金だけだった。
殺し屋で金を稼ぎ自らを改造、そして更なる強さを獲得。
HNΩは宇宙最強を目指すための手段として殺し屋という職業を選んだのだ。
今回の依頼を果たせば自分は最強の座にまた一歩近づくことができる。そう考え、意気揚々と依頼を引き受け次々にスター流に属する者達を機械の腕で殺めていった。
機械特有の冷静な判断力と学習能力、そして高い戦闘力を誇る自分に辺境の惑星の下等生物が抗えるわけがない。
彼はそのように考え、スター流のメンバーを見下し、遊び半分で彼らの命を奪い続けた。
だが、それも長くはいかなかった。
流派の中でも屈指の実力者であるカイザーが動き出したからだ。
紆余曲折の末に彼と無人島で一対一の闘いを行うこととなったが、結果はカイザーの圧勝だった。
全身を破壊され、HNΩは己の最後を自覚した。だが、カイザーは彼の武器と四肢を破壊するだけに止め完全に機能停止にはさせなかった。曲がりなりにも正々堂々と一人だけで決闘に挑んだ彼に敬意を示してのことだったが、この情けに彼は電子頭脳がショートを起こしそうになるほど怒り狂った。
完全に圧倒され手も足も出ない。
あらゆる手段を講じても勝てない。
人間にもあれほど高い戦闘力を持つ者がいるということはわかった。
だが、あれほど優位に立っておきながら自分を機能停止させないとはどういうつもりなのだ?
やつは自分の力を見せつけた挙句、俺を停止させる価値もない小物と判断し、最後の一撃をしなかったのだ。
殺し屋としてあれほどの危機を味わったのは初めて。そ
してこれほどの屈辱を覚えたのも初のこと。
カイザー=ブレッド。
俺は最強になるために行動している。そのためにはまず、お前をいつの日か完膚なきまでに叩き潰さなければならぬ。
内心で誓った彼は地獄監獄に収容されつつ、自らを出してくれる者の存在を待ちわびた。
そして彼は遂にある者の手によって再び自由の身へと戻ることができた。蘇った彼はこれまでに稼いだ全ての資産をつぎ込み、己を以前の何倍もの強さに改造し、再び地球へとやってきた。
あの時果たすことのできなかった依頼の達成と、屈辱を晴らすために。
ここで我に返ったHNΩは、瞳を発光させ、声を荒げた。
「高貴な機械の俺がお前達のような下等生物と共に暮らすなど反吐が出る。お前達など、俺の金の為に始末されればいい、獲物に過ぎないんだよーッ!」
右腕を槍に変換し、カイザーの甲板を突き刺す。だが彼の筋肉の装甲はあまりにも厚く、反対に自らの右腕が粉砕されてしまった。
「HNΩ。私は一度、お前に更生の機会を与えた。
だが二度目は無い!」
「へッ……嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。この俺を機能停止にできるものなら、やってみろ!」
「思い上がるな。この鉄クズめが」
カイザーは語気を強め、真っ直ぐHNΩに突進。
そして右腕を発光させる。
「数々の命を奪ったお前に、転生の余地は無い。全身を切り裂いてやる!」
振り下ろされた手刀は真ん中からHNΩの身体を一刀両断にした。
身体からネジやオイルなどを飛ばしながら地面に轟沈するロボ。
だが、裂かれた身体は次の瞬間には何事もなかったかのように合体し、元の姿へと戻った。
「魚の切り身とはいかなかったようだな、カイザーさんよ。では、第二ラウンド開始と」
言いかけた刹那、カイザーの炎を纏った拳が、彼の腹に風穴を開ける。
続いて腕を失った肩の部分を怪力でもぎ取られてしまう。
「どうした! 再生できるのだろう? 早く元通りになってみろ!」
単眼を目潰しによって破壊され悶絶するロボに、貫いた腹に膝蹴りの追撃。先ほどの穏やかな様子とは違う、まるで別人のような変わりように美琴は戦慄した。
「お前をスクラップにしてやる!」
怒声と共に強烈なパンチが、ロボの顔面を容易に貫き通した。
全身からバチバチと火花を散らし、ゆっくりと後方に倒れるHNΩに、カイザーは踵を返し。
「その力を他人の為に役立てる道もあったというものを……」
「まだだ、まだ終わってはいない」
幾度倒されようともフラつく足取りで起き上がるHNΩ。
彼の単眼は相手の大きな背中を捉え、己の全エネルギーを単眼に溜め、最後の一撃を放った。
虹色の太い光線はカイザーに向かっていくものの、拳で相殺されてしまう。最大技を使用しても倒せない現実に彼は怯み、後ずさりをする。
すると、頭上から何者かの声がした。
「これだけの時間が経っても一人も仕留められないなんて、あなたには失望したわ」
電柱には一人の少女が立っており、HNΩとカイザーの戦闘を観戦していた。しかし、少女は二人の力量差が圧倒的だと感じ取るなり、小さくため息を吐き、口を開く。
「これだけの時間が経っても一人も仕留められないなんて、あなたには失望したわ」
その声に気づき顔を上に向けるHNΩ。
彼は少女の姿を見るなり、HNΩの瞳が幾度も点滅する。
これは動揺している証拠だ。
「なぜ、あなた様がここに……!」
少女は電柱から飛び降りると、カイザーとHNΩの間に割って入る。
そしてロボの方を向くと。
「あなたを処分しにきたの」
思いがけない一言に、HNΩはその場で土下座をし懇願する。
「どうか、今一度だけチャンスを!
この男を命に代えても必ず仕留めてご覧に入れます! ですからどうか!」
美琴は信じられなかった。
ムースを瀕死に追い詰め、数々の多彩な攻撃法を持つ凄腕の殺し屋HNΩ。カイザーに圧倒され劣勢気味とはいえ、高い実力を持つのは確かだ。
その彼を姿を見せただけでこれほどまでに動揺させる少女。
彼女は何者なのか。
HNΩは彼女に弱みでも握られ、従わされている立場なのだろうか。
ここでカイザーの顔を見てみると、彼は口を閉じ、彼らのやりとりを見ている。
彼ほどの実力者ならば、二人まとめて倒すことも不可能ではないはず。
そうしないのは、少女から放たれる気を感じ取ってのことなのか。それとも他に別の理由が——
様々な憶測が頭の中を駆け巡る中、謎の少女とΩの会話は続く。
「残念だけど、あなたがどれだけ頑張ってもあの男には勝てないわ。
確かに、あなたは以前よりも何倍も力を増した。
けれど、それ以上に彼は進化していたのよ。
それは先ほど最大技を一蹴されたことでも証明されたはず。
潔く負けを認めるのも戦士として必要なことよ」
少女の掌に緑色のエネルギーが凝縮されていく。
「哀しいかもしれないけれど、処分を受け入れなさい」
「うわあああああッ! 嫌だ、嫌だ! 俺はまだ消えたくねぇえええ!」
頭を抱え絶叫したかと思うと、振り向くことなくHNΩは逃走する。
その姿は宇宙最強の殺し屋としての誇りはどこにも感じられない。
少女は超高速移動でΩに追いつくと、その背に貫手を放つ。
鋭い手刀はΩの背と胸を貫通し、彼の体内から山吹色の球体を取り出した。球体はΩの核であり、これが破壊されると彼は再生も自らの存在を維持することもできなくなってしまう。
「さようなら」
「俺は——」
無慈悲に球体が潰されると同時にHNΩの身体は透けていき、遂には跡形もなく完全消滅してしまった。
唯一少女の手に残った球体も塵となって風の中へと消えていく。
少女の瞳から一滴の涙が零れた。
「どうして! 仲間にそんなことをするんですか!」
彼女が振り向くと、そこには後を追ってきた美琴達の姿があった。
美琴は少女のやり方が理解できなかった。これまでの関係を見るに、彼女とHNΩは仲間なのだろう。
敵とはいえ、全力で闘ったΩに対し、劣勢という理由だけで始末した少女に、美琴は怒りを隠せなかった。
少女はくすりと笑い、深緑色の瞳を光らせ言葉を紡ぐ。
「約束を守れなかったからよ」
「約束?」
「彼はスター流の門下生の全てを始末するという条件で、監獄からの自由を求めた。私はそれに応じて彼を出してあげたの。
でも、結果はご覧の通り。
約束を守れなかったんだから、処分するのは当然のことよ。
そうでしょう、カイザーさん?」
話を振られたカイザーは口ごもるだけだ。少女は口から棒付きキャンディーを取り出し、それを腰のホルスターに入れる。
「あらあら、答えられないのね。
まあ無理もない話よね。ところで——」
ここで少女はムースに目をやり。
「あなた、とても良い香りがするわ」
「当然ですわよ。最高級のバラの香水をつけていますもの」
「私が感じているのは、あなたから発せられる甘い恋の香りよ」
甘い恋。
少女の問いかけにムースは思い当たる節があった。だが、相手に気づかれないように素知らぬ振りを決め込む。
そんな彼女に少女は告げる。
「あなたには掟は関係なかったわね」
「……何のことですの」
「それは、あなたが一番よく分かっているはずよ。
今日は少し挨拶に来ただけだから、もう行くわ」
少女は指を鳴らしてその場から消える。
スターのように。
ジャドウのように。
少女はスター流の関係者では?
名前も告げず、喋りたいだけ喋って消えた少女。
だがその彼女に対し、美琴は近づくことができないほどの、禍々しいオーラを感じ取っていた。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.42 )
- 日時: 2019/09/12 08:51
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
HNΩさんとの激闘が終わったわたし達はカイザーさんの家に行き、彼にどうしてここに来たのか経緯を説明しました。彼はわたし達の話を聞いてもじっと黙ったままでしたが、やがて重い口を開きました。
「君達のことも、スター流が危機に陥っていることもわかった。だが、スター様からの命令とはいえ、私がこの地を離れることはできそうにもない」
「どうしてですの!?」
ムースさんがテーブルから身を乗り出して訊ねます。
彼女にとっては首に取り付けられた爆弾を解除してもらうことと、減刑を約束されているのですから任務が達成できなければずっとこのままで生きていかなくてはなりません。
それはわたしにとっても彼女自身にとっても辛いことです。ですが、ここは落ち着いてカイザーさんの言い分を聞いてみることにしましょう。
「私としても君達に協力したいが、不動とジャドウが私の復帰を認めてくれないだろう。彼らが言うには『お前は長く最前線で闘いすぎた。地球を守り、この星のために尽くした半生を送ったのだから、そろそろ引退して穏やかな余生を過ごして欲しい』とのことだ」
「それでカイザーさんは人里離れたこの家で生活しているのですね」
彼は頷き。
「ここなら敵が襲ってくることも無く穏やかに過ごせる。
しかし、彼らの折角の申し出を受け、穏やかな生活を過ごしつつあっても、私の身体は人々の危機を見過ごすことができないでいる。
地域を限定して闘ってはいるものの、それを彼らに知られたら叱られるだろうな」
カイザーさんは自嘲的に笑い、コーヒーを一口飲みました。コーヒーカップは普通サイズなのですが、彼の巨大な手と比べますと、まるでおちょこぐらいの大きさしかなく、自然と笑みがこぼれそうになります。
ですが、彼は本当にこれでいいのでしょうか。
現に私達がいる居間でさえ、彼は窮屈そうな思いをしています。
レストランで儲けたお金は大半を恵まれない子供達に使用したので資産が無いとのことですが、長年に渡り世界の平和のために活躍してきた方がこれほど生活しづらい環境にいるのは、あまりにも不憫です。
「カイザーさん。無理を承知で訊ねます。もう一度、スター流本部に戻っていただけませんか?
そうすれば窮屈さともさよならできます。それに、ムースさんを救うことにもなります。ジャドウさんや不動さんはわたしが説得しますから、どうかお願いします!」
「わたくしからもお願いしますわ。自分のためではなく、美琴様のために」
何ということでしょう。
ムースさんがわたしと一緒に頭を下げました。彼女はいつも高慢で物事を頼む際にも、さも当然と言った態度でしており、頭を下げることなどありませんでした。
その理由がわたしのためにというのも他人の気持ちに共感できるようになった心情の変化とも受け取れますし。
最も、「美琴様のために」をやたらと強調していたのが気にかかりますが。
彼は腕組をして暫し考え込んでいましたが、やがて立ち上がり。
「君達の熱意に敬意を表し、スター流に赴いてみよう。復帰はその後に考えようかと思う」
「ありがとうございます!」
「但し、一つだけ条件がある。それは、君達が先ほど出会った少女のことを決して口外しないことだ」
HNΩさんをあっさりと消滅させた謎の少女。
彼女は瞬間移動で姿を消す前にムースさんに恋の匂いがすると言っていました。
ムースさんからは以前に恋人がいたという話は聞いていませんから、もしかするとつい最近になって好きな人ができたのかもしれません。
ですが、どうにも府に落ちないのです。
彼女はわたし以外の人と行動を共にしておらず、この旅で一緒に話したのはカイザーさんとヨハネスさんだけです。
ヨハネスさんとは相性が悪そうでしたので、きっと彼女の想い人はカイザーさんなのでしょう。
五〇〇年前に助けてもらったそうですし、やっと憧れの人物に出会えたのですから恋心を抱いても不思議ではないでしょう。
ただ、わたしと会話をする際、時折頬を赤らめるのが気にはなりますが、同性のわたしを好きになることは天地がひっくり返ってもあり得ません。
それ以上に疑問なのが、カイザーさんが彼女の存在を秘密にしたがっていることです。つまりそれほどカイザーさん、あるいはスター流にとって都合の悪い方なのでしょう。
そんな憶測を立てていますと、カイザーさんがコーヒーを一飲み干し。
「彼女について知りたければ、スター流門下生名簿を見てみるといい」
このように助言を受け、三人で本部に帰った後、わたしは早速ビルの三階にある図書室で名簿を探してみることにしました。
読書家のスターさんは世界各国の様々な本を集めているので、図書館に置かれている本の数は膨大なものがあります。それでも今はネット時代ですから、スター流門下生名簿と検索をかければ、簡単に探し出すことができました。
本棚から目的の本を取り出し、読書スペースで開いてみます。
机の上に置いた名簿で百科事典のように厚く、表紙がボロボロなところから、相当昔に作られたことがわかります。
名簿の中には顔写真入りでこれまで所属していた門下生達のプロフィールが事細かに載っています。
中を見ますと長い歴史を誇る流派だけのことはあり、膨大な数の門下生がいます。
ですがその大半が病気や戦闘により他界しています。
ムースさんの説明によりますと、超人キャンディーはあくまで不老長寿にするだけであり、重い病気や闘いで命を落とすこともあるそうです。
そう考えますと毒薬を飲んで副作用を消すのは意味が無いように思えてきました。
ページを捲り、問題の少女の顔写真を探していきます。
ですが、幾度名簿を読み返しても彼女の姿はありません。
スター流の門下生なら全員載っているはずの名簿ですのに、これはどういうことなのでしょうか。
念には念を入れてもう一度だけ確認してみますと、四ページ目だけが破られていることに気が付きました。
いたずらでしょうか。
いえ、それでしたら他のページも破かれているはずです。
ところが失っているのはそこだけなのです。
これは恐らく、誰かがそこだけ破ったのでしょう。
目次を見てみますと、無いはずの四ページには『メープル=ラシック』と記されていました。
本来所属しているはずの門下生。
名前からして女性ですから、もしかするとこの方はわたし達が出会ったあの少女ではないでしょうか。
どうして彼女のページが破られているのか。
その理由をもう少し探ってみる必要がありそうです。
メープル=ラシックさんについて、図書室やネットを駆使して調べてみたものの、情報を得ることはできませんでした。カイザーさんに聞いてみても彼は無言を貫くばかり。
悶々とした気持ちを抱えたまま、二週間が経過しました。
李さんは目覚めません。
任務を終えたムースさんはチョーカー型の爆弾を外され、地獄監獄へと戻されてしまいました。
今回の活躍が認められ何年か減刑にされるようですが、これまで行った罪を償って欲しいと思う一方で彼女の減刑を喜ぶ気持ちもあり、複雑な気持ちです。
彼女の代わりに退院した不動さんが復帰し、以前のようにスパルタ教育でわたしを鍛えて貰っています。ですが「ガキ」呼ばわりは変わりません。
名前を呼んでくれたムースさんに戻ってきてほしいですが、ここは耐えなければいけません。
いつか、彼にきちんと名前を呼んで貰えるのが今の目標です。
そしてこの日、スターさんがスター流の全体会議を行うことを決めました。
会議室に行ってみますと、他のみなさんは既に席に腰かけていました。
「遅いぞガキ」
「申し訳ありません……」
「罰としてお前は俺の隣に座ってもらうッ!」
特訓でも一緒で会議でも不動さんと同じなのはかなりキツイです。しかしおにぎりの食べ過ぎで遅刻したわたしに非があるのですから、仕方ありません。
今回集まったのは、スターさん、カイザーさん、不動さん、わたし、ヨハネスさんの五人。
ジャドウさんは相変わらず失踪中のようです。
広い部屋の中央にある巨大な円卓に座っているのが五人だけなのは、正直言って寂しいです。
「スターさん、どうしてこれだけしか集まっていないのですか?」
訊ねてみますと、スターさんは盛大にため息を吐き。
「初めて君に会った時に言ったはずだよ。スター流は門下生不足なのだと。私の弟子が李ちゃん達を含めても六人だけというのは悲しすぎる」
膨大な資産を使って宣伝すれば門下生も集められると思うのですが、どうやら彼はそれを望んでいないようです。
「ところで今回の会議はどんな内容を話し合うのですか」
「よくぞ聞いてくれた! 今日のテーマはコレ!」
スターさんがキラキラと青い目を輝かせ、テーブルのボタンを押しますと、天井からスクリーンが降りてきました。
そして映像を映し出します。
そこにはわたしが気になっているメープルさんの姿がありました。
「目黒怨、ムースちゃん、HNΩに続き、メープル=ラシックまでも地獄監獄から脱獄してしまった! 他の三人は君達の活躍で倒したり、協力者になったからいいけど、今回ばかりはそうはいかない!そこで今日は彼女をどうするかについて話し合うことにしたい!」
頭を掻きむしって困惑したかと思えば、満面の笑みでテンション高く告げたスターさん。
この状況をもしかすると楽しんでいるのでは?
そんな疑問が浮かぶのも無理もないことでした。
何はともあれ、スターさん自身から彼女の話題が出るのは好都合です。うまくいけばメープルさんについて色々と知ることができるのかもしれません。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.43 )
- 日時: 2019/09/12 08:54
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
「誰か意見はないかね?」
スターさんが挙手を求めますと、不動さんが手を上げて。
「メープルを野放しにするのは危険だ。やつは俺が往生させてやるッ!」
不動さんがガキと呼ばずに名前呼びをしたということは、メープルさんは彼に実力を認められていたことになります。
となると、少なくともわたしやムースさんより高い実力はありそうです。
続いてヨハネスさんが挙手をして口を開きます。
「彼女が相手だと一人で闘うのは危険だ。不測の事態に対応するためにも、ここはチームで行動した方がいいかもしれないね」
一人より二人だとより多彩な攻撃ができますし、HNΩさんとの死闘ではムースさんが彼を足止めし、わたしがカイザーさんのところへ向かうというチームプレーもできました。
経験からすると、チームで行動するのもいいかもしれません。
するとスターさんはカイザーさんに意見を求めました。
カイザーさんは暫く黙った後、低音で告げました。
「目黒、ムース、HNΩにメープル。彼らは全て地獄監獄から解き放たれた。監獄は囚人達では絶対に脱獄できない。仲間が助けに来ても不可能だ。牢獄を開ける専用の鍵がなければならない」
「そうだね。話を続けて」
スターさんが顎に手を置いて促しますとカイザーさんは頷き。
「地獄監獄の鍵束を持っている者はただ一人、ジャドウ=グレイだけです。私は今回の大量脱獄は彼の仕業と見ています。何らかの目的があって彼が囚人達を解き放った……
そう考えるのが妥当でしょう。メープルに関しては二人チームを構成して送り出し、事件の再発防止の為にも、我らにも地獄監獄の管理と監視の許可を与えてもらいたい」
カイザーさんの意見は真っ当なものでした。
どう考えても、多くの囚人を収容する監獄をたった一人で見守るのは無理があります。警備の人数を増やして彼らの監視を強化するのは当然だと思いました。
けれどスターさんの返答は衝撃的なものでした。
「何度も訊ねられたことだけど、今一度言おう。わたしは彼を信頼している。従って今後も地獄監獄の管理は彼一人で充分だよ」
「ですが、現実に囚人達の脱獄が——」
「君達ならメープルを捕まえられる! そうだろう?」
「私達が力を合わせれば可能ですが、再発防止に取り組まねば、人々の安全を守ることはできません」
「君の気持ちはわかるし、尊重もするよ。
でも、地獄監獄の管理はジャドウ君だけで充分。君も彼がどういう者かはよくわかっているはずだよ」
「……今後も、地獄監獄はジャドウに任せるという考えは変わらないのですね」
「すまないね。そこは貫かせて貰うよ」
お互い一歩も引かない舌戦を続けていましたが、スターさんの一点張りの前にカイザーさんは説得を諦めたようです。
普段は陽気で温厚なスターさんですが、何故かジャドウさんの話題になると決まって彼を庇います。
わたしが彼に攻撃されたと報告した時も冗談と言って、信用してもらえませんでした。
そして今回は重鎮であるカイザーさんの当然の意見も一蹴してしまいました。
それほどまでに信頼を置かれているジャドウさん。
わたしは彼が元殺し屋で、スターさんの最初の弟子ということしか知りません。ですが、もしかすると彼らの間にはわたし達には明かしていない秘密があるのではないでしょうか。
「美琴ちゃん、君の意見を聞かせてもらおう」
不意に振られたことと頭で思案していたことが重なり、うまく言葉が見つかりません。視線があちらこちらに移動し、動揺しているのが自分でもわかります。
ですがあまりにも長く沈黙していますと不動さんの喝が飛んできそうですので、早く考えをまとめなくてはなりません。
「えっと、わたしは、ヨハネスさんと同じ意見ですっ!」
その場を誤魔化すためとはいえ、ヨハネスさんの意見を利用した形になってしまったのは申し訳ないことです。
ヨハネスさんに小さく頭を下げ、腰を下ろしました。
その後はメープルさんについて詳しくないわたしにスターさんが彼女について説明してくれました。
彼からの情報をまとめますと。
一 彼女は元スター流の門下生であり、スターさんの後継者と言われるほどの実力者だった。
二 ある事情で流派を裏切り、地獄監獄に幽閉され、その存在はブラックリストに載せられることに。
三 何者かの手により脱獄し、HNΩを部下として従わせた。恐らく、他の囚人達も彼女の手引きにより脱獄していた可能性が高い。
一と二はともかく、三に関してはジャドウさんのせいということが誰の目からも明らかなのですが、そこを告げないあたり、彼に対する信頼が相当なものであることが伺えます。
この日はヨハネスさんの案が採用され、チームについては後日発表するとのことで会議は終了しました。
ですが、自分の部屋に戻った後も、メープルさんのことが頭から離れられません。
わたしから見て、スター流は厳しい修行こそありますが、皆さんは純粋に世界の平和を守る為に活動している方ばかりで、仲間意識も高い方だと思います。
豪華な食事もありますし、活躍に応じて報酬も受け取れますから悪い環境ではありません。
ですが、メープルさんはそこを裏切り悪の道へと走りました。
以前に会った際には外見からは悪意を感じなかったのですが、彼女の周囲からは禍々しい気が取り巻いていました。
何の理由もなく裏切るとは考えにくいですので、恐らくは裏切りたくなるほどの辛い事情があったのかもしれません。
彼女の過去を知ることはできませんでしたが、もしかするとこのスター流という流派には新参者のわたしの知らない面がまだまだあるのかもしれません。
歴史の長い流派ですから、過去と今では方針が違うということもあります。
ここで、わたしは一つの疑問に思い当たりました。
前に李さん入門した時は女性禁止だったと言っていました。
ですが、メープルさんは女の子です。
彼女の弟子入りした順は四番目ですから、李さんよりもずっと前ということになります。
そこから考えますと、スターさんはメープルさんの加入前は女子に対して寛容だったのでしょう。
ですが彼女の裏切りにより、一時期(と言っても三百年ほども)厳格になり、そこからまた考えを変えて入門を許可するようになったのです。
よほどメープルさんの離脱が悲しく、そして悔しかったと思いますが、それだけが理由ではないのかもしれません。
メープルさんの一件はまだまだ深い闇が隠れている気がします。
そして、わたしは何故か、彼女の件に関して他人事とは思えないほど強い関心が湧き出てくるのです。
同性だからかもしれませんが、それ以上に何か引っかかるものがあります。