複雑・ファジー小説
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- 攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
- 日時: 2019/09/12 17:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
1年ぶりの新作です。
生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?
※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。
出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6
修行編
>>7>>8>>9>>10
李編
>>11>>12>>13>>14
ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22
カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41
ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47
メープル編
>>48>>49>>50>>51
最終決戦編
>>52>>53
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.9 )
- 日時: 2020/08/10 06:31
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
千人対四人。普通に考えればどうあがいても勝ち目のない闘いである。その為美琴はスターに意見を唱えたものの、彼は美琴に「敵を倒すついでに夕飯の買い物を」と言って札束を渡すと瞬間移動で消えてしまった。ジャドウや不動によると他のスター流メンバーも支部から応援に来ることはできないと言う。たった四人だけでこの街を守り切らなければならない。美琴が自分に押し付けられた責任を感じる中、ジャドウが口を開いた。
「小娘よ。敵の殲滅は吾輩達でやる。お前さんはスター様から言いつけられた買い物でもしておけ」
「でも、三人だけで大丈夫なのでしょうか。わたしにも何かお力になれることが——」
「お前さんの力を借りずとも、我らは歴戦たるスター流の戦士。雑兵など瞬く間に全滅してご覧に入れよう」
彼はマントを翻し、先陣を切って歩き出す。その後に続く李と不動。一人会長室に残された美琴はスターから預かった札束を握りしめ、呆然とした表情で彼らを見送ることしかできない。
エレベーターを降り、ビルの出入り口付近に来た時、ジャドウが李に言った。
「李よ。お前さんにプレゼントがある」
「プレゼント、ですか?」
「左様。今日のカード占いの結果だ」
彼が李の手に渡したものは一枚のカードだった。表面を見せているので、結果は裏返さないとわからない。ジャドウは占いが得意であり、特に彼のカード占いは外れたことが一度も無いものだった。彼は基本的にスターの運勢しか占わない為、こうして他人に占いの結果を渡すことなど滅多にないことだった。それだけに何かあると勘ぐった李だが、運勢はカードを見て見なければわからない。カードを捲り、そこに記されていたイラストを見た李は、その一瞬で彼が何を言わんとしているのかを察した。
「……なるほど」
「今日の占いの結果は服の胸ポケットにでも入れて記念に大事に残しておくといい」
「……そうしますよ」
彼女は何処か影のある笑みを浮かべて胸ポケットにカードを入れ、二人と共にビルを出た。
既にビルの周囲は多数の忍者達に取り囲まれていた。彼らを倒さんと真っ先に動いたのは李だ。近くにいる忍者の一人を裏拳で昏倒させ、続いて襲い掛かってきた忍者には腹に蹴りを撃ちこむ。そして服の袖からヌンチャクを取り出し、振り回すことによって出口付近の忍者達を次々に蹴散らしていく。だが、忍者達はいくら倒してもまるでアリの大軍のように無限に押し寄せてくる。接近戦では有利な李も忍者達が雨霰と投げつけてくる槍の投擲の前には弾き落とすだけでやっとの状態だ。
他の二人は動く気配を見せないので自分一人でこの難局を乗り切るしかない。
かくなる上は発動するしかない。
李は掌に氣を集中させ火の玉を作り出すと、それを忍者達目がけて投げつけた。真っ赤に燃え盛る火の玉が地面に落ちると大爆発を引き起こし、彼らは跡形もなく消え去った。
「な、なんだコイツ!?」
「今、火の玉を出したぞ!」
怯む彼らに李はニッと笑顔を見せ。
「私の能力は炎を自由自在に操ることなんだよ。秘儀・火炎弾!」
地面を蹴って宙に舞い上がった李は、両の掌から次々に火の玉を敵に撃ち込んでいく。上空から投げつけられる火の玉は戦闘機が銃撃しているようなもので飛行する術を持たない雑兵達は手も足も出ずに倒されていく。
李の闘いの様子を観察していた不動はジャドウに呟いた。
「接近戦に加え、空中での攻撃も中々のもの。あの未熟だった李もここまでの戦士に成長したとはな」
「お前の節穴の目からすれば、そのような評価が妥当なのだろうが、吾輩に言わせれば奴の戦法はまだまだ未熟」
「根拠を言え」
「飛行術に加え能力を発動しての攻撃は体内のエネルギー消費を加速させる愚かな組み合わせだ。それが分からぬ奴でもあるまいに。現に奴の空中攻撃時間はあと三〇秒も残っておるまい」
空中を飛びながら攻撃を続けていた李は、ジャドウに言われるまでもなく自らの火炎弾の威力が衰えていくのを感じていた。掌の火は次第に小さくなり、やがて、全く炎が出なくなってしまった。空中飛行も限界を迎えたのか、速度と高度が落ち始めてきた。それを見逃すほど敵は甘くはなく、隙の生まれた彼女に一人の忍者が日本刀を手に跳躍し、空中戦を挑んできた。逆さまに落下しながら敵の攻撃の軌道を見切り、手刀や蹴りを食らわせるものの、相手は鎖帷子を付け防御力を増しているのでダメージが通りにくい。
「ヒャアッ!」
奇声を発し繰り出された刀の一撃は李の服を掠め、拳法着の肩部分を露出させてしまう。幸いなことに素肌に直撃しなかったものの、二撃目はどうなるかはわからない。身を翻し地面に着地し、忍者と間合いをとる李。
弧を描くようにその場を動き相手の出方を待つ。だが、李はこの時、無意識のうちに忘れていた。この戦闘は一対一などではないことを。
風を切る音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、彼女の脇腹に激痛が走った。
後方に待機していた忍者の放った銃弾が脇腹を掠めたのだ。赤い拳法着が脇腹から滲み出る血により更に赤く染まる。李は額から冷や汗を流しながらも、前方の敵の開いた口に鉄拳をブチ込んで、相手の頭部を貫いて瞬殺。素早く拳を引き抜き、返す刀で後方の敵に拳圧でもって反撃した。李の正拳突きから放たれる衝撃波を受けた忍者は背後にあったコーヒー店の窓ガラスもろとも粉砕される。
「……これがスター流の力だよ」
得意気に語るものの、李は腹部への負傷と度重なる能力の使用によってその体力は確実に限界に近づいていた。傷口を抑えることにより負傷箇所を修復するものの、一対多数の闘いは李の華奢な身体に少しずつダメージを蓄積していく。スター流のメンバーは修行により鍛えているので全員が総じて攻撃に対する耐久力が非常に高い。加えて常人離れした人体の回復力を有している。その特性のおかげでダメージはかなり軽減できはするものの、負傷を完全に治癒することはできないので自分でも気づかないうちにダメージを蓄積させていることがあるのだ。
李は手数の多い攻撃型の戦士である。
素早い攻撃で相手の反撃を許さない戦法を用いるが、反面、体力切れが早いという欠点を持っていた。
不動はその猛禽類の如く鋭い目でもって、彼女の負傷度がどの程度のものか見極める。
「あの状態で古傷を攻められたなら、李は危険だ。そろそろ俺が出る頃だろう」
一歩前に足を踏み出す不動にジャドウが不敵な含み笑いをした。
「何が可笑しい」
「別に大した事では無い。奴がどうなろうと戦局は変わらぬ。あのような小娘など捨てておこうが息絶えようが何も変わらんよ」
「俺は仲間を見捨てられるほど非情に徹した覚えはない」
「下らん。大した実力も無い若造が半端な能力を得て出しゃばるからあのような結果を招くのだ。李のような愚か者など、救う価値はない」
「お前はそれでもスター流の一員か!」
眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで睨む不動だが、ジャドウはどこ吹く風でズボンのポケットに忍ばせた洋酒の瓶を取り出し、グビリと一飲み。
「仲間や友情など反吐が出る。全く、お前とカイザーは同じ穴の狢だ。李を助けて無様に返り討ちに遭いたいのであれば、好きにするがいい。吾輩は酒でも飲みながら高見の見物をさせてもらう」
「好きにしろ。俺も好きにさせてもらう!」
不動はジャドウに吐き捨てると、李の元へ超高速で向かっていった。
李達が忍者軍団を相手に激闘を繰り広げている頃、美琴はビルの裏口から外へ出て、近所にあるスーパーへと向かっていた。理由はもちろん、スターに頼まれた買い物をするためである。
「皆さんが闘っている時に、わたしは買い物などをしていいのでしょうか……」
自問する美琴であったが、スター流の修行を開始して一か月かそこらの自分が闘いに赴いたところで足手纏いにしかならないだろうとも自覚していたので、買い物係としての役割をきちんと果たすことが自分に与えられた使命であると気を取り直して、少しでも速くスーパーへ辿り着きたい一心で、歩く速度を速めた。だが、曲がり角に差し掛かったところで、忍者達が左右の塀から飛び出し、彼女の行く手を塞いできた。人数は六人であり、横一列に並んでいるので彼らをかいくぐる訳にもいかない。だが、ここを超えなければスーパーに行くことはできないのだ。
彼女はマイバックを地に下ろし、格闘の構えをとった。
「申し訳ありませんが、そこを退いてくださいませんか」
「そうはいくか。俺達はお前がスターコンツェルンビルから出てくるのをこの目で見た。それは即ち、お前がスター流の者であるという何よりの証になる!」
「ビルから出てきたという理由だけでスター流の所属と考えるのは早計ではないでしょうか」
「では、その構えはなんだ?」
「えっと……これは、そのぅ……」
構えを指差され指摘された彼女は赤面し、狼狽える。それを見た忍者軍団のリーダー格はホッケーマスクを取って髭面の素顔を露わにすると、ニイッと邪悪な笑みを零した。
「ボロが出たな。者共、殺れぃ!」
彼の号令により、美琴目がけて残りの四人が一斉に飛びかかっていく。
彼らは得物である槍の切っ先を突きつけ、彼女を一刺しにしてやろうと襲いかかる。
「闘いは好まないのですが、仕方がありません。これも修行と割り切りましょう」
「何をブツブツ言ってやがるッ!」
紫色の帯を締めた忍者が槍を突いてくるが、それを美琴は紙一重で避けると槍の柄を片手で掴んで、忍者ごと上空に持ち上げ、怪力にものを言わせて投げ飛ばす。吹き飛ばされた忍者は五メートルほど吹き飛び尻餅をつくものの、すぐに起き上がって再度特攻を試みる。
他の忍者達も彼女を仕留めるべく、四方を取り囲んで、穂先を突き出す。
「ハッ!」
すんでの所で空中に跳躍した美琴は、四つの穂先の上に絶妙なバランス感覚で乗ると、そこから細い柄を足場にしてトンボを切って一人の黄色い帯を締めた忍者に近づき、彼の喉につま先蹴りを見舞った。
「ゲフォッ!」
喉に鋭い蹴りを食らった忍者は嘔吐物を吐き出し、槍を手放し失神した。
残る忍者はリーダーを合わせて五人。
「このアマッ」
青い腰帯の忍者が連続突きを見舞うが美琴はそれを上体反らしで全て躱すと、一気に間合いを詰めて寸勁を食らわせる。後方へ吹き飛ばされた青忍者は電柱に背中を打ち付け、気絶。
続いて槍を見舞ってきた赤忍者の一撃を軽々と回避した美琴は倒立をして相手の首を自らの両足で挟み込み、強靱な脚力を利用して空中へ舞い上がらせると、自らも彼を追って跳躍。落下していく最中にパイルドライバーに極め、忍者の脳天を思いきりコンクリの地面に衝突させた。
「グボフェ……」
その威力に忍者の仮面は粉々に砕け、額から血を噴き出して、がっくりと動かなくなる。ここで美琴は手を下ろし。
「あなた方はこれで四人となりました。これ以上の争いは無益です。わたしが倒した彼らも気を失っているだけで、命に別状はないでしょう。身を引くなら今が良いかと思われます。どうしますか?」
すると忍者のリーダーは目を血走らせ。
「ふ、ふざけるな! 敵に情けをかけられるような屈辱を受けて、おめおめと引き下がれるか。そのような真似をすれば我らが幹部に粛清されるわッ!」
「わたしは自分の力を制御できません。これ以上闘えばあなた方の命を奪ってしまうでしょう。それでも、あなた方は闘いますか?」
「上等だ。殺れるものなら殺ってみろ」
残る三人は帰還して上司に粛清されるという確実な死よりも不確定な力の美琴との戦闘を選んだ。相手は華奢な少女である。先の三名は油断しただけであり自分達が本気で挑めばこのような少女などものの数ではない。彼らはそのように結論付け、今度は槍以外の多彩な武器で応戦しようと策を練った。最初に動いたのは緑忍者だ。彼は煙玉を地面に打ち付け、美琴の視界を煙で包み込む。全方位が濃く白い煙で忍者の姿を見失い、視線を動かす美琴だったが、彼らの姿は見当たらない。彼女は自らの胸に手を当てて、小さく息を吐き出した。
「よかったです。彼らはわたしを煙に巻いて逃げ出したのですね。本当に良い選択をしてくださり、感謝します」
「甘いぜ、嬢ちゃん!」
「!?」
彼女が安堵した刹那、後方から声がした。驚き振り返ろうとしたものの、完全に気を抜いていたこともあり、初動が遅くなってしまった。既に忍者は刀を振り上げている。腕で防ごうとするものの間に合わず、刀を受けてしまう。
切り裂かれた腕からは鮮血が噴き出し、激痛のあまり、彼女は空いた手で負傷箇所を抑える。だが、それは彼女が両腕を封じられたのと同じ行為だった。
美琴は残る三方向からも殺気を感じ取ることができたものの、激痛で視界が霞み始めている。流れ出る汗が、筋となって細い顎を伝って地面に滴り落ちる。
「嬢ちゃん。アンタはよくやったよ。だが調子に乗り過ぎて、油断し、俺達の罠に嵌ったと言う訳さ。まあ、切り刻んでソーセージにでもして食ってやるから安心しな」
そう語るリーダーの顔がぐにゃりと歪んだかと思うと、緑色の肌に尖った耳、額からは二本の鋭利な角の生えた異形へと変わってしまった。
「……ッ!?」
相手のあまりの変貌ぶりに目を見開き驚愕することしかできない美琴に異形の忍者は鍵爪の生えた緑の腕を伸ばし、彼女の細い首を掴む。そして徐々に力を加えていく。
「さぁて、何秒耐えられるかなぁ……?」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.10 )
- 日時: 2018/09/07 07:38
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
忍者の首を絞める力が強くなるにつれ、美琴の視界は霞んできた。激痛に耐えながらも敵の腕を掴んで首から引き離そうとするものの、忍者の力は先ほどと比較しても倍以上に強くなっているだけでなく自分の腕は出血によるダメージで本来の半分の力も発揮することができないでいた。忍者は彼女がもがき苦しむ様子を舌なめずりをして見ていたが、やがて仲間に告げた。
「者共、そろそろこの女を始末するとしようぜ」
「承知!」
彼らの返事を聞いた隊長はガラ空きの美琴の腹に膝蹴りを打ち込む。
「か……は……」
激痛で前のめりになって呻く彼女を肘打ちの追撃で地面に押し倒すと、背を踏みつけ、腹を蹴り上げる。軽量の美琴が悶絶しながら転がると、彼女を待っていたのは銀色の帯を締めた忍者だ。
彼は容赦なく美琴の身体を蹴飛ばし、金色の帯を締めた忍者にパス。
飛んできた彼女を隊長に蹴り上げ、それを再び銀色の忍者に……という風に三人はトライアングルを描いて美琴の身体をまるでサッカーボールの如くに蹴って蹴って蹴りまくった。
美琴の服は傷つき、腕や足は紫色の打撲が出来る。やがて狂気の遊びに飽きた忍者達は今度は彼女の服の胸倉を掴んで強引に立ち上がらせ、代わる代わる彼女の顔面を殴り始めた。
殴られる度に顔を歪め、苦痛のあまりに薄らと涙を浮かべる彼女の姿を嘲笑い、更に攻撃を続ける忍者達。殴打を幾度も受けたこともあってか、彼女は口が切れ、真っ赤な血がポタポタと血に落ちていく。両腕と口の出血が酷く、その姿は痛々しさが漂うが、忍者達はいかに抵抗力を失った少女であろうとも、スター流の一員という理由だけで容赦なく彼女に打撃を与え続ける。
美琴は殴られながら彼らの考えを悟った。恐らく彼らは自分が息絶えるまで攻撃を止めることは決してないのだと。
「もう、やめてください……」
カの鳴くような小さな声で訴えるとリーダーを除く忍者達は仮面の奥で笑い声を上げた。
「やめてくれ、だとさ」
「誰がお前の言うことなど聞くか。反撃したのはお前だろうが」
「お前が俺達の仲間を痛めつけているから、仕返しをしているのみ。文句を言われる筋合いはない」
忍者達の言葉の前に、美琴は首を垂れた。彼らから攻撃を仕掛けてきたとはいえ、応戦し、結果的に彼らの仲間を叩きのしてしまった自分に弁解の余地はない。
ならば、彼らの仲間を傷つけてしまった償いに、彼らの気の済むまで殴られた方が良いのではないだろうか。そんな考えが頭を掠め、心身共に完全敗北しそうになった刹那。
「一対三なんて随分卑怯な真似をしてくれるじゃないか」
声がしたかと思うと、忍者達と美琴の間に何者かが割って入った。
オレンジ色の三つ編みに整った顔立ち、中国風の拳法着を身に纏ったその姿は——
「李さん!」
「助けにきたよ。美琴さん」
彼女はそう言って美琴を背で庇うと三人の忍者を睨む。
「君達には熱いお仕置きをしてあげなければならないようだ」
「女が一人加わった程度で我らに勝てるとでも?」
「私を舐めるなよ」
李は両の拳に炎を纏い、銀色の忍者に強烈な一撃を加えた。
「火炎拳!」
殴られた忍者は顔面の左半分が解け、仮面とその下の人の化けの皮の中から銀色の素肌をした鬼の形相が露わになった。
「キャッ」
三人の忍者のうち二人が異形と知った美琴は短い悲鳴を上げるが、李は動じない。それどころか微かに笑みを浮かべ。
「君達の正体は鬼だったのか。でも、一体誰に雇われたのかな」
「そのような重大なことを貴様のような女に吐けるか」
「吐かないのなら仕方がない。君達の人生はここまでだ!」
上空に舞い上がり錐揉み回転をすることで炎を纏った蹴りを作り出した李は、それを銀色の忍者の甲板に見舞った。
蹴りはそのまま銀色忍者の胴を貫き、見事な風穴を開ける。李が地面に着地したのと同時に銀色忍者の身体は後方に倒れて爆散した。爆風の威力に美琴のロングヘアは風に靡き、砂埃が舞い上がる。周囲が埃に覆われる中、彼女は軽く咳き込みながらも李の姿を探す。
だが、彼女も忍者達の姿も濃い砂風の前では探すことはできなかった。
「この光景は、まさか……」
美琴には思い当たる節があった。
この戦法は先ほど自分が忍者達にしてやられたことと同じなのだ。
彼女が確信を持っていると、砂の中から声が聞こえてきた。耳を澄ませてみるとこのようなやりとりだった。
「畜生! あのアマ、何処へ隠れやがった!」
「美琴さんがやられた借りは返させてもらうよ」
「隊長、声が聞こえ……ギャアアアッ」
「何だと!? グフッ……」
煙が晴れた後に美琴が目の当たりにした光景は中央に李が立ち、左右に忍者達が彼女と向かい合っている姿だった。
だが、忍者達はピクリとも動かない。
それもそのはず。彼らは二人とも李の片方ずつの貫手により、心臓を貫かれていたからだ。彼女が貫手を抜くと、二人も先の銀色忍者と同様に爆発し、跡形もなく消え去った。
「李さん、危ないところをありがとうございます」
美琴が丁寧に礼を告げると彼女は笑い。
「いや、お礼を言われるほどのことではないよ。当たり前のことをしただけだからね」
ここで彼女は言葉を切り、辺りに倒れた三人の忍者を見渡す。起き上がる気配こそ感じないものの、李には彼らの心音から生きていることを察知した。
「他の忍者達は君が倒したんだよね。でも、どうして彼らに止めを刺さなかったの?」
「……敵とは言え、彼らは生きていますから。生きていればいつか改心をすることもあり得るでしょうから」
彼女の考えを聞いた李は顎に手を当てほんの少し思案した後に口を開いた。
「もしも私が君と同じ状況に置かれたら、間違いなく彼らを殺めていたと思う。でも、君には君のやり方があるのだから、私はそれを否定しないよ」
「……ありがとうございます」
「周辺の敵は全て不動さんが一蹴したから、もう大丈夫だよ。君は負傷が酷いから、早く帰った方がいい」
彼女は美琴の手を取ると彼女に肩を貸して歩き出した。
彼女達が去って一〇分後。闘いが繰り広げられた路地に一人の男が現れた。
黒いソフト帽を目深に被り、黒いスーツを身に纏った男だ。顔は青白く、右目にはスコープをはめている。コートの腰部分からは黒く尖った悪魔の尻尾が生えている。謎の男は倒れている忍者達の前に歩みを進めると、落ち着いた声で言った。
「起きろ」
すると声に反応し、三人の忍者が意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がってきたのだ。彼らは男の顔を見るなり、深々と頭を下げた。
「め、目黒様! 申し訳ございません」
「失敗したか」
「左様でございます」
「お前達が失敗したせいで俺が動かねばならんとは、実に怨めしい」
彼は忍者達に掌をかざして冷気を放出すると、彼ら三人を一瞬にして氷の彫刻へと姿を変えてしまった。
「お前達の怨みなど食っても旨くはないからな……あばよ」
回し蹴りの一発で三体の彫刻を粉砕すると、男はガラスのように砕け散る彫刻達を背にして歩き出す。暫くコートのポケットに手を入れ歩き続けたものの、やがて男は足を止めてポケットから手を出した。彼の手に握られていた一枚の紙で、そこには李の顔写真が大きく貼ってある。
「シャバに降りて早々、仕事の依頼とは全く怨めしい。だが、依頼達成率一〇〇%の名誉にかけて、李を早々に殺るとするか。この殺し屋、目黒怨がな」
ビルに帰還した李と美琴は互いに深い傷を負っていたこともあり、医務室へと運ばれ、二人並んで隣同士のベッドへ寝かされることとなった。彼女達は怪我の治癒を一通り受けた後、負傷箇所に包帯を巻いた姿で仰向けの状態で眠っていたが、夕飯の時刻になると空腹を感じ取り目が覚めた。李と美琴は互いの方に頭を向けて言った。
「お腹、空きましたね」
「そうだね」
「今日の夕ご飯は何になるのでしょうか?」
「僕はラーメンがいいな。大好物だからね」
「わたしは大好物のおにぎりがいいです」
「フフフ……どっちも好きなものが食べたいなんて、僕達は少し似たところがあるんだね」
「そうみたいですね」
美琴は微かに微笑んだが、すぐに表情に影を落とし。いつもよりも元気のない声で告げた。
「わたしっていつも不動さんや李さんに守られてばかりいて、全然みなさんの役に立っていませんね」
「君はまだスターさんに弟子入りして僅か一か月じゃないか。焦る気持ちはわかるけど、強くなるには毎日の積み重ねが大事だからね。それに、最短でスター流を卒業した子も三か月はかかったんだから、焦ることはないよ。それに僕から見て、君は才能があると思う。一か月で忍者達とあそこまで渡り合うことができたんだからね。君は役立たずなんかじゃないよ。立派な僕達の仲間、スター流の戦力だよ」
仲間、戦力。自らを恥じて情けなく思っていた美琴にとって、李の言葉にどれほど励まされたかは想像に難くない。心の不安が消えた美琴は先ほどの戦闘で気になった点を彼女に訊ねた。
「さっきの戦闘で李さんは炎を出しましたけど、あれはどうやったのですか」
「僕は炎を自由自在に操る能力を持っているんだ」
「それは、わたしみたいに小さい頃から備わっていたものなのですか?」
「いや。僕は最初は無能力者だった。スター流の卒業の証としてスターさんから能力を与えられたんだ」
「能力を……与えられる?」
「スターさんは『超人キャンディー』というキャンディーを製造していてね。それを食べると能力者になることができるんだ。どのような能力を得られるかは食べた色によって異なる。但し、このキャンディーは沢山能力を得たいからという理由で複数食べても能力が得られる訳じゃないらしい。スターさんが食べると何の変哲もないただのキャンディーらしいんだけど、僕達が食べると能力者になれるそうで、複数食べると拒絶反応が出て普通は死亡するらしい。
だからスターさんは卒業生一人につき、一個しか与えないようにしているんだ」
「わたしは小さい頃から超人的な身体能力が備わっていたのですが、それは李さんの言う能力に該当するのでしょうか」
「どうだろう。今のところは謎だね。でも、そのうち君の身体能力の秘密は明らかになるはずだよ」
ここまで話した時、不動がおにぎりとラーメンを載せたトレイを持ってきた。そしてやや雑に彼女らの机に置き。
「食え」
「いただきます!」
二人は手を合わせて食べ始める。美琴はペロリとおにぎりを食べ、歯を磨いて寝てしまったが、李はラーメンの味を噛みしめるかのように時間をかけて食べている。もちもちとしたちぢれ麺に醤油の甘みと香りの漂うスープ、トロリと柔らかな歯ごたえのチャーシューに噛み応えがありよく味の染みついたメンマ。そしてラーメンの定番でもある煮卵。それらをゆっくりと時間をかけ、スープまで飲み干して完食した。
彼女が食べ終わるまでの間、不動は壁に背中を預けてその様子を見ていたが、食べ終わったのを確認すると小さく呟く。
「美味かったか」
「今まで食べたラーメンの中で最高でした」
「今日のは俺が作ったのだが、ラーメン作りが別格なお前に言われるとは光栄だな」
「本当に美味しかったです、不動さん」
李は瞳を潤ませ、両の瞳から涙を流した。涙を拭こうとするが、彼女の目からは涙が後から後から流れてくる。
「あれ、可笑しいな……不動さんの作ったラーメンが美味し過ぎて涙が止まりませんよ」
「我慢する必要は無い。お前が泣く理由はわかる。今、この瞬間だけは思いっきり泣いていい。俺が許す」
気丈なはずの李が普段は見せるはずのない涙。顔をぐしゃぐしゃにして泣く彼女がどれほど辛い気持ちと向き合っているか、彼には想像ができた。美琴が寝ている中、李は叫び声を上げて泣き続ける。不動は彼女の背に手を回し、優しく抱きしめた。無言で抱きしめるうちに彼女の声は小さくなり、荒かった呼吸も次第に落ち着いたものになってきた。彼女の心臓の鼓動を聞きながら、不動は訊ねる。
「会いたいか」
「はい。出来る事ならもう一度だけ隊長——カイザーさんに会って、僕の想いを伝えたかった」
「仮にお前が想いを伝えたとしても、奴は決してお前の想いに応えることはないだろう」
「わかっています。彼が僕の想いに応えられなかったとしても、僕はこれから先も彼を永遠に愛し続けるでしょう」
「……そうか」
不動は短く言って踵を返すと、部屋を出た。残された李はすやすやと眠る美琴の寝顔を見て。
「美琴さん、君の初恋を失恋にしてしまってごめんね。君と過ごせた時間は本当に楽しかったよ。僕と仲良くしてくれてありがとう」
李は美琴の顔を除き込むと彼女の赤く生き生きとした唇に感謝の意を込めて優しくキスをした。起きる気配の無い美琴を後にして李は静かに医務室を出る。
「これで悔いはない。あとは、大きな用事を済ませるだけだ」
夕刻。李は負傷した身体をおして荒野へとやって来た。
荒野には夕日に照らされた男が一人立っていた。
黒いソフト帽に黒スーツ、そして右目のスコープ。殺し屋である目黒怨である。彼は李の姿を見ると口角を上げてニヒルに笑う。
「李、よく逃げずに来たものだ。連れはいないのか」
「いない。僕一人だけだ」
「尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだが、どうする」
「その言葉は君にリボンでも付けて送り返すよ」
「相変わらず口の悪い小娘だ。しかし、お前の毒舌も今日が聞き納めだ。何故ならば、お前を殺せと依頼が来たからな」
目黒は懐から赤い銃を取り出し、スコープで彼女の心臓に狙いを定める。
「仲間を連れて来なかったのは賢明な判断だ。犠牲も減らせるし、死に様を見られることもない」
目黒は容赦なく引き金を引き、青紫色の光弾を李に撃ち込むが、彼女は側転で弾を回避。避けられた弾は地に落ちて小さな穴を開ける。
「今の攻撃をよく避けたものだ。褒めてやってもいいぞ」
「君に褒められても嬉しくはないね。予め言っておくけど、僕は君のような三流の殺し屋に奪われるほど安い命は持っていないんだ」
「その方が俺にとっても好都合だ。半世紀ぶりに地獄監獄からシャバに出てきたんだ。久しぶりの標的が雑魚では萎えるからな」
目黒は喋りながらも銃を乱れ撃ちをする。けれど李は素早い動きで躱し続け、命中を許さない。
「地獄監獄に閉じ込められていたはずの君が、どうして地上に出てこられたのか気になるね」
「その訳はお前が俺に勝てたら教えてやる。だが、その日は永遠に訪れないだろうがね」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.11 )
- 日時: 2018/09/07 07:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
不動さんが持ってきたおにぎりを食べ終えたわたしは、急に睡魔に襲われてしまいましたので、歯磨きをして眠ることにしました。隣のベッドにいる李さんは大好物のラーメンを食べ続けています。食べるペースが遅めであることから考えるに、きっとゆっくり味わって食べたいのでしょう。
「おやすみなさい」
それだけ言って深い眠りについたわたしですが、忍者達の戦闘の疲労が相当に溜まっていたのでしょう、どんな夢を見たかも思い出せません。ですが、不意に唇に柔らかい感触を覚え、それで目が覚めたことだけははっきりとわかりました。まるで誰かにキスをされたかのようでしたが、わたしにキスをしてくれるような王子様が急に現れたとは思えません。だとするとこれは夢でしょうか。夢にしては妙にリアルな感触でしたが……
疑問が解けないまま、二度寝をしようと毛布を被りますが、目が覚めてしまったこともあってか、中々眠りに就くことができません。
仕方がないのでこのまま起きることにして、まずは顔を洗ってこようと思いました。隣で寝ている李さんは起こさないように薄暗い医務室内を歩き、お手洗いへと向かいます。電灯をつけて、洗面台の傍に置いてある時計を確認してみますと、早朝の四時半でした。確かわたしが就寝したのが昨日の午後八時でしたから八時間は眠った計算になります。睡眠時間としては十分ですので二度寝ができないのも頷けます。顔をお水で洗って歯を磨き、再び医務室に戻ったわたしは、ここにきて異変に気が付きました。これまでずっと寝ていると思っていた李さんの姿が見当たらないのです。薄暗い中でも毛布の膨らみが無いことから判別できますが、念を押して部屋の明かりを付けてみますと、案の定、李さんの姿はありませんでした。
「どこに行ったのでしょうか」
ベッドに腰かけ、彼女が帰ってくるのを待ちますが三〇分が経過しても彼女が戻ってくる様子はありません。トイレにしては遅すぎますし、お夜食を摂るには相応しくない時間ですから、もしかすると彼女は誰にも告げずにどこかに行ったのかもしれません。
わたしは真相を探るべく、急いでパジャマから私服に着替えて辺りをビルの中を捜索することにしました。眠る前に不動さんから聞いた話によりますと、このビルは夕方になると全ての従業員は帰ってしまい、残るのは基本的に不動さんとジャドウさん、スターさんの三人だそうですから、三人に聞けば李さんがどこに行ったのかわかるのかもしれません。もっとも、問題は彼らがビルのどこにいるのかわからないということですが。
「李さ〜ん! 不動さ〜ん! ジャドウさ〜ん、スターさ〜ん!もしもわたしの声が聞こえたら返事をしてくださ〜い!」
近隣住民に迷惑がかかっていないかと少し気が引けつつも、わたしは大声で彼らの名前を呼び、ビル内を駆けまわります。すると。
「はいはい」
「キャッ!?」
不意に返事がして、ポン、と肩に手が置かれる感覚がしたかと思うといつの間にかわたしの隣にスターさんが黄色いパジャマ姿で立っていました。彼はどういう訳か大きな熊さんのぬいぐるみを抱きかかえています。
「スターさん、どうしたんですかこのぬいぐるみ!?じゃなくて、李さんがどこに行ったか知りませんか」
「わたしは毎日この熊ちゃんを抱いていないと眠ることができないのでね。フワフワで温かくて抱き心地抜群だよ。李ちゃんの行方は知らないよ」
「ありがとうございます! 大声で呼んだりしてすみません!」
わたしは彼に頭を下げると急いで他の二人に訊ねるべく、彼の元を離れ、駆け出しました。ですが、目の前にはいつものスーツ姿になったスターさんが大きく手を広げてわたしの行く手を遮りました。
「ストップだよ、美琴ちゃん」
一瞬で先回りするだけでなく、服まで着替えるとはやはり彼の実力は底が知れません。彼はウィンクを一つして、わたしに口を開きました。
「李ちゃんの捜索もいいけれど、折角こうして二人きりになったのだから、ここはひとつアレをしよう」
この雰囲気からわたしはあることを連想してしまい、顔がみるみる真っ赤になっていくのがわかります。
「もう! こんな時に何てことを言うんですかっ」
「何が? わたしは君の卒業式をしてあげようと思ったんだが」
「……卒業式……?」
「そう! 君はスター流を卒業できるに値する実力を得たとわたしは確信している」
卒業式という答えを聞き、自分の考えのあまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気持ちになりました。でも、こんな朝早くから卒業式など聞いたことがありません。
それに今は李さんの捜索を優先しないといけません。
お断りしようとしますと彼はわたしの腕を掴んで走り出しました。
「美琴ちゃん! 急いでいるからこそ、緊急時だからこそ、スター流の卒業式はやる意味がある! これをすれば李ちゃんの捜索にもきっと大きく前進するだろう!」
「……本当ですか……?」
「ジト目はやめたまえ。本当だとも! 少なくとも、わたしはそう思う! なぁに、5分とかからないから安心したまえ!」
彼に半ば無理やり連れてこられたのは会長室でした。
彼は部屋に入るとすぐに机の中から大量のキャンディーの入った瓶を取り出し、机の上に置きますとわたしを手招きして。
「これより、スター流恒例の卒業式をはじめようかと思う。さあ、美琴ちゃん、好きなキャンディーを一個だけ選んで!」
キャンディーを選べと言われてもお腹は空いていませんし、キャンディーと卒業式の何の関係があるのか見当も……
ここで李さんの話を思い出しました。
スターさんは超人キャンディーと呼ばれる人を能力者にさせるというキャンディーを卒業生に渡すという話です。
けれど既に超人的な身体能力を有するわたしが食べてもいいものなのでしょうか。もしも今より強力な能力を身に着けてしまえば、最悪の場合、人を殺めてしまうことも考えられるわけです。ここは慎重に選ばないといけません。ですが多くの種類がある上にスターさんが色ごとに何の能力があるかを説明していないので、自らの勘にかけるしかありません。
瓶の中に手を入れ、中から一つのキャンディーを取り出します。
それは水晶玉ほどもある特大サイズの白色をしたキャンディーでした。そのキャンディーを見たスターさんはいつもにも増して目を輝かせ。
「やあ! これは大当たりだ! よかったね、おめでとう!では、早速食べてみたまえ! 美味しいから!」
言われるがままにキャンディーを口に入れて中でゴロゴロ転がしますと、口の中いっぱいに甘いミルクの優しい味と香りが広がります。
そしてキャンディーが口の中で全て消えた後、スターさんに言いました。
「とても美味しいキャンディーでした。でも、わたしは一体どんな能力を身に着けたのでしょうか?」
「それは後のお楽しみだ。早めに卒業式が出来てよかったよ。実は一人欠員が出ることになるから心配していたんだ」
「欠員? どういう意味です?」
「ああ、こっちの話だよ。さあ、卒業式も終えたし、医務室へ戻った方がいい。李ちゃんも帰っているかもしれないし」
スターさんは少し引きつった笑いと冷や汗を浮かべると、わたしを突き飛ばしました。すると急に体が軽くなり、目の前の景色が霞んでいきます。
「スターさん、これは一体……」
「心配しなくてもいいよ。医務室に飛ばされるだけだから」
彼の言葉を聞いた次の瞬間、わたしは彼の発言通りに医務室のベッドに腰を下ろしていました。どうやら彼の瞬間移動は他者の移動にも効力を発揮するようです。
ふと窓の景色を見てみますと朝日が昇ってきて、景色が薄らと明るくなってきました。ベッドを見ますが、彼女はまだいません。
李さん、朝食までには帰ってきてくださいね。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.12 )
- 日時: 2020/08/10 06:35
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
李は目黒の乱れ撃ちを避けながらも、宙高く舞い上がり、そこから蹴りを放つ。つま先に力を集中させた鋭い蹴りは目黒の右手に命中し、彼の愛銃を弾き落とした。
「飛び道具などに頼らずに、拳と拳で勝負しようよ」
「後悔しても知らんぞ」
「望むところだよ」
拳を構えた両者は一気に間合いを詰め、互いの拳を打ち合う。
拳と拳が激突する度に放たれる衝撃波により、周囲の草木は吹き飛ばされる。目黒は李の顔面を狙うべく拳を穿つが、李は彼の攻撃に合わせて自らも拳を打って防き、顔へのヒットを許さない。
上半身への攻撃は防がれると判断した目黒は彼女に素早く足払いを見舞って体勢を崩させ、僅かな隙を突いて彼女の甲板に強烈な一撃を叩き込んだ。後方へ滑る李だったが体勢を立て直して急停止。
彼女の中国服は胸部分が裂け、露わになった素肌が打撲により紫色に変化していた。胸の苦痛に思わず片目を瞑り、歯を食いしばって苦悶の表情を見せる李に目黒は冷ややかに笑い。
「愚かな奴よ。負傷した身でこの俺と闘り合うなど狂気の沙汰だ」
「僕だってできることなら、万全の状態で君と闘いたかったさ。だけど僕には時間が無いんだ……ッ!」
自らに向かって駆けだした彼女を、目黒は腰を落として手を広げて待ち構える。そしてショルダータックルを敢行した彼女をキャッチし、スープレックスで後方へと叩きつけた。堅い地面に頭を強打した李だが、頭を二、三度振って再度立ち上がる。だが、相手は先ほど落とした銃を拾い、彼女目がけて発砲してきた。高い光線音が鳴り響き、彼女の服を次々に撃ち抜く。
「どうした、李さんよ。ご自慢のスピードで逃げたらどうだい」
舌を出して笑いながら撃ちまくる目黒。だが李は地面に根を張ったかのように強く踏ん張り、彼の攻撃を全て受ける。
撃たれる度に服が破れていく服は腕や腹など素肌の大部分を露出する格好となっている。これまでは防御力が高い服がダメージを軽減してくれていたおかげで致命傷は避けられていたが、高威力のエネルギー弾をまともに浴びれば彼女の身はかなり危険だ。
「馬鹿な奴だ。そんなビキニみたいな格好になって。俺を色香で惑わそうとでも言うつもりか? お前などの色香が俺に通じるとでも?」
「思っちゃいないさ。僕の作戦はもっと奥が深いよ」
「お前のような小娘の策などたかが知れている。能書きはそれぐらいにして、地獄へ行きな」
銃口を向け、止めを刺すべく引き金を引く。
カチッ。
間の抜けた音だけが出るが、光線が発射される様子はない。
幾度も引き金を引くが結果は同じ。
「まさか……!?」
銃の異変に気付いた目黒は銃の電池残量を見ると、メモリはゼロになっていた。
「貴様ァ! 最初からこれを狙って——」
「君と僕ではここの出来が違うようだね」
自分の頭をコツコツと叩き、目黒を挑発する。目黒の銃は充電式であり、光線を撃つにはそれなりの電力を消耗する。使用には限りがあることを以前の闘いで学んでいた李は彼に銃を撃たせることで電気を消耗させたのだ。
「肉を切らせて骨を断つ!」
李の踵落としを右肩に食らい、悶絶する目黒だが彼はダウンしない。辛うじて踏ん張ると彼女の顔面に再びパンチを当てようとする。李は爽やかに笑って。
「そんなに拳の打ち合いが好きなら、思う存分付き合ってあげるよ」
彼の手首をパンチが当たる寸前にキャッチし、腕力で彼の拳を開き、互いの小指を絡める。
「この構えは——」
「スター流奥義がひとつ、指切り拳万!」
ガッチリと絡められた小指はいかに目黒が外そうと苦心してもビクともしない。その超至近距離から李の必殺の左の拳が機関銃のように撃ち込まれていく。捻りを加えられ威力の倍増した拳は一撃、また一撃と確実に、そして凄まじい速さをもって彼の顔面に炸裂する。
撃ち込まれる拳は次第に速度と威力を増していき、頑強な目黒の口を出血させ、体を大きくのけ反らすまでの威力へと進化していき、
彼が大きく身を引いたことで足が浮き、彼の身体全体が宙に浮いた状態となる。膠着かつ無防備の状態を逃すような李ではなく、全身全霊を込めて拳を見舞う。目黒の顔面は地面と李の拳にサンドされ、まるでアルミ缶のようにぐしゃりと潰れてしまった。
真っ青な血で染まった拳を離し、距離を置いた瞬間、禍々しいオーラを感じ取り、彼女は大きく目を見開く。目黒は幽体離脱のようにスーッと地面から起き上がると、右目のスコープを妖しく光らせた。見ると彼のひしゃげた顔面が徐々に元の形に戻っていくではないか。顔面のダメージが完全回復した目黒は冷たい目で李を見る。彼の氷のような凍てつく視線には流石の李も恐怖を感じ、全身を強い寒気が襲ってきた。寒気のあまり両肩を抱きしめる彼女に目黒は今までとは違う、ねっとりとした陰湿さの漂う声で告げた。
「俺はお前が怨めしい」
「……ッ!」
驚愕する李に目黒は普段は収納してある背中の悪魔の蝙蝠を思わせる翼を展開し、全身から紫色のオーラを放出した。
「教えてやろう。怨みの力の恐ろしさというものを」
目黒は怨みを力に変える能力の持ち主である。他人から怨みの力を吸収することも、自分自身の怨みを力に変えることもできる。今回の場合は、敢えて李の攻撃を受け続けることにより、自らの内から湧き上がる怨みを増大させ、戦闘力を飛躍的に上昇させたのだ。全身から放出される紫色のオーラに圧倒され、李は僅かに後退する。その間に目黒は銃を手に取り、怨みの力を注ぐ。
すると銃は一瞬にして長剣へと変形した。
「お前の狙いなど想定済み。殺し屋ともあろう男が残弾数を把握しないという凡ミスを犯す訳がなかろう」
「じゃあ、さっきはわざと撃っていたと?」
「その通り。お前と俺では戦歴と頭脳が違うんだよ」
頭をコツコツと叩いて先ほどの屈辱を返す。そして翼を活かした猛スピードで接近すると、クリンチに捉え、ガラ空きとなった腹に膝蹴りを打ち込む。
「ガフッ」
李が口から吐き出した血が顔にかかるが、目黒は冷笑を浮かべて膝蹴りを続行。幾度にも堅い膝による攻撃を食らった李の腹にはダメージが蓄積されていく。
「どうした。李さんよ。俺が少し本気になっただけで、もうお手上げか?」
前のめりに倒れ込んできた彼女の背に両手を組んで作り上げた拳を食らわせ、地面に倒すと、そのまま右足で彼女の背をグリグリと踏みつけ甚振る。
「ぐ……あああああッ!」
「痛いか、苦しいか? ならばもっと苦痛を与えてやろう」
目黒は大きくジャンプをすると、己の全体重をかけて李の背を踏みつける。
「ぎゃ……あああああッ!」
叫び声をあげながらも、李は己の慢心から生まれた敵の大反撃の前に、近くに生えている雑草を強く握りしめる。唇を噛みしめ、悔しさのあまり涙が零れる。捨て身の作戦ならば勝てると思った。けれど最初から僕は敵の罠に嵌められていたんだ。
全ては計算づくで、掌で踊らされていたに過ぎなかった。一生懸命考えた作戦だったけれど、結果は全身に酷いダメージを負って、敵に反撃されただけ。僕は何て馬鹿なんだろう。カイザーさん、僕はあなたの跡を継ごうと頑張ったけど、あなたを超えられるような器ではありませんでした。ダメな弟子で、本当にごめんなさい。
目黒の攻撃は肉体よりも彼女の心に深い傷を与えた。目黒は彼女の身体を反転させ、涙で真っ赤に腫れた目を見て笑い声をあげる。
「お前泣いているのか? 戦闘中に涙を流すとは、強がっていてもお前は所詮、か弱く、男に守られているだけの少女に過ぎなかったと言うわけだ。お前に倒された奴がこの顔を見たら、あの世で爆笑するだろうな」
「何とでも言うがいいさ。僕はもう君に反撃する力も残っていない抜け殻なんだから」
「いよいよ覚悟を決めたようだな。では、その心意気に免じて一撃で葬り去ってやろう」
目黒は一度、彼女の喉元に剣の切っ先を突きつけると、羽を使って上空へと舞い上がる。そしてスコープで彼女の細い喉に狙いを定めて一気に急降下していく。
「死ねーッ!」
赤い目を爛々と輝かせ、迫ってくる目黒。李はもはやこれまでと観念し、自嘲の念もあるのか口元に笑みを浮かべ、瞳を閉じた。
李は自分の最期が訪れるのを待っていた。けれどもどれほど纏うと剣が振り下ろされる気配がない。何が起きたのかと見てみると、目黒が剣を振り下ろす寸前で空中で停止していた。瞬きもなく、口も開く様子もない。まるで時間が停止したかのようだ。
驚いて立ち上がり、彼の身体をつついてみるが何の反応も示さない。
明らかに普通ではない様子に疑問を抱いていると、背後に何者かの気配を感じ取り、李は慌てて振り返る。するとそこには、いつものスーツを身に纏ったスターの姿があった。右手には大きな鞄を持っている。
「ギリギリ間に合ったようだね」
「スターさん。この現象はあなたが……?」
「その通り。指を鳴らしてこの場の時間を止めたんだ。動けるのは君とわたしだけだから安心して」
スターは嘘を吐くような人物ではないことを承知していた李はこの現状も彼が本当に時間を止めたのだと納得した。だが、瞬間移動だけでなく時間さえも停止することができるとは初耳だったので、冷や汗を流して戦慄を覚える。
「助けていただき、ありがとうございます。ところでその鞄には何が入っているのですか」
「よくぞ聞いてくれたね。これは私から君へのプレゼントだよ」
彼が鞄を開けて中から取り出したのは真新しい李の拳法服だった。
「防御力を一〇倍にしておいたから、目黒の攻撃で傷つくことはないよ。最も、わたしとしては今の恰好の方がベッドに押し倒して、イイコトをしたいなーと思わせる分、好みなんだが」
「なんてことを言うんですかっ」
「まあ、そう怒らないでよ」
スターに礼を言って服を受け取った李は早速着てみることにした。
デザインも着心地も前と同じなのでそこまで際立った変化は感じられない。
「よく似合っているね。じゃあ、わたしはこれで」
踵を返して立ち去ろうとするスターを李は慌てて止める。
「待ってください! 一緒に闘ってくれないんですか!?」
「わたしは闘いを観るのは好きだけど、自分が闘うのは遠慮したいタイプなんだよ。それに、これも修行の一環だと思えばいいよ」
「そうは言いましても、今の僕の力では彼に太刀打ちできるとは思えません」
「わからないよ。やってみれば勝てるかもしれない」
「でも——」
自信なく呟く李にスターは彼女の肩に手を置き。
「ジャドウ君から今日の占いの結果を聞いたよ。もしかして、それが闘いに影響しているのかな」
「その通りです」
「確かにジャドウ君の占いはこれまで一度として外れたことがない。そう考えると君の占いの結果も当たると言えるかもしれない」
彼はここで言葉を切り。
「運命と諦めてしまっては何も変えることはできない。しかし何かしら行動を起こせば未来が変わることもあるかもしれない」
「では、僕の運命は変えることができると言うことでしょうか?」
「どうだろう。それは君の頑張り次第だろうね。そうだ、もし君さえよければ時間を止めているんだから、そのまま好き放題に攻撃するという手もある」
「いくら何でもそれは卑怯ではないでしょうか」
「確かにね。じゃあ、闘いが始まったら指示を出してあげるから、言われた通りにするんだよ」
「はいっ!」
元気よく頷く李にスターは地面に腰を下ろして胡坐をかくと、再び指を鳴らす。すると目黒が李に剣を振り下ろしてきた。
「ハッ!」
間一髪で回避する彼女に目黒は驚愕の表情を見せる。
「馬鹿な。お前は虫の息だったはずだ。それに服は失ったはず——」
動揺し動きが止まる彼に李は素早く懐に入り込んで、彼の胸に正拳突きを食らわせる。まともに食らい後退する目黒。李はスターに訊ねる。
「助言をお願いします」
スターは何処から取り出したのか茶碗に入ったお茶を飲み。
「髪を使いなさい」
余所見をしている李に持ち直した目黒が剣で切りかかるが、彼女はそれを躱し、トレードマークである三つ編みを彼の首に蛇のように巻き付け、髪の力で持ち上げると地面へ叩き付けた。
「こんなものッ!」
目黒は彼女の髪を剣で斬ろうとするが、いくら剣を当てても斬れない。
「たかが髪にこれほどの強度があるとは!」
「髪は女の子の命だからね。自由に硬度や長さを変えられるように鍛えたのさ」
得意気に言うと李は髪を伸ばして間合いをとり、髪を綱代わりにしてハンマー投げの要領で振り回し、彼を上空へと投げる。それを追いかけ、腹につま先蹴りの一撃。
「調子に乗るなよ」
目黒は再度剣で斬りかかるものの、初動が遅く真剣白羽取りでキャッチされた上に、武器を真ん中からポキリとへし折られてしまった。
「武器が無くとも、俺にはまだ怨みの力が残っている!」
両掌から衝撃波を撃ち出し李を地面へ叩きつけようとするが、身を翻され着地されてしまう。目黒は悪魔の羽を羽ばたかせ宙に浮き、相手の出方を観察することにした。
「スターさん、次は?」
「ジャドウ君から習った技を使ってみなさい」
李が中々空中へ来ないので痺れを切らした目黒が降りてきた。両者は地上で激しい火花を散らす。先に動いたのは目黒だ。
「いかに服が戻ろうと意思が復活しようとも、圧倒的な実力差は覆せぬーッ!」
「君の言う通り。今の僕の力では、悲しいけれど君に及ばない。だから、人の技を借りることにした!」
目黒のエネルギー弾をものともせずに突進していく李。彼女は彼の喉元に貫手を炸裂させる。
「ゴフハッ……」
喉を抑え悶絶する彼の金的を思いきり蹴り上げ、両手で捉えにきたところを宙返りで空へと逃げ、目黒の頭頂部に頭突きを食らわせる。更に目黒の両肩に乗り、両足で首をぐいぐいと絞め、空いた右手で上方から目潰しを敢行。
「目がァ!」
素早く両肩から離れると、延髄蹴りで目黒をよろめかせ、バランスが崩れたところにフライングヘッドシザースで地面へ押し倒すと、そのまま鍵固めへ移行する。
「非力なお前の関節技など、こうしてくれるッ」
力で勝る目黒は鍵固めに極められたまま、李を持ち上げ、放り投げる。だが、李は身軽さをいかして再度地面に着地する。相手のラリアートをかいぐぐって懐に入ると、口から火炎を噴射。
「グオオオオッ」
「僕の攻撃はまだ終わっていないよ!」
炎の拳で目黒の腹を殴り続けるが、彼は微動だにしない。
「パンチに力が入っていないが、どうやら体力が底を尽きたようだな」
「そう、みたいだね」
「ジャドウの得意技である金的や目潰しを使った時は焦ったが、付け焼き刃だったようだな。お前はよく頑張ったが、どの道、最後は俺の怨みのパワーに負けるのだ!」
勝利を確信した目黒は彼女を葬り去るべく、特大の怨みのエネルギー弾を放つ。李の身の丈三倍はあろうかという巨大な紫のエネルギー球が迫ってくるが、李は逃げようとはしない。
「……初めてでうまくできるかわからないけれど、技を借ります」
李は目を瞑り、自らの右腕に己の全エネルギーを注ぎ込む。
右拳が黄金色の輝きを放ち、彼女の全身を覆っていく。
「スター流超奥義 太陽の拳!」
解き放たれた黄金の拳圧は怨みのエネルギー弾を一瞬のうちにかき消し、凄まじい爆風をのせて目黒に向かってくる。受け止めようと手をかざす目黒だが、その両手は一瞬のうちに光の粒子となって消滅する。
「カイザーの最大技まで真似るとは。要注意すべきは星野とカイザーだけかと思っていたが、こんな伏兵に阻まれるとはな……」
全身が赤い粒子と化していく中、目黒は最後の言葉を吐いた。
「地獄監獄からこの世に蘇ったのが俺だけだと思うなよ。お前達が名前を聞いただけで震えあがる奴らも、この世に復活し、暗黒星団に入っている。奴らが現れるまで、せいぜい幸せを噛みしめるがいい! フハハハハハハハハハ!」
目黒は赤い粒子となってこの世から姿を消した。
「スターさん、やりましたよ……」
遥か遠くまで地面が抉れた光景と目黒の消滅を目の当たりにした李は、勝利した喜びからか、全身の力を使い果たしたせいなのか、前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「よくやったね、李ちゃん。わたしがアドバイスするまでもなかったようだ。この勝利は君が最後まで諦めず死力を尽くしたからこそ、得られたものだよ」
動かなくなった李をお姫様抱っこで担ぎ上げ、帰路につこうと歩き出す。すると、彼の目の前にジャドウが現れた。ジャドウは肩膝を突き騎士風のお辞儀をすると、スターに口を開く。
「スター様。なぜ、李を助けたのですか」
「美少女が殺し屋になぶり殺しにされるのが可哀想だったからねえ」
「相手が李ではなくカイザーであったとしても、同じことをしましたか」
「……どうだろうね。見捨てたかもしれない」
「でしょうな」
スターが去った後ジャドウは一人、戦闘中に李の服から落ちたカードを拾い上げる。
カードには死神の姿が描かれていた。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.13 )
- 日時: 2020/08/10 06:40
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
朝食を食べ終わってみても、李さんが帰ってくる様子はありません。これほど長い時間が経過しているのですからトイレであるとは考えにくいですし、そもそもトイレにこもっているのなら、同じ女子であるわたしが気づかない訳はないのです。もしかすると、彼女はどこかに外出して、何か事件に巻き込まれているのかもしれません。刑事ドラマのような発想ですが、李さんも武闘派集団であるスター流の一員ですから、何者かに因縁をつけられ決闘を挑まれるということが無いとも限りません。ベッドの上に座っているだけでは不安が募るだけですので、わたしは上の階にあるレストランで朝食を食べに行くことにしました。スターコンツェルンビルの中にあるスターレストランはその名の通りスターさんが所有しているレストランです。その為、スター流の門下生であるならばいつでも食べ放題・飲み放題でしかも無料なのです。
そういうところもわたしがスター流に入門してよかったと思える一因です。
さて、わたしが朝食のロールパンにバターを塗りながら食べていますと、スターさんがレストランへ入って、わたしの席へと歩いてきました。彼はわたしの向かいに腰を下ろし、手を組んで言いました。
「美琴ちゃん、君に二つの知らせがある。嬉しい知らせと悲しい知らせ。どちらから聞きたい?」
突然の言葉に困惑しましたが、悲しいお知らせを聞けば嬉しさも半減してしまうかもしれませんので、まずは嬉しいお知らせから聞くことにしました。
「美琴ちゃん、嬉しい知らせと言うのはね。李ちゃんが帰ってきた」
「えっ!? 本当ですか」
「わたしは嘘は吐かないからね」
「それで、今、どこにいるんですか!?」
「……ここからが悲しいお知らせなのだがね」
スターさんは声を少し低くして告げました。
「スター病院の肉体治癒装置の中にいる。肉体治癒装置とは全身の負傷を徐々に回復させる最新鋭の装置のことなんだがね」
肉体治癒装置。何故、李さんがそのような装置の中に入らなければならないのでしょうか。もしかすると——
わたしの嫌な予感を察知するかのように、スターさんが言葉を続けました。
「昨日の深夜、彼女は目黒怨という名の殺し屋と闘った。辛うじて彼女は勝利を収めたが、代償は大きかった」
「そんなに酷い怪我なのですか」
「いや。肉体疲労、骨折や怪我などは一日あれば治癒できる。だが問題は、彼女が『太陽の拳』を発動したことだよ」
太陽の拳。聞いたこともない技名です。
わたしが学んだスター流の教科書(という名目のスターさんの自伝)にも書かれていません。
「太陽の拳は通常のスター流奥義のもうワンランク上の奥義、スター流超奥義として分類される技でね。習得が難しい上に威力が桁違いだから、使用できるものが一握りしかいない。その中でも『太陽の拳』はカイザー君しか発動できない代物の奥義なんだ」
「……」
「李ちゃんはそれを発動した。この技は己の魂を拳に宿すことによって撃ち出す一撃必殺の奥義なんだけど、李ちゃんは技を繰り出すまでは見事だったそうだけど、相手を消滅させる過程で己の魂のエネルギーを全部使ってしまったらしいんだよ。それで、彼女の魂は消滅してしまったと、ジャドウ君が言っていた。彼の口ぶりと実際の彼女の様子を見て推測するに——恐らく彼女が意識を取り戻すことは無いだろう」
李さんの意識が戻らない。どう考えても信じられないことです。つい昨日まであれほど元気そうに喋っていたのに。
彼の話を聞くだけでは全貌が把握できないので、わたしは李さんの入院しているという病院へと向かうことにしました。彼女が入院している病院の場所をスターさんから聞いたわたしは、急いで彼の病院へ行きますと、入り口の自動ドアの前にジャドウさんが立っていました。
「小娘よ。この病院に何の用かね」
「李さんのお見舞いにきました。そこを通してください!」
すると彼は自分のガイゼル髭を指で撫でて。
「ほほう。無謀にも太陽の拳を放って抜け殻状態となった李の見舞いに来るとは、お前も物好きな奴よ」
「……今の言葉、申し訳ありませんが、撤回していただけませんか」
「何故かね」
「経緯はわかりかねますが、李さんは彼女なりに精一杯闘ったのだと思います。その努力を踏みにじるようなあなたの発言を聞き捨てる訳にはいきません」
「下らん。この世は勝者か敗者しか存在しない。スター流の同志だか何だか知らぬが、目黒如きに辛勝しているような落ちこぼれなど、吾輩の興味の範囲外」
「あなたは仲間を何だと思っているのですかッ!」
「仲間? そんなもの、吾輩には無い。そして必要だとも思わない」
彼は高速でわたしの目の前に接近すると、不気味に笑って。
「お前が気になるのなら行くが良い。吾輩は止めぬ。但し、奴の哀れな様を見て絶望する姿が目に見えるが」
「そんなこと、彼女を見てみないとわかりません!」
わたしは彼の言葉を気にせず、李さんがいるという肉体治癒装置のある部屋へと歩みを進めます。
すると遠くの方でジャドウさんの低い笑い声が木霊しているような感覚に陥りました。
李さん、待っていてくださいね。
わたしがいま、あなたに会いにいきます。
部屋に入り李さんの姿を見たわたしは、言葉が出ませんでした。
李さんは緑色の液体が注がれた巨大なカプセルの中にいました。
目を閉じ、口元から呼吸をしている証拠である泡が吐き出される以外は手足も一切動かず、まるで眠っているかのようです。
わたしはカプセルの窓部分に触れました。ひんやりと冷たく、堅い感触が指を通して伝わってきています。彼女の頬に触れて、わたしの元気を分けてあげたいのですが、そうすることもできません。
自分の無力さに自然と涙が溢れてきます。
「小娘よ」
背後から声がしましたので振り返ってみますと、そこにはいつの間にいたのでしょうか、ジャドウさんの姿がありました。
「ジャドウさん……」
「小娘よ。李は決して実力的に目黒に劣っていた訳ではない。吾輩はこの目で彼らの闘いを観ていたから言い切れる。では、なぜ李はこれほどまで痛めつけられたと思う?」
彼は思い当たる節があるだろうと言わんばかりに鋭い目つきで圧力をかけてきます。彼の目はとても冷たく、見ているだけで全身が凍ってしまいそうですので、視線を横に反らして答えました。
「分かりません。その目黒さんという方が李さんを卑怯な手で苦しめた、ぐらいしかわたしには考えられません」
「違うな。小娘よ、ようく聞け」
彼は人差し指を突き出すと、スーッと真っ直ぐわたしを指差し。
「奴がこれほどまでに苦戦を強いられたのは、お前に責任がある」
「わたしに……!?」
「左様。先の忍者軍団との死闘で李は疲労困憊し、まともに闘える状態ではなかった。だが、お前の危機を察知した奴はお前を助けるべく、負傷した体に鞭を打ちお前を救出した。その上、お前に肩を貸してスターコンツェルンビルまで運ぶという重労働をしている。
目黒から奴への果たし状が来たのはその数時間後。
いかにスター流と言えどもこれほど肉体を酷使し、負傷した体で目黒相手に闘うというのは無謀もいいところだ」
「何故、李さんは決闘に応じたのでしょう?」
「知らぬ。だが、甘い奴のことだ。大方、目黒が病室に入れば隣にいるお前も巻き込まれると考えたのであろう」
わたしのせいで李さんがこのような状態になった。
あの時、わたしにもっと力があれば。
忍者さん達を全て撃退できるような力があったのなら。
彼女は魂を消滅させることもなかったはず。全ては、わたしのせい。
わたしが弱いから、彼女が傷ついてしまった——
「そう。全てはお前のせいだ」
ジャドウさんは口元に引きつった笑みを浮かべ、言い切ります。
スターさんはジャドウさんは目黒さんと李さんの闘いの一部始終を見ていたと言っていました。彼は嘘を吐くような人ではないですから、ジャドウさんが見たというのは事実で、ジャドウさんの話す言葉も事実なのでしょう。ですが、一つだけ気がかりなことがあります。
「ジャドウさん、あなたは闘いの一部始終を見たと言いましたね」
「左様」
「では、どうして苦戦する彼女を助けなかったのですか」
「吾輩は傍観者だ。闘いを観察はすれど、助太刀に入る義務はなかろう」
「義務はないかもしれませんが、少なくともあなたが割って入るか逃走を促すなりすれば、彼女はこれほど重傷を負うことはなかったのではないですか」
「人生経験の浅い小娘の分際で、スター流最古参である吾輩に責任を転嫁するつもりか」
「そのつもりではありません。ただ、わたしは自分の考えを述べただけです」
するとジャドウさんは拳を強く握り、目を血走らせ。
「お前の物言いが気に入らぬ。その言動はヨハネスを彷彿とさせる。
あの大食漢のせいで、吾輩がどれほど惨めな思いをしたか……
丁度良い。お前は以前からスター様に害をもたらす者と睨んでいたが、吾輩に意見するところを見ると、そのうちスター様にも逆らい、あのお方の地位を脅かす存在になるやもしれぬ」
「ちょっと待ってください! 一体何の話を——」
「問答無用。場所を変え、貴様を切り捨ててくれる」
彼が指を鳴らしますと、わたし達は崖の上にいました。
下を覗くと深い海になっており、落ちれば命の保証はありません。どうやらジャドウさんもスターさんと同じく自分や他者を自由にワープさせることができるようです。
落ちないように気をつけながら彼と向かい合います。
すると彼は既に腰の鞘から剣を引き抜き、じりじりとわたしに距離を詰めてきます。場所は断崖絶壁、下は海の底。前は剣を手にしたジャドウさん。どこにも居場所はありません。
「フフフフフフ、偉大なるスター様に新しいお気に入りができて、これ以上堕落されては困るのでな。彼が近頃気に入っていると見えるお前を海の藻屑とすることにした。
安心するが良い、お前の肉体は鮫の餌となり跡形もなく消え去る」
この状況、わたしは闘うべきなのでしょうか。それとも反抗した罰として彼に大人しく斬られるべきなのでしょうか。
誰か、答えを知っているのなら教えてほしいです。