複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
- 日時: 2019/09/12 17:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
1年ぶりの新作です。
生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?
※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。
出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6
修行編
>>7>>8>>9>>10
李編
>>11>>12>>13>>14
ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22
カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41
ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47
メープル編
>>48>>49>>50>>51
最終決戦編
>>52>>53
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.24 )
- 日時: 2020/08/10 06:51
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
ムースさんとの激しい闘いが終わって数日が経ちました。わたしはこの日もいつもと同じようにビルの地下にあるスター流の特訓施設で修行をしていました。正午を過ぎたのでレストランに行き、大好物のおにぎりを頬張ります。
スターさんのレストランは洋食が基本ということもあり和食であるおにぎりはメニューにありませんので、いつもわたしの自作です。
白米に赤い梅干しを中に入れ海苔でくるんだ梅おにぎりの酸っぱさが身体の中を駆け巡り、特訓での疲労がどんどん回復していくのがわかります。
「これで四個目ですが、おにぎりはカロリーもそこまで高くないですし、たまには少しくらい食べてもいいですよね」
レストランに誰もいないこともあってか、わたしはついつい誘惑に負け、己を甘やかしてしまいます。不動さんがいたら激怒されて強烈な拳骨を受けていたでしょうが、彼はムースさんとの死闘により入院中です。でも厳格なだけでは身体が持たなくなってしまいますから、適度な息抜きや甘やかしも良いのかもしれません。
わたしは四個目のおにぎりを前にして、手を合わせます。
「いただきます!」
食材に感謝して特大の梅おにぎりを鷲掴みにして、口を大きく開けます。あと少しでおにぎりがわたしのお口の中に入り、体が幸せで満たされるのかと思うとたまりません。
開けた口を閉じかけた、その時です。
「美琴ちゃん、大事な用事があるから至急、会長室に来てくれたまえ!」
何とレストラン全体にスターさんの声が響き渡りました。設置されているスピーカーから流れているのでしょうが、大切な用事があるからといっても食事中に呼び出されるのは勘弁してほしいところです。とはいえ、行かないわけにもいきませんから、急いでおにぎりを食べて向かわなければなりません。と、ここで掌に視線を戻しますと、何とおにぎりが忽然と姿を消してしまっているのです。
まさか、わたしに食べられるのが嫌で逃げてしまったのでしょうか。
いえ、おにぎりが意思を持って逃げるなど聞いたことがありません。
ということは何者かがわたしに気づかれないような速度で奪ったとも考えられます。
「わたしのおにぎりを盗んだ曲者、隠れてないで出てきなさい!」
自分の口から出た大声に驚いて口を塞いだところ、上から何か振ってくる気がしました。上を向くと、おにぎりが真っ直ぐこちらに落下してくるではありませんか。
思い出しました。
わたしは先ほどの放送に驚いた際、空中におにぎりを投げ飛ばしてしまったのです。
このまま何もしなければ、おにぎりは床に落ちて二度と食べられない姿になってしまうでしょう。
それだけは避けなくてはなりません。わたしは落下してくるおにぎりに標準を合わせ、口を大きく開けます。うまいことおにぎりはわたしの口の中に入りました。上を手で抑え、こぼれないように慎重にしながら、どうにか特大サイズのおにぎりを緑茶の力も借りて流し込みます。
「……どうにか、なったようですね。まるで運動会のパン食い競争みたいでした」
独り言をつぶやいて、はたと我に返ります。こんなことをしている場合ではないのです。一刻も早くスターさんのいる会長室に行かなくてはなりません。
わたしはできる限りのスピードでレストランを出て、会長室へ向かいます。何だか、嫌な予感しかしませんが、この予感が現実のものにならないことを祈るばかりです。
会長室の扉を開けますと、スターさんが待っていました。
そして、いつものようにハグ。
普通ならわたしくらいの年齢で男性にハグされるのは全力で拒否するのでしょうが、スターさんの抱擁は不快感を人に与えない不思議な力を感じます。
そして彼の口から語られた願いの内容は、カイザー=ブレッドさんをこのビルに連れてきてほしいとのことでした。
カイザーさんは不動さんやジャドウさん以上の実力を持つとされる人物で、本来ならば道場で彼らと同じく後進の指導にあたる立場の人なのです。ですが、どういう訳か、これまで一切道場に姿を見せず、フランスでレストランを経営しているとのことです。そのため、わたしも彼を見たことがありません。
どんな方なのか興味があるのですが、先の二人にもまだまだ追いついていない未熟なわたしが彼を説得に行くなど、荷が重過ぎますし、新人なのに生意気だと反感を買う可能性もあります。
「ここはわたしではなく、旧知の仲であるジャドウさんに頼んだ方がいいのではないでしょうか」
わたしの提案にスターさんはわざとらしい盛大なため息を吐き。
「できればわたしもそうしたいけど、彼は失踪中でね。頼めるのは君しかいないんだ」
「どういうことです?」
訊ねますと、彼はわけを話してくれました。スター流の本部(このビルのことです)には現在、門下生がわたしだけしかおらず、不動さんと李さんは入院中、ジャドウさんは失踪中で今、敵に攻め込まれたら、呆気なく本部は崩壊してしまうとのことでした。わたしはムースさんに勝利したとはいえ、彼女と能力の相性が良かったから勝てたものだと思いますし、不動さんの超奥義が発動することこそできましたが、まだまだ完全に極められるとは思いません。そんなわたしが暗黒星団の大軍を相手にたった一人で闘ったら、結果は確かめるまでもなく敗北します。どうしてスターさんがご自分で闘わないのかは謎ですが、戦力不足なのは間違いありません。
ですが、それでも自信がありません。
わたしが「無理です」を連呼して拒否をしますが、スターさんは強引に押し切ろうとします。
スター流が危機なのは重々承知なのです。ですが、それでもわたしが彼を連れてこれると保証できる自信はないのです。丁重に謝って退室しようとした刹那、スターさんがこんなことを口にしました。
「よろしい、強力な助っ人を紹介してあげよう。入ってきてくれたまえ!」
助っ人?
ラケットでもロケットでもありません。彼は確かに助っ人と言いました。心強い方が相棒についてくれるというのではあれば、わたしにも任務を達成できるのかもしれません。
期待に胸を膨らませていますと、扉が開いて、彼の言う助っ人が入ってきました。
桃色の長髪に透けるように白い肌。
陶器のように整ったお胸に白色のコルセット……
えっ、ちょっと待ってください!
その人は爛々と輝く赤い瞳でわたしを見つめ、口元に優し気な笑みを浮かべています。
スターさんがいう助っ人はわたしが知る人物でした。
目の前にいる人物が幻なのでしょうか。確認すべく自らの頬をつねってみますが、彼女の姿は消えません。
「なぜ、あなたがここに……?」
どうにか疑問を口にすることができましたが、喉に急激な渇きを覚えます。彼女はコルセットの裾を掴んで、礼儀正しくお辞儀をして言いました。
「ごきげんよう。これからよろしくお願い致しますわ。わたしの可愛い玩具さん」
スターさんが連れてきた助っ人。
それは、ムース=パスティスさんでした。
間違いではありません。確かに彼女はわたしと激闘を繰り広げたムースさん本人です。しかし、彼女は試合終了後に再び地獄監獄に収容されたはずです。それなのに、どうしてこのビルに来ることができたのでしょうか。まさか監獄を脱獄して……
「違うよ。彼女はわたしがとある条件と引き換えに地獄監獄から特別に出して貰ったんだ」
わたしの心を読んだのでしょうか、スターさんが答えました。
「とある条件?」
「さっき、君に話したカイザー君を連れてくる任務に協力し、無事に彼を連れてくることだよ。そうすれば減刑を約束するという条件を付けて、彼女はそれを引き受けた」
スターさんは自信満々に言いますが、正直なところ不安しかありません。ムースさんは戦闘力も高く、能力も強力です。しかし、この世の全ての人間を玩具としか思っていない性格ですから、いつわたしを裏切るかわかりません。それに、協力するふりをしてそのまま行方をくらます可能性だって考えられるのです。いくら相手が条件を飲んだからといえども何の策もなく手放しにするには非常に危険です。
その旨を伝えますと、スターさんは彼女を指差し。
「ムースの首元を見てごらん」
「首、ですか?」
指摘された箇所を見ると、彼女は首にトゲ付きの赤いチョーカーをしていました。こうしてみると番犬に首輪をしているようです。
ですがチョーカーはアクセサリーですから、彼女がお洒落の一環として付けているようにしか見えず、何の拘束力もあるようには思えません。
「あのチョーカーがどうかしたのですか」
「わたしが単なるチョーカーを彼女に付けると思っているのかな。アレは爆弾なんだよ」
「爆弾!?」
「そう。スイッチを押すとドカンと爆発するアレね」
目を細めて観察してみますが、どう見ても爆弾には見えません。
彼の説明によりますと、ムースさんに装着したチョーカー型の爆弾ははめた人物以外の手で外すことはできず、スイッチさえあればどれだけ遠距離にいても爆発させることが可能だとのことです。
「つまり、彼女の命はわたしが握っているというわけだね。能力を使用しても解除できないモノだし、わたしがその気になればすぐにスイッチを押すことができるから、安心かつ安全だよ」
「確かにそうかもしれませんが、あまりにも冷酷ではないでしょうか。
爆弾を付けて脅して言いなりにさせるなんて、少しやり過ぎだと思います」
「彼女は多くの人を自分の快楽のために殺害したんだから、当然の扱いだと思うけれどね。それに依頼が成功すれば減刑だし、爆弾も解除されるし、むしろ彼女にとっては得なのかもしれないよ」
果たしてこの扱いが損か得かは本人にしかわかりません。
彼女のこれまでの所業は決して許すべきものではありません。ですが、一度拳を交えて闘った相手としては、せめて爆弾を外したいものです。
彼女の首から恐ろしい爆破装置を外すためにも、今回の依頼は成し遂げなければなりません。
決意を固めていますと、急にムースさんがわたしにすり寄り、わたしの左腕に肩を密着させてきました。
「美琴様、これから相棒としてよろしくお願い致しますわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一応の礼儀として挨拶を返しますが、何だか前と違ってムースさんが妙に馴れ馴れしくなったようで、変な感じです。彼女は両腕でわたしの左腕を掴んで離そうとしません。その様子は木にしがみついているコアラのようです。
「ムースさん、離してください。これでは動くことができません」
「あらあら。わたくし達はこれから相棒になるのですから、少しぐらい距離を縮めてもよろしいと思いますわ」
「そういうものなのでしょうか……」
「当然ですわよ」
パチリと可愛らしくウィンクをするムースさん。わたし達の姿を見たスターさんは後ろに手を組んでニコニコと笑うだけです。
一体、ここ数日の間にムースさんにどんな変化が起きたのでしょう。
これから先の旅が早くも不安一色になりそうです。
「ムースさん、少し離れてくれませんか」
「ご不満ですの? お堅い方ですわね。二人きりの旅なのですから、もっと肩の力を抜いて気楽にした方がいいですわよ」
「全然、楽になれる気がしないのですが……」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.25 )
- 日時: 2018/09/09 10:53
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
「美琴様、もっと速く走れませんの?」
「もう限界でふ」
思わず変な返事になってしまいました。
旅に出てから早くも半日が経とうとしていますが、まさかこれほど疲れるとは思ってもみませんでした。
スターさんが用意してくれた大型のリュックサックに加え、ムースさんを背中におんぶしながら新幹線よりも速いスピードで走っているものですから、通常の倍疲れるのです。ムースさんは当初は自分の力で歩いていたのですが、お嬢様ということもあるのでしょうか、出発して一時間が過ぎた頃には疲れたと不満を言い始め、わたしに背負うように指示し始めたのです。
四六時中文句を言われても困りますので彼女を背に乗せることにしたのですが、楽をしているにも関わらずムースさんは不満のようです。
やはり、彼女を甘やかすのは間違いだったのかもしれません。
「わたくし、お腹も空きましたし、疲れましたの。そろそろどこかで止まってほしいですわ」
「それはこっちの台詞なのですが……」
「何か言いました?」
「いえ、何でも」
このまま彼女を調子に乗せ続ければ、わたしは完全に彼女の従者になってしまいます。あまり下に見られるのも面白くはないですので、どこかで彼女に一目置かれるようにならなくてはなりません。
とりあえずわたしも疲労が溜まっていますので、今日は森の中で野宿をすることに決めました。
食事(予め持ってきたソーセージや缶詰のコーン、おにぎりなど)を食べた後、土の地面に布団を敷きます。もう一枚布団があれば良かったのですが、スターさんは一人用しか渡していません。これはつまり、彼女と一緒に寝ろということなのでしょうか。
意外にも食事に関して彼女は不満を口にすることはなく、おとなしくわたしの隣に横になりました。
雲ひとつない夜空にはいくつもの星が輝き、とても美しい光景です。
もっともわたしは星や星座については全くわからないのですが。
同様に夜空を眺めていたムースさんがわたしの方に身体を寄せてきました。そして不意にわたしの右手を両手で包み込むと、愛おしそうに頬ずりします。
再会した当初から思っていたようですが、彼女はもしかするとわたしに懐いているのかもしれません。
「好きです」
「へ?」
「誤解しないでほしいですわ。わたくしは、あなたの手が好きですの」
「わたしの手が、ですか」
訊き返しますと、彼女はうっとりとした表情をして。
「あなたの手はこれまで出会ったことのないほど温かみを感じましたの」
「冷え性ではありませんから、温かいのかもしれません」
「そうではありませんわ!」
彼女は頬を膨らませ、珍しく声を大きくしました。もしかすると怒っているのでしょうか。
彼女は愛おしそうな顔でわたしの手に頬ずりしながら言葉を紡ぎます。
「これまでの相手はどの方も手から殺意を宿した冷たさを感じましたの。ですが、あなたは違いましたわ。あなたの掌からは、わたくしがあれだけ痛めつけたといいますのに、一切の怨みも殺意も感じ取ることはありませんでした。これまでは玩具達を殺めた後は快感が身体を駆け巡ったのですが、あなたの試合が終わった後には、これまでとは違う爽快感がありましたの」
「それは恐らく、お互いが全力で闘ったからでしょう。あなたは本当に強かったです」
「お褒めのお言葉、ありがたくいただきますわ」
彼女の話を聞いて、わたしは不動さんの言葉を思い出しました。
『文字通り命を削り合い闘った者とは時として友情が生まれることもある』
その言葉を聞いた時はよく意味がわかりませんでしたが、ムースさんと死闘を繰り広げ、こうして会話をした今ならわかる気がします。
その時、わたしの手の甲に軽いリップ音がしました。
まさか——
「ムースさん、もしかしてわたしの手にキスをしましたか」
「勿論ですわ。音がしたはずですのに聞き逃すとは、美琴様も鈍い方ですわね」
「……知っているとは思いますが、わたしもあなたも女子なんですよ」
「ご安心くださいな。わたくしにとって手にキスというのは挨拶みたいなものですわ」
それだけ言って反対方向に寝返りを打つムースさん。
ですが、わたしは気づいてしまったのです。彼女の耳が赤く染まっていることを。
でも、わたしたちは女子同士ですから、友情は抱いたとしても恋愛感情を持つなんてことは、あり得ませんよね?
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.26 )
- 日時: 2018/09/11 22:08
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
「美琴様、船に乗りましょう」
「我慢してください」
「美琴様、タクシーを拾った方がいいですわ」
「諦めてください」
「美琴様、飛行機に……」
「無理です」
「もう! 旅に出てからずっと歩きばかりなんて耐えられませんわ!」
ムースさんの絶叫が街に響きました。現在、わたし達は森を抜け、街へとやってきました。
早朝から歩いて今は正午。お腹も空いてくる時間です。
旅が始まってからずっと移動手段が徒歩しかないことと、中々目的地に辿り着かないことに対する不満からか、ムースさんは先ほどからしきりに乗り物に乗ろうと提案しています。ですが、わたし達にはそれができないのです。
「どうして乗り物を使用しないんですの。何かわけでもおありなのですか」
「ムースさん、あなたは世間一般から見たら世界的大犯罪者なのですよ。そんな人が乗り物に乗ったらパニックになってしまいます。サングラスとマスクで顔を隠しているとはいえ警察に気づかないとも限りませんし」
「一理はありますわね」
そうなのです。スター流と地獄監獄の関係者ならいざ知らず、世界中の警察は彼女が仮釈放されたことを知りません。もし彼女が外にいることがバレてしまえば、世界中の警察が彼女を逮捕しようと全力を尽くすことでしょう。
そうならないようにできる限り目立つような恰好や行動は慎みたいものです。
ムースさんはわたしの手をしっかりと握って、並んで歩くことをやめようとしません。そんなにわたしの手の感触が気に入ったのでしょうか?
横に並んだら通行人の迷惑になってしまうのですが、彼女にはどこふく風のようです。
「お腹が空きましたわ。そろそろランチが食べたいですわ。美琴様はどうですか」
「そうですね……頃合いでもありますし、お昼にしましょうか」
「嬉しいですわ!」
目を輝かせ、レストランを探すべく駆け始めるムースさん。手は繋がられたままですので、わたしは引っ張られて何度も道行く人に衝突しそうになります。それでも何とか回避できたのはスター流の特訓の賜物でしょうか。
「着きましたわ!」
彼女が足を止めたのはレストランではなくアイスクリーム屋さんでした。
「ムースさん。ここはアイスクリーム屋さんですよ」
「見ればわかりますわよ」
「まさか、昼食にアイスを食べる気ではないですよね……?」
「ご名答ですわ。わたくし、アイスが大好きですもの」
「甘いものばかり食べていては栄養が偏ってしまいますよ。ここはちゃんとした食事を摂った方がいいですよ。たとえば、和食とか」
「あなたは本当におバカさんですね。ここをどこだと思っていますの」
「……ドイツですね」
彼女の言うことも一理あります。ドイツには和食はないのです。
そもそも和食は日本の文化ですから、当然といえば当然なのですが。
わたしはもう二日もおにぎりを食べていないので、無性にあのほかほかでふわふわの食感が恋しくなってきます。すると、その話を聞いたムースさんは。
「あなたがおにぎりが恋しいように、わたくしもアイスの味が恋しいのですわ。最初に地獄監獄から出してもらった時には食べ損ねてしまいましたもの」
人差し指を口に入れ、ウルウルとした瞳で『食べたい』という気持ちをアピールしてきます。
どれだけ引っ張っても決してお店の前から離れようとしない彼女のアイスに対する執念の前についにわたしは根負けし、お店に入ることにしました。
「いただきますですわ!」
口を大きくあけて、チョコ、バニラ、ストロベリーのアイスの三段重ねのパフェをスプーンで頬張るムースさん。一口食べる度に恍惚そうな表情を浮かべるその姿は可愛らしいのですが、同時に性格や所業とは異なる子供っぽさを感じます。
わたしはお腹を冷やしてはたまらないと考え、ワッフルを注文しました。メニューが運ばれてくる間、わたしは彼女にいくつか質問をしてみようと思いました。ムースさんについてはスターコンツェルンビルで少し資料をかじった程度なのと、一度対戦したぐらいで、殆どの情報を知らないのです。任務が終わるまで彼女との付き合いは続きますから、色々なことを知って親交を深めるのも良いかもしれません。
彼女もそれに賛成し、互いのことをお喋りすることになりました。
「ムースさん。先ほどあなたは『最初に地獄監獄から出して貰った時』って言いましたよね」
「そうですわ」
「そのことについて詳しく教えてくださいませんか」
すると彼女はスプーンの先をわたしに向けて、舌をぺろっと出しました。
「それについて知りたいのでしたら、まずわたしの出生から遡ってお話しなければなりませんわね……」
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.27 )
- 日時: 2018/09/09 10:59
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
遡ること五〇〇年前、ムース=パスティスはパスティス王国の姫として誕生した。
幼少期は何不自由なく幸せに過ごしていたムースだったが、八歳の頃、両親が趣味としていた拷問の現場を偶然目撃してしまった時から、彼女の人生は一変する。
祖父、父そして母はその絶大な権力を駆使して国民や犯罪者を快楽のために拷問することを何より好んでいた。パスティス王国の人口は当時でも群を抜いており、一日一人、二人が姿を消したところで気にするものは誰もおらず、また彼らが拷問をかけるのも親のいない孤児や犯罪者など、社会から見捨てられて行き場を無くした者達ばかりだった。どうせ誰も気にしていない命なのだから、拷問にかけて殺めたところで問題はない。国民の大半は自分達の国の政治に満足しているし、誰も裏でこんな趣味を行っているなど知る由もないのだから。そのような彼らの価値観は次第に肥大化していき、ついには国民を玩具と称するまでになってしまう。
そんな彼らから籠の鳥の如く育てられ、外の世界を一切知らずに生きてきたのがムースであった。
幼少期にあった人を慈しむ心は、家族の最悪な教育によって一切消え去り、彼らを超える拷問の権化と化してしまった。成長するにつれ、一日に拷問をする国民の人数を増やしていき、多い時には二〇人もの国民を拷問にかけ殺めることもあった。そんな自国の状況に恐怖を覚えた大臣達は国外に逃亡。制御する存在を失ったムースは暴走を加速させる。そんな折、世界各国を旅していたスターが王国に足を踏み入れ、彼女の可愛さに一目惚れ、スター流卒業の証である超人キャンディーをあっさりと食べさせてしまった。
そのキャンディーで得た能力は自由に拷問器具を生み出すことができるという、彼女にとってこれ以上ないほど相応しい能力であった。
類まれなる能力を身に着けた彼女は国を完全に独裁化し、戦争で領土を広げ、パスティス王国は世界一の大国に君臨した。
国民を私物化し玩具として拷問にかけて殺める彼女の振る舞いをこれ以上見過ごすわけにもいかず、超人キャンディーを与えたことで暴走に拍車をかけた負い目もあってか、流派創始者であるスターは、遂に門下生達にパスティス王国を更地に還すようにと指示を出した。
彼の指示を誰よりも喜んだのが怒りを以て人を救いに導く不動仁王と悪を以て人を救いに導くジャドウ=グレイだ。当時の彼らは若さもあり、裏社会の用心棒と殺し屋として腕を鳴らした過去もあってか、相当に好戦的で、嬉々として王国へと侵攻を開始した。
人数はたった二人。
だが彼らは鬼のように強く、槍や長剣を持ち、甲冑で武装した兵士たちが何万人襲いかかろうとも、瞬く間に返り討ちにしてしまう。
化け物染みた彼らに恐れをなしたムースの両親と祖父は、不動とジャドウに停戦協定を申し出、彼らが引いてくれるのなら代わりに金銀財宝をいくらでもくれると持ち掛けてきた。
彼らの手紙を読んだ不動は鼻で笑い、口を開いた。
「金など我らには何の価値もない。それに、我らを金如きで意のままに操れると踏んだのならば、随分と見下されたものだ」
彼らの態度が火に油を注ぐ結果となり、ムースの家族はジャドウのえげつない作戦で窮地に追い込まれることになった。
ジャドウはまず城で働く全ての国民を追い出し、食糧庫に火を付けた。
助けてくれるはずの家来と城の食料を失った彼らは広大な城の中でたった四人での生活を強いられる羽目になった。城から脱出しようにも、馬小屋から馬は全て消え失せ、城の入り口と出口は堅く閉ざされているので使えない。
更には追い打ちとして、城の抜け道さえも崩され瓦礫の山と化していた。
食べる物もなく、出ることも叶わず、王族であるにも関わらず、家来一人いない。それが彼らにとってどれほどの絶望であったかは想像に難くない。
日に日に痩せていき元気を失っていく四人。いつ彼らが城へ攻め込んでくるかもしれないという恐怖に怯え、まともに睡眠をとることさえ叶わない。ムースの祖父、父、母は死を覚悟した。だが、自分達はどうなってもいいから、せめて王家の子孫を残したいと考えた彼らは、ムースを地下奥にある牢獄へと隠し、彼女を飢えで死なせないようにと、残り少ない食べ物を分け与え続けた。
そのような生活が続き四十九日目が経った早朝、城に絶叫が木霊した。
声に目を覚ましたムースが上に挙がり、王の間で見たものは、不動とジャドウの手により惨殺された両親と祖父の姿であった。
「お父様、お母様、お爺様!」
国民を玩具としか思っていないムースも、家族だけは別であった。
彼らは人類史上最多の虐殺を行った一家ではあったが、そこには歪んでこそいたものの愛があった。
遺体に駆け寄り大粒の涙を流して号泣するムース。だが、不動とジャドウはその場に居合わせた彼女を見逃すはずもなかった。拳を鳴らす不動に腰の鞘から剣を引き抜くジャドウ。
両親を惨殺されたショックに加え、自らも生命の危機を覚える。
その衝撃は大きく、ムースの精神はついに崩壊する。ストッパーの外れたムースは残虐無比な拷問器具を能力で生成し、不動を圧倒。
彼を心身共に敗北に追い込み、家族の敵を討とうとした時、王の間全体に声が響いた。
「そこまでだ」
三人の動きが停止し、全員が声のした王の間の入り口に視線を向ける。
そこには一人の男が立っていた。
降り注ぐ太陽の光でシルエットしかムースにはわからなかったが、とてつもなく大柄な人物であるのは確かだった。その男は威圧感溢れる低音で言った。
「彼女の命を奪ってはいけない」
「何を言うか! こやつはパスティス家の最後の者だ! やつを仕留めればパスティス家は滅亡し、世界平和に近づくではないか!」
「人を虫ケラみたいに殺めるゴミを殺して何が悪い」
男は二人の意見を聞き、暫くの沈黙の後に告げた。
「この子は若く、未来がある。今はまだ善悪の判断が付かず、己を絶対的な超越者と思っているのかもしれん。だがこれから先、生き続けていれば、きっと彼女は己の行いを心から反省し、改心する日が来ると私は信ずる」
彼の意見にジャドウは口角を上げ。
「下らぬ。悪は悪でしかない。人間の愚かさはお前も重々承知のはずだ。
一度堕落しきった者が行いを改めるなど天地がひっくり返ってもあり得んよ」
「私はそうは思わぬ。この少女はいつか必ず、心を入れ替える日が来る!」
「なぜそこまで、言い切れる? 聞かせてほしいものですな」
「彼女の両親と祖父の行いを見た結果だ。これまでの所業は決して許されるものではないだろう。だが、少なくとも、このムースという少女を自分達を犠牲にしてまでも守り生かそうとする姿勢……そこには紛れもなく愛があった!彼らが最後に見せた誇り高き魂、それに唾をかけてまでその子を殺めるというのであれば——私を倒してからにするがいい」
逆光に照らされ仁王立ちとなり、己を倒せと口にする男。
彼の決意の前に不動とジャドウは肩膝を立てた騎士風の礼をし、深く首を下げた。それは男の熱意に敗北し、指示に従うという意志の表れだった。当時のムースは彼の行動の意味が不明だったが、長い年月を得た今では、その意味が少しだけ理解できるようになっていた。
「——これが、わたくしの過去ですわ」
全てを語りつくし、再びパフェを食べ始めるムース。
彼女の話した過去に、美琴は言葉を紡ぐことができないでいた。
俯き、暫く無言でいると、店の扉が開いて一人の客が入ってきた。
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.28 )
- 日時: 2018/09/09 11:00
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
ムースの過去を聞いた美琴はどのような言葉を返したらいいかわからなかった。以前から彼女が人に対して玩具と称するのには何かあるのではないかと思ってはいたが、まさかこれほどまでに凄惨な過去があるとは。彼女の体験は五世紀も前のことであったが、美琴は実際に自分がその場にいるかのような錯覚を覚えた。それほど彼女の語り口は臨場感のあるものであったのだ。
故郷を歴史から消され、家族を失い長きに渡る時を地獄監獄の中で生き続けたムース。そのような生活を送れば精神が崩壊するのも、監獄から出たいと思うのも当然だろう。
いかに悪人であるからといえども、当時の不動やジャドウのやり方は過激過ぎることは間違いない。今の彼らはどのように思っているのかは不明だが、だからこそこの件を彼らに会ったら問いただしてみたいと美琴は思った。
もっともジャドウは失踪中で不動は入院中なのでだいぶ先の話になりそうではあるが。
そしてムースの話の中で美琴に二つの疑問が浮かんだ。美味しそうにパフェを食べるムースに視線を向けると、彼女は食べる手を止め、自らのパフェを差し出した。
「食べてもいいですわよ」
「でも、これはムースさんのものでは……」
「ワッフルだけでは物足りないことは見ればわかりますわよ。遠慮なさらずに、どうぞ食べてくださいな」
ムースがものを誰かにあげる。
それは以前の彼女を知る美琴からは信じられないものがあった。
人を玩具としか思わない大量殺人鬼であるはずの彼女が、自分にものを分け与える。その姿に、先ほど話に出た謎の男の言葉を思い出した。
『必ず心を入れ替える日が来る』
ムースがこれまでの行いを反省しているかはわからない。けれど今の彼女には少しずつ優しさが芽生えはじめている。彼女の心の変化に喜びを感じながら、美琴はスプーンでアイスを掬って一口食べる。口の中でバニラの香りと優しい甘さが広がっていく。
「とても美味しいです。ムースさん、ありがとうございます」
「喜んでくれてわたくしも嬉しいですわ。あなたのその笑顔、素敵ですわよ」
「……それは恋愛感情的な意味でしょうか」
「違いますわよ」
即座に否定するムースだが、美琴の背筋には冷たいものが流れていた。
パフェを完食したところで、美琴は先ほどの話で浮かんだ疑問を訊ねる。
「ムースさん、あなたは普通の人間ですよね」
「勿論ですわ。超能力はありますけれど」
「それではどうして五〇〇年以上も生きて、しかも外見に全く変化がないのですか」
美琴にとっては素朴な質問だったのだが、それを聞いた途端ムースはは目を見開き口に手を当て、盛大に笑い始めた。何が可笑しかったのか美琴には見当が付けない。
涙まで浮かべて爆笑したのち、美琴に答えを言う。
「あなたは本当におバカさんですわね。スター様から超人キャンディーの副作用について何も聞いていなかったのですか」
「超人キャンディーの副作用?」
美琴がスターからキャンディーを受け取ったのは李を捜索していた時だ。偶然会ったスターに卒業式をすると言われ無理やり会長室に売れていかれ、そこで食べたのだ。
そのあとすぐに医務室に飛ばされ、その後も色々あったのでキャンディーについては自らが会得した能力に関する情報しか聞かされていない。まさかそれに副作用があるなど、初耳だった。
「その様子だと聞かされていないようですわね。仕方ありませんわね、わたくしが親切に教えてあげるのですから、感謝してくださいな。超人キャンディーの副作用。それは、食べると不老長寿になるのですわ!」
「な、何ですって!?」
ムースの口から放たれた衝撃的な一言に、思わず手からスプーンを離してしまう美琴。スプーンは真っ直ぐ床に落ちていき、そのまま床を滑っていく。すぐに我に返った彼女がスプーンを拾おうと椅子から腰を浮かせたその時、何者かが彼女のスプーンを拾った。
「会話に夢中になってスプーンを落とすなんて、集中力が欠けている証拠だねえ」