複雑・ファジー小説
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- ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg
——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。
——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。
†【登場人物紹介】
†【エドワード・サリヴァン】
物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。
†【クリフォード・ベイカー】
エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。
†【リディア・オークウッド】
ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。
†【アメリア・クロムウェル】
エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。
†【ダンカン・パーシヴァル】
ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。
†【フローレンス・ウェスティア】
ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。
【シナリオ】忘却の執事
【表紙】ラリス様
【挿絵】道化ウサギ様
It is the beginning of the story・・・
- Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.3 )
- 日時: 2020/05/21 18:46
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
——1887年 4月28日 午前10時35分 オールドウィッチ 事件現場
テムズ川を沿うように街中を抜け、馬車はオールドウィッチに入る。ここはエドワード達がいたダウニング街とは異なる雰囲気を放っていた。道路は広く、長く大きな建物が遠くの先まで続いている。立ち並ぶマンションやホテル、そして田舎にはない希少な代物を売る市場。人々の活気さは勿論、都会の空気が漂う。クリフォードは物珍しい街の景色を楽しそうに眺めていた。
「——あそこです」
アバーライン警部がしばらくぶりに口を開き、外を指差した。2人の視界に全身が雲のように白く宮殿のような立派な豪邸が映る。装飾の見事な柱が立つ玄関、センスに満ち溢れる窓のデザイン。そして、何よりも建物が大きく手入れが施されているのもよく分かる。
「もう少し野次馬を下がらせてくれ。それとあの民衆の中に怪しい人間がいたらすぐに知らせろ」
「はっ!了解いたしました!」
建物の前にいた警察官の幹部が部下の1人に命令を下す。事件のあったその場所は既に包囲されており、警官が至る所に配置されていた。すぐ前には決まっているように野次馬達が集い、ざわざわと賑わう。そこにエドワード達が乗った馬車が停車した。中から3人が姿を現し、地面に降り立つ。
「随分、立派な建物ですね」
豪邸を見上げ、クリフォードは正直な感想を述べる。
「目の前の仕事に集中しろクリフォード。緊張感を絶やすな」
「——は、はい!」
アバーライン警部が先頭を歩き、探偵の到着を真っ先に知らせる。話を聞いた警官の1人が敬礼し、現場への立ち入りを許可した。
「この館の地下で事件は起こりました。第一発見者のメアリー夫人も中にいます」
「分かりました。事情聴取は後にして、まずは現場を調べてみましょう」
エドワードはポケットから白い手袋を取り出し、両手にはめる。クリフォードもそれに合わせ、手掛かりを記すためのメモ帳と万年筆を取り出した。3人は張られたラインテープを越えると、玄関を潜って中に足を踏み入れる。
建物内に入ると、豪邸と呼べるだけあって、高級な品々が目に飛び込んでくる。日常で使用する道具や家具さえも、見事な銀細工が施されていた。エドワードの事務所に比べると、あの一室が貧相に見えてしまう程に。クリフォードは口をぽかんと開け、飾られた置物や名画を眺めながら廊下を歩いていく。
「この名画はオークションで手に入れた物に違いない。俺の給料ではまず買えないな」
エドワードが飾られた絵の価値を独自に推理し、思わず苦笑する。すぐに前を歩くアバーライン警部の背に視線を戻した。いつも物事には動じない名探偵も王宮のような通路に驚きを隠せない様子だ。
「さっきも言いましたが、被害者は街で名の知れた富豪でしたからね。私もこんなにも値打ちがつく品々を見せつけられると頭痛がしてきます」
振り返る事なく、アバーライン警部は普段通りの口調で言った。
「——ああああああっ!!」
廊下の奥の開いた扉の内側から女性の泣き声が聞こえる。膝を擦りむいた少女のように言葉にならない大声を絶えず上げていた。
3人はそこまで行って、一旦立ち止まると部屋を覗いた。どうやら、そこは館の住人が夜を明かすための寝室らしい。茶色く長い髪を床にぶら下げ、緑のドレスを着た女性がベッドに腰かけていた。両手で覆った顔を下に向け悲しみの声を上げている。
数人の警官が夫人の傍についていた。中年の2人が静かに同情を抱いているのか、ただ見下ろしている。若い警官が隣に座り、彼女の肩に手を置くと何度か頷き、無念そうな表情を浮かべる。大切な者を失った絶望が狭い一室から伝わってきた。
「彼女が被害者の妻、メアリー夫人です」
アバーライン警部が哀れんだ顔で館の住人を紹介する。
「——でしょうね」
エドワードもトーンを合わせ、最初から分かっていた口ぶりで言った。
「優しい夫を誰よりも愛していたのに・・・・・・運命は残酷とはよく言ったものです」
「あの状態じゃ、聞き込みは難しいですね。ひとまず、今は地下室の現場を優先しましょう。その後でも遅くはないはずです」
「そうするべきでしょう。地下室はこちらです」
3人は薄暗い階段を降りていく。地下室の射撃場は火薬の臭いが充満していた。焼き過ぎたパンとはまた違う異様な焦げ臭さが鼻を刺激する。そこにも警官達が待機しており、調査を行っている最中だった。彼らはアバーライン警部の到着を見て姿勢を正し、しっかりと敬礼した。
銃を置くテーブルの前には、死体が横たわっていただろう人型の線が引かれている。そのまわりにはおびただしい量の血液が床に飛び散っていた。暴発したとみられる破損した銃も転がっており、至る所に番号札が設置されている。
「こちらは私立探偵のエドワード・サリヴァンさんと助手のクリフォードくん。事件解決に助力するため、わざわざお越し下さった。くれぐれも2人の妨げにならないように!」
「「はっ!」」
警官達は、はっきりと返事を揃え、姿勢を崩すと勤務へ戻って行った。
「——さて、俺達も始めるとするか」
エドワードは一度深く深呼吸し、両手に手袋をはめた。そして、背を向いて後ろにいた助手に合図を送った。クリフォードは頷き、左手のメモ帳を開いて手掛かりを書き込む準備を整える。
「——あの、エドワードさん。さっきあなたの事務所で『気になる物』を発見したと言いましたが・・・・・・」
アバーライン警部がテーブルを見るように促す。
「まずは遺体のあった場所や床に散乱した物を調べさせてくれませんか?細かい所から始めたいので」
「分かりました。私もご一緒させて下さい」
「クリフォード、俺が言った事は全てメモするんだ。細かい所も含めてな」
「はい!」
クリフォードが気を引きしめた返事をし、エドワードは前に出て今日初めての職務を開始した。まずは遺体のあった場所へ寄り添い、跪くと線の上をなぞりボソボソと呟き始める。
- Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.4 )
- 日時: 2020/05/28 19:30
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「被害者は仰向けに倒れた。飛び散ってる血痕から見て、余程の爆発だったに違いない。特に頭部からの出血が激しい。恐らく被害者は構えて撃ったんだろう。暴発は目先で起きたんだ」
クリフォードは探偵が口にした内容を正確に書き込む。アバーライン警部は腕を組み、感心の意を示した眼差しで見下ろしていた。
「床に散弾が散らばっている。そしてこれが暴発した散弾銃か・・・・・・」
次は遺体の傍にあった銃を手に取り、一部一部を正確に眺める。
「使用された散弾銃は水平二連式、一般的な猟銃だ。銃身に刻まれた文字から1860年代に製造されたアメリカ製の物だと分かる。銃口には何も詰まっておらず、弾を込める中折れ部分から真っ二つに外れている。原因は銃ではなく、弾薬にあったと考えられるな」
「ええ、実はそうなんですよ」
推理の途中でアバーライン警部が口を挟んだ。
「実はそう?どういう事ですか?」
聞き捨てならない発言にエドワードは膝を伸ばし、彼に問いかける。
「——これが私があなたに言いたかった気になる物なんですが」
アバーライン警部はテーブルにあったある物を指差した。蓋が空いた弾薬箱の隣に一冊の薄い書物が置いてある。ボロボロになった古くさい手帳だった。
「アバーライン警部、この手帳は?」
「ページを開いて分かったんですが、これは被害者が書いた銃の組み立て方や正しい弾を込め方などが記されたお手製の説明書だったんです。私は書いてある内容を全て確かめたんですが、1つだけ不自然な点を見つけました。それが『火薬の量』です」
「——火薬の量?」
「被害者が使用していた猟銃の散弾に必要な火薬量が3.5グラム、・・・・・・しかし、手帳には8.5グラムと書いてありました」
それを聞き、エドワードは驚きの表情に変え
「8.5グラム・・・・・・!?量が多すぎます。そんなに詰め込んだら暴発するのは当然ですよ」
信じ切れない様子でページを開いて確かめる。だが、アバーライン警部の証言に間違いはなかった。確かに、手帳には弾薬に必要な火薬量が8.5グラムと記されている。
「——待てよ?」
エドワードはある不自然な点に気がついた。
「アバーライン警部、1つ伺いたい事があります」
「何でしょうか?」
「被害者が初めて、銃を使ったのはいつの頃か分かりますか?」
アバーライン警部は急な質問にすぐには答えられなかった。指に顎を乗せ、険しい表情を作り記憶を辿る。すると、何かを思い出したのか彼は、はっとして顔を上げた。
「——そう言えば、被害者の知る人物の1人が銃について話していました」
「本当ですか?その内容とは?」
「聞いたところによると、被害者が銃を購入したのは今から20年前の事です。よく友人と狩りに行っていたという証言も得られました。あとこれは被害者の妻であるメアリー夫人から耳にした情報なんですが・・・・・・」
「是非、お聞かせ下さい」
「理由は不明ですが、最近になって夫が銃を使い始めると言い出したと。かれこれ10年ぶりになるとか・・・・・・」
「——やはりな。そういう事か」
どうやら、エドワードは手掛かりの謎を解き明かしたらしい。彼は助手と刑事のいる後ろを振り返る。
「え?どういう事なんですか?」
クリフォードには、さっぱりで理解に苦しむ顔をした。
「今の証言といいこの手帳の古さといい、被害者はとうの昔にこの銃を使っていたんだ。だが、手帳には間違った火薬の量が記されていた。もしこれが最初から書かれていた物だとしたら、被害者はとっくに事故死してるはずだ。不自然だと思いませんか?」
「なるほど、確かに不自然です」
アバーライン警部は納得し、エドワードの推理に強く同意した。更にエドワードは手帳を2人に見せ、8の数字に指を当てる。
「この辺を見て下さい。書かれたインクの文字はどれも古く変色しているのに、ここだけが新しいです。恐らく誰かが3の数字に反対の3を付け足して8と装ったんでしょう」
「エドワードさん。じゃあこれは・・・・・・」
「ええ、暴発による事故ではありません。れっきとした殺人事件です。事実、何者かが手帳に細工をしているんですから」
「来たばかりなのに、もう不可解な謎を解いてしまうとは・・・・・・流石としか言いようがありませんな」
アバーライン警部の賞賛にエドワードは軽く謝意を示して話を続ける。
「どうも。そして、これはただの推測ですが、犯人は被害者に銃を使うように促したんじゃないでしょうか?今の現状から推理するとその可能性が高いです」
「そう考えれば線が繋がりますね・・・・・・で、その犯人は誰か分かりますか?」
期待された質問にエドワードは暗い面持ちで頭を横に振った。
「残念ですが、そこまではまだ明確にはできません。もっと手掛かりや情報が必要です。ただ、俺の勘が正しかった場合、犯人は被害者とかなり親しい人物という事になります」
「——なるほど、でしたら私も部下を動員し、被害者の知人を洗ってみます」
「お願いします。俺はメアリー夫人の方をあたってみますので」
アバーライン警部は2人に敬礼すると早速行動に移る。速足で階段を上がり、事件現場の地下室から去って行った。エドワードはここでの調査を終え、ひとまずうんと背伸びをする。
「探偵業は疲れるな・・・・・・クリフォード、全ての詳細を書き込んだか?」
「はい。えっと、あの・・・・・・エドワードさん?」
クリフォードが何か言いたい口ぶりで探偵の名を呼ぶ。
「ん?どうした?」
「エドワードさんは、さっき犯人は親しい人かも知れないと言いましたよね?」
「・・・・・・確かに言ったが何か引っかかったか?」
「もしかして、犯人はメアリー夫人じゃないでしょうか?」
「おいおい、どうしたんだ急に?いつものお前らしくないな?」
エドワードはいつもとは異なる助手の態度に思わず目を丸くする。不思議に感じたが、冷静な対応でとりあえず理由を聞く事にした。
「だって、第一発見者を疑うのが、捜査の基本だっていつも言われてたし・・・・・・夫が死ねば、この家の財産とか全て自分の物になるでしょ?だから怪しいです」
「ふっ、成長したな。俺もお前を雇った探偵として鼻が高い」
彼は少しだけ関心の意を示し、クリフォードの頭を撫で下ろす。
「だが、名探偵にはまだ程遠い。彼女は犯人じゃない」
「え、どうしてそんな事が言い切れるんですか?」
「あの泣いていた素振りだ」
「素振り?」
首を傾げるクリフォードにエドワードは詳しく説明を加える。
「どんなに演技が上手い人間でも完璧に本当の感情を表現するのは不可能なんだ。さっき部屋を覗いて夫人を観察したが、あの悲しみは本物だった」
「——エドワードさんには敵わないな・・・・・・」
「俺ぐらいの実力を持てば、演技や嘘なんてすぐに分かるさ」
エドワードは自慢した口調で台詞を吐く。
「じゃあ、次はそのメアリー夫人に聞き込みに行くか。まだ、そのメモをしまうんじゃないぞ?」
「分かりました」
ここでの事は部屋にいる警官達に任せ、2人も射撃場を後にした。
- Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.5 )
- 日時: 2020/06/05 21:59
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
寝室にメアリー夫人はいた。不幸以外の何でもない顔をしながら、ハンカチで涙を拭っている。すすり泣きしていたが、さっきと比べると大分落ち着きを取り戻していた。
2人は部屋に入り、夫人に礼儀正しく挨拶をした。エドワードは始めに自己紹介をし、次に助手のクリフォードを紹介した。最後に私立探偵である事を伝える。
「探偵なんですか・・・・・・?」
メアリー夫人は信用してるのかしてないのか、分からない面持ちでエドワード達を見た。
「はい、この事件を解決するためにここへ来ました。ですが、そのためにはあなたの協力が必要不可欠なんです。辛いかも知れませんが、いくつかの質問に答えて頂けないでしょうか?」
「——分かりました。私が知っている事であれば・・・・・・できれば、あなたとあなたの助手の方と3人で話をしたいのですが・・・・・・?よろしいかしら・・・・・・?」
それを聞いた警官達は互いに顔を見合わせた。彼らは紳士的にもその要望に応え、部屋から立ち去って、すぐさま3人だけ空間を作った。
「ありがたいですね・・・・・・では、早速ですが、いくつかお尋ねします」
エドワードは最初の質問をする。
「暴発した銃は調べたところ、1860年アメリカで製造された物だと分かりました。ご主人の物で間違いないですか?」
「はい・・・・・・あの銃は26年前に主人と新婚旅行に行った際、ロサンゼルスで購入した物です。当時はとても自慢してました」
メアリー夫人は落ち込んだ口調ながらも質問には素直に答えた。
「他に所持している銃は?」
「あれだけです・・・・・・」
「——なるほど。クリフォード、ちゃんと記録してるか?」
「はい、問題ないです」
クリフォードはメモ帳のページにインクの文字を刻みながら返事をした。
「では、質問を続けます。これは大変お聞きしにくい内容なんですが・・・・・・ご主人に恨みを持つような人間はいませんでしたか?」
「主人を恨む・・・・・・?ちょっと待って下さい!これは事故じゃないんですか!?」
メアリー夫人は驚愕と興奮でベッドから立ち上がる。エドワードは"落ち着いて下さい"と彼女の肩に手を乗せ、静かに座らせる。そして、その理由について語った。
「ご主人が所持していた銃の詳細が書かれた手帳はご存知ですか?」
「はい、知っています。地下で射撃をしたり狩りに行く時はいつも持ち歩いていました・・・・・・」
「実は誰かが、その手帳に細工をしているんです」
「細工・・・・・・!?」
エドワードは一度だけ頷き、真剣な眼差しで詳細を話す。
「はい、火薬の量が書き換えられていたんです。犯人は散弾に過剰な量の火薬を込めさせ、暴発するように仕組んだんです。不運な事故に見せかけようとしたんでしょう」
「——そんな、信じられない・・・・・・!」
メアリー夫人は大きなショックを受ける。とてもじゃないが、この衝撃の事実を受け入れ切れない様子だ。夫を恨んでる人間はいるかと聞かれ、しばらく考えたが有力な答えは出なかった。
「残念ですが、私の中では心当たりはないです。主人はまわりから好かれていましたから・・・・・・」
「それともう1つ、これはさっき知人の警官から聞いた事なんですが、最近になって夫が銃を使い始めるとあなたは証言したらしいですね?その理由を聞きましたか?」
「いいえ、久々に銃を使いたくなったとしか思わなかったから、特に詮索はしませんでした・・・・・・」
メアリー夫人は相変わらず暗い面持ちのまま、ベッドのテーブルに乗ったバーボンを手に取る。2人分のグラスに茶色のアルコールを注ぎ、片方をエドワードに差し出す。彼は一瞬だけ嬉しそうな顔を浮かべたが、"仕事中ですので"と丁寧に断った。
「——他に聞きたい事はありますか・・・・・・?」
「いえ、特には何も。さっきの質問で最後です。ご協力感謝します」
エドワードは優し気な口調で礼を伝えた。後ろにいたクリフォードもそれに合わせて明るく頷く。メアリー夫人はバーボンを口に流し、一息ついた。疲れの溜まった息を吐き出すと、少しの間、揺れるグラスの水面を眺める。そして、重く震えた口を開いた。
「こんな惨い事があっていいんでしょうか・・・・・・?」
「いいわけないと思います。理不尽を生み出す輩は絶対に許せません」
エドワードが声を鋭くし、更に言葉を付け加えた。
「あなたのご主人を殺害した犯人は必ず探し出してみせます。だから、ご安心下さい」
「ありがとう・・・・・・だけど、犯人が捕まったとしても、殺された夫はもう二度と帰って来ないんですよね・・・・・・?幸せだった日々はもう送れない・・・・・・!」
そう言って、メアリー夫人は再び泣き出してしまう。不幸を絵に描いたような光景を探偵と助手は哀れんだ表情で見つめる。その時だった。
「メアリーさん!」
探偵と助手は声がした方向を振り返る。玄関の方から男の声がした。どかどかと足音を立ててこの部屋に向かってくる。ここまで急いで来たのか、激しい吐息を繰り返している。
「あの声は・・・・・・」
メアリー夫人は声の正体を悟り、顔を上げ涙を拭う。
「知人ですか?」
エドワードが聞く。
「ええ・・・・・・主人の友人です」
現れた男は中年の髪の長い男性だった。茶色のハットを被り、丸い眼鏡をかけている。顔はしわが多く、生やした髭は白い。白いシャツの上に帽子と同色のセーターを羽織り、ネクタイをぶら下げていた。走って来た途中で脱いだのか、コートを腕に抱えている。外見を例えるなら、親切そうな老紳士と言ったところだ。
彼は寝室の前で立ち止まり、辛そうに息を切らした。右手で壁に手を付け態勢を伸ばすと胸を3回撫で下ろし、苦しそうな相好を見せる。額は汗で濡れていた。
「アデルさん・・・・・・!」
メアリー夫人が男の名を口にする。
「親友のコリンが亡くなったと聞いて急いで飛んで・・・・・・はあはあ・・・・・・来ましたよ・・・・・・!おや?この方々はどなたですか?」
2人はやって来た男に自己紹介をする。エドワードは探偵を名乗り、クリフォードはその助手である事を告げた。アデルと呼ばれた男も帽子を取って友好的に挨拶をする。彼はエドワードの名を聞き驚愕した様子で握手を求めてきた。
- Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.6 )
- 日時: 2020/06/13 22:08
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「——エ、エドワード・サリヴァン・・・・・・!?かの有名な名探偵に会えるなんて光栄だ・・・・・・!」
「どうも、恐れ入ります」
「私はアデル・メラーズ。この街で医師として働いています」
素性を明かし、名刺を取り出しエドワードに渡す。すると、今度は彼の隣にいたクリフォードに手を差し伸べ
「——とすると、君は探偵の助手かね?その若さで働いているなんて、とても立派な事だよ」
子供を讃称し、小さな手を握る。
「あ、どうも・・・・・・」
クリフォードは褒められた事に照れてしまい、恥ずかしそうに下を向いた。
「あの・・・・・・アデルさん・・・・・・」
メアリー夫人を見上げ、アデルに呼びかける。彼はすぐに振り帰ると、彼女の隣に腰かけ寄り添った。"飲み過ぎは体に悪いですよ"とバーボンを取り上げる。
(とてもいい人ですね?)
クリフォードは、ぼそっと隣にいたエドワードだけに聞こえる声で言った。
(そうだな。温かい人間に出会うのは気持ちがいい)
エドワードもトーンを合わせ、返答を返す。
「コリンの事は非常に残念でした。私も胸に穴が開いたみたいで苦しくて仕方ありません」
アデルはメアリー夫人に対し深い同情を抱く。そして、同じく涙を滲ませた。
「私、これからどうしたらいいのか分からなくて・・・・・・」
「そんなに深く考える事はないんですメアリーさん。あなたは1人じゃない。私やたくさんの友人達がついてます」
探偵と助手はその光景を黙って眺めていた。2人共、何とも言えない複雑な気持ちに苛まれる。すると、エドワードは何を思ったのか生真面目な面持ちで
「アデルさん。あなたにもいくつか聞きたい事があります。お時間よろしいでしょうか?」
アデルは泣きそうな顔で"はい"と小声で頷いた。
「私にできる事なら喜んで捜査に協力します。何でも仰って下さい」
エドワードは軽く礼を送って、早速、最初の質問をする。
「コリンさんが亡くなった事はいつどこで知ったんですか?」
アデルは天井を見上げながら当時の事を思い出す。彼は再び沈痛な表情で下を向き静かに語り始める。
「——あれは11時過ぎの事でした。私はいつものように仕事に明け暮れていた時、電話が掛って来たんです。また患者の予約かと思ったんですが、相手は私の友人でした。聞かされたのはコリンの突然の死、ショックで心臓が止まるかと思いましたよ」
「なるほど・・・・・・では、その時の事を詳しく説明できますか?」
アデルは目を丸くし、不思議そうにエドワードを見上げたが
「——私は信じられない気持ちで彼の死因を問いかけました。そうしたら昔、アメリカで購入した銃が暴発したと知らされて・・・・・・受話器を落とした私はいても立ってもいられなくなり、仕事を看護婦に任せて病院を飛び出しました。そして、ここまで走って来たわけです・・・・・・!」
と涙声になりながらも、目を拭い懸命に答えた。
「大丈夫ですか?」
エドワードは医師に対して、優しい言葉をかける。
「大丈夫です・・・・・・まだこの現実を受け入れきれなくて・・・・・・ちょっと喉を潤してもよろしいですか?」
アデルはメアリー夫人にバーボンを注いでもらった。いっぱいになったアルコールを一気に飲み干し、グラスを空にする。そして、いかにも具合が悪そうにため息をついた。
「——質問を続けますが?アデルさん、あなたはコリンさんが銃を所持している事をご存知でしたか?」
「知ってました。昔はよく皆に自慢してましたよ。実は私も何度か狩りに同行した事もあります」
「では、彼が所持していた銃に関して書かれた手帳については?」
「ええ、それも知ってますよ。彼は銃を持ち歩く際、いつも所持してましたから。もう遠い過去の話ですがね・・・・・・」
アデルは最後は切なそうに言って、バーボンのお代わりを頼んだ。グラスを受け取り、飲み干した。そして、また辛そうなため息を吐き出す。エドワードは数々の証言を真剣に聞いていた。後ろに視線をやるとそれに負けずとクリフォードが会話の内容を懸命に記録している。助手に問題がない事を確認すると、探偵は正面に向き直り更にいくつかの質問を行う。
「あと、これは大変仰りにくい事なんですがコリンさんに恨みを持つような人はいませんでしたか?」
その問いにコリンは驚愕し、先ほどのメアリー夫人と同じ台詞、同じ素振りを見せた。
「コリンを恨む・・・・・・?ちょっと待って下さい!事故じゃないんですか!?」
思わず立ち上がるアデルに対し、エドワードは最初に一度頷き冷静に理由を説明する。被害者の死亡した場所や死亡推定時刻、詳しい死因。そして、被害者の手帳に細工がされ火薬の量が書き換えられていた事など調査で得た情報は全て話した。
「信じられん・・・・・・まるで悪夢を見ているようだ・・・・・・」
アデルは声を震えさせ、当然の反応をした。彼は唖然とし、これ以上何を言えばいいのかさえ分からない様子だった。
「犯人は被害者が手帳を所持している事を知っている人物、つまり被害者の知人の可能性が高い。心当たりはありませんか?」
「残念ながら・・・・・・コリンは誰にでも優しくいい評判を得ていました・・・・・・そんな彼を殺す奴がいるなんて・・・・・・」
「これで最後の質問ですが、コリンさんと最後に会われたのはいつですか?」
「まさか・・・・・・アデルさんを疑っているんですか!?」
「とんでもない。あくまでも確認のためです」
メアリー夫人は興奮気味に怒りを込めた大声を上げた。アデルは夫人を落ち着かせ、自身もまたベッドに腰を下ろす。彼はエドワードを見上げ素直な態度で
「今から2日前です。その日は酒場で共にビールを飲んでいました。あれが最後の付き合いになるなんて・・・・・・!」
「分かりました。質問は以上です。ご協力に感謝します」
エドワードは丁寧にお辞儀し上げた顔をほころばせた。後ろにいた助手も同じ行動を取る。
「——では、俺達はそろそろ失礼させていただきます。行くぞクリフォード」
「分かりました」
クリフォードは夫人達にお辞儀しメモをしまいながら探偵の背中を追う。
「あれ?もうお帰りになるんですか?」
アデルが呼び止めるように聞いた。
「ええ、ここでの仕事は終わりましたから。これから事務所に帰って、得た内容を書類にまとめようと思います」
「そうですか。私はまだここに残って、メアリーさんがよくなるまで一緒にいる事にします。仕事の成功を祈っています」
「ありがとうございます。いくら仕事とはいえ数々の腹ただしい発言、どうお詫びしたらいいか・・・・・・」
「いえいえ、お気になさらないで。捜査は疑うのが基本ですから」
アデルは優しく温かい表情を作った。謝罪の言葉を最後に2人は部屋を出て、玄関に続く廊下を歩いて行った。
- Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.7 )
- 日時: 2020/06/21 19:29
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「メアリー夫人、本当に可哀想です。いつか立ち直る日が来るでしょうか・・・・・・?」
クリフォードは落ち込んだように下を向く。それを励ますように
「女の精神は強い。すぐにではないと思うが、きっとこの悲しみを乗り越えられるさ」
「だといいですね・・・・・・」
「それよりもクリフォード、お前に言っておきたい事が・・・・・・うわっ!?」
途端にエドワードの足が何かにつまづいた。そのままバランスを崩し、地面に膝をつく。
「だ、大丈夫ですか!?エドワードさん!?」
「ああ・・・・・・何とか・・・・・・」
エドワードは起き上がると、不思議に思い足元を見下ろした。床に手の平サイズくらいの灰色の箱が落ちている。
「——箱?」
エドワードは拾った箱を手に乗せて、じっと眺める。
「それ、何ですか?」
クリフォードも興味を引かれ、横から顔を覗かせる。
「この形・・・・・・どうやら指輪のケースのようだな。上に"フォーチュン"と記されてある。確か、この地区にある宝石屋の名前だ」
「こういう物を見ると無性に何が入っているのか気になりますよね?」
「開けて、中身を見てみるか?」
エドワードも好奇心に負け、蓋を開けるといかにも高価そうな指輪があった。黄金色の光を反射する金のリングには見事としか言えない刻印が刻まれている。そして大きく四角い緑の宝石がはめ込まれていた。高級感が溢れる代物に2人は目を丸くし息を呑んだ。
「実に質のいい金細工が施されてますね・・・・・・それにこの大きな宝石、多分エメラルドじゃないですか?」
「だろうな。これが偽物じゃないのなら恐らく、500ポンドくらいの価値はある」
「——そんなに!?」
驚くクリフォードにエドワードは"多分な"と苦笑する。
「とにかく、部屋に戻ってこの貴重品が誰の物なのか尋ねてみよう」
エドワードは箱を閉じると、すぐさまさっきいた場所へと引き返した。
「——失礼ですが?」
短い挨拶と共に寝室へ入る。2人は再び戻って来た探偵を見て目を丸くした。
「あの・・・・・・まだ何か用が?」
メアリー夫人が不機嫌そうな口ぶりで聞いた。
「何度も申し訳ない。廊下を歩いている時に何かにつまずいてしまって・・・・・・床を見下ろしたらこんな物が落ちていたのですが、身に覚えはありませんか?」
エドワードは拾った物を差し出す。
「そ、それは・・・・・・!」
箱を見せられた途端、アデルはただならぬ様子で駆け寄って来た。彼はエドワードから奪い取ると言ってもいい程に強引に取り上げ、慌てて中身を確認する。指輪の無事を確認すると、安心したのか息を深く吐き出した。
「やはり、アデルさんの物でしたか」
「え、ええ・・・・・・本当によかった・・・・・・!いやはや、エドワードさんには頭が上がりませんよ!」
アデルは焦り気味にお礼を言うと、ベッドに置いてあった自分のコートを睨んだ。
「コートに入れていたんですが、ポケットに穴が開いていたんですね。もうこれは古い物ですから」
と言って、今度はズボンのポケットにしまい込んだ。
「誰かへのプレゼントですか?」
「まあ、そんな所です。私にも愛する人がいるもので」
「気をつけて下さいね?誰もが欲しがるような代物ですから・・・・・・では」
二度目の別れを告げたエドワードは部屋を出て、クリフォードと再会すると改めて玄関へと向かう。
「ところでエドワードさん。さっきの言っておきたい事と言うのは?」
長い廊下を歩きながら、クリフォードは何食わぬ顔で聞いた。
「ああ、その事なんだが・・・・・・」
エドワードは背後を振り返える事なく、実に冷静な口調で
「あのアデルという男、要注意だな」
「——え!?エドワードさん、あんないい人を疑っているんですか・・・・・・!?」
「しっ!静かに・・・・・・!」
エドワードは人差し指を鼻に当て、クリフォードはとっさに口を塞ぐ。2人は建物に響かない小声で
「でも、あの人も泣いていましたよ?僕にはあの医師が嘘をついているようには見えませんでした」
「どうかな?聞き込みと同時にあの男を観察していたんだが、微かな動揺を感じた。それに落とした指輪を渡した時のあの反応は普通じゃない」
「——そうでしょうか?」
納得しきれない助手に探偵は更に
「人が友人や知人の死を聞かされた時、最初の出る言葉は十中八九決まってるんだ。だが、彼はある事を聞かなかった。一度もな」
「ある事って?」
「"いつ死んだんですか?"・・・・・・最近まで会っていた人間なら尚更だ。彼はメアリー夫人に対しても俺が電話の内容を聞いた時もそれを言わなかった」
「確かにそうですね・・・・・・でもそれって?」
「"被害者がいつ死んだか、知ってる"からだよ」
「——っ!」
「これは内密だ。アバーライン警部以外には言うんじゃないぞ?」
相変わらずこの建物は警官達に包囲され、緊張感が溢れる光景は保たれている。だが、最初に訪れた時よりも野次馬の数が少ない。飽きてしまったのか、自分達の生活に戻って行ったようだ。
「ここはもう調べ上げた。次の聞き込みに向かうぞ?」
エドワードが張り切って両手を上に伸ばす。
「え?次はどこに行くんですか?」
「宝石屋だ」
「名前はええっと・・・・・・確か、フォーチュンでしたっけ?」
「そうだ。ここから少し歩く事になるが、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ちょうど、ロンドンの街を散歩したかったところです」
「なら、早速そこへ向かうぞ」
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