複雑・ファジー小説

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ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】
日時: 2021/09/26 17:55
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg

 ——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。

 ——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。



†【登場人物紹介】


†【エドワード・サリヴァン】

 物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。


†【クリフォード・ベイカー】

 エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。


†【リディア・オークウッド】

 ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。


†【アメリア・クロムウェル】

 エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。


†【ダンカン・パーシヴァル】

 ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。


†【フローレンス・ウェスティア】

 ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。


【シナリオ】忘却の執事 

【表紙】ラリス様 

【挿絵】道化ウサギ様


 It is the beginning of the story・・・

Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.7 )
日時: 2020/06/21 19:29
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

「メアリー夫人、本当に可哀想です。いつか立ち直る日が来るでしょうか・・・・・・?」

 クリフォードは落ち込んだように下を向く。それを励ますように

「女の精神は強い。すぐにではないと思うが、きっとこの悲しみを乗り越えられるさ」
「だといいですね・・・・・・」
「それよりもクリフォード、お前に言っておきたい事が・・・・・・うわっ!?」

 途端にエドワードの足が何かにつまづいた。そのままバランスを崩し、地面に膝をつく。

「だ、大丈夫ですか!?エドワードさん!?」
「ああ・・・・・・何とか・・・・・・」

 エドワードは起き上がると、不思議に思い足元を見下ろした。床に手の平サイズくらいの灰色の箱が落ちている。

「——箱?」

 エドワードは拾った箱を手に乗せて、じっと眺める。

「それ、何ですか?」

 クリフォードも興味を引かれ、横から顔を覗かせる。

「この形・・・・・・どうやら指輪のケースのようだな。上に"フォーチュン"と記されてある。確か、この地区にある宝石屋の名前だ」
「こういう物を見ると無性に何が入っているのか気になりますよね?」
「開けて、中身を見てみるか?」

 エドワードも好奇心に負け、蓋を開けるといかにも高価そうな指輪があった。黄金色の光を反射する金のリングには見事としか言えない刻印が刻まれている。そして大きく四角い緑の宝石がはめ込まれていた。高級感が溢れる代物に2人は目を丸くし息を呑んだ。

「実に質のいい金細工が施されてますね・・・・・・それにこの大きな宝石、多分エメラルドじゃないですか?」
「だろうな。これが偽物じゃないのなら恐らく、500ポンドくらいの価値はある」
「——そんなに!?」

 驚くクリフォードにエドワードは"多分な"と苦笑する。

「とにかく、部屋に戻ってこの貴重品が誰の物なのか尋ねてみよう」

 エドワードは箱を閉じると、すぐさまさっきいた場所へと引き返した。

「——失礼ですが?」

 短い挨拶と共に寝室へ入る。2人は再び戻って来た探偵を見て目を丸くした。

「あの・・・・・・まだ何か用が?」

 メアリー夫人が不機嫌そうな口ぶりで聞いた。

「何度も申し訳ない。廊下を歩いている時に何かにつまずいてしまって・・・・・・床を見下ろしたらこんな物が落ちていたのですが、身に覚えはありませんか?」

 エドワードは拾った物を差し出す。

「そ、それは・・・・・・!」

 箱を見せられた途端、アデルはただならぬ様子で駆け寄って来た。彼はエドワードから奪い取ると言ってもいい程に強引に取り上げ、慌てて中身を確認する。指輪の無事を確認すると、安心したのか息を深く吐き出した。

「やはり、アデルさんの物でしたか」
「え、ええ・・・・・・本当によかった・・・・・・!いやはや、エドワードさんには頭が上がりませんよ!」

 アデルは焦り気味にお礼を言うと、ベッドに置いてあった自分のコートを睨んだ。

「コートに入れていたんですが、ポケットに穴が開いていたんですね。もうこれは古い物ですから」

 と言って、今度はズボンのポケットにしまい込んだ。

「誰かへのプレゼントですか?」
「まあ、そんな所です。私にも愛する人がいるもので」
「気をつけて下さいね?誰もが欲しがるような代物ですから・・・・・・では」

 二度目の別れを告げたエドワードは部屋を出て、クリフォードと再会すると改めて玄関へと向かう。

「ところでエドワードさん。さっきの言っておきたい事と言うのは?」

 長い廊下を歩きながら、クリフォードは何食わぬ顔で聞いた。

「ああ、その事なんだが・・・・・・」

 エドワードは背後を振り返える事なく、実に冷静な口調で

「あのアデルという男、要注意だな」
「——え!?エドワードさん、あんないい人を疑っているんですか・・・・・・!?」
「しっ!静かに・・・・・・!」

 エドワードは人差し指を鼻に当て、クリフォードはとっさに口を塞ぐ。2人は建物に響かない小声で

「でも、あの人も泣いていましたよ?僕にはあの医師が嘘をついているようには見えませんでした」
「どうかな?聞き込みと同時にあの男を観察していたんだが、微かな動揺を感じた。それに落とした指輪を渡した時のあの反応は普通じゃない」
「——そうでしょうか?」

 納得しきれない助手に探偵は更に

「人が友人や知人の死を聞かされた時、最初の出る言葉は十中八九決まってるんだ。だが、彼はある事を聞かなかった。一度もな」

「ある事って?」
「"いつ死んだんですか?"・・・・・・最近まで会っていた人間なら尚更だ。彼はメアリー夫人に対しても俺が電話の内容を聞いた時もそれを言わなかった」
「確かにそうですね・・・・・・でもそれって?」


「"被害者がいつ死んだか、知ってる"からだよ」


「——っ!」
「これは内密だ。アバーライン警部以外には言うんじゃないぞ?」

 相変わらずこの建物は警官達に包囲され、緊張感が溢れる光景は保たれている。だが、最初に訪れた時よりも野次馬の数が少ない。飽きてしまったのか、自分達の生活に戻って行ったようだ。

「ここはもう調べ上げた。次の聞き込みに向かうぞ?」

 エドワードが張り切って両手を上に伸ばす。

「え?次はどこに行くんですか?」
「宝石屋だ」
「名前はええっと・・・・・・確か、フォーチュンでしたっけ?」
「そうだ。ここから少し歩く事になるが、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ちょうど、ロンドンの街を散歩したかったところです」
「なら、早速そこへ向かうぞ」

Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.8 )
日時: 2020/06/28 10:43
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 ——1887年 4月28日 午後1時24分 オールドウィッチ 宝石店フォーチュン

 しばらく人ごみの波を通り抜けようやく辿り着く。一際派手でかなり目立っていた建物の窓のケースには指輪、ネックレス、ブレスレット、どれも高そうなアクセサリーが展示されている。訪れる客も全員、随分と立派な服装して店内へ入って行く。

「ここで間違いないな」

 エドワードは扉の上に刻まれた文字を見上げて言った。

「一生働いても買えないような品々ばかりですね?貧乏な僕には無縁な場所ですけど・・・・・・」

 クリフォードが窓の内側を覗いてため息をついた。

「ちょっとばかり店内を見て回ってもいいが売り物には決して触るんじゃないぞ?ああいった物は手の跡が着くと店の人間が色々とうるさいからな」

「気をつけます」

 2人は扉を開け中へ入る。

「凄い・・・・・・!」

 クリフォードは店内を見渡して絶句した。無数の眩い輝きが貧しい少年に向けて放たれる。どこを向いても貴金属と宝石の山、数えるときりがない。

「——いらっしゃいませ」

 レジの傍に初老を迎えた女性店員が見張るように立っていた。彼女はやって来た2人を見て買う気がないと確信したのか冷たい視線を逸らした。

「流石に目が痛くなるな」
「僕は平気ですよ?これが全部、自分の物になったらなぁ・・・・・・」

 クリフォードが楽しそうに展示ケースの1つを眺めながら言った。

「1つだけなら買ってもいいぞ?」
「え!?本当ですか!?」
「——冗談だ」

 探偵の意地悪なジョークに助手は頬を膨らませる。

「もう、エドワードさんったら・・・・・・」
「ははっ・・・・・・本来の目的を忘れてはいかん。さて、聞き込み開始だ」

 エドワードは緊張感を露にし店員のいる方へ向かった。

「何かお探しですか?」

 店員がどうでもよさそうに聞いた。

「申し訳ありませんが、私達は客ではありません」

 それを耳にして店員はますます不機嫌な面構えとなった。

「客ではないのなら強盗ですか?」
「面白い冗談です・・・・・・が、そのような輩ではないのでご安心を。私は私立探偵。そして、この子は助手です」

 短い自己紹介をし、後ろにいたクリフォードも礼儀正しく挨拶する。

「まあ、顔を隠していませんしね。信用する事にしましょう。それで?探偵さんが私に何の御用で?」
「はい。とある事件の捜査のために、いくつか質問にお答えして頂ければ幸いなのですが?」
「事件?」
「今朝、この街の富豪が殺害されたんです。俺はここに犯人に繋がる手掛かりがあると睨んで来ました」

 店員はついてないと言わんばかりのため息をついた。やって来たのが客どころか、面倒を持ち込む人間だった事に深く失望した様子だ。しかし、彼女は嫌々ながらも何度か頷き

「なるほど、そういう事でしたらできる限りの協力はしましょう。私の店の評判を落とすような事はしないと約束して下さるのなら」
「勿論、この店の名誉は必ずお守りします。感謝しますマダム。そうと決まれば・・・・・・クリフォード、メモと万年筆を貸してくれないか?」
「どうぞ」

 クリフォードは迷う事なく肯定した。膨らんだ胸ポケットから頼まれた物を取り出し手渡す。

「——お聞きしたい内容というのは・・・・・・」

 エドワードは開いたページにさらさらと何かを描き始める。細かい部分もしっかりと表現された指輪の絵だった。それを目の前の相手に見せ

「最近、この指輪を購入した人はいませんでしたか?刻印が施された金のリングに四角いエメラルドが付いている代物なんですが?」

 店員は沈黙し絵をじーっと睨んだ。するとしばらくも経たないうちに堅苦しい表情を緩め

「ああ・・・・・・!これなら知ってますよ。1879年のズールー戦争期に作られた物ですね。確かに最近、その指輪を購入した方がいらっしゃいました」
「本当ですか?どんな人でしたか?」
「白い髭を生やした初老の男性でした。とても嬉しそうに振る舞っていたので、よく覚えています」
「もしかしたら、こんな人じゃありませんでしたか?」

 エドワードは再び絵を描いた。今度は人の肖像を短時間で描き上げ、できた物を前にかざす。

「ええ、間違いありません。正にこの男の人です。随分と絵が上手なんですね?」
「どうも、ちなみに彼はどんな事を口にしていたか、覚えていませんか?」
「——ええっと確か・・・・・・私は結婚するんだとか・・・・・・愛しのメアリーとか・・・・・・」

 その証言を聞き2人は互いに顔を合わせた。エドワードは一層生真面目な声で

「いつの事でしたか?」
「今から4日前のちょうどこの時間帯の頃でしたかね?あんなにも歓喜に満ちたお客様は久しぶりでしたよ」

 エドワードは"なるほど"とおもむろに言って借りた道具をクリフォードに返した。代わりにポケットから財布を取り出し100ポンドの札をレジの台に置く。

「大変助かりました。お陰で事件は思うより早く解決するかも知れません。心から感謝します」
「こちらこそ、お役に立てたようで嬉しいです。今度ここにいらしたら是非、何か買っていって下さいね?」

 さっきまでの蔑んだ態度を一変させ、店員は嬉しそうにお礼の紙幣をレジにしまった。実に上機嫌な面持ちで店を去る2人の後ろ姿を見送る。

Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.9 )
日時: 2020/07/20 19:10
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

「エドワードさん、さっきの話・・・・・・」

 クリフォードが隣を歩く探偵を見上げて

「ああ、これ以上のない程のいい証言を得られたな」

 エドワードは隣を歩く助手を見下ろし

「アデルは被害者が死亡する数日前に結婚指輪を購入し、夫を亡くしたメアリー夫人にプロポーズをしようとしている。明らかに怪しいな。疑わずにはいられん」

「——つまり、真相を明かせばアデルさんはメアリー夫人に対し前々から好意を抱いていて、それで彼女を自分の物にするために銃の説明書に細工をし被害者を殺害した・・・・・・と、言ったところでしょうか?」
「女だけじゃない。被害者の家も財産も全て奪うための計画的犯行だったんだろう。この店に来て正解だったな。やはり俺の判断に間違いはなかった」
「流石、エドワードさんにかかれば、どんな犯人も逃げられませんね。この事を早くアバーライン警部に知らせて、早くあの人を逮捕してもらいましょう」

 だが、エドワードは頭を縦に振らず

「——非常に残念だが逮捕は不可能だ」

 と助手の意見を否定し、期待に水を差した。思ってもいなかった一言にクリフォードは納得するはずもなく

「——どうしてですか!?こんなにも有力な証拠があるのに!」
「確かに、アデルが事件に最も関係のある容疑者だと示す証拠は手に入れた。しかし、彼が犯行に及んだ証拠はまだ見つかってない」
「あの証言だけじゃだめなんですか!?」
「例え、それで問い詰めても不倫しようとしていたと言い訳されれば、それまでだ。普通に誤魔化されるぞ?」
「じゃあどうすれば・・・・・・!」

 クリフォードは強く歯を噛みしめ握った拳を振るわせる。ここまで追い詰めただけに湧き出る悔しさは尋常ではなかった。

「こうなったら仕方がない。危険が伴うが、奥の手を使うか・・・・・・」
「——え?」

 クリフォードは聞き捨てならない発言にふと顔を上げる。

「何か考えがあるんですか!?」

 希望を見いだした助手の問いにエドワードはすぐには内容を教えず、まず最初に

「クリフォード、お前がもしこの事件の犯人だったとする。そして、誰かに見つかれば命取りになる証拠を持っていたとする。さて、どこに隠す?」
「う〜ん・・・・・・ポケットの中とか?」
「持ち歩いていたらいずれバレるだろ・・・・・・」

 エドワードは呆れて声のトーンを下げる。

「見られたらまずい物は貴重品と同じ、人目の付かない所に隠すものだ。例えば本人しか知らない地下室の金庫の中とかにな。そういう類の物があるのはどこか想像してみろ」
「地下室・・・・・・金庫・・・・・・もしかして、家ですか?」
「その通りだ。アデルの自宅を調べてみよう。何か見つかるかも知れん。」
「いい考えですが、あの人の家ってどこにあるんですかね?被害者の家まで走って来たんだから、この地区にあるのは間違いないと思いますが・・・・・・」
「それなら心配無用だ」

 ふっと笑い、エドワードは1枚のカードを取り出しそれを見せる。更に説明を加える。

「アデルから貰った名刺だ。彼は相当な働き者らしいな。自身が経営する病院だけじゃなく、自宅でも患者のカウンセリングを行っている。住所もはっきりと書かれているぞ。ここからそう遠くない。早速、向かおう」

Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.10 )
日時: 2020/07/20 19:19
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 ——1887年 4月28日 午後1時50分 オールドウィッチ アデル・メラーズの自宅

「——ここだな」

 エドワードが名刺をポケットに入れ、目的の建物を見上げた。他の民家と並ぶその一軒家は被害者の豪邸よりは物足りなさがあったが、住み心地がよさそうな外見をしている。

「ここがアデルさんの家・・・・・・」

 クリフォードは誰かに聞いているような独り言を零す。

「今から中に入るんですよね?」
「ああ、だが・・・・・・潜入するにはこの家が無人の状態じゃなくてはならない。奴の家族や雇われたメイドがいる可能性は十分に考えられる」
「——もし誰かいたら?」

 助手に不安そうに聞かれて

「祈るしかないな」

 エドワードは短く言って、玄関へ歩き出した。クリフォードも黙って後についていく。玄関で立ち止まり、扉に付いた鉄のリングを掴み叩いて鳴らした。

「——御免下さい。どなたかいらっしゃいますか?」

 エドワードがやや大きな声で呼びかける。内側からの返事はなく、バタバタとした足音もしなかった。彼は今やった事をもう一度試した。結果は同じだった。

「どうやら運はこちらに味方しているようだ。鍵を開けるぞ?人が来ないか見張っててくれ」

 エドワードは腰のポーチから2本のロックピックを取り出し、鍵穴に刺し込んだ。片方を固定し、もう片方を慎重に時計回りの反対に動かす。

「誰も来てないか?」
「大丈夫です」

 クリフォードが行った時、カチッと音がした。

「よし、開いたぞ」
「えっ・・・・・・?もう、開いたんですか・・・・・・!?」

 エドワードは"ああ"と返事し、ロックピックを元の所へしまった。取っ手を回しドアを開ける。

「エドワードさんって泥棒にもむいているんじゃ・・・・・・」

 クリフォードは苦笑しながら、本人の耳に入らない小声で呟く。2人は念ためまわりを確認して家の中へ姿を消した。

 建物内部はとてもじゃないが、狭苦しい構造となっていた。事件現場とは違って、絵画などの高級そうな物は飾られていない。短い廊下の脇にあちらこちらに部屋が点在しており、一言でまとめるならどこにでもある民家と差ほど変わらない。手入れを怠っているような古臭い臭いが漂う。

「鍵を掛けるんだ。誰かが来た時に少しでも時間を稼ぐためにな」

 クリフォードは指示に従い、玄関へ向かう。

「——さて、ただの一軒家と言えどここから証拠を探すとなれば、いささか骨が折れそうだな。まずはどこから探すか・・・・・・」

 エドワードは少し前を行き、手前の部屋を覗く。ちょうどよいスペースの一室で低いテーブルとソファー、隅には蓄音器が置かれていた。居心地のよさが感じられる客間だった。

「僕だったら自分の部屋に証拠を隠しますね。その方が安心するし」

 クリフォードが戻って来て言った。

「——なるほど、いい線いってるかもな」

 エドワードは指に顎を乗せ2階があるだろう天井を見上げた。それから客間の向かいにある階段を振り返り

「個室はおそらく上か・・・・・・分かった。ここからは別れて行動しよう。お前は2階の捜索を頼む。俺はあっちの部屋を当たってみよう」
「分かりました」
「いくつか忠告しておく。いくら仕事とはいえ俺達は今、立派な不法侵入者だ。部屋を漁る時は絶対に散らかしたり荒らしたりはするな。痕跡を残してしまうからな。あと、万が一帰って来たアデルが犯人だった場合に備えていつでも銃を抜ける状態にしていろ」

 クリフォードはこくりと頷いて、早々と階段を上がっていった。エドワードは廊下の果てにある正面の扉を睨んだ。ホルスターにしまったリボルバーのハンマーを倒し奥へ進む。

 ドアを開けると、そこは小さなオフィスとなっていた。中心には書き物などが置かれた大きくて黒い机があり、その向かいにも椅子がある。壁際のキャビネットには山済みになった分厚い資料、反対側には見事な大鹿の剥製が飾られていた。どうやら、この部屋がカウンセリングルームらしい。

「俺のオフィスと似てるな」

 エドワードは思った事を口に出し、部屋全体を見渡して怪しいポイントを探す。

「まずはキャビネットを調べてみるか」

 捜索の始めに数多い資料の1つに手を伸ばす。開いて見てみると人の写真が載ったページが出た。下にその人間の個人情報やカウンセリングに訪れた日にち、病状の内容などが詳しく記されている。

「この写真の人間はアデルの患者だろう。カルテのようなものか・・・・・・事件への関連性はない」

 エドワードは何食わぬ顔で資料を閉じ、元の場所へ戻すと引き出しを開けて中を覗く。入っていたのはどれも同じで結局、変わったところなどは出て来なかった。

「収穫はゼロ、だとすれば・・・・・・」

 今度は机に足を運んで宿主の代わりに椅子に座った。ふと、脇に置いてあった写真に興味を惹かれる。

「この写真は・・・・・・」

 手に取り目に近づけ、確かめると3人の人間が写っているのが分かった。全員が笑顔を浮かべた男性で年齢も揃って同じくらい。右端の男性が猟銃を抱え、他の2人が互いに肩を抱いている。背後には彼らが仕留めたと推測される大鹿が吊るされていた。

「『エルク』を狩ったのか。大したものだ。少し若いがアデルと多分、被害者だな。壁にかけられた剥製もこいつだろう」

 写真立ての留め具を外し、裏をも確認する。やはり何もなく、1864年と書かれた文字があるだけだった。

「これも関係なし」

 実に退屈そうな口調で写真を置く。次は引き出し、右側の上部を開けようと取っ手を引いたが動かない。

「——鍵がかかっているのか?」

 エドワードは椅子から立ち上がり、再びロックピックを鍵穴に刺し込む。さっきよりも早く施錠が破られた。引き出しを開けると中はほとんど空で小さな1冊の手帳が保管されていた。迷う事なく、ページを開いてみると・・・・・・

Re: ダウニング街のホームズ【第一話 暴発した散弾銃 更新中】 ( No.11 )
日時: 2020/07/28 19:09
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

「これは・・・・・・!」

 そこへクリフォードが2階からバタバタと降りて駆けつけてくる。

「エドワードさん!」
「どうした?慌てているようだが何か見つけたのか?」
「それが・・・・・・個室を調べたんですが、事件に結びつく手掛かりは何一つありませんでした・・・・・・あれ?エドワードさんそれは?」

 エドワードは何も言わず手帳を手渡す。

「意味が分からない。これは一体なんでしょうか?」

 手帳には言葉にならない文字や適当に並べられているとしか解釈のしようがない数字がずらりと書かれていた。

「——暗号文だ」
「——暗号文!?」

 驚愕するクリフォードにエドワードは肯定し、面倒臭がった口ぶりで

「アデルが医師だと名乗った時、賢い人間なのだろうと思ったがまさかここまで脳が働く奴とはな・・・・・・俺はあの男を少し見くびっていたのかも知れん。だが、この1冊に事件の関連性が示されている可能性は非常に高い」
「じゃあ、これを解読すれば、この事件は一気に解決に向かうのでは?なら、早くここを出てアバーライン警部に手帳を渡しましょう?」
「いや、ここは俺にやらせてくれないか?」

 その頼みにクリフォードは少々訝しげに

「できるんですか?」

 と聞いた。エドワードは意外にも妙に自信ありげな態度で

「探偵は心理学者であり暗号研究者でもある。こういう類の物は結構前から学んでいるのさ」
「——分かりました。僕はエドワードさんを信じますよ」

 クリフォードはしぶしぶ肯定し手帳を返した。

「どうも、これにはちょっと時間が掛かる作業になる。少しの間、待っててくれ」

 探偵は真剣な目つきで取り掛かる。難解な暗号の一文字一文字を睨み、ゆっくりと指でなぞっていく。しばらくして、彼は疲労が溜まった目を擦り首の骨を鳴らした。

「なるほど、繊細に作り込まれているが、仕組みは意外と単純だ。この程度なら何とかなりそうだ」

 エドワードが手帳を見下ろしながら言う。

「どれくらい進みました?」
「曖昧に言って、やっと半分くらいだ」
「この短時間でですか!?」

 エドワードは余裕の面持ちを見せ

「驚くような事じゃない。書かれている内容が短いから、それだけ早く済むのさ」
「暗号を解くってかっこいいな。もし機会があったら今度、僕にも教えて下さいよ」

 子供らしく目を輝かせるクリフォードだが、エドワードは素直に頷く事はなく

「気を悪くしたら謝るが、お前にはとても無理だ。俺でさえこういう類の物を学習するのに4年の月日が必要だった。生憎、教える立場になれる自信がないんだ」
「4年・・・・・・」

 クリフォードは言われた年月を呟き明るい表情を一変させる。一瞬で期待が崩れ去り相当な失望を受けた様子だった。

「そんなに落ち込む事はない。難しい役割は俺に任せればいいんだ。お前はただ自分がやるべき役目を果たせばいい」

 エドワードは物柔らか助手を慰め、残った暗号解読を専念する。それからまた10分くらい静寂な時間が経って彼は振り返った。

「よし、完了だ。弱みを明かせば不安で仕方なかったが、めでたくクリアだ」
「やりましたね!」

 2人は解読されたばかりの手帳を見下ろす。理解に苦しむページを開いたまま

「それで、これにはどんな内容が記されていたんですか?」

 エドワードは机に肘を乗せ

「最初にビンゴだと言っておこう。俺達が睨んだ通り今回の事件の真相がこれ1冊に隠されていた。それともう1つの真実もな」
「——もう1つの真実?」
「ああ」

 聞き捨てならない最後の一言、彼は短く"そうだ"と答え続きを話す。

「——やはり、アデルはメアリー夫人と被害者の財産を狙っていた。陰謀の計画は数ヶ月も前に練っていたらしい。だが、銃の説明書に細工をし、被害者を殺害したのは彼じゃない。別の人間だ」
「——つまり、共犯者がいたんですね?」
「そういう事だ。そいつの名は『ビリー・スコット』。何者かは不明だが、財産の一部の分け前を条件に手を組んだと書いてある。俺に見つかる前に処分しておくべきだったな」

 エドワードは皮肉を口走り、動かぬ証拠をポケットにしまう。

「お手柄ですね。これで事件はっ・・・・・・!」

 クリフォードが何かに感づき、台詞を途切れさせる。

 奥にある玄関から鍵を開ける音がした。扉はあっという間に開かれ、中に誰かが入って来たのだ。クリフォードは真っ青になり、表情が凍りつく。

「エドワードさん・・・・・・」

 震えた声で探偵の名を呼ぶ。エドワードは冷静に人差し指を鼻に当て、もう片方の手で彼の腕を掴んだ。部屋に響かない吐息のような小声で

「音を立てるな。静かに歩いてあそこに隠れよう」

 オフィスの後ろに何の部屋か分からない扉があった。2人はそこへ移動し、静かに身を潜める。帰ってきた誰かは不運にもどかどかと足音を立てて、カウンセリングルームに入って来た。隙間から覗いて見ると間違いなく、家主であるアデルだった。実に急いでいる様子で机の引き出しを開ける。

「——カモミールは・・・・・・あった!」

 取り出したのは乾燥したハーブが詰まった小瓶、書き物をがさつに退かし机の上に置く。また何かを漁ろうとした途端、慌てた手がピタリと止まる。

「——まさかとは思うが・・・・・・」

 アデルの視線は別の引き出しへとずらされた。彼の犯行を裏付ける証拠が大事にしまってあったところだ。おそるおそる開けると・・・・・・

「なっ・・・・・・!なな、ないっ!!」

 犯人なら当然の反応、中身が空だった事にますます治まりそうにない焦りを抱く。アデルは血眼になり、部屋中を強引に漁って回った。ほとんどの引き出しを取り外して、キャビネットをひっくり返したり、大鹿の剥製も床に投げ捨てる。散々散らかしても盗られた探し物は見つかるわけもなかった。

「——何故だ・・・・・・!?鍵を掛けていたはずなのに!?・・・・・・一体誰がっ!?」

 荒ぶる呼吸で立ち尽くす。すると、ようやく他者の気配に察したのか、エドワード達が隠れている扉に向かって

「そこにいるのは誰だ!?出てこいっ!!」


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