複雑・ファジー小説
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- ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg
——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。
——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。
†【登場人物紹介】
†【エドワード・サリヴァン】
物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。
†【クリフォード・ベイカー】
エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。
†【リディア・オークウッド】
ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。
†【アメリア・クロムウェル】
エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。
†【ダンカン・パーシヴァル】
ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。
†【フローレンス・ウェスティア】
ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。
【シナリオ】忘却の執事
【表紙】ラリス様
【挿絵】道化ウサギ様
It is the beginning of the story・・・
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.23 )
- 日時: 2020/12/08 21:58
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
状況を覆すような発言にクリフォードははっとした驚愕の顔を上げた。落ち着きようがない反応を示し必死になって問いかけた。
「僕が無実って・・・・・・どういう事ですか!?」
「確かに被害者を撃ったのはお前だが、お前が故意に人を殺めるような奴じゃない事は俺もよく知ってる。あの悲劇は全て仕組まれていた可能性があるんだ」
「それって僕に罪を擦り付けた真犯人がいるって事ですか!?誰なんですか!?」
クリフォードは真相を促すがエドワードは助手とは裏腹の態度で
「——すまない、この推理には自信があるがまだ完全に確信が持てない。
だから、あの屋敷でお前とマクダーモット氏に起こった事を詳しく説明してくれないか?」
「分かりました・・・・・・」
クリフォードは姿勢を治すと、疲労を吐き出すように深く深呼吸し2回頷いた。今朝の記憶を辿り、自身が体験した事を可能なだけ詳しく語り始める。
「屋敷に訪れた僕はマクダーモットさんに客間へと案内されました。彼は自慢のコレクションを見せたいと言い出して沢山の銃を紹介してくれました・・・・・・そして、その保管ケースの中から取り出したのが・・・・・・」
「被害者のお気に入りである『アメリーの拳銃』だな?」
エドワードは話の途中で横槍を入れ、事件の発端となった凶器を言い当てる。
「そうです。マクダーモットさんは僕にその銃を僕に渡し持たせてくれました。弾は入っていないから引き金を引いても構わないとも・・・・・・
それで引き金に触ったら暴発して・・・・・・こんな事に・・・・・・」
クリフォードは思い出したくもなかった全貌を言いにくそうに答え再び啜り泣きを始める。
後悔してもし切れない絶望の顔を両手で覆い隠した。
「——もう一度聞くが、確かにマクダーモット氏は実弾を込めてないと証言したんだな?」
エドワードは念のため確かめるように聞いた。
「はい・・・・・・ぐすっ・・・・・・実弾を込めて保管する行為ほど・・・・・・愚かな事はないとも言っていました・・・・・・」
クリフォードは涙声で答える。
「そこまでしっかりした人間が弾の取り除きを忘れるなど、初歩的なミスを犯すとは思えないな・・・・・・」
エドワードは無意識に煙草を取り出し、口にくわえた。火をつけようとしたが、ライターの持つ手が直前に止まる。ここは狭所、目の前に助手の事を考え喫煙を断念した。
「——あとそれと、引き金も何かおかしかったです・・・・・・僕は触っただけで引いてはいません・・・・・・」
「やはりお前も気づいていたか・・・・・・俺も調べてみたがあの銃はトリガーが壊れていた。1番のコレクションにしては手入れが施されていないような感じだった。物を大事に扱う被害者が壊したとは思えん・・・・・・ところで他に言い忘れている事はないか?どんな些細な事でもいいぞ?」
クリフォードは顔をしかめたがこれ以上気になった所はなく
「いえ、特に何も・・・・・・有力な証言になりそうな事は全部話したと思います・・・・・・多分・・・・・・」
「そうか、辛いのを承知でよく勇気を出して話してくれたな。偉いぞ」
エドワードは再びクリフォードを褒め、頭を撫でるとすぐに椅子から立ち上がった。唯一の味方と呼べる人間に背を向けられ、クリフォードは不安そうな顔をした。
「お前を1人にさせるのは心が痛む・・・・・・が、心配するな。必ず俺が救い出してやる。心地悪いかも知れないが、ここではいい子にしてるんだぞ?まあ、お前は常にいい子か・・・・・・リディアもアバーライン警部もお前を信用している。安心していい」
「——もし、僕が無実が証明されなかったら・・・・・・?」
その問いにエドワードは少し沈黙するとやがて前向きに微笑んだ。
「大丈夫だ。そんな理不尽な運命は絶対に辿らせない。極刑が下りそうなら俺が真犯人だと名乗ってでもお前を自由にしてやる。約束だ」
「エドワードさん・・・・・・!」
「だから泣くなクリフォード。じゃあ、また来るからな。今度はチョコレートを差し入れに持ってきてやる」
エドワードは優しい言葉を最後に取調室を後にする。外の廊下に出た彼は今まで抑えていた感情を露にした。すぐ傍でリディアとアバーライン警部が面会の終了を待っていた。
「——エドワードさん、大丈夫ですか?」
アバーライン警部が心配を隠せない口調で聞いた。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・平気です・・・・・・ちょっと軽い目まいが・・・・・・」
「顔色が悪いわよ?」
リディアも同じ態度で言った。
「どうって事ない・・・・・・ちょっと、ショックが大きかっただけだ。すぐによくなるさ」
エドワードは無理に明るく振る舞おうとするが、本心が隠しきれなかった。あの子の泣いた顔が脳裏に焼き付き、頭から離れなかった。
「——アバーライン警部、どうかクリフォードをよろしくお願いします・・・・・・!」
「ええ、お任せ下さい。クリフォードくんには牢獄ではなく温かい部屋を提供します。念のため、扉には鍵を掛けさせてもらいますが・・・・・・」
「ねえ、本当に大丈夫?もし1人で帰れそうにないなら、馬車を手配するけど?」
「心配しないでくれ・・・・・・1人で帰れる・・・・・・」
堪えていた涙を2人に見られないよう、エドワードは早々に廊下を進んで階段を降りて行った。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.24 )
- 日時: 2020/12/16 21:30
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2193.jpg
——1887年 6月15日 午後6時47分 イーストエンド 酒場『銀の王女亭』
夜を迎えてもイーストエンドは賑やさを保つ。そこにあまり人が寄り付かない一軒の酒場があった。店の出入り口の上には英国女王が描かれた銀色の看板が飾られている。その下に『銀の女王亭』と文字が記されてあった。
店内も客の姿はほとんど見当たらなかった。並べられた席も多くが空席でガラリとした空虚な空間を作っている。そんな誰も座っていないカウンターの向かいに中年を迎えたばかりの女装男性がいた。髪は短く男らしさのない眼差し、派手な服装身に着け、やる気のなさそうな顔を浮かべていた。彼女?は愚痴を零すようにため息を吐き僅かに残ったモヒートを飲み干す。
「エリザ!食器洗いは終わったの!?それが済んだら2階の掃除よ!」
と本物の女性店員にこき使うように指示を出した。
「分かりましたお姉様!」
返事はすぐに来た。
「それと例の確か・・・・・・ジョンだっけ?あの飲んだくれのろくでなしがまた来たら店内に足入れる前に追っ払って!金を払う気がないなら二度と来るなって!次来たら殺すと私からの伝言も忘れないようにね!」
「分かりましたお姉様!」
同じ返事が来た。女装男性は短くなった煙草を指に挟み鼻から煙を大きく吹き出した。
「はあ~・・・・・・最近はろくな客が来ないわね・・・・・・お陰で商売あがったりよ。もっと品のある紳士は来ないのかしら?」
すると数時間ぶりに扉が開きベルの音が鳴った。期待のない目を向けると1人の男が店内に入って来るのが見えた。
「いらっしゃ~・・・・・・あらぁ!エドワードじゃない!」
彼の訪れに女装男性は暗かった態度を晴れやかに一変させた。エドワードは歓喜に溢れた彼女?の声を無視してコートを脱ぐ。
「まともな客はあなたとクリフォードちゃんだけよ・・・・・・今日はあの子はいないのね?」
「ああ・・・・・・」
エドワードは実にだるそうにやる気のない返事をした。
「常連はいつでも歓迎よ。今日は何を飲む?」
「アブサンを頼む・・・・・・氷はいらない・・・・・・」
そう言って酒棚に並ぶ緑のアルコールを指差した。
「あなたがアブサンを注文するなんて珍しいわね?まあ、否定はしないけど」
女装男性は頼まれた通りアブサンの詰まったボトルを手に取り綺麗なグラスに注いだ。氷やトッピングは加えずそのままの酒をカウンターに置く。エドワードはそれを飲む。
「どうしたの?今日のあなた、元気ないわね?嫌な事でもあった?」
「ああ・・・・・・」
「——もしかして・・・・・・愛しのリディアにふられちゃった?」
エドワードは一旦グラスを置くと女装男性を睨み
「——悪いが『ロザンナ』、今日はジョークを言い合いたい気分じゃない。こっちは真剣に悩んでいるんだ」
ロザンナと呼ばれた女装男性はようやく深刻な空気に気づき表情を変えた。吸っていた煙草を灰皿に捨て新しいもう1本に火をつける。
「——真剣な悩みなら私に遠慮なく相談しなさい。酒場はそういう所でもあるのよ」
と顔には似合わず真面目な口調で言う。
「話せば楽になる・・・・・・か・・・・・・口に出すのも嫌なんだが・・・・・・」
「嫌な事はみんな吐き出しなさい。大丈夫、どんな秘密だって守るから」
エドワードは優しい心遣いに"ありがとう"と最初に礼を呟いた。そしてもう一度、アブサンを口に含み飲み込む。
「——実は・・・・・・クリフォードが逮捕されたんだ・・・・・・」
「——は?」
ロザンナは間の抜けた顔をし、聞き取れなかったような反応をした。言葉を失い、ポカンと口を開ける。
「嘘でしょ・・・・・・?」
信用できるはずもなく、疑いだけを抱いて聞いた。
「言っただろ?ジョークを言いたい気分じゃないって・・・・・・」
「何をやらかしたの・・・・・・?盗み・・・・・・?」
「もっと最悪だ・・・・・・ウェスト・ハムに住む大物議員を・・・・・・殺した・・・・・・」
「嘘よ・・・・・・嘘嘘嘘・・・・・・そんなの間違いよ!絶対にあり得ないわっ!」
ロザンナは我を忘れ、リディアとほぼ同じ台詞を言った。
「あり得ないっ!クリフォードちゃんは虫も殺せない優しい子なのよ!?ましてや殺人なんて犯すわけないじゃないっ!!?」
広い店内に響く声に客の視線がこちらに向けられる。それに気づいたロザンナは我に返り、思わず口を覆った。エドワードは恐ろしいほど冷静だった。
「無論あいつだって故意に殺したわけじゃない・・・・・・だが、このまま放っておけば極刑に処されるだろう・・・・・・」
「あの子を助けられるなら何でもするわ!協力だって惜しまない!だから、何があったのか詳しく教えて!」
「——その前にアブサンをもっとくれ・・・・・・」
エドワードは事件の詳細を1から10まで全て話した。事件の経路、その場にいた人間、殺された被害者、事件を引き起こした凶器、クリフォードの密室細工。話が終わるまでロザンナは黙って聞いていた。
「俺の失敗だ・・・・・・あいつをあんな所に行かせたばっかりに・・・・・・俺はイギリス一最低な探偵だよ・・・・・・!」
エドワードは憂鬱な表情で頭を抱える。彼の口から出てくるのは自分に対する罵声ばかりだ。
「そんなに自分を悪く言わないで。あなたは預言者じゃない。多分、私があなただったとしても判断を間違えていたと思うわ」
そんな彼をロザンナは慰める。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.25 )
- 日時: 2021/01/06 21:38
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「——しかし、この事件・・・・・・おかしな点がいくつかあるわね」
「おかしな点・・・・・・?」
「まず実弾が込められていた凶器のピストル、あなたが言った通り、几帳面な人間が実弾を取り忘れるとは思えない。熟知してるでしょうけど、ピストルというのは撃てば撃つほど劣化を早める事になる物なの。私だったら、最も気に入っているコレクションを傷つける真似は絶対に避けるわ。被害者自身が弾を込めたとは考えにくいと言えるわね」
エドワードは黙って推測論を聞き続ける。
「それに加え触っただけで動いてしまう引き金がどうも怪しい。明らかに誰かが被害者に所持品に細工をしている。もし、ピストルを握っていたのが被害者の方だったら、死んでいたのは"クリフォードちゃんの方"だったかも知れないわね」
「・・・・・・」
「そして、屋敷に訪れた被害者の息子、久々に父に会いに来たって言ってたのよね?。父が死んだ直後にやって来るなんて、あまりにもタイミングがよすぎるわ。私も職業柄、疑い深い性格でね。あまりにも上手く出来過ぎた偶然は仕掛けがあると考える主義なの」
「あの道楽息子が犯人だと言いたいのか?」
「その息子がこの事件の黒幕というのはあくまで私の勘だけど、最も有力な容疑者である事は間違いないと思うわ」
「そうか・・・・・・じゃあ、俺と同意見だな」
エドワードは朝から吸っていなかった煙草を取り出しライターで火をつける。煙を吐き出しニコチンの味と癖のある香りを久々に満喫する。
「俺もあの道楽息子が犯人だと睨んでいる」
彼は燃え尽きた煙草の先を落としその理由を説明する。
「あいつが屋敷に来た時、父が死んだのに微妙に嬉しそうな笑みを浮かべていた。普通、肉親が死ねば、そんな表情、間違っても繕えやしない。それにあいつは親の死因を"『アメリーの拳銃』で撃たれたのか?"と聞いたんだ。何故、使用された凶器を言い当てられたのか?恐らく、銃に細工をした本人だったからこそ知っていたのだろう。迂闊にも口が滑ったな」
「これもあくまで推理だけど、犯人は客が来ると必ずコレクションを自慢する父親の習慣を利用したのよ。引き金を壊した銃に実弾を込めて客が来るのを待つ。被害者がアメリーの拳銃をいじった途端に銃は暴発し、対面していた客は大怪我をするか、あるいは死亡。それを見た心臓の弱い被害者がそのショックに耐えられない事を知っていて、発作で死ぬ事を狙っていた。小説のネタに出来そうな随分と手の込んだ犯罪ね」
怒りを抱き始めたのかロザンナの声が鋭く変わる。まだ長い吸いかけの煙草を捨て更に先を話す。
「動機は新しい妻との再婚によって、財産の取り分が減るのを恐れたからに違いないわ。そして、莫大な大金を独り占めにすると同時に自分が仕立て上げた加害者から賠償金を踏んだくる・・・・・・悪魔顔負けの凶悪な手口ね。不幸にもクリフォードちゃんは、その道具として利用されたのよ」
エドワードもグラスを握る手を震えさせ、激しい怒りを募らせる。相当な憎しみに歯を噛みしめ、凶暴な人相をせずにはいられなかった。
「お前・・・・・・ついさっき、死んでいたのはクリフォードの方だったかも知れないと言ったな・・・・・・?」
「ええ、まあ・・・・・・」
ロザンナは向かいに座る彼の形相に少し怯えながら返答を返した。
「クリフォードは世界でたった1人の大切な助手だ。罪もないあいつにこれだけの悲劇をもたらして、下手すりゃ死んでたかもしれないだと・・・・・・平然と家族を殺し、金にしか価値を見いだせないクソ息子にツケを払わせてやる。どんな犠牲を払ってでも必ずな・・・・・・!」
「それはいいとして、問題はどこから証拠を探せばいいか?見つけるにしても、まるで雪の中からアイスを探し当てるようなものね」
「心配するな。怒りで我を忘れそうだが、頭はいつも冷静だ。あいつは頑丈な銃を素手で壊したとは思えん。引き金に細工を施した場所がどこかにあるはずだ。そこを探す。アメリーの拳銃の外面は『銀』で作られていた。貴金属の銃などそうそうないはずだ。運がよければ、すぐに見つかるかも知れん」
「だったら、犯人の家を調べるのがいいんじゃない。そいつが工場で働いているのではないのなら銃に細工出来るのは多分、そこだけよ。他に何か思いつく?」
エドワードは軽く首を横に振り
「いや、その可能性が高いな。お前の考え通り、まずは奴の家を調べてみる事にする」
「あなたがどんな手段を使うのか分からないけど、気をつけてね?相手は自分の親でも躊躇いなく殺せる狂人よ」
不安を隠せないロザンナに探偵は鼻で笑い
「ふっ、心配するな。クリフォードの仇を討つまで俺は死なん。例え、悪魔顔負けの狂人が相手だろうが、絶対にあの子を救い出してみせるさ」
「決まりね。もっとお酒飲む?今日は特別にサービスするわよ?」
「気遣いに感謝する。だが、アルコールは十分に味わった。後は明日に備えて早く寝るよ。相談に乗ってくれてありがとう、やはり持つべきものは親友だな」
エドワードは簡単な礼を言って、カウンターに代金を置き立ち上がる。脱いでいたコートを羽織るとロザンナに背を向け右手を振った。扉をくぐり探偵は酒場を去る。
「頑張ってね。エドワード。どんな時でも私はあなたの味方よ」
ロザンナは励ましの声を呟き、彼の後ろ姿を見送った。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.26 )
- 日時: 2021/01/26 20:07
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
——1887年 6月16日 午後6時47分 ウェスト・ハム 住宅街
「——ここが奴の家か」
ポストの隣に刻まれた表札を確認する。昨日訪れたウェスト・ハムに再び足を運んだエドワードは普段通りの口調で独り言を漏らした。彼は死んだマクダーモットの道楽息子が住む家を目前としていた。
大物議員の息子なのだから豪華な別荘と言える場所なのだろうと期待していたが、その予想は見事に外れた。家は作りのいい門と塀を除けば、どこにでもありそうな、ただの民家だった。特に珍しい所は見当たらず、庭の隅には屋根より高い1本の木が一際目立つ。隣には古い小屋がぽつんと建っていた。
「あれだけ派手な格好をしておきながら、随分と質素な館だな。親の脛をかじっている様子が容易に想像できる」
賢愚の差に心底呆れたエドワードは皮肉を吐き捨て、早速、家の住人と対面する事にした。門は引き動かし、玄関の前で立ち止まって扉をノックする。すぐに内側からゆっくりとした足音が近づいてきた。エドワードはこれからの行いに集中するため一度深く深呼吸し調子を整える。
「——誰だ?」
扉が開き、家の住人は礼儀の欠片もない返事で出迎えて来た。僅かな隙間から感じの悪い微妙に老けた男が非友好的な目つきで訪問者を覗く。そんな非友好的な態度とは裏腹にエドワードは紳士的な振る舞いで問いかける。
「失礼ですが、この家の主人、『ディーン・マクダーモット』さんで間違いはないでしょうか?」
「——そうだが?あんたは?」
「最初に言っておきますが決して怪しい者ではありません。私は私立探偵のエドワード・サリヴァンと申します。この度はご愁傷様でした。実は昨日お亡くなりになったマクダーモット氏の件で少しばかりお話がありまして・・・・・・」
「私立探偵・・・・・・エドワード・・・・・・」
ディーンと呼ばれた道楽息子は二言を呟き、数秒間沈黙するとふとしかめた表情を一変させた。
「あんた、まさかエドワード・サリヴァンか・・・・・・!?親父を殺したガキの・・・・・・!」
「はい、あなたのおっしゃる通りです」
エドワードは冷静に肯定し一礼した。彼の告白にディーンは実に不快な顔で探偵を一層強く睨みつけた。わざとらしい憎しみを抱きギリギリと強く噛みしめた歯を剥き出しにする。
「人様の身内を殺しておいて、のこのこやって来るとはいい度胸だな。どの面下げてここに来やがった?」
ディーンの口調が更に鋭くなる。
「さっきも言いましたが、あなたのお父様の件でお話が」
暴力の雰囲気が漂ってもエドワードは後に引かず、もう一度用件をはっきりと言い張る。ディーンは不機嫌な苛立ちを荒いため息と共に吐き出し、ついでに舌打ちをした。本来なら"今すぐ出て行け!"と怒鳴り散らすところだろう。しかし、彼は探偵を追い払うどころか扉を大きく開き玄関を踏んだ。
「それなら、ちょうどいい。俺もたった今、あんたに用事ができたところだ。ここは近所の目が気になる。早く中に入れ」
エドワードはディーンを先頭に客間へと案内された。その部屋だけは清潔に整えられやけに豪華な一室となっていた。例えるなら、ホテルのスイートルームに似た所だが漂うアロマの香りが鼻を刺激する。対面するソファーに挟まれた低いテーブルにはウィスキーと氷、数人分のグラスが置いてあった。
2人は会話を控え取り敢えずソファーに腰かける。ディーンは客人をもてなす事なく、自分の分だけのグラスに氷塊を入れウィスキーを注いだ。エドワードはそんなモラルもない行いを気にせず、平常に振る舞う。
「——しかし、大変な惨事を招いてくれたもんだ」
一口飲んだアルコールを置き、ディーンが口を尖らせる。彼は背もたれに腕を乗せ、脚を組むと偉そうな姿勢を取った。
「親父はイギリスの命運を左右するほどの重要な立場の人間だったんだ。女王からも厚く信頼されていた。だが、あんたの助手のクソガキに撃たれてあの世に行っちまった。この国にとっても最悪な事態だ」
クリフォードを侮辱されたエドワードは奥底から湧く激しい怒りに握った拳を震わせた。しかし、ここは食ってかからず、高ぶった感情を押し殺して素直に謝罪する。
「マクダーモット氏の事は本当に申し訳ありませんでした。あなたに対しても謝り切れない気持ちで一杯です。助手の責任は上司である私の責任、犯した過ちはどんなに時を重ねようとも償っていく覚悟です」
「それが当然というものだろう。ガキに人殺しを促すとはイギリス一の名探偵が聞いて呆れるな。まあ、これであんたの人生も名誉も全て地に堕ちるわけだ。悪名高いサリヴァン探偵事務所は今日で廃業だな。そう世間には言いふらしておこう。無論、莫大な賠償金も払ってもらうがな」
「はい、いかなる罰も受けます」
「全く、ろくでなしがいる部屋で飲む酒は格別に不味い。泥水の方がまだ新鮮に味わえるくらいだ」
好き放題に吐き捨てられる毒舌、ディーンは見下した薄笑いをし、ウィスキーを再び口にする。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.27 )
- 日時: 2021/03/17 19:24
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
(この男からは実父を亡くした悲しみが全く感じられない。家族の命より金を優先する・・・・・・どこまで性根が腐っているんだ?この仕事を始めてから十数年、多くの犯罪者を相手にしてきたが、ここまで人格が歪んだ奴は初めてかも知れん)
エドワードは救いようがない人格に最早これに合った皮肉すら思いつけない状態だった。
「——で?話はそれだけか?謝罪以外にも他に言いたい事があるんじゃないのか?」
「ええ、これが本題なんですが、マクダーモット氏の身に起きた事件に関しての事で、いくつか気になる所があるんです」
「はあ?今更、死んだ親父の話を盛り返してどうするんだ?通夜でもする気か?」
ディーンが呆れ、笑いようがない洒落を飛ばした。エドワードは品のない言葉を無視し言いたかった内容を話し始める。
「被害者のマクダーモット氏はお気に入りのコレクションだったアメリーの拳銃で心臓を撃たれ命を落としました。引き金を引いたのは私の助手です。しかし、あの子は被害者自ら拳銃を持たせてもらったと言っています」
「それがどうした?どう屁理屈を並べようが、あんたの助手が撃った事には変わりはないだろうが」
ディーンは腕を組み、非情な発言を言い放つ。
「——ですが、マクダーモット氏が拳銃には弾を込めていないという証言をあの子は証言しました。そして、更に彼自身が引き金を引いても構わないとも言っていたそうなんです・・・・・・何か不自然だと思いませんか?」
「さあな。俺は現場にいた訳じゃないから何とも言えん。だが、こうとも受け取れる。しつこく言うようだが、あんたの助手は事実、人を殺した。そんな奴の証言なんて普通なら信用できない。偽証している可能性だって十分に考えられる」
「なるほど・・・・・・では、これはどうですか?」
エドワードは右手の人差し指を天井に向け
「凶器に使用されたあの拳銃は壊れていました。軽く指を当てただけで引き金が動いてしまうんです。物を大事に扱い、毎日手入れを怠らないマクダーモット氏が破損させたとは思えない。もし、本人が壊したのならそんな危険な代物、他人に持たせるでしょうか?しかも相手は子供だと言うのに」
「——それも何とも言えんな。それを考えるのは探偵であるあんたの役目なんじゃないのか?」
「まあ、確かにそう述べられたんじゃ、ぐうの音も出ませんね。では、個人的に1番気になった質問をよろしいですか?」
ディーンはすっかり面倒になり、早く話せと事を促した。
「あなたはマクダーモット氏の屋敷に来て、使用人に死因を尋ねましたよね?心臓発作じゃないと聞かされ、"アメリーの拳銃で撃たれたのか?"と・・・・・・何故、使用された凶器が分かったんですか?」
「そんなの言った覚えはない」
「いえ、確かに言いましたよ。事件現場には私も来ていて上階からあなたの話を聞いていました・・・・・・で、どうして凶器を言い当てられたのですか?」
「そ、それは・・・・・・」
「事件現場の客間には多種多様な銃器がずらりと展示されていました。もしかしたら、ライフルで撃たれたのかも知れないし、最新式の散弾銃で撃たれたのかも知れない。なのに、あなたは自信を持ってこう言った。アメリーの拳銃で撃たれたのか?と・・・・・・」
間を与えない質問を容赦なく突き付けられようやくディーンに動揺の兆しが現れ始める。
「——あんた、何が言いたいんだ?」
「被害者が装填していないはずの弾薬、壊れた引き金、そして、あなたの自信過剰な発言。マクダーモット氏の死には不自然な点が多過ぎます。この事件は不運な偶然が重なった事故などではなく、最初から仕組まれていたものだと私は考えています。そして、その罪を私の助手に擦り付けるようという計画も含めてね・・・・・・」
「俺がその真犯人とでも言いたいのか・・・・・・!?」
ディーンはついに理性を捨て勢いよく立ち上がった。力任せに打ち弾いたウィスキーが床にぶちまけられグラスが砕け散る。
「人の肉親を殺しておいて、お前が犯人だと!?ふざけるのもいい加減にしろっ!大人しくしてりゃいい気になりやがって!謝罪をしに来たと思えばそれがお前の本音か!何がイギリスで名の知れた名探偵だ!紳士の仮面を着けた外道め!!」
相手の逆鱗に触れても、エドワードは動じる事なく、怒り狂う彼を睨んだ視線で見上げた。
「あなたからはマクダーモット氏の死を悲しんでいるようにはどうも感じられない。"家族を返せ"、などではなく、"賠償金をよこせ"。自分を育ててくれた父親よりも、そんなにお金の方が大事なんですか?」
「何だとっ!?どこまで人を侮辱すれば気が済むんだ!名誉棄損だろっ!」
「これは死んだ親父が生前言っていた事なんですが、"名誉を持つに相応しくない人間ほど名誉棄損と言いたがる"・・・・・・と」
エドワードの皮肉に我を忘れたディーンは歯止めが利かなくなり、ウィスキーの瓶を握った。それを殴りつける形で掲げた時
「・・・・・・!」
2人の揉め事に水を差すように誰かが玄関の扉をノックした。この家に人が集まっているのか、外はざわざわと賑やかになっている。すると、遠くから知らない男の声が聞こえた。
『"ディーン・マクダーモットさん!いますか!?少しお話を!"』
扉をしつこくノックされ、ほとんど同じ発言が繰り返される。
「ちっ、また来やがったか・・・・・・!」
ディーンは舌打ちし鎮め振り上げた瓶を下ろすと、一旦は怒りを鎮める。
「どなたですか?」
エドワードは普段の口調で聞いた。
「大体は察しがつくだろう?記者だよ記者!ああっ・・・・・・!人生の中で最も最悪な日だ!」
「なるほど、理解しました。なら、邪魔になるといけないの、で私はそろそろ」
「ああ、出て行け!二度と俺の前に現れるな!その顔を見るだけで不愉快だっ!」
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