複雑・ファジー小説

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ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
日時: 2022/09/26 21:04
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg

 ——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。

 ——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。



†【登場人物紹介】


†【エドワード・サリヴァン】

 物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。


†【クリフォード・ベイカー】

 エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。


†【リディア・オークウッド】

 ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。


†【アメリア・クロムウェル】

 エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。


†【ダンカン・パーシヴァル】

 ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。


†【フローレンス・ウェスティア】

 ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。


【シナリオ】忘却の執事 

【表紙】ラリス様 

【挿絵】道化ウサギ様


 It is the beginning of the story・・・

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.48 )
日時: 2022/01/26 19:50
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1887年 12月30日 午前9時33分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所

 数日後・・・・・・

 "ストランドを恐怖に陥れた死神のサンタの正体が判明!犯人は10代の少女!負傷させた警官を人質にした末、射殺される!"

 そう大きく書かれたニュースのタイトル。犯人の詳細や事件の結末なども記事に大きく載っていた。

「これで、あの街も平和になるな。一件落着。ロンドンに犯罪は似合わん」

 書かれている内容を全て読み上げると、エドワードは畳んだ新聞を机に放り投げ、煙草に火をつける。燃える葉の香りと味を深く堪能し、のんびりとした一時を過ごす。

「エドワードさん。紅茶をどうぞ」

 クリフォードが淹れたての紅茶をプレートに乗せ、探偵の元へ運ぶ。

「--おお、すまんな。そこに置いといてくれ」

 エドワードは簡単な礼を述べ、新聞を手前に置くと煙を吐き出し、一旦灰皿に乗せた。早速、熱い紅茶を一口啜って上品な味わいを満喫する。

「しかし、今回は本当に酷い事件でしたね。罪もない何人もの人間が殺された・・・・・・家族や友人を奪われた人達の事を思うと、胸が苦しくなります」

 クリフォードは数日前に幕を閉ざした事件の記憶を振り返る。悪夢の全てが終わっても、どこかやり切れない表情だった。

「犯人は俺が射殺した。しかし、死神のサンタ事件はこれで終わりではなかった。昨日、メアリーに薬を提供していた医者が逮捕された。自身が作り出した劇薬の効果を試すため、彼女をモルモットとして利用していたらしい。実質、事件の黒幕と言ってもいいだろう」

「親友の娘を薬漬けにしていたなんて・・・・・・そんな奴、捕まってホッとしましたよ」
「大切な者の死は被害者遺族の心に大きな傷を残すだろうな。麻薬を提供した医者は償っても償い切れない罪を犯した。極刑は確実だ」
「--あの後、アメリアさんはどうしたんでしょう?やっぱり今も酷く落ち込んでいるんでしょうね・・・・・・」

 クリフォードの言葉にエドワードは切ない面持ちを浮かべ、アメリアのその後について話した。

「完全に立ち直るにはしばらく掛かるかもな・・・・・・事件が解決した後、あいつは教会で殺害されたトーマスを埋葬し、俺から貰った金貨を全て彼の墓に収めた。ちなみに犯人のメアリーの葬儀もそこで行われた。孤児院の子供達、職員一同が参列したらしい。全員、彼女の死を嘆いていたそうだ」

「皆、彼女を愛していたんですね。メアリーさんは犯人だったけど、僕もあの時の良心は本物だったと思います。殺す側と殺される側、どちらも哀れで不幸だ。あの、エドワードさん・・・・・・」
「--ん?何だ?」

 クリフォードは唇を震わせ、言いにくそうに

「僕は家族はいますが、友達がいない。祖父母も僕が生まれる前に亡くなりました。つまり、何が言いたいかというと僕は大切な人を失った事がありません。エドワードさんやアメリアさん。そして、今回の事件の加害者と被害者、皆の哀れみは伝わってきます・・・・・・ですが、それは結局は他人事で自分も泣き出したいとは思えないんです。大切な人を失うって、やっぱり胸に穴が開くような感覚なんですか?・・・・・・ごめんなさい。こんなの不謹慎だし、本気で悲しんでいる人達に失礼ですよね・・・・・・」

 エドワードはすぐには何も言わず、もう一度紅茶を短く味わうとカップをテーブルに置き

「--リディアがお前を庇って死にかけた時、お前はどうした?」

 と逆に聞き返した。

「--え?えっと・・・・・・こんな事恥ずかしいから言いたくもないけど・・・・・・絶望して泣いていました」
「その感覚がそうだ」
「--え?」

「リディアが撃たれた時、お前は大切な人を失う感覚にかられた。これは紛れもなく、お前が俺達の抱いた感情と同じものだ。運よくリディアは死なずに生き永らえた・・・・・・だが、いつかお前の人生にも、その運命が訪れる。必ずな。自分が愛した者を失い深い悲しみに心が晒された時、人は2つの選択肢を迫られる。悲しみに暮れ絶望に沈むか、あるいはその絶望を乗り越え強く生きるか・・・・・・それはお前次第だ」

「--僕は・・・・・・」

 クリフォードは自身の胸に手を当て、足元を眺めた。エドワードは生真面目な顔を緩め、にっこりと微笑むと

「そういうものに関心を持つのはいい事だが、難しく考える必要はない。俺もお前も皆もまだ生きてる。その今を大切にすればいいんじゃないか?」
「ええ。その通りです。僕も皆がいるこの時を大事にします」

 クリフォードも笑みを零し静かに言った。機嫌のいい嬉しそうな様子で食器を片付け、キッチンへと向かう。

「--大切な人か・・・・・・」

 エドワードは静かに呟いた。すると、彼は残った煙草と紅茶をそのままにして席を立つ。少しばかり乱れた服装を整え、スタンドに掛けてあったコートを羽織る。拳銃や仕事に必要な道具は身に着けず、事務所の出入り口へと向かった。

「--あれ?エドワードさん、どこに行くんですか?」

 クリフォードが、ちょうどキッチンから顔を出して問いかけた。扉の取っ手を握りながら、エドワードは横顔だけを振り向かせ

「ちょっと出かけてくる。悪いが、留守番を頼めるか?」
「なら、僕も連れて行って下さい」
「いや、すまないが1人にさせてくれないか?これは俺だけの用事だ。心配するな。数時間後に戻って来る」

 探偵は助手の同行を否定し、外に出ると扉を閉ざした。クリフォードは怪訝そうに目を丸くし、その背中を黙って見送る。

 空は晴れ、雪が積もったダウニング街の歩道。エドワードは手を上げ、通りかかった馬車を止める。手綱を持つ男は"どちらまで?"と問いかけ、エドワードは行き先を教えて客席へ乗り込む。

「--師匠・・・・・・今、久々に会いに行きますから」

 エドワードは静かに呟き、美しい外の景色を眺める。探偵の乗った馬車はやがて動き出し、ダウニング街を後にした。


  ストランドの悪夢 FIN

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 完結】 ( No.49 )
日時: 2022/02/27 19:42
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 第4話 ウェスト・ブロンプトンの薔薇


 --1888年 6月12日 午前11時33分 テムズ川 レストラン『ウナ・フェスタ』

 テムズ川は南イングランドを流れる川であり、ロンドンを海とつないでいる。煙突から煙を吹き出し、様々な貨物を運ぶ多くの蒸気船がロンドン橋の真下を潜り互いにすれ違う。川沿いには、ホテルや商店など様々な建物が建ち並び、ロンドンの繁栄をもたらしていた。

 その中でも川や向こうに聳える都市を、一望できるカフェが住民や観光客の間ではかなりの評判だった。カフェ自体は城のような赤いレンガ造りで、豪華な外見をしているが、メインは外にある広い桟橋の外席。テーブルには注文した料理が並べられ、大勢の客人が広大で美しい景色を楽しみ食事を堪能していた。

「エドワードさん!リディアさん!コーヒー持って来ましたよ!」

 カフェの店内から、クリフォードが3人分の注文を持ってやって来た。プレートには2杯のコーヒー、1杯のココア、チョコレートのケーキが乗せられている。それぞれの物をテーブルに配り、椅子に座って2人の間に加わった。

「ありがとうクリフォードくん。あなたはここに座って」
「分かりました。えへへ」

 クリフォードが席に着き、エドワードが早々に熱いコーヒーを啜る。

「せっかくのあなたとの休暇なんだから楽しみましょう?テムズ川でも眺めながらね」

 エドワードはクリフォードとリディアと共にテムズ川のカフェでティータイムを満喫する。数日前の事件を解決し、彼らは少しは仕事を忘れ羽を休めようと決めていたのだ。3人にとって久々の休暇だった。

「このカフェはな、リディアと最初にデートした日に訪れた場所なんだ。何を隠そう、ここのコーヒーは格別に美味くてな。休暇はここに選んで正解だった」
「--ちょ、ちょっと何よいきなり!クリフォードくんの前で恥ずかしいじゃない!」
「ははは、すまんな。でも、大人の男女に子供1人。一見すると仲のいい家族みたいだな?」
「もう!エドワードったら!女性をからかう紳士はモテないわよ!?」

 からかわれた事に顔を赤らめ躍起になるリディアに対し、エドワードは口角を上げ作り笑いをした。クリフォードもココアを口に含み、2人の様子を楽しそうに眺める。

「--しかし、こうして好きな人間と誰にも邪魔されず、過ごせる事にこんなにも幸せを感じるとはな・・・・・・」

 急に、エドワードはどこか切ない物静かな態度を作った。コーヒーを片手にテムズ川を黄昏れては、水の上に浮いた遠くの蒸気船を目で追っていく。

「どうしたのよ?急に悲しそうな顔をして?性格が一変してるわよ?」

 リディアが愛好を崩しながらも心配になって尋ねると

「--いや、ちょっとな・・・・・・昔の俺は家庭が貧しくて働いてばかりの毎日だった。こんな楽しい一時を経験できる日は滅多になかったよ。正直、大人になってもそんな毎日から抜けられないと思っていた。しかし、その予想は外れ俺はイギリスで最も有名な探偵になり、恋人に恵まれ助手もできた。俺の人生は奇跡で成り立っているのかも知れん」

 エドワードは貧困だった自分の過去を語り、リディアとクリフォードを交互に見つめた。

「--そうかも知れないわね・・・・・・」

 リディアもエドワードの言葉に深く共感の意を示した。

「私も決して裕福ではなかったわ。幼い頃に母が病気で死んで、悲しみに暮れた父は職を失い、酒浸りになった。私は必死に仕立て屋で働いたけど、不景気な時代であまり稼げなかった。そんな生活から抜け出したくて、私は勇気を出してロンドン市警に志願した。私は刑事となり警部補にまで昇進した。自分の人生を照らしてくれた神様には今でも感謝してるわ。勿論、いつも私の傍にいてくれるエドワードにもね」

「--ありがとな。俺もお前がいてくれるから、理不尽が蔓延るこんな世の中でも生きていたいと思えるんだ」

 クリフォードも2人の会話につられ

「僕も最初は不公平で冷たい世間が嫌いでした。でも、今は違う。こうして幸せを感じられるのは、エドワードさんやリディアさんが希望を教えてくれた事実があるから。僕は子供だし1人じゃ無力な存在ですけど、この恩は一生かけて返すつもりです」

「クリフォードくんは大人ね。エドワードも見習った方がいいんじゃない?」
「--そうだな。お前は初めて出会った時から見違えるほど成長した。案外俺よりも優秀な人材なのかも知れん」

 エドワードは大人2人に褒められ、恥ずかしそうに下を向く助手の頭に乗せた手を優しく揺らした。腕を遠ざけると彼は一度、深く息を吐き椅子から立ち上がる。胸ポケットに手を入れ、開封済みのパックから取り出した1本の煙草を指の間に挟む。

「あら?どこに行くの?」

 リディアが席を立ったエドワードに尋ねると

「こういう話をしてたら急に切なくなってきてな。ちょっと向こうの桟橋で一服させてくれないか?すぐ戻って来る」

 そう言って席を外し、彼は煙草を口にくわえたまま、テムズ川の方へと去って行った。


 エドワードにとってテムズ川は時代の変革を実感させられる場所だった。煙突から上る黒煙の臭い、船の汽笛、産業革命が始まって以来、この川ではいつも船の行き交いが続いているのだ。探偵はそんな同じ事が繰り返される退屈な光景を、煙草を吸いながら眺めていた。

「--?」

 ふいに人の気配がしたと思うと、誰かがエドワードの隣に並んだ。花の香水を付けているのか、同時に上品な香りが漂い始める。関心を引かれたエドワードは、煙が上る煙草をくわえたまま、顔の向きをテムズ川から逸らさず、視線だけを横に移した。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.50 )
日時: 2022/03/13 20:14
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 やって来たのは、年齢は20代を迎えたばかりに見える若い女性。しっかりと整えられ、一部を結った白練りの髪が風になびいている。透き通った肌の色も、つぶらな緑眼も美しく、精悍な顔を持つ。白い制服に似た上着に黒いのスカートとタイツ。肩には、高級感が溢れるバッグをかけていた。

「・・・・・・」

 エドワードは、気づけば無意識にその女に見惚れていた。ふと、偶然に目があった瞬間、探偵は顔を赤らめとっさに視線を逸らしてしまう。そして、無理にかっこつけては、何事もなかったようなふりをする。女はそんなエドワードを見て、クスッと笑いを零し微笑むと

「--お隣、よろしいですか?」

 心地のいい優しい声で問いかけてきた。

「--え、ああ・・・・・・どうぞ・・・・・・」

 緊張していたエドワードは動揺を隠せず、焦った返答を返す。せめてもの気遣いとして、半分も吸っていない煙草を捨てようとした矢先

「--あっ、煙草でしたら構いませんよ?私の事はお気になさらないで下さい」
「あ・・・・・・はあ・・・・・・どうも、恐縮です・・・・・・」

 逆に気を遣われたエドワードは申し訳なさそうに苦笑し再び煙草をくわえる。女はエドワードと同じように手すりに腕を乗せ、テムズ川に黄昏る。切なさを抱く探偵とは裏腹に、楽しそうで晴れ晴れとした表情。まるで悩みなど1つもない事を物語っているような・・・・・・そんな、穏やかな姿がとても魅力的だった。

 エドワードは恋人と助手との休暇を忘れ、しばらく女の隣で留まっていた。立ち去ろうともせず、ましてや、話しかける事もなく、ただ、目の前に広がる景色を2人で眺める。いつもは冷静沈着な探偵も落ち着きがなく、鼓動が治まらない胸を軽く撫で下ろし、深く息を吐く。

「--あの・・・・・・」

 十数分ぶりに女が先に口を開く。不意を突かれたエドワードはビクッと体を震わせ

「--は、はい・・・・・・?」

 と気弱な返事を返す。とっさに声がした方へ視線をやると、女は相変わらずの表情でこちらを見つめている。分かりづらいが、彼女自身も微小に頬を赤く染めている所をエドワードは見逃さなかった。

「美しい眺めですね?そう思いませんか?」
「--そ、そうですね・・・・・・テムズ川は勿論、遠くに見えるロンドン塔は絵になりそうなほどです・・・・・・」

 在り来たりな問いにエドワードは、とりあえず感想を述べる。

「ここには、よくいらっしゃるんですか?」

 女は更に質問を重ねる。

「--え・・・・・・ああ、たまにですが・・・・・・恋人と一緒に・・・・・・」
「"恋人"・・・・・・そうですか・・・・・・」

 すると、女はシュンと悲しい表情を浮かべた。その眼差しもまた、嘆く直前の天使のように美しい。彼女を傷つけてしまった事を悟ったエドワードは自身の失言に後悔した。

「--あの・・・・・・失礼でなければ、あなたのお名前を教えて頂けませんか?」
「え?俺の名前ですか・・・・・・?」

 女は頷き

「ここで会えたのも何かの縁。もっと深く知り合って、いい思い出を作りたいんです」

 エドワードは口説かれた気持ちになり、胸が弾んだ。何よりも相手は自分の事を蔑んではおらず、心を開こうとしている事に深い安心感を覚える。

「俺はエドワード・サリヴァン。ダウニング街に事務所を構える私立探偵を務めています。どうぞよろしく」

 エドワードは頼みに素直に応じ、自己紹介を淡々と述べる。

「エドワード・・・・・・サリヴァン?ひょっとして、イギリス一の名探偵と言われた、あの・・・・・・!?あなたが・・・・・・」

 女は言葉を詰まらせ、丸く開いた口を両手で覆った。その反応からは相手を煽てるような、わざとらしい素振りは見えない。

「--ええ。一応、本人です」

 エドワードの苦笑が照れた感情を物語る。

「信じられません・・・・・・こんな偶然ってあるんですね。今日は一生、忘れられない日となるでしょう」
「ははは、そんな大袈裟な・・・・・・でもまあ、そう言って頂けるのなら、悪い気持ちにはなりませんね」

 今度は女が胸に手を当て一礼した。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.51 )
日時: 2022/03/23 19:09
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

「私はエリーゼ・・・・・・"エリーゼ・ド・リッシュモン" 。ウェスト・ブロンプトンから来ました」
「--なるほど、ウェスト・ブロンプトンですか・・・・・・あの街には仕事上よく足を運びますが、いつ行っても美しい所ですね。あなたのような方が住むのに相応しいと言えるでしょう」

 エドワードに称えられ、エリーゼも照れて再び表情を和ませた。

「そんな風に言われたのは初めてです。嬉しい・・・・・・」
「その服装や肩にかけられた鞄からして、あなたは高貴な方のようですね」
「--え?どうして、分かるんですか?」

 エリーゼが尋ねると、探偵は自信を持って彼女の詳細を淡々と分析する。

「まずは単純にあなたの格好そのものが高級感で溢れている。これらの服装はウェスト・ブロンプトンの特有の代物。恐らく、『ジュエリークローズ(宝石の服)』という衣服店で扱っている品に違いない。あと、金木犀の香りがする香水も、あなたの住まいの地区でしか売っていない特殊な物だ。肩にお下げになっているその鞄、間違いなく鰐のなめし革で作られています。左手の人差し指にはめた指輪については・・・・・・言うまでもありませんね」

「--凄い・・・・・・全て当たってます・・・・・・!」

 エリーゼは図星を指す物事をぴたりと言い当てられ、再び驚愕の反応を示した。思わず苦笑した口角を恥ずかしそうに覆ってしまう。

「私くらいの経験を積めば、観察だけで物の質や人の感情を容易に判断する事が可能になります」
「ふふ、流石イギリス一の名探偵ですね。どんなに凄い超能力者も、あなたには敵わないかも知れません」

 エドワードはまた照れてしまい、短く作り笑いを零した。一度だけ背後を振り返り、すっかり短くなった煙草をテムズ川に放り投げると

「--では、そろそろ私はこれで失礼します。あまりに待たせてしまうと恋人に叱られてしまいますから。では、ミス・リッシュモン。楽しい一時でした」

 紳士的な態度で彼女に別れを告げ、桟橋を後しようとした時だった。

「--あの・・・・・・待って下さい」

 その背中を呼び止める声に、エドワードは再びエリーゼを視界に入れる。怪訝そうに首を傾げるこちらに対し、彼女は恥ずかしそうに近づく。鞄から小さくて丸い金属の箱を取り出して、それを探偵に差し出した。

「本当に今日は本当に楽しい思い出を作れました。これ、大した物じゃないですけど、お近づきの印です。ご迷惑でないのでしたら、受け取ってくれませんか?」

 エドワードは表情をそのままにして、何もせず沈黙を保った。しかし、やがてその面持ちが緩んだ時、嬉しそうに手を差し伸べ、渡された箱を手に取る。

「感謝します。またどこかで、お会いできればいいですね。私も今日と言う素晴らしい日を忘れはしません・・・・・・では、お元気で」

 エドワードは上機嫌な面持ちで、恋人と助手がいるレストランへと立ち去っていく。ずっと、その場で探偵の帰りを待っていた2人に"待たせたな"の一言を述べ、自身も席に着く。リディアはコーヒーが余ったマグカップを口の手前で止め、探偵を睨んでいた。クリフォードも彼女の怒りを察しているのか、少し距離を置き、小柄な体を縮こませる。

「--あの女、誰?」

 リディアが声を鋭く、訝しげに聞いた。

「--ん?桟橋にいた女性の事か?どうやら、ウェスト・ブロンプトンから来た御令嬢らしい・・・・・・っておいおい、確かに美しい女性だが、彼女に気がある訳じゃない。変な勘違いしないでくれよ?」

 とエドワードは冷静に恋人の態度を和らげる。

「どうかしらね?何か貰ってたじゃない」

「リディア。英国ってのは紳士淑女で溢れる国。些細な出会いが深い縁を作る事もある。何かを貰ったり渡したりするのは、あくまでも礼儀作法の1つなんだ。そんな事で浮気だと言っていたら、この国は世界一、離婚や失恋が多い国になってしまうぞ?」

「--そう。ならいいんだけど・・・・・・」

 リディアは一応は納得するものの、不愉快な気分を取り除けないままコーヒーを啜った。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.52 )
日時: 2022/04/10 20:25
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月12日 午後8時47分 イーストエンド 酒場『銀の王女亭』

「最近は本当に売り上げが悪いわね。もっと料理のメニューを増やした方がいいのかしら?それはそうと、エリザ!早くウィスキーのボトルを持ってきてちょうだい!この店にとって唯一の人気商品なんだから!あ、あと!ビールの補充も忘れずにね!?」

「はい!お姉様!すぐに持って来ます!」

 返事はすぐに返って来た。

「全く・・・・・・これじゃ、店員に給料を払うのも厳しいわ。どうにかして、店の評判を上げられないかしら?」

 どうにもならない事に愚痴を零していると、扉にかけたベルの音が鳴った。また1人、彼女?の店に来客が訪れる。

「いらっしゃいませ~・・・・・・って、あら!エドワードじゃない!」
「よう、ロザンナ。店は繁盛しているか?ん、どうした?随分と機嫌が悪そうだな?邪魔なら、すぐに出て行くが?」

 ロザンナは"とんでもない"と言わんばかりに首を勢い良く横に振り

「ううん、あなたならいつでも大歓迎よ。さあ、ここ座って。今日は何を飲む?何なら手料理も作ってあげるわ」

 エドワードは"結構"とバーボンだけを注文し、コートを脱いでいつものカウンター席に座る。ロザンナは無色透明なグラスに琥珀色のアルコールを注いだ。氷や水は入れずロックのまま、客である探偵の手前に置く。

「やはり、1人で静かに飲む酒はバーボンに限るな」

 エドワードはバーボンを一口飲み、軽い笑みを零した。

「あなたって多彩な才能だけじゃなく、お酒のセンスもいいわよね。死んだパパが言っていたわ。お酒の選び方で人間の品質が分かるってね」
「ははっ、大袈裟に褒め過ぎだ。俺はただ、色んな種類の酒が好きなだけだよ」
「ううん、違いないわ。お酒と言うのは、人間の心や才能を映し出す物なの。私の長年の経験がそれを語ってる。あなたは間違いなくこの世に2人といない優秀な人材よ」

 ロザンナの真剣に思いを告げるが、エドワードは照れることなく、無意識に首を傾げる。

「--ところで、今日1日、どういう風に過ごしてたの?やっぱり仕事?」
「いや、今日は休暇を取った。たまには仕事で疲れた羽を伸ばそうと思ってな。俺とリディア、クリフォードの3人でテムズ川のレストランでのんびりと過ごしていた」
「へえー、テムズ川のレストランで・・・・・・羨ましいわね。いい思い出作りになったんじゃない?」

 エドワードはよくぞ聞いてくれたと実に嬉しそうに

「そうなんだよ。桟橋で煙草を満喫しながらテムズ川を眺めていたら、美しく高貴な女性と出会ってな。あろうことか、向こうから声をかけて来て気づいたら親しく会話をしていた」

 すると、ロザンナは嫉妬が混じったような蔑んだ目で皮肉を口走る。

「あらあら、何てこと・・・・・・イギリス一の名探偵が恋人を差し置いて浮気なんて・・・・・・週刊誌に大きく載りそうね・・・・・・」

 エドワードは苦笑し、作り笑いを吹き出すと

「お前もリディアと似たような事を言うんだな。俺はその女性と少し話をしただけで、妙な気も起こさなかった」
「ふ~ん・・・・・・ちなみにその女性ってどんな人だったの?名前は?何歳くらい?」

 興味津々のロザンナの問いにエドワードは数時間前の記憶を辿り

「ウェスト・ブロンプトンから訪れた白髪の女性で年齢は20代くらい。名前からして間違いなくフランス人だ。確か、エリーゼ・ド・リッシュモンと言ったか・・・・・・」


「--ええっ!!?」


 その名を耳にし、ロザンナは急に何かを吐き出したような聞き心地の悪い低い声を吐き出した。同時に吸っていた煙草を落とし、洒落にならない面持ちを浮かべる。客人達は一瞬、沈黙し大勢の目がこちらに向いたが、すぐに興味なく視線を逸らした。酒場は再び賑やかな場となる。

「なんだ?その人物を知ってるのか?それよりロザンナ、いつもの女らしさが消えてるぞ?」

 エドワードは大した反応はせず、意地悪な一言を零すとバーボンを一口飲んだ。

「--もしかして、彼女に恋しちゃったとか言わないわよね・・・・・・?」
「恋か・・・・・・ふむ、あれはもしかしたら、そうなのかも知れん。叶うならもう一度会いたいものだ」
「--何て事・・・・・・あの女は本当にヤバいわ!すぐに手を引いた方がいい!」

 ロザンナはいつもの性格と異なる実に深刻な態度で訴えたが、エドワードは丸っきり相手にしなかった。

「手を引いた方がいいって?ひょっとして嫉妬してるのか?」

 と呆れた様子で鼻で笑ったが

「そんなんじゃないわ!あなたに消えてほしくないからよ!」
「--消えてほしくない?今のは聞き捨てならないな?詳しく説明してくれないか?」

 ロザンナは"勿論"と肯定し、残ったワインで喉を潤した。グラスをカウンターに置くと呼吸を整え落ち着かせる。そして、理由を語り始めた。

「あのエリーゼって女は美貌がある上に金持ちで男も女も魅了する。例えるなら、甘い蜜を出す花みたいな存在なの」
「ああ、その例えに相応しいほど彼女は美しい。正に『ウェスト・ブロンプトンの薔薇』と言えるだろう」

 ロザンナはぐいっと顔を押し寄せ

「--でも噂じゃ、あの女に関わった男は皆、"行方不明"になっているわ。女の方も全員、"謎の死"を遂げてる。あいつは白い薔薇なんかじゃない、猛毒の棘を持つ黒薔薇よ!」

 それでもエドワードはまるで信じようとはせず

「--ふっ、猛毒の黒薔薇か・・・・・・嫉妬は恐ろしく、醜いものだ。自分が敵わない人間を妬み、悪い噂や評判を流す。そのような行為には感心できんな」
「嫉妬なんかじゃない!本当に危険なのよ!」

 ロザンナは怯まずに訴えるが、エドワードはそんな彼をキッと睨んで

「ロザンナ。酒を振る舞い、相談に乗ってくれるお前は俺にとっての癒しだ。だが、偏見を口にするお前は好きになれん」
「エドワード・・・・・・」
「あくまでも噂なんだろう?それだけじゃ確証にはならん。もし、エリーゼが純白の淑女だったらどうする?申し訳ないと思わないか?」
「・・・・・・」

 エドワードはバーボンを飲み干し"ふう・・・・・・"と息を吐く。

「心配しなくても大丈夫だ。会話しながらエリーゼの表情を観察していたが、彼女に邪悪な意は感じられなかったし、あの目は犯罪者とは程遠いものだった。もしかしたら、お前が言うエリーゼとは同姓同名の別人だったのかも知れん。偶然は恐いくらいに重なるからな」

 ロザンナは探偵には敵わないと判断としたのか、しゅんと落ち込んだ顔を俯かせた。

「--ごめんなさい。私もちょっと、非情になり過ぎたわ。他人を悪く言うなんて純粋な女として失格ね・・・・・・でもね、今までの事は嫉妬でも偏見でもない。私がエドワードが好きだから警告しただけよ。両親だけじゃなく、あなたまで消えてしまったら・・・・・・私は辛くて、生きていけないわ・・・・・・」

「安心しろ。お前やリディアやクリフォードを残して、あの世に行くわけがないだろ。バーボン、もう1杯いいか?今日は飲みたい気分なんだ」
「--ええ、勿論よ・・・・・・」

 ロザンナは活気のない声で返事を返すと、ボトルを取りにカウンターの奥へと入って行った。エドワードはポケットから小さくて丸い金属の箱を取り出し、テーブルに置く。それは今朝、お近づきの印としてエリーゼからプレゼントされた物だった。蓋を開けると、中には紙で包まれたお菓子が詰まっており甘い匂いが漂う。

「チョコレートか・・・・・・今日は本当に運のいい1日だったな」

 チョコレートを食べようと、早速、包みを広げた。すると、彼は何かに気づき、留めた視線を近づける。その意味を知った瞬間、彼は実に嬉しそうに微笑んだ。

「--これは・・・・・・また、会える事になりそうだ」


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