複雑・ファジー小説
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- ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg
——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。
——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。
†【登場人物紹介】
†【エドワード・サリヴァン】
物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。
†【クリフォード・ベイカー】
エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。
†【リディア・オークウッド】
ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。
†【アメリア・クロムウェル】
エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。
†【ダンカン・パーシヴァル】
ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。
†【フローレンス・ウェスティア】
ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。
【シナリオ】忘却の執事
【表紙】ラリス様
【挿絵】道化ウサギ様
It is the beginning of the story・・・
- Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 開始】 ( No.33 )
- 日時: 2021/09/20 17:30
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2314.jpg
——1年後・・・・・・
——1887年 12月26日 午前10時29分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所
『ストランドの連続殺人鬼『死神のサンタ』、今だに逮捕されず!手掛かりなし!犠牲者12人にも上る!
————
昨夜7時12分頃、ストランドの路地裏でアゼレア・ボニーちゃん(8)が倒れているのを発見された。刃物で心臓や腹部を刺されており、近くの病院に搬送されたが、やがて、死亡が確認された。
第一発見者によると、倒れていたアゼレアちゃんの右手には死神のカードが握らされており、頭部の横にチョコレートが置かれていたという。スコットランドヤードはこの事件を死神のサンタの犯行と見て、捜査を続けている。この事件で犠牲者は12人となり、この街でこんなにも惨い惨劇が起こったのは初めてだと警察署長チャールズ・マクドウェル氏はそう述べている。
————
もし、犯人に関する情報や手掛かりを持っていましたら、すぐに警視庁へお知らせ下さい。
報奨金50ポンドをご提供します』
「——酷い事件ね・・・・・・」
薪を焦がし、燃え盛る暖炉の前でリディアが暗い声で言った。来客用のソファーに腰掛けており、読んでいた新聞を畳んでテーブルに置くと、少し温くなったココアを啜る。ダウニング街が一望できる窓際の方にもエドワードがいた。彼も椅子に背を寄せ退屈そうな姿勢を作り口には煙草をくわえている。
「死神のサンタか・・・・・・物騒な世の中になったもんだ」
「ホラー映画みたいな事件が現実に起こっているなんて、今でも信じられないわ。こんなの、許されていい訳がない。早く犯人を捕まえなきゃ、犠牲者は確実に増えるでしょう。でも、私達ロンドン警視庁が大勢の警官を動員して捜査をし始めてから1年が経つけど、未だに迷宮入りのままなの。全く、進展がない」
「——で、俺に捜査を依頼したいという訳か」
エドワードの図星にリディアは迷いもなく頷いた。
「ええ、警察が役に立たない以上、この難事件を解決できる人間はあなたしかいないと思ったから」
「なるほどな、俺の事に関してはいささか褒め過ぎだが・・・・・・それとリディア、自分の事を役立たずなんて言うもんじゃない。お前はよくやっている。恐らく、犯人は知能が高く、計画的な行動にかなり長けている人物だろう。ストランドに潜んでいるとは限らないし、複数犯の可能性も否定できない。今回の仕事は俺も骨が折れるかも知れん」
エドワードは吸いかけの煙草を灰皿に捨てだらしない姿勢を正すと、いくつかの事を尋ねた。
「最近の被害者は?」
「今日の新聞に載っていた通りアゼレア・ボニーちゃん。8歳の少女よ。昨夜7時頃、ストランド市街の路地裏で倒れている所を犬の散歩をしていた老人が発見した。鋭利な刃物で心臓や腹部を刺され、彼女の手には死神のカードが握らされていて、頭の横にチョコレートが置かれていたそうよ」
「哀れだな・・・・・・」
2人は行き場のない不快感に少しばかり顔をしかめさせる。
「ちなみに目撃者はいないのか?手掛かりや、それに似た情報を教えてもらえるとありがたい」
「目撃者はいないわ。犯人は多分、人気のない場所で遊ぶ子供を狙って犯行に及んでいるんでしょうから。接触した人間は皆殺されているし、手掛かりも皆無に等しい。カードやプレゼントからは指紋が見つかっているけど、前科のある容疑者のものとは一致しなかった。しいて言えば犯人は前科がなく被害者が路地裏に入る習慣を知っていて、鋭利なナイフを持ち歩いている事くらいかしらね」
「——確かに。有力な手掛かりとは言えんし、指紋についても望みは薄いな」
リディアは余ったココアを全て飲み干し、勢いのないため息をつくと話の続きを再開する。
「被害者に共通している所は全員が10歳にも満たない子供という事だけ、犯人の特徴すらも掴めない。だけど、被疑者はまともな人間じゃないのだけは確かね。精神異常者の説や生贄を目的としたカルト教団が存在しているという噂も聞いているけど。でも、基本的に考えれば社会になじめず、虚しい自分を満たすためだけに弱者に八つ当たりする卑怯者のクズでしょうね。これはあくまでも私の刑事としての勘だけど」
「・・・・・・」
「とにかく、犯人は無抵抗な子供を殺しては快感を味わっている鬼畜な変質者よ。それも良心や理性が欠如した相当のね。まともな神経の持ち主なら、あんな残忍な犯行を犯せるはずがない。殺人をゲームにして楽しんでいるとしか思えないわ」
エドワードは、"なるほど"と言わんばかりの表情で何かを悩ましく考える。だが、有益な言葉を発する事なく返事は返らなかった。しばらく沈黙が続き、やがて、最初にリディアが口を開いた。
「私から言える事はこれだけ。例の事件の捜査をしなきゃいけないから、そろそろストランドに戻らないと・・・・・・ごめんなさいね、大した情報も教えられず。ココア美味しかったわ」
リディアは礼を言うとソファーから立ち上がり白シャツの上にコートを羽織った。部屋に背を向け外へ出ようとした時だった。
「——ちょっと、待ってくれ」
エドワードも椅子から立ち上がり、呼び止めた彼女を振り返らせる。
「被害者の状況を見ておきたいんだが遺体は今どこにある?」
「アゼレアちゃんの事?その子の遺体ならストランドの警察病院で保管されているわ。後で解剖に回す予定よ」
「そうか。ありがとう。後で俺もそっちに向かう」
「あなたの協力があれば百人力ね。アバーライン警部もこの件を担当しているから伝えておくわ。それとも、今すぐ私と一緒に行く?」
エドワードは頭を横に振り
「いや、警察病院にはクリフォードも同行させる。あいつが来てから出発しようと思う。先に行っててくれ」
「分かったわ。クリフォードくんがいた方が心強いでしょうからね。じゃあ後で」
扉が閉ざされエドワードは再び煙草に火をつけた。彼は真冬の住宅街を眺めながら、ふぅーと長く煙を吐き出す。どの家の屋根にも降り積もった雪で白く染まっていた。果てしなく広がる静かで美しい景色が重苦しい心を僅かに癒してくれる。
扉が開き、また誰かが部屋に入って来た。背は低くボサボサの短い髪、目つきは優しくおっとりとした顔つきの少年。助手のクリフォードだった。彼は冬着に積もった雪を払い落とし、エドワードに対して無邪気な笑顔を見せた。街で買い物をしてきたのか膨らんだ茶色の紙袋を抱えている。
「ただいまエドワードさん!2人分のローストチキンを買ってきましたよ!それとケーキとワインも!そう言えば今、階段でリディアさんとすれ違いましたよ?ここに来るなんて珍しいですね?」
「ご苦労だったなクリフォード。今夜は2人で遅れたクリスマスを祝おうじゃないか」
「えへへ」
クリフォードは実に嬉しそうに頼まれて買ってきた品々をテーブルの上に置いた。
「クリフォード。浮かれた気分に水を差すのも悪いがお前に大事な話があるんだ。仕事についてなんだが真剣に聞いてくれるか?」
「——え?あ、はい!」
クリフォードは仕事をする際の真面目な表情に切り替え、エドワードの前に駆け寄った。探偵は助手の行動に2回程頷くと話の内容を語り始める。
「さっき、リディアがここに来て、俺にある事件の捜査を依頼したんだ」
「ある事件?」
「今、ストランドを騒がせている死神のサンタは知っているな?現在あの街ではロンドン警視庁が大勢の警官を動員して捜査に当たっているが、容疑者はおろか有力な手掛かりすら発見できていないんだ。犠牲者を増やさないため、これ以上事件を長引かせる訳にはいかない。それで俺達の出番という訳だな」
「警察も手も足も出せず、エドワードさんに頼るくらいなんだから余程の難事件ですね、今回の仕事は・・・・・・」
エドワードは"そうだろうな"と深刻な声を出し、椅子から立ち上がる。まだ余った煙草のパックを胸ポケットにしまうと、机の引き出しから仕事用の道具を取り出した。革製のベルトに中身を確認したポーチをいくつか取りつけ、次はピストルを手にした。シリンダーの全ての穴に銃弾を装填するとホルスターに収め、最後はスタンドにかけてあったコートを羽織る。
「これからストランドの警察病院に向かい、死体を調べようと思うんだが?お前も一緒に来てくれるか?」
クリフォードは嫌がる素振りを見せず
「勿論、僕はエドワードさんについていくだけです。急いで準備を整えてきますので、すぐに出発しましょう」
そう張り切って、自分の部屋に飛び込んでいった。
- Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 開始】 ( No.34 )
- 日時: 2021/09/26 17:51
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode
——1887年 12月26日 午前11時44分 ストランド 警察病院
ストランドの街中に一際目立つ4階建ての病院が聳え立つ。下階も上階も形状の違う窓がそれぞれにずらりと並び中で職員の姿が窺える。隣には、同じ材質の時計塔が建ち、両方の針は直に12の数字に重なろうとしていた。あらかじめ門が開かれた正面玄関では2人の警官が凍えた手を吐息で温めながら職務である警備の最中だ。
そこへ1台の馬車が積もった雪道に細長い二重の線を残しながらやって来る。馬車の運転手は、その前で馬を止めると客室へ到着の合図を送った。扉が開き、エドワードとクリフォードが姿を現して極寒の外へと降り立った。支払いを済ませ役目を終えた馬車を行かせると、彼らは正面の門をくぐる。
「クリフォード、俺達の仕事はもう既に始まっている。中に入る前に道具の準備をしておけ」
「分かりました」
隣を歩くクリフォードは指示通り、持参していた万年筆とメモ帳を取り出した。すると、病院の入り口が開き1人の警官が2人の元へ駆け寄って来た。彼は姿勢を正し、しっかりと敬礼して
「私立探偵のエドワード・サリヴァンさんと助手のクリフォード・ベイカーさんですね?あなた達がここに来る事はオークウッド警部補(リディア)から聞いています。こちらです。死体安置所へご案内しますので」
エドワード達は案内役を任された警官について行き、警察病院へ足を踏み入れた。広間を抜けた先の廊下にあった鉄格子の扉を開け、地下へと向かう。行き着いた場所は細長く伸びた不気味な空間。古い電球が点滅する薄暗い廊下で道の両脇には金属の扉がいくつもあった。埃とは違う何かの薬品のような異様な臭いが鼻を刺激する。
「ここも何か寒いですね?外と比べたらまだマシですけど。あと、嗅いだ事のない変な臭いがします。ちょっと気持ち悪いかも・・・・・・」
「無理もない。何たって死体を保管する場所だからな。恐らく、この臭いは防腐剤だろう。俺も正直慣れそうにない」
エドワードとクリフォードは、なるべく臭いを嗅がないよう鼻を押さえ、地下通路を進んでいく。
「ここが被害者の死体が保管されている場所です。室内で警部補達が待機してます。どうぞお入り下さい」
案内を終えた警官は207と札がつけられた部屋を紹介し、鉄でできた重い扉を開ける。2人を中に通すと、彼は再び閉ざされた扉の横で見張りに立った。
死体置き場の一室は四角い形の狭い一室となっていた。全体がコンクリートで作られており、天井の電球が狭い空間を照らす。部屋の隅には解剖に使われるであろう手術道具や薬品などの道具が一式揃っていた。中心には台があり、遺体を覆い膨らんだシートが乗せられている。
部屋にはあらかじめ、数人の人間が待機していた。先に警察病院に足を運んだリディアに隣にはアバーライン警部。そして、端には白衣を着た初老の医師の姿がも。
「お待ちしてましたエドワードさん。あなたの協力があれば、この事件も解決へと進展するでしょう。クリフォードくんも、よく来てくれたね」
アバーライン警部は探偵と助手を歓迎し、事務所でリディアが言った台詞に似た発言をした。白衣の医師も前に出て来て、手を差し伸べながら挨拶をする。
「ようこそ、エドワードさん。かの有名な名探偵にお会いできて光栄です。あなたの活躍は耳にしています。私はこの病院の医師であり、検死官であるロバート・ウィルソンです。どうぞよろしく」
「こちらこそ。会えて光栄ですドクター。私の捜査のための時間を作って下さり、感謝します」
エドワードも紳士的な言葉を返し、2人は握手を交わす。ついでに彼は1つ質問を問いかけた。
「——遺体の状況は?」
「服を脱がして寝かしてありますが、検死と解剖は行っておらず、死んでからまだ間もないので防腐剤の処置はしていません」
ロバートは聞かれた事に淡々と即答する。
「では早速、被害者の遺体を調べさせてもらえないでしょうか?」
「分かりました。今、シートをどかしますので」
灰色のシートを丁寧に外され、事件の被害者である少女の頭部が曝け出される。その子は目をつぶり、どこか悲しそうな表情を浮かべている。裸の格好にされ、仰向けの姿勢で永眠していた。
「うぇぇっ・・・・・・!」
その時、誰かが汚い声を吐き出した。全員がはっとした表情で視線を送ると、クリフォードが気持ち悪そうに口を押さえている。どうやら、見慣れない死体に吐き気を及ぼしてしまったらしい。無理に耐えようと努力するも、どうしても顔を逸らしてしまう。
「クリフォードくん!大丈夫!?」
リディアは彼の傍に寄り背中を摩った。
「う・・・・・・おぇ・・・・・・!」
「——クリフォード。お前は検死が終わるまで廊下で待っているんだ。ここは俺に任せて無理はするな」
「す、すみません・・・・・・!」
クリフォードは簡単な謝罪を述べ、一刻も早く逃げるように死体置き場から退出した。
「クリフォードくんを連れて来なかった方がよかったんじゃない?」
「いや、探偵業は甘くないんだ。死体に対して平常心を保っていられなきゃ、この仕事は務まらない。今回ばかりは仕方ないが、あいつも俺の助手なら、いつかは慣れてもらわなければ困る」
エドワードは同情をかけるどころか、非情な態度を取った。彼は仕事を優先し、改めて検死を続行する。
「この子が殺害されたアゼレアちゃんか・・・・・・人生はまだ、これからだったろうに・・・・・・安らかに眠れ。来世こそ、幸せな人生を歩めると祈っている・・・・・・」
最初に目をつぶり、胸に手を当てると軽く頭を下げ彼は短く黙とうする。後ろにいたリディアとアバーライン警部も同じ行為を行った。エドワードは被害者の死体に触れ身体半分を持って浮かせると外傷を探る。
「——体には痣も骨折もなく、暴行された形跡はないな。拘束された跡や首を絞められた跡も見当たらない」
次に死因となった刺された部分に視線を移し、傷口を広げる。
「——刺された所は2ヵ所・・・・・・刃は胃の奥まで達し、正確に心臓を刺している・・・・・・やはり、直接の死因は刃物で刺された事による出血死。心臓への一撃が致命傷になったんだろう」
エドワードはそう判断し、犯行に使われた凶器を分析する。
「傷口の形状からして、使用された凶器の種類は細い片刃の刃・・・・・・恐らく小型の包丁かナイフかと思われる」
「ちょっと待って?何も小型の刃物とは限らないわ。この国の兵士が使う『軍刀』だって片刃よ?」
リディアが後ろから異説を推測するが、探偵はそれを否定した。
- Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.35 )
- 日時: 2021/10/09 20:10
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「その線は低いな。よく考えてみろ。長い剣などで子供の体を本気で刺したらどうなると思う?刀身が『貫通』するはずだ。だが、この遺体も今までの被害者も全員、前身から刺されているのにも関わらず背中や腰から刃先が抜けていない。だから、凶器は短いナイフと推測できる」
「わざと手加減して刺したのかも知れないじゃない・・・・・・!?」
エドワードは話す相手を別の人間に切り替え
「アバーライン警部。不謹慎な例えですが、あなたが殺人犯だとします。ナイフを握ったあなたはどのように相手を殺害しますか?」
「——え・・・・・・?あ・・・・・・そ、それは・・・・・・やはり私の場合は胸や腹を刺しますね。あるいは首を切り裂くとか・・・・・・」
急な質問にアバーライン警部は、たじろぎながら何とか質問に答える。
「——なるほど。では、ドクター。あなたなら、どのようにして相手の命を奪います?」
「やはり、心臓を刺すのが手っ取り早いでしょうな」
ロバートは行き詰まりなく答えた。
「そういう事だ。リディア。この意味が分かるか?」
「——?」
悩ましく首を傾げるリディアに詳細を明かす。
「殺しに手加減するような人間が致命傷になる部分を刺すわけがない。人は殺人を犯そうとする時、必ず急所を突くものだ。そのため、手に込める力も無論、本気になりナイフも深々と突き刺さる・・・・・・体の小さい子供相手に刀剣なんか使ったら、貫通しないわけないんだ」
「なるほど、確かに一理あるわね。その推理は正しいかも」
リディアを納得させて、同時にエドワードも検死を終えた。再び、黙とうすると少女の死体の上にシーツを被せる。そして、ロバートの方を振り返り、親切な礼を述べた。
「調べさせてくれてありがとうございました。お陰で有力な手掛かりが掴めそうです」
「こちらこそ、あなたの力になれて誇りに思います。後の処置は私に任せて解剖の方に移させて下さい。他に分かった事があれば、すぐに知らせますので」
「お願いします。では、私は次の調査へ向かおうと思うので、これで失礼します」
「——エドワードさん。ちょっと、よろしいでしょうか?」
安 置所を後にしようとしたエドワードをアバーライン警部が呼び止める。
「実はエドワードさんに、もう1つ見せておきたいものがありまして。ここにあります」
そう言って、彼は懐から取り出した紙袋を手の平に乗せ、包んだ布を解く。中には死神のカードと板状のチョコレートが入っていた。
「——これって・・・・・・」
「殺害された被害者の遺体に実際に握らされていたカードとチョコレートです。エドワードさんにどうしても調べてほしくて署から持ち出してきました」
エドワードは何も言わず、頷いて頼みを肯定した。ズボンのポケットから手袋をはめ、回収品を受け取る。
「さっき、事務所でリディアから聞いたんですが、これには犯人の指紋が付着してたんですよね?」
少しの間、渡された物を観察し念のために伺うと
「はい、鑑識に回したところ、そう判明しました。誰のかまでは不明ですが、今までの事件の回収品の物と全て指紋が一致しているので、今回も死神のサンタの犯行で間違いないと思います」
エドワードは"そうですか・・・・・・"と響かない声で呟きカードを裏返したり、チョコレートのメーカーを調べる。やがて短い鑑定を終えると消極的な表情で渡された物を返す。
「非情に残念ですが、この証拠品だけでは大した手掛かりにはならないと思います」
「何故です?一応、理由を教えていただけませんか?」
「まず死体に握らせるカードですが、これは正確には『タロットカード』の死神です。他にも『魔術師』や『教皇』、『塔』や『戦車』、『吊るされ男』など。子供のおもちゃとして1枚でだけで売っているタイプもあるんですよ。それがこれです。次にチョコレートですがこれはとあるベルギーの会社が販売している物なんですよ。この会社は有名でしてね。イギリス全土に店を経営しています」
「えっと・・・・・・つまり?」
アバーライン警部が結論を問いただすと
「これらの物を購入する者は老若男女問わず、大勢います。この品々から犯人を特定するのは不可能に近いでしょう」
「——そうですか・・・・・・エドワードさんがそう言うのなら、異論は唱えられませんね。しかし、捜査は息詰まるばかりだ。犠牲者が増えるのを指をくわえて見てるだけなんて・・・・・・こうなったら、せめてストランドに警官を更に動員して夕暮れや夜のパトロールを強化するしかないですね」
「このままでは我々警察への信頼は消え、市民の不満も増していくでしょう。まるで干し草の中から1本の針を探し当てる程の難題ですね」
為す術がない状況に警官2人はやり切れないため息をつく。
「確かに苦労に苦労を重ねる大変な捜査が必要でしょう。しかし、適切な努力をすれば解決へと導かれるはずです。干し草の中には必ず針が隠されているのです。必ず・・・・・・」
エドワードはそう言い残すと扉を開け、部屋から立ち去る。外の廊下では、まだ残った吐き気に口を押さえるクリフォードがいた。青ざめた顔でエドワードを見上げ、無理に微笑む。
「——終わりましたか・・・・・・?」
「ああ、終わった。気分転換に外へ出よう」
「外の空気が、こんなにも美味しく感じられるなんて・・・・・・もう、あんな場所には二度と行きたくない」
クリフォードは愚痴を零しながら、新鮮な冬の空気を満喫する。大きく吸い込んだ息を長く吐き出し、深い深呼吸を繰り返した。
「——ところで死体を調べて何か手掛かりを掴めましたか?」
「いや、死体を見ても結局、鍵になりそうな手掛かりは1つもなかった。唯一、判明したのは被害者は心臓と腹部の数ヶ所を刀身の短い刃物で刺されていて、加害者は極めて賢く残忍な性格の持ち主という事だけだ。さっきは勢いでリディア達に強がりを言ってしまったが、俺も今回ばかりは事件解決に自信が持てない」
「どんな謎でも簡単に解いてしまうエドワードさんが始まりから息詰まるなんて・・・・・・でも、やっぱり手掛かりがなきゃ、捜査のしようもありませんしね」
「だな。遺体と回収品を調べただけじゃ、有力な特定はできん。今の状況から犯人像を上げるとすれば、イギリス国民全員が容疑者となる」
「じゃあ、どうすれば・・・・・・!」
クリフォードは行き場のない悔しさと失望に強く歯を噛みしめる。すっきりとしない曇った気分にに落ち着いてはいられない様子だった。
「心配するな。別に方法がないわけでもない。気が乗らないが久しぶりに"あいつ"に頼るとするか」
聞き捨てならない発言にクリフォードは"えっ!?"と声を上げ隣にいる探偵を見上げた。
「あいつって・・・・・・力になれる人がいるんですか!?」
「探偵には協力者が付き物だ。お前には紹介していなかったな。俺も3年くらい会ってないが、好都合な事にそいつも普段、ストランドに住んでいるんだ。早速、会いに行くとしよう」
「誰なんですか!?」
一足先に前を行くエドワードは一度振り返って答える。
「"情報屋"さ」
- Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.36 )
- 日時: 2021/10/17 17:07
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2323.jpg
--1887年 12月26日 午前12時29分 ストランド セント・メアリー・ル・ストランド教会
「情報屋って、どこから仕入れた情報をお金と引き換えに教える人の事ですよね?」
「そうだ。こういった稼業を生業とした連中はイギリス中に大勢いる。時には危険な行動に出たり、命を懸ける奴もいて探偵や警察の活躍を裏で支えてきたんだ。その中でも俺の知り合いである情報屋はかなり優秀な人材と言えるだろう。事実、何度も助けられた経験がある」
エドワードとクリフォードは真っ直ぐに伸びた道を進み、やがて立ち止まる。2人の目の前には白く美しい立派な教会があった。セント・メアリー・ル・ストランド教会。1711年。スコットランド人のジェームス・キップスによって設計された教会である。
「--え?ここって教会ですよね?」
クリフォードは頭を少し混乱させながら聞いた。
「セント・メアリー・ル・ストランド教会。見事な建物だろ?いつか式を挙げられるなら、ここを選びたいものだ」
「--こんな所に情報屋がいるんですか?」
疑心を抱いた助手の質問にエドワードは軽く破顔し
「いるとも。何たって、その情報屋っていうのは普段は修道士として働いているんだ。留守じゃなきゃいいんだが」
エドワードは取っ手に触れようとするも、一時、手を遠ざけ、門を開けるのを躊躇った。
彼は真後ろにいるクリフォードに視線をやり、忠告を告げる。
「--おっと、忘れるところだった。1つだけ注意してほしい。情報屋に会ったら、間違ってもそいつの過去は詮索しないでくれ。どうして修道士になったのか?という話もタブーだ。数年経った今でも、あいつは過去のトラウマを抱えてるだろうから」
「は、はい!気をつけます!・・・・・・あの、その人に何かあったんですか?」
エドワードは困り果てたため息をつき、理由を語った。
「あいつは元々俺と同じ探偵として働いていた。イギリスで有名な探偵社の社員でかなり優秀な人材だった。若くしていくつもの難事件を解決し、世間からは俺に次ぐ名探偵と呼ばれていたんだ」
「エドワードさんに次ぐ名探偵!?世の中にはやっぱり凄い人がいるものですね・・・・・・」
驚きを隠せないクリフォードにエドワードは頷いて続きを話す。
「--だが、とある濡れ衣事件がきっかけで職を終われたんだ。後にその事件は解決したが、あいつが職に復帰する事はなかった。陥れられた恐怖と冤罪による社会的制裁に心を病んでしまったんだよ」
「何年もかけて築いてきた名誉が一瞬で崩れ去って・・・・・・可愛そうな話ですね。だから、教会に身を寄せたのか・・・・・・」
「それも理由の1つだろう。だが、あいつは探偵としての誇りと未練を捨てられず、自身のスキルを活かして、今度は情報屋として名を上げる事となった。表向きは冴えない修道女としてな。そんな時、俺と出会って親しくなり、互いに協力し合う関係までに友情が深まったってわけだ。教えた忠告はくれぐれも守ってくれよ?さあ、話は終わりにして中に入ろう。まだ仕事中である事を忘れはいかん」
エドワード達は潜った門を再び閉ざすと、植木の森を抜けて教会へと足を踏み入れた。
シャンデリアが吊るされた中心の廊下の脇にずらりと並ぶ長い椅子。囲いの隅にピアノが置かれ反対側には告解室が窺える。その正面はドーム状の空間となっており彫刻の天井の下にステンドガラス。更に下には祭壇があった。
そこに1人の修道女がいた。聖書と像、蝋燭が置かれた祭壇に跪き、両手を組んでいた。後ろから近づいてくる2人の足音に祈りの姿勢を崩し、立ち上がる。そして、ゆっくりと何食わぬ表情を振り返らせた。
「--エド・・・・・・」
修道女がエドワードを名を略して呼んだ。身長は高く、年齢は20代後半に近い。顔の両脇に結った髪をぶら下げ、背中にも結んだ髪が垂れ下がっていた。表情は穏やかだが、目つきはちょっとばかり鋭い。
「久しぶりだな。"アメリア"。元気にしていたか?その様子じゃ、当分仕事はやってないようだな」
エドワードは彼女の元へ行き、軽い挨拶を交わした。
「そんな事はないよ。私の稼業は、いつも繁盛してるさ。そっちも相変わらず、元気そうで安心したよ。かれこれ、3年ぶりの再会になるか」
(エドワードさんの言ってた情報屋って女の人だったんだ・・・・・・もっと年上の男性を想像してた・・・・・・)
クリフォードは多少は驚きつつも、口に出さずに思った。
「紹介するよ。隣にいるこいつは俺の初めての助手だ。2年前に出会って以降、行動を共にしている」
「あんたもとうとう助手を得たんだね・・・・・・私はてっきり、あんたとリディアの間にできた子供かと思った」
「おいおい、変な冗談言うなよ!」
度が過ぎたジョークに焦るエドワードに、アメリアはにやけながらクリフォードの元へ歩み寄る。
自分より背の低い少年を見下ろし、手を差し伸べた。
「"アメリア・クロムウェル"。かつては探偵をやってた情報屋。よろしく」
「--ぼ、僕はエドワードさんの助手のクリフォード・ベイカーです!お会いできて、光栄です!」
クリフォードは緊張気味に彼女との握手を交わす。
「ふふっ。そんなに緊張しなくていいよ。そこが可愛い所だけど・・・・・・で、あんたが私の元へわざわざ来たって事は相当、迷子になってるみたいだね?」
エドワードは情けなく、"まあな"と呟いて、髪を撫で下ろした。
「ここで話すのも何だから、地下室の客間で話さない?ココアを淹れてあげるよ」
- Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.37 )
- 日時: 2021/10/31 17:59
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
アメリアの案内で3人は地下室へと降り、客間へと入った。部屋は薄暗いが、暖炉の火が燃え上がり気温は温かい。椅子に座ると約束通り、ココアが振る舞われる。
「--で、久々の依頼は何?覚えていると思うけど、無くした子供のおもちゃ探しとかしょうもない頼みなら引き受けないからね?」
「そんな小事、わざわざダウニング街から頼みに来ると思うか?安心しろ。今回も重大な事件だ」
エドワードは呆れたように苦笑し、ここに来た事情を説明する。
「--今朝、ロンドン市警から依頼を受けた。ストランドで罪もない子供達を殺害している死神のサンタの捜査だ。警察病院で死体を検死したり、事件現場から回収した犯人の私物を確信したが、まともな手掛かりを得られなかった」
「今、この街を騒がせてる死神のサンタか・・・・・・大変な仕事を任されたもんだね」
アメリアは熱いココアを一口啜ると、またニヤリと微笑んだ。
「ストランドに住んでいて、イギリス一の情報屋のお前なら何かヒントを掴んでいると思ってな」
「--なるほどね。2人共、一旦ココアをテーブルに置いた方がいいよ?ちょっと、あんた達を驚かせる事にした」
「驚かせる?久々の再会記念に手品でもするつもりか?」
エドワード達の視線を集め、自身に注目を浴びせる。一度、息を吸って吐き出すと、そっと口を開いた。
『"実はもう、"犯人の目星はついてる"んだ"』
「--何だって!?」 「--ええっ!?」
2人は声を重ね、当然の反応をした。彼女はそんな2人を見て愉快な顔を浮かべる。
「本当はこの情報を警察に提供する予定だったんだけどね。先にあなた達が来たから勿体ぶらず、話す事にした」
「もう目星がついてるって・・・・・・誰なんですか!?教えて下さい!」
クリフォードの必死の訴えにアメリアは彼を落ち着かせる。
「クリフォード。私が情報屋だって事を忘れてはいけないよ?見返りがなきゃ、命懸けで得た物を渡すわけにはいかない。こっちだって生活が懸かっているからね」
「修道士のくせに金を要求するんだな?まあいい。いくらで情報を売ってくれるんだ?」
エドワードが言うと
「本来なら、500ポンドくらい安いでしょ・・・・・・と言いたいけど、あんたは私の親友って事もあるし。状況が状況だから、特別にサービスしてあげるよ」
「これ以上、犠牲者を増やさないためなら、いくらでも払ってやる。ほら、これでどうだ?」
エドワードはポケットから財布を取り出し、5枚の金貨をアメリアの手に置く。
「ありがとね。確かに報酬を受け取った。じゃあ、情報を教えてあげる」
アメリアは金貨をしまうと詳細を語り出す。
「私もこの事件の事が気になってね。部下達と共に調べたところ、1人の容疑者が浮かび上がった。容疑者は、被害者になった子供と裏路地に入って行くのを目撃されたり、事件の起きる数日前に死体に置かれたプレゼントと同じ物を購入しているという店の証言も得られた。そして、事件現場には必ず野次馬として訪れていた事もね。ただ・・・・・・」
「--ただ?何か、問題があるのか?」
エドワードが首を傾げる。
「その容疑者というのは・・・・・・女の子なんだ。クリフォードよりも年上で私よりも年下くらいの」
「女の子・・・・・・!?死神のサンタの正体は子供だと!?」
再び驚愕するエドワードにアメリアは冷静に言い放った。
「可能性は十分に考えられるし、犯罪者は何も大人だけとは限らない。子供の線も頭に入れなきゃだめだよ」
「お前の調査が事実なら、この社会がどれだけ腐ってるか思い知らされるな・・・・・・シリアルキラー(連続殺人犯)の正体が子供なんて世も末だ・・・・・・で、その少女は今どこにいるんだ?」
「この街のとあるアパートに住んでるよ。普段は孤児院にいて、身寄りのない子供達の遊び相手をしてる」
アメリアはそう答え、少し温くなったココアを啜る。
「その少女がどういう奴で、どんな顔をしているのか知りたい。もし、お前に時間の余裕があるなら案内してくれないか?」
「いいよ。教会での仕事が終わって暇だったし、ちょうど出かけたい気分だったんだ。またあなたと一緒に行動できるなんて光栄だよ」
「決まりだ。早速、容疑者がいる孤児院に向かおう。また出かけるぞ。クリフォード」
「はい」
探偵と助手が席を立ち、情報屋が2人を呼び止める。
「この格好で行くのもあれだから着替えてくる。ちょっと、待ってて」
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