複雑・ファジー小説
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- ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg
——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。
——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。
†【登場人物紹介】
†【エドワード・サリヴァン】
物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。
†【クリフォード・ベイカー】
エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。
†【リディア・オークウッド】
ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。
†【アメリア・クロムウェル】
エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。
†【ダンカン・パーシヴァル】
ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。
†【フローレンス・ウェスティア】
ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。
【シナリオ】忘却の執事
【表紙】ラリス様
【挿絵】道化ウサギ様
It is the beginning of the story・・・
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.18 )
- 日時: 2020/10/11 19:36
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
感激に心躍るクリフォードはつい夢中になりピストルから視線を離そうとはしない。気がつけば無意識にハンマーを倒していた。カチッと音が鳴りシリンダーが回転する。
「銃は不思議と人の心を引き寄せますよね?よかったら、引き金を引いても構いませんよ?」
マクダーモットが落ち着いた口調で言った。
「ご心配は無用です。当然、中は空ですので。実弾を込めて保管するほど愚かな行為はありません」
「・・・・・・ですよね」
最初は戸惑ったクリフォードも意見を合わせてあははと苦笑した。そして、遠慮なく引き金に手をかけた時だった。
指がトリガーに触れた途端、力を入れていないのにそれは動いた。ハンマーが戻り火花が舞い銃口の先が光る。鳴り響く轟音が館中に伝わり、木霊して消えた。屋根に止まっていた鳥の群れが一斉に飛び立つ。
「——え?」
クリフォードは何が起こったのか分からないまま、それだけ口から漏らした。たった今、火薬の臭いが漂っている事に気づく。反動を受けた手元に視線をやると、銃口から白い煙が上がっていた。
「・・・・・・」
嫌な予感を募らせ、目前の席を見る。マクダーモットがだらしなく寛ぐようにソファーの上に横たわっていた。白めを剥き出しにし、口から唾液を垂れ流している。心臓部分に穴が開き、銃創を中心に赤い染みが広がっていた。さっきまで健在に生きていた人間が惨い死体と化したのである。
「マクダーモットさん・・・・・・?」
クリフォードは返事を返せるはずもない相手に呼びかける。状況を理解するのに数秒掛かった。ようやく事態を飲み込め真っ青な形相を浮かべた。激しい後悔に絶望が加わった事は言うまでもない。
「ああ・・・・・・そんな・・・・・・そんな・・・・・・」
震えた手からピストルを落とす。持ち主を殺したコレクションを見下ろし
「どうして!?ピストルには弾が入っていなかったはずじゃ!?それに引き金には触っただけで引いていないのに!」
突然訪れた悪夢のような展開に混乱した。訳が分からないまま頭を整理しようとしたが
「——!」
扉の向こうからバタバタと足音がした。銃声を聞き使用人が駆けつけてきたのだ。クリフォードはとっさの判断でドアの鍵を施錠した。
「旦那様!?」
声の正体はさっきの執事だった。彼は扉を外側から力強く叩き動かない取っ手を回す。
「旦那様!どうなさいました旦那様!」
(何とかしてこの状況から抜け出さなきゃ!)
クリフォードはこの場を逃れる方法を考えながら、後先の事を想像した。
(大物議員を殺した犯罪者として捕まるわけにはいかない!そんな事になれば僕や僕の家族の人生も終わりだ!それより何より、名探偵の助手が殺人を犯したのなれば、サリヴァン探偵事務所の信用は永久に失われる!エドワードさんの名誉を汚す事だけは絶対に避けないと!どうする!?)
「旦那様!旦那様!」
クリフォードはとりあえずいつも所持している小型の工具セットから瞬間接着剤を取り出し中身を鍵穴に流し込む。
「——よし、これで少しは時間を稼げる!何とかして、僕が犯人ではあり得ないように細工しないと!」
ハンカチでピストル付着した自分の指紋を拭き取った。マクダーモットの死体を起き上がらせ右手にそれを握らせる。自殺に見立てるためだ。次は唯一の逃げ道である窓を眺め
「密室にしたいけど窓の鍵を外から閉めるのは難しいな・・・・・・そうだ!」
その問題にはすぐに手段が閃いた。
「エドワードさんと見に行った怪盗映画の方法を試してみよう!」
クリフォードは更にジャックナイフとガムテープを取り出した。
「これで何とか・・・・・・成功する事を祈るしかない・・・・・・」
まずガムテープを罰印の形に大きく貼り付ける。次にもう一線伸ばしたテープをくしゃくしゃに捻じ曲げ印を間に取りつけた。即席の取っ手である。
「次は・・・・・・」
ジャックナイフの柄から刃を出し窓の溝に当てる。ゆっくりと慎重に四角い形をなぞっていく。それを終え、ガラスにやや強めの張り手をかますと窓がいとも容易く綺麗に外れた。
クリフォードは取っ手を掴み窓を落とさないよう外に出た。再び接着剤を溝に塗り付け元の場所へはめ込む。そしてベタベタした液体が固まるの時間を数えて待つ。
「1、2、3・・・・・・」
20秒が経過し
「——よし!」
ガムテープを外す。クリフォードは見事に密室を再現し狭い足場を辿って客間から姿を消した。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.19 )
- 日時: 2020/10/21 20:37
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
屋敷の中は騒然としていた。事件のあった客間の前で使用人達が集まっている。全員が慌てた様子で何とか中に入ろうと試みているところだ。
「だめです!どうしてか鍵が回りません!」
執事が入らない鍵穴に鍵を押し込めながら言った。
「斧を使えば!確かに物置きにあったはず!」
「すぐに持って来ます!」
メイドの提案に召使いが急いで走り去って行った。
「銃声が聞こえてからもう5分以上が経っています!中にはお客様もいらっしゃるんでしょう!?」
別の執事がそう言った時
「何の騒ぎですか!?」
そこへクリフォードが駆けつけて来た。使用人達の驚愕の視線が彼に向けられる。
「く、クリフォード様!?旦那様と一緒にここにいらしたはずでは!?」
「いえ、案内されている途中でトイレを借りたので部屋には入っていません!そんな事より銃声がしたので急いで飛んで来ました!一体何があったんですか!?」
無理に動揺を隠し、嘘を演じる。
「持って来ました!」
先ほどの召使いが斧を片手に戻って来た。皆を下がらせ丸い刀身を何度も振り下ろし扉を叩き割る。壊して空いた穴の中を執事が覗き見ると
「だ、旦那様が倒れている!血の海だ!」
「ええっ!?」
別の執事もメイドも室内を覗く。そして2人共、口を覆い隠した。
「なんて事だ・・・・・・」
「警察は呼びましたか!?」
クリフォードが聞いた。
「はい、先ほど!」
(この調子なら上手く誤魔化せそうだ。何とか嘘をついて屋敷を出たら走ってウェスト・ハムを抜けよう。途中で馬車の乗ってここから逃げるんだ!)
「ちょっと外に行って警察が来てないか見てきます!」
クリフォードは階段を繰り返し降りて1階へと走った。誰も見てない事を確認し玄関をくぐり外へ出る。そのまま逃げだそうとしたが・・・・・・何故か彼の足は止まってしまった。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
驚愕のあまりクリフォードの言葉が詰まる。死んだはずの人間が目の前に現れたような真っ青な表情を浮かべた。
「クリフォード、大丈夫か?・・・・・・どうした?幽霊でも見たような顔をして?」
他の仕事で忙しかったはずのエドワードがやって来たのだ。彼だけじゃない。隣にはリディアやアバーライン警部の姿もあり大勢の部下を連れていた。大物議員が死亡した事件だけに重大な捜査を行うつもりなのだろう。
「クリフォードくん!怪我はないかね!?」
「無事でよかったわ。もし怪我でもしていたら大変だったもの。」
「え、あ、はい!どうも・・・・・・」
クリフォードは我に返り慌てて返事を返した。
「アバーライン警部はともかく、どうしてエドワードさんがここにいるんですか?他の仕事の途中のはずじゃ・・・・・・?」
エドワードは理由を話す。
「言わなかった実はウェスト・ハムを訪れていたんだ。そこでアバーライン警部やリディアと共に捜査をしていたら大物議員であるマクダーモット氏の屋敷で銃声がしたと知らせを受けた。お前の身に何かあったのかと心配になり飛んできたんだ。」
「心配をかけてしまってすみませんでした・・・・・・」
「クリフォード、お前が無事なのは分かった。銃声がした時、屋敷の中にいただろう?起こった状況を詳しく教えてくれないか?」
「——わ、分かりました」
クリフォードは言い辛そうにうその証言を伝える。
「えっと・・・・・・マクダーモットさんに客間に案内されている途中で僕はトイレに行ったんです。用を足して手を洗っていたらいきなり銃声がして・・・・・・それで急いで客間へ向かいました。客間には鍵が掛かっていて使用人の1人が斧で扉を壊して中を覗きました。そしたらマクダーモットさんが血を流して倒れていると・・・・・・」
「なるほど、大体は理解できた。ありがとう」
エドワードは疑った素振りを見せず礼を言った。ちなみにといくつかの質問を付け加える。
「銃声は何発聞こえた?」
「1発だけです」
「現場には?」
「入ってません」
「——そうか」
エドワード達は再び足を進め屋敷の中へ入って行く。クリフォードもビクビクしながら最後列に続いた。
「——しかし、大変な事になりましたね。これからイギリスで活躍すべき大物議員が・・・・・・どういったいきさつなんでしょう?まさか、自殺・・・・・・?」
アバーライン警部が困ったと言わんばかりに顔をしかめる。
「それはあり得ないと思います。俺が知る限り、マクダーモット氏に自ら命を絶つ動機はありません。とにかく現場を調べて見ない事には・・・・・・」
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.20 )
- 日時: 2020/11/03 18:37
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
事件があった客間は警官達によって調査が進められていた。怪しい物には傍に番号札が置かれ指紋の採取やガサ入れなどを行う。部屋の中で初老の執事も事情聴取に協力していた。マクダーモットの遺体はそのまま放置されている。
「ドアには鍵がかかり何故か、内側が接着剤で固定されていました」
「窓は全部中から鍵が掛かっています」
「くまなく調べましたが、秘密の出入り口などはありません」
リディアを含む3人の警官が証言する。
「そうか。引き続き調査を行ってくれ」
アバーライン警部は部下に指示し持ち場へ戻らせると自身は死体が握っていたピストルを持ってエドワードに渡した。
「マクダーモット氏はこれを握って死んでいました。かなり値打ちが付きそうな銃です」
「これが使用された凶器・・・・・・」
エドワードはぼそっと呟きシリンダーを外した。穴には6発全てに弾が込められており、その1つが空薬莢となっていた。念のため引き金を引いてみる。
「——ん?」
エドワードが何かに気づいた。すると執事が彼の元にやって来て
「その銃はフランス将校であるアメリー・ド・トランブレが愛用していた物です。自慢の品でお客様がみえると必ずご覧に入れました」
クリフォードとは裏腹にエドワードは大して興味を示さず一言だけ口にした。
「壊れていますね」
執事は少し驚いて
「まさか、この代物に関しては旦那様はいつも手入れを怠らずになさっておりましたよ?」
「本当にそうでしょうか?あまりにも引き金が軽過ぎる。軽く指が当たっただけで動いてしまう。銃口を上に向けただけで暴発しますよ?」
「そんなはずは・・・・・・」
エドワードはアバーライン警部に
「アバーライン警部。他の銃に発射した形跡がないか、調べてもらえませんか?」
「分かりました。おいジョンソン!ウィリアム!展示された武器に発射された形跡がないか調べろ!大至急だ!」
呼ばれた警官2人は軽く敬礼し早急にコレクションの点検を始める。
次にエドワードは冷たくなりつつあったマクダーモットの死体の方へ向かった。顎を指に乗せ跪くとおびただしい量の血を流した銃創をじっと眺める。
「弾は心臓に命中しているな。恐らく、即死・・・・・・ふーむ、クリフォード。どう思う?」
急に問いかけられたクリフォードは全身を身震いさせた。焦ったら怪しまれると思い、何とか冷静な態度を保つ。
「ど、どうして僕に聞くんですか?」
無意識に頭をかきながら目を逸らす。
「いや、ただお前の意見を聞きたいだけだ」
クリフォードはちらっと死体に視線を送り、再びエドワードのいる方を向いた。
「やっぱり自殺じゃないでしょうか?窓にもドアにも鍵が掛けてあったし、誰も出入りできない密室状況だったんですよ?それ以外考えられません」
エドワードはなるほどと頷き今度は執事に質問の矛先を変えた。
「銃声を聞いてから、駆けつけるのに要した時間は?」
「30秒ほどです」
「何者かがドアに鍵を掛けて逃げ出す暇はあったわけだな」
執事は相変わらず彼の考えに納得せず
「しかし、玄関にも裏口付近にも召使いがおりました。不審な人物がいれば、必ず目についたはずです。それに鍵は私達が保管されておりましたし・・・・・・」
「——確か、マクダーモット氏は心臓に持病がありましたよね?」
「はい、いつも薬を飲んでましたが、最近は調子がよく元気に過ごしておりましたよ」
「そうですか・・・・・・」
しばらくして警官がコレクションの点検を終えた。結果の知らせを伝えにアバーライン警部がやって来る。その表情はとても残念そうだった。
「飾られた全ての銃器を調べましたが、どれも発射された形跡はなく弾は入っていませんでした。やはり被害者の命を奪ったのは、このピストルで間違いないでしょう」
「予想が外れましたね」
エドワードはおもむろに言って、鼻でため息をついた。
「自殺でいいんじゃないですか?あまり深く考えない方がいいですよ」
クリフォードは普段通りの態度を無理に演じるが
「そうはいかん。健康に突発的な異変が生じた訳でもなく、これから再婚し幸せな人生を送る人間が何故、自殺するんだ?それに怪しいと思うところがいくつか存在している」
まず、エドワードは扉を指差した。
「自殺をする人間がわざわざ鍵を閉めると思うか?しかも、ご丁寧に鍵穴まで接着剤で固定して。明らかにおかしいだろう?」
次に被害者の殺害に使用されたピストルを彼に見せつける。
「それにどうしてこの銃を使ったのか?」
「愛着があったからではないでしょうか?1番大切にしていたコレクションだし・・・・・・」
「——そうだろうか?大切な代物で自分の命を絶つとはどうも考えられん。俺だったら、親父の形見で自殺するような不謹慎な真似は避けるが?」
「・・・・・・」
「保管されている展示物を見てみろ。44口径の拳銃に高威力のライフル、自殺に適した銃はいくらでもあるぞ?お前の言う通り、これがお気に入りだから使ったとしてもだ」
エドワードはピストルをこめかみに当て
「普通ならここを撃ち抜くと思わないか?何故、心臓を傷つけると言うわざわざ苦しい死に方を選んだんだ?日本で有名な武士の腹切りじゃあるまいし」
「死を覚悟した人間の心理なんて分かりませんよ」
話は続く。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.21 )
- 日時: 2020/11/26 19:22
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「そして何より怪しいのはテーブルに乗った2人分のマグカップだ。これから自殺する人間がお茶を出すか?そして被害者の向かい側にあるマグカップは空だ。つまり誰かが、ここにいて飲んだという事になる。被害者は何者かに殺されたのは明らかだ」
「——!」
クリフォードは、はっとした口を覆う。証拠隠滅を図ったもののマグカップの処分を忘れていたのだ。あれには自分の指紋がべったりと付着している。取り返しのつかない初歩的なミスに激しい後悔にかられた。
「——あら?」
その時、リディアが何かに気づいた。真っ直ぐ窓の方へ歩いて行く。
「この窓ガラスだけ妙に汚れているわ。他のは全部綺麗なのはなんで・・・・・・?」
「——何だって?」
エドワードもそこへ行き指で汚れをなぞった。
「なるほど、分かったぞ。やはりこれは密室なんかじゃない。犯人は被害者にピストルを握らせ窓に細工し逃げたんだ。恐らく、何かしらの方法で窓を外しまたはめ込んだに違いない」
「一体、誰が・・・・・・?」
エドワードは死体の傍に戻り、クリフォードの前で立ち止まった。睨んだ目つきで助手を見下ろし、やや強い力で右手を引き寄せボソッと言った。
「——お前の手、どうして火薬の臭いがするんだ?」
その一言にクリフォードは凍りついた。冷水を浴びせられたように全身が寒気に包まれる。最早、言い逃れはできなかった。
「嘘でしょ?まさか、クリフォードくんが・・・・・・!?」
リディアも信じ切れない顔で2人の元へ歩み寄る。部屋にいた全員の視線が同じ個所ヘ集まった。賑やかだった室内がしーんと静まり返る。
「クリフォードくん?あなたがやったの?」
「僕は・・・・・・僕は・・・・・・」
「——誤魔化すなクリフォード。正直に答えるんだ」
エドワードが容赦なく問いかける。憎んだような表情を浮かべていたがその目は悲しみに満ちていた。
「故意に殺したわけじゃ・・・・・・ありません・・・・・・!ピストルが暴発・・・・・・したんです・・・・・・!」
クリフォードは涙声で短い信頼性のない説明をして、すぐに泣き出してしまった。
「なんて事だ・・・・・・」
アバーライン警部も唖然とし、何を言えばいいか迷った様子だった。
「クリフォード、お前をこれから警察署に連れて行く。詳しい話はそこで聞こう」
「待って!これは何かの間違いよ!」
リディアがクリフォードの前に立ち塞がり、必死になって訴える。
「クリフォードくんは人を殺すような子じゃないわ!それに何で恨みのない人間を殺害する必要があるのよ!?」
「——事故とはいえ、1人の人間を死なせ、死体や部屋に細工をして逃げ出したのは事実だ。当然、ただ事では済まされない」
「そんな・・・・・・」
エドワードは冷静で非情だった。本人も助手の過ちを認めたくないのは同じだが、この状況を受け入れるしかなかったのだ。今はここにいる犯人の身柄確保を優先する。
「——?」
その時、部屋の外から途端に怒鳴り声が響いた。正体は男だという以外判断できないが、声は下の階から聞こえてきている。傲慢な態度で使用人として会話をしているようだ。
「リディア、クリフォードを頼む」
エドワードは当分落ち着きそうもない助手を彼女に任せ、自身は部屋を出た。
「久々に親父に会いにここに来たが、一体何の騒ぎだ!?」
「ご主人様が先ほどお亡くなりになりまして・・・・・・」
弱気な執事の事情説明に男は落ち着く気配はなく
「はあ!?親父が死んだって!?バカ野郎!何で真っ先に俺に知らせないんだ!?」
「も、申し訳ありません・・・・・・!」
そのやり取りの一部始終をエドワードは上の階から覗き見ていた。誰でもいいから、近くにいた館の使用人に問いかける。
「召使いさん。あの方は?」
「——はい、近所に住む道楽息子です」
それは少し老けた短髪の男だった。真面目な生き方を嫌い、いかにも金と女が好きそうな卑しい顔つき。大金をはたいて買っただろう派手な衣服も全く似合っていなかった。誰もが口を揃え、遊び人だと言いそうな雰囲気を漂わせている。
(偉人の子に限って愚者が多いと聞くが、正にこの事だな。父親も、さぞかし苦労していた事だろう)
エドワードは心の中で皮肉を口走る。
「やっぱり心臓発作・・・・・・え、何だって?撃たれてた!?"アメリーの拳銃"でか!?何でそんな事に・・・・・・で、犯人は捕まったんだろうな!?」
「いえ、それがまだ・・・・・・ロンドン市警の方々が捜査に・・・・・・」
「それすらまだ済んでないのか!?・・・・・・ったく、何て役立たずな奴らだ!」
連射銃のように吐き出される暴言、聞いているだけで頭痛に苛まれる。彼は優秀なマクダーモットとは真逆で堕落している事が容姿だけで分かってしまう。血の繋がった息子とは到底思えなかった。
「ここを出た方が良さそうだ・・・・・・彼と関わるのはよそう・・・・・・」
エドワードは廊下の手すりから離れ、具合が悪そうにボソッと呟いた。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.22 )
- 日時: 2020/11/26 19:23
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
——1887年 6月15日 午後1時15分 シティ・オブロンドン ロンドン市警察署
警察署の出入り口にてアバーライン警部がエドワードの到着を待っていた。彼は何本目か分からない吸いかけの煙草を足元に捨て、踏みにじって火を消す。そして、決して明るい面持ちを見せず彼に近づく。
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」
警察署の玄関を潜り、重い扉を閉ざした。白い一帯が広がるロビーは灯りが少なく夕暮れのように薄暗い。人はほとんど見当たらず静かで涼しい空間となっていた。正面には受付を担当する警官がいてこちらに来るアバーライン警部に対し、しっかりと敬礼した。
「お勤めご苦労様です!」
「セシル、こちらは探偵のエドワードさんだ。これからある被疑者との面会を行う。許可は私が出しておくから、この事を書類に書いておいてくれ」
「了解しました!」
2人はロビーを後にし、クリフォードのいる部屋へ向かう。
「クリフォードくんは3階の取調室にいます。あなたが来ればきっと喜ぶでしょうね」
いくつもの扉が並ぶ長い廊下を歩きながらアバーライン警部が言った。
「——あの子は今、どんな状態ですか?」
「あれから大分落ち着きましたが、ショックから立ち直れてない様子です。人の命を奪ってしまったのだから、無理はないでしょう。現在、リディアが彼の事情聴取を担当していますが、あまり喋ろうとはしません。ご安心下さい。手荒な扱いはしていませんので」
「そうですか・・・・・・」
階段を上り、取調べ室がある3階に向かう。更に廊下の奥へと進んでいく。
「クリフォードくんはこの中です。話したい事は山ほどあるでしょう。どうぞごゆっくり、時間は十分にありますので」
やがてアバーライン警部は"こちらです"と1つの扉の前で立ち止まる。エドワードは黙って頷き、一度、深く空気を吸い深呼吸した。顔を上げるとドアノブを掴み室内へ足を踏み入れた。
「——失礼する」
「エ、エドワード・・・・・・!」 「エドワードさん・・・・・・!」
驚いて声を上げる2人。振り返ったリディアは彼の訪れに目を丸くした。クリフォードも目が覚めたように暗い態度を一変させる。笑顔には至らなかったが、その表情からは微かに嬉しさが感じられた。エドワードは助手に対して少し微笑むと、すぐにリディアに視線の先を変え
「色々と面倒をかけて悪かったなリディア。それで、この子は何か喋ったか?」
「——まあ、あの屋敷で起きた事だけはね・・・・・・いくつか質問をしたけど、あなたとしか話をしたくないって」
「そうか・・・・・・相手をしてくれた事、本当に感謝する。後は俺に任せてくれ。」
エドワードはそう言うと、リディアを下がらせ、代わりに椅子に座った。彼は後ろに立ち尽くすリディアとアバーライン警部、警官2人に対し
「——わがままを言ってすまないが、2人きりにさせてくれないか?俺もこいつと真剣に話がしたい」
「分かりました。我々は外にいます。用ができましたら、呼んで下さい」
アバーライン警部は迷う事なく肯定し、リディアを連れて部屋から出た。扉がゆっくりと音を立てずに閉まる。
「・・・・・・」
取調室は静寂の場となった。エドワードは目の前にいる助手を真剣な顔で睨む。クリフォードは恐くて、どうしても彼に目を合わせられなかった。そんな居心地が悪い状態がしばらく続く。
「——クリフォード」
数分経ってエドワードが口を開いた。クリフォードは罵られるのを覚悟し、目をギュッとつぶる。しかし、頬に痛みは感じなかった。頭に手を乗せられた優しい感触が伝わる。
「——お前には失望したとか言わないし、そんな風には微塵も思ってはいない。だが、過ちを犯したあの時、あんな事をせず、正直に自分がやったと名乗り出てほしかった・・・・・・」
「・・・・・・」
「だが、お前の失敗は俺の失敗だ。自分の仕事をお前に押し付け、あんな所に行かせた俺にも責任がある・・・・・・俺は助手1人守れない無能な探偵だ・・・・・・」
「——ごめんなさい・・・・・・!」
クリフォードは下を向いたまま、涙声で謝った。1滴の涙液がぽたりと落ちる。
「泣いたって、何も変わらないぞクリフォード?そして、男は簡単に涙を見せてはだめだ」
「ぐすっ・・・・・・だって・・・・・・僕のせいで家族は犯罪者の親として世間から冷たい扱いを受けるかも知れないんですよ・・・・・・?エドワードさんの築き上げてきた名誉だって・・・・・・」
「俺の名誉なんてどうでもいい。助手であるお前の方が俺にとってよっぽど大事な存在だ」
「どうして・・・・・・こんな僕の事をそんなに・・・・・・?」
エドワードは真剣な表情を決して緩めず
「今回の事件、お前が"無実"だと知っているからだ」
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